シナリオ詳細
今年も夏が来るんだよ。或いは、黄金の弾丸…。
オープニング
●寂しいネロコルヌ
練達。
首都“セフィロト”の郊外にある研究所。
黒いドレスにウィッチハットといった格好の女が、大仰な仕草で嘆いてみせる。
「あぁ、孤独とは死に至る病の名前だ。誰だって孤独は嫌だ。1人きりは寂しいものだ」
彼女の名はドクター・ストレガ。
練達に星の数ほどいる、優秀で“はた迷惑”な研究者の1人である。
「孤独を辛いと感じる心に、人も蟲も無いだろう。見てくれ、彼を……ネロコルヌを!」
そう言ってストレガは背後に置かれたガラスのケースを指さした。
ケースの中には、艶やかな黒い身体に1本角を持つ大きめのカブトムシ。
太い置き木の上をゆっくり歩いている。
「はぁ。長生きなカブトムシっスね」
カブトムシの名はネロコルヌ。
暁 無黒(p3p009772)をはじめとしたイレギュラーズ数名が、およそ1年ほど前に捕獲してきたカブトムシである。
「私の調合した栄養管理も完璧な餌を食べているからな。通常個体よりも長生きで強靭だよ。でも、今はそんな話をしているんじゃないんだ」
「っす。ごめんなさいっす」
無黒がストレガの研究所を訪れたのは、今から数十分ほど前だ。
近くを通りかかったところ、偶然外に出ていたストレガと邂逅し、暇潰しがてらにここまで付いてきたのである。
そして、昨年捕獲したネロコルヌの話題になって……今に至るというわけだ。
「ネロコルヌに伴侶を見つけてあげたいんだ。見てくれ、彼の哀れな姿を。六つん這いになって慟哭する悲しい男の姿を! 置き木だって、涙ですっかり濡れているだろ?」
なるほど確かに、見ればネロコルヌの止まった置き木が濡れている。
じぃ、とよくよく観察すれば、ネロコルヌは濡れた木へと口を近づけ、それを啜っているようだ。心なしか、甘い香りもするではないか。
「それ、泣いているんじゃなくって、蜜を啜っているのでは……」
「まぁ、お黙りよ。君たちはネロコルヌを捕まえてここに連れて来た。彼が悲しんでいる原因の一端は君たちにもある。そうだろう?」
「そう言う依頼だったっすからね」
「アフターケアの手伝いはすべきだ。そうだろう?」
「……そうっすかね?」
「そうなんだよ。私にあの森へ入れというかい? 明日には死体で見つかると思うが、構わないかい?」
「それを言われると」
どうぞ孤独に死んでくれ、とは言い辛い。
自分の命を盾に取ったストレガは、我が意を得たりとばかりにニコリを微笑んだ。
「報酬は払うんだから、いいじゃないか」
「とりあえず話だけは聞くっすよ。それで、俺たちは何をすればいいんっすか? また漆黒の一角獣を捕まえてくればいいんっすかね?」
溜め息を零して無黒は問うた。
ストレガは首を横に振る。
「いや、捕まえて来てほしいのはね……“黄金の弾丸”と呼ばれる生き物だよ」
黄金の弾丸。
果たしてそれは、生き物の名前なのだろうか?
●黄金の弾丸
曰く、その生物は黄金に輝く、鋼よりも硬い身体を持つ。
曰く、その生物は目にも止まらぬ速度で飛行する。
曰く、その生物は木の幹に大きな穴を穿つ力を持つ。
曰く、その生物は6本の強靱な脚を持ち、自身の10倍は重たいものを容易に引きずり歩くという。
「通称“黄金の弾丸”。それのメスを捕獲してきてほしいんだ」
黄金の弾丸は、甘い樹液を好むという。
カブトムシであるネロコルヌの伴侶にしようと言うのだから、それもきっとカブトムシなのだろう。その割に、ストレガの説明は妙に仰々しいものだったが。
「さて、向かってもらう先は昨年と同じ森になる。ただし、昨年と違って狂暴なジャガーや毒虫の類は数を大幅に減らしているし、森の木々も結構な本数がへし折られているって話だ」
つまり、昨年のように道なき道を進む必要はないと言うことだ。
樹々が倒れ、開けた場所を通って森の奥へと向かえば問題ない。
「えっと、何でそんなことになっているっすかね? 樹々を片っ端から倒して回るなんて、随分と荒っぽい生き物でも居るんすか?」
「あぁ。何でも狂暴な“漆黒の一角獣”が何かを探して暴れまわっているそうだよ。身体中に幾つもの傷を負った個体でね、体長はおよそ3メートルほど。ジャガーだって絶命させる【必殺】の角による攻撃や、投げ【飛】ばしを駆使する、戦闘慣れした暴れん坊だ」
つー、と。
無黒の頬を汗が伝う。
漆黒の一角獣。
それは、森に住むカブトムシの異名だ。
そして3メートル超えの個体と言うと、つい昨年、ネロコルヌを捕獲する際、無黒たちイレギュラーズが交戦したものでは無いか。
何かを探して暴れ回っていると言うが、それはもしかしてイレギュラーズなのではないか?
「厄介そうな奴がいるっすね。それで“黄金の弾丸”の方の生態は? 出来るなら、そいつとの交戦は避けて、ぱぱっと捕獲して来たいっす」
「それがね“黄金の弾丸”の目撃情報は少ないんだ。先にも言ったように、かなり速く飛ぶらしいからね。過去に遭遇した者の話では、あまりの速度に肩を貫通していったとか……【ブレイク】を受けたとか」
「マジもんの弾丸みたいな生き物っすね。じゅ、樹液は? 樹液は好きっすか?」
「分からない。木に止まっているところを見た者はいない。食事を摂らないなんてことは無いはずだが……飛んでいる状態の目撃情報しかないんだ」
なんて。
肩を竦めて、ストレガは困った顔をする。
困った顔をしたいのは、無黒の方だが。
それを言っても始まらない。
- 今年も夏が来るんだよ。或いは、黄金の弾丸…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年06月30日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●いざ森へ
練達。
首都“セフィロト”からほど近い森。
夏の日差しに額に汗し、8人の男女が分け入った。
辺りに見えるは、へし折れた樹々と抉れた地面。
獣の気配も、虫や小鳥の鳴き声も無い。
死んだように、シンと静まり返った森だ。
「ここらで情報の整理をしたいです。まず、主に“黄金の弾丸”と呼ばれるカブトムシの捕獲、及び“漆黒の一角獣”の回避のために最適な待機場所の割り出しが最優先事項です。そして可能ならば、漆黒の傷が何によって与えられたものかの情報も得たいです」
足を止め『友人/死神』フロイント ハイン(p3p010570)はそう言った。
「あ、それ多分、去年の俺たちっすね。まぁ、同じオスとしてリベンジに燃える漆黒の気持ちもわからなくはないっす」
「……あ、そうなんですね」
『No.696』暁 無黒(p3p009772)の答えを聞いて、ハインは目を丸くした。
今回の依頼内容は、ストレガのもとにいるカブトムシ、ネロコルヌの伴侶の発見と捕獲である。依頼の達成に当たり、もっぱらの障害となるのが樹々をなぎ倒し、地面を抉った怒れる巨大カブトムシ“漆黒の一角獣”の存在である。
「暇だから来てやったが……久しぶりの依頼が虫取りだァ? 虫取りっつーには随分と殺気があるような気がするンだが?」
「カブトムシさんのお嫁さん探しとは面白いお仕事ですな。素敵なお嫁さんを見つけて帰りましょうぞ!」
倒れた木へと近づいて糸色 月夜(p3p009451)は眉をしかめる。一方、『陽気な骸骨兵』ヴェルミリオ=スケルトン=ファロ(p3p010147)はコッコッと笑いながら、虫寄せの餌を調合していた。
「ネロコルヌくん……かわいそうに! 涙なんて見せられたらこっちまで寂しくなってきたよ」
よよ、と泣き崩れるふりをする『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)。ストレガの依頼を受けるのも、これで果たして何度目だろう。
茄子子とストレガの会話が噛み合うことは無いが、不思議とお互いに気は合っているようだ。人間とはかくも不思議なものである。
「よーし会長が素敵なお嫁さんを連れてきてあげよう」
拳を握り、天へと掲げ……ちら、と茄子子は背後を見やる。
「やめろ!? はなせーー!?!? 飛んできた黄金を、もふもふ尻尾で受け止める? なんだそれは!?」
地面に四肢を突き立てて『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が吠えていた。
「観念しろ。この作戦の要は……まずたまきちの尻尾を犠牲にすることだ」
「諦めて! “モフモフ大作戦〜弾丸をもダメにする大相撲夏場所〜”……って、ハインさんが!」
「え!? 僕ですか?」
たまきちこと汰磨羈の腰を掴んで引き摺るのは『無名偲・無意式の生徒』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)と『( ‘ᾥ’ )』リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)だ。ハインはとんだとばっちりである。
「ボクもマニエラさんもいるから大丈夫だよ!」
「嫌だが? とりあえず覚えておけよ、リコリスは後で〆る」
視認さえできぬほどの速度で飛翔するという“黄金の弾丸”。リコリス、マニエラ、汰磨羈の3人は、己の尾でそれを受け止めようというのだ。
発案者はリコリスか?
女3人が尻を突き出しカブトムシを待ち受けるという絵面はなかなか衝撃的だ。ましてや相手は、樹の幹さえも穿つほどの高速カブトムシ。
果たして尻尾を3……否、4本束ねた程度で受け止めきれるのか。
待つ先にあるのは地獄ではないか?
黄金に身体を張れとかそう言うことか?
3本の束ねた矢は折れないと、そんな逸話もあっただろうが……こういっちゃなんだが、折れる時には折れるのである。
「黄金に対しては、僕が能動的に取れる行動は少ないので……お任せしますね」
女3人寄れば姦しい。
ハインはそっと目を逸らし……すべてを視なかったことにした。
●漆黒と黄金
森の奥。
一等、薄暗い区画。
甘い香りが漂っていた。
原材料はバナナとお酒、それから砂糖。
「それらを混ぜ合わせて発酵させた物がこちら! これを薄い綿布で包んで…スケさん特製虫寄せトラップ“ムシトレール”の完成ですぞ!」
どん、と地面に置かれた壺に並々と満ちた虫寄せの餌。
ヴェルミリオが持参したそれ以外にも、無黒の持ち寄った苺に、リコリスが借り受けて来たネロコルヌの枕木。
「良いカブトムシのみんな〜! ここに“イイオトコ”の使ってた枕木があるよ〜!」
木の根元に置かれた“甘い三角陣”を正面に、無黒は「よし」と気合を入れる。
「っしゃぁ! 気合い入れて行くっすよ!」
両手で持ったバケツの中身を、水垢離よろしく頭からかぶった。
途端に辺りへ、フルーツにも似た甘い香りが立ち込める。そう、無黒が被ったそれはミックスジュース。糖分で髪がベタベタだ。
「……え、えぇ?」
「夏だなァ……仕事が始まるまではのんびりしてていいだろ?」
あまりにもあまりな光景に、ハインは絶句し、月夜はふいに空を仰いだ。
今年の夏は暑いのだ。
暑さは人をおかしくさせる。
或いは、それを思考放棄と呼ぶ。
「さぁ、いつでも来るっすよ!」
「漆黒は此処で抑えてみせますぞ〜!」
気合は十分。
ミックスジュースに濡れた無黒と、熊の着ぐるみを着込んだヴェルミリオが樹の前でどんと仁王立ちの構えを取った。
なんだこれ。
静かな森に悲鳴が木霊す。
「ん”え“え”え“え“え”え“! ボクの尻尾の中でなんかモゾモゾ言ってるいやああああああああ!! 誰かー! パス! パーーース!!」
尻尾を抱え、リコリスが地面を転げ回っているではないか。
転げて来たリコリスを、茄子子はふわりと飛んで回避。
暑い季節に無駄な運動はしたくないのが世の常なのだ。
閑話休題。
どうやら、虫か何かがリコリスの尾に潜り込んだらしい。
助けを求めるように、リコリスは視線をマニエラへ向けた。
マニエラはそっと、リコリスに向けて手を差し伸べて……。
「いい機会だ。リコリスを〆る」
「手を貸そう。そして、次はマニエラだ」
汰磨羈が告げる。
友情とは、かくも儚いものなのか。
樹々のざわめきが心地いい。
気温は高いが、木陰でじっとしている分には、なかなか気持ちが良いではないか。
「っても、夏休みの宿題にもなりゃしねェな、このサファリパークはよ」
閉じていた目をパチリと開けて、月夜はそう呟いた。
それから彼女は起き上がり、傍らに置いていたチェーンソーを手に取った。
「よぉ、何かでけぇのが来るぞ!」
チェーンソーが唸りをあげる。
刃が高速で回転をはじめ、どうと溜まった熱を吐く。
視線を数度、右へ左へ……敵性反応は1つだけで無いらしい。
6本の脚で地面を踏み締め、巨大な角で樹々をへし折り、地響きと共に鋼のごとき黒き身体の巨大甲虫が現れた。
角や頭部、脚などに残る幾つもの傷が、激闘の日々を想起させる。
“漆黒の一角獣”。
つい昨年もイレギュラーズと交戦した、この森のヌシ的存在である。
「こちらが先に来ましたか。漆黒との戦闘が避けられそうにないですね」
「だねぇ。黄金の弾丸はもふもふしっぽ組に任せて会長は漆黒の一角獣の方を対応しようかな」
腕に魔力を集めたハインの細い背中へ、茄子子はそっと手を触れた。
舌の上で転がす聖句が、魔力の燐光を孕んで飛び散った。ふわり、とハインの背中に光る翼が広がった。
「一年越しの再開だねぇ。元気してた?」
一角獣が地面に角を突き立てる。
捲き散らかされた土砂を回避し、ハインは空へと舞い上がる。
掲げた腕には魔力の弾丸。
撃ち出されたそれが、一角獣の頭部で弾けた。
チェーンソーを下段に構え、月夜が姿勢を低くし駆けた。
加速を乗せて、チェーンソーを振り上げる。
一角獣は、角でそれを受け止めた。火花が飛び散り、カカカ、と金属を叩くような硬質な音が鳴り響いた。
「っ……硬ぇ。まァ殺すってよりは、時間を稼げばイインだろ。得意分野だ」
弾かれたチェーンソーを構えなおし、次は大上段からの一撃。
角が斬り落とせないのなら、頭部の装甲はどうだろう。
「どっちが先に倒れるか勝負しようじゃねェか」
月夜のチェーンソーが、漆黒獣の頭部に浅い傷をつけた。
漆黒獣は頭部を削られながら前進。
「う……っ!?」
月夜の身体を、体当たりで弾き飛ばす。
地面に角を突き立てて、漆黒獣が駆け出した。
狙うは地面に倒れた月夜だ。
頭上より降り注ぐハインの魔弾をものともせずに、まずは討ち取りやすい相手から仕留めるつもりなのだろう。
だが、一角獣の快進撃もここまでだ。
「会長達もそれなりに強くなったけど……そっちも強くなったみたいだねぇ。一年前は確か……会長は逃げたんだっけね」
今回はそうはいかない、と。
茄子子が両腕を振るう。
その合図で飛び出したのは、無黒とヴェルミリオの両名。一角獣の死角を突いて接近し、巨大な角へと手を伸ばす。
衝撃。
一角獣の突進は、2人がかりで止められた。
飛び散る土砂とミックスジュースの甘い飛沫。
「はっは! 忘れもしないっすよね! 今回は苺だけじゃなく出血大サービスのミックスジュースっすよ!」
「自分の暮らす森を自身で破壊してしまってどうします!」
ヴェルミリオを中心に、光のヴェールが樹々を覆った。
これ以上、森は破壊されずに済むだろう。当然、樹々が破壊されないということは、一角獣が自由に動ける範囲も多少は制限されるということである。
「これでも喰らうっす」
「どこにも行かせませんぞ!」
無黒の放つ閃光が、漆黒獣の目を焼いた。
一瞬、漆黒獣は身を竦ませて……その脚へ、ヴェルミリオの気糸が巻き付く。
遠くから、空気の弾ける音が鳴る。
それから木の割れる音。
森が騒めく。
遠くから、何かが高速でこちらへ接近してきているのだ。
「うけとめる、しっぽがぶじだと……うれしいな」
汰磨羈、心の一句である。
嫌な予感しかしない。
しかし、高速で舞う黄金の弾丸は、すぐそこにまで迫っているのだ。今から新たな作戦を考える時間はない。
たとえそれが死地だとしても、今の汰磨羈には目の前にある道を進むほか術はないのだ。
「来るぞ、構えろ!」
「……よく考えたら女子3人が尻を突き出してる構図やばいんじゃないか?」
「今言うか? よく考えなくてもやばいんだよ!」
マニエラの疑問ももっともだ。
しかし、もはや手遅れなのだ。
さらに言うなら、マニエラやリコリスの尾はともかくとして、汰磨羈の細い尾にいかほどの意味があるのだろうか。
2本あっても……。
そんな疑問を抱く時間も、後悔する間も……そして、逃げる隙さえもはや残ってはいないのである。
「さあさあ寄ってらっしゃい捕まっ」
パン、と。
リコリスが台詞を言い切る前に、3人の尾の中心を何かが通り過ぎていく。
それは黄金の弾丸。
音さえも置き去りにする、超高速の飛行物体。
「んぇ?」
黄金の弾丸が通り過ぎたと把握した直後、3人の眼前で細木が倒れた。見れば幹の中央に、拳大の穴が空いているではないか。
「い……っつ!?」
尻尾を押さえ汰磨羈が地面に転がった。
2本の尾をくねらせて、顔の前へと持って来る。
そして、汰磨羈は動きを止めた。
「……え?」
目を丸くして、口をぽかんと開けて……視線の先、汰磨羈の尾にはコインサイズの剥げがある。黄金の弾丸が通過した際の摩擦によって、白い毛が燃え尽きたのである。
超高速による摩擦熱。
汰磨羈の尾は禿げたわけだが……それは“燃えるだけの毛量”が無かったからだ。
「うわぁぁっ! 熱! あっつ!? リコリスぅ! リコリスは〆る! 許さん! おこるよ? 本気で!」
燃える尻尾を叩きながら慌てるマニエラ。そんな様を見て、昔の人は“右往左往”と称したのだろう。
汰磨羈の尾は禿げ、マニエラの尾は燃えた。
ただ1人、リコリスだけが無傷であった。
ちょうど、リコリスの尾を避ける位置を黄金の弾丸が通過したからだろう。
「ヘイ! そこのツタンカーメンもびっくりな黄金に輝く彼女! キミ可愛いね、ちょっとモフモフしてかない?」
跳ねるように背後を振り向き、リコリスは告げる。
壺に頭を突っ込んで“ムシトレール”を啜るカブトの姿があった。
●花嫁を誘拐せよ
ゆっくり、そーっと。
気配を殺して、足音を消して……獲物に忍び寄る獣のような所作でもって、リコリスは黄金の弾丸へと迫る。
「ほらほら、一緒に来れば良いオトコの匂いも嗅ぎ放題だよっ!」
慎重に。
慎重に慎重を重ね、手を伸ばし……。
「ちぇすとーー!」
汰磨羈の合図で、リコリスは黄金の弾丸へ跳びかかる。
キャッチ。
いかに高速で飛翔する黄金の弾丸とはいえ、なにも初速からあれほど速いわけではないのだ。停止状態であれば、輝かしいだけのただのカブトムシである。
「よし、でかしたリコリス!」
「もぞもぞしてるぅぅ!」
「離すなよ? いいか、絶対に離すなよ?」
「……え?」
「フリじゃないんだ。とにかく、急いで連れ帰るぞ!」
慌ただしいが、とりあえず依頼の達成条件は整った。
リコリス、汰磨羈、マニエラは黄金の弾丸を手に森の出口へと駆ける。
「ところでカブトムシのメスとカナブンはよく間違うと聞く。角もないからね…カナブンだったりしない? こいつ」
マニエラの疑問はもっともだが、そこはきっと大丈夫。
衣服はぼろぼろ、汗と土に汚れた肢体が血に濡れている。
黄金の弾丸を捕え、撤退していく仲間たちへと視線を向けて、月夜は軽く手を振った。
「黄金は捕まえられたか? あぁ、こっちは心配すんな。この程度の傷、舐めときゃ治る」
「しっぽ組はうまくやってくれたかな? こっちは平気。こんなのふーしときゃ治るから」
ふわり、と地面に降り立って茄子子は月夜へ吐息をかけた。燐光が散って、月夜の傷が癒えていく。
後は適度に時間を稼いで、森から脱出するだけだ。
ヒグマの胴に穴が開く。
ぼろぼろに破れた着ぐるみを脱ぎ捨て、ヴェルミリオは黒い角を抑え込んだ。
「装甲は割れずとも、衝撃は内に抜けるはずですぞ!」
腕やあばらを削られながら、しかしヴェルミリオは一角獣の角から腕を離さない。
鬱陶しいと、そう思ったかは定かではない。
一角獣は角を振り上げ、ヴェルミリオの身体を宙へと投げる。
「っぉぉおお! やめ、骨の身体は軽いのですぞ!」
思ったよりも、ヴェルミリオはよく飛んだ。
厄介な敵は投げ飛ばす。
カブトムシの基本的な戦法がそれだ。
ヴェルミリオを受け止めるべく、ハインが空を翔けていく。
「っし、顎が空いたぞ!」
「このデッカイのを倒すっす!」
当然、角を振り上げれば頭部が上へと向く。そうなれば、腹や顎が晒される。
月夜と無黒は、姿勢を低くし一角獣の懐へと滑り込んだ。
一撃。
雷光を纏った無黒の蹴りが、一角獣の顎を打ち抜く。
次いで、月夜のチェーンソー。
衝撃が顎から頭部へ突き抜けて……一角獣は、地響きをたてて仰向けに地面に転がった。
「じゃあまた来年ねー」
一角獣を見下ろして、茄子子はそう呟いた。
ストレガはひどく上機嫌であった。
にこにこ顔で“黄金の弾丸”を受け取ると、急ぎ足で研究所へと帰って行った。
「せめて……同じ種類のカブトムシにして欲しかった」
悲し気な目で尻尾を見下ろし、汰磨羈は告げる。
その細い背がなんだか煤けて見えるのは、きっと気のせいではないはずだ。
「ストレガさんとお会いするのは初めてですが……うん、あれはダメなタイプの研究者ですね」
知識はあれど常識はなく、倫理観も欠如している。
ハインの分析はおよそ正しい。
同類は同類を知る、ということだろうか。なにしろ、少し前までのハインもそうだった。
人としては、ちょっと問題があるのだが、優秀であることに間違いはないのである。
実際、ストレガの発明品が人の役に立ったことも多々あるのだ。イレギュラーズのもとに依頼として持ち込まれる案件が、時々ある“珍発明”であるだけで。
そんなストレガの姿に、果たして何を思うのか。
ハインはずっと、彼女の背中を見つめていた。
「ところであの子の名前、フォルテとかどう? 安直過ぎかな」
なんて。
茄子子の零した呟きに、応える者は誰もいない。
ある者の尾は禿げ、ある者の尾は燃え、ある者は〆られ転がっている。
またある者は傷だらけ、ある者は蟻に集られ、ある者は罅割れた身体を撫でている。
これが依頼の……夏の初め、ある暑い日の顛末だ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
おつかれさまです。
カブトムシ“黄金の弾丸”は一部の方の心の傷と引き換えに捕獲されました。
依頼は成功となります。
また、漆黒の一角獣を負かすことに成功。漆黒の一角獣は森の奥深くへと帰っていったそうです。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば別の依頼でお会いしましょう。
※なお重症は精神的なものです。
GMコメント
こちらのシナリオは「夏が来るんだよ。或いは、漆黒の一角獣…。」のアフターアクションシナリオです。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6171
●ミッション
“黄金の弾丸”を捕獲する
●ターゲット
・“黄金の弾丸”
森に暮らすカブトムシ(おそらく)
黄金に輝く身体を持ち、弾丸よりも速く飛ぶ。
その速度と、身体の硬度は木の幹に穴を穿つほどであるという。
今回、捕獲して来るのは“黄金の弾丸”のメスである。
黄金の弾丸:物遠貫に中ダメージ、ブレイク
加速を付けた突進であると予想される。
・“漆黒の一角獣”
森に暮らすカブトムシ。
3メートル超えの手負いの個体が暴れ回っているらしい。
黒き鋼のごとき硬い体。
6本の強靭な脚。
大きな角を備えている。
好物は甘味。
自身の体重の20倍は重たいものを引っ張って歩けるぐらいには怪力。
漆黒の一角:物中単に大ダメージ、必殺、飛
巨大かつ頑丈な角による殴打。
●依頼人
・ドクター・ストレガ
黒いドレスにウィッチハット。
顔色の悪い妙齢の女性研究者。
生物をモデルにした“人の暮らしに役立つ機械”の開発を生業としている。
今回は、昨年捕獲した“漆黒の一角獣”ネロコルヌの伴侶を探してほしいという依頼である。
●フィールド
練達、首都セフィロトの近くにある鬱蒼とした森の中。
大量の樹々がなぎ倒されており、日当たりは良好。
獣や危険な生物、それどころかここ暫くは人でさえ近づかない危険地帯と化している。
倒れた樹々を目印にすれば道に迷う心配は無いだろう。
ある程度小柄なものでなければ、木の影などに姿を隠すことは難しいかもしれない。
奥へ進むほど、樹々は密集し、辺りは暗くなってくる。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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