シナリオ詳細
閃光の魔術師。或いは、P・P・D・ドロップの好敵手…。
オープニング
●閃光の魔術師
“閃光の魔術師”
それが彼女の異名であった。
「“閃光の魔術師”は女性で、武芸を極めた翼種だそうっすよ。彼女の技を一度食らえば、どんな相手も【崩落】【暗闇】【ブレイク】の状態異常に陥るとか」
そう言ってイフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)は大きなため息を零す。
イフタフの元に、傷だらけの男が訪れたのはつい一昨日のことである。
その男は“閃光の魔術師”と、旅の武闘家の戦いに巻き込まれ、大きな怪我を負ったらしい。
怪我の原因について、男が2人を恨むのは筋違いだろう。
武道の道を歩むにおいて、怪我とは無縁でいられない。心身を鍛えに鍛え抜き、技を極限まで磨き、その上でなお真剣勝負の果てに命を落とすことも珍しくない。
「とはいえ、流石に住む場所を失ったり、無意味に大勢が危険な目に合うのは……って感じみたいっすね。なんでも“閃光の魔術師”さんたちの戦いを止めようとして、大勢の武闘家が大怪我を負ったらしいっす」
つまり現状、真剣勝負を繰り広げている2人を止められる者はいないというわけだ。
そのうえで2人は、とある山を戦場に今も戦いを続けているという。
まったく、何ともはた迷惑な話では無いか。
「というわけで、今回の依頼内容を簡単にまとめるのなら“喧嘩の仲裁”ってことになるっすかね。え? 戦っている2人の名前と関係? あぁ、それなら……」
手帳を捲り、イフタフは此度の依頼に至る経緯を物語る。
●好敵手
鉄帝。
雪原を渡り、深い渓谷を越えた先、天を突くような高い高い山がある。
山の名は“シュタルクベルク”。
遥か昔より、多くの武闘家が修行に訪れるという霊峰だ。
山の中腹より先に雪は積もらず、1年を通して過ごしやすい気候に保たれているという。高所ゆえの酸素の薄さを除くのなら、極寒の鉄帝において格段に過ごしやすい土地と言えるだろう。
そんなシュタルクベルクの山頂に、武闘家たちの修行場がある。
巨大な門を自力で開けた者だけが、立ち入る資格を有するという由緒正しき修行場だ。
そこで暮らす武闘家たちは、石造りの家屋で共同生活を送りながら、日夜修行に励み続けているのだそうな。
「ふむ。長い道のりだったが、ようやくここに辿り着いたか」
巨大な門を眼前に、2本足で歩くパンダがそう呟いた。
背には風呂敷に包んだ荷物。
もふもふとした白と黒の体毛の下には、しなやかな筋肉が浮いている。
彼女の名はP・P・D・ドロップ。
“私よりも強い奴に会いに行く”という、ただ1つを追い求め、各国を旅する武芸者である。
強き者と出会い、拳を交え、時には勝利し、土地には地面を這うことになる。
その度に、ドロップは強くなっていった。
そうして今日、この日……ドロップは自身のルーツでもあるシュタルクベルクへ戻って来たのだ。
3日3晩。
ドロップが、有る人物と戦い続けている期間である。
その人物の名は“レア”という、現在シュタルクベルクに滞在している武闘家の中でも有数の実力者であった。
灰色の長い髪に、傷だらけの隆々とした肉体。
膝から下に鳥類の特徴が色濃く表れた翼種の女だ。
普段は物静かだが、いざ戦いとなれば獰猛に相手を攻め立てるという攻勢に重きを置いた武闘家である。
3日にわたる激闘は、シュタルクベルクに甚大な被害をもたらした。
武闘場は初日の内に荒れ果てた。試練の大門は戦闘の余波で【崩落】し、止めに入った武闘家たちは【暗闇】と【ブレイク】を受け、今も療養中である。
手数で攻めるレアに対し、ドロップは後の先を取るカウンタースタイル。
一撃の重さであれば、【封印】【ブレイク】【必殺】を有するドロップの方に軍配があがる。
しかし、素早く動き回るレアをドロップは捉えきれないでいた。
「疾っ!」
タタン、と。
レアは地面を蹴って跳び上がる。
ドロップの腿、腹を蹴って頭部を掴んだ。
跳躍の勢いを乗せた一撃が、ドロップの顔面を強打する。
“シャイニング・ウィザード”
レアの異名である“閃光の魔術師”は、この技に由来するものだ。
- 閃光の魔術師。或いは、P・P・D・ドロップの好敵手…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年06月26日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●そこは武闘の総本山
カァン、とゴングの音が響いた。
「喧嘩はいけないのです! らーぶらぶです!」
ぐったりと地面に倒れた少女が1人。
白い翼は、すっかり砂埃に塗れている。アザレア・ラビエル(p3p010678)は転がっていたゴングとハンマーを地面に放って、がくりと身体の力を抜いた。
「オレはマスクドローレット! 見よこの腹筋!」
ウラー! と気勢を吐き出して、筋骨隆々としたマスクマンが両の腕を頭の位置へと持ち上げる。
「何の! 柔と剛の極みたる我が肉体を見よ!」
相対するのはパンダであった。
マスクドローレット改め『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)と同じポーズを取ると、P・P・D・ドロップがじりじりと前進を開始した。
手と手を組み合い、力比べをしようというのだ。
現地の言葉で、これを“ロックアップ”と言う。
時間は暫し巻き戻る。
ところは鉄帝。
とある武道の盛んな山。その頂近くでのことだ。
破砕の音が鳴り響き、地揺れと共に大岩が転がり落ちて来た。
「P・P・D・ドロップ……だいぶ懐かしい名前だな、彼女も強くなったのだろう」
刀を抜いた『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)が疾駆した。
転がり落ちて来る岩には、拳サイズの穴が穿たれているのが分かる。
恐らくは、地揺れの元凶……P・P・D・ドロップとレアの戦闘に余波で、転がって来たものだろう。
斬、と。
一刀のもとにエーレンは大岩を2つに両断。
左右へ分かれた岩の破片を『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)と『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)が、それぞれ蹴りで砕き割る。
「2人に対して戦闘の中止か場所の変更を求めたいですが……まずは消耗して貰わないと話が始まらなさそうですね」
そう言って『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)が視線をあげる。視線の先には、空高くへと立ち昇る土煙。だが、土煙はひとつではない。
時折聞こえる戦闘音から、2人が場所を変えながら戦闘しているのが分かる。
「正確な位置が分からないと、どうにも止められないのです!」
空から戦場を見てみよう。
アザレアがすぅと高度を上げた、その刹那。
「破ぁっ!」
「なんのっ!」
掛け声と共に飛び出して来た人影が2つ。
鋭い爪を備えた鳥足による蹴りが、アザレアの顎を蹴り上げた。
ごろごろと、アザレアが山を転がっていく。
「こらー! 君達! 周囲にすごい被害が出ているじゃないか! 一旦落ち着きたまえ!」
アザレアを受け止め、マリアが叫んだ。
しかし、戦闘が止まる気配はない。そもそも声をかけたぐらいで止まるのなら、とっくの昔にそうなっている。
「なんつーか、鉄帝らしい事件だなあ……おーい、アンタら」
試しにと、『竜剣』シラス(p3p004421)も1つ声を投げた。
もっとも、人が変われば聞く耳を持つという輩でもないだろうが。
「やはり駄目か! それじゃあここからは実力行使だ!」
「こういう時にやる事は一つです……すなわち『両方殴り倒す』ですね」
マリアも迅も、声が届かなかったことに何の疑問も抱いていない。
なぜならここは鉄帝である。
「あぁ。ケンカは勝負が付くまでやり切るのがゼシュテルの基本 !とは言え周りにメイワクを掛けているバアイは乱入者が出るのも基本!」
そう言ってイグナートは上着を脱ぎ捨て、マスクを被った。
一見すると奇行であるが、その場の誰もが疑問に感じていないようだ。
たぶん、きっと。
ここまでは予定通り。
そして、ここから先の実力行使も予定通りなのである。
「戦いの中でしか語れない、得られないものもある。そう話すイレギュラーズの方も何人かいらっしゃいますが……ボクは違うと思うんですよね」
混戦である。
殴り、蹴り、駆けて、跳んで、殴り、蹴り、投げ飛ばす。
「確かに、戦いの中で普段とはまるで違う側面が垣間見えることもありはしますが、それを“本性”と呼んでしまうのは少々烏滸がましいと、ボクはそう思います」
戦場を見やる『友人/死神』フロイント ハイン(p3p010570)が呟く。
「人間性というものは、何気ない日々の営みの中にこそ、その妙を見せるものです。ヒトは戦闘のために最適化された生物ではないというのが、ボクの考えです……ねぇ?」
そうは思いませんか?
問うたハインの視線の先には、地面に倒れたアザレアの姿があった。
●シュタルクベルクの大喧嘩
姿勢を低くして疾駆。
駆ける勢いを乗せた拳を、レアの顔面へ叩き込む。
シラスの殴打を、レアはギリギリのところで回避。
避けながらも、シラスの側頭部へ向けて鋭い蹴りを叩き込む。
「っと! 勝負の邪魔をしたくは無いんだがね、三日三晩やり合ってんだろ?」
「もうそんなに経ったか? 以前は7日ほどやっていたので、そろそろ折り返しだろうな」
灰色髪の鳥女、レアはやっとシラスの存在に気が付いたようだ。
彼が何者かも聞かない。
勝負の邪魔をするなとも言わない。
なぜならここは鉄帝だからだ。
暴動が暴動を呼ぶのは当然だ。
闘争が次の闘争を呼び、闘志は誰かの闘志に火を灯すのだ。
「……もう引き分けってことで終わらせてくれよ」
レアの蹴りを受け止めて、シラスはくるりと身体を反転。
よろけたレアの腹部へと、渾身の殴打を叩き込む。
ドロップの手が、イグナートの頭部を掴む。
体が前へ倒れたところへ、ドロップの殴打が叩き込まれる。
殴打、殴打、殴打のラッシュ。
ナックルパートの雨を浴びて、イグナートは鼻から血を噴いた。
ドロップの拳をすべて受けたイグナートは、強引に後ろへと下がる。髪が抜けるが構わない。イグナートは鼻血の軌跡を描きながら跳躍。
「来い!」
「オォ! 耐えて見せなよ!」
捻りを加えた右の拳による殴打。
煌とイグナートの腕が輝いた。
ローリングソバット式覇竜穿撃。
捻りと跳躍、そして膂力を乗せた渾身の一撃を、ドロップの首へと叩き込む。
ラリアット。
伸ばした腕を、相手の首へと叩きつける技である。
お返しとばかりに、ドロップのそれがイグナートの喉を打つ。脂肪と毛皮が薄い分、首への殴打はイグナートによく効いた。
ここぞとばかりにドロップは両腕を伸ばし……その手がイグナートを掴む寸前でピタリと止めた。
一閃。
エーレンの刀が、空を斬る。
「おぉ、鋭い一撃だ!」
「そちらこそよくぞ見切った。鳴神抜刀流、霧江詠蓮だ」
「おや? 貴様は確か以前にどこかで」
「然り。ご無沙汰をしている、P・P・D・ドロップ。壮健のようで何よりだが、一回落ち着こうか」
繰り出される斬撃を、ドロップは素早く爪の先で受け流す。
斬撃の威力を削がず、ただ軌道だけをずらす妙技だ。
目が、そして反射神経が良くなければ出来ない芸当。数日にわたる戦闘の果てにそれを成功させる辺り、ドロップの積んだ功夫の量が見て取れる。
だが、1対1でなければどうだ?
狼が、エーレンの背を蹴って跳ぶ。
着地と同時に、狼は人へ姿を変えた。
滑り込むように、迅はドロップの足元へと到達。肘で地面を叩いた反動で上体を起こすと、そのままドロップの顎を拳で殴打する。
「う……ぐっ!?」
ドロップの身体が宙へ浮く。
「言葉などというものはとりあえず意識を飛ばしてから掛ければ良いのです!!」
その胸へ向け、追いの拳を叩き込む。
変則ツープラトン。
虚を突く迅の一撃に、ドロップは手痛いダメージを負う。
樹々を足場に飛び交う人影。
1つは赤雷を纏うマリア。
1つは長剣を構えたオリーブ。
1つは灰色髪を靡かせるレア。
それを見ながら、ハインは困惑の表情を浮かべていた。
何故、誰も、会話を試みようとしないのか。
「えっと、皆さん! 上下にも移動を! レアの動きを鈍らせられます!」
とりあえず、と言った様子で号令を放った。
ハインの言葉は、皆の耳に届いただろうか。
「あ、でも効いているみたいですね」
「まぁ、そうみたいだな。っても、これ……終わる頃には辺りが酷いことになってそうだよな?」
ハインの零した呟きに、シラスが溜め息混じりに応えた。
顎を押さえて、眉間に皺を寄せている。
どうやらレアに、顎を蹴り抜かれたらしい。
樹々を足場に、レアが跳ぶ。
鋭い蹴りを、オリーブの顔面へと叩き込む。
オリーブはそれを剣の腹で受け止めた。
衝撃にオリーブの姿勢が崩れる。それを見てとり、好機とばかりにレアが跳ぶ。
加速を乗せた飛び膝蹴りが、オリーブの顔面へ突き刺さる。
一瞬、オリーブの意識が飛んだ。
視界が白く染まる感覚……意識が途切れる前兆だが、オリーブは歯を食いしばることで意識を繋いだ。
その一撃こそ、レアの得意とする“シャイニングウィザード”。
“閃光の魔術師”たる異名の所以だ。
必殺のフィニッシュホールド。幾度も幾度も、強敵たちを沈めた技だ。
だが、オリーブはそれを耐え抜いた。
「同じような技を何度も見て、何度も喰らいました。だから、何度でも受けてやります」
顔面を血に濡らし。
咆哮とともに、オリーブが長剣を振り下ろす。
雑念を捨てて放つ一撃が、レアの肩から胸にかけてを斬り裂いた。
後退するレアを、オリーブが追った。
「オリーブさんは後退! マリアさんは加速を!」
直後、ハインの号令が響く。
咄嗟にオリーブは後退。それと同時にマリアが樹を蹴り加速した。
マリアと同じく、レアもまた樹々を蹴って右へ左へと加速。
「あぁっははははは!」
血の雫を散らしながらの哄笑。
血走った目に燃える戦意の向く先は、長剣を握るオリーブだ。
膝を前へと突き出して……上空から放つ落下の勢いを乗せた膝蹴り。
「よう、胸借りるぜ」
シラスの放った掌底が、レアの膝を横から打った。
軌道を逸らされ、レアは膝から地面に落ちる。
「さて……アンタでもこいつは効くだろ」
身体をくるりと反転させた。
シラスの手刀がレアの首を強く打つ。
土砂が飛び散り、地面が揺れた。
一瞬、レアの意識は飛んだはずだ。
だが、彼女の戦意は肉体の限界を凌駕する。
「あははは! 本当に大した使い手だな!」
レアは地面に手を突いて、逆立ちの姿勢で体を旋回。
回し蹴りで、シラスの側頭部を打った。
シラスがよろけた隙を狙って、レアは体を跳ね起こす。
「レア君! 君は蹴り技が得意なようだね! 実は私も得意でね!」
バチ、と空気の爆ぜる音。
レアの眼前に雷が落ちた。
否、それは赤雷を纏ったマリアである。
敵の姿を確認すると同時に、レアは回し蹴りを放った。
マリアもまた、蹴りには蹴りとばかりに足を振り上げる。
蹴りと蹴りとがぶつかった。
レア必殺のシャイニングウィザードを、マリアが膝蹴りで受け止める。
2人は同時に左右へ跳んだ。
否、衝撃により互いの身体が弾き飛ばされたのである。
「ふふ! やるね!」
膝に激痛を感じながらも、マリアは笑う。
酸素の薄さも厄介だ。
冷や汗が頬を伝うが、戦意までは折れていない。
「撃ち出します! 合わせてください!」
オリーブが吠えた。
地面を両の足で踏み締め、剣を大上段へと構える。
剣の腹を横へ向ければ、マリアの靴底がそれを踏む。
「ぬぅ、おぉっ!」
再度、咆哮。
剣を振るって……マリアの身体を砲弾のように撃ち出した。
「雷速必中の蹴り! 受けてみたまえ!」
赤雷が奔る。
空気が爆ぜる。
樹の幹を蹴って、レアが身体を反転させる。
だが、加速が足りない。
「……これは、負けたかな」
呵々と笑って。
レアの蹴りが、マリアの側頭部へと放たれる。
けれど、しかし……。
レアの蹴りが当たるより速く、その胸部にマリアの蹴りが突き刺さる。
「いい汗をかいた! 君達はやっぱりとても強いね! 今度一緒にトレーニングしないかい?」
額に浮いた汗を拭ってマリアは笑う。
死力を尽くした者同士にしか分からない何かがあるのだろう。
とにもかくにも、これで話を聞いてくれるはずである。
「えっと、一度話し合いをしてみませんか? そうすれば、お互いの知らなかった一面を知ることができるかもしれません。一度構えたならば収まりを知らないような、安い拳ではないでしょう?」
恐る恐る、といった様子でハインは問う。
「確かに安い拳ではない。なので、こうして死力を尽くして戦ったのだな」
うん、と頷きレアは答えた。
「えっと……えぇっと」
脳筋には脳筋の世界があるのだ。
ハインがそれを理解するには、いましばらくの時間と経験が必要だろう。
困惑しているハインの顔を「仕方ないな」と、そんな目でシラスは黙って見つめていたのだ。
●喧噪の跡
山の斜面を滑り降りながら、ドロップと迅が拳を交わす。
滑り降りるというよりも、もはや滑落に近い形だ。
このまま下山するのなら、それはそれでいい気さえする。
「っ……お覚悟ー!!」
土と血と汗に塗れた迅の放った下段蹴りが、ドロップの足元を掬う。
「ぬぉっ!?」
その体形ゆえか、ドロップは足元にまで目が届きにくい。鍛えた体幹もあり、ちょっとしたことではバランスは崩さないが、迅ほど武術に精通した者の放つ蹴りともなれば話は別だ。
バランスを崩し転倒するドロップの顎へ向け、迅は抉り込むように拳を打ち込む。
ドロップは強引に身を捻ることで迅の拳を命中寸前で回避。
そのまま側転蹴りを陣の頭部へ叩き込んだ。
「い……っ!?」
よろけた迅の腹へ向け、ドロップが掌底を入れる。
迅の足が地面を離れ、そのまま斜面を転げ落ちて行った。一方、ドロップはと言えば地面に爪を突き立てて、山の頂へと視線を向けた。
追いかけて来るイグナートとエーレンを迎え撃つためだ。
「ん? 傷が……治っている?」
相応の痛手を与えたはずだが、2人の傷は癒えていた。
アザレアの治療の賜物か。
「自分で言うのもなんだが、1年前と比べて俺は相当強くなったぞ、P・P・D・ドロップ!そっちはどうだ!?」
低く飛ぶようにエーレンが駆けた。
腰の位置に構えた刀は、抜き放たれる瞬間を今か今かと待っている。
「笑止! 我は一分一秒ごとに強くなり続けているとも!」
大言壮語も甚だしいが、どうにもドロップは本気でそう思っているようだ。
実際は、迅の攻撃で負ったダメージが残っているので、少々動きに難がある。
抜刀。
同時に、放たれる斬撃。
ドロップは不安定な姿勢のまま、それを両手で挟んで止めた。
真剣白刃取り。
有名過ぎるほどに有名な技ではあるが、実戦でそれを成功させることは至難である。
当然、ドロップの白刃取りも完璧ではない。
タイミングが遅れ、切先が瞼の上を浅く裂いた。
「む? 難しいな」
そう呟きながらドロップは体を後ろへ倒した。
エーレンの身体が引き摺られるように宙へ浮く。その腹へと脚の裏を乗せ、後転の勢いのままに投げ飛ばす。
「っい!?」
顔面から地面に行った。
見事に決まった反り投げに、会心の笑みが隠せない。
しかし、それも一瞬のこと。
ジェットパックで加速して、イグナートが頭上へ迫る。
手足を広げ、身体ごと降って来たのだ。
フライングボディプレス。
「マスクドローレット!! 相打ちの覚悟有か!」
「まさか! オレはオレの筋肉を信じるよ!」
受けて見よ。
全身でその意思を示すイグナートのボディプレスを、ドロップは真正面から受け止めた。
粉塵が舞う。
よろり、と起き上がるイグナートとドロップは笑みを浮かべて視線を交わす。
イグナートが拳を振り上げる。
その顔面へ、ドロップは飛び蹴りを叩き込んだ。
「う、ぉっ!?」
シャイニングウィザード。
数日にわたる実戦の末に、レアのフィニッシュホールドを見様見真似で身に着けたのか。
イグナートの視界が白に染まる。
腰にドロップの腕が回された。
見えないままに、ドロップの頭部へ肘を打ち込む。
だが、ドロップは手を離さない。
ふわり、と。
身体が浮いて……。
「マスクドローレット! 好きにやれ!」
「後詰は僕たちにお任せください!」
戦線に戻ったエーレンと迅が声をあげた。
セコンドがそう言っているのだ。
受けて、立って、技を返す。
イグナートは歯を食いしばり……頭から地面に叩きつけられるのだった。
イグナートが立ち上がる。
その目は虚ろ。
焦点が定まっていない。
「……っ」
よろり、とドロップもまた起立する。
彼女もまた、連戦が祟ってすっかり疲労困憊といった様子である。
構えを取ろうと腕をあげるが、力が入らず痙攣していた。
これではもう、戦えない。
「ちっ……だが、次は負けんぞ」
そう言って。
笑うドロップの顔面に、イグナートの正拳突きが叩き込まれた。
昏倒しているドロップと、満身創痍のイグナート。
2人を引き摺り、エーレンと迅は一足先に山を下ることにした。
「お二人とも見事な戦いぶりでしたが、どうしても続きをしたいのであれば周りの方の迷惑にならないところでお願いします」
「まあ……周囲の被害もちょっと見られたらいいよな。そのせいで俺らが呼ばれたわけだし」
山の被害は甚大であるが、なにはともあれ喧嘩の仲裁は成功だ。
喧嘩しているところに、横やりを入れて、叩きのめしただけともいうが。
鉄帝ではこれを、仲裁とそう呼称するのだ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
鉄帝国は怖いところですね。
ドロップおよびレアは昏倒。
話し合い(物理)により、喧嘩の仲裁は成されました。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
P・P・D・ドロップと武闘家、レアの勝負を仲裁すること。
●ターゲット
■P・P・D・ドロップ
パンダ・パニッシュ・デス・ドロップ。
もちろん偽名。
一見すると2足歩行のパンダであるが、性別はどうやら女性のようだ。
好敵手レアとの決着をつけるべく霊峰シュタルクベルクを訪れた。
レアとの勝負は、時に食事や睡眠を挟みつつも既に数日の間、戦闘は続いているようだ。
一撃の威力に重きをおいた先方を好む。
※一応、人の姿にも変身できるらしい。
PPD・ナックルパート:物近単に中ダメージ、連、封印、ブレイク
的確に急所を打ち抜くパンチのラッシュ。
PPD・ドロップ:物至単に特大ダメージ、必殺
相手の腰を両腕で抱え、後方へと反り投げる。
或いは、頭から地面に叩きつける大技。
■レア
通称“閃光の魔術師”
灰色の長い髪に、傷だらけの隆々とした肉体。
膝から下に鳥類の特徴が色濃く表れた翼種の武闘家。
霊峰シュタルクベルクに集う武闘家たちの中でも指折りの実力者。
鳥の脚による重く素早い蹴りを得意としているようだ。
シャイニング・ウィザード:物近単に特大ダメージ、崩落、暗闇、ブレイク
重く素早い跳び膝蹴り。主に顔面や側頭部を狙って放つ。
直撃を受けると目の裏がチカチカすることからシャイニング・ウィザードの名で呼ばれている。
●フィールド
鉄帝。
空を突くような高い山シュタルクベルク。
遥か昔より、多くの武闘家が修行に訪れるという霊峰。
山の中腹より先に雪は積もらず、1年を通して過ごしやすい気候に保たれているという。高所ゆえの酸素が薄い。
山頂には武闘家たちの修行場兼住処がある(あった)。
修行場へ立ち入るためには巨大な門を自力で押し開ける必要がある(あった)。
修行場も門も、2人の勝負に巻き込まれてすっかり滅茶苦茶になっている。
山頂から中腹にかけてを移動しながら、2人は今も戦闘を続けている。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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