シナリオ詳細
<太陽と月の祝福>ふりかえってもなんにもないの
オープニング
●とある少女の思い出話
努力すれば夢はきっと実現するって言葉は、成功した人だけが吐いているのよ。
努力すれば願いは必ず叶うって文句は、信じたい人だけが信じればいいと思うのよ。
私はもうたくさん。
努力ってね、結果が伴わなければ意味がないの。考えて考えて考えて、どうすればいいのか必死になって考えて、できることは全部やって、それでも振り向いてすらもらえない時はあるの。なのに、この世界は、みんながみんな希望に満ちているのね。吐き気がするわ。はるか昔の私のようね。
がんばって、がんばって、がんばったけれど、認められない。なにが悪いのかしら。自分のせいかしら。スキルかしら、キャリアかしら、経験かしら、年齢かしら、見回せばどんなときも自己研鑽を怠らず、上へ行きなさいと煽る言葉が満ち溢れていて息苦しいわ。
できないことはできないのよ。無理なものは無理なのよ。どうしてそんな簡単なこと、気づかなかったのかしら。人間だった頃の私は。上を見ればキリがない、下を見ればそこでおしまい。だったらどう身を処していけばよかったのかしら。誰よりも認めて欲しい人から、落伍者の烙印を押された私は。
ああしろこうしろと、言われたことは全部やったわ。でもね、できないのよ。80点なの。
100点は取れないのよ私。
なのに100点を求められるのよ。うんざりだわ。できないのよ、もう疲れた。疲れきってどうにもならなくなった私を主上が導いてくれた。もうがんばらなくていいと、教えてくださった。恩は返さないとね。そのくらいは、私にもわかるわ。
主上はファルカウと共におやすみになられる。それをイレギュラーズが邪魔しに来る。
主上の眠りを妨げるものへは容赦しないわ。でも、すこし困ったわね。私、面倒なことは大嫌いなの。だからちょっとだけ私、意地悪をしようと思うの。ねえラウラン? 居るんでしょう、そこに。
●魂の牢獄
「ラウラン殿が消えた」
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)の報告を受けたアルトゥライネル(p3p008166)は顔をしかめた。
「消えた、とは?」
「魔種トリーシャとの戦闘直後だ。ラウラン殿を保護しようと振り向いたらすでにいなかった」
「ラウランまで連れて行くとは。あの魔種、本当に厄介だな」
盾にでもするつもりだろうと、アルトゥライネルは口にした。アーマデルは小さくため息をつく。
「いや、どうだろうな。これまでの報告を見るに、トリーシャは自分一人になってからでないと攻撃を仕掛けてこない」
「策士気取りというやつか?」
「いや、たぶん極度の面倒くさがりだ」
アーマデルの返事にアルトゥライネルが肩をすくめる。
「トリーシャは、いま最も深緑を騒がせている怠惰の魔種かもしれないな」
「ああ、俺もそう思う」
アーマデルも応じる。そんな彼へアルトゥライネルは疑問を投げかけた。
「そんなやつが巣穴に選ぶのはどこだと思う?」
「……契約者であるラウラン殿の、村」
アルトゥライネルはこっくりとうなずいた。
一行がファルカウ下層にあるラウランの村へたどりついたのは深夜のことだった。村のそこかしこで幻想種が倒れ伏し、こんこんと深い眠りに落ちている。
「……ひどいもんだな」
アルトゥライネルがつぶやいた瞬間、それはやってきた。
足元から背筋を撫でるような殺気。地面から生えた黒い槍がアルトゥライネルを貫く。
「アルトゥライネル殿!」
叫ぶアーマデルもまた黒い槍に突かれた。
一瞬の激痛。世界が暗転する。
そして叫ぶ間もなく一行は不思議な空間へ投げ出された。
小人にされてからくり時計のなかへ放り込まれたなら、こんな雰囲気だろうか。
カチカチ、チキチキと硬い音がそこかしこで鳴っている。不気味な陰影で彩られた人形のパレードが遠くで歌っている。一行がいるのはリング状の舞台の中心だった。周りはでたらめな歯車機構で埋め尽くされている。もしもリングアウトしたなら、不利は免れ得ないだろう。
「……なんだおまえらも来たのか」
暗闇の奥からラウラン・コズミタイドが顔を出した。
「ラウラン殿、無事だったか」
アーマデルが声をかけるとラウランは皮肉げに笑った。
「あいにくと、ここはトリーシャの作った夢の世界だ。俺の村に入ったやつはそうなるように罠が仕掛けられてる。まんまとはまっちまったんだよ、おまえらも……」
ずろりずろりと彼の背後で影が動き出す。まるでゾンビのように鋤や鍬で武装した村人が、血の涙を流しながらこちらへ近づいてくる。
「やめてくれ、殺させないでくれ……逃げてくれえ……」
「逃げろったって、どこへ逃げるんだよ」
ここでラウランたちと永遠の追いかけっこをしろというのか。アルトゥライネルは奥歯を噛み締め、本題へ入った。
「トリーシャはどこだ」
「さあな、わかんねえよ。わかるのは……」
ラウランはゆっくりと弓をかまえた。
「おまえらは、俺たちに殺されるか、俺たちを殺してここを出るか、どちらかだってことだ」
- <太陽と月の祝福>ふりかえってもなんにもないのLv:20以上完了
- GM名赤白みどり
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年06月28日 21時30分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
その場はあきらかに、あきらかに、悪夢でできていた。村人たちの心の闇をつなぎ合わせたかのようなでたらめな内装。ブドウ味の飴を舐めても、肝心のトリーシャの姿は見えない。
古き幼な子、『金色の首領』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は不愉快そうに毛先を揺らした。暗い金色が闇の中、炎のように映えている。
(まんまと罠に掛けられた、か。ならば、食い破るしか、あるまい)
そしてこの哀れで悲しい空間から、村人たちを救ってみせる。それがイレギュラーズの総意だった。
『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)は周りを見回し、ため息をつき、そして前髪をかきあげた。
「まさか罠にはまっちまうとはな。夢の世界っつー事は体は村のどっかに転がってるんスよね。何とかして脱出しねぇと、何をされるか分かったもんじゃねぇ」
そのオッドアイで彼はひとりの男を映した。色黒の幻想種だ。長い髪を後ろでくくっている。針のむしろに居るかのように苦痛に満ちた視線を、葵は正面から受け止めた。
「そんなにつらそうな顔をしなさんな。敵対したくねぇのはオレだって同じっスよ。けど、おねんねくらいはしてもらわねぇと困るっス」
ラウランへそう呼びかけ、葵は苦い笑みを見せた。
「こんな不気味な場所は、さっさと出るに限るっス。な、ラウラン?」
ラウランは苦しそうに顔を歪めた。体が魔種に操られているのだ。心と体が連動しない苦しみは、想像を絶する。彼にあんな顔をさせるとは、『冬隣』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)はトリーシャへの怨嗟の炎を胸にあの夜を思い出していた。明るくて気さくだった彼。突然の訪いにもかかわらず快く迎え入れてくれた。悩みを紐解き、聞いてくれた。……まるで兄のように。それが、今では見る影もなくやつれている。
「ラウラン殿」
アーマデルは口を開いた。
「俺はどちらも御免だ、殺すのも、殺されるのも。信じろとは言えない。俺があんた達に言えるのは『最後の瞬間まで諦めるな』だ。俺達は全力を尽くす、あんた達もそうしてくれ。呼び声に屈さないように、な」
うなずくことすらできないのか、ラウランはうめき声をあげた。彼の、そして村人の動きは完全にトリーシャの支配下に置かれている。『揺れずの聖域』タイム(p3p007854)はそう感じた。
(操られているのはラウランさんの村の人達なんでしょう? それを盾に……うう、なんて趣味が悪いのかしら! ここまでする必要がある? 村人たちから何かされたわけでもなく、ただその場にいた、それだけでこんなに残虐に巻き込めるものなの?)
まだ見ぬトリーシャへと怒りをつのらせ、タイムは前へ出た。豊かな金髪が揺れ、彼女のやさしい顔立ちを縁取る。義憤のため紅潮した頬。可憐な青い瞳は臆することなくラウランの殺意すら包みこんだ。
「ラウランさん諦めないで。あなたたちは死なせないから……!」
『桜花の決意』キルシェ=キルシュ(p3p009805)はそっと周囲を観察していた。でたらめな空間は常に胎動し、そのたびに変じて嗚咽をごぼごぼと吹きこぼす。キチキチカタカタと耳障りな機械音が鼓膜をかじってイライラさせられそうになった。
(夢の世界は色々入ってきたけど、今回は特に変わった世界ね……暗くて、怖くて、ひとりだったら凄く不安になったと思うわ。)
キルシェは共に立つ仲間たちを眺めた。その人たちは強くて、あたたかくて、たしかに生命の存在を有しており、キルシェを安心させた。
「でも負けないわ」
キルシェは力強く宣言する。両の拳をギュッと握り、顔の前まで持ち上げる。いつでも攻撃にうつれるように。
「だって、ルシェは一人じゃないもの。みんなが一緒なら、一人じゃ出来ないことも出来るもの!」
「おう、さっさとこんな世界ぶち破って、とっとと戻ろうぜ。でないと、風邪ひいちまうかもしれないしな!」
『ヤドリギの矢』ミヅハ・ソレイユ(p3p008648)がジョークを飛ばした。だがその目は笑ってはいない。追い込まれれば追い込まれるほど研ぎ澄まされていく狩人の勘。赤い髪を跳ね上げ、顔をしかめる。
「それにしても狩人の俺が罠にかかるなんて……これだから魔種ってやつは油断ならない。ま、罠ってことなら対処法はあるはず。おそらくトリーシャも何処かに、居る」
「そうだねぇ」
ゆったりと『闇之雲』武器商人(p3p001107)も相槌を打つ。その声音は常よりもわずかに固い。武器商人なりに状況を深く思慮しているのだろう。
「トリーシャってやつのことは詳しくないけど、『こんなシチュエーション』を用意するような奴だ。確実にこの場所にいて、俺たちにちょっかいかけてくるな。間違いない」
「それはどうだろう」
武器商人がゆるやかにつぶやく。
「怠惰ってのは他の魔種と違ってどう出てくるかわからない。わからないからこそ危険だからね」
「……そうだな」
『舞祈る』アルトゥライネル(p3p008166)もそれには同意した。
(救った気になっていた子どもも、再び敵対させてしまったラウランもそうだ。認めよう。読みも詰めも甘かった。次こそは、と犠牲者を踏み台にする思考は要らない)
アルトゥライネルはしずかに深呼吸をし、胸へ手を当てるとそれで空気を横へ薙いだ。
「ただ目の前の『助けを求める声に答え続ける』……怠惰は俺の対極だ!」
●
鋭い矢が放たれた。空気を裂き、タイムのやわはだへ突き刺さる。彼女は矢を抜こうとして激痛に顔をしかめた。矢じりの返しが肉をえぐり取っている。赤い血がしたたり落ち、床へ広がっていく。
「タイムさん!」
悲鳴のようにキルシェが呼びかける。だがタイムは笑顔を見せた。
「この程度、なんでもないわ。『揺れずの聖域』の二つ名は伊達じゃないの」
タイムは微笑んだまま透き通った声を響かせた。緑の聖域が足元から広がり、燐光がきらめいた。タイムの衣装が風になびくが如くひるがえる。
「歌いましょう愛を。終わらない愛を。誰もを包む愛を。審判の時が訪れ、善き人は来たる。歌おう、繋ごう、愛を交わそう。悲しき隣人へも楽園を見せましょう」
唄が終わった時には、タイムの肌はもとの白さと柔らかさを取り戻していた。キルシェがほっとして明るい顔になる。
「タイムさんすごい!」
「回復なら任せてちょうだい、得意分野なの」
どんと胸を叩いたタイム。しかし内心では顔を曇らせる。
(愉悦も殺意も反応がない……。トリーシャはいったいどこに?)
時間がない。自分たちに与えられた期限は5分にも満たない。
(この世界に放置されたら、どうなるのかしら。肉体は葵が言う通り村へほったらかしよね?)
いやな予感が頭をよぎったが、タイムはつとめて笑顔で振る舞うことにした。心を折られたら負けが待っている。きっとここはそういう世界だ。そう感じたから。
「よーしルシェもがんばる! タイムお姉さんに負けてらんない!」
タイムが盾なら、キルシェは剣だ。
ふわりと一回転したキルシェ、桃色の髪が鮮やかに揺れる。それに触れた手に薄桃色の光が宿る。両手に宿した光を手を合わせることで慈悲の輝きに変えていく。輝きは大きくなり、舞い散る羽根となって顕現した。
「軽やかな恩寵よ、邪悪なるもののみを打ち抜け、神気……閃光!」
あたりを舞い散っていた羽が光の矢と化して飛んでいく。周囲の村人が撃ち抜かれ、苦悶の悲鳴をあげる。何人かは床へ倒れ伏し、すぐに縄で釣られたかのように不自然に起き上がった。
「ごめんね村人さんたち! 少し痛いし怖い思いさちゃうけど、死なせないから。絶対にみんな死なせないから、少しだけ我慢してね!」
まるで救いを求めるように村人たちがキルシェへと襲いかかる。軍隊のように統率された動きは何者かに操られていることをキルシェに強く印象付けた。……怖い、足がすくむ。一撃目がキルシェを吹き飛ばした。覚悟していたからだろうか。思ったよりは痛くはない。けれど激しい勢いで叩きのめされるのは、やはり恐ろしい。だがキルシェは負けない。大きくつぶらなつよい瞳で、村人たちを見据える。
(夢の世界の中だけど、ここで起きたことはきっと現実にも反映される。みんなで帰るためにルシェなりに出来ること頑張るのよ!)
ミヅハとアルトゥライネルは村人からの攻撃を逃げ回ることで避けていた。ミヅハは常に距離を保ちながら後退しつつ、リング中央を動かない。
アルトゥライネルは時に高く飛んで村人を飛び越す。そして紫染をひるがえし、厳かに舞い踊る。
「触れたとて棘なき薔薇は涙一粒、奇跡の青、軌跡の痕、汝にも注がれし混沌の恩寵、いざやいざや神の御下より導かれん、神威の激情、欲するままに」
紫染がひるがえるたびに紫の燐光があふれだし、彼を追跡する村人たちを覆った。肌が焼ける音がし、悲鳴が轟く。アルトゥライネルはかすかに顔をしかめた。
「くらえ! 狩人の一撃を!」
反対側ではミヅハも弓から神気の矢を乱れ撃つ。適当に打っているように見えて攻撃はすべて村人たちの体の何処かを正確に狙いすましたものだった。
ふたりの攻撃をくらい苦痛で足を止めた村人が、ずるずると前に出て攻撃してくる。それをふたりはそれぞれの方法でかわしてのけた。
「殺しも殺させもさせない、そう決めた。とはいえ、これでは埒が明かないな」
逃げ回っているよりも攻勢に出たほうが良さそうだ。残り時間を考え、アルトゥライネルはそう決めた。真の目的であるトリーシャがいまだ姿を表していないことが彼の思考を切り替えた。
(どこにいるんだやつは……)
焦りは気持ちを逸らせ、ミスに繋がる。アルトゥライネルはそう考え、深呼吸をした。鉄さびの匂いが鼻孔へ侵入してくる。それは今はまだ敵である村人たちのものであり、味方のものでもあった。戦況は停滞しており、一進一退を繰り返している。
まずは村人の数を減らさなければ。
「少し痛いが、許せよ」
紫染を肩にかけ、まぶたを閉じるアルトゥライネル。一呼吸置いたその両手からイバラがあふれだす。素朴な白い花を咲かせるテリハノイバラ。アルトゥライネルはその魔力の塊を十分に育て上げ、前方へ突き出した。イバラが轟音を立ててリングを駆け抜ける。村人たちを巻き込み、からみつく。同時にアルトゥライネルが跳躍した。イバラをたぐりよせ、踊るように回転しながら巻き込まれた村人へ蹴りを入れていく。
重い音がして村人がどうと倒れていく。穏やかな顔のままで。エクスマリアが長い髪を伸ばし、倒れた村人をつかんではリングの外へ放り出していく。
「すまんな、手をかける」
アルトゥライネルの言葉にエクスマリアは首を振った。
「いや、いい。今は、可能な限り、やつの手から離した方が、いい。そのほうが、マリアたちも気を取られずに、動くことが、できる」
アルトゥライネルの一撃を見た他の村人が散開した。次の範囲攻撃に巻き込まれないようにだろう。こちらの動きを覚えて、確実に対抗策を打ってくる。
「……ずいぶんと、物覚えのいい事、だ」
ざわりと髪を動かし、エクスマリアはまぶたを半ばまで落とした。
(どこからか、のぞいているの、か? たしかにトリーシャはここに居る、でなければ、村人たちの統率の取れた動きの、理由が、わからない)
「まったく、隠れるのがうまい獲物だな」
同じことをミヅハも考えていたようだ。
「エクスマリア、アルトゥライネル、俺に策がある」
「策?」
アルトゥライネルが返事をし、エクスマリアは髪を一房、ついとミヅハへ向けた。
その頃の葵はラウランに対峙していた。
「この程度の麻痺毒が、俺に効くとでも?」
「そのわりには辛そうじゃないか、おまえ」
「そう見えるならまちがいっスね、あいにくとオレは逆境には強いんで」
あと二発くらいは耐えられるか? などと目算し、距離を取った葵はワイルドゲイルGGを軽く放り上げ、低い打点からシュートを放った。同時にラウランが矢を放つ。正面からぶつかりあった矢とボール。力と力、柔と剛、一瞬の攻防をGGが制した。矢は半ばで折れ、GGが加速したままラウランへ迫る。
「嘘だろ!?」
ぎょっとしているラウランの顔面へGGが突き刺さった。
「ぶべっ!」
攻撃をもろに食らったラウランが回復にはしる。だがその動きすらもぎこちない。己の意思と体が相反している、でも同情する訳にはいかない。
「どうした、オレ達を殺すんじゃねぇんスか! これに当たるようじゃ到底叶わねぇっスよ!」
「……最初からどうにかなるなんて思っちゃいねぇさ」
「どういうことっスか」
「トリーシャが言っていた。役割は足止めだと。俺たちはおまえ達をここに引き止めているだけでいいのさ。それにおまえ……」
ラウランが葵の目を見た。
「俺を殺せないんだろ。攻撃がぬるい」
心の中の動揺を見抜かれたが、葵は顔には出さなかった。不殺を用いないと決めたのも、ラウランを相手取ると決めたのも自分の意志だからだ。だがラウラン側はなんの遠慮もなく矢を打ち込んでくる。それが操られた結果とわかっていても、なんだか癪に障る。これが終わったら一発くらいぶん殴ってやろうと葵は思っていた。現実世界でならべつにそのくらいしても罰は当たるまい。
(まあ無事に帰れたらの話っスけどね)
その時だった。
「ぐあああっ!」
ミヅハの絶叫が聞こえた。村人の攻撃へ連続で体を晒したミヅハがリングの縁から投げだされる。
「ミヅハ!」
エクスマリアが金色の髪でもってミヅハの体を捉えた。だがミヅハの吹き飛ばされる勢いが予想以上に重く、エクスマリアもリングアウトしそうになる。そんな彼女へアルトゥライネルが紫染を投げつけ、三人で数珠繋がりになりながらなんとかこらえる。
「おやァ」
ついとリトルワイバーン・ハザックに乗った武器商人が降りてきた。
「危ないね、それでおびき寄せるつもりだったのかい? あのコは怠惰だし、時間切れを狙っているのだから、その手にはのらないと思うよぉ」
ハザックの背にエクスマリアとミヅハを乗せ、武器商人はリングの中央へ降りた。村人がまたも近寄ってくる。
「いいコたちは自分で自分の身を守っておくれ。我(アタシ)のほうは、どうにも破滅の呼び声が効かなくてね。いつものようには振る舞えない」
代わりに、と武器商人は前置きした。
「見つけたよ、ヒヒヒ。おいで蛇巫女殿」
「見つけた、とは?」
「もちろん元凶だよ。考えてごらん、自分は戦う気がなくて、でも手駒は操りたい。そんなコがひと目でリングを見渡せる。そんな場所」
アーマデルが目隠しの下で目を見開く気配を感じた。
「上か!」
「そうとも。さァ乗った乗った。行くよハザック。蛇巫女殿をだらけきっている元凶のところまで、お連れしようじゃないか」
アーマデルがハザックに乗り込むなり、武器商人は愛騎を飛ばした。ぐんぐんと上へ上へ、ぶつかりあう鉄骨をすり抜け、人形の合唱を通り越し、無意味な機械の羅列を横目に。
「見つけた」
それは闇の中浮かぶ花のようにかぼそく、頼りなさげだった。それでも今はそれが見た目だけだと知っている。あれは魔種。この世に災いを呼び起こし、崩壊を早めるもの。
アーマデルがかまえる。武器商人が彼の背を押した。
「いっておいで、蛇巫女殿。何度落ちてきたって我(アタシ)が受け止めるよ」
「助力感謝する」
言うなりアーマデルはハザックの背を蹴り、流星のような速度でトリーシャへ向けて突っ込んでいく。其は英霊の絶叫。すさまじい音響が場を揺るがした。
「めんどうくさいのが来たわね……」
ここへ来てトリーシャはようやく足元の存在へ気づいたようだった。
とたんに強烈な呼び声がアーマデルと武器商人を襲った。それはもはや衝撃波と呼んでも差し支えがない激しさだった。宙空でぐらついたハザックへ武器商人が声をかける。
「やれるねハザック。何度落下しようがかまわない。その度にしぶとく見せつけてやろうじゃァないか」
主人の前でみっともない姿を見せられない。飛竜なりにそう考えたのか、それとももとからの勇敢さ故か、ハザックはアーマデルの後ろを守るようにさらに登りつめていく。
「おおおおおっ!」
アーマデルの最初の一撃をトリーシャがかわした、かのように思えた。トリーシャは突然の激痛に初めて焦りの表情を浮かべた。ゼピュロスの息吹がアーマデルを支えたなどと、魔種にわかろうはずもなかった。殺意もあらわにアーマデルは追撃を深める。今できる限りのすべてを、ここに。
●
悲鳴が暗い上空から降ってきた。
「なんだ、なにが起きてる!?」
ミヅハが叫んだ途端、ラウランを含むすべての村人たちが精も根も尽き果てたかのように倒れ伏した。やがて上空から白く長いものが落ちてきた。リングの上で釣り上げた魚のように跳ね回るそれへ、タイムとキルシェは不快感もあらわに身を固くした。やがてそれはゆっくりと動きを失い、無様に地べたを這いずり回ったあげく停止した。
「……腕、か」
それは異様に長い少女の腕だった。
エクスマリアがそれに近寄り、匂いを嗅いだ。意外にも、不思議と快く、摘みたてのかすみ草のような香りがした。
「これがトリーシャの匂い、か。覚えた、ぞ」
エクスマリアは爪先で、息絶えた薄い手の甲を踏みにじった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
おつかれさまでしたー!
驚異の村人生存率100%です。皆さんも村人たちも、もちろんラウランも夢の世界から無事脱出できました。トリーシャは片腕を失い逃走中です。
またのご利用をお待ちしています。
GMコメント
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
みどりです。夢の世界へようこそ。
あなたたちはラウランを追って魔種の罠にかかり、簡易的な夢檻の世界へ陥ってしまいました。なんとかしてここから脱出しましょう。
やること
1)25T以内にトリーシャへ一撃以上加える
2)村人生存率50%以上
●エネミー
魔種トリーシャ
性質は怠惰、役割はイレギュラーズの足止めです
25T以内に彼女へ攻撃を加えなければ、飽きてあなた達を置いて何処かへ行ってしまうでしょう
見た目は幸薄げな少女の姿ですが、なかみはかなり年を経ているようです
射程を無視して長く伸びる腕と【飛】効果、そして主行動をキャンセルさせる呼び声を持っているようです
ラウラン・コズミタイド
アーマデルさんの関係者で、毒・麻痺・回復の矢を使いこなす幻想種です
命中・回避・反応が高い反面、防技やEXAはそこまでではないようです
トリーシャに魅了され、契約者にされたうえに操られています
村人 42人
物至扇【飛】を使ってきます
EXFが高いのが特徴です
トリーシャに操られているため、戦いたくない心とは裏腹にかなり精度の高い攻撃をしてきます
●戦場
トリーシャの持つ眠りの権能によって作り出された魂の牢獄
直径60mの平坦なリングが戦場です
暗闇に覆われており、命中、回避、反応に最大-30、FB+10の補正が加わります
また、リングアウトすると悪夢に囚われ、動けなくなります
強く心を持つか、誰かに助けてもらわねば戦線復帰はできません
このシナリオは「<タレイアの心臓>ふりかえってはいけなかったの」の続きですが、前回を読む必要はありません。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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