シナリオ詳細
最も冴えた汚いやりかた
オープニング
●魔女の塔ならば崩れ去っても、明日にはまた同じ塔が建っているはずだ。
朝目覚めると、今日も生きていられたのだと思える。
眠っている間に自分はフッと死んでしまうのではないかと、いつも思うからだ。
あばら屋以下の、裏路地に粗末な木の棒と布だけで作った家ともいえない場所で眠った日々をおもえば。あるいは『オンネリネンの子供達』として鉄帝幻想間の戦場へ送られ長細く掘った穴へ一列になって寝ることを強いられた日々を思えば。
このバネ式のシングルベッドの上で目覚めた一瞬が、奇跡のように思えるのだ。
綺麗なシーツをそっと撫でて、身体を起こす。
ロココ調のインテリアで纏まった、それはそれは綺麗な部屋だ。広くこそないが、清潔な白い壁や模様の描かれた天井や、ピンク色のソファがある。
自分には一生あり得ないような素敵な部屋が……そう、わたしの部屋なのだ。
「おはよう、アントワーヌ」
綺麗な縁模様をした鏡にむけて、少女アントワーヌは微笑んだ。
ここは、天義郊外に存在する独立都市アドラステイア、中層域。
壁に囲われた自称最後の楽園。
「おはようございます、マザー・リーナ」
中央塔の鐘がなる頃、お祈りのために教会を訪れていたアントワーヌはシスターのひとりに祈りの姿勢をとった。
ここアドラステイアに暮らす多くの『大人』はこの中層に住んでいる。
下層のスラム街同然の(あるいはスラム街そのものの)暮らしと比較すればはるかに贅沢な、しかし天義の基準で言えばまあまあに普通の暮らしだ。
赤煉瓦の軒にはパン屋や洋服屋やカフェが連なり、チョコレートショップには可愛らしいクマの形をしたチョコレートがショーウィンドウに飾られているのだ。
「おはようございます、アントワーヌ」
優しい笑顔でこたえるシスターと、アントワーヌは何気ない雑談をかわした。その中で、自然とシスターが明日の話題に触れた。
「スカウトキャラバンの出発は明日でしたね。準備はもうできていますか?」
「はい、マザー・リーナ! ばっちりです!」
アントワーヌは目をキラキラとさせて、ガッツポーズをとってみせる。
「天義の悪政に騙された子供達を、たっくさん救ってみせるんですから!」
●極秘調査記録■■■■-■■より
ラヴィネイル・アルビーアルビーは資料をめくり、黒い塗りつぶし線がいくつもはいった一枚の資料をとりだした。
「ん……」
ここは天義首都に存在するカフェ。しっとりとしたレコード音楽とコーヒーの香りが流れる昼下がりの空間だ。
ラヴィネイルの前には数人のイレギュラーズ。アドラステイアの依頼だと聞いて集まった面々である。
「皆さんは、『プリンシパル』という存在をご存じですか?」
目の前に差し出された資料は、そのプリンシパルを解説するものだった。
通常、アドラステイアの子供達は一定の年齢に成長すると『ヘブンズホール』なる場所へ招かれると言われている。彼らにとって文字通り天国への抜け穴であり、貧しく苦しい生活をしていた彼らが唯一救われる方法であるとされている。
だが中には、プリンシパルという『大人になってもアドラステイアで暮らし続けることを許された子供』というものも存在していた。
彼らは大人同様の存在であり、将来的には『アドラステイアの大人達』となるべく育成されている。
だが当然、『プリンシパル候補生』もまた存在するのだ。
「今回は中層で暮らすプリンシパル候補生、アントワーヌの『スカウトキャラバン作戦』を妨害することが依頼内容になります」
アドラステイアとて子供達が土から無限に生えてくるわけではない。いわば供給源が存在するのだ。
そのひとつが天義のスラム街。あるいは国政の限界ゆえに保護の手が届かない地域である。
「冠位魔種による首都での被害は甚大なものでした。
国政の主要ポストの大半は魔種による政治的あるいは存在的な汚染を受けており、これらの人員を総入れ替えしイチから再教育せざるをえない状態です。細かな話は別として、国内の情勢は大きく悪化していますし、これを国が破綻しない程度に少しずつ治癒しているというのが現状なのです。
そしてそういう時期にこそ、アドラステイアは付け込みました」
天義の田舎村『スヌーズ』。この場所は農業を主体として維持されていたがアルブレウ政権の支持者によって誤った農作法が強制され、深刻な不作が続いていた。
町には飢餓が起こり、各家庭は労働力を求めて子供を多くもつようになり、アルブレウ政権が解体され正しい農法がもたらされた今はその労働力があぶれるという第二の不幸をもたらしていた。
つまりは、『売られる子供』の急増である。
計画ではアントワーヌと数人のプリンシパル候補生が現地入りし、現地人へ定期的な物資配給ボランティアを行うことで信用を獲得。よりよい暮らしをさせ親にも相応の幸福をという瞑目で子供達の買い取りを行うのだという。
こうした計画は各所で実績をあげており、アドラステイアの住民が未だに増減を繰り返している理由にもなっていた。
スヌーズでは信用を得る段階まで到達しているという。
「それはいいっスけど……どうやって計画を止めるんスか? 既に現地人の信用を得ているなら、天義の救世主サマが今更現地入りしたところで『救ってくれない国の手先』にしかならないっスよね」
「はい……」
否定をせず、ラヴィネイルは続けた。
「ですので、『キャラバン』を直接攻撃するしかありません。村へ続く道で待ち伏せをはかり、襲撃を行います」
「ほぼほぼ野盗っスね……」
が、暴力以上に有効な妨害手段はいまのところ無い。というより、『より強固な妨害』を行えば逆効果になりかねない。もっと有効カードもあるにはあるが、それをここで切ることは後に控えるであろう重大なトラブルへの対応力を失うことになる。
『最も冴えた汚い手』なのだ。
「わかりました。なりましょうか。野盗に」
- 最も冴えた汚いやりかた完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別通常(悪)
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年06月21日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●この列に並んだ者には生きる権利を与える。それ以外を対価として。
草むらに潜む獣は、鋭敏な感覚をもつ草食動物の警戒すらも掻い潜りギリギリまで接近する。
そうした技を、人間社会の泥底のなかで会得する者たちがいる。彼らもまた、食うために技を磨くのだ。
「…………」
あえてダメージ加工したジーンズパンツとジャケット姿にニット帽を被り、目元をすっぽりと覆うミラータイプのサングラスをかけ、人相を消した鏡(p3p008705)は雑草が生え放題の茂みのなかで息を潜めている。
とはいえ、彼女がこれから食い物にするのは『他人の善意』とかいうシロモノなのだが。
「私は脚さえ頂ければどーでもいいのですが……ふむ、アントワーヌたそ以外は好きにして構わねーと? 彼女が失脚しちまうのは避ければいーんですねー
それにしても失脚。フフフ……色んな意味でそうさせない為にも私はアントワーヌたそには手出ししないよーにしましょーかねー」
一方の『A級賞金首・地這』ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)は、むしろ本当の意味でこれから訪れる聖銃士たちを『食い物』にするつもりなのかもしれない。
別に構わない。はるか海の向こうで餓死する子供がいるからといって、今日のハンバーグに手を付けないヤツなどいない。少なくとも、今現在相手とは『そういう距離』にある。
「こんな辺鄙な村からチマチマとガキを買うなんざ、狡い連中だねェ。
だが運が悪いこったな。なにせ奪う事に関しちゃ、この最強最悪の山賊、グドルフさまの右に出るやつはいねえからなあ!」
ゲハハと露悪的に笑いながら、『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)はもはやつけ慣れた翁面を被りぼろけた服を羽織った。
ピリムあたりはグドルフの顔を見たときあまりピンときていなかったが、この時点で『あー』と声を出した。それくらい、ダークサイドでは『顔』が知れているのである。
「相手はWin-Winだと思ってるのがタチ悪いですよねえ。えひひ……。
アドラステイアのこと、少しずつ分かってきましたよ。とりあえずは、ロクデナシってことは確実ですね」
『こそどろ』エマ(p3p000257)は『私が言えたことじゃありませんけど?』と引きつったような半笑い顔で言った。グドルフもピリムも鏡ですら、その顔を見てどこか引きつった笑みを返す。彼女もまたダークサイドで『顔』が知れた女なのである。
そのそばでは、『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)がメイク道具を使って『炯眼のエメラルド』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)に変装を施していた。
ウィッグをかぶせ、マスキングテープを使って目尻をややつり上げ、頬や肩に鮮やかな赤い塗料で禍々しい模様を描いていく。
この上で赤いドレスでも着せれば『血の魔女』のできあがりだ。
「こんなところっスかね」
「なんだか既視感が……」
といいつつ、マリエッタはくるりと回ってスカートを広げてみた。
「けれど、これほどに私に適したお仕事もないですよね。誰かの為に悪を被る……夢の中で大罪を犯していた私だからこそ。なりきって見せましょう。子供浚いの魔女に」
「そろそろじゃない?」
茂みをぬけた道の真ん中。『トリック・アンド・トリート!』マリカ・ハウ(p3p009233)が体育座りをしたまま手をぱたぱたと振った。
アントワーヌ率いる聖銃士のキャラバンが、村へ子供達を迎えにやってくる。
当然、道の真ん中にこんな人間がいれば馬車をとめるだろう。
ロングコートのポケットに両手を突っ込んで、『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)がゆらりと道へと歩み出る。マリエッタたちもだ。
「くくくっ、いやあ……いいですねえ。
普段は裏でコソコソと悪巧みをするのが私ですが、偶にはこうやって好き勝手に暴れるのもいいものです」
「これも充分悪巧みっスけどね」
「堂々とするのがいいのですよ。しかし……子どもを売った連中は、アドラステイアが密告祭りの地獄のような都市だと知ったらどんな顔をするんでしょうか?」
ウィルドは皮肉たっぷりの笑みを美咲に向けてくる。
美咲は、あえて何も言わない。
こういうとき、常識的な人間ほど行動をおこさない。
行動を起こしてしまうのは、事実を受け入れずに狂乱した人間か、事実を中途半端に信じた結果暴れ出す人間だ。
ローレットを嘘吐き呼ばわりしてギャーギャー騒ぎ立てたり、アドラステイアにマッチ箱一個を手に単身で乗り込んでわめき散らしたりといった所だろう。いずれにせよ、いい運命が待っているようには思えない。スヌーズ村は、そう言う意味で詰んでいるのだ。
「さて」
スッとウィルドが腕を翳すと、それを枝にみたてて鴉が一羽とまった。偵察にだしていたファミリアーだ。
ウィルドはいかにも悪そうに笑うと、鴉を逃がして歩き出す。
「悪党になるとしましょうか」
●嘘吐きは人間のはじまり
「止まって!」
馬に跨がっていたアントワーヌは大きな声を出し、キャラバン馬車の御者へと呼びかけた。
急なことに慌てて手綱をひいたためか、馬が嘶き前足を上げる。
一方のアントワーヌはゆっくりと馬を前に出し、馬身そのもので馬車を隠すようにしながら路上の人々を見つめた。
見るからに禍々しい雰囲気を発する人間達だ。警戒するのは当然のことである。
「この辺りでは見ない方ですね。失礼ですが、どちらから――」
問いかけようとするアントワーヌ。が、彼女が言い終わるより早く美咲は拳銃を発砲した。
立て続けに三発。それもアントワーヌの馬と、彼女の胴体と、そして頭に一発ずつ。アントワーヌは一瞬の判断のなかで自らの身体だけを魔力障壁でガードし、衝撃にあおられて馬上から転落した。
「これは……!」
手をかざすと、魔力がショートし最低限の障壁しか張れない状態になっている。
やられたと呟くアントワーヌを庇うように、馬車から聖銃士たちが次々と飛び出してきた。
その数およそ四人。アントワーヌを含めれば五人だ。
後続の幌馬車二台からは更に子供達が飛び出し、ボウガンや有刺鉄線を巻いた鉄パイプといった粗末な武器を握る。
「ふふっ、随分と羽振りが良さそうな行商人ですねえ。……少しばかり、恵んでいただけません?」
ウィルドが拳を鳴らし歩き出す。
一方でマリカは『Death apple』の魔術を行使し骸骨を召喚した。
――ここから先は通行禁止、死の軍勢の検問所。
――小虫を掬う蜘蛛の巣がごとく、小道を阻む魑魅魍魎。
――ワゴンに揺られる子供たちにとびっきりのサプライズ。
「トリック・アンド・トリート! あなたたちを『お友達』にしてあげる」
ぶつかり合う聖銃士とマリカたち。
金色の拳銃を握った聖銃士がウィルドめがけて乱射するが、ウィルドは銃撃をジグザグなステップでかわすと至近距離へ詰め、相手の顔面に拳を叩きつけた。
あまりに急激な踏み込みに警戒した聖銃士達が距離をとるが、うっかり注意を引かれた子供達がウィルドめがけて殴りかかる。
「だめだ、罠だ!」
先ほど殴り飛ばされた拳銃の聖銃士が叫ぶが、もう遅い。
マリエッタが赤いオーラをぶわりと湧き上がらせると、ウィルドに引きつけられた子供を血色の茨で縛り付けた。
「ふふ、ふふふ。久しぶりねぇ、聖銃士。
あらあら…素敵じゃない、こんなにも若々しい若芽の様な子供達ばかり。
いいのよ怯えなくて、今アタシが貴方達を『救って』あげる」
まるで相手の気持ちを考えない、相手の言葉も聞いていないような口調でまくし立てるマリエッタ。時間や期限に迫られる生活をすると人間は早口になるというが、その逆でゆっくりとした、そして常人が用いないテンポで喋る人間は常識に縛られない雰囲気を演出できる。これはそういう演技だ。
「その子を離せ! 魔女め!」
十字の柄がついた剣を抜いてマリエッタへと走り出す聖銃士。
が、そんな彼の脚にざくりとスローイングナイフが刺さった。
「――え」
気の抜けた声を出し、がくんと体勢が崩れる聖銃士。が、見下ろしたナイフの柄に爆裂術式の術札が巻き付いていたことに気づき悲鳴をあげた。
「ぼーん」
顔の横で手をパッと開くエマ。同時に爆発音が響き、聖銃士とそのそばにいた子供達がまとめて吹き飛んでいく。
「目のものはどんどんいただきましょう。子供なんかいいですねえ。
傷んだ剣や穴あき鎧も二束三文にはなるのです。えっひっひ」
エマは潜んでいた草むらから立ち上がった。
更なるスローイングナイフを腰のホルスターから抜くと、片手に三本ずつ握り投擲のフォームをとる。
奇襲だと察した聖銃士が脚をおさえながらも子供達に馬車の裏側へまわるように呼びかけるが、それを読んでいたかのように煙があがる。
「ゲハハハ、ガキどもは頂いていくぜ。さぞかしいいカネになる事だろうよ!」
翁面の仮面を被ったグドルフが剣をくるくると回しながら反対側の馬車から襲いかかる。
悲鳴をあげた子供達へ斬りかかる彼を、マスケット銃を装備した聖銃士が迎え撃った。
迎え撃つといっても、銃を水平に翳してグドルフの剣を受け止めるだけだ。追い払うだけの手は持ち合わせていないらしい。
「今日からここらはおれたちの縄張りだ。来るときゃ入場料を置いてきな。テメェの命以外の全部でいいぜェ!
遠慮するこたぁねえ。勝手に奪いとってやるからよ。ゲハハハ!」
顔を近づけ、仮面越しにゲラゲラと笑うグドルフ。
「悪魔め……! お前達のようなやつがいるから!」
必死にこらえ、グドルフを押し返そうと抵抗する聖銃士。
だが、混乱する子供達を庇いながら十全に戦うのは難しい。
「これはこれは。丁度良いシチュエーションになりましたね」
優しく囁くような声がした。
かと思うと、聖銃士の腕がすぱんと肩口から切断され、思わずライフルが落ちる。
それによって防御を失った聖銃士にグドルフの剣が食い込み、濁った悲鳴と鮮血があがる。
何故と叫ぶ聖銃士だが、答えは案外すぐそばにいた。
血に濡れた刀をぶらさげ、薄く笑う鏡である。
彼女はいつの間にか近づき、いつの間にか切り落とし、そして次なる攻撃に既に備えていた。
飛行の魔法をつかった聖銃士が、ショットガンのような銃を握って上空へととびあがる。鏡の刀の射程外にでも出たつもりなのだろうが……流石にそれは侮っているとしか言えなかった。
「――落華不帰」
詩でも詠むように囁くと、鏡は居合いのフォームをとったまま馬車の上へと駆け上がり、聖銃士めがけて斬り付ける。
飛行の術が解除されないように自らに治癒魔法を唱える聖銃士――だが、そんな彼の真上にピリムはいた。
「フフフ…こんなところに小さなあんよがひいふうみい…いやー選び放題なんて素敵ですねー」
子供の脚を手にして、上機嫌のピリムだ。おそらくエマが吹き飛ばした脚だろう。
ピリムは引きつるような、見る者が恐怖するような三日月型の笑顔を作ると聖銃士の首に刀を押し当てる。
「や、やだ――」
「痛いのは一瞬ですよー」
鏡の刀とピリムの刀が交差し、聖銃士の首が文字通りにはねられる。
高い放物線を描き、鮮血をまき散らしながら聖銃士の生首が地面をバウンドした。
「ヒッ――!」
思わず悲鳴をあげたアントワーヌ。自らにかかった【封印】の術式を解除すると、残る聖銃士たちを見回した。
「アントワーヌ! 治癒魔法を!」
「痛い、たすけて! アントワーヌ!」
「早くなおして、おねがい、あしが、あしがとられたの」
「エニジェニが殺された! どうするんですか!」
「アントワーヌさん!」
「アントワーヌ!」
自分を呼ぶ声ばかりがする。
悪党達は笑い、迫ってくる。
「くくくっ、随分と勇敢なお子さんたちだ。……ですが、このことを知らせなくて良いんですかぁ?
無駄死にしたいと言うなら構いませんよ? アドラステイアに我々のことを知らせる人間がいなくなるんですから」
血を吐き呻く聖銃士の少年の喉を片手で圧迫しながら、ウィルドが優しくささやきかけた。
「て――撤退します! 子供達を馬車にのせて! 急いで!」
悲鳴のように叫ぶアントワーヌ。自分ののってきた馬は路上に倒れ、血を流し短く呼吸している。治癒する余裕など、ありはしない。
「許しません。絶対に……! あなたたちを、絶対に!」
目尻にたまった涙をぬぐい、アントワーヌは最後尾の馬車に飛びつき馬に鞭をふった。
しんがりに残った、大きな盾をもった聖銃士をピリムと鏡は同時に刀で貫き、血を吐いて崩れ落ちるさまを眺めていた。
「随分と殺しましたねえ」
「いっそ全員殺すことも出来ましたけど……」
ちらりと見ると、ウィルドが腕組みをして黙って立っていた。
マリカはマリカでマイペースに自分の時間に入っているらしく、ウィルドはエマのもとへと歩いて行く。
「金目の物はありましたか?」
「まあ一応? ほら、子供を買う予定だったわけじゃないですか」
「ガキどもは逃がしちまったが、おかげで銭はたんまりってモンよ」
エマとグドルフが横転した馬車から金貨の入った袋を取り出す。えひひとげははが重なり、なんとも悪そうな笑いがあがる。
一方で……変装を解き、マリエッタはため息をつく。
「村の子供達には……いいえ、今回は手を出さないほうが得策でしょうね」
取引が行われたあとに襲ったならともかく、行われるのを未然に防ぐことが出来たのだからよしとしよう。今回奪った金を村にそっと置いていって、『子供は引き取られなかったけど金だけ手に入った』かのように偽装する考えがよぎったが、それはちょっと不自然がすぎるかもしれない。
「いずれにせよこれで、はれて私も『魔女』ですか……」
●マザー・リーナによろしく
アドラステイア中層。小さな教会のなか。
声を上げて泣くアントワーヌを、マザー・リーナは優しく抱き、背を撫でていた。
「あの村が『血の魔女』に狙われることになるとは……。
多くの犠牲は出ましたが、あなたの持ち帰った情報は必ずや家族達を守ってくれるでしょう。スカウトキャラバンを中止し、『血の魔女』討伐の計画を練るのです」
マザー・リーナの言葉に、アントワーヌは口の中で『血の魔女』という言葉をころがした。
「我々は善なるものとして、悪魔を討つのです。そしてあなたが、聖なる未来を作るのですよ。アントワーヌ」
顔をあげたアントワーヌの涙を袖でぬぐい、マザー・リーナは優しく微笑みかけた。
「……はい!」
くしゃくしゃの顔で笑顔をなんとかつくろうとするアントワーヌ。
マザー・リーナは――美咲は、心の中でつぶやいた。
ごめんなさい。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
――mission complete
子供達の拉致を行わず、適度な破壊と殺害で済ませたため、結果として臨時収入をゲットしました。
GMコメント
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『天義』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
●おさらい
情報量が多いので、必要な部分だけ抽出しておさらいします。
アドラステイアは人員拡充のため寒村から子供達を買い取っています。
それも村から絶大な信用を得た上で良好かつ善良な取引であるというガワを作ってから行うのでこれ自体を阻止することができません。
そのためアドラステイアの一団を直接襲撃し、これを暴力的に破壊することになります。
色々割愛すると、こうやって殴るのが本件にとって一番の妨害効果をもたらします。
ここで『ローレット・イレギュラーズがアドラステイアを撃退した』という情報が村に伝わってしまうと、自分達を救ってくてない国の英雄が今現在救ってくれる人達を追い返したという意味にとられ、より危険な状態に陥りかねません。
そのため皆さんは『所属不明の野盗』に偽装してこれらを襲撃することになります。
●フィールドとシチュエーション
山間部。寒村と都市部を繋ぐ細い道です。あまり舗装されておらず、大きな馬車でアドラステイアのキャラバンは移動しています。
襲撃は容易ですが、一応相手にも警戒やその手段があることは考えに入れておくとよいでしょう。
●エネミー
プリンシパル候補生というだけあってそこそこ高い戦闘能力をもつ『聖銃士』たちとスタッフとして同行している子供達で構成されています。
子供達も一応武装はしていますが、『オンネリネンの子供達』と同程度のやや粗末なものです。
聖銃士は彼らを守りながら、かつ指揮して戦うことになるでしょう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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●独立都市アドラステイアとは
天義頭部の海沿いに建設された、巨大な塀に囲まれた独立都市です。
アストリア枢機卿時代による魔種支配から天義を拒絶し、独自の神ファルマコンを信仰する異端勢力となりました。
しかし天義は冠位魔種ベアトリーチェとの戦いで疲弊した国力回復に力をさかれており、諸問題解決をローレット及び探偵サントノーレへと委託することとしました。
アドラステイア内部では戦災孤児たちが国民として労働し、毎日のように魔女裁判を行っては互いを谷底へと蹴落とし続けています。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/adrasteia
●聖銃士とは
キシェフを多く獲得した子供には『神の血』、そして称号と鎧が与えられ、聖銃士(セイクリッドマスケティア)となります。
鎧には気分を高揚させときには幻覚を見せる作用があるため、子供たちは聖なる力を得たと錯覚しています。
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