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シナリオ詳細

Superanda omnis fortuna ferendo est.

完了

参加者 : 3 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『全ての運命は耐える事で克服されなければならない』
 ――お前は少し生真面目が過ぎる。
 そう、かつての友の一人は言っていた。

 ――もう少し肩の力を抜いていこうぜ! でぇー丈夫だ、何とかなる!
 そう、かつての友の一人は言っていた。

 ――貴方。また自分の■■■を忘れたの? 次忘れたら殺すって……ちょっとどこ行くの正座しなさい、このッ!
 そう、かつての……友の一人は言っていた。

 誰も彼ももういないけれど。
 僕は君達に恥じない道のりを歩めているだろうか。
 君達のいない道を、確かに歩めているだろうか――

 いつか皆で夢見た、世の平穏の為に……


 ギルオス・ホリス(p3n000016)は情報屋である。
 彼は基本的にローレットに詰めっきりだ――日夜舞い込む情報の波と対面しているのだから。
「ふぅ……とりあえず今日はこんな所かな」
「――お疲れ様、ギルオスさん」
 とはいえ一段落すれば一時背を伸ばすもの。
 目頭を押さえ、己が目を労わらんとすれば――声を掛けたのはハリエット(p3p009025)だ。
 彼女は今の今まで隣に在った。
 以前に述べた情報屋への道筋の為……こうして時折ギルオスと共にいる事があるのである。具体的には日々舞い込む大量の情報書の整理、分別などなど。これはあちらの国。これは此方の国にと……慣れぬ身でありながらも、少しずつでも。
 前に進む為に。
「あぁ助かったよハリエット。すまなかったね、随分と君の時間を取っちゃった」
「ううん。いいんだよ――好きでやってる事だから」
「ははは。ありがとうね。さて……ちょっと外に出ようか。新鮮な空気を吸いたいな」
 さて、と。ハリエットの頭に手を置きながらギルオスは言を紡ぐものだ。
 もう外は日が沈み始めている。いつの間にやら夜に近い、か――
 そんな思考した、その時。
「おや、ギルオスさん。これは丁度いいタイミングでお会いできましたね」
「ん――寛治にアーリアじゃないか。どうしたんだい?」
「どうしたんだい、じゃないわよぉ。探してたんだから」
 僕を? とギルオスが述べた視線の先に居たのは新田 寛治(p3p005073)にアーリア・スピリッツ(p3p004400)だ。一体全体なんの用事があるのか。ええと、彼らに向けた依頼でも何かあったかな……?
 などと思考を巡らせていれ、ば。

「――今日は貴方の誕生日じゃないの」

 アーリアが紡ぐものだ。
 刹那。ギルオスは呆気にとられたように。或いは、まるで忘れていたかのように。
 一拍の時を経て――から。
「ああ……そういえば今日は、6月13日か」
「多忙であったとしても、自らの日を忘れてはなりませんね」
「いやぁうーん――なんというか、ついつい、ねぇ」
 ようやく思い出したかのように、頷くものだ。
 そうか。そういう日だったかと。彼は『自らに無頓着』であるから。
 寛治らの言がなくばなんの気も無しに――このまま過ごしていたかもしれない。
「……ホントに忘れてたの? ギルオスさん」
「はは、いや意識の外にあったというかなんというか」
「全くもう、ねぇ。まぁいいわ――それより、お祝いし・ま・しょ?」
 席は取ってあるのだから、と。アーリアが指先に絡ませたのは――一つのカード。
 それは幻想きっての高級会員制バー。
 『トゥデイ・トゥモロー』の会員権だ。会員制であるが故にこそ当然一部の者だけしか入れぬ……が。アーリアこそがその『一部の者』であった。たしか噂によればギルドマスターからの紹介であったか――?
「ええ? そんな場所……本当にいいのかい?」
「既に時間も席も確保済みです。逆に今更『無しで』とは行きませんから、さぁ――諦めて偶にはゆっくりとしようじゃないですか。ハリエットさんもいらっしゃると思って、ハリエットさんの分もとってありますよ」
「え、でも私は、その」
「ああお酒の事? 大丈夫よぉ。バーと言っても、とびっきりのジュースもあるからぁ」
 ともあれ。最早ギルオスを『仕事』だとか言い訳をさせぬ為に。
 全ては確保済みなのだからと誘うものだ。ハリエットは未成年であるものの、問題ない。かのバーは如何なる客にも対応できるように、アルコール以外も多く取り扱っているのだから。
 さすれば。一時視線を合わすギルオスとハリエットであったが。
「……よし。それじゃあ折角だ。お言葉に甘えさせてもらおうか。ハリエットも一緒に行こう」
「うん。ギルオスさんが行くなら、私も」
 やがてギルオスは笑みと共にアーリア達の招待を受けるものである。
 偶には落ち着きのある空間で穏やかに過ごすのも良いだろうと……
 辿り着けば中は、喧噪無き空間。
 耳に微かに辿り着く音楽はなんであろうか――
 ピアノの音色を主体とした旋律が、誰しもの心に染み渡る様に……
「懐かしいなぁ」
「うん?」
「いや、ね。昔を思い出すよ。この世界に来る前……つまり、僕の元いた世界でだけど。
 たまーにだけどこうして、バーに来た事もあったなぁ」
 さすれば、紡ぐ。
 酒色の香りがどこか、口を緩くしているのだろうか。
「その時も、このようにお祝いされたりなど?」
「はは。まぁ、うん、そうだねぇ。そういう事もあったかな。
 ヴィーデット、ヘルマン、イラス……僕みたいな奴と共にいてくれた友人達には酒好きな人達も多くてね――もう全員いないけど」
 寛治との語らいの最中。瞼の裏に映ったのは、かつての世にいた者達か?
 酒を待つ間。両の拳を常に覆い、決して取らぬ手袋へと――ギルオスは視線を落としながら。
「まぁ、昔の話さ。通り過ぎた道には戻れないんだ。それよりも乾杯しようか」
「――えぇ、そうねぇ。此処はとってもいい場所ですもの。
 羽目を外しすぎない程に、楽しみましょ」
 が。彼は述べる。手元に至りしグラスを手に。
 アーリアらと乾杯する様に――交わすものだ。
 ……さて。如何なる邪魔も入らぬ場にて、言の葉は如何に泳ぐか。
 酒と言うの名の雫が如何なる蜜を齎すか。
 語る一夜。
 語られぬ一夜。
 如何なる時を過ごすのか――

 かくて時計の針は巡りけり……

GMコメント

 リクエスト、ありがとうございます。
 本シナリオは6月13日の夜、という想定です。よろしくお願いします。

●目的
 ゆったりと、一時を過ごしましょう。

●場所『トゥデイ・トゥモロー』
 幻想に存在する会員制の高級バーです。
 全体的に落ち着いた雰囲気のお店であり、中々手の届かない店ではあるのですが……会員であるアーリアに随伴する形で入る事が出来ました。様々なお酒を楽しむ事が出来る場ではありますが、未成年にはジュースも出ますので安心です。
 普段話せない様な事も、此処でなら外に漏れませんので話す事が出来るかもしれません。
 仕事の愚痴? なんでもない日常の片隅? 或いはそれぞれの過去?
 なんでも。きっと語る事出来るでしょう――
 ええだって。此処には命を潤す水が多いから。

●ギルオス・ホリス(p3n000016)
 ローレットの情報屋。ついさっきまでも、仕事をしていたみたいです。
 お酒は弱すぎる事はありませんが、かといって非常に強い訳でもありません。つまりは大体並程度。お酒が入っていくと段々口数が多くなっていくタイプです。ウイスキーなどを好み、ゆっくりと飲み干していく事でしょう。
 今日はやけに手袋をさする事が多いようです。

●備考
 本シナリオは恐らくアドリブ多めになると思います。
 お酒と共に。常ならば語れぬ出来事も、あるのやも……
 よろしくお願いします。

  • Superanda omnis fortuna ferendo est. 完了
  • GM名茶零四
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年06月26日 22時20分
  • 参加人数3/3人
  • 相談6日
  • 参加費---RC

参加者 : 3 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(3人)

アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
ハリエット(p3p009025)
暖かな記憶

リプレイ


 酒が命の水とは一体誰が言っただろうか。
 傾ける瓶があらば、その口より水と空気が入り混じる音がする。
 心地よき音色。独特なる拍を耳に届ける、ソレは……
「私はジン・トニック。フリアノン・ジンで」
「へぇ。それは覇竜のだね? 最近話題になってる一品じゃないか」
「はは。手前味噌ですが、覇竜領域で開発に携わったジンでしてね」
 『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)の望む一品であった――
 フリアノン・ジン。かの山々連なる一帯を示すような力強さを宿すソレは、余計な彩りを重ねぬ――シンプルな飲み方に適しているのだと。豊かで複雑たるボタニカルの香り。手の内に納まるグラスを軽く揺らめかせなが、ら。
「ギルオスさんも同じものでよろしいですか?」
「そうだね――折角だ。君のお勧めたるフリアノン・ジンを一つ」
「では」
 ギルオスにも言を紡ぐものだ。
 共にその味を分かち合う為。共にその酒の意を知る為。
 注がれた雫が手元に至れば――

「かんぱぁい、お誕生日おめでと」
「ギルオスさん、はい――乾杯」
「あぁありがとう皆――乾杯」

 『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)が始まりの合図を奏でよう。さすれば一拍遅れでグラスを掲げ、真似をする様に『今は未だ秘めた想い』ハリエット(p3p009025)も続くものだ。
 甲高い音色が刹那に。杯同士の口付けが至れば、口を付けるもの。
 未成年のハリエットには――黄色い飲み物。中身はなんだろうか? 一見すればお酒の様に見えなくもないが……口に含んでみれば甘味と酸味が蕩ける様に弾ける。お酒の様に象ったジュースの類か――? いやジュースにしては少し、何かが違う様な……
「ふふ。それはですね『シンデレラ』ですよ」
「……? シンデレラ? ええっと、それって確か……」
「童話の御姫様の名ですね。ソレを模した一品で……ま、つまりノンアルコールカクテルなんです」
「お酒が入ってないからハリエットも安心してね。
 柑橘類――つまりはオレンジ系のジュースだと思うと良い。美味しいかい?」
「うん。とっても……ごめんね、私、こういう所分からなくて……ありがとう」
 ハリエットの不思議そうな顔色に気付けば、寛治とギルオスが彼女の代物へと言を紡ぐものだ。グラスを両の手の指で支えながら、ちびちびと、なんとか味わんとする。
 そしてそんな彼女の初々しい様子を眺めながら――アーリアの手の内に在るのはキール・ロワイヤル。
 あぁ。コレを頼む時は、いつだってあのギルドマスターの顔がちらつくものだ。
 ――『お前さんにはコレだろ?』なんて。いっつもそんな顔するんだもの。
 あんな顔は中々に忘れられるモノでは……と、まぁ。
 この場にいない金髪碧眼の人物とはともかくとして。
 今はギルオスや寛治、ハリエットと共に――この一時を戯れようか。
「ハリエットちゃん。こういう所、やっぱり慣れてないわよねぇ。
 でも大丈夫よぉ。そんなに硬くならなくていいわぁ――ふふっ。
 ここはハリエットちゃんぐらいの子も、来れない訳じゃあないしねぇ」
「そう、なんだ? でも特別なお店……なんだよね? メニュー、お酒ばかりだし……」
「確かに会員制という些か、気軽に入る事が出来る場所とは異なりますが。
 しかし会員と共に至る方々の事にも配慮されていましてね――
 ギルオスさん、失敬。メニューを取っていただけますか」
「ああこれだね? 僕もちょっと見ようかな――折角のお店だ。ほら、ハリエットも一緒に」
 さすれば。慣れぬ店へと来たが故か……所在なさげに周囲を見渡すハリエットへとアーリアは言を紡ぐものだ。雰囲気が違う。正に『大人の店』だと彼女は感じれば、知らずして体が緊張してしまうもの――
 斯様な様子を察してか。店の側がいつの間にやらテーブルの隅にメニュー表を置いている。
 寛治が手で穏やかに指し示し、ギルオスが取りてハリエットと距離を詰めるものだ。
 二人で見る事が出来る様に。
 並ぶ文字の羅列。その文字の形も、ハリエットにしてみれば『なんだか、とっても綺麗な感じだね』と思うばかりで――あぁ。
「どうかしら、このチーズなんて絶品よぉ? 口の中で蕩けるのが溜まらないんだから」
「チーズが苦手な様でしたらミックスナッツの類もありますよ。
 いえ……もしかしたら此方の生ハムのスライスの方が良いでしょうか?」
「ああ生ハムはいいね。ここのはプロシュートかな? 一度食べてみるといい。
 ほどよい舌ざわりで、きっとハリエットも気にいるんじゃないかな」
 皆が気にかけてくれる。優しく、あれこそ気を配ってくれて……
 いつか自分から『これ美味しいよ』なんて、勧められる日が来るだろうか。
 いつか引っ張られる形ではなく、いつか自分から……

「うん、皆――ありがとう」

 でも今は遠い未来の事よりも、今日と言う日を味わおう。
 大人達の語らいの場。その隅にでもいられる事に、口端を微かに緩めつつ。
「そうそう。そうやって笑顔で、ね。魔法が解けるまで、貴女はシンデレラだもの」
「……えっ? んっ? シンデレラ、ってコレだよね?」
「そ。十二時を超えるまで、お姫様な子の物語――」
 首を、アーリアに向けて傾げるハリエット。
 ……これはきっと魔法の一夜なのだ。
 本来入れぬ領域へと足を踏み入れる事が出来る、皆がかけてくれた魔法。
 だから楽しんで、と彼女は紡ぐものだ。お姫様の名を冠した雫と共に。
 6月13日の魔法が解けるのは、まだまだ遠い。
 シンデレラが帰る時刻には――まだまだ差し掛かってすらいないのだから。


 命の雫が進む。時計の針と共に。
 舌の果てへ流れゆく味わいが在らば、どこか喉が引き締まるが如き感覚もあるものだ。
 それは身が、その一滴を心底に求めていたが故か。
 或いは『かくある』からこそ酒は古来より人が求めるのか――
 さて。いずれにせよ程よく回りし美酒が在らば……口も多少回り始めてくるもので。
「あ~ぁ。それにしてもお誕生日、かぁ。いい年になれば、なんかいくつになったかも忘れちゃうわよねぇ――なんでなのかしら。何も変わってない筈なのに、子供の頃の方があれそれ輝いて見えちゃうのは」
「はは。人ってのは大人になる程……色んな事を経験するからねぇ。
 でもソレが色褪せて見える様になるか、味わい深く見えてくるかは――違うだろう?」
「そうねぇ。少なくとも――こうしてお酒を飲める大人になれてよかったわって思うわ」
 語るアーリアとギルオス。
 手元のグラスに視線を落としながら、アーリアが想起するのは……
 たった一人。忘れがたい、たった一人の人物だ。
 ……一番一緒にお酒を飲みたかった人とは、飲む事が叶わなかった。
 年を重ねると、得るものも多いけど……
(失うものも、多いわねぇ……)
 どれだけ過去を追い求めても、置いていかれた側はもう――追いつけないのだと。
 手中で揺らすグラスの中の酒が、微かに己の顔を写さんとして……
「――ま。それよりも今日はギルオスさんよぉ! ねぇねぇ。ギルオスさんの方はどうなの? 私にだけ語らせておいて、今日の主役がだんまり……なんてことはないわよねぇ?」
「そう言えば……ギルオスさんが情報屋になるまでのこと、聞いたことなかったね……」
 見える寸前、に。
 過去を一端振り払うかのように彼女の笑みは周囲――いやギルオスへと。
 今日と言う日の主役は彼なのだから。大人達の語らいを見守っていたハリエットも、なんとなし振られた話題……ギルオスの『以前』の話となれば、微かに目の色が変わった気もした。だって彼は普段、何も語らぬから――
「――思うにギルオスさん、元の世界では私と同業か、近い仕事をされていたのでは?」
「へぇ。寛治……そう思うのは君の『経験』からかい?」
「さて……しかしこれでも人を見る目はあると思っていましてね」
 さすれば寛治もギルオスの口を開かせんと――紡ぐものだ。
 人には、頑なに閉ざす程ではないが吹聴して回る訳でもない話が一つや二つはあるものだと……例えば寛治であれば、ビジネスマンを表の顔に。しかし裏では――エージェントの様な真似をしていた時代が存在する。
「ま……紆余曲折あって混沌世界にご招待預かった訳ですが。
 どうにも。ギルオスさんからは近しい匂いを感じます」
 故に。感じ得るのだ――『同業』だったのではないか、という気配を。
 ギルオスから。如何かと、横目を滑らせるように彼へと紡げ、ば。

「…………そうだねぇ。確かに僕は君と近しいのかもしれない。
 僕も似たようなモノさ――表では普通を演じながら、裏の生活があった」

 それは。寛治らの言か、酒の綻びが故か。
「僕はね。今みたいな情報屋として一歩引いた立場ではなく……
 そう。君達みたいな一線で動く様な立場にあった。
 凄く、端的に言うなら……悪人を潰して回る様な感じ、かな」
「…………」
「僕にも元の世界で親しい連中がいた。僕が悪人共を叩き潰せば、彼らを護る事にも繋がる――嬉々として、とまではいわないけれど。僕は彼らの平穏を護る為にもと……ああ色々動き回ったものさ」
 じっ、と。ギルオスの顔を。瞳を見据えるハリエット。
 黙しているが、一言すら聞き漏らさぬ様にとするその顔色が――其処に在って。
「でもなぁ、ダメだったんだよ」
「ダメ、ってのは?」
「どれだけ悪人共を叩きのめしても。どれだけ先に芽を潰しても良い結果は得られなかった」
 グラスを、口元へ。一気に飲み干すようにする様を――アーリアは眺めながら。
 ギルオスもまた想起するものだ。かつての己を……
 自らが動けば動くほどに、何故か悪い方向に事が進んだ。
 誰かを救うために障害を排除したのに、なぜかより悪い結末が待っていた。
 生きている価値があるかも疑問な悪人を倒しても、なぜか事態は転げて回る。
 安直に行動した訳ではなく、しかと考え徹底した準備を重ねても――なぜか。

 なぜかなぜかなぜかなぜかなぜか失敗する。

「一人護ろうとすれば二人死んだ。
 一人敵を殺せば、僕を庇って死んだ奴もいる。
 ――僕は彼らをこそ守りたかったのに、ね」
 瞬間。
 グラスに亀裂が入る。
 それはギルオスの指先に力が込められているが故にこそ。尋常ならざる――力が。
「だから僕はこの世界に召喚された後は情報屋になったんだ」
「矢面に立たないようにする為、ですか」
「そうだね。矢面に立てば必ず何か起こる。だから一歩離れた所で皆を助ける」
 それが一番いいと思った。
「次は、誰もいない地平なんて眺めたくはなかったからね」
「――」
 刹那。ギルオスの顔に浮かんだ感情の色は、なんだったろうか。
 ハリエットは見ていた。彼の顔色が、微かに……暗くなったのを。
 『誰もいなくなった』というのは――まさか――

 と、その時。ギルオスの指先に抱かれていたグラスが『弾け』た。

 込めた力が無意識なれどグラスの耐久を超えたのか――
 同時に。その激しき音色に続く形でアーリアのグラスも倒れてしまえば。
「あぁ! ごめんなさいね、ギルオスさん! ワインが零れちゃった――」
「おおっと。あぁ、いや僕もごめんね、つい力を込めすぎちゃったみたいだ」
 ギルオスの手袋が塗れてしまうものである。
 アーリアのワインまで零れたのが、不穏な気配を察したが故か、それとも『偶然』であったのか――いやそれはどちらでもいいか。いずれにせよグラスまで割れてしまえば危険だ。咄嗟に、手袋を脱がして安全を確かめんとして……
「――あっ、ギルオスさん、この手……」
 瞬間。ハリエットは確かに『見る』ものだ。
 ギルオスの手を。普段手袋に包み隠されている――その肌を。
 それは、酷いものだった。
 潰れ果てた拳の跡。
 痣になっているのは、それだけ『何か』に叩きつけてきたのだろう。
 ――それだけの数と歴史を物語っている。
 全霊を込めなければこうはならない。
 そして同時に、傷が癒えるよりも早くに拳を突き付けて行かねば……
「……成程。手袋を外さない理由は、こういう事でしたか」
「ははは――不格好だろう? これはね他人に見せると、怖がられるかな、ってね」
「……ううん。そんな事はない」
 寛治が騒ぎを聞きつけやって来た店員を手で制しつつ、布巾だけを受け取り。
 同時にハリエットは――ギルオスの手へと、指を這わす。
 これはきっとギルオスが生きてきた証なのだと――
 彼女は。きっとそう思うから。
「――――君は少し、昔の友人に似ているね」
「えっ?」
「イラスっていう友人がいたんだ。彼女も僕の手にいつも指を、ね……
 まぁハリエットとは似ても似つかないかな。
 僕が勝手にどこかに行ってきたり、怪我する度にブチ切れるのが――あぁ」
 なんとも。懐かしく感じるものだと。
 ギルオスの瞼の裏に、一瞬だけ映ったのは……
 もう過ぎ去った過去であり。忘れなければ

 こびりついて拭えない、かつての記憶。

「ギルオスさん」
 ……次いで、瞼を開けば。
 寛治の手には新しきグラスが二つあり――一つをギルオスに差し出していて。
「誰に、献杯しますか?」
「――献杯か。いや、誕生の日を祝う場だ……ここはそうだね、やっぱり」
 紡ぐものだ。
「やっぱり――乾杯と行こう。うん。君達と一緒に乾杯がいい。
 ……あんまり過去を見つめすぎると、また昔の友人達に叱り飛ばされる」
「あら。なんて言われてたの?」
「『出来なかった事より、出来た事を見つめろ』かな」
 何人救えなかった事ばかり見ていて。
 何人救えたかも見れないのは――救われた側を馬鹿にしているのだと。
 だから。後ろはもう……うん。あまり向かないけれど。

 ――偶には許してほしいよね。時々、振り返るぐらいは。

「と言う訳で――もう一度乾杯しよう」
「うん。ギルオスさん……乾杯」
「貴方の誕生日に」
「巡り合えたこの日に――ね」
 故に鳴らす。もう一度だけ。
 皆でグラスを手に取って。共に喜びを分かち合えるこの場に至れている事を。
 乾杯するのだ。あぁ……

 今日はきっといい日だから。きっと明日も良い日になるのだと――信じて。


「は、ははは……いかん、これはちょっと飲みすぎたかな……うぅ」
 やがて。6月13日は終わりを迎えんとしていた。
 店より出でんとするギルオス――の顔色は赤く染まっている。
 ……いつもよりも些か飲み過ぎたか。歩けぬという程ではないが、これはなんとも。
「あらあら。これは大変ね――ま、とりあえずここのお勘定は私達に任せて」
「えっ、でも、それは……私も」
「誕生日の主役と若者に支払わせる者はいませんよ――もしも気に病むなら。
 いつか貴方の番が来た時に……別の人にしてあげてください」
「――うん。私も別の人にだね。わかった。ご馳走さまでした」
 それに、と。既にアーリアと共に勘定を済ませんとしている寛治は視線を巡らせ。
「それに――ハリエットさんには重要な役目があります。
 ほら……ギルオスさんを送って差し上げないと」
「えっ? あ、ギルオスさん大丈夫? 待って待って」
「うん……? うん。ああ大丈夫だよ大丈夫。これぐらいなんともないさ」
 段々と更に酔いが回って来たのか、どう見ても大丈夫じゃなさそうなギルオスの方へとハリエットを誘導するものだ。彼を支えんと肩を寄せ、さてあぁあぁ、どうしよう……一度ローレットに戻ろうかと思考して。
「アーリアさん、この後もう一件どうです? ちょっと面白い店を見つけまして」
「あら、いいじゃない新田さん! ふふ。今度こそは、ハリエットちゃんには早いお店かしらね?」
 そして寛治とアーリアは二次会がてら別の店へと赴くものだ。
 彼の言う『面白い』は……多分ハリエットには似合わぬ所であろうし、と。
 ギルオスを連れて行く彼女の背を眺めながら――ウインク一つ、送るものだ。

 ……やがて。歩き続けるハリエットは気付くものだ。

 ローレットに向かっていたが、此処からなら私の家の方が近い、と。
「うんしょ、うんしょ……よし。ギルオスさんは此処に寝て?
 明日に成ったら起こすから――わっ」
 そして。家の扉を何とか開けて。ベッドへと誘導――したのだが。
 ギルオスが倒れ込むと同時に、ハリエットもそのままベッドへと。
 彼の腕がハリエットを巻き込んだのだ。
 抱き寄せる様な形。
 ぱたぱたと。ハリエットは尻尾を揺らし、どうしようかと悩むもの。
 床でも寝られたんだけどな、と。でも動けばギルオスを起こしてしまうだろうか。
 まるで抱き枕状態。悩み悩みて、しかし……
「……まぁ、いいかな?」
 ギルオスの穏やかな寝息が聞こえれば、自身もこのままでいいかと。
 安堵なる気配を感じながら――6月13日は終わりを迎える。
 あぁ。魔法の一時が終わるまで、あともう少し……

 それまではきっとどうかこのままでと――願うのであった。


成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 大変お待たせしました。
 これまで語られなかった彼の『昔』――が、少しですが語られました。
 これから始まる物語――があるかもしれません、が。
 それはまた別の機会に……

 ありがとうございました。

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