PandoraPartyProject

シナリオ詳細

梅天に駆け出せば

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●雨降る日には、君を思う
 君の心だけは信じていて――いってらっしゃい。

 あの日、受け止めた緋色の小剣に、赤いマフラーに、ネクタイピン。
 少しはそれに似合う男になれただろうか。
 足下に零れ落ちたナイフを拾い上げた時、何時いかなる時もそれで身を守れるように己を強く持とうと決めた。
 目眩い暁の色のマフラーは、ぎゅうと抱き締めてくれたあの人のお守りだった。
 約束の言葉が掌から零れてしまわぬように。大切に抱き締めておきたかったから。
 ネクタイピンはアドラステイアで『上』を目指せば支給される騎士の服に良く似合うはずだろうと与えられたものだった。

 三つのお守りは、無償の愛と呼ぶのだろうか。
 親が子を愛することは当たり前ではない。
 子が親を愛することも当たり前の事ではなくて。
 そんな得難いものに憧れていた、自分に彼等が与えてくれたのは愛情だったのだろうか。
 打算だって良い。
 無償の愛なんて、存在しなくたって。
 彼女達にとって利用価値がある存在なら。
 ――それでいいんだ。
 それでも、覚えてくれるなら。

●アドラステイア
 それは天義に存在する塀に囲まれた『独立』都市――架空の神ファルマコンを崇拝し、子供たちが毎日のように魔女裁判を続ける閉じられた世界。
『諦めない』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)はその地の事を思い浮かべる度に気が重くなる。
 冠位魔種によるわざわいは国の中枢にまで食い込み、信仰心を大いに揺るがせた。天の星をも怨めしく思う彼等は信じた存在が伽藍に崩れさる恐怖から高い塀を建築し外を閉ざした。
 世界中の孤児達は、集まった。幾許の大人と、無数の子供達。独立都市を名乗ったその場所に、ココロは潜入した少年がいる事を忘れたことはない。
「イレイサ」
 名を呼べば、痩せっぽっちの少年を思い出させる。
 灰色の瞳に、黒い髪。ボロボロであった衣服を着ていた彼は今はどうしているのだろうか。
 14歳であった彼も15歳になっただろうか。秋口の冷ややかな空気から、彼は春を越えてどうなったのか。
『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は「逢いに行こうか」と言った。
「何かあったら助けて上げると言った。それに、中層まで入ることが出来るんだ。
 ……イレイサなら、屹度、聖銃士になっているよ。だから、彼にも色々と考えることができたと思う」
 針水晶(ルチル・クォーツ)と呼ばれたアドラステイアの『子供達』が勧誘を掛けていた少年は、一人でアドラステイアへの潜入を決めた。シキとココロは彼の旅路の平穏を祈り、彼の気持ちを汲んでその背を押した。

 ――アドラステイアに、行こうと思う。メアリとソマリ、シュンに三つ目……アイツらが幸せならそれでいいって思ってた。
 けど、世界には俺達よりうんと辛い奴らがいるんだって思った。
 だから、さ、アイツらみたいな奴を無くすためにローレットの協力者として、アドラステイアに入り込みたいんだ。

 真摯な言葉は、決意だった。不安も、恐怖も、何もかも。まぜこぜにした感情を剥き出して。
 両親も居なかった。
 家族達だってイレギュラーズが引き取ってくれた。
 彼等を信じられなかった少年はその小さな足で世界を見て、そうして、学んだのだという。
『『イコル』という名前の薬があります。これには気を付けて。たくさんの量を長い間飲み続けると、自分が自分でなくなってしまうの』
 ココロのアドバイスを彼は護ってくれただろうか。
「……様子を見に行こう」

●港の香りに、君は立った
 アドラステイア中層への通行手当は容易に手に入れられるようになった。潜入する立場である事には変わりなく、出来うる限り身元を悟られないように清潔な衣服に身を纏い、小細工を重ねる事が不可欠だろうか。
 下層の潜入入り口に立っていたのは身なりの良い一人の少年だった。騎士を思わせる白い衣服には赤が差し色に使われている。赤いマフラーを巻いて、手入れをされた黒い髪の少年は「待ってました」と背筋をピンと伸ばした。
 その灰色の瞳をまじまじと見遣ってからシキは「イレイサ?」と問う。
「シキ、ココロ。今日は手伝ってくれるって聞いた」
 他の皆も、と告げる彼のネクタイにはシンプルなネクタイピンが。そして腰からは緋色の小剣が携えられていることが見て取れる。
「アドラステイアで聖騎士になったんだ。連絡が遅れてゴメン。
 けど、俺も皆の協力者だから、手伝って欲しいことがある。中層に……って言おうとしたけど、下層で良いんだ。
 下層で、魔女裁判が行われる。被害者の女の子はまだ9歳。あの子を……リリアナを救いたいんだ」
 少年は唇を噛んだ。どうしても、メアリとソマリ――共に過ごした孤児の少女が彼女に重なったのだという。
「イレイサは、その子を救いたいんだね?」
「……救いたい。罪滅ぼしかも知れない。皆の協力者になるために、俺も沢山の悪い事をしたよ。
 中層に入り込んで、皆の力になりたかったから。子供の足でながいながい、旅をしてきて、皆の役に立ちたいと願ったら……それで、誰かを――」
 ココロは俯いた。この国は、理不尽ばかりだから。
 彼が感じてきた恐怖は、確かなものだったはずだ。
「だから、その罪滅ぼしを手伝って欲しいんだ。あの子が渓に落ちる前に」

 今日は誰かが渓に落ちた。

 そんな話を聞く度に心はぎゅうと締め付けられた。
 あの夜に、救いなんてなにもなかった。
 あかつきの雨のした、決めた決意を胸に。梅天の空の下に、駆け出したいと願ったから――

GMコメント

 日下部あやめと申します。宜しくお願いします。
 拙作『あの夜に落ちて』『<オンネリネン>暁月のきみに』に登場したイレイサくん、共闘です。

●成功条件
 『リリアナ』の救出

●フィールド情報
 アドラステイア下層、もしくはアドラステイア外郭が舞台です。

・アドラステイア下層
 その何処かで行われるという魔女裁判を見つけ出し、リリアナを奪還します。
 アドラステイアには潜入となります。なんらかの工夫を必要とします。
 魔女裁判ではリリアナが多数の男の子を魅了したという謂れのない罪に問われます。
 この裁判の後、リリアナは足の腱を切られてから縄に掛けられ外郭に連れて行かれます。

・アドラステイア外郭
 アドラステイアの外郭では潜入は必要なく、通常の戦闘となります。
 リリアナは足の腱を切られ縄に掛けられて引き摺られながら移動しています。
 複数の子供達がリリアナを痛めつけているようです。

●敵勢対象『アドラステイアの子供』 10名ほど
 リリアナの裁判に立ち会っている子供達です。警棒を手にし、彼女を痛めつけています。
 誰も彼もが『キシェフ』を得るために躍起になっています。
 ここで、何かしなければ自分が不幸になるからです。リリアナが裁判で死んでしまっても何も考えないでしょう。
 イレイサの姿を見ると彼に媚びを売る子供もでるかもしれませんね。
 何せ彼は憧れの聖銃士です。けれど、イレイサが目立ちすぎると今度は彼の身が危なくなりそうです。

●イレイサ
 灰色の眸に黒い髪。天義出身の15歳。両親は既に亡く此れまでのイレギュラーズとの交流でアドラステイアに潜入することを選びました。
 聖銃士ですが『イコルには気をつけろ』の言葉に従い、摂取していません。
 聖銃士になるには苦労したそうですが、イレギュラーズのためと努力をしたようです。
 喧嘩殺法と呼ぶしかない戦い方も少しは様になってきたようです。剣を得意としているようです。
 イレギュラーズの指示があれば全て従ってくれます。下層への潜入経路も手引きしてくれます。
 また、キシェフのコインを数枚持っているようです。

●リリアナ
 9歳の少女。赤毛の可愛らしい女の子です。襤褸を纏っており、余り言葉を話しません。
 酷いいじめに遭っていたのか、男を誑かす魔女だと罵られています。
 下層の何処かで『魔女裁判』にかけられています。

●独立都市アドラステイアとは
 天義頭部の海沿いに建設された、巨大な塀に囲まれた独立都市です。
 アストリア枢機卿時代による魔種支配から天義を拒絶し、独自の神ファルマコンを信仰する異端勢力となりました。
 しかし天義は冠位魔種ベアトリーチェとの戦いで疲弊した国力回復に力をさかれており、諸問題解決をローレット及び探偵サントノーレへと委託することとしました。
 アドラステイア内部では戦災孤児たちが国民として労働し、毎日のように魔女裁判を行っては互いを谷底へと蹴落とし続けています。
 特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/adrasteia

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 梅天に駆け出せば完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年06月18日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
あたしの夢を連れて行ってね
グドルフ・ボイデル(p3p000694)
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
オウェード=ランドマスター(p3p009184)
黒鉄守護
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
玉ノ緒月虹 桜花(p3p010588)
神ではない誰か

リプレイ


 まるでおさないこどもだった。罪を許しては置けぬ正義感。自尊心はクロロホルムの中毒性のように罅入って返らない。
 憧憬の名前が付いた腐りきった果実の甘ったるさを忘れられなくて、少年は立っていた。少し伸びた背丈に、整えた黒い髪。気恥ずかしさはフードの中に押し込めた。
「イレイサ」
 呼びかける『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)の声に涙腺に緩みを感じたのは、屹度、仕方がない。唇が震えてから「シキ」と呼んだ彼女の名前は温かい音色をしていた気がする。マフラーは彼女の『おまもり』、信じられなかった無償の愛を編んだようにいのちが絡み合った軌跡。
「力にならせてよね。君が助けたいと思ったのなら、それは君に手を伸ばした私の願いでもあるんだから」
「……有り難う、でも」
 アドラステイアの歪な構造は、嘗ての天義国よりも尚も深刻だ。「女の子を虐めちゃあいけません。なんて、当たり前のことすら忘れてしまっているのねぇ……此処の子達は」と揶揄い肩を竦めた『エピステーメー』ゼファー(p3p007625)にイレイサは頬を掻く。彼女の軽口が背負った重荷を忘れさせるようなざっくりとした響きだったからだ。
「何処までも歪な構造。アドラステイアは相も変わらず、ですね。大丈夫ですよ、把握しています」
 緩やかに頷いた『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)にイレイサは不安を滲ませるように灰色の瞳を揺らがせた。この都市国家は歪そのもの。幼い子供の楽園の皮を被った宗教都市。子供達は夢見るように永遠を謳い、実情は死を傍らに追いやった椅子取りゲーム。
「魔女裁判に口出しを、都市内ですれば危険だよ」
「承知の上じゃよ。ティーチャー達とは幾人か面識があるが……引き下がる訳にもいかんワイ!」
 胸をどすりと拳で叩いてから堂々と笑って見せた『命の欠片掬いし手』オウェード=ランドマスター(p3p009184)はイレイサの依頼である『被疑者』を無傷の儘、救出したいと告げた。15歳のイレイサが、嘗ての時間を共に過ごした二人の少女――イレギュラーズに保護されているメアリとソマリを小さなリリアナに重ねたことを『諦めない』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)は知っている。
「イレイサ、少しだけ大人びたね」
「そう、かな」
「うん。背も伸びたし……。この街の間違いを止めさせるべく共に頑張りましょう」
 ココロはにこりと微笑んでから、ささくれ立った彼の『心』を思い出してからくしゃりとその黒髪を撫でた。
 はじめて出会ったときと比べれば、立派になった。聖銃士の衣服も、清潔さを感じさせた石鹸の香りも。ぴん、と背筋を伸ばしたその姿も。

 ――生きるためだけに誰かを傷つけるのなら、最後には自分で敵を探して作らないといけなくなる。

 彼は生きる為に誰かを傷付ける道ではなく、生きる為に誰かを救う事を選んだのだから。
「あなたを応援する気持ち、これが愛情とあなたが言うのなら、絶対その通りだよ」
 イレイサはシキが抱き締めてくれた日を、ココロが手を握っていてくれていたあの日を思い出してから「だと、良いなあ」と微笑んだ。
 その都市は子供同士で魔女裁判と銘打って事実、命を奪い続けて居るらしい。そうして神様のために断罪(つく)して優秀な信徒となる事が必要であるそうだ。『神ではない誰か』玉ノ緒月虹 桜花(p3p010588)が覗き見た下層はスラムそのもの。桜花がまじまじと見詰めればイレイサは清潔な衣服を身に着けている。
(此れが下層と中層の待遇の差――『神に認められた存在であるか』ですか……この都市国家の歪みは都市そのものの問題を解決するまで残り続けるのだろう)
 露命を拾って、苦汁を飲み続けながらもその時を待つしかないのかと感じる度に『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)は唇を噛む。
 彼等なりの正義があるならば、その在り方をムサシは否定しなかった。違う。イレイサが齎した内部の情報も、他のイレギュラーズから伝え聞いた都市の実情も。
「子供が生きるために子供同士で蹴落とし合い騙し合うなんてことは間違っているッ! そんなものが正義であるものか!!!!」
 吐き捨てるようにムサシは叫んだ。戦慄いた唇は真っ当な不快感が滲んでいる。イレイサは「本当にね」とムサシを眺めて。
「俺も、そう思うよ。こんな国、張りぼてだらけで正義も真実もなにもかもないんだ。あるのは、生きているという事実だけ。
 ……くそったれだろ。リリアナだって、親を失って、この国に転がり込んだ。固いパンを囓って、ずっと生きてきたんだ」
 其れなのに、言いがかりで。悔しげに呻いたイレイサの背中をばしりと叩いてから『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)は唾を吐いた。
「けっ、相変わらずゴミ山みてえな所だぜ。オエッ! とっとと帰って、ウマイ酒にでもありつきてえもんだ」
 だから、征く。カソックとフードに隠した男の粗野な仕草は消え失せた。アドラステイアの街中に、当たり前のようにいる偽善者の表情を貼りつけて男は雑踏を征く。


 持ち込んだ少量の荷物に『Liliana』の刺繍。襤褸となったワンピースにも可愛らしい花の刺繍が施された赤毛の小さな少女だった。
 イレイサは口を噤んで俯いたままの彼女の持ち物の名を其の儘呼んだ。正解だったのか、そう呼ばれると嬉しそうに彼女は花咲くように笑った。
 可愛らしい赤毛の娘は言葉を余り用いたコミュニケーションを行わない。話すこと恐れるように、話すことを躊躇うようにして下層で過ごしていたのだという。
「イレイサ、困ったときだけ頼るから。あなたはあまり表だって動かないで」
 真摯に告げたコバルトブルーの瞳はきらりと光を帯びる。ココロの言葉の意味が分からないほどにイレイサもこどもの儘では居られなかった。
「けど、ココロが危険になったら」
「イレイサ。その時は君を頼るようにするから。大丈夫だよ。……難度はあがるけれど、リリアナに傷を残す時間は短い方が良い、だろう?」
 シキは優しく彼の頭を撫でた。幼いこどもにするような仕草とおんなのものにしては剣になれきって少しばかり厚くなった掌にイレイサは「ん」と小さく頷くことしか出来やしない。ココロも、シキも、自分が思うよりうんとおとなで、うんと死地を潜り抜けてきているのだから。
 行ってきますと下層へと潜り込んだイレギュラーズは雑多な街の物陰に身を隠す。グドルフは『ティーチャー』の振りをして目深に被ったフードで目元を隠す。カソックに身を包み信心深き神の徒は祈るように街を練り歩く。
「こんにちは、ティーチャー」
「ごきげんよう、ティーチャー」
 背筋をぴんと伸ばしたこども達はグドルフに憧れ抱くような視線を送る。吐き気のするような憧憬。嫌悪にも似た感覚を背負いながらグドルフは掌で柔らかな合図を送る。手を振るだけで燥ぐこどもはティーチャーに目を付けて貰えばこの街の上に行けると信じているのだろう。
「……其れにしても、まあ。何度来ても、世界でいま一番イケてない街だわ」
 ぼやくゼファーは街の雑踏にも霞む自身の気配を滲ませることなく嘆息を漏す。視線の先には物陰に潜む桜花が見られた。
 もしも、彼や仲間達の存在が露見したならば洗脳にも促す瞳が一時的な退避を可能とする筈だ。幼いこどもたちは盲目的に神様を信じている。そこに少しばかり『おとなが見に来た』という情報を付随させるだけでも十分なはずだから。
「ワシもリリアナ殿に怪我を負わせずに成功させたい……潜入に自信無いがやるしか無いじゃろう……」
 イレイサが下層の何処かへとリリアナが連れて行かれたと告げた言葉を思い出す。オウェードは助けを呼ぶ誰かの声を探すように耳を欹てる。
 進んで来たルートはこれだけ薄汚れた街であれどもある程度は知識として叩き込める。イレイサの用意してくれた潜入経路への最短ルートだけでも今構築しておけば良いだろうか。
(……アドラステイアの街……確かに、世界一イケてない街でありますね……)
 雑多に積み上がったのは街の残骸。荒ら屋に綿の飛び出したクッションや藁を引き詰めて眠る子供の姿も見られた。カソック姿で、俯いてムサシは拳をぶるぶると振るわせる。魔女裁判。馬鹿野郎と怒鳴り込みたい衝動は今は少しばかりは飲み込んだ。
 イレイサはムサシに「やさしいね」と肩を竦めた。孤児であった少年はこの国のこども達は縋るように誰かを蹴落としている事を知っている。それも、洗脳状態に陥ったこども達はそうすることでしか生き残れないのだ。
(――状況はどうかね?)
 問い掛けるような視線を投げかけるオウェードは上空を飛ぶ小鳥に気付く。ゼファーの白い指先に寄り添って、ちちと鳴いた小鳥は進むべき場所を見付けたのだろう。
「……ルーキス」
「大丈夫。ここは任せて。イレイサは『不審者を追ってきた聖銃士』、俺達は不審な侵入者です」
 淡々と告げたルーキスは外套に二刀を隠してすたすたと歩み寄る。何処の誰とも名すら言葉に出来ぬ凡庸な存在。
 ルーキスの傍でグドルフが「あそこだ」と低く囁いた。ルーキスの鳩にゼファーの小鳥。二匹が告げた人集りの位置は一致している。
「……行くでありますよ」
 ムサシがその足に力を込める。出来うる限り目立たぬように、裁判に波風を立てるため。青年に頷いた桜花とオウェードはルーキスが人集りを覗き込むその瞬間まで息を潜めていた。
「準備は良いかね? ワシは出来てる……」
 問うたオウェードにシキとココロは頷いた。ぱしりと張り手の音が響いた刹那に、イレギュラーズの身体は動いていた。

「こんにちは。皆さん、今日も神のご加護がありますよう」

 凡庸なおとこをイメージしてルーキスが声を掛けたと同時。キシェフのコインを「大事に使うのですよ」と意識を逸らすために寄り添ってきたこどもに手渡していたグドルフの眸がぎらりと輝いた。ルーキスへと視線を向けたこどもの手からコインをかっぱらい、その背中を蹴り飛ばした。
「――そのコインにゃまだまだ働いてもらう予定でね、っと!」
 よろつく子供が輪の中心へと転がり込む。風を切る音、白い指先が赤毛の少女に伸ばされて銀の髪が青白く軌跡を残す。
 輪の中心でへたり込み腫れた頬を抑えてすすり泣く幼い少女の眼前に滑り込んだゼファーの手にはひとふりの槍。
「助けに来たのが白馬の王子様じゃなくってごめんね? けど。私は其の辺の王子様よりも頼りになるわ。だから、今日のとこは我慢して頂戴な」


「残念だが、裁判はここで終わりだ。その子を殴るより、『邪魔をしに来た』俺達を先にどうにかした方が良いと思うんだが?」
 穏やかな『ティーチャー』を思わせていた青年は聖職者の皮(ツラ)を脱ぎ捨てて、二刀を構え声を張り上げる。
 喧噪を切り裂くルーキスの言葉に続きオウェードは片手斧を振り上げた。ルーキスへと視線を奪われていた子供の命までは奪わぬようにと武器を叩きつける。ゼファーが滑り込み、シキとココロがリリアナを救い出すまで――その僅かな時間に子供達の命を奪わぬように。
 桜花は鉄和弓をぎりぎりと音立てた。全てを見通す視座より狙うのはあくまでも子供の衣服や命を奪わぬ部位。幼いこどもの命を奪うことは彼にとっても本意ではない。
「死の運命にない人を殺せば、殺された方はもちろん、殺した方も幸せになれない。止めるよ! 行こう!」
 走り出したココロにシキは頷いた。足の腱を切られた小さな少女。ゼファーの背後で俯いて怯えた彼女の身体を抱き上げてシキは軽いと呟いた。
「女の子をこんな扱いなんて、教育がなっていないね」
「本当にね。ねえ、王子様? 聖銃士(かれ)が見ているわ。逃避行はお嫌いかしら」
「――いいや、逃避行も浪漫じゃないかな」
 揶揄う声音にゼファーはそうね、と立ち上がる。ココロの頷きにシキはリリアナを抱きかかえて走り出す。
 彼女の保護にイレイサの力は借りたくはない。全て、イレギュラーズが解決しなくてはならないからだ。
「馬っ鹿野郎!!!! 何が魔女裁判だっ!!! お前たちが今壊そうとしてるのは……一つの命なんだぞ!!!!
 彼女は今殴られた痛みなんかよりずっと痛くて苦しい思いをしてきたんだぞっ!!」
「……?」
 こどもの無垢な瞳がムサシを見遣る。ああ、理解には程遠いとでも告げるような無数の視線が苦しい。
「魔女だから何をしてもいいのか!? 自分が不幸にならなければいいのか!!?? 寝言を言うなぁっ!!!!」
「しあわせだから、いえるんですよ。ぼくたちはそうしなくっちゃ生き残れない」
 こどもは生きる為にそうしているのだという。幸せだから、と言われればそれを飲み込むことしか出来なくてムサシは苦しげに息を呑む。
 孤児であったイレイサ、救われるリリアナ。彼と彼女はしあわせなのだろう。こんな場所で、生き残る為に誰かを犠牲にしなくてはならないこども達全員に倫理を訴え掛ける事は難しくて。
(酷い現状ですね――今、私達が介入したことでリリアナは救われた。しかし、その代りに何度だって裁判は繰り返す。
 ……束の間の命を助けた。だがこれから先の命は? そのままでいいのか? 深入りすべき事か? 宗派の違いに立ち入るべきか?)
 自問自答する。この国の神様はかりそめだと聞いている。天義国の唯一の信仰が崩壊したとき、人々がよすがを求めて手を伸ばした創造神。
 化け物だとも酷く恐れて囁かれたファルマコン。種と在り方を違えた神の存在に桜花はどの様に接するべきかと自問自答する。
 この国を、壊さなくては、きっとそうすることは出来ない。
「助太刀感謝します! ……このくらいの傷、あの子が受けた痛みに比べれば、大したことは無い」
 剣を振りかざしたルーキスの背後でオウェードが賢明に振り払う。
 シキの退路はゼファーが作った。蒼天を駆け抜けるように、鮮やかな一筋の道を示して。
 ゼファーの制圧力を信頼している、とココロは支えることを選んだ。イレイサが「待て」とシキを追掛ける様子を一瞥しグドルフが唇を吊り上げた。
「そおら、ホンモノのコインだぜ。ガキども、こいつが死ぬ程欲しいだろ。
 だがな、タダじゃ渡せねえな。こちとら最強最悪の山賊サマだぜ。ほしけりゃ奪ってみせろってんだ!」
 男の笑い声は喧噪へと飲み込まれる。子供達はキシェフのコインに目も眩む。ああ、それがあればムサシが云う様な恐ろしいことは――
「ルーキス殿! リリアナ殿の脱出は出来た! 撤退じゃ!」
 オウェードの声を聞き、イレギュラーズは走り出す。逃げ果せる場所は、もう決まっているから。

 ぴちょん、と水が落ちる音がした。アドラステイアに無数に存在する地下通路は嘗ての街の名残であるそうだ。
 張り巡らされた下水の道の中で俯いたリリアナを抱き締めてココロは「これからのことはきちんと決めるから」とその背を撫でる。
「リリアナは私が領地に引き取ってからローレットで少しずつ働くというのはどうかなって思って居るの。三ツ目くんともお話があいそうだし」
 ココロの提案にゼファーは「それが良いわね」とリリアナの頬を撫でた。
「大きくなってから、また本当に行きたい所を見付けて頂戴ね」
 外に出ても抱きかかえて治療を受けましょうねとココロが小さな少女を抱き上げれば、彼女は安堵したようにゼファーの服をぎゅうとにぎった。小さな掌は、熱っぽく怯えを孕んでいる。
「しかし外郭にはファルマコンに疑問を持つ者が増えているが、油断は出来ないのう……」
 オウェードにムサシは苦しげに頷いた。彼等に投げかけた言葉は、何の意味も持たなかったのかもしれない。それでも、人が『あんな事』をして良い理由なんて何処にも無かったから。
「部外者をガツガツ入り込ませるわ、処刑対象は逃がしちまうわ……いよいよもう留まるのは無理だろ。進退ハッキリさせな、ボウズ!」
 グドルフの厳しい一声にイレイサは背筋をピン、と伸ばした。イレギュラーズのお陰で手引きした事は露見していない――筈だ。
 それでも、彼の言うとおり。何時、己が疑われ処刑の対象になるかは分からない。聖銃士であるだけで、機器はひしひしと存在して居るのだ。
 ココロが衣服に忍ばせてくれたイコル対抗薬は最後の手段だ。イレイサはグドルフへと向き直る。
「俺は、まだ此処に居る。グドルフの云う事も分かる。けど、此処で退いちゃ……役立たずなままだ。最後まで、俺を利用して欲しい」
 胸を張ったイレイサにグドルフは嘆息して「ガキのくせにいっちょ前な」と呟いた。

「イレイサ」

 背筋を伸ばして、イレギュラーズの撤退を見守っていたイレイサはシキをまじまじと見詰める。
 彼は見間違えるくらいに立派になった。それでも潜入は緊張感と危険を親友のように横に起き続けている。
「……別れる前にもう一度抱きしめさせてくれない? イレイサ」
 頷いて、イレイサはシキの胸へと擦り寄った。無事を願ってくれるこの瞬間が、愛だというならば、彼女に言いたいことがある。
 ――もし、全てが終わって、生き残ることが出来たら。俺はあなたの家族になれますか。

 ほんとうの弟や血の繋がりには叶わないけれど。かりそめでも家族と呼べるひとがいることを羨んでしまったから――

成否

成功

MVP

ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃

状態異常

なし

あとがき

 このたびはご参加ありがとうございました。
 イレイサも三度目、皆さんの在り方に感化されて、もっと強く、この国に携わり、みなさんの役に立ちたいと願っていることでしょう。
 彼が、皆さんのお役に立てるますように。迷ったときはまた、導いてあげて下さい。

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