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シナリオ詳細

ファニウス・ベーデルおじさんの素敵なお家

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ファニウス・ベーデルの話
 ファニウス・ベーデル。ベーデルおじさん、とも呼ばれる幻想の地方貴族の一人。
 領民たちからも慕われた『気さくな』貴族であり、日課は毎朝の街の散歩。子供達に優しく、庶民に優しく、また利口であり勤勉でもあった。
 街にトラブルがあれば率先して解決に行き、節目節目に祭りを催し住民たちに食べ物を振る舞い、身分の隔てなく共に笑い、共に学び、共に生きた。そういう人物である。
 彼は貧しい家の子供たちを譲り受けて礼儀作法を学ばせて、他の領主に使用人として派遣する事業も行っていた。子供たちは一定期間の間、ベーデル邸で過ごして礼儀作法を学んだあと、どこへともしれぬ場所へと仕事に出ていった。仕送りなどがされることはほとんどないが、しかし貧しい家の出である。子を捨てるようにベーデルに預けるものも居たし、少なくとも貧しい家でこのまま過ごすよりはいいだろうと、泣く泣く子供を送り出すものも居た。
 時折帰ってくる手紙には、『あっちで幸せにやっている』との報告が躍り、残された家族の心の慰めになった。ほとんどの場合、家族が再開することはなかったが、それでも、幸せにやってくれているのなら。それでよかった。幸せにやってくれているのなら。

 ゴージャスな黒に塗装された馬車に、素朴な花の紋章。ベーデル家の馬車にのって、今日も二人の少女がベーデル邸に向かう。身ぎれいとは言えない服と痩せ気味の身体は、なるほど、貧しい生活を送ってきた証拠だ。
 ベーデル家のあの黒い馬車は、幸せに向かう象徴だった。少なくとも、今の生活よりはずっとずっとましな人生が待っているに間違いないのだ。連れて行かれるものは、あのベーデルおじさんの素敵な家に行って、少なくとも今よりは真っ当な人生を送る。だから多くの者は率先してその馬車に乗ろうとしたし、乗ったものをやっかみもした。
 二人の少女――クィナとエレイラは、お互い違う場所からやって来ながらも、すぐに馬車の中で意気投合した。同年代の、年若い少女である。生活の不満もあったし、家の手伝いはしなければならないとはいえ、もっと遊びたいと思う事もあった。そういう不満。
「ベーデルおじさんの屋敷で、いっぱい勉強してね。都会に送ってもらうの」
 クィナはそう言って笑う。
「そりゃ、都会でもお仕事はするんでしょうけど……今よりずっとましなはずよ。都会で軌道に乗ったら、お母さんを呼んで一緒に暮らしたいわ。今度は楽させてあげたいの」
「いいわね」
 エレイラが笑った。
「うちは両親は健在だけど、お父さんはいつも農業ばっかりやって、腰を悪くしてるの。このままじゃきっと長くないわ……だから、わたしもいっぱい働いて、うんといい椅子とか、高い魔法医のお医者さんにかからせてあげたいの。
 ほんとは、私が代わりに働いてあげたらいいんだけど……流石に、そこまでは高望みよね」
「流石に、お貴族様の代わりとはいかないわ」
 クィナがくすくすと笑う。
「でも、きっと今よりはずっといい事になるはずよ。私達はラッキーだった。他の子には悪いけど……うん、でも、素直に喜んでいいと思う」
「そうね。これは幸運な事だわ……」
 エレイラの言葉に、クィナが頷く。ベーデルの馬車は屋敷に向って、とことこと走っている。幸せに向かって。幸せに向かって。
 この日以来、二人の姿を見た者はいない。

 ベーデルの屋敷、その地下には『拷問部屋』がある。何も比喩でもなんでもない。文字通りの拷問部屋である。夜ごと、集められた子供たちが、ここで分かりやすく甚振られる。詳細に描写する必要はないだろう。こう聞いて、想像したものを……もう少しだけ残酷に舌よなものが正解だ。
「こいつにも」
 ファニウスが言った。全裸である。その身体は血にまみれている。誰の? 言うまでもないだろう。犠牲者たちのものだ。
「あきたなぁ」
 ぽい、と投げ捨てたのは、年端も行かぬ少年である。その様は……描写する必要はないだろう。想像より、もう少しだけ残酷に、だ。
「家の方には、いつも通りに最初だけ支度金を送っておけ。はした金でいい。それで奴らも納得するだろうさ」
「は」
 年配の家令が静かに頷いた。顔色一つ変えない彼は、この凄惨な現場には慣れっこであったが、しかし嫌悪感は残っているらしく、僅かに眉をひそめていた。主には気取られぬように。
「次のおもちゃはどうなっている?」
「は。村の農家から、女子が二人」
「歳は?」
「――」
 ぎぃ、と鎖が揺れた音で良く聞こえなかったが、ファニウスには届いたらしい。「よろしい」と満足げに頷いたファニウスは、ゆっくりと立ち上がった。

●暗転
「今回の依頼は、このファニウス・ベーデルの摘発になります」
 あなた達、ローレット・イレギュラーズ達へと向けてそういうのは、幻想中央教会大司教、『幻想大司教』イレーヌ・アルエ(p3n000081)である。
 仕事をお願いしたい、との事で中央教会に呼び出されたあなた達イレギュラーズ。それを出迎えたのは、トップのイレーヌであった。イレギュラーズ達にとっては縁故があり、些か気安い間柄とは言え、供のものも最小限に、直接相対するとなれば、それは相応に『厄介な』仕事の場合である。
「相手はベーデル家。幻想貴族です。どこ、とは言いませんが、さる大きな派閥に属しており……まぁ、要するに今まで『護られて』いたわけですが。色々と交渉の末、派閥の主には、今回の摘発を『見て見ぬふりをする』所までには持ち込めました」
 幻想とは、すなわち腐敗した貴族による伏魔殿である。貴族はとてつもない権力を持ち、それは中央教会という権力とて、対等に太刀打ちできるとは言い難い。結局、様々な手を以って、手打ちにするしかないわけであるが、イレーヌにとってはそこが主戦場ともいえる。
「と言っても、私たちの行動を見てみぬふりをするのはわずかな期間……今回のタイミングを逃せば、ファニウスの凶行は続きます」
 凶行、という言葉に、イレギュラーズ達も気分を害するところだった。ファニウス・ベーデルは、表向き善良で気さくな貴族であったが、貧しい家の者から少年少女を預かり、そのまま『拷問死させる』という悪癖を持って居た。
 多くの者には、犠牲者は「遠い領地で奉公に出ている」と伝えられているが、彼に近いものほど、それが嘘だという事に気づいていた。たとえば、近隣の騎士団や役人はほとんど見て見ぬふりをしていた。これは、ベーデル家の名に傷がつくことと、所属した派閥に傷がつくことを恐れての事である。
 結果、多くの何も知らぬ住民は、子供たちが『遠い場所で幸せに暮らしている』と信じているのである。
「今回の皆さんの仕事ですが……まずは、あらかじめ数日、ベーデルの屋敷で使用人として働き、内部の詳細な情報……特に拷問室と、子供たちが捕らえられている牢屋の情報を獲得してください。これは全員でもいいですし、数名が先行して潜入しても構いません。
 使用人として潜入する手段は、派閥の方に連絡をいれて確保しています。が、向こうから協力を得られるのはここまでです。後は孤立無援である事はご承知ください。
 情報が固まったら、直接全員で、屋敷に捜査に入ってください。この段階なら、幻想中央教会の名を出しても構いません。
 おそらく、警護騎士やファニウスそのものと戦闘になるでしょう。最近、手練れの傭兵を雇ったという情報もありますから、くれぐれも油断はなされないようにしてください」
 イレーヌの言葉に、イレギュラーズ達は頷いた。それから、とイレーヌは声をあげると、真剣な表情で言った。
「おそらく、子供たちに、生存者はいない可能性が高いです。
 それは、皆さんのせいではありません。気に病まないでください」
 そう告げるのへ、イレギュラーズ達は悔し気に頷いた。希望をもって屋敷に向かったこと共たちは、絶望の末に死んだのだろう。
 今この機会に、ファニウス・ベーデルに鉄槌を下すしかない。
「それでは、皆さんの活躍、期待していますね」
 イレーヌがそういって、イレギュラーズと送り出した。
 外は曇りで、重い雲が陰鬱な気持ちを体現しているようにも見えた。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 ファニウス・ベーデルの素敵なお家へようこそ。

●成功条件
 屋敷に潜入し、『子供たちが収容されている牢屋』『拷問室』『拷問の証拠』を確保したのちに、
 屋敷に操作に立ち入り、ファニウス・ベーデルを捕縛する。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●状況
 優しい貴族、ファニウス・ベーデルおじさん。彼の屋敷に迎えられた子供たちは、どこか知らない場所で幸せに暮らしているそうです。
 もちろん嘘なのですが。ファニウス・ベーデルは、子供たちを苛烈な拷問の末殺すという『趣味』を持っており、これまでの子供たちはみなその『趣味』の毒牙にかかりました。
 さる貴族派閥の一員である彼は、それ故にその罪を暴かれることはありませんでしたが、この度イレーヌら中央教会の尽力により、派閥は『このタイミングでは教会の介入を見て見ぬふりをする』という約束を取り付けました。
 ファニウスを捕縛するタイミングは、今だけ。やるしかありません。
 まず、皆さんは『あらかじめ使用人としてファニウス・ベーデルの屋敷に潜入し、『牢屋』『拷問室』『拷問の証拠』の三つを探してください』。数日をかけての作業になるので、怪しまれないように調査するのがキモです。これは全員で潜入してもいいですし、潜入が得意なエキスパートが少数で潜入しても構いません。ここで敵にこちらの動きを気取られた場合、失敗はしませんが、後半の立ち入りパートで敵の戦力が増えます。
 情報が固まったら、立ち入り調査に入ってください。確実に、敵に妨害されます。戦闘になるでしょう。まぁ、なってしまえばこっちのものです。全員を無力化し、捕縛してください。
 重要なのは、ファニウス・ベーデルに関しては『捕縛』です。『捕殺』ではありません。『活かして捕らえてください』。そこも、派閥との折衝の条件の一つです。
 彼はクソ外道であり、死んでしかるべきタイプの人間ですが、必ず生かして捕らえ、法の下での裁きを受けさせてください。中央教会としても、殺してしまうと暗殺になってしまうので、教会的にも立場がよろしくないことになってしまいます。耐えてください。
 作戦決行タイミングは、昼。戦闘は、屋敷の入り口での戦いになるでしょう。
 特に増援や、敵が逃げたりなどはしないので、戦闘に注力してくださって問題ありません。

●エネミーデータ
 ファニウス・ベーデル ×1
  肉体派の、意外とがっちりしたおじさんです。見た目は素敵なおじさんですが、その実態はクソ野郎です。
  見た目にたがわぬパワーファイターで、意外と戦えるクチです。もちろん、歴戦の戦士の皆さんほどではないです。
  基本的に、後衛側に陣取っていますが、何かあれば前に出てきて殴りに来るでしょう。物理属性の格闘攻撃を得意とします。
  殺してはいけません。活かして捕らえてください。

 護衛騎士 ×7~14
  ベーデルの護衛騎士です。剣と重装鎧で装備した、ヘビーファイターです。
  何事も無ければ、7体配置されます。もし潜入時に怪しまれたりしたら、総数は最大14人になります。
  『出血』系列のBSや、『渾身』を持った攻撃などが得意。とはいえ、戦闘能力はイレギュラーズの皆さんには及びません。

 護衛傭兵 ×8~16
  護衛に雇われた傭兵です。圏で装備した軽装ファイターが4、魔法士が4の構成です。
  何事も無ければ上記の通りですが、もし潜入パートで怪しまれたりした場合、最大2倍に増えます。
  『火炎』『毒』『凍結』系列のBSを撒く魔法士と、『出血』『麻痺』系列のBSを持つ軽装剣士が相手です。
  BSがやや多めなので、回復手段や、相手の行動を封じることができると楽に戦えると思います。
  此方の戦闘能力は、上記の騎士より高いです。メインの戦闘相手として、傭兵の対処に全力を尽くした方がいいでしょう。

●味方NPC(?)
 クィナとエレイラ
  最近、屋敷に連れてこられた二人の少女です。希望に満ちていましたが……。
  死亡している可能性は非常に高いですが、うまく見つけ出せれば、命を拾えるかも……。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。

  • ファニウス・ベーデルおじさんの素敵なお家完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年05月28日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

志屍 志(p3p000416)
天下無双のくノ一
水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女
バルガル・ミフィスト(p3p007978)
シャドウウォーカー
ヲルト・アドバライト(p3p008506)
パーフェクト・オーダー
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)
微笑みに悪を忍ばせ
ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ
ガイアドニス(p3p010327)
小さな命に大きな愛
煉・朱華(p3p010458)
未来を背負う者

リプレイ

●アビス
 死臭がする。腐臭がする。そんな気がする。
 きらびやかな屋敷の中に、明らかに剣呑な気配がする。
 それが、使用人として潜入した『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)の第一印象だった。
「それでは、今日から仕事に入ってもらいます」
 と、そう言ったのは年配の家令だ。
「かしこまりました。すぐにでも業務に取り掛かれます」
 そう言って恭しく頭を下げたのは、『超合金おねーさん』ガイアドニス(p3p010327)だ。
「ファニウス様は、本日はご滞在で?」
 『幻想の勇者』ヲルト・アドバライト(p3p008506)がそういうのへ、家令は頷く。
「いえ、日中は、日課の領内の視察をなさいます。
 そうですね、掃除をするならば、その間にお願いしたい。
 もちろん、新人のあなた達では勝手がわからないでしょう。
 ベテランのものがを一緒に指導しますので、ご安心を」
(さて、当たり前の仕事の段取りか……或いは、監視しているぞ、と言っているとみるべきかな)
 ヲルトが内心で肩をすくめる。なにせ、後ろ暗い事をしている連中である。警戒されてはいるとみて当然だろう。
「ああ、それから。地下には入らないように。あちらはベテランのものに任せております」
「地下は、倉庫か何かなのですか?」
 『水天の巫女』水瀬 冬佳(p3p006383)がそう尋ねるのへ、家令は頷いた。
「ええ、そうですよ。ですが、些か重要な荷物がありまして。
 新人のものには任せられないものが多く」
「分かりました。では、お屋敷の業務を」
 微笑を浮かべる冬佳に、家令は頷く。新人の使用人たち――イレギュラーズ達は、表面上はにこやかな笑顔を浮かべながら、しかし唾棄すべき悪の巣窟の臭いに、胸中で嫌悪感を覚える所であった。

 その、少し前。ベーデル邸へ向かう途上にて、イレギュラーズ達は簡素な作戦会議を済ませていた。
「できれば、一日で捜査を終えたい所ですね」
 『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)がそういうのへ、瑠璃が尋ねた。
「……子供たちのことですね?」
 その言葉に、ウィルドは頷く。ここ最近、クィナとエレイラという二人の少女が、ベーデル邸に連れて行かれたばかりだと聞いている。
 無事ではあるまい。が、命を拾っている可能性はある。
「ええ。別に正義の味方を気取るわけではありませんが、拷問の生存者、という点では、これ以上のない証拠として使えるでしょう。
 子供たちを生かすと考えれば、長居はできません」
「……」
 その言葉に、『炎の剣』朱華(p3p010458)はつらそうに目を伏せた。
「大丈夫ですか。お辛いようでしたら、ヴィリスさんと共に、外での諜報活動を行ってくださって構いませんよ」
 ウィルドの言葉に、『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)が頷く。
「……ええ。露悪的な言葉になるけれど、これはありふれた悲劇の一つだわ。権力を間違った欲望の発露に使う……。
 その犠牲になるのは、いつだって」
 ヴィリスの足に、痛みが走る様な気がした。
「だから、ええ。屋敷の外からでもやれることはあるわ。無理はしないで頂戴?」
「ううん、大丈夫」
 朱華は、真っすぐに、道の先を見た。ベーデル邸。無邪気な悪意の住まう場所。
「人の悪意。朱華は生きるのに必死で、目をそらしていたモノ。
 もう、朱華は、目をそらさない。朱華たちは、外の世界に出たんだから」
 決意するようなその言葉に、『酔狂者』バルガル・ミフィスト(p3p007978)は頷く。
「ええ、ですが、許容できるか否か、はまた別問題となります。
 くれぐれも、ご無理はなさらないでください」
 なだめるように、バルガルは言った。これまで花畑しか見たことのなかった人間がいたとして、その根元にうごめく蛆虫がいるので直視しろというのは、些か酷というものだろう。目をそらさぬと誓ったとしても、精神的なダメージは避けられまい。
「うん……その時は、お願いね」
 バルガルの言いたいことを解っていたらこそ、朱華はそう言って、少しだけ微笑んだ。
「さて、話を戻しましょう。子供たちの命を優先し、早急に調査を終わらせるか否か、ですね」
「できるかどうか、という問題もありますが」
 バルガルの言葉に、冬佳が言う。
「所詮は臨時の雇われの身……となれば、初日は行動が制限される可能性は高そうです。特に、隠したい場所……拷問室などは、近づくのは困難でしょう」
「そこは、私がファミリアーで下見をするわ」
 ヴィリスが言う。
「私自身は、ええ、こんな体ですもの。潜入は難しい。けれど、外から何もできないわけではないわ。
 秘密の場所に関しては、ネズミを放って確認しようと思うわ」
「そうなれば、帳簿などの確認が必要になりますね」
 瑠璃が言う。
「もちろん、子供たちの存在そのものが、強力な証拠にはなりますが。
 過去の犯罪をつまびらかにするためにも、やはりそれ以前の証拠は必要です」
「……今回一回の出来心です、とかごねられてもたまったものじゃないしな」
 ヲルトが吐き捨てるように言った。
「だが、そうなると潜入組の仕事は大変だな。かなり綿密にスケジュールをたてないといけない。
 ファニウスの私室を探れるのも、運になりそうだが……」
「えーと、ファニウスは、領地の視察を行うのが仕事なのよね?」
 ガイアドニスが言う。
「そうなれば、日中は私室は空になりそうだわ! こう……趣味なら、日記みたいなのを、書く気がするの」
「記録、ですか。まぁ、好事家はそういうものを残したがるものですからね」
 ウィルドは言う。犯罪者が分かりやすく証拠を残すか……と疑問に思われるかもしれないが、殊更に言えば、今回の敵は『趣味』でやっているようなもの。記録(トロフィー)を残している可能性は、充分にあり得るだろう。
「方針をまとめると――」
 瑠璃が言う。
「最速で、証拠をつかむ。それから、拷問部屋へのルートを確認。そして子供たちを可能なら見つけ出し、翌日に中央教会として逮捕に踏み切る……」
「言うは易し、ですが」
 バルガルが言った。
「ええ、ウジ虫が足元をはいずりまわるのを、長々と待っているのも不快というもの。
 速やかに踏みつぶしてやりましょうとも」
 その言葉に、仲間達は頷く。かくして方針は決まった。一行は、幸せへ向かう道、をゆっくりと、決意と共に進み始める。

 業務自体はつつがなく完了する。夜間の間の『休息』の時間に、イレギュラーズ達は動き出した。
「……私室に、ファニウスはいないか」
 ヲルトが嘆息する。こんな夜に居ないという事は、つまり地下では『趣味』が行われているという事だろう。吐き気を覚えながらも、ヲルトは廊下を確認する。
「誰かが来たら、適当に迷った、って事にして引き離す。が、あまり時間は持たない」
「分かっています」
 瑠璃が言う。
「バルガルさん、探すのは日記、帳簿、死体処理の記録、です」
「ええ、私室にありそうなのは、日記……帳簿や死体処理は執務室の方でしょうね」
 バルガルが言うのへ、瑠璃は頷いた。
「念のため、此方でも探しておきましょう。日記と、地下は……朱華さんには見せたくありませんね。刺激が強すぎるでしょう」
「はい。あの子達には帳簿の方を探してもらった方がよさそうですね」
 バルガルが、そう言いながら、私室の机の引き出しを開いた。雑然と並ぶ私物の中に、『白く光る小さな欠片』があったのを、バルガルは見逃さなかった。それを吐き捨てる気持ちでゆっくりとつまむと、優しくハンカチで包んだ。

「まかせて、この辺はおねーさんの担当にしてもらったから、少しは融通が利くわ!」
 ガイアドニスがそういうのは、執務室の近辺である。朝から勤勉に、そして完璧に業務をこなしていたガイアドニスは、夜に一人で見回りのようなものを任されるに至ったらしい。邸内なら余計なものは観ないだろう、という思惑も、敵にはあったのだろう。現在地下では『趣味』が行われているであろうし、そうなれば、むしろ優先的に警備をしたいのは地下という事になる。
「おねがいね? おねーさん?」
 朱華がくすりと笑ってそう言った。ガイアドニスがにこにこと頷く。
「帳簿、だったわね。その、なにをするにもお金って動くのでしょ?」
「そうです! 特に、本来ならこどもたちのための生活費用が『動いていない』証拠や……その、処理費用とか」
「死体、よね」
 朱華がそういうのへ、ガイアドニスはわずかに、しゅん、とした顔を見せたような気がした。
「はい。多分、口の堅い人たちに、お願いしているはずなのでっす」
「分かった。さがしましょ、ガイアドニス。
 ……大丈夫、まだ、ちょっと怒ってるだけだから」
「……辛くなったら、いっぱいぎゅーってして、守ってあげるので!」
 ばっ、と手を広げるガイアドニスに、朱華は嬉しそうに笑った。
「……ありがと。その時は、優しくお願いね?」

 上階のきらびやかなそれに比べれば、地下のそれは、まさに空気を一変させるような暗さを伴っていた。冬佳とウィルドは、ヴィリスのファミリアーに先導される形で内部に侵入する。時折、力ない悲鳴が聞こえるのを感じた。『趣味』の真っ最中だろう。冬佳は、ぎり、と奥歯をかみしめた。
「……彼方が拷問室。探すまでもありませんね」
「ええ。動かざる証拠と言えます。ですが、今は……」
 ウィルドがそういうのへ、冬佳は頷いた。ヴィリスのファミリアーの先導に従い、奥に進むと、粗末なつくりの牢屋があって、鉄格子の奥に、瀕死の少女が転がっている。
「……酷いものだ」
 ウィルドのそれは、本音であった。別に正義感から依頼に参加したわけではないが、斯様に痛めつけられた少女を見て嫌悪を覚えぬわけはない。
「う……」
 少女が、声をあげる。此方の気配に気づいたのだろう。
「いや……やめて……ごめんなさい、クィナ、見捨ててごめんなさい……」
 うなされるように呟く少女。
「エレイラ、の方ですね……本当に、酷い。きっと後遺症は残ってしまうかも……」
「すぐに助けることはできません。ひとまず簡単に治療をし、明日迄彼女たちが生きていることを祈るしかありません」
 ウィルドの言葉に、冬佳は再び、奥歯をかみしめた。
「……明日、領主を捕えた後、必ず迎えに来ます。必ず、必ず。それまで、どうか……」
 決意と共に、そう約束した。
 ――夜が明ける――。

●裁決の時
「幻想中央教会から来た、と言われましても」
 翌日。教会の名の下に、立ち入り調査を行うべく再度訪問したイレギュラーズ達を、ファニウスは胡乱気な表情で応対していた。
 ロビーの真中である。周囲には、多くの剣呑な気配が感じられる。数は多くはないが、おそらく護衛の類だ。
「言いがかりでしょう。何か証拠は――」
「もう、へりくだる必要もないから、言わせてもらうがな」
 ヲルトが声をあげる。
「随分と楽しんだもんだな。だが楽しみ過ぎだ。お前の家から随分と『処理屋』に金を流したな。
 それから、アンタの変態行為の日記も興味深く読ませてもらった。六番目のフラッドって男のがお気に入りだったか? 随分念入りに描いてやがる。
 ……いい加減諦めろ。思い出すだけでも吐き気がする。証拠は全て上がっている。大人しく投降すれば生命だけは助けてやる」
「どうしても、というのでしたら、地下を見せていただけるだけでもいいですねぇ」
 ウィルドが、ニコニコと笑いながら言った。
「いえ、先日、エレイラという少女と約束しまして。今日迎えに来ると。
 それに、クィナさんがまだ生きているならば、彼女も出来れば迎えてあげたい。
 ああ、案内は結構。場所はよくよく、存じておりますので」
 ちっ、とファニウスが舌打ちをする。その手を掲げると、左右の扉から、騎士、そして傭兵たちがなだれ込んできた。
「貴方の悪趣味もこれで幕引き。然るべき場所で裁かれなさいな」
 ヴィリスが言うのへ、ファニウスは鼻で笑う。
「中央教会の方には、お前達など来なかった、と伝えておくよ」
 ヴィリスが肩をすくめた。
「まぁ、みんなみんな、テンプレェト通りの言葉を吐くのね、あなた達みたいなのって」
「ファニウス卿、何時からこのような事を。何故です?」
 静かに、冬佳が言うのへ、
「……そうよ、おしえて。どうしてこんなことをしたの」
 朱華が、引き絞るような声で続いた。
「なにが、楽しいのよ。こんなの、こんなこと!」
「……お嬢さんがた。子供の頃、無意味に蟻の足をむしって捨てたことは? 蝶の羽をむしって捨てたことは? トンボの頭を跳ね飛ばして遊んだことは?」
 ファニウスが、小ばかにするように言った。
「誰だってそうする。私もそうしている」
「一緒にするなッ!!」
 朱華が、怒りと共にその身に炎を巻き上げた! 手に炎の剣が現れる! それを振るいあげた刹那、
「護れ!」
 ファニウスが叫び、騎士たちが眼前に飛び込む。同時に放たれた炎が、怒りの炎の斬撃が、騎士たちをなぎ倒した。
「朱華、怒ってるんだからッ! 寄ったら斬るッ!」
「ちっ……傭兵共、出番だ! 殺しても構わん!」
 ファニウスが叫ぶのへ、傭兵たちが一気に騎士達と共になだれ込んできた。傭兵の剣戟を、ガイアドニスが前線に立って、その手で受け止める。硬い腕が、その刃を受け止めた。
「おねーさん、見た目通りに大きくて硬いので!」
 手にしていた傘を刃のように、ガイアドニスが傭兵の腕を叩いた。ぎゃ、と悲鳴を上げた傭兵が、刃をとり落とす。同時、飛び込んできたヴィリスが、まるで踊るようにその脚を振るい、傭兵を鎧の上から斬りつける! 激痛に、傭兵が意識を手放した。
「悪いけど、加減をする気はないの。ごめんなさいね?」
 プリマが一礼――そこから舞うは、華麗なる刃の舞だ! 刃は鋭く、まるで閃光のように輝き、傭兵たちを圧倒する!
「くそ、援護だ、魔法士!」 
 叫ぶ傭兵。後衛の魔法士たちが一斉に術を解き放つのへ、ヴィリスが跳んでそれを回避――空中で視線を送る。頷く、瑠璃。同時、射干玉の刃の切っ先を向けるや、煌く雲が突如として魔法士たちの視界を奪った。煌く虹が、幻惑の術が、まるで麻酔を打ち込んだかのように魔法士たちの力を奪っていく。
「させませんよ、ええ。調べはついています、あなた達も、事情を知ってファニウスに着いた身。多少の痛みは知ってもらわなければ」
 瑠璃が放つ雲間を裂いて、祓魔の光が地を照らす。冬佳の放った祓魔の光が、残る傭兵たちを次々と撃ち抜いていった! 心に邪悪を住まわせる彼らに、破邪の光は強烈な打撃となった事だろう。
「申し訳ありませんが、私も少し怒っています。乱暴になりましたらご容赦を……いえ、当然の報いと思ってください」
 放たれた祓魔の光は、薙ぎ払うように敵の群を討っていく。騎士たちが慌ててファニウスを守るが、その盾に強烈な打撃を受けた騎士たちが悲鳴を上げた。
「くそ、なにをしてる! さっさと殺してしまえ!」
「さぁ、年貢の納め時だぞ。罪を精算しろファニウス」
 騎士たちの隙を縫って、ヲルトが接敵した。攻防一体の結界、放たれた衝撃が、死の舞踏のようにファニウスを攻め立てた。あちこちに打撃が突き刺さるのへ、ファニウスは手にしたロッドで、ヲルトを殴りつける。
「ふざけるな、私に何の罪がある?
 私はうまくやっている……その報酬はあってしかるべきだろうが!」
「あなたにとって、それが報酬ですか」
 バルガルが吐き捨てるように言った。
「寄生虫でも、共生するならまだ救いもあるものを。
 宿主を喰らう害虫にすぎぬなら、ここで踏みつぶされて死ぬがいい」
 だが、バルガルが殴り掛かれば、ファニウスを殺してしまうかもしれない。目的は、捕縛なのだ。バルガルは、その怒りを叩きつけるように、群がる兵士を殴りつけた。その手に痛みが走ったが、しかしこれも、或いはすぐに助けられない己への罰なのかもしれぬと。
「知っているでしょう?
 力のない者は食い物にされるしか無い……自分は安全だとタカを括っていたようですが、すでに貴方は食い物にされる側なんですよ」
 静かに、ファニウスにだけ届くように、ウィルドはそう言った。ファニウスが悔しげにうめく。
「ではでは、心置きなく牢屋で懺悔なさってください。貴方が失脚した後の領地や財産は、派閥の皆さんが仲良く分け合いますからね、クハハハ!」
「だ、そうだ。くたばれ」
 ヲルトが、ファニウスを、力いっぱい殴りつけた。ファニウスが、その意識を失い、倒れる。
「いや、くたばったらまずいんだ。生きて、精々重い罰を受けな」
 ヲルトの言葉に、仲間達は頷いた――。

 戦いの後。イレギュラーズ達によって呼び出された中央教会からの使者が、屋敷の捜査に入った。
 やがて地下室から運び出された二人の少女は、イレギュラーズ達が応急手当てをしたこともあってか、どうにか一命をとりとめたらしい。
 担架にのせられ、治療施設へと運ばれていくのが、見えた。
「……あの子達、どうなるのかしら」
 朱華が言うのへ、瑠璃は頭を振った。
「……分かりません。傷は、残るのでしょう」
 癒えない、傷が。命はとりとめても……。
「……それでも。生きていてほしいものね」
 ヴィリスが言った。
 両足が、悲しく痛むような気がした。
「そうだな。そうだとも」
 ヲルトが、祈るように、呟いた――。

成否

成功

MVP

ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)
微笑みに悪を忍ばせ

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 クィナとエレイラ。二人の少女は、ひとまず一命をとりとめました。
 傷は深いですが、きっと、いつかは癒えて、本当の幸せを掴めるはずです。

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