シナリオ詳細
“llama brojo”のカルメン。或いは、私は踊りたい…。
オープニング
●私は踊りたい
幻想。
とある地方の小劇場“llama brojo”には、燃えるような髪を持つ、美しい踊り子が所属していた。
踊り子の名はカルメン。
紅いドレスを身に纏い、優雅に、そして鮮烈に舞台狭しと駆けまわるような彼女の舞いは観る者すべてを【魅了】する。
かつてはマイナーな小劇場に過ぎなかった“llama brojo”だが、近頃ではカルメンの舞いを観るために方々から大勢の客が押し寄せて、満員御礼の毎日だ。
舞台の主役を担うカルメンを、大きな都市へと誘う者も多い。
商人や貴族の中には、カルメンをぜひ専属の踊り子に、と請う者もいた。
けれど、それらの誘いをカルメンはかたくなに断り続けているという。
「だって私は、まだまだ踊り足りないの。もっと大勢の人に私の踊りを見てもらいたい。いずれは大きな街へ行くわ。大きな舞台で、もっと大勢の前で踊るの。でもそれは今じゃない。だって、まだ恩を返し終わっていないもの」
まずは支えてくれた“llama brojo”に受けた恩を返すのだ。
そう意気込んだカルメンは、舞台で舞い踊り、役を演じ、そして新しい演目の稽古に励む毎日を送っていた。
しかし、そんなある日のことだ。
カルメンは突如、姿を消した。
昼間の稽古にも姿を見せず、夜の舞台にも上がらない。
彼女の部屋には荷物がそのまま残っていた。
何かのトラブルに巻き込まれたのかもしれない、と劇場関係者たちは総出でカルメンを探したが、足取りは一向に知れない。
カルメンはどこへ消えたのか。
その手掛かりが得られたのは、失踪から4日後のことだった。
●地下劇場
「舞台の裏手に山と積まれた木箱の間を抜けた先に1枚の大きな絵が飾られているらしいっす。描かれているのは1人の女性。劇場の創設者である“マダム・フエゴ”その人っす」
そして、絵の下には金属プレートに刻まれた「マダム・フエゴに1杯のマティーニを」の文字。
長い歴史の中で、今やすっかりマダム・フエゴの絵画の存在を知る者も少なくなったが、その絵が外されることは無い。
伝統的に「マダムの絵画を動かすな」という掟が、劇場の管理者に伝わっているからだ。
「そんな絵画のすぐ傍でカルメンのものらしき足跡が見つかったらしいっす。それから劇場の関係者たちは周辺を隈なく調査したんっすね」
その結果、絵画の裏に隠し階段が見つかった。
カルメンの足跡は階段を下って、地下へと向かっていたという。
だが、劇場関係者たちがカルメンを追えたのはそこまでだ。
「劇場の地下にあったのは、小さなもう1つの劇場でしたっす。それから、着飾った大量のゴーストたち。服装から100年以上は昔のゴーストだということが分かっているっす」
そして、どこか【不吉】な気配を感じる楽器の音色。
カルメンはゴーストに連れ去られたのだ。
ローレットに送られて来た手紙には、そう記されていたのだとイフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)は言った。
「というわけで、任務のお時間っす。地下劇場にカチコミかけて、カルメンさんを救出して来てほしいっす」
その際に注意すべきは地下劇場の暗さと音楽による【不吉】、そしてカルメンの踊りによる【魅了】といったところだろうか。
また、ゴーストに触れられることで【懊悩】【暗闇】【飛】を受けると劇場の関係者は言った。
「それにしても、地下劇場っすか。これ、何のために造られたんっすかね?」
ともすると、今回の事件は“llama brojo”に隠された何かの真実に迫るものかもしれない。
そんなことを呟いて、イフタフは肩を竦めてみせる。
余計なことに好奇心から首を突っ込み、自分の身を危険に晒すという例は古今東西、数えきれないほどにある。
- “llama brojo”のカルメン。或いは、私は踊りたい…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年05月23日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●llama brojo
幻想。
とある地方の小劇場“llama brojo”
1人の踊り子の失踪から、この物語は始まった。
踊り子の名は“カルメン”。
燃えるような紅い髪と、熱い情熱を秘めた女性だ。
そして、彼女の失踪と時を同じくして発見された秘密の地下劇場。
無関係とは思えない。
行方不明のカルメンを捜索するために、8人の男女が“llama brojo”へと集う。
舞台裏手。
資材置き場の奥に飾られた肖像画を前にして『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)は胸の前で手を打ち合わせた。
夜色のドレスに、銀の髪が良く映える。
「マダム・フエゴの秘密の地下劇場……一体何の為に用意された舞台なのか、わくわくしますね!」
「地下の劇場……マダム・フェゴが作ったのかな」
地下へと続く階段へと目を向けてマルク・シリング(p3p001309)は首を傾げた。揚々としているドラマに比べて、こちらは少々警戒の色が濃いようだ。
そんなマルクの装いであるが、深い緑を基調としたフォーマルなジャケットを身に着け、髪もオールバックに固めている。
これから向かう先にあるのは、地下舞台と客席だ。
そこに集うゴーストたちが、何を観るために集まっているのかは分からない。しかし、不要な警戒を抱かせないように……という配慮から、2人は場所に合った服装に身を固めているのである。
「もしや彼女は自分の意思で地下へ向かったのではないでしょうか? 目立つところにいてくれたら良いんですけど」
「とはいえ失踪から少々時間が経っていますし、カルメン様の体調も気になります」
コツンコツンと足音が響く。
静かに言葉を交わす赤いドレスの2人……『砂上に座す』一条 佐里(p3p007118)と『刑天(シンティエン)』雨紅(p3p008287)が見やる先にあるのは、どこまでも深い闇である。
元より長年、放置され続けた地下劇場。
蝋燭など用意されているはずもないし、そもそも存在さえ知られていなかったのだ。人が立ち入ることのない場所に灯はいらない。
眼前には重厚な木の扉。
金のノブに手を伸ばし『桜焔朋友』金枝 繁茂(p3p008917)は背後を見やる。
「ゴーストは特殊な事情が無い限りはこだわりにより存在しているようなものですからね、郷に入っては郷に従えです。さて、準備はいいですね?」
後ろに続く仲間たちは、思い思いに衣服の乱れを整えた。それを確認し、繁茂はノブを握る手に力を込めて、前へと押し出す。
ギぃ、と軋んだ音が鳴り、木の大扉が僅かに開いた。
『フラッチェ』ヴュルガー(p3p010434)は、繁茂を見上げて言葉を零す。
「世の中には場所に対してふさわしい服装というのがあるそうですが……カタギには見えませんね」
「ふふ。そちらはなかなかお似合いですよ」
赤いネクタイに、シンプルなデザインの黒いスーツといった出で立ちのヴュルガーは自分の身体を見下ろして、苦々しい笑みを返した。
カタギに見えない、と繁茂を指してそう言ったが、ヴュルガー自身も生まれ育ちに由来する野性的な印象が隠せていない。カタギに見えないのはお互い様というわけだ。
扉を開いた瞬間に、漏れ出す冷気が『ラド・バウC級闘士』シャルロッテ・ナックル(p3p009744)の背を震わせる。
いつも通りの淑女然とした恰好で、慣れたものとばかりに彼女は薄暗い客席へと歩を踏み出した。
「うふふ、この劇場から悪意と狂気の“素敵”な臭いがプンプン感じますわ」
客席の端、何か所かには壁にかけられた蝋燭の灯。
通常の火では無いのか、燃える炎は青白い。
「踊り子を見つけなきゃだけど、とっても魅力的な踊りを踊るそうだから一目見てみたいわね!」
シャルロッテの巨躯を回避して『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)は素早く客席へ。既に席についている先客たちの邪魔にならぬよう、足音を立てぬ配慮も怠ってはいない。
●幽霊劇場
薄暗い地下劇場。
客席に座っているのは、着飾った半透明のゴーストたちだ。
仕立ての良い、少々装飾過多にも思える彼らの服はおよそ100年ほど昔に流行したものである。
劇の開始を待っているのか。
ひそひそと声を潜めて、隣の客と言葉を交わす。会話の内容までは聞き取れないが、声の調子から、彼らが喜色を滲ませていることは分かった。
「なんだか席に着きたい衝動に駆られますね……余り離れすぎないよう、纏まって行動しましょう」
ある種異様な雰囲気に、一瞬、ドラマは足を止めた。
けれど、すぐに目的を思い出し捜査へ移ることを提案する。
通路は広く設けられているし、客席と客席の間にはテーブルが設置されている。テーブルの上には、半透明の酒や軽食が並んでいた。
「踊り子が立つとしたら舞台、かな」
座席間のスペースは比較的広いが、複数名が横に並べるほどではない。せいぜいが、比較的武器を振り回しやすいという程度だろうか。
後方の通路を抜けて、マルクが客席へと差し掛かる。
と、その時だ。
『こらこらお兄さん。こちらの席は埋まっているよ。空いている席は……あぁ、ほらバーカウンターの辺りだ』
「え、あぁ、申し訳ない。こういう場に慣れていないもので」
『なに、構わないよ』
『まだ舞台も始まっておらんしのぅ』
ハハ、と笑ったゴースト2人は再び会話へと戻る。
どうやら、マルクたちが生者であると気付いていないようだ。
「……幽霊の敵意を削げたのはいいですが、どうしたものか」
引き返して来たマルクを迎え、雨紅は顎に手を当てる。
現状、カルメンの姿は見つかっていない。となれば、無暗に敵意の無いゴースト相手に戦闘を開始する必要もないだろう。
心象を悪くしても仕方が無い。
一行は、ゴーストの薦めに従いバーカウンターへと向かう。
バーカウンターに人はいない。
並んでいる酒瓶は、どれも中身が空だった。
「『マダム・フエゴに1杯のマティーニを』が気になっているんだよね」
そう言ってマルクは持参したジンをテーブルに置く。
カウンター席に腰かけてヴュルガーは指を1本立てる。
「私であればジンとベルモットの割合は15:1」
「“モンゴメリー将軍”ね」
ヴィリスの言葉に、ヴュルガーはひとつ頷きを返した。
モンゴメリーの名は、かつて鉄帝に存在した軍の司令官モンゴメリー将軍に由来する。彼が、敵部隊との戦力比が15対1以上にならないと決して攻撃を開始しなかったという逸話に掛けているのだ。
「ああ、そうだ。モンゴメリーだ」
ヴュルガーのオーダーを聞き、マルクはカクテルを開始する。
「では私はジン3、ウォッカ 1、キナ・リレを2分の1。よくシェークしてシャンパン・グラスに注ぎ、レモンの皮を入れたものを」
観客たちが席についているということは、もうじき舞台が始まるということだ。
客席を見回しながら、繁茂も1杯、オーダーを出した。
ヴュルガーと繁茂に酒を作ったマルクは、残るメンバーたちの前にも少量ずつのマティーニを差し出す。
それをひと口、舌を湿らせたドラマは僅かに眉を細めた。
「少し辛いですね。砂糖はありますか?」
「? だいぶ味が変わるけど?」
「ファルカウでは砂糖を入れるのが普通ですので。それにしても、マティーニ……そのカクテルに与えられた言葉は確か」
『“トゲのある美しさ”ですわね』
音もなく。
イレギュラーズの背後に立った1人の婦人がそう言った。
老齢に差し掛かっているだろうが、老いてなお美しい。白を基調としたドレスで着飾った彼女の容姿は、絵画に描かれていたものと瓜二つ。
劇場の創始者、マダム・フエゴその人だ。
床を震わすほどの踏み込み。
振動、次いで衝撃。
「物理でブン殴ってカルメンさんを助けてさしあげましょう!」
フエゴの姿を見るなりに、シャルロッテが殴打を放った。
鋭い打撃は、しかしするりと流れるようにマダムはシャルロッテの拳を回避。そのまま数歩、前へと進みカウンターに腰かけた。
『マティーニ1を1杯。シェイクはせず、ステアで』
シャルロッテを無視して、フエゴはマティーニをオーダーした。
無言でカクテルを始めるマルク。
その様子をフエゴはどこか楽し気な様子で眺めていた。
「人を探しているのですが、ご存じないですか?」
敵意は無いと判断し、雨紅はカルメンの居場所を問うた。
仮にフエゴが交戦の意思を見せたなら、その時は交戦すればいいだけだ。
「彼女は踊り子。やはり居るとすれば舞台上でしょうか」
仮面に手を触れ雨紅は告げる。
舞台の方を見つめる観客たちの瞳は、どこか輝いているようにも見えた。
差し出されたマティーニを口に含んで、カルメンは一瞬、表情を暗くする。
そんなフエゴの姿を見て、佐里は“やはり”と呟いた。
「あなた達はただ、見たかっただけなんじゃないですか? みんなを魅了するカルメンさんが踊る姿を」
『……彼らも私も、舞台劇のファンだから』
それだけ言って。
フエゴはその場を立ち去っていく。
舞台の裏手は、真っ暗だった。
しかし、積もった埃の上には誰かの足跡が残っている。
「カルメンさんの足跡……捜索を急ぎましょう!」
「こちらには驚くほど霊魂がいないですね」
ドラマと繁茂は、手分けして舞台裏や楽屋の扉を開けていく。
通路のランプや燭台に、シャルロッテが手あたり次第に火をつけたことで、明かりは煌々と明るくなった。
しかし、どこにもカルメンの姿は見当たらない。
どこかに姿を隠しているのか。
「舞台の幕が上がるまで、もう間もなくという雰囲気だったわ。そんな時、踊り手が立つ場所なんて決まってる」
舞台袖に控えているのだ。
舞台の幕を上げる装置は、勝手に動き出していた。
時間が無い。
ヴィリスは滑るように舞台へと向かう。
ジリリとベルが鳴り響く。
舞台の幕が上がるのだ。
わぁ、と拍手が響き渡った。
どこからともなく、オルガンとヴァイオリンの音色が流れた。
タタン、と。
初めは小気味の良いステップで、舞台へ上がる赤い髪の美しい女性。
カルメンだ。
今宵の演目は、情熱の踊り子カルメンの1人舞台。
そのはずだった。
けれど、しかし……。
「とっても素敵な情熱の踊り子さん。私もご一緒していいかしら?」
その日、その時。
カルメンの踊りに割り込んだのは、鋼の義足のプリマであった。
佐里の振るう赤い剣が、暗幕を支えるロープを斬った。
ストン、と落ちた暗幕に舞台の様子が遮られる。
「100年も前の姿でいるのは、ずっと劇場に未練を残しているってことですよね。だから、ここにいる全員が素晴らしい踊りを見たがっている」
舞台袖に歩を進め、佐里は静かに言葉を紡ぐ。
楽しみにしていた舞台を遮られ、観客たちは苛立っている。敵意や悪意といった負の感情が、佐里に突き刺さるようだった。
「でも独占はダメですよ。劇場での作法は知っているでしょう? そろそろ次のステージに立たせてあげないと」
頬を伝う冷や汗を拭うことも忘れたまま。
佐里は静かにそう告げた。
『舞台の作法を知らないのは、貴様の方だろう!』
『そこを退きなさい、無作法もの!』
怒声と共に、観客の1人が立ち上がる。
ごう、と冷気を噴き上げながらゴーストの1人が佐里へと向かった。
けれど、しかし……。
「何か事情があって劇場で彷徨っているのでしょうが……今すぐ解き放つべきです。ダンスの如く踊り殴りましょう!」
飛び出して来たシャルロッテ、渾身の殴打がゴーストの頬を打ち抜いた。
なし崩し的に開始された乱闘。
その中心にシャルロッテはいた。
殴り、蹴り、膝を叩き込み、ラリアットで顔面を打つ。ゴーストたちの敵意が向いたことは、彼女にとって幸いであったかもしれない。
当然、彼女も無傷では無いが構わずといった様子である。
「まぁ、死人に見せても仕方あるまい。人は舞踏を見て血が騒ぎ、高揚する。その生きている人間の生の熱狂こそが価値ある評価であると思わないでしょうか?」
ヴュルガーの放つ銃弾が、後方より迫るゴーストを射貫く。
針の穴を通すような精密狙撃は、ゴーストの戦闘力を確実に削いでいるようだ。
大鎌を担いだ大男。
一閃、鎌を薙ぎ払いゴーストたちを蹴散らした。
「紳士淑女の皆様方、私と一緒に踊ってくれませんか? なんてね」
ゴーストたちが、四方から繁茂へ殺到する。
繁茂は鎌を巧みに操り、ゴーストたちを相手取る。けれど、いかに繁茂が戦闘に慣れていようとも、数の利には適うまい。
「ぐ……うっ!?」
ゴーストの手が繁茂の胸に触れた瞬間、その巨体が後ろへ跳んだ。
「目に見えて強力な個体はいないようですね……無理に前へ出ないで、舞台を守ってください!」
「数が多いな。回復し続けてなきゃ、すぐに押し込まれるよ」
ドラマとマルクの放つ淡い燐光が、繁茂やシャルロッテの傷を癒した。
舞台の前に陣取った繁茂とシャルロッテが、迫り来るゴーストたちを押し止めた。ゴーストたちの瞳は正気を失っている。
長い年月……死してなお、ゴーストたちはただ演劇を見ることだけを望んでいるのだ。それこそ、それ以外の何もかもを……自身の死すら忘れるほどに、彼らは劇に熱狂している。
哀れなゴーストたち。
彼らはきっと、地下劇場に封じ込められているのだ。
「おそらく、それを成したのは」
「……マダム・フエゴか」
客席の後方、1人佇むマダム・フエゴの姿があった。
彼女はじっと……劇に狂ったゴーストたちを、悲しそうな目で見つめている。
●幕は下りる
この歌がずっとずっと、続いてほしい。
そんな夢から覚められない、哀れで愛しいゴーストたちに出会ってしまった。
暗い暗い、地下劇場で……上がることのない暗幕を、長い年月、眺め続けていたのだろう。
そんな彼らに踊りを見せてやりたいと、歌を聞かせてやりたいと。
願うことは間違いだろうか?
タタン、と。
軽い音を立て、1人のプリマがカルメンの前へと歩み出た。
ゴーストの影響を受けたのか、カルメンの瞳は淀んでいる。
「ゴーストたちは怒っているわね。素敵な踊りを見ているときに邪魔をされたら私だって怒るもの、当然よね」
「あなたが踊りたい舞台は、こんなに暗く、閉じた観客らだけの、ここなのですか?」
ヴィリスに続き、舞台へ上がった雨紅はそう問うた。
カルメンからの返答はない。
代わりに、彼女はゆっくりと礼をし、踊り始めた。
燃えるような紅い髪を虚空に泳がせ、時に激しく、時には水の流れにも似て緩やかに。
「舞いたいのなら、誇りがあるのなら……誰もが目にできる明るい舞台で、全てを魅了し、呼ばれるのではなく呼び寄せる華になるくらい、してみせましょう!」
カルメンの眼前へ、雨紅が回り込む。
炎のように紅いドレスが、ふわりと花のように広がった。
一瞬、カルメンの瞳が揺らぐ。
「この舞台も悪くはないけれどどうせならもっと広い所で踊らない?」
追い打ちをかけるかのように、舞台を跳ねてヴィリスは問うた。
タタン、タタンと小気味の良い音が響く。
アン・ドゥ・トロワのリズムに乗せて、背筋を伸ばし、くるりと回った。
ヴィリスの踊りに割り込むように、カルメンが跳ねる。
伸ばされたヴィリスの手を取って、くるりくるりと回してみせる。
それから、するりと手を解き……独楽のように舞台を滑るヴィリスの身体を雨紅が受け止める。
即興の演目にしては、なかなかに上出来な部類だろう。
一瞬、カルメンは顔をしかめて今にも泣きだしそうな表情を浮かべた。
けれど、彼女は気丈にも笑って、1つの問いを口にする。
「ゴーストたちのために、私に何が出来るかしら?」
踊り手にとっての至上命題。
長く舞台に立ち続ける者は皆、たった1つの冴えた答えに辿り着く。
つまり、それは……。
「踊るのよ!」
ヴィリスがそう告げた瞬間。
佐里とヴュルガーが、暗幕を上へと引き上げる。
こうして。
最後の舞台の幕が上がった。
静かな喝采。
1つ、2つと拍手の音が消えていく。
1人、2人と、ゴーストたちが消えていく。
そうして最後に、マダム・フエゴの姿が消えた。
カウンターに残されたのは、空になったグラスは1つ。注がれていた酒はもちろんマティーニだ。
鳴り響いていた音楽も、いつの間にか止んでいる。
静寂の中、礼の姿勢を取っていたカルメンの身体が崩れ落ちた。
数日もの間、地下の劇場に捕らわれていたのだ。心身ともに限界なのだろう。
彼女は意識を失う直前、ヴィリスへ向けて「ありがとう」と口にした。
「これで2度目ね……次は、何もトラブルの無い素敵な舞台でお会いしたいわ」
なんて。
掠れた声でそう言って。
カルメンは意識を手放した。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
地下劇場に留まっていたゴーストたちは、すべてこの世から去りました。
失踪していたカルメンの救助が完了したことにより、依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
カルメンの救出
●ターゲット
・カルメン
紅い髪に赤いドレス。
行方不明の劇団員。
演劇に情熱を傾ける若き踊り子。
彼女の舞いは人々を【魅了】して止まない。
・地下劇場のゴーストたち×20~
正確な数は不明。
着飾った身なりの良いゴーストたち。
服装から100年ほど昔の者たちであることが分かる。
ゴーストに敵意を持って触れられると幾らかのダメージと【懊悩】【暗闇】【飛】の状態異常を受ける。
・“マダム”フエゴ
劇場の創設者。
地上の舞台のすぐ裏手には彼女の絵画が飾られている。
絵画の裏に隠された階段から地下劇場へ降りることができる。
●フィールド
幻想のとある小劇場。
舞台裏にある階段から降りた先にある地下劇場。
地下劇場に灯は灯っておらず視界は真っ暗。
観客席と舞台だけが現在確認されている。どちらも決して広くはない。
カルメンの居場所は不明。
また地下劇場には絶えず音楽が鳴り響いており【不吉】状態を付与される。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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