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シナリオ詳細

鱗砕く英雄の意思

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 知らなければよかったのか。知っていなくてもこうなったのか。
 八重垣 冷子(やえがき れいこ)は繰り返し思案し、その身に生えてくる鱗を掻きむしった。
 生え揃うべく皮膚を侵食するそれは、痛みかゆみを過度に伴うのに、その手で剥がすことができない……その手すらも鋭い爪で覆われているというのに、だ。
 どころか、鱗の生えていない皮膚すら理解不能な硬度を保持している。
 竜を見た、不自然な足跡があった、理解不能な焼け焦げ方、恐ろしい死毒だまり(どちらも化学工場の爆発らしい)、大きな影(ARだそうだ)、etc...
 それらすべての口さがない噂が嘘っぱちであると、彼女は理解していた。理解せざるを得なかった。
 数ヶ月前に希望ヶ浜を(正確にはセフィロト全体を)襲った混乱は、その根源たる亜竜が一体は、冷子を襲った。
 その折、山本 雄斗 (p3p009723)に助けられたことで異常な状況に叩き込まれ、彼の言葉が――言い訳や誤魔化しではなく――すべて真実として告げられたことで、いよいよ彼女は現実と希望ヶ浜の述べる『現実』との折り合いがつかなくなっていく。
 溢れる噂、誤魔化そうとして誤魔化しきれぬ生の現実、それらが澱のように嵩を増していくごとに、彼女の中にあった正気という水が押しやられ溢れていく。
 いつしか彼女の中に取り入った『竜の夜妖』は、その心の澱に住み着いて離れない。現実を竜が侵食していく。
 彼女は姿をくらまさずにはいられない。
 彼女はいるだけで現実を砕き、地獄に変えるに違いない――だから、どこかへ隠れねば。
 希望ヶ浜からは出られないけど、どこかへ、どこかへ。


「……早まりましたね。そして、軽率でしたね」
 日高 三弦 (p3n000097)はカフェ・ローレットでことの次第を一通り聞き終えた後、剣呑な表情でそう断言した。普段の彼女を知っていれば分かることでは在るが、三弦は基本的に相手を頭ごなしに否定することはあまりしない。余程気のおけない相手、理解に苦しい行為、そして言葉を尽くして糾さねばならぬケース。それらに該当する場合、尚且つ言葉を尽くすことで理解できる相手に限ってこういう言葉を使うことがある。つまり、雄斗は話せば理解できると判断されたのだ。
「日高さん、それは過言であります! 雄斗さんだって相手を思えばこそ伝えずには居られなかったはずなのであります! それをそんな、ばっさりと否定するのは……!」
「ムサシさんの仰っしゃりようもわかります。実物を見た相手に隠し立てするのが難しいのも承知しています……ですが、『話を聞く限り』、つまり雄斗さんの主観に基づく伝え方として、考えうる限りの『混沌世界の事実』を洗いざらい教えたことと、希望ヶ浜での有り様の擦り合せの負荷が、まるごと冷子さんに降りかかったと言えるでしょう」
「……それは……そう、だよね」
「お二人もご存知の通り、希望ヶ浜はジャバーウォックの襲来を契機に再現性東京の内部と外部の情報が混じり合った結果、大きな変化が起きました。『再現性東京2010』から『202X』への変化は、表向きは変わりませんが世界全体、と見ればかなりの動きです。逆に言えば、『希望ヶ浜全体で受けたズレだから小さくて済んだ』とも言えるでしょう。その歪みを一個人が、それも生粋の希望ヶ浜住民が聞いた場合。今回の夜妖憑きとしての変質は必然だと言えます」
 三弦の言葉を借りるなら、『街ひとつ分のちょっとした歪み』を体現した夜妖憑きが、『竜の夜妖憑き』としての実力に直結していると言って過言ではない。
 さりとて、年月をかけて成長した強力な夜妖憑きの数々と比較すればイレギュラーズが対処できる範囲だ。
「冷子さんが夜妖憑きとして完全に自我を喪っていないなら、成長途上であるという見方もできます。ですから、対処に向かうイレギュラーズの面々に『偏り』があれば定向進化を発し、蹂躙される恐れが非常に高くあります。私が選ぶ訳ではありませんから、偏りは致し方ないと思いますが……作戦にはいくつか腹案を用意して挑んでください。でなければ危険かもしれません」
 脅すというよりは淡々と説明し、『誘導と遭遇戦のお膳立てはある程度』、と言い残し三弦は去っていった。
 英雄を志す二人の青年は、告げられた事実と責任の重さに息を呑む。

GMコメント

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

 関係者スレッドを開いて率直な意見として『これは使える設定だな』ってなったふみのとかいうGMの性格面について簡潔に答えよ(完答10点)。

●成功条件
 『竜の夜妖憑き』八重垣 冷子の撃破、生存

●失敗条件
 冷子の死亡
 成功条件を満たさず25T経過(完全な冷子と夜妖の精神的同化)

●『竜の夜妖憑き』八重垣 冷子
 本来は、特段に強い訳では無い夜妖でした。そして、ある程度の制御を以て、もしかしたら彼女が我欲に用いれる程度、肉体変化を及ぼさない程度の折り合いがつけられるはずでした。
 ですが、OPに書いた通り冷子さんに生まれてしまった心の歪みが竜に対する『虞』を増幅した結果、かなり面倒な能力を発揮しています。
 常時『飛行』(低空飛行)を行います。
 全ステータスが8人のイレギュラーズと相手できる程度には強く、とくにHPと抵抗は相当な域に達しています。
・生存進化(パッシブ、特殊):戦闘が進み、攻防を重ねることで『その場にいる攻防を多く重ねたイレギュラーズへの抵抗』を獲得していきます(2~3Tごと、強力な特性は5Tごと)。
 例としては『ブレイク』『各種BS』『必殺』『摩耗X』などを個別の攻撃能力へ追加付与します(全部乗せバラエティセットみたいなスキルは生まれません)。
 また、能力に関しても苦手面の補強ではなく優位面の上昇という形で徐々にですが強くなってい見ます。
 全体的に言えるのはペースは遅いけど上限が見えない「加速」のようなもの。
・攻撃は『爪』『牙』『翼』『咆哮』など射程や威力が様々な攻撃を使い分けます。
・夜妖の実力と冷子さんの知性が混じり合い、徐々に同化していきどんどん面倒くさい思考力を持ち合わせていきます。

●戦場
 廃工場内部。
 ほとんどフレームのみ残ったRC構造の工場です。つまりは飛べる彼女にとってかなり自由度の高い戦場ということです。

  • 鱗砕く英雄の意思完了
  • GM名ふみの
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年05月23日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

志屍 瑠璃(p3p000416)
遺言代行業
高槻 夕子(p3p007252)
クノイチジェイケイ
鵜来巣 冥夜(p3p008218)
無限ライダー2号
シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)
策士
ラムダ・アイリス(p3p008609)
血風旋華
橋場・ステラ(p3p008617)
夜を裂く星
山本 雄斗(p3p009723)
命を抱いて
※参加確定済み※
ムサシ・セルブライト(p3p010126)
宇宙の保安官
※参加確定済み※

リプレイ


「それでは、私はこれで。依頼終了次第、お呼び出しいただければ回収に伺います」
 情報屋の女はそう告げると、中型車のハンドルを握り素早く離脱する。下車したイレギュラーズ達を待ち構えるのは所々鉄骨と鉄筋がむき出しになった建物で、内部に踏み込まなければ八重垣 冷子の姿は確認できないだろう。
「僕の安易な行動で八重垣さんが苦しんでいる以上僕は持てる全力で必ず彼女を助け出してみせる。それが僕のヒーローとしての在り方だからね」
「その意気であります。雄斗さんの選択が間違っていなかったと示す為にも、取り返しのつく内に助け出すであります」
 『燃えよローレリアン』山本 雄斗(p3p009723)の、責任を重々理解し、決意を新たにする背を『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)は強く叩いた。きっかけはどうあれ、助けられる段階にあり、それを依頼として伝え、『間に合った』のは他ならぬ雄斗の功労である。あとは彼等の努力如何で、どうにでも覆せる。
「竜襲撃の影響がこんな所にも、ですか。反転魔種ではなく妖夜憑き、であるならばきっと助けられますとも」
「こういったケースでは秘密裏に“処理”する立ち位置が多かった私でしたが、だからこそ、まだ助けられるという事がどれだけ有り難いか」
 『斬城剣』橋場・ステラ(p3p008617)にも、『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)にとっても、『助けられる相手』と対峙することがどれだけ心安らぐことか。強敵であることは否定しないが、悲劇しか待ち受けない終わりを強要されるよりはよほどのことマシだ。
「状況なんて変わるもの。真実なんて残酷なもの。それを悩むなんて時間の無駄無駄。そん中でどう遊んでいくかを考えた方が健全なのよ。……なーんて、考えれないまじめちゃんを助けないとね」
 『クノイチジェイケイ』高槻 夕子(p3p007252)はへらへらと笑いながら、『割り切る』ことの大事さを当たり前のこととして語る。少なくとも彼女はそれが出来、冷子にはそれが出来なかっただけの違いである。パンドラの有無だけの違いではあるまい。
「あらあら、希望ヶ浜の住人の気質と夜妖の性質が悪いほうにでちゃったか……」
「皮肉なものだ。恐れているであろう竜の姿に自らがなってしまうのだからな」
 『からくり憂戯』ラムダ・アイリス(p3p008609)は中間報告を纏めた書類に目を通し、冷子の不遇に嘆息する。少女一人が抱えるには重い事実が夜妖の育つ土壌になった……というのは、なかなかに哀れな身の上であるな、と。『チャンスを活かして』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)も少女の境遇に同情こそすれ、やるべき事は一つであることを認識している。今此処で鎮めて、被害を最小限に食い止める行かない。それは簡単な話でもない……と。
「ここに逃げ込んだということは、自制が利いているということだ。そして、常に飛び続けるわけにもいかない、と」
「……誰」
 シューヴェルトはシェヴァリオンを駆って廃墟の鉄骨に飛び乗ると、眼下で鉄筋を鷲掴みにし、己を支えている冷子を捕捉した。片腕で容易に全体重を支える膂力は並ならぬものを感じるが、手を離しても飛び回れそうな余裕を感じる。声は歪み、何者かの意識の介在も感じ取れた。
「かわいくなーい。なんで倒させてもらうわ」
「醜いでしょう。『この良さが分からぬなら死罪で足りぬな』」
 夕子の挑発に僅かに眉を上げた冷子が自嘲気味に同意を示すと、直後、『口が動かされた』かのように歪んだ声が漏れた。本人のものとは思えぬトーンだ。
「冷子様。無限ライダー2号は、真に助けを求める者の味方です。貴方も、自責があるであろう雄斗先輩も、俺は救いたい」
 『無限ライダー2号』鵜来巣 冥夜(p3p008218)は腰に備えたベルトに手をかけ、ゆっくりと冷子を見上げた。鉄筋を離した彼女は中空にぴたりと留まり、見下すように冥夜達を見た。
「必ず助ける。それだけであります……!」
「行くよ、皆!」
 ムサシと雄斗、そして冥夜は各々のルーティーンで身構え、呼吸を刻む。一瞬のあと、彼等の声はユニゾンする。
「「変身ッ!」」
「フォーム、チェンジ! 暴風!」
「……えっ、なんか皆してエモ散らかしてるけど大丈夫? パなくない?」
 一瞬にして其々のスーツを着装したヒーロー志望者3名は、三方に散って冷子を止めるべく動き出す。
 恐らく打ち合わせもせずに動き出したその様子は、サブカルチャーに強い夕子をして驚愕の声を上げざるを得なかったのは確か。
「手は伸ばします、そちらからも掴んで下さい。その爪で傷つける事を、今だけは気にしなくて結構ですから」
「手なんて『伸ばされたら食いちぎりたくなるじゃないか』……!」
 瑠璃の呼びかけとともに伸ばされた髪は、的確に冷子を狙い絡みつこうとする。投げかけられた言葉に応じかけた彼女は、しかし一瞬のうちに声音が変じ、絡みつく直前、それを噛み千切りにかかった。
咄嗟に引き戻した為無傷で済んだが、口に生え揃った牙と獰猛な吐息は恰も本物の化け物であるかのよう。
「飛べる人は上から攻撃を重ねて高度を確保できないようにしつつ、散開して纏めて攻撃を受けないように! 各個撃破されないように連携を重視で!」
 ステラは瑠璃の真逆から強烈な一撃を飛ばしつつ、上をとった雄斗とシューヴェルトを軸に指示を向ける。作戦通り、計画通りとはいくまいが、悠長に長期戦の準備などしていられない。……4分と少しで決着を付けねばならぬのだから。


「我、無念無想、無我の境地に至れり……振るわれたる刃に映りしは物言わぬ骸、黄泉路に手向けるは緋の花弁……彼岸花」
 ラムダは「応龍」を駆り、上空から叩きつけるように『無明世界』を振り下ろす。神秘性を帯びた刃は、同じく神秘性から生まれた夜妖に覿面に響いたらしく、冷子の動きがわずかに鈍る。壁面に足から生えた鉤爪を突き立て、鉄筋を鷲掴みにしても攻撃の勢いによる落下は止めがたい。
「降りてきたなら、俺の間合いですよ!」
「多少は傷つくかもしれないが、頑張って耐えてくれ」
 高度を落とし、狙いを付けるに足る位置へ降りた彼女へと冥夜の剛腕がうなりを上げる。「ファブニール」の加速が乗った一撃がその細い身を打ち上げると、シューヴェルトの蹴りが突き立てられる。矢継ぎ早に叩き込まれるイレギュラーズの猛攻は、成程『並の夜妖』が戦闘で受けるには過当な手傷であったのかもしれない。が、彼女の身を見ればその攻勢が如何ばかりの効果があったのかが疑わしい。傷を負っていた部分の鱗が剥げ落ち、新たに生え変わった位置はその硬度を増しているように見え、完全に、は無理であろうが再生が進んでいるのが分かる。
『強いのは「痛い」分かった、だが「たす」満足出来「けて」ないな。』
 歪んだ声。夜妖のものか。しかし、その中に歪に交じる少女の声。冷子は加速度的に自我を奪われかけつつ、痛みや助けを求める思念、そして罪悪感で己をつなぎとめている……のだろうか?
「八重垣さんっ! だめだっ! それじゃあ……もっといろんな人に『迷惑』がかかるであります……っ!」
「なら痛みを耐えればいいの? 『耳障りよく助けるといって殺す気だろうが』私が死んでも、生きても、迷惑なのに……」
 ムサシは狙いを定め、斬撃を叩き込む。だが、浅い。……否、さきほどまで低空飛行を繰り返していた彼女が、突如として動きを変えたのだ。まるで重力が別方向からかかっているかのように、どこかへ落下しようとしたかのように。
「あの動き……もしかしたら、飛行まで拡大解釈しようとしている? 相当無理があるはず……!」
「攻撃の通りも悪くなるし、動きも複雑になるって? ギアを上げて空中で縫い留めないと、そろそろまずいかな?」
「無理をして道理を捨てるなら、道理に沿って無理を叩き落とすしかありません。……雄斗さん!」
 ステラは彼女の動きが、だんだん曲芸じみてきたことに驚愕を覚えた。如何に状況判断がうまく行こうにも、常識を超えられては限界も見えよう、と。それは空中戦を仕掛けるラムダやシューヴェルトが重々承知のところだ。なればこそ、連携が重要となる。
「ちょっと、痺れるけど我慢してね。絶対に助けるから」
「『断る』」
 雄斗の曲芸射が次々と冷子を捕らえるが、それでも未だ動きが鈍らない。声の歪みがより深みをましたようにすら思える状況は、イレギュラーズの危機感を強く煽った。


 上昇と下降だけではいつか絶対限界に至る。『地上』が足場を示すなら――左目がぎょろりとした爬虫類然としたものに変わった冷子は、鉄骨を起点に飛行を繰り返し、ジグザグに飛び回ることで一同を撹乱した。より大きくなった翼を振るい、空中戦を制すべく動いた所作は、地面に叩き落とす動きを避け、『弾き飛ばす』のみに終始した。威力はさておき、墜落を狙わぬだけ躊躇しているようにも思える。
「アンタは偉いわよ。他人を巻き込まないようにするなんて。あーしにはできないもん。今も手加減したもんね」
 夕子は相手の手加減を称賛しつつ、己はそうはしなかった。手加減して勝てる相手ではなく、手加減する不義理を知っているがゆえに。だが、影を呼ぶその目に光はない。瞳孔が開いたそれには、少女にちらつく希望が余計に眩しく見えた。
「夕子さんの言う通りであります! この場まで逃げてきたのはあなたの決断、こうして戦ってる時でも躊躇が見えるのは残ってる良心……今なら間に合うであります!」
 ムサシは絶えず冷子の直下に貼り付くように動き、繰り返し斬撃を飛ばし続けた。『壁を起点にした低空飛行』は、近距離での攻勢を寄せ付けない。だから諦めるという選択肢が彼にあろうはずもなし。逆に言えば、空中の相手に切りつけたあと、その着地手段が無ければ――粘り強さも無駄になるという欠点を完全に失念していた、ということになる。
「シェヴァリオン! 受け止めろ!」
 が、そこに割り込んだのはシューヴェルトの駆る白馬。本人は咄嗟に短時間の単独飛行に切り替え、冷子へと蹴りを見舞っていた。飛び回る彼女に対して、その一撃は思いの外激しく響く。主を受け止めるべく宙を舞う天馬に牙を剥く冷子。だが……そこには砂時計を握り込んだ雄斗の姿があった。
「僕が八重垣さんを巻き込んだ。八重垣さんに見せなくていいものを見せた。なのに、僕にも他の誰にも恨みを向けなかった――その意味を知ってるはずだ!」
「知らない、そんな、そんなものは……本心なんかじゃ……!」
 知らない筈がない。
 戦いで本能的な害意を向けてはきたが、感情的な敵意は『彼女』からは感じられなかった。それが答えだと雄斗は信じた。拳に集めた電撃は、喰らえばひとたまりもなかろう。威力ではなく、ショック的な意味合いで。だから『夜妖は』なんとしても避けたかった。一度避けるだけで良いと思った。
「隙を見せましたね」
 だが、逃げることに心を割いたことがまずかった。背後から伸び上がった髪が、冷子の動きを縛り上げたのだ。最初に噛み切ろうと試みた、瑠璃の髪が。
「貴方がピンチに陥ったら、私達ヒーローが守ります。現に貴方は雄斗先輩に助けられたではありませんか!」
「ヒーローは諦めない。ヒーローは受け容れる……ヒーローは守り続ける! だから諦めるなっ!!! 現実に負けるなッ!!!」
 瑠璃の髪に縛り上げられ、高度を落とした冷子に冥夜は光を以て浄化を試み、ムサシは攻撃の出力を最小限まで落とし、しかし確実に倒すためのタイミングで冷子に一撃を叩き込む。あと少し、まだ足りない。ならば声をかけ続けるしかない。継続できないで何がヒーローか。
「次で倒れてもいい、これで倒されてもいい。きっと他の皆さんが、あなたを助けてくれますから」
 ステラは身構え、全身の筋肉を弛緩から緊張へと切り替え、一射の矢の如き蹴りを放つ。顎下に見事に突き刺さったそれは、逆鱗を穿ち割るかの如くに覿面に、冷子の意識を刈り取った。
 翼は見る間に背中に畳まれ、全身の鱗は潮が引くように消えていく。だが、いずれも肩甲骨の間に纏まると、翼型の入れ墨のような形を成した。……夜妖の無力化というより、制御できる状態まで退化したと見るべきか。
「……う……」
「う、うぅ……良がった。八重垣さんが生きてて……」
 うめき声を上げて地面に転がる冷子の姿に、雄斗は涙声で喜びを示す。即座に正気に戻り、救急車を呼ぶべきか、ここで呼んで良いのかと慌てふためくまでが一連の流れである。
「リアルは辛いけど、それを悩むよりはその中でどう遊ぶかを考えたほうが人生楽しいわよ。失敗しても笑ってまた歩けばいいわ」
「ボクに言わせれば傲岸不遜にふてぶてしく内に住み着いた『竜の夜妖』とやらを飼いならして、希望ヶ浜の現実を知った自分がほかの住人を護って見せよう……ぐらいの気概をみせて貰いたいところだね?」
 夕子とラムダはやや突き放すような物言いでありつつも、相手に現実との折り合いをつけることを勧める。彼女に聞こえているかは分からないが、しかし全くの無駄になることは有りえまい。少なくとも、夜妖の力が残った状態の彼女にはいいアドバイスとなるはずだ。
「この様子だと、記憶処理を試す必要はなさそうですね」
「終わったこと、起きたことを飲み込むのもまた、若さですから」
 何事か準備をしていた瑠璃だったが、彼女の周囲に集まる者達の慈愛を見て取ると、それも無駄かと悟ったらしい。シューヴェルトは彼等を見るにつけ、若さとはいいものだ、と思ったりも……したのだが。

成否

成功

MVP

志屍 瑠璃(p3p000416)
遺言代行業

状態異常

なし

あとがき

 冷子さんは無事に夜妖の力を弱め、制御できる前段階までに至りました。あとは彼女の努力次第でしょう。
 皆さんは殺しませんでした。善性がちょっとあがった。

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