シナリオ詳細
親殺しへ送る弔歌。或いは、アンヘルの笛吹き男…。
オープニング
●安らかなる眠りの縁で
冬が終わって、夏の気配が近づいて来た。
そんなある日の、雲の厚い夜のこと。
ところは幻想。
貧しいながらも平和な町、アンヘル。
子供たちの笑い声と、大人たちの微笑みと、それからレモネード。
この街にある見物と言えばその程度のものである。
暗い夜道を歩く1人の侍がいた。
侍の名は咲々宮 幻介 (p3p001387)。背丈はさほどに高くはないが、着物の上からでもわかる鍛えられた肉体と、まっすぐと伸びた背筋、そして飄々とした風を装っていながらも油断なく辺りに意識を巡らす武芸者特有の佇まいから見る者が見れば、彼が只者ではないことは一目瞭然であろう。
そんな彼が、どうして幻想の辺境とも言えるアンヘルを1人で彷徨い歩いているのか。
「……流石にここまで追っては来ぬか」
通りの角に身を滑り込ませた幻介は、チラと背後を見やって呟く。
どうやら何者かに追いかけられているらしい。
「やれ、ここ最近、俺の周囲は騒がしいからな。男には1人の時間が必要だと言うのに」
なんて。
溜め息混じりに彼はそう呟いた。
果たしてそれは本心か否か……知るは本人のみである。
一瞬、幻介の纏う空気が僅かに弛緩した。
けれど、直後に彼は鼻を僅かにひくつかせ腰の刀へと手を駆けた。
一瞬、幻介の姿がぶれて見える。
脱兎の如くに疾走を開始した彼は、鼻腔に張り付く血と臓物の匂いを辿って夜の闇へと姿を消した。
「……今のは、幻介さん?」
駆け去っていく幻介の後ろ姿を眺めながら、橋場・ステラ (p3p008617)は首を傾げる。
思案の時間は極僅か。
金の髪を翻し、ステラは幻介の後を追う。
床も、壁も、赤い色に濡れていた。
床に転がる2人の男女……そして、男女の遺体の前で茫然と佇む幼い少女の姿。
少女の顔は血に濡れて、虚ろな瞳からは滂沱と涙を零す。
倒れた男女は少女の両親であろうか。
全身に幾つもの裂傷を負い、苦悶の表情を浮かべた壮絶な死に顔を晒す哀れな骸。
凄惨な殺人事件の現場に着いた幻介は、思わず「うっ」と声を漏らした。
それから、幻介は少女の背後に立つ人影へと視線を向ける。
「おやぁ? 犯人は現場に舞い戻ると言いますが……存外早いお帰りですねぇ」
腰の刀へ手をかけて、にぃと口角を歪ませたのは鏡 (p3p008705)であった。
「可哀そうなこの子のためにも、私が仇を討ってあげましょうかぁ」
ゆらり、と。
鏡の上体が揺れ……幻介は腰の刀からそっと手を離す。
肩を竦めた幻介は、総髪を荒く掻きながら呆れたような視線を鏡へと向けた。
「安い挑発でござる。悪いが乗ってはやれんぞ」
「あぁ、残念。幻介君と死合うのも楽しそうだと思ったんですけどねぇ」
「いずれ機会があればな。今はそれどころではないが……これは何事だ?」
それ、とはつまり目の前にある“親殺し”のことだ。
幻介の問いに、鏡は肩を竦めて「分からない」という意思を表明してみせた。
鏡も幻介も、血と臓物の匂いを辿ってここにやって来ただけだ。
仔細を知るであろう少女に聞こうとも、茫然自失といった様子の現状では望み薄と言うほかない。
けれど、しかし……。
「何事も何も見たままですよ。その子が親を刺殺した。ボクも一部始終を見ていたわけではないですが……今日のところは退きましょう。明日の朝になれば、否応なしに事件の仔細が耳に入ると思います」
2人へ答えを寄越したのは、いつの間にか窓の枠に腰かけていたチェレンチィ (p3p008318)であった。
彼は通りを見下ろすと、幻介を追いかけて来たステラへ小さく手を振ってみせる。
●アンヘルの笛吹き男
恐ろしい夢を見た。
少女はそれが夢であると理解した。
怖くて怖くて仕方なくて、夢から覚めたら優しい母に抱きしめてもらおうと心に決めた。
しかし、それは叶わない。
夢の中で、少女は母をキッチンの包丁で何度も何度も刺して殺した。
母の悲鳴も、父の怒鳴り声も、何も聞こえない。
無音の世界で、衝動のままに両親を貫く感触ばかりが妙に現実味を帯びている。
プツン、と。
物言わぬ肉塊と化した両親を前にして。
真っ赤に染まる世界の中で。
少女は意識を失った。
夜が明けて、翌日早朝。
アンヘルの町の至るところで、幾つもの悲鳴が木霊する。
昨夜の遅い時間に起きた凄惨な事件は、瞬く間に町中へと広がった。
事件の概要は酷く単純にして、悲惨なものである。
そして、因果なことに事件が悲惨で悲劇的であればあるほど、人の舌はよく回り、口は軽くなるものだ。
幼子による親殺し。
子供たちは、自分が親を殺したのだと理解している。
そのうえで、それは自身の意思によるものではないと口を揃えて証言していた。
「そして、皆が“眠りにつく直前、笛の音色を耳にした”と言っている……ですか。調べたところ【魅了】【恍惚】【必殺】などの状態異常を受けていたように思われますね」
新聞を手にフルール プリュニエ (p3p002501)はそう呟いた。
加害者はどれも幼い子ども。
被害者はその親たち。
同じ日、同じ時間帯に、同じシチュエーションで起きた殺人事件。
そこに何かの意図があることは明白だ。
当然、新聞にもその旨は大々的に記されているが、現在のところ“意図”の解明には至っていないようだ。
時刻は昼過ぎ。
太陽が頭の上に上る頃。
ラムダ・アイリス (p3p008609)と三國・誠司 (p3p008563)はアンヘルの町へと並んで足を踏み入れた。
偶然、近くにいたラムダと誠司は、緊急の依頼を受けてアンヘルへ赴いたのだ。
依頼の内容は、アンヘルの町で起きた事件の解明だ。
現地に滞在しているイレギュラーズと共に、事件の真相を調査せよとのお達しである。
「子供たちが操られた原因として怪しいのは“笛の音色”とやらだろうね。催眠術か暗示の類か、それとも心身操作とかかな? 幼い子どもの腕力で、大人を易々と殺傷するのは大変だ。きっと一時的に身体能力が強化されていたんだろうね」
そう言ってラムダは、誠司の手へと新聞を手渡す。
それを受け取った誠司は、ざっと記事に目を通し、辛そうな顔で視線を伏せた。
自らの手で親を殺めた幼子たちの心情を思うと、今にも叫び出してしまいそうになる。
「落ち着いて。怒りは視野を狭くするよ?」
「分かってるよ。あぁ……幻介さんもいるんだろ? いざとなったら、彼を弾避けにでもするさ」
怒りを散らすように誠司は、努めてふざけた台詞を吐いた。
内心はどうあれ、ラムダの言うように怒りは視野を狭くする。
心は熱く、けれど頭はクレバーに。
感情のままに動いては、討てる仇も討てなくなる。
その日の夕方近くになって、事件はやっとほんの少しだけ進展を見せた。
平静を取り戻した子供の何人かが、犯人らしき者の特徴を口にしたのだ。
「そして、迅速に手配書が配布されたわけですが」
と、そう言ってチェレンチィは数枚の手配書を埃塗れのテーブル上へと並べて見せる。
手配書には、容疑者の名前や似顔絵が記されていた。
「あらぁ? これ、私と幻介君、それにチェレンチィちゃんも手配されてませんかぁ?」
「殺人の容疑……か。うぅむ、人を斬ったことなど無い、と言い切れぬのがまた……」
そう。
都合4枚の手配書のうち3枚は、チェレンチィ、鏡、幻介の特徴を記したものであったのだ。
けれど、残る1枚だけは見覚えのない男のものだ。
「シルクハットにモノクルを付けた若い男性……顔立ちは整っており、昨夜は町の広場で笛を演奏しているところを目撃されている、と」
手配書の内容を読み上げて、ステラは自身の記憶を探る。
記述されている特徴を備えた男性を、そう言えば昨夜、見かけた気がすることに思い当たったのだ。
あれは確か、幻介を追っている途中でのことだった。
「町の東へ向かっていたような……あれ?」
「事件が起きたのは、町の南ばかりですよね?」
そう呟いたステラとフルールは、顔を見合わせ同時に首を傾げてみせた。
- 親殺しへ送る弔歌。或いは、アンヘルの笛吹き男…。完了
- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年05月12日 22時05分
- 参加人数7/7人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 7 人
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参加者一覧(7人)
リプレイ
●しわぶきひとつも聞こえない
静かな夜だ。
街の明かりは早くに消えて、住人たちは各々の家に鍵をかけて籠っている。
平和な町、アンヘル。
その一角で、つい昨日に起きた悲惨な出来事が町から明かりを奪ったのだ。
事件が起きたのは、夜も遅い時間のことだ。
街に笛の音が鳴り響き、その暫く後に子供たちが親を殺すという出来事が幾つもの家で同時に起きた。
事件の当時、現場の近くで目撃された不審な4人の余所者は1日も経たないうちに容疑者として公表された。
そのうち1人、『刀身不屈』咲々宮 幻介(p3p001387)は事件の起きた民家へとひっそりと足を踏み入れる。
遺体はとうに運び去られた後だが、現場に残った血と臓物の匂いばかりはそうそう消えない。口元を手で覆い隠した幻介は、床にしゃがみこみ辺りをじぃと観察している。
事件解決の手がかりは無いか。
「怪しい痕跡や事件の跡から、思考を読み取れるやもしれぬで御座るしな……褒められたものでは御座らぬが拙者も人斬り、殺人者に近しい思考で御座る」
長い夜が始まった。
アンヘルの町を鼠が走る。
その目を通して、人気の失せた通りを“視る”のは『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)。小柄な彼女は路地の裏に身を潜め、鼠を介して容疑者の居場所を捜索していた。
現在、手配されている者は4人。
そのうち3名は事件現場に偶然居合わせたイレギュラーズの仲間だが、ただ1人、広場で笛を演奏していた紳士然とした若い男だけはフルールの既知では無かった。
となれば、目下のところ怪しいのはその男性だ。
「笛の音が微睡みの淵で意識を繋ぎ止め、夢と現実の狭間で子供達に赦されざる罪過を背負わせる。笛吹き男、いったい何者かしら?」
「何者でもいいよ。気に食わないんだよね……ほんと。大した覚悟もねぇくせにこんだけの事ガキにやらせるってことがさ」
そう呟いて『一般人』三國・誠司(p3p008563)が拳を握る。
昼間のうちに事件現場に足を運んだ。
周辺の住人たちに話を聞くこともした。
事件現場に留まっていた被害者である父と母は、残された我が子の身を案じていた。
近隣に住んでいた老夫婦は、よき隣人の突然の死を心の底から嘆いていた。
笛吹き男の目的が何だったのかは分からない。
どのような理由があって、どのような想いで子供に凶行を働かせたのかも分からない。
分からないなら、分からないままで問題ない。
けれど、罪には罰が下されて然るべきなのだ。
怒りを抑えきれぬといった様子の誠司へと、フルールは案じるようなまなざしを向けた。
アンヘルは平和な町だ。
それゆえか、他の幻想の都市に比べて浮浪者やならず者は少ない。
けれど、中にはどうしても周りに溶け込めない者もいる。どのような生物であれ、どのようなコミュニティであれ“はみだし者”という奴は必ず存在するものだ。
「子供を操って親を殺害させるとか随分と惨いことをするよね。怨恨の線は薄いとは思うけど愉快犯と言うよりはちょっとしたサイコパス?」
橋の下に隠れるように潜む男へ『からくり憂戯』ラムダ・アイリス(p3p008609)は問いかける。
ラムダの手には1本の酒瓶。
それから、2つの小さなコップ。
瓶の中身をコップに注ぎ、ラムダはそれを浮浪者風の男へ渡した。
男はコップの中身を煽ると、酒精混じりの熱い吐息をほぅと零す。
「あぁ、俺ぁ見ての通りの落伍者だが……そんな俺から見ても今回のヤマは少々やり過ぎだ。超えちゃいけねぇ一線ってのがあらぁ。そいつを超えりゃ、それは人じゃなくて獣か悪鬼羅刹の所業よ」
「そうかい。それじゃ、その獣か悪鬼羅刹の居場所に心当たりはあったりするかな?」
「あ? そんなん聞いて、どうするつもりだ?」
「決まっています。犯行理由がどうであれ、許す訳にはいきませんとも」
男の問いに言葉を返した『斬城剣』橋場・ステラ(p3p008617)の足元で、鼠が1匹キィと鳴く。
鼠を相手に、身振り手振りで何かを伝えている者がいた。
アンヘルの地下水道。
その片隅で鏡(p3p008705)は現在、潜伏中だ。
「あっちはもう見てて、誰もいなくてぇ……大丈夫ですか? ちゃんと伝わります?」
当然、ただ黙って地下に潜んでいるわけではない。
同じように、笛吹き男が地下に潜んでいる可能性を考えて、周辺を捜索しているのである。
「そちらは何か収穫がありましたか?」
鼠相手に意思の疎通を図る鏡に、そっと声をかけた者がいた。
音も無く、闇の中から現れた『闇に融ける』チェレンチィ(p3p008318)の問いかけに、鏡は平然とした様子で「否」と答える。
「それらしい影はなぁんにも……そちらも収穫がなさそうですねぇ。お互い、指名手配なんかされちゃって大変ったらありゃしません」
「いえ。ボクは元々人目を避けて動く方が得意ですし、これはこれで逆に……あちらさんもきっと、そう動いているはずですし」
「あぁ、それもそうですねぇ。さて、どこかに隠れているのは間違いなさそうですが」
「一体どこにいるのか。路地裏にも、下水道にもいないとなると」
広げた地図へ、蝋燭の灯を近づける。
幾つも付いた〇印は、既に調べた場所だろう。
次の調査地点を定めるべく、鏡とチェレンチィは顔を近づけ潜めた声で言葉を交わす。
●アンヘルの町に響く笛の音
人の気配の失せた街。
静かな夜だ。
窓から差し込む、白い月の光が眩しい。
こんな夜には、笛の音色が良く響く。
暗い部屋で、ソファーに深く腰掛けて、男は懐から1本の笛を取り出す。
そっと、笛を唇に寄せ、ゆっくりと細く長く呼気を吹き込んだ。
ひゅるり。
陽気な曲を奏でて、笛吹き男は目を閉じた。
陽気な笛の音色が響く。
しかし、幼い子どもに親を殺めさせるといった凶行が、この笛の音色によって引き起こされたものだと思えば、今の誠司に曲を楽しむような気持は微塵も湧かない。
きっと、子供たちは陽気な曲を耳で楽しんだのだろう。
親たちは、喜ぶ子供の姿を見てきっと笑顔しただろう。
「少しだけどくぐもってる。地下? いや……家屋の中か!」
「このままだと、また犠牲者が出ますよね? みんなにも、空き家を中心に捜索するよう伝えてきます」
フルールは手早く紙片にペンを走らせ、それを鼠に手渡した。
紙面を咥えた鼠は一路、中央広場へと走る。
それを見送り、フルールと誠司は空き家を探して夜の町を駆け出した。
中央広場に黒い影が舞い降りる。
定時連絡のため、中央広場に舞い戻ったチェレンチィだ。
「まだ誰も戻って来てはいないみたいですね。早めに誰かが伝えに来てくれたら助かるんですが」
暗がりに身を潜り込ませたチェレンチィは、誰にともなくそう言った。
そんな彼女の願いが通じたわけでもないが、1匹の鼠が足元へとやって来る。見れば鼠の口には紙片が咥えられていた。
「メモですか? フルールさんから、ですかね?」
鼠の咥えた紙片を取り上げ、チェレンチィはそう言った。
「あん? 何だこりゃ?」
アイリスと話をしていた浮浪者が、暗がりの中に何かを見つけた。
1人、2人、3人と……明かりの落ちた通りに人が姿を現す。
それはどうやら幼い子どもたちのようだ。
それぞれの手に、包丁や鋏といった凶器を握っている。
「やめなさい! 止まって!」
「いい子だから包丁を離しなさい! 聞いているのか!」
「どうしたっていうの!? やめなさい! やめて!」
子供たちの後を追って、あちこちの家から大人も通りへと飛び出して来た。どうやら我が子の身に起きた異変に気が付いたらしい。
次いで、幾つかの悲鳴や物の壊れる音が鳴る。
笛の音が鳴り始めてから数分。
あっという間に、混乱が広がっていく。
「っ……まったく、好き勝手に厄介なことをしてくれるなぁ。ステラさん、そっちはどうだい?」
「地上と空から捜索中です。混乱は……やはり東側の方が大きいですね」
「混乱の中心は? 探せそうかな?」
笛の音が、波紋のように響き渡るというのなら。
中心に近い場所の方が、より早くに影響を受けたはずだろう。
つまり、現在最もひどい混乱が起きている付近に笛吹き男がいるはずだ。
混乱に乗じて、鏡は地下から外に出た。
悲鳴と怒号の飛び交う通りの真ん中を、悠々とした足取りで彼女はゆっくり進んで行く。
「……歌いなさい“鈴音”」
腰から下げた刀を僅かに持ち上げて、鏡は囁くように言う。
ちゃり、と。
微かな音が鳴る。
彼女が1歩進む度、すれ違った子供も大人も何かに意識を絡めとられたみたいに急に静かになった。
「私にはこの音効かないみたいですし、というかちょっと耳触りがイイ位、くふふ」
にぃ、と口角を吊り上げて鏡はくっくと肩を揺らした。
それから彼女は、近くにいた女性へと手を伸ばす。
「あぁ、その傷、お子さんに刺されたんですかぁ? 痛そうですねぇ」
そっと。
血に濡れた頬を手で撫でて……指にべったりと付着した熱い血を舌で舐めとった。
舌打ちを1つ、思わず零した。
通りに溢れた無数の人が、幻介の進路を塞いでいるのだ。
「参ったな。予想以上に大事になっているでござる……無理に押し通ってもいいが」
幻介は現在、指名手配されている身だ。
不用意に目立てば、さらなる混乱を招きかねない。
「眠らせようにも、峰打ちでも一般人を殺してしまいかねんゆえ」
峰打ちと言えば聞こえはいいが、やっていることは金属の塊で殴りつけているのと同じ。
手加減をしても当たり所が悪ければ、大怪我をしたり、命を落としたりもする。
幻介の技の冴えをもってすれば、鼻歌混じりの一撃でさえ、骨の1本や2本は容易くへし折るだろう。
「……迂回するしかあるまいな」
最短距離で街の東へ向かうことは叶わない。
そう判断し、幻介は素早く踵を返して路地へと駆け去っていく。
誇りの積もった床板を砕き、土の壁がせりあがる。
アンヘルの街に幾つか存在する空き家。その一室での出来事だ。
突如として現れた土壁が、部屋の中にいた何者かの四方を囲んだ。逃走経路の封鎖を終えたラムダは、朽ちかけている扉を蹴破り部屋へと跳び込む。
「逃がすわけにはいかないからね? 仮に芋虫状態になったとしてもそれはそれ因果応報って奴だよ?」
鞘から機械の剣を抜き、ラムダは姿勢を低く奔った。
視線の先には、土壁の隙間から這い出そうと藻掻く人影。一瞬の間に人影へと迫ったラムダは躊躇なく剣を一閃させる。
直後、どこからか陽気な笛の音色が響いた。
「っ!?」
人影の手に笛らしきものは持たれていない。
剣が人影の腕を斬り裂く寸前で、ラムダはピタリと動きを止めた。
「子供? くそっ、やられた……身代わりだ!」
誠司が叫び、大砲を構えた。
装填するのは拘束用のネット弾。しかし、誠司は唇を噛んだまま、トリガーを引くことは無い。
笛の音色の影響による殺傷能力の増加がネックとなっているのだ。
本来であれば対象を傷つけることのないネット弾も、現状では必殺の一撃となりかねない。
「笛の音を別の音で掻き消すことはできないですかね?」
手に燐光を灯したフルールが問いかける。
有効な対抗手段を講じられないでいる間に、子供が岩壁の間を抜けた。その手には鈍く光る斧が握られている。子供の操る斧程度、いなすのに何の労もいらない。しかし、笛の音色の影響下にある現状では些か話が違って来るのだ。
「……子供は無視して笛吹き男の位置を探すべきでしょうか? 音は近くから聞こえていましたが」
「そんな余裕は無いかもです。大勢の子供たちがこの建物に入ってきました」
フルールの提案に、ステラは否と答えを返した。
建物の周囲に展開させた使い魔たちが、こちらへ迫る大勢の子供と、その後を追う大人たちの姿を捉えたからだ。
子供の振るう斧の一撃を誠司が砲で受け止める。
その直後、先ほど蹴破った扉の向こうに大勢の子供たちが辿り着いた。
一斉に子供たちが部屋へ雪崩れ込んでくる。
そう遠からず、部屋は子供でいっぱいになるだろう。子供たちの進路上にフルールが閃光を放った。一瞬、部屋が真白に染まる。しかし、操られている子供たちが単なる光に怯えることは無い。
ほんの僅かな足止めにしかならない現状に、フルールはギリと歯噛みした。
そうしている間に、先頭の子供が扉を潜ってフルールの眼前へと到達。握った鋏を彼女の腹へと突き立てるべく繰り出した。
瞬間。
しゃらり、と。
鞘の内を刃が滑る音が鳴る。
「あはぁ。床の隙間から光が漏れて見えました」
聞き覚えのある声がして。
直後、フルールの身体を浮遊感が包み込む。
古い家屋ともなれば、床板も当然に劣化している。
大人たちに紛れ、空き家へ訪れていた鏡は丁度一行の真下の部屋にいたらしい。
フルールの放った閃光が、仲間たちの居場所を正確に教えてくれた。
ならば、現状取り得る最適解は何だろう。
決まっている。
床板を斬って、仲間たちを1階の部屋へと逃がすのだ。
●笛の音色に気が狂う
切断された床板と先行していたイレギュラーズ、そして数人の子供が下の階へと落ちる。
巻き添えを食った3人の子供は、それぞれラムダとフルール、鏡によって受け止められた。
床板の崩落による轟音に笛の音色が掻き消されたことで、子供たちの支配は一時的に解除されているようだ。
「今ならいける。悪いけど、少しじっとしててくれ」
その隙を突いて、誠司は子供たちへネット弾を浴びせた。
建物の崩落に巻き込まれてはたまらないと、子供を抱えた大人たちが我先に外へと逃げ出していく。
その中に紛れたステラは、外に出るなり空へと向けてフレア弾を撃ち出した。
ひゅるる、と軽快な音をたててフレア弾が空の高くへ飛翔する。
空の高くで弾丸は爆ぜ、辺りへ眩い閃光を撒いた。
何事か、と空を見上げる大人たち。
一時的に明るくなったアンヘルの空を、1羽の小鳥が飛んでいく。
小鳥の向かった先にいたのは、シルクハットを被った若い男性だ。ぽかんとした顔で、空を見上げている様を、小鳥の視界を通してステラは確かに見た。
「見つけました!」
ステラが叫ぶ。
飛ぶ小鳥の後を追い、チェレンチィが夜空を翔けた。
笛吹き男の脅威とは、つまるところ本体が人目につかない場所で暗躍できる点にある。
自身の手を汚さずに、家族の情を利用し凶行を成立させる。
雲のひとつもない空に、稲妻が一条駆け抜ける。
空の高くから紫電を纏って急降下するチェレンチィが逆手に構えたナイフを一閃。
笛吹き男は転がるように、チェレンチィのナイフを躱した。
ナイフがかすめた男の背が裂け、熱い血潮が飛沫となって路地を濡らす。
「できれば殺さずに、生きたまま捕らえたいものですね」
笛を胸に抱えるように庇いながら、笛吹き男は路地の奥へと逃げていく。しかし、1度姿を捉えてしまえば、もはや男が逃げおおせる術はない。
今だって、男の後ろをフルールの鼠が追っていた。
さらに、男の逃げる先には刀をさげた幻介の姿。
「如何なる理由があるにせよ、子に親を殺させるのは罪深い」
幻介が刀を担ぐようにして上段に構える。
もはや逃げられぬと察したのだろう。
「うぅぅ……おぉぉお!」
獣のように男は吠えた。
その胸に笛を抱きしめて。
まるで正気を失ったみたいに、一心不乱に地面を蹴って駆けていく。
背から溢れる血が止まらない。
口の端から血混じりの泡を吹いている。
「……それほど笛が大事ですか?」
「些末なことだ。それよりも……凶行の報い、その身で受けてもらう」
淡々と。
そう告げた幻介は、踏み込みと同時に刀を振り下ろす。
唐竹割りの要領で、幻介の刀が笛吹き男の頭蓋を裁った。
おそらくは即死だっただろう。
割れた頭から、脳漿と眼球が零れ落ちる。男の流した血だまりに眼球、脳の順で落下し、どろりと粘つく血を跳ねさせた。
頬を汚す血を拭うこともせぬまま、幻介は刀をひとつ振って血を払う。
カチン、と。
納刀の鍔鳴りに次いで、男の身体は地面に崩れた。
哀れな骸と成り果ててなお、男は後生大事に笛を胸に掻き抱いたまま。
「どうして子供に親を殺させたのか、そこが分からないんですよね。誰の為で、何を隠す為だったのか……なにより、自分でやらないと気持ちよくないじゃないですか」
そう呟いたのは、カーテンに身を包んだ鏡だ。
覗き込む先には、ラムダの手にする1本の笛。見たところ、古いだけの何ら変哲のない笛だ。しかし、ラムダの瞳はその笛の持つ異常性を見極めた。
「笛の意志、だったんじゃないかな? 魔笛だよ、これ。人の持つ狂気を増幅させる類のね」
つまるところ、1本の笛と1人の男が、偶然に出会ったことで今回の事件は起きたということだ。
笛の魔力に魅入られた男が、己の欲望のままに他者の命を弄んだ。
その結末は、薄汚れた路地に転がる無残に2つへ分かれた骸という有様。
「つまり使い道は無いってことでいいんだよね?」
「あぁ、そうだね。壊してしまおう。これはこの事件の象徴……終わらせた証としてね」
ひょい、と。
ラムダは笛を地面へ投げた。
誠司は眉の1つさえも動かさぬまま。
粉々になるまで、笛を踏み砕いたのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
笛吹き男は命を落とし、事件の元凶たる魔笛は破壊されました。
依頼は成功となります。
この度はシナリオのリクエスト、ありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
アンヘルの笛吹き男の捕縛or殺害
●ターゲット
・アンヘルの笛吹き男
シルクハットにモノクルといった格好をした若い男性。
アンヘルの町に潜み、子供を操り凶行に至らせた。
町の東側へと向かったという目撃証言はあるが、現在の潜伏場所は不明。
また、彼の目的も不明である。
何らかの理由があるのか、或いは単なる愉快犯か。
ともすれば彼の意図を知ることも出来るだろうか。
※事件が起きた際、現場付近で目撃されている。
魔笛:神超範に小ダメージ、魅了、恍惚
笛の音色を媒介に対象を半催眠状態に誘う。
※笛の影響下にある者は攻撃に【必殺】が付与され【不殺】が無効化される。
※おそらく自身にも半催眠を付与することが可能であることが予想される。
・住人たち
凶行に怯え、家に引きこもっている。
魔笛の音色に操られたり、声や音に反応したりすることで民家から出て来るかもしれない。
●フィールド
幻想の辺境。
アンヘルの町。
時計塔のある中央広場を中心に、東西南北に通りは伸びている。
親殺し事件が起きたのは町の南側。
笛吹き男が向かったのは、町の東側である。
中央広場に続く大通りが4本。
小路は数えきれないほどにある。
しかし、人が潜伏できる場所は空き家や地下水道、路地裏と限られている。
※以下3名は容疑者として手配されているため、他人との接触に制限がかかる。
鏡 (p3p008705)
咲々宮 幻介 (p3p001387)
チェレンチィ (p3p008318)
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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