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シナリオ詳細

<13th retaliation>花信風の巡礼

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 澄明の泉の畔に一人の女が立ち竦む。眩いブロンドは膝よりも尚長く、風に煽られ静かに揺らいだ。
「ああ――」
 唇を戦慄かせた美しき巡礼者の傍では彼女の憂いを拭う様に風の精霊『エフィ』がその姿を見せる。
 川底を攫う砂礫は雄大なる自然の力を彼女――『風詠み』アスティア・シルフィウスへと伝えてくれる。
 だが、大いなる存在。幻想種にとってのいのちの帰路、そう信心を捧げたファルカウは閉ざされた。急坂を下り落ちた様な奇怪な光景にアスティアは目を覆う事しか出来やしない。
 穹窿に吸い込まれる鳥も、白日に晒された木々の青ささえ霞む地を這う蛇が如き茨。濁浪にでも巻き込まれてしまったかの様な国の有様を前にして立ち竦んだアスティアの背へとリースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は声をかけた。
「どうかなさいましたか」
 イレギュラーズとして活動する上で、斯うして窮地に瀕する者は多い。
 リースリットがそう声をかけたのは幻想貴族ファーレルの抱くノブレス・オブリージュの一端であり、本人の善性そのもの。
 陰野より顔を出したアスティアは眼前に立つブロンドヘアーの娘が自身によく似ているとそう感じていた。
 自らだけではない。遠く道を分かたれた嘗ての恋人リシャールにもよく似ていたのだ。
 胸の奥底で打たれた奇妙な鼓動の答えも出せぬままアスティアは「巡礼の旅を終え帰還したばかりなのです」と目を伏せ答えた。
「何が起こっているのか。分からぬまま……精霊たちとの対話をファルカウの巫女に届ける使命も果たせやしないでしょう」
「深緑は茨に閉ざされ、内部も危険な状況です。ファルカウも今やどうなっているかは……」
 やはり、と憂いを浮かべたアスティアはリースリットにそっと近寄り、懇願するように頭を垂れた。
「私は精霊士、『風詠み』の一族……アスティア・シルフィウスと申します。
 貴女がイレギュラーズであることを見込み、少しお願いがあるのです。どうか、この程近い集落で苦しむ精霊を救ってほしいのです」
 アスティアの耳朶には精霊の苦しむ声が聞こえていた。
 それは雁字搦めとなり、春光を浴びる事も叶わぬ状況なのだという。
 聖葉を利用すれば救うことはできるだろうか。リースリットはアスティアと同じく『奇妙な親密感』を感じながらも小さく頷いた。


「や、聞いてってくれる?」
『サブカルチャー』山田・雪風 (p3n000024)がひらりと手を振ったのは深緑とラサの国境沿い、深き緑と砂漠の交わる地であった。
 雪風の隣では奇妙な心地を全身に感じ、何ともむず痒い表情をしたリースリットが立っている。彼女の傍らにはリースリットとよく似た相貌の女性が佇んでいた。
「この人はアスティアさん。深緑では風の精霊と縁の深い精霊士の家系で『風詠み』と呼ばれてるんだって。
 精霊の声を聴く巡礼の旅に出てファルカウにその声を届ける一族のしきたりで各地を回って帰ってきた所だったらしい」
「ご紹介に預かりましたアスティア・シルフィウスと申します。
 巡礼の旅より帰還し、迷宮森林へと立ち入れぬ状況となって居た所をリースリットさんにお声掛けをいただきました」
 穏やかな物腰のアスティアは精霊の声を強く聞く能力を有している為、帰還の際に自身らを迎えに来てくれる精霊がこの一件に巻き込まれ苦しんでいると告げた。
 夏端月とは思えぬ花冷えをその身に感じた彼女は「何か良からぬ事が起こっているのでしょうか」と苦悶の表情を浮かべる。
 迷宮森林内部では冬の王の権能か、寒々しい冬の到来を感じさせていたというのは進軍した仲間達の齎した情報だ。
「……春なのになあ」
 ぼやく事は簡単だが、そうしている間にも精霊は尚も苦しむ事になる。
 雪風は一度嘆息してから、「と、言うわけでして、」と続けた。
「俺たちは、聖葉を持っていってアスティアさんの言う精霊の救出をしようと思います。
 えーと……其の儘、ここからルート開拓につながれば嬉しいことだしさ、精霊が苦しむのも見捨てたくないじゃん」
 雪風が手にしていたのはアンテローゼ大聖堂で採取された『聖葉』であった。
 それを利用し、イレギュラーズが進軍して精霊を救出するのが今回の目的だ。
「居場所は簡単にですがお伝えいたしました。彼女……ルルフィの居る付近では花の香りが漂うはずです。
 私が同行しては足手纏いになるやもしれません。お願いするばかりで申し訳ありませんが……」
 ネモフィラの華をその身に飾った美しき花の精霊ルルフィ。陰る日差しのその向こう側、鬱蒼と迫る茨の蔦を切り裂き進もう。

GMコメント

 ご無沙汰しております。日下部あやめと申します。どうぞ、よろしくお願いします。

●目的
 花の精霊『ルルフィ』の保護

●ロケーション
 国境沿いより迷宮森林を少し進軍した先です。
 周囲は茨蔦が這いまわり、イレギュラーズの進軍を阻止しようと継続して攻撃を続けてきます。
 鬱蒼とした雰囲気と冷ややかな空気が身を包み、周囲からは奇妙な威圧感を感じます。

●エネミー
 ・邪妖精『ボガート』×10
 森の中を楽しそうに走り回っている邪妖精です。イレギュラーズを発見すると悪戯めいて攻撃を仕掛けてきます。
 どこからやってくるかは分からず、まとまって行動しているわけでもないようです。

 ・大樹の嘆き×10
 大樹の嘆きと呼ばれる無差別型のモンスターです。その姿は小さな鳥を思わせます。
 悲しんでいるほか、怒りなどの感情を湛えたモンスターです。
 ボガートに追い回されながら侵入するイレギュラーズを拒むように攻撃を加えます。

●救出対象『ルルフィ』
 花の精霊。アスティア・シルフィウスさんを出迎えるためにやってきた迷宮森林の住民です。
 茨に捕まり、動けなくなり苦しんでいます。聖葉を利用することで無傷で救出することができます。
 大雑把な方向はアスティアさんが指定してくれていますが、詳細はボガートの悪戯で不明です。
 ルルフィさんの近くでは花の香りが漂います。近づくたびに強く香り為に居場所のヒントにしてください。

●『聖葉』
 アンテローゼ大聖堂の地下に存在する霊樹『灰の霊樹』に祈りを捧げて作られた加護の込められた葉です。
 多くは採取できないため、救出対象に使用して下さい。葉へと祈りを捧げる事で茨咎の呪いを僅かばかりにキャンセルすることが出来る他、身体に絡みついた茨から何の苦しみもなく救出することが出来ます。

●アスティア・シルフィウス
 リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)さんの関係者。互いにどのような関係であるは今現在ではわかっていません。
『風詠み』の二つ名を持つ精霊士であり、風の精霊『エフィ』と共に精霊の御用聞きをする巡礼の旅をしています。
(アスティアさんはリースリットさんの実母ですが会ったことがない為に、関係性が判明していません)

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • <13th retaliation>花信風の巡礼完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年05月06日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)
Le Chasseur.
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤

リプレイ


 言葉を費やせども、無情な現実に変化は訪れない。囂々と流れ征く大河の中に石礫はいとも容易く攫われる。
 いのちとは、人とはそうして生きていくと識ってた。『風詠み』の使命は各地の精霊の声を届けて、吹かれるように進むだけ。
 そう識り、そうあろうと流される儘に己が使命の為に生きてきた女にとって大樹の意であるか定かでさえない森の封鎖は初めての謀叛であったのかも知れない。そう自嘲気味に語ったアスティア・シルフィウスに「精霊はさぞ寂しがっていることでしょう」と『忠義の剣』ルーキス・ファウン(p3p008870)は告げた。
「深緑が閉ざされた事が大樹の望みであるかどうか……其れは分かりません。そうで無いとは思いますが。
 ですが、その影響がこんな所にも出ている……ファルカウの様子は勿論気がかりですが、今はやれる事から、為すべきと認識したことから一つずつ遣っていきましょう」
 ルーキスの言葉にアスティアは小さく頷いた。「どうか」と震えた声音は不安を感じさせれど、芯の強い決意を滲ませる。
 その緩やかな仕草に心配そうに細めた淡萌黄の眸。色彩が違えども『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)の面影を感じさせ、ルーキスは「あ」と呟いた。おいそれと口にするのも憚られる程に二人は良く似ていた。
「何か、何処かで会ったことある感じの顔よねぇ……」
「もしや『風詠み』の使命の旅路で、見かけて下さったのかもしれません」
 精霊たちの声を聞くために故郷から旅立ち混沌を隈無く歩き回っているのだと告げるアスティアは疑うことも無いように微笑んだ。
「ああ、かもしれない。けれど、妙に引っかかるけれど……まあ、今はお仕事に徹するとしましょうか」
 言葉の座り心地が悪いような。落ちる所に落ち着かぬ心地の悪さを感じながらも『返の風』ゼファー(p3p007625)は肩を竦める。
 良く似た顔というのは幾人も居る。そう、例えばマルク・シリング(p3p001309)がアスティアにリースリットに似た雰囲気を感じ取るのと同じように。
(……うん、他人の空似と言うこともあるかも知れない。気のせいかな……)
 理知的な光を帯びた双眸が不安げなアスティアと彼女に精霊ルルフィの詳細を聞くリースリットを見比べる。目覚めるような山吹色の長髪は指の引っかかりも無くするりと初夏を帯びた森林の風に煽られる。その光景一つ取ってさえ、二人の容貌は良く似ていた。
「何も知らぬ状況で心苦しくはありますが……お任せしても宜しいですか?」
「今回のオーダーは精霊の救助だな? ――承知した。安心しろ。俺は決して善人じゃないが……オーダーは必ず守る主義だ」
 ひらひらと手を振り合図を送る『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は風で煽られたフードをそうと押さえ付ける。男女見紛う美貌の麗人は懐で刻告げる懐中時計の囁きに耳を傾けながら、青々と茂り鬱蒼と影を落とした深き森を眺めやった。
「全てを呑む茨と、此の地を包む冬の気配と。まるで、生きること其れ自体を許さないかのような……なんて、寂しい風景なのでしょう」
 口腔に滲んだのは恐怖とも取れる吐息。『Le Chasseur.』アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)の硝子色の眼光は静かに大地を眺めやる。蛇の如く這い、獣の如く獰猛に生者を拒んだ森の有様。追い風の如く吹いた冬の気配は初夏を告げた白日さえも遠ざける。
「深緑の異変を早く解決しないとな。店の深緑産品の在庫も尽きそうだ。
 ……とりあえず今は囚われのお嬢さんを開放して、一緒にお茶を飲みましょうかね」
 ティーカップを傾けるにも平穏が一番だ。『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)は中型の犬を二頭召喚し、行っておいでとその背を叩いた。
「花の精霊の保護、ね……任務了解、貰った金の分は仕事しましょ。
 まあ、待ってて頂戴? 世界を鎖すような冬の中から目覚める春を探してきてあげるから」
 口角を吊り上げてわざとらしく笑って見せた『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)は大型銃火器 を担ぎ上げた。その両肩に背負い込むには余りに巨大なそれはがしゃんと音を立てて稼働の時を待ち侘びるかのように。


 彼女はネモフィラの花をその身に纏うた芳しき春の精霊だと、アスティアは云った。
 不用意に茨に触れぬようにと注意をしながらルーキスは進む。内部の木々は鬱蒼と天をも覆い来訪を歓迎していると言い難い。名の通りの迷宮を感じさせた木隠れの道を見失わないように辿った。
 鼻先を地へと擦り付けてかぐわしき花の香りを探す二匹の犬は捜索を行うモカにとって貴重な情報源でもある。
「さて、ルルフィは何処か……」
 呟けば茨の間を掻い潜るように進んでいた蛇の尾が視界の端にちょろりと捕らえられた。大雑把には精霊の探知を行ってくれたアスティアの示す方角――草木の香りも芳しく。霊樹らの翠蓋に護られていれば香りも霞むかのようにも感じられて。
 アッシュは前征く二つの後ろ姿を視界に収め、其れが重なって視えた事にぐいと目を拭った。
「……どうして……?」
 残された片目を疑うように幾重もまばたきを繰り返すアッシュへと「どうかしましたか」と振り返ったリースリットが瞬き首を捻った。
 精霊の声を聞き届けるというアスティアと精霊術を使用するリースリットは余りに酷似して見えて。
「いいえ、寒くて」
「ええ。この辺りの気配は、相変わらず寒々しいですね。
 ……森の中とは思えない位に精霊の息吹を感じられない……それに……茨の末端だけじゃない、何か居る」
 邪妖精達のおどけた笑い声が耳朶を叩く。リースリットの風の精霊術は、細かな反響をも耳へと届け離さない。
 チュ、チュ、とリズミカルに合図をするのは小さな鼠。レイチェルは鼠の合図が嗤い声の主を補足したのだと気づき、小さく頷いた。
 まだ、ネモフィラの香りは遠い――美しき時刻みは昔日の記憶を思い出させる。あの蒼花の香りは。
 其ればかりに意識を割いては居られないと言いたげにレイチェルの身に刻まれた文様が鮮烈たる緋色に色帯びた。
 蜂鳥たちの羽音(こえ)を聞くために、マルクは創造された命の欠片に魔力を宿す。『ソウルリンカー』を埋め込んだ指輪は指先から世界へと接続するかの如く、青年を戦の中へと運んだ。
 姿を見せた悪戯妖精ボガートは児戯に興ずるようにきゃあきゃあと少女のように声上げる。焼き払えと云わんばかりの圧倒的なる破壊の術。魔術文様がマルクの指先から描かれて、茨諸共焼き払う。
「成程……楽しげに遊んでいるのですね」
 撤退時を思えばこそ、ルルフィを発見する前に接敵した対象は可能な限り追い払え。風精霊の涙が僅かに煌めいて、後押しするようにリースリットの体を運ぶ。
 手にしたのは緋色の炎色。魔晶の煌めきを宿したレイピアはその色彩を僅かに変貌させた。森に漂う深冬を纏う切っ先が美しき術式以て煌めく世界にボガートの身を鎖す。
「悪戯っ子も程々になさいな。中てられてそうなっているのか、元々邪悪なのか――其のどっちにしたって、今は叩きのめす以外にないのよね」
 常春から、冬の気配と共にやってきた。死角を付くように飛び込んだボガートの宿した体温を察知して、ゼファーはその身を屈める。
 ひとふりの槍の穂先は薄汚れようとも切れ味は変わることはない。躊躇うことを識らぬ愚者と呼ばれるならば進む以外の選択肢は元より無くて。『助けに行きましょう』と口にした以上、飽くなき強欲を掲げた女は未完の術でも振るう事を諦めない。
 いつか見た師の技。殺しの術。あらゆる手で打つに至った絶技の『贋作』。紛い物と呼ばれようとも構いやしない。出来損ないの身を支える仲間が居るならばゼファーに躊躇いの言葉も無く。
「さ、さっさとくたばりなァッ!」
 ガシャン。大仰な音と共に福音を奏でるバルバロッサ。超実践的殺人術はコルネリアの生命力を弾丸に変え、放つ。
 其の生命在る限り、大地を踏みしめ救いをもたらさん――救済と脅威の相反する乗せ、コルネリアは『Call:N/Aria』を抱え直す。
 そうして、振り仰ぎ放たれたのは鋼の驟雨。
 振り荒む。その中をひらりと飛び交って鼻先にすんと花の香りを感じ取ったルーキスが「近い!」と叫んだ。
 妖精の悪戯は愛らしい。それでもこの状況で使用されれば大切な聖葉さえも脅かされるか。子供が拐かされる、失せ物。そうした事が妖精の悪戯と呼ばれると何処かで耳にした事がある――ルーキスは警戒を怠らず二刀を振り上げた。
「よく動きますね――!」
「ああ、そうだね。けれど、……大丈夫さ! 二匹とも有り難う。後は私の番だ。
 お姫様と王子様を護る騎士はお任せあれ。良いかな? 王子様」
 ウィンクと共にモカは護身用の格闘術の型を取る。両手を護る薄い革製手袋に包まれたほっそりとした指先に力を込めて、彼女の居場所を示すモカに小さく頷いたマルクが駆けだした。


 蜂鳥たちがこっちだと誘う。茨の影より顔を出す蛇たちは大樹の嘆く声を聞き、触れないでと囁くような。
 二匹の犬の雄叫びが進んでくれと求めれば、地を這い進んだ鼠が道を示した。
「任せるよ」
「……はい」
 足は縺れてはならない。立ち止まってはならない。これだけ鬱蒼とした恐ろしい森であれども、もとは美しい万朶の華を咲かせた。
 蘖を飛び越えて、木陰の下を覗き込む。
 花の香りは心地よく、彼女の微笑みが花咲くように綻ぶ様を見てみたいと、香りを辿り聖葉と共に辿り着いたアッシュは物思う。
 まぁるいフラスコ底では決して見る事の無い暗く冷たく――無慈悲な世界から彼女を解き放たん。
 聖葉は呼気を平常へと変化させ、華奢な娘の眠りをふわりと浮上させた。アッシュが胸を撫で下ろす。それでも、それは刹那。
「……行かすか!」
 モカの声を聞き、ナイフを構えた少女の背後でマルクは我武者羅に茨を払う。
 腕に絡んだ茨から彼女を救いださんと伸ばした手を握れば、冬に冷えた指先が命をも奪う気配がしてマルクは唇を噛みしめた。
 願うアッシュは傷だらけの小さな体で俯いていた花妖精を庇うように立ちはだかった。
「必ず安全な場所までご案内します。ですから、あと少しだけご辛抱を」
 マルクがルルフィを支えるまで、近づけさせはしないと手にした美しき銀のひとふりが夜を裂く一閃を放つ。軈て燃え尽きる帚星の如く、燦然と輝く力が迫る茨を打ち払う。
 緩やかに波打った朽ちた金(アッシュ)、揺らがせ唇が音をなす。ボガートに一度眠りを与える事への贖罪は、懺悔にも似た響きとなって糸の掌握を生み出した。
「ルルフィさんですね?」
「……え、ええ、あなたたちは」
「アスティアさんから貴女を助けて欲しいと依頼されてきました。お体に触れますが……我慢を強いて申し訳ない」
 そっとその体を抱え上げたマルクはルルフィの帰還を優先する為に足へと力を込めた。軽く、羽のような精霊を抱き竦めて茨より護るように身を屈めるマルクの前へと飛び込むのはルーキスの逃さじの剣。
「此処からは相手になりましょう!」
 堂々たる名乗りや揺るぎなく。ルーキスの言葉を耳にしてコルネリアの唇が釣り上がった。作戦フェーズが移行したならば降り注ぐ弾丸さえも確度を変える。圧縮した生命力は轟音と共に悪戯妖精の視界を奪う。
「さぁ、とっととずらかるよ!」
 駆け出す足が縺れないように。小さな少女は走り出す。進むアッシュを見送ってルーキスとすれ違うゼファーが長い髪を掻き上げた。
「悪戯好きは結構なことですけど――生憎、悪ガキと遊んでるほど今日は暇じゃあないのよ」
 言葉を費やせば、それは悪戯妖精達の意識を奪う。乱撃は流れるような動作で放たれ、道を示すルーキスの声を風と共に伝えるアスティアにも害は及ばぬよう。
 ゼファーの言葉をすり抜け飛び込もうとしたボガートに気付きレイチェルは唇を噛みしめた。ちら、と覗いた牙が柔らかな赤い唇を噛む。溢れた血潮は復讐の色を灯して燃え上がる――盾となれと己の体を突き動かして。
 華息吹く痩躯より放たれた獣の本能は吸血衝動のけだもの。爪と牙は敵を喰らえと叫ぶかのように。
「ど、どうして森はこんな……」
 震える声音のルルフィに「分からない、けれど大丈夫だよ。僕たち全員が君を安全な場所に運ぶことを約束しているから」とマルクは柔らかな声音で囁いた。
「怖い」
「……そうだね」
 脚が竦みそうになるのは誰だって。それでもこの場所を護ると決めていたのだから。
 大樹の嘆きは出来うる限り避けながらリースリットは白日の気配を感じる草叢をその双眸へとうつす。
 あと少し、もう少しと風邪冷静の祝福と加護を束ねて放つ。アスティアが驚愕に目を見開いて、楽しげな精霊を見遣り涙ぐむ。

 ――アスティア、アスティア。あの子は。

 予感と呼ぶべき精霊の姿。『風詠み』の一族ならば身にも覚えのある精霊術は『シルフィウス』の一族ならば焦がれた極意に他ならず。
 長耳の乙女にその血が別たれている可能性さえ感じながらアスティアは砂の大地へと足を運んだ。
 木々の中より跳ねるように、躍るように後退するアッシュが逃すまいと放つ燦然たる燃え朽ちる銀の煌めきに、後押しされて帰還を果たすマルクがほうと胸を撫で下ろす。
「もう、大丈夫ですよ」
「で、でも……あなたのお仲間は?」
 ルルフィの不安げな声に「安心してくれ」と声を届けたモカが跳ね上がった。雀蜂の群れを体現するように、鋭き蹴突を叩き込んだモカの国用の瞳が光を帯びた。
 地へと転がるボガートが駄々を捏ねるように草叢を転がって「遊んでいよう」と跳ね上がる。
 森へと引き込まんと伸ばされた手をぱしりと叩いたのはゼファーの槍。お触りは厳禁だと口角吊り上げ笑う女は美しくも蠱惑的に言葉を重ねて。
「また春が来て、全部元通りになったなら、その時はきちんと遊んであげるから、今は良い子にして寝てなさいな」


「ルルフィ……!」
「アスティア様……」
 覚束ない足取りでアスティアの元へとその体を運んだ精霊のかんばせが涙でぐしゃりと歪む。
 前のめりに進んだ精霊の体を支えハンカチーフを差し出すレイチェルは疲弊は蓄積すれど傷は負っていないと判断しその背を撫でた。
「ルルフィ、大丈夫か。……なんで、こんな事になっちまったンだ?」
「わたし、アスティア様のご帰還を……お待ちして、待っていたら……突然……」
 辿々しくも告げる彼女にカモミールティーを差し出したモカは「怖かっただろう」と涙を掬う。
 アスティアとの再会を心より喜ぶルルフィは言葉も無くこくりと頷いた。華やぐように笑う彼女から馨る春の華やかさ。
 冬の気配さえも遠離るかのような華の香りに春が訪れる事を告げて居るかのように感じてアッシュは花筵となる森を思い浮かべて嘆息した。
「……此の光景には、早く別れを告げたいものです」
 伸び上がった魔的な茨はこの森には似合わない。全てを拒絶する森の有様にマルクはそうだね、と目を伏せた。
 何も知らないのだというアスティアとルルフィへとリースリットが簡易的な説明を齎したのは其れから少し落ち着いてのこと。
 ゼファーに云わせれば「私達も全容は把握し切れてやいないけど」の僅かばかりの謝罪を込めての枕詞が付くが、アスティアは限られた情報でも故郷の現状を識る事が出来たと丁寧に感謝を告げた。
「……そういえば、きちんと名乗っておらず失礼を、アスティア様。私はリースリット……リースリット・エウリア・ファーレルと申します」
 ファーレルの令嬢として染み付いていた作法。スカートを持ち上げた優雅な一礼にアスティアの動きがぴたりと止まる。
「ファーレル……ですか……?」
「ええ、はい」
 首を捻るリースリットに「幻想貴族の家門だから聞き覚えがあったのかしら?」とゼファーは敢えて神妙な表情を見せたアスティアに視線を投げ遣った。
 ふわりと吹いた風は自然のものとしては不自然な。まるで彼女に何かを告げるようにリースリットの胸元に飾られた翠の宝石を揺らがせる。
 それはリースリットが『母の形見』と聞いていた大切な精霊と自身を繋ぐネックレス。
 見開いたのは、刹那。彼女の胸元の宝玉は、アスティアの眸と同じ煌めきで。

 ――アスティア。

 何時かの日、名を呼んだ彼を思い出す。
 使命のためと道を別った優しい男性(ひと)。彼にとっての赦されざる恋の路。
 互いに担った宿命を投げ出せるほど強くなかった二人のおとことおんな。
 小さな掌、抱擁を返す仕草も識らぬ産まれたばかりの――
「貴女のお父様はひょっとして……リシャールと仰るのではありませんか?」
 次に、瞬くのはリースリットの番だった。それ以上、アスティアは何も言わず。
 父の名はこんなにも暖かに声になるものであっただろうか。
 頷いたリースリットは彼女の横顔を眺めて、不意に口について出た言葉だけを風に攫わせた――お母様、と。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 この度はご参加ありがとう御座いました。
 深緑での亡くしたとおもったお母様との再会。アスティアさんにとっては、二度とは会うことの無かった娘との再会。
 お二人にとって、良き出会いでありますように。

 また、ご縁がありますことをお祈りしております。

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