シナリオ詳細
<13th retaliation>私、貴方の事大嫌いだった
オープニング
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貴方の事が妬ましかった。
貴方に奪われたもの、何よりも大切なものだった。
貴方に命を狙われた。
だから貴方が大嫌いだった。
愛が生きる者に普遍的な感情であるならば、憎悪もまた。どんなにきよらな者であっても、怒りと憎しみからは逃れられない。
嫉妬が怒りに変わる。羨望が、悲嘆が憎しみに変わる。明るい喜びの光にばかり照らされて生きる者などいやしないのだ。
或いは憎まれていると自覚のある者もいるだろう。生きていくうえで奪う事からは逃げられない。妬まれるという一種の事故からも逃れられない。憎んで、憎まれて、其れ等を呑み込みながら人は生きている。
其れでも、黒い炎は心の底で燃え盛る。
奪った。
妬まれた。
或いは理由なんてどうでもいい。
ただ、憎い。
君は其れ等を打ち払う事は出来るか?
嫌いならば嫌えと、お前なんか嫌いだと、あくまで“理性的に”その感情に決着をつける事は出来るか?
そうしなければ此処からは出られない。
まるでコロセウムのような此処からは、永久に出られない。
――憎んで殺すか。
――憎まれて、殺されるか。
求められるのは理性、其れだけだ。
夢から醒めるには、冷静に現実へ還らなければならないから。
●
君たちは、アンテローゼ大聖堂から大樹ファルカウへと続く道を歩いていた筈だった。
……周囲を見回す。大地は砂。周囲はぼろぼろになった石壁。
濃厚だった森の香りは消え失せて、砂と石の乾いた空気が頬を打つばかり。コロセウム、といえばしっくりくるその景色は、およそ深緑には不似合いなもので。
何処か別の場所に“引きずり込まれた”と感じるには十分だったろう。
そして、コロセウムにいるのは君たちだけではなかった。君たちが良く知る人間だ。
――いや。知らない人間かもしれない。
だって人間は、見も知らぬ人間から憎まれる事もあるから。
其れは、君を憎む誰かだろうか。
其れとも、君が憎む誰かだろうか?
誰かは君に眼差しを向けながら、静かにコロセウムの中心へと歩み出る。
戦えと。
対峙しろ、と言うように。
君は其れに応えなければならない。
そして、どのような形でも良い――終わらせなければならない。
或いはこれは君自身の心の整頓だ。
憎まれたとき、どうやって悪意を退けるのか。
何を憎み、何を断ずるべきか。
答えを出すと良い。今、此処で。
- <13th retaliation>私、貴方の事大嫌いだった完了
- GM名奇古譚
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年04月28日 22時15分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
「……ここは……」
『永訣を奏で』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)が周囲を見回すと、其処は砂煙漂うコロセウムだった。
「私たち、ファルカウへと向かっていた筈ですよね?」
「其の筈だけどね……あー、参ったね」
『黒狼』コラバポス 夏子(p3p000808)は何かを察したのか、いやだいやだと零す。
「……事前に聞いてはいましたが、矢張り……“引きずり込まれた”ようですね」
『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)は訝し気な顔をしている。
「此処から出るには……何らかの形でケリ付けなきゃならんって事か」
戦うにはおあつらえ向きの場所だ。『死を齎す黒刃』シュバルツ=リッケンハルト(p3p000837)は周囲を見回す。
同じく『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)が、あら、と気付いたように声をあげた。
「さっきまでいた精霊も消えてしまいましたね。という事は、転移ではなさそう……? この地に住まう精霊……例えば砂の精霊だとか……彼らの姿も見えないもの。……夢、かしらね?」
「夢……」
『うさぎのながみみ』ネーヴェ(p3p007199)がコロセウムの円形闘技場を挟んで反対側に見える人影を認める。彼らも夢? 顔を見ようとしても、砂煙がふわふわ漂って、相手の顔を隠す。
「夢にしてはとてもリアルだ。砂の香りもする。……だが……“こういう”場所に付き物の血の香りはしないね」
そして恐らく、抜け出すにはこの闘技場に上がらなければならないのだろうね。
『61分目の針』ルブラット・メルクライン(p3p009557)が言う。其の言葉に反論を唱える者はいなかった。
「……早く、……早く、帰らないと」
『リチェと一緒』キルシェ=キルシュ(p3p009805)が不安げに呟く。閉ざされた深緑に会えない家族。かつてのトラウマを想起して、彼女は元々心が不安定になっているのだ。
「その……だい、じょうぶ?」
キルシェを案じて、『華奢なる原石』フローラ・フローライト(p3p009875)が言う。其れは砂煙の向こうを見ないようにしていたのか、或いは。
「森を進むと其処はコロセウムになっていた! 大発見だね! ここまで一気に景色が変わると壮観だね。写真に撮って残したい……と、冗談はこのくらいにして。これも何かの罠なんだろうね」
『今を写す撮影者』浮舟 帳(p3p010344)は肩を竦め、ボクが最初に行ってみるよ、と踏み出した。
「ボクに何かあったら、お願いね」
●
浮舟帳は憎まれている。
キルシェ=キルシュは憎まれている。
ネーヴェは憎まれている。
シュバルツ=リッケンハルトは憎まれている。
クラリーチェ・カヴァッツァは憎まれている。
コラバポス 夏子は憎まれている。
フルール プリュニエは憎まれている。
ルブラット・メルクラインは憎まれている。
フローラ・フローライトは憎んでいる。
ココロ=Bliss=Solitudeは――
●浮舟帳は憎まれている
さてさて、闘技場に上がってみた訳だけれど。例えばラド・バウの闘士はどんな気分で此処にいるんだろうね?
あ、誰か上がってきた。見覚えはないけど取り敢えず挨拶しとこ!
「ボクは浮舟帳だよ! 君はどこの人かな?」
声を掛けてみる。此処が何処か知ってたりするかも知れないし。
「どうして救ってくれなかったの」
え?
「俺はどうして救われないんだ」
……。ああ! これ、そういう感じの罠なんだ。
其れで君は、ボクが旅している時に襲ってきた誰かだね?
そうだね、ボクも悪いと思ってるよ。こんなギフトで君を惑わしてしまった。
ボクをどうにかすれば救われると思ってしまった。でも現実はそうじゃない。其れで此処まで恨んでるんだね。
出来るだけ元気で明るくあるようにしてるんだけど……其れでも此処まで惹きつけてしまうんだ。其れにボクのギフト(これ)は、思わせるだけに過ぎない。君を救うなんて、本当は出来ないんだよ。
「俺は救われたかった」
「私を救って」
「救って」
「救って」
……そうだね。
此処限りだろうし、いっか。元の君が救われるか知らないけど、君が望むなら、ボクを犠牲にして。どうぞ?
でも、……いや。君は多分“ボクをどうにかしたい”だけだろうから、良いかな。
ボクは寝そべる。彼らは僕に群がって、手に刃物を取る。
直ぐに殺したら救われないよ。そう、端から少しずつ……ッ!! 切り、刻んでね。
い゛、うあ、……あ、ああ゛あ゛、い゛……!!
幻でも、痛い、ものは、ッ、痛い、ん、だなあ……ああ……足りないんだね。
じゃあ、ほら、心臓を突いてみなよ。
君は、少しでも救われるかな?
●キルシェ=キルシュは憎まれている
帳お兄さんが運ばれて行って、代わりに私が闘技場に上がる。
其処にいたのは淡い金の髪に、エメラルドグリーンの瞳をした女の人。優しそうな人なのに、どうしてそんな目でルシェの事を見て来るのかしら。
「私はアティーシャ。貴方がキルシェ?」
「そうよ」
アティーシャお姉さん。優しくて聖女みたいに私に語り掛けて来る。
でも、ルシェを見る目は憎悪と狂気に満ちていて、覗き込むと落っこちそうで怖かった。
「貴方は――私と同じ。でも、正反対」
? 何が同じで、何が正反対なのかしら。
ルシェはお姉さんと会うの、初めてなのに。
ねえお姉さん。お姉さんはルシェに苦しんで欲しいの? ルシェの事、殺したいの?
でも、お姉さんに殺される訳にはいかないわ。
父さまに母さま、兄さま姉さま、其れにツィトが待ってるんだもの! ルシェは、深緑のみんなを助けるって決めたの!
「……そう。ツィト」
どうして? どうしてそんな顔で笑うの?
ツィトローネは、ルシェの弟。あの子は深緑のルシェの家で、みんなと一緒にいるはずなのに……
くるり、場面が変わる。
母さまと、ルシェとよく似た少年。――うそ。嘘、嘘、嘘!
ツィトローネは家にいる筈なのよ!
「どうして」
え?
「どうして助けてくれなかったの」
そう呟く声は、紛れもなくツィトのもので……
いなくなったツィト
みつかったツィト
青い目と、青紫の目
何が正しくて、何が間違っているの?
ツィトは、ルシェを憎んでいるの?
嗚呼……でも、ツィトがそうなのなら、わたしは其れを受け入れる。
だって、わたしはツィトのお姉さんだもの。
憎んで良いわ、ツィト。
でも、貴方のお姉さんは、貴方をずっと大好きよ。
●ネーヴェは憎まれている
何処か幸せそうに降りていくキルシュ様と入れ替わり、わたくしは闘技場に立ちました。
特異運命座標にならなければ、知る事すらなかった場所。見れば、複数の人たちがわたくしを睨みつけていました。
「お前のせいで、xxxxは街を出て行った」
「ぼく、xxxxお兄さんに絵本を読んでもらう約束だったのに!」
例えば、わたくしのように助けて貰った少年。
例えば、彼と共に旅をした冒険者。
話には、聞いた事が、あるのです。彼の冒険譚では、登場人物は、一人では、なかったから。だから、其れはきっと、あなた方の事だと。
「あんなに優しいxxxxに、お前は何を言ったんだ」
「xxxxがあんなに……」
ああ。
ルド様。わたくしのせいで、姿を消して、しまわれたの?
きっと貴方の事だから、喧嘩をした事など、言わなかったのでしょう。けれど誰もに判るほど、落ち込んでいたのでしょう。
過ぎ去ったはずの時が、追い掛けて来て、わたくしを苛む。
あの時、わたくしが我慢していれば。喧嘩さえ、しなければ。
いまこうして受けている、刃のような、糾弾の言葉も。受けずに済んだのでしょうか?
ルド様は、変わらず、わたくしの元で……冒険譚を、聞かせてくれたのでしょうか?
「……そんなこと、ずっとずっと、考えてきた事です」
過去を振り返っていても、虚しいだけで。あの人は、現在(ここ)にはいなくて。
ならば、進むしか、ないのです。
「貴方がたの言葉は、わたくしの心を裂けど……行く道を阻むものには、なり得ません!」
阻むとしたら、きっとあの人自身だから。だから!
わたくしの事など、何とでも思えば宜しいわ! わたくしは、わたくしの心のままに進みます!
其れがきっと、沢山の冒険譚を聞かせてくれた、あの人の、本当の願いだと信じているから!
●シュバルツ=リッケンハルトは憎まれて……憎んでいる
胸を張って降りて行った嬢ちゃんのきっぱりとした言葉に、俺はひゅう、と口笛を吹いた。
いいよな。ああいう風に、憎まれても構わないっていう姿勢は。
さて、俺の相手は――判っていた。時折夢に見る、汚泥から伸びる手だ。
俺は前の世界では暗殺者として、何人もの人間を葬ってきた。
混沌に降り立ってからも、依頼で殺した奴は少なくない。もう慣れてたんだ、殺す事に。
殺された奴は致し方なく悪事に手を染めた奴かも知れないし、どうしようもなく手遅れだった奴かもしれなかった。
何かを救うための致し方ない犠牲。
そんな戯言を言うつもりはねぇ。俺は今まで殺した奴の顔は全部覚えてる。
だからな、今でもこういう風に夢に見るのさ。汚泥に顔まで浸して、俺に手を伸ばして来る。俺は其れを振り払う資格はない。背負わなきゃいけない十字架であって、罪でもあるんだ。
殺したのは俺の“エゴ”の為。恨まれて当然だ。
だけど俺は、あんたらを恨んじゃいねぇよ。
――俺には姉貴がいた。でも死んだ。
姉貴を殺したのは“世界の仕組み”だ。俺が求めたのは、“世界を変えるための力”だった。
混沌に来て、愛した女を殺したのは“天義という国の在り方”だった。
俺は戦って、戦って、――そして、気付いちまった。
本当に欲しかったのは何だ? “大切なものを守る為の力”じゃねぇのか?
もっと早く気付いていれば、手が届いたかもしれない。
悲劇は起こらなかったのかも知れない。
毎夜毎夜夢に見て、後悔した。あの時を思い出すたびに、胸の傷跡が燃えるように痛む。
だから、俺が一番憎むのは
「俺自身だ。なあ、そうだろ」
闘技場の向かい側に立つ、あの時の俺。
本当に大切なものがあっという間に手から零れ落ちる事を知らない俺。
退けよ。
迷いも後悔も、全部斬り払ってでも俺は進む。
約束したんだよ。
今度こそ、“大切なもの”を守るんだってな。
●クラリーチェ・カヴァッツァは憎まれている
砂煙の向こう側で、誰かが斃れるのが見えました。
もしやと思いましたが、降りてきたシュバルツさんを見て僅かに胸をなでおろします。
次は私。闘技場に昇ると、過去の景色がフイルムのように流れ込んできました。
――おとうさま。
――おかあさま。おにいさま。
「村が滅んだ日。私は村の外で、病を得て入院しておりました。そしてたった一人生き残ってしまった。知らせを聞いたのは、事が起こって時間が経ってからの事」
せめて亡骸をと。墓標だけでもと泣き叫んでも叶わずに、幻想の教会で祈りの道を“押し付けられました”。
其れから10年。一度も村に帰っていない私を、どう思っていらっしゃいますか。
……何も言って下さらないのですね。
「私は暗い修道院で祈りを捧げながら、“神様なんていない”と信仰を吐き捨てて参りました」
だって、神様がいらっしゃるなら、どうしておとうさまたちは死んでしまったの?
死ぬような悪い事なんて、一つだってしていないのに!
神様がいらっしゃるなら、どうして私の大切なひとたちを蘇らせてくれないの?
奇跡を起こせるんでしょう?
おとうさまが優しく、私を座らせる。
おかあさまとおにいさまが、私の腕をそっと後ろに回す。
「……修道女の仮面をかぶり続ける嘘つきを、断罪して下さるのですか」
外ならぬおとうさまになら、そうされたって構わない。
悲しいのは、きっとこれは現実ではない事。意識を失った私は仲間に運ばれ、何処かで目を覚ますのでしょう。
おとうさまが斧を振り翳す。私は静かに、こうべを垂れた。
楽に、なりたい。
●コラバポス 夏子は憎まれている
運ばれていくお姉さんは、意識はあるようだった。
ま、これからファルカウに向かうンだし、戦力は減らないに限る。
――闘技場に上がった俺にぶつかってきたのは、殺したいと言いたげな憎悪。
明確な、目に見えそうな其れだった。これは初めての経験だ。
例えば母。例えば姉。
妹に妻、娘、恋人。
関係性ってのは人の数だけ。
まあつまり、目の前の女性たちは今まで獲った敵の関係者ってやつか。関係さえ違ってたら声かけてたのにな、って顔がちらほら。
「まあなんだ? お互いやむにやまれぬ事情ってのが……」
武器を振り上げた女が駆けて来る。俺は思わず其れを避けて、女は勢いあまって転んだ。……助け起こしては駄目だ。だけど、相手をしても駄目だ。何より、
「根本的に、女性に攻撃したくないんだよね……僕」
こんな世の中だからさ。
戦場で出会っちまったらお互い様でしょ、って思ってた。ヤル覚悟もヤラレる覚悟もあって当然のもんなんだって。恨みっこナシなんだって。
手を抜けばヤラレてた。そうしたら死ぬのは俺。誰だって死にたくはないでしょ。だからって謝るつもりは毛頭ないけど。
「じゃあ、彼らを待ってたあたし達はどうしたら良いんだよ!!」
誰かが叫んだ。
そうだよね。言って納得するなら、こんなに俺を恨んでないよね。
これこそアレだ。お互いに譲れない、やむにやまれぬ事情。
かといってハイそうですねと首を差し出すワケにはいかんので、俺は獲物を横に薙ぎ払う。ばちばちと鳴る派手な音と光、倒れる女性たち。ダイジョーブ、死んではない。
まあ、でも。実際、俺がもっと巧くやれてれば、散らなくて良い相手ばっかだったんだ。だからこれは俺の不手際で、向けられて当然の感情なんだろう。
許さなくて良いよ。納得もしなくていい。
「感情ってのは、自由にできないモンだからさ」
俺は女性たちを押しのけていく。殺さないってのは、俺の感情。彼女たちからしたら、死んだ方がマシなのかもしれないけど。
――。
俺が誰かにヤラれたら。
あの子は納得してくれるのかな。
考えた事なかったな。遺される側の事なんて。
●フルール プリュニエは憎まれている
私を憎む人がいるとしたら誰かしら。
そうね。人じゃないけれど、先日出会った魔種のおにーさんと一緒にいた肉腫たちかしら。歪な生命、生あるものにも関わらず、魔種と同じく滅びを望むもの。私たちのような生命を殺す事を宿命づけられた悲しい存在。
ずるり、と砂煙の向こうから現れる、悲しい存在達。その憎悪は私たちのように後付けで生まれたものじゃなくて、魂に刻まれた本能の叫びなのでしょう。私たちが全て消えない限り、彼らの安寧はないんだわ。
肉腫や魔種の存在が私たちを脅かし、私たちの存在が彼らを脅かす。不毛な連鎖だわ。何処かで終わらせられたらいいのに。
「ねえ、殺したいでしょう」
壊したいでしょう? 私はこの先に進まなければいけないから、本当は殺される訳にはいかないのだけれど。でも、……此処はきっと何か別の世界だから、殺されてみてもいいかもしれない。殺したいのよね。良いわ。殺し尽くせるかしら?
肉腫の鋭い爪が、私の喉笛を裂く。ひゅうひゅうと空気が漏れ出て、痛み――というより熱のようなものが喉にかっと燃える。でも良いの。私は彼らにかける言葉を持ち合わせていないから。
頭を掴まれて、片目を抜かれる。悲鳴のようなものが無意識に上がるけれど、喉を裂かれていたからひゅう、と空気のようなものしか出なかった。
胸を裂かれて、血が飛び散る。其れは直ぐに石畳に消えてしまうのだけど、私には見えない。片目がないから。腕を掴まれて、凄まじい力で引っ張られた。ああ、千切れてしまうわ。そう思った時には、ぶちぶちと繊維の千切れる音がして、私の腕は千切られていた。傷口に炎を噴きかけられる。熱い。熱い。熱い。
痛い。痛い。痛い。千切られた腕が凍らされて、砕かれる。もう私とは繋がっていない筈なのに、何故か右腕が猛烈に痛んだ。
其れが貴方たちの憎悪なの? 其れとも、生まれたときから刻まれた“壊し方”なのかしら。ここならば、全てを受け止められるかしら? 痛くて、暑くて、寒くて、もう片目も抉り出されて、闇の中で。
……胸がしくしくとするのはなぜ?
私、泣きたいのかしら。誰かに助けて貰いたいのかしら。
其れでも、受け止めたいの。
こんな機会は、多分もう来ないから。受け止め切って、死んで、また進むわ。
そう、私は止まる訳にはいかないの。だから、貴方たちの憎悪を受け止め切って、また進む。私の歩みを止めるために痛めつけるのは、駄目よ。
●ルブラット・メルクラインは憎まれている
――息はある。
倒れていたお嬢さんを他の仲間に託して、私は闘技場に立った。
「やあ。初めまして、かな」
其処には人影があって、私に刃を向けていた。
其の憎悪に満ちた目。刃を突き付ける訳を、私は理解しているよ。外ならぬ私が、貴方の大切な人間を殺めたのだろう?
「そうだ! 俺の――はお前に……!」
ああ、もっと具体的に言ってくれたまえ。死に様ではなくてね。
私の如何なる点を憎く感じているのかな?
「なっ、……」
例えば罪それ自体とか。
理解に値する理由も、怒りも憎しみさえもなく、ただ快楽の為に殺した事だとか。
己の罪業を自覚しながら一向に改めようとしないこの態度?
其れとも――其の全てかな。
「……」
そんな顔をしないでくれたまえ。
ふふ、だけど全部的を得ているという顔だね。そうだ、貴方は全くもって正しい。私が保証しよう。私はいずれ、地獄の炎で焼き尽くされるべきだ。永遠にね。
今後とも、貴方には正しい精神を持ち合わせていて欲しいな。
「なっ、……にを! お前、其れだけ判っておいて……!」
いつの、どの子の縁者だろう?
少年は果敢にも駆けてきて、私の腹に刃を突き立てた。
……おや? 驚いた顔をしないでくれ、抵抗しなかっただけじゃないか。数回程度ならば刃を突き立てても良い、と言おうとしたところだったんだ。
「だが……貴方には申し訳ないが、此処で殺されるのは御免だ」
まだまだ成し遂げたい事がある。私の死体には生憎、先約も入っている。まあ色々あるのだが――何より、貴方の死ぬ瞬間が見てみたくて堪らないんだ。
「……、え?」
もう一度言おうか?
貴方の、息絶える瞬間が見たい。強烈な憎しみを抱える人物が、憎悪する対象に成す術もなく殺されたときに、如何なる表情を見せてくれるのか……
私は我慢できなくなって、少年の首を掴む。ああ、とても細い。両手を使わずとも、もう苦しそうだ。
「例えどれ程の正しい感情を踏み躙る事になったとしても……」
「あ、……ぉえ、……」
「私は、私の快楽に殉じて生きたい! 君の其の、絶望に満ちた顔! 最高だ!」
かくん、と少年の身体から力が抜けて、幻影のように消えていく。
……幻影が齎す死なら、この程度が関の山か。
出来れば次は、本物を持ってきて貰いたいものだ。そうでないと、こちらも興覚めしてしまう。
――仲間の安全を確保しなければ。
此処から一足先に出る方法はないものかな?
●フローラ・フローライトは憎んでいる
ぶつぶつ、と何かを呟いているお医者様のような人とすれ違い、私は闘技場に立ちました。
私は何に出会うのでしょう。
私にとっての憎悪、とは、何なのでしょうか。
――私の大きな感情。其の起点はきっと、お父様とお母様の命が奪われた時の事。あの日、無法者に襲われて、私はただ見ている事しか出来なくて。大好きな両親が血を流して倒れて逝くのを、私はただ、隠れて見ている事しか出来なかった。
ギフトの力で見つからなかった事に、ほっとすらしてしまった。
――だとしたら?
私が憎悪を抱く相手は、誰になるのでしょう。
怖くて、恐ろしくて、何も出来なかった自分自身?
両親を手に掛けた、あの無法者たち?
其れとも、其れを命じて暗躍していた、黒幕でしょうか。
私はきっと……考えないようにしていたのです。
思い出すたびに心がざわざわするから、わざと考えないように蓋をして、屋敷に籠っていた。
理不尽な物事への憎悪を、正しく持てていなかった。憎悪よりも先に、恐怖と悔恨が私の中に溢れていたから。
むき出しの自分の感情に、誰かを傷付けるような感情に、向き合う事が怖かったのです。
でも。
電脳世界で初めて、“強い自分”になることで……ほんの少し、変わる事が出来た今なら。
憎悪にも目を背けずに、きっと向き合える。
そう、目の前にいる真っ黒い影法師のような自分に。
決めたのです。正面から見据えて、戦うんだって。
最後の其の時まで、目をそらさずに、隠れずに、向き合うんだって。
だから、私は言います。
「私、あなたが――大嫌い、です」
両親を殺した無法者も。いるかも判らない黒幕も。
あの時隠れて震えていた自分も。
大嫌いだって、言ってやる。
●ココロ=Bliss=Solitudeは――
ココロは、闘技場をぐるり一周するように歩いていた。
小さく、けれど確かな足取りで降りていく少女とすれ違って上がった闘技場は、暗かった。だから自分と対角線上に立っている何かを直ぐに視認する事が出来た。
炎は紅く、敵の体からまるで呼気のように漏れている。あれはなんだろうか。恨み、嘆きの炎? 或いは嫉妬? 其れとも対抗心?
円を描くように歩くと、相手も歩く。後を付けられているような不気味さと、先回りされているような気持ち悪さがあった。
顔は良く見えないが、知っているような気もする。だが、知らないようにも見える。
「――あなたは誰?」
思い切ってココロが問うても、相手は答えなかった。ただ……姿見で見た顔にも感じられる。
成る程? なんとなく正体が判ってきた。
「あの人との間に、勝手に入ってこないでよ。貴方の事は好きだけど、それとこれとは話が別なの」
言葉をぶつければ、
「あの人との間に、勝手に入ってこないでよ。貴方の事は好きだけど、それとこれとは話が別なの」
同じ言葉が返って来る。まあ、そりゃあお互い様だよね。少しおかしくなって、ココロは口端を上げた。
「いつもあなたばかり評価されてる。わたしだって頑張ってるのに!」
違う。わたしの要領が悪いだけ。
そう判っているのに、判っていても、つい苛々してしまう。
「イイ子ぶってるとか、猫かぶってるとか、なんでそう悪く解釈するの? 誰にだって優しくしたいし、気に入って貰いたいの。わたしの勝手じゃない!」
同じ言葉は返って来るけど、反応はない。
学校で教えて貰った事がふと脳裏を掠める。確か、磁石の同じ極は反発し合うんだって。近しいからこそ、相容れない気持ちはあるのかもしれないね。
「――もうウンザリ!」
掌に灯した癒しの光を反転させて、大地に叩き付ける。紅い柱が焔纏う相手を包み込んだ。
殺しはしない。これは不殺の技。どうせ無理に消してもすぐに復活するんだし、だったらずっと残して、飼いならすのが一番いいよね。
そう。わたしは、わたしの中の怨嗟を飼い慣らす!
●恨んでも、恨まれても
「……ん」
「ああ、起きましたか」
目を開いたココロが最初に見たものは、仮面のドアップだった。
「ひゃあああ!?」
「やあこれは失礼。ちょっとバイタルを確認していたもので」
思わず悲鳴を上げたココロに、彼――ルブラットはよっこいせと立ち上がり、ココロに手を差し出した。
「さあ起きて。そうでないと凍死してしまう」
「ここは……ファルカウへ向かう道?」
「そう。我々は此処で揃って気を失っていたらしい」
ココロがルブラットの助けを借りて立ち上がり、周囲を見回す。仲間たちは既に意識を取り戻したあとだったが、フルールやクラリーチェ、キルシェはいささかぼんやりとしているようにも見えた。
「わたくし、もう、負けません」
「わたし、も……負けない」
「負けない、同士ですね!」
「……負けない、同士。……お揃い」
「お揃いです!」
かと思えば、ネーヴェやフローラのようにやる気に満ちた顔をしている子もいるし。恨みへの対応は様々なんだな、とココロは心中で思うだけにする。
「いやあ~、まさか夢の中? とはいえ殺される経験をするとは思わなかったなあ! まあこんなの滅多にないだろうし、いい経験にはなったかな~!」
帳は明るい表情でとんでもない事を言っている。殺されたんだ……一体何を恨まれるような事をしたんだろう……
「で、進まないの?」
帳が皆を見回す。
それがな、とシュバルツが後頭部をがり、と掻いた。
「お前らが意識を取り戻す前、俺達はもっと前方……ファルカウ側にいたんだよ。俺とルブラットが最初に目ェ覚ましたから、周囲を確認したんだが……」
「凄まじい吹雪でした。あれではファルカウに触れるどころか、近辺に近寄る事すら難しいでしょうね」
ルブラットが肩を竦める。
なんだあ、と夏子が声をあげる。
「折角目が覚めたらファルカウ! だと思ってたのに」
「取り敢えずお前らは冷え切ってたから、此処まで離したンだが……寒くないか?」
「わたくしは、大丈夫です!」
「わたしも、大丈夫、です」
おやおや、フローラはネーヴェの真似っこをしているぞ。
取り敢えず全員のバイタルはルブラットが確認して問題なかったようだが……猛吹雪が相手で、しかもこの極寒だ。一旦アンテローゼ大聖堂に戻った方が良いだろう、という結論に到った。
はて、あの“眠りの世界”が何を告げたかったのかは最後まで判らず――
眠り続ける深緑の民と、眠りの世界。そしてファルカウへの道を阻む大吹雪。
何か関係があるのだろうか?
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
思った以上に憎まれてる人多かったですね。
けれど、人を呪わば穴二つ。憎悪なんて、飼い慣らしてあやしちゃうくらいで丁度良いのかもしれません。
今回は全員に称号を付与しております。
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
こんにちは、奇古譚です。
愛する者を殺すより、随分と簡単な事です。
●目標
“憎悪”と対峙せよ
●立地
まるで砂地のコロセウムにも似た場所です――が、正確には、これは夢の中です。
アンテローゼ大聖堂から大樹ファルカウへと続く道には猛吹雪が吹き荒れており、其れに触れたイレギュラーズたちは眠りの世界へと引きずり込まれました。
エネミーとの決着をつけない限り、眠りから醒める事は出来ません。
●エネミー
貴方を憎むもの、或いは貴方が憎むものx?
このクエストには明確な答えはありません。
貴方の前に立つのは、貴方を憎む誰か、もしくは貴方が憎む誰かです。
殺しても良いでしょう。
罵っても良いでしょう。
或いは殺されても、罵られても良いでしょう。
ただ必要な事は一つ。決着をつける事です。
●
此処まで読んで下さりありがとうございました。
アドリブが多くなる傾向にあります。
NGの方は明記して頂ければ、プレイング通りに描写致します。
では、いってらっしゃい。
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