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シナリオ詳細

再現性東京202X:これは私の見てる夢。或いは、神の意志による世界干渉…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●夢を見ていた
 夢を見ていた。
 長い、長い夢を。
 眠りから覚めても、終わらない夢を。
 否、きっと今も……。
 私は夢の中にいる。

 ここが夢の世界だと、そう気づいたのはいつだったか。
 温度もある、質感もある、けれどどこかふわふわしている。
 確かにそこにある現実。
 けれど、果てしなく現実感のない風景、音、人の声。
 仕事でミスをし、叱責されても何も心に響かない。
 そうなることを知っていたから。
 目の前で交通事故が起こった。
 そうなるだろうと思っていた。
 夜遅くに雨が降り始めた。
 私はそれを知っていた。
 目から、耳から、脳に入る情報すべて、私の予想の範疇を超えることのないものばかり。
 明日、上司が大怪我をする。
 会社の入っているビルで、大きな火事が起きるだろう。
 私は事故に巻き込まれ、行方不明の死者として扱われるはずだ。
 知っている。
 そうなることを知っている。
 この世界で起きている何もかもが、私にとっては既知のものに過ぎない。
 なぜなら私の予想通りに……否、思い通りに世界は構築されるから。
 ここは私の夢だから。
 つまり、私はこの世界の神様なのだ。
 例えば、ほら……通りを歩いている男。彼は次の角で転倒する。
 毎日遅くに大音量で音楽を聴く上の部屋の大学生。スピーカーが壊れて数日間は静かに過ごす。
 そして、それらは事実としてその通りになった。
 なぜなら私が神様だから。
 この世界の創造主は、私だからだ。
「夢ならこのまま覚めないでいいな。でも、夢だからいつかは終わるのかな。だったら……」
 辛い現実に酷似した、面白いことの無い夢の世界。
 いつか終わるとするのなら。
 少しだけでも、面白くしたい。
 数十年の期間にわたって、私の胸中に溜まり続け、胸の内でじわじわと熱を持ち続け、ついには脳を焦がした暗い感情を……発露させる時はきっと今なのだ。
『やっちまえ。まずはどうする? 手始めに嫌な奴らを皆殺しにするっていうのはどうだ?』
 そんな声が脳裏に囁く。
「それがいいな」
 誰とも知らぬ声の主に、私はそう言葉を返した。
 刹那、脳の内で誰かが笑う。
 響き渡る呵々大笑。
 つられて私も、数年ぶりに腹の底から笑っていた。

●試行錯誤
「神はただそこにいるだけ。祈るのは人の勝手っすけど、神の側から生きてる人間に手を出すことはないっすよ。助けもしなけりゃ、罰することもしないっす」
 祈って助かるというのなら、誰だって不幸な目に遭うことはない。
 教会に孤児が溢れることも無ければ、今なお避難所生活を続ける再現性東京の人々だって、平穏な日常を失わずに済んだはずである。
 そう言ってイフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)は、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「再現性東京の片隅、先の騒乱による被害が少なかった区画っすね。以前の通りとはいかないまでも、多くの会社やお店、学校なんかは再開しているみたいっす」
 そんな中、歩道橋から往来を見下ろす1人の男が今回のターゲットとなる。
 年は40代の半ばほど。細身の男だ。
 名前は不明。
 以前は会社員だったそうだが、現在は無職……否、職場での事故に巻き込まれ、公的には死亡として扱われている。
「これ、ちょっと奇妙なんっすけどね。彼に関する情報が全然集まって来ないんっす。それに“異常なほどに印象が薄い”っす。それこそ、人混みに紛れ込まれればすぐに見失ってしまうほどに」
 そのため、何時間も歩道橋に佇み続ける彼の存在を道行く人の誰もが気にとめていない。
 まるで、そこに誰もいないかのように振る舞っているのだ。
「彼の視認できる範囲では、連続して事故や事件が起きているっす。ショッピングセンターでは火事が起きて、コンビニには車が突っ込んで、往来では暴力事件に通り魔事件、謎の発作で意識不明になる人もいる。看板は落ちるし、電柱は倒れる。巻き込まれる人もいれば、奇跡的に助かる人もいる」
 そして、それらの事件は、全て男性によって引き起こされているものだという。
 人々のあげる悲鳴を聞いて、混乱し慌てる様を見て、にやにやと笑っているそうだ。
「思った通りの出来事が起きる……と、彼は考えているみたいっすけど、実際のところは違うっす。事件を引き起こしているのは、夜妖っすね」
 事件を起こす瞬間だけ姿を現し、どこへともなく消え去っていく。
 そんな性質を有した影のような夜妖である。
 また、これまで起きた事件から察するに【ブレイク】【停滞】【混乱】【塔】などの異常を振りまいている可能性が高いとイフタフは読んでいた。
「件の男性に取り憑いているんっすかね? 男性の方を捕まえても、別の誰かに憑きなおすだけな気がするっす。そうなったらまたふりだしっすからね」
 神を自称する男性が、騒動を起こそうとしなければ夜妖を視認することは出来ない。
 男性を拘束、或いは気絶させたところで、夜妖の討伐には至らない。
 往来に人がいなければ、男性がその場に留まる理由は無くなってしまう。
「事故や事件が多発するほど、夜妖を討伐しやすくなるってことっすね。……まぁ、その間に発生する被害については、想像もしたく無いっすけど」
 と、そう言って。
 イフタフは、困ったように肩を竦めた。

GMコメント

●ミッション
夜妖“ゴッド・ウィル”の討伐

●ターゲット
・ゴッド・ウィル(夜妖)×1
影のような姿をした夜妖。
人に取り憑き、その者の思った通りにアクシデントを起こす性質を持つ。
そのため、取り憑く対象は世の中に対してある程度の不満を抱えている者や、思い込みの激しい者が多いようだ。
普段は姿を消しており、行動を起こす際にのみ姿を現す。

神の意志による:神中単or範に中ダメージ、ブレイク、停滞、混乱、塔
 自在に形状を変える影による干渉。

・名も知れぬ男性
非常に気配の薄い男性。
どうやら気配が薄いのは、ゴッド・ウィルに取り憑かれている影響によるものらしい。
特徴に薄いため、人混みに紛れられてしまうとすぐに見失ってしまうだろう。
現実の世界が「自身の見ている夢」であり「夢の世界において自分は神である」と思い込んでいる。
夢なので、彼の思った通りの出来事が起きる(実際にはゴッド・ウィルがそれを起こしている)
現在は歩道橋の上から街を観察している模様。
ゴッド・ウィルの影響によるものか、本人の意思か定かではないが、街で次々と事件や事故を起こして遊んでいるようだ。
彼の視界に映り認識できる範囲が、ゴッド・ウィルの主な行動範囲となる。

●フィールド
再現性東京。
日中の往来。
人や車の通りは多く、近隣の店や施設も営業を再開しているようだ。
事件や事故が多発していることもあり、野次馬や取材者、事件の後処理をするための人員などもいる。
片道3車線の道路がある。道路にかかる歩道橋の上から「神を自称する男」は街を睥睨している。
往来に人の気配が無くなれば、男はその場に留まる必要がなくなってしまう。
そうなれば、夜妖の行方も知れなくなるだろう。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 再現性東京202X:これは私の見てる夢。或いは、神の意志による世界干渉…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年04月20日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)
黒鎖の傭兵
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
鏡(p3p008705)
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
神倉 五十琴姫(p3p009466)
白蛇
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ

リプレイ

●どいつもこいつも
 指先1つを動かす必要さえもない。
 その“目”でそれを視認して「彼女は眩暈を起こして車に轢かれる」と。
 そうあれかしと望んで視れば、世界はするりと己が意思のままとなる。
 
 銀の髪が風に靡いた。
 するり、と。
 足元から伸びた黒い鍵爪が『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)の脚を引き裂いた。
 ガチン、と硬質な音が響いて火花が散って。
 ヴィリスは僅かによろめいて。
 刹那。
 するり、と。
 その銀髪の流れが不自然に揺らいだ。

 しゃらりと刃を抜く音がした。
 けれど、刀身は影の1つも地に落とさない。
 鏡(p3p008705)が刀を一閃させて、黒い影を斬り付けるのと、黒い影の鍵爪が鏡の腿を引き裂いたのはほぼ同時。
「あはぁ、何かしましたかぁ? 特に普段と変わりませんがぁ?」
 攻撃を終えた影は、すぐに姿を消してしまった。
 けれど、確かに“そこ”にいる。
 目には見えずとも、気配だけは感じ取れる。
「自分の思い通りに物事が起きて喜ぶのって神様っていうより子どもよね」
 そう言ってヴィリスは数歩後退。
 鋼の義足に裂傷は刻まれているものの、戦闘の続行には何ら支障はないだろう。
「なんでも出来ると踏んだなら、もっとやれる事思いつくだろうに……」
 片手を腰の刀へと伸ばして『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)が辺りへ視線を巡らせる。
 先ほど現れた影が、夜妖……ゴッド・ウィルで間違いないだろう。しかし、なるほど事前に話に聞いていた通り、攻撃の瞬間にだけそれは実体を伴い姿を現すようだ。
 刹那の間に事を終え、事故や事件を巻き起こす。
 通りの各所で起きている幾つかの不幸な出来事は、どれもゴッド・ウィルの仕業に違いない。
「……だが、参ったな。注目を集め過ぎている」
 通りの外れ、人気の少ない植え込み近くとはいえど、刀を抜いてはいかにも目立つ。ましてや、鏡やヴィリスは髪の色からして特徴的だ。
「映画の撮影かしら?」
「コスプレイベントでもやってるんじゃないか?」
「おい、姉ちゃんたち! どこの店だ?」
 疑問の声と野次が飛び交う。
 次第に人が、一行の近くへ集まって来る。
 死角が増えれば増えるほど、ゴッド・ウィルの襲撃に気付きにくくなるだろう。ことによっては一般人へ被害が出る可能性も高い。
「移動した方がいいかな? えぇと……自称神様はどこかなーっと」
 襲撃を受けた鏡とヴィリスを治療して、『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)は視線を上方へ向けた。
 ビルの2階のカフェテラス。
 アパートのベランダに、停車しているトラックの荷台。
 それから、道路にかかる歩道橋の真ん中。
「あぁ、あれかな。うん、何だか印象の薄い人だけど……そっか、神様になるのが夢だったんだね。思い通りになると楽しいのは分かるよ」
 なんて。
 そう呟いて、茄子子はまっすぐ歩道橋へと歩き始めた。
「まぁ、夢なら早く覚ましてあげないと、起きたとき辛いもんね」

 事故を起こした自動車が、茄子子たちのいる植え込みへと突っ込んだ。
 轟音、衝撃、誰かの悲鳴。
 くっくと肩を揺らした男が、橋の手すりに身を乗せて身体を前に乗り出した。
 哀れな事故の被害者を、自身の目で確認しようと考えたのだ。
 と、その時だ。
「先程から橋の上から下を見ておりますが、飛降りを御考えになさってるのでせうか? 何か辛いことがあるのでしたら話ぐらいは聞くのですよ」
「……あん?」
 投げかけられた声に振り向けば、いかにも魔女といった衣装に身を包んだ女がそこに立っていた。
『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)の視線は、確かに男を捉えている。
 数時間の長きに渡り、男は歩道橋の上に立っているが……声をかけられたのはこれが初めてだった。
 歩道橋を通る者は数多いが、そのほとんどは男のことなどまるで眼中にないかのように、ただ後ろを通り過ぎていくばかりだった。
「はは。飛び降り? なんで僕がそんなことを? あぁ、でも……それも楽しそうだな。きっと皆、大慌てするぞ」
 そう言って男は、視線をヘイゼルの後ろ……『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)へと向ける。
「お前がいいな。飛んで見せろよ」
 その目で男はイズマを見据え、囁くようにそう告げた。
 直後、イズマの足元で黒い影が蠢いた。
 影はイズマの身体をするりと這い上がり、その手足を掴んで無理矢理、橋の手摺りへ歩ませる。
「くっ……影に潜んでるのか? だが、ゴッド・ウィルを引きずり出したぞ!」
「上出来じゃ! 支佐手! 気を付けるんじゃぞ! そなたに武運を」
 来ると分かっているのなら、対応するのは容易であろう。
 ひとつ、気勢を吐き出して『白蛇』神倉 五十琴姫(p3p009466)は槍を抜く。イズマの身体ごと貫かんとする勢いで繰り出した刺突は、しかし寸前で空を切った。
 ゴッド・ウィルがイズマの身体を蹴り飛ばし、橋から突き落としたのだ。
「うぉっ!」
「っとと、危ないの! 掴まれ!」
 イズマの身体が橋から地上へ落ちる寸前、『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)は手を伸ばし、鋼の右腕を掴む。
 そうしてイズマを橋の上へと引き上げるが……次の瞬間、支佐手は小さな舌打ちを零す。
「ええい、次から次へと厄介な奴じゃの。琴、そっちじゃ!」
 姿を消したゴッド・ウィルが五十琴姫の背後に姿を現したのだ。
 にぃ、と影が笑った気がした。
 瞬間、影は鍵爪を、五十琴姫の首へ向けて振り下ろす。
 だが、しかし……。
「これが神の意思ですか。夜妖のチープなトリックですね」
 細く、鋭い魔力の光がゴッド・ウィルの腕を撃ち抜き弾き飛ばした。
 ヘイゼルは視線を男へ向けて、淡々と言葉を投げつける。
「……うん? おかしいな。何で思う通りにならない?」
 ヘイゼルの言葉など聞こえていないとでも言うように、男は訝し気に首を傾げている。
 ぶつぶつと呟くひとり言。
 聞き取れないが、どうやらヘイゼルたちの存在は彼の意識の外にあるようだ。
 否、それだけではない。
「もしかしてこいつ、影が見えておらんのではないか?」
 イズマを橋へと引き上げて、支佐手は疑問を口にした。
 どうにも男の視界には、影の怪物……ゴッド・ウィルは映っていないようである。

●思うがままに
 濛々と黒煙が立ち昇る。
 横転した車両を押し退けて、マカライトが這い出した。
「っ……ティンダロス!」
 マカライトの呼び声に応えたのは、馬のような巨躯の狼らしき奇怪な生物である。マカライトと協力し、ティンダロスは車体の下から仲間たちを助け出す。
 幸い、下敷きになったものはいない。
 寸前でヴィリスが、茄子子と鏡の背を押すことで直撃を回避させたのだ。けれど、代償としてヴィリスの脚は車体と地面の間に挟まれた。
「あっぶないわね」
「危ないっていうか、ヴィリス……脚が。それに、この臭い、ガソリンが零れているのか?」
 車体の下からヴィリスの身体を引き摺り出しつつ、マカライトは鼻をひくつかせた。ガソリン特有の鼻の奥に粘りつくような臭い……それから、僅かに血の臭いも混じっている。
「……運転手は? 出て来てないか?」
「あぁ、気絶しているみたいですねぇ」
 鏡は言って、刀を一閃。
 へしゃげた車体の一部を斬り断ち、頭から血を流している運転手を道路へ転がす。
 このまま車体から離すべきか、それともまずは治療が先か。
 頭の怪我は油断ならない。
 迂闊に動かした結果、症状を悪化させてしまったなんて話はよく耳にする。
「これぇ、どうしましょう?」
「会長に任せて。死人はもちろん、重傷者も軽傷者も1人も出さないよ」
 意識を失った運転手と、ヴィリスを並べて地面に寝かせ茄子子は胸の前で手を組み目を閉じた。
「よしよしいたいのいたいのとんでけー」
 口の中で祝詞を転がし、紙吹雪でも放るみたいに両の腕を宙へと払う。
 ふわり、と燐光が散らばって2人の身体に降り注いだ。
 運転手の意識は未だに戻らぬが、ヴィリスの脚は問題なく動く程度には回復した。
 立ち上がったヴィリスは、運転手の襟を掴んで道の端へと運んでいく。
「わざわざ自分の思い通りに事故を起こすなんて神様のレベル低くないかしら?」
 額から頬へと伝う血を拭い、ヴィリスは小さく呟いた。
 その視線は、歩道橋の上にいる男性の方へ向いている。
「不幸中の幸いというべきか……通行人の注意は事故に向いている。此方も戦闘を開始しよう」
 と、そう言って。
 マカライトは、ティンダロスの背に飛び乗った。

 爆音が響く。
 零れたガソリンに引火して、事故車両が爆発したのだ。
 往来で悲鳴が響く。
 歩道橋の真上から、男は思わず橋の下へ身を乗り出した。
「はは! 見ろ! 皆、慌てふためいてるぞ! そら、もう1度……今度は信号でも倒してやろうか! それとも、何人か倒れさせるか!」
 往来を指さし男が叫ぶ。
 瞬間、支佐手の眼前からゴッド・ウィルが姿を消した。
「なぬっ!?」
「……っ周囲の被害を抑えられない!」
「えぇい! わしが乗り込んで止めて来る!」
「支佐手! あまりに前に出過ぎるでない!」
 憤り、橋から飛び降りようとする支佐手を五十琴姫が呼び止める。
 往来の各所で断続的な悲鳴があがり、その度に信号が倒れ、誰かが意識を失い倒れる。先の爆発もあり、往来はまさに阿鼻叫喚といった有様である。
 しかし、出現と消失を繰り返しているゴッド・ウィルを喧噪の中で捉えることは難しい。たとえ支佐手が乗り込んだとしても、接敵できずに終わる可能性の方が高いだろう。
「注意をもう1度こちらへ向けさせることができれば……」
「……大怪我をしたはずの上司でも作れれば、思わず手を出したくなるか?」
 ヘイゼルの零した呟きに、イズマはそう言葉を返した。
 しかし、イズマは男の上司の顔を知らない。
 スキルで幻を作り出すには、ある程度具体的なイメージが必要となるのだ。
「それにしてもつまらないな。創造主なんて言う割には、既にある物を壊す程度しかできないじゃないか」
「うぅむ。相手はどうやら新しい力を手に入れて、居丈高になっちょるようです。反抗的な人間が現われりゃ頭に来るでしょうか?」
 剣を下ろして支佐手はそう呟いた。
 男を斬って終わりというなら話は早いが、残念ながら彼は単なる一般人だ。少々、思い込みが激しい様子だが、あくまで夜妖に利用されているだけ。
 それを不要に傷つけることは出来ない。
「それじゃ、会長に任せて」
 思案するイズマと支佐手の間をすり抜けて、茄子子はゆっくり男の方へと近づいていく。
 腕を広げ、盛大に笑う男の背中に茄子子は言葉を投げかける。
「神様ってムカつかない? だって折角こっちが信仰してあげてるのに救ってはくれないんだよ」
「……神に対して無礼じゃないか?」
 茄子子の言葉に、男は笑うことを止めた。
 振り返り、両の眼で茄子子の姿をしかと捉える。
 今、この瞬間に限って男の意識は明確に茄子子1人へと向いているようだ。
「無礼じゃないよ。無礼じゃないけど、好きにしたらいいんじゃない?」
「そうか。なら天罰をくれてやろう」
 囁くように男は告げる。
 直後、茄子子の背後に影が立ち上がりその細い首に手をかけた。
 ミシ、と骨の軋む音。
 一瞬、茄子子の呼吸が止まる。けれど、意識が途切れることも、その身に異常を来すこともない。
「神様でも会長の運命は汚せないんだね。なーんだ出来ないことあったじゃん。よかったねキミはちゃんと人間だよ」
「なっ、なぜ! そんな……そんなはずない! 俺が神だ。俺の思い通りに……っ!」
「ふふ! 神とは大きく出たのぅ! そなた、神を自称するからには逃げたりはせぬよな?」
 ここぞとばかりに五十琴姫が男を煽る。
 男の視線が五十琴姫へと向いた瞬間、彼女はするりと茄子子の背へと姿を潜めた。
 あくまで男の意識は茄子子1人へ向かせる算段だろう。
 しかし、そうしながらも五十琴姫は槍を腰の位置に構えて、即座に攻勢へ出られる姿勢を崩さない。

「倒れろ! くたばれ! 消え失せろ!」
 ヒステリックに男が叫ぶ。
 その度に、影の爪が振るわれて茄子子の身体に裂傷を刻む。
 茄子子の身体を包む燐光は、彼女自身とヘイゼルの術によるものだ。常時回復を施していれば、そう易々と茄子子が倒れることも無い。
「あぁ、ちくしょう! 苛々する! 何で思い通りにならない! もういい! 橋ごと落ちちまえ!」
 一行に倒れぬ茄子子の姿に憤り、男はついに橋を落とせとそう願った。
 歩道橋が落下すれば、男も無事では済まないだろう。だというのに、彼はそれを願ってしまった。
 神であれば自分だけは無傷で済むと、そんな風に思っているのか。
 そして、ゴッド・ウィルは男の願いを忠実に叶える存在だ。
 例えそれが、男にとって不利益となる願いであろうと。
「っ……止まれ! 今は橋に上がって来るな!」
 影が両腕を振り上げた。
 宙へと舞ったイズマが叫び、今まさに歩道橋へと駆けあがって来るヴィリスとマカライトを制止する。
 だが、しかし……。
 しゃらん。
 鞘鳴りの音が鳴り響き、振り上げた腕が切断された。
 霞のように空に溶けて影が散る。
 1回、2回、3回……続けざまに鞘鳴りが響き、影の身体が刻まれた。
 一見して、鏡はただそこに立っているだけにしか見えない。
 けれど、実際は違う。
 視認できないほどの速度で刀を抜き、ゴッド・ウィルを斬っているのだ。
「動けませんか? よかったぁ……って事は聴覚はあるって事ですよねぇ」
 鏡に斬られたゴッド・ウィルは動きを止めた。
 にぃ、と鏡の瞳が細く弧を描く。
「じゃあよく聞いて下さいねぇ。アナタ、もう終わりです」
 
●夢の終わり
 マカライトの跨る獣が、歩道橋を駆け上がる。
 姿勢を低く、ヴィリスがそれに並走していた。
 2人の瞳に映るのは、神の意思とは名ばかりの、禍々しくも気配の希薄な1匹の夜妖である。

 消えろ、消えろ、消え失せろ。
 男はひたすら叫び続けた。
 男が叫び続ける限り、ゴッド・ウィルは姿を消さない。
 神の意思に従うという“在り方”が、男を夢から目覚めさせるのだ。
「しかし、随分派手にやったもんです。復旧にゃ骨が折れそうですの」
 そう呟いて、支佐手は往来を見下ろした。
 立ち昇る黒煙に、燃える車両。
 散らばるガラスに、倒れた信号。
 遠くで響くサイレンの音。
 これが神の意思というなら、なんとも悪辣なものである。
 けれど、それももう終わる。
「見るがいい! 我が創術の冴えを!」
 ゴッド・ウィルの横腹を五十琴姫の槍が貫き宙へと弾く。
 歩道橋から空へと投げ出された影に、幾つもの鎖が巻き付いた。
「肝心なこと忘れるな。夢は醒めるから夢なんだろ」
 マカライトの伸ばした黒鎖に絡めとられたゴッド・ウィルは、藻掻くように身を捩る。斬られた腕も、いつの間にか再生していた。
 鎖を掴み、引き千切ろうと足掻く影の顎へ向け、鋭い蹴りが叩き込まれたのはその時だ。
「自分の思い通りになる夢が楽しいのは分からなくもないわ。でもね、夢って言うのはいつか絶対に覚めるものなのよ」
 ヴィリスに顎を蹴られた影は、大きく後ろへ身を仰け反らす。
 がら空きになった胴体へ向け、イズマは飛んだ。
「あぁ、辛い現実に憂さ晴らしをしたくなるのは解るが……俺は、誰かが被害に遭うのを見てても楽しくはないな」
 バチ、と空気の爆ぜる音。
 雷光を纏った細剣が、影の胸に突き刺さる。

 空気が震え、地面が揺れた。
 雷光が瞬き、影を掻き消す。
 ゴッド・ウィルが消えた瞬間、男は力なく地面に膝を突く。
 これまで感じていた全能感が、一瞬にして喪失したのだ。身体に影響はないが、男の負った精神的なダメージは計り知れない。
「神なんてどこにも居ないよ。だけど、朝から憂鬱な気分にならないようにするくらいだったら任せてよ。羽衣教会が心の支えになってあげるからさ」
「実際に相談に乗るのも一興なのですよ」
 力なく項垂れた男へと、茄子子とヘイゼルが言葉をかける。
 虚ろな瞳が2人を捉えた。
「……消えろ」
 掠れた声で男は告げる。
 しかし、何も起こらない。
 夜妖が消失し、男は夢から覚めたのだ。
 己が神でないことを、彼は本能的に理解していた。
 けれど、彼は弱かった。
 だから彼は夢に逃げた。
 そうして今度は、差し伸べられた茄子子とヘイゼルの手を取って……。
「あぁ、怖い怖い。さて……誰を斬るかは神様じゃなくて私の意思で決めますから、あしからず」
 茄子子は善意で。
 ヘイゼルは興味本位で男に手を差し伸べたのだろう。
 それを「怖い」と評した鏡は、肩を竦めて静かにその場を立ち去った。

成否

成功

MVP

楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
ゴッド・ウィルは無事に討伐されました。
神を自称する男性は夢から目覚め、新たな心のよりどころを見つけたようです。
ハッピーですね。
依頼は成功となります。

この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。

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