シナリオ詳細
明日無き子らに救いを
オープニング
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深き夜。
月明かりさえ室内を照らさぬ、暗き一室にその者らはあった。
薄暗いランタンの下、テーブルを囲む者達は、気配が希薄な者達だ。
「――覚悟は良いか、諸君。
信仰のため、我らが主のため、新たなる天義のため。
我らが守るべき子らを、殺す覚悟は良いか」
静かに告げるのは男の名前をエルヴェツィオという。
澱みんだ瞳には揺らぎがなく、声色は落ち着きながらも闘志に燃える。
それに集う者達の瞳もまた、エルヴェツィオ同様に澱んだ瞳に揺らぎはない。
「我らは影……ただ、この国の為にある影で良い。
きっと、あの方が、あの方々がこの国を照らしてくれよう。
故にこそ、我らが為すべきことは唯一つとしれ」
「我ら一同を以って、必ずやロウライト様の描く未来の為に粉骨砕身いたしましょうぞ」
ある一人が告げれば、また別の者も肯定の意を示す。
「……あぁ、それでいい。我らが主のため、その邪魔となる者は消さねばならぬ」
ガッ――と、エルヴィツィオがテーブルの上に置かれた地図にナイフを突き立てた。
「そのために、此度はここにあるコンティノーヴィスを潰す。
非情、過酷なる不正義の徒、正義の旗を掲げて民衆を虐げし男。
傲慢にして冷徹な男を、我らの手で殺す。
その邪魔となる者が、アドラステイアなる邪教の手の者――オンネリネンなどというのならば。
それが小さき子らであろうと気にする必要はない。
――殺せ。ディオニージ・コンティノーヴィス共々、地に還るが救いである」
深き夜、静かに彼らは目標を定める。
夜に生き、夜に死ぬ。
それこそがやがて、この国の為になると信じて疑わぬ。
傲慢にも、狂気的にも真っすぐに――そう、彼らは信じている。
それはきっと、エルヴェツィオが抱く狂気によるものだとしても。
●
ティーチャーは言っていた。
貴女に与えるこの鎧は、貴女のためにある。
貴女を導き、貴女を守り、貴女の同胞を守るのだと。
フラヴィアは敬虔なる信徒であった。
父は、母は、そんなフラヴィアのことを愛してくれた。
だからそんな二人を殺したに等しい祖国なんて、嘘だと思う。
だから、アドラステイアのために、私は――この身を尽くすのだ。
「おい、聞いているのか小汚い小娘!」
怒号が飛び、顔の横すれすれを灰皿が飛んでいく。
フラヴィアは、反射で避けそうになった身体を、何とか堪えて真っすぐに彼を見た。
「……ふむ、度胸はあるようだ」
ふかふかとした椅子にどっかりと座って、男が笑う。
嫌らしい奴だ。避けようとしたら臆病者、歯向かおうとしたら反逆者。
そうやって、フラヴィアを殺したいのだと、この数日で流石に分かってきた。
ディオニージ・コンティノーヴィスだとかいうらしいこの男は、フラヴィア達を雇っている人物だ。
天義の――古き天義を信奉する彼にとって、アドラステイアから来たフラヴィアは敵に等しい。
(……だからきっと、貴方は私達を捨て駒にするつもり。
私は、それでもいい。きっとこれも試練だから……けれど)
思うのは、自分よりうんと幼い部下の事。
天涯孤独、いつか信仰の為に死んで両親とまた会いたいフラヴィアと違って、あの子たちには未来がある。
だから――何とか、あの子たちだけでも助けたいのに。
傲慢で、非情で、冷徹なこの男や、その部下たちは、そんなことを許すわけがない。
(……助けて、なんて誰に言えばいいの?)
脳裏に響く、嫌な声から意識を逸らしながら、少女はただ立っている。
●
「……皆さんに、お手伝いをお願いしたいんです」
アメジストの少女――シンシア(p3n000249)は、一枚の羊皮紙を手に取ってイレギュラーズを見る。
「コンティノーヴィスという天義保守強硬派の方からの依頼です。
……このコンティノーヴィスという貴族。
もうずっと昔、私がアドラステイアへ行くよりも前にいたことがある町の領主なんです。
彼は……はっきり言って、非道です。苛烈ですし、冷酷です。
それでも、その矛先がかつての天義における不正義――犯罪者であったために、彼の冷酷さは肯定されていました」
昔を振り返るように語る少女の手は、僅かに震えている。
それが、嫌な記憶を思い起こしたが故なのか、別のものかはまだ分からないが。
「でも、今はそんな時代じゃない……ですよね? だから彼は保守強硬派の立場を取ってます」
――古き天義(そっち)の方が、自分にとって都合がいいから。
あまりにも自分勝手で傲慢な理由だが、戦力の少ない保守強硬派から見れば、それでもいないよりましな戦力なのだろう。
「この依頼書は、そんなディオニージ・コンティノーヴィスから皆さんへローレットへ宛てられた護衛依頼です。
でも、問題はそこじゃないんです。……彼は、アドラステイアからオンネリネンの子供達を雇い入れた、協力しろと、そう言っています」
少女の握りしめた拳が、ぎりぎりと音を立てる。
「……彼は、きっとアドラステイアなんて受け入れない。
だから、子供達を戦力なんて考えてないはずです。
あの男を護るために、じゃなくて……
このままではむごたらしく死ぬしかない子供達の為に、どうかお力を貸してください」
そう言って少女が深く頭を下げた。
「いつか、皆さんがあの国(アドラステイア)を壊すのだとしても、
子供達が殺される理由にはならないはずですから」
お願いします――頭をあげることなく、少女がもう一度そう言った。
- 明日無き子らに救いを完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年04月23日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
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「これは不可思議なことをいう。工兵とは……な。野戦訓練された程度の餓鬼に?」
なだらかな丘陵に設置された野戦陣地の内部、本陣とでもいうべき場所にて男は腰を掛けている。
ディオニージ・コンティノーヴィス――依頼人であるその男の真向かい、『群鱗』只野・黒子(p3p008597)は淡々と交渉をしていた。
咄嗟に動けるようにだろう。腰かけた円椅子はかなり軽い。
「……まぁ、良かろう。好きに使え。どうせあれらなど吐いて捨てるほどいる。
資材については余りは好きにせよ。既に使用しているものの借用は赦さん」
ディオニージが鼻で笑って顎で指示を出す。
もういう事はない――と、そういうことだろう。
「では、改めて本日の作戦についてご提案を。
罠や索敵で敵の接近方向を絞り込み、縦深に布陣します。
御身の直衛は聖騎士達に、我々は前で守る……こういったのはいかがでしょう」
黒子に続けるようにマルク・シリング(p3p001309)は作戦を簡潔に説明してみる。
「…………まぁ、良かろう。貴様らの思う策をせよ。
貴様らがそういうのなら、我が兵は粛々と我を守らせるだけだ」
少しばかり長い間があった。
その視線はマルク――ではなく、マルクの示した地図を見ている。
冷やかな光を呑むような純黒の瞳だった。
返答として礼を返した後、2人ははそっとその場を立ち上がった。
(大人が子供を手前の都合の良いように利用したり、使えなければ殺すなんて事が許されるわけがない。
……子供達は誰も死なせない。この世に死んでいい子供なんか居るわけがない)
交渉の一端をハイセンスもあって聞き取った『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)は思わず拳を握り締めた。
脳裏に浮かぶのは預けている我が子の事。
親になってからというもの、子供への想いはなおの事強くなっている。
交渉中だった2人が合流するのを待ってから、ジェイクは子供達へと声をかけていく。
(保守派の、よりにもよって異端審問官の資格を持つ高位階の人物がアドラステイアと繋がっている。
このような有様では、成程アドラステイアの討伐どころではないのでしょうね)
『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)は先に依頼人であるディオニージと会った時のことを思い出す。
「ローレットを敵視していると思われる保守派が、ローレットに依頼をしてきた意図は気になる所ですが……まあ良いでしょう」
ローレットは中立、誰が依頼人だろうが、基本的には拒まない。
そして依頼を受けた以上は最大限の努力をする――そういう組織だ。
「では参りましょう、シンシア様。あの子らを生かす為に」
顔を上げれば、そこには遠巻きにオンネリネンを見る少女がいる。
心情的にか、シンシアは子供達の前途を憂うようでありながら前に出ることを躊躇しているようだ。
「あの子たちの下へ行くことに躊躇するお気持ちも分かります。
シンシアさんのおっしゃる通り、彼女たちを、ここで死なせる理由などありはしない」
同じようにシンシアの様子を見た『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)も声をかける。
依頼人にははっきりいって虫唾が走る。あんな者達のせいで、理不尽にも殺されるなんてあってはならない。
「依頼をこなしつつ、彼女たちを助けることが一筋縄ではいかないことは理解しています。
でも、必ず助けましょう。そのために、全力を尽くします」
「そうですね……ええ、そうです。そのために、皆さんにこの依頼を受けて頂いたのですから……私も、頑張らないと」
ふるりと髪を揺らして、シンシアが表情に覚悟を見せる。
「気合い入れなおすのはいいが、あんま無理はすんじゃねーぞ」
その様子を見た『餓狼』シオン・シズリー(p3p010236)は少女の肩へぽん、と軽く叩いてから仕事を手伝うために歩き出す。
(しかし、実際、アリシスの言う通りだ。
保守強硬派のくせにあたしらに依頼ね……それもオンネリネンも使いながらときたもんだ。
舐められてんのか? まあ請け負ったことはやるが、気を許すつもりは一切ねえ。
これは向こうもお互い様だろうが)
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ディオニージらの説得が終わった後、イレギュラーズは直接作業に入る者の他、子供達へ声をかける者もいた。
「大丈夫でありますよ。君達は絶対に死なせたりしない。
自分達イレギュラーズが……そして、この宇宙保安官ムサシ・セルブライトが絶対に守るでありますから。約束であります」
そう声をかけているのは『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)だ。
根拠も何もない――しいて言うならばローレットのイレギュラーズとしての戦歴を以ってそれとしよう。
堂々とした自信に満ちた発言は不要な小細工無しであるがゆえに子供達にも浸透するというものだ。
「……大丈夫、といえば無責任になるでしょうか。
私たちは、貴女たちと共にこの戦いを生き抜き、依頼を達成するためにここにいます。
無理強いはしません。ですが、協力していただけると助かります」
シンシアを連れた正純は隊長であるという少女フラヴィアの下へ訪れていた。
「……これも神の試練、ですか」
そういうフラヴィアの瞳には複雑なものが見える。
ローレットは敵――そう教えてこられているであろう子供達。
そう考えれば、苦渋の決断でもあろう。
「分かりました。あの子達を、どうか頼みます」
拳を握り締めて――それでもきっと、ディオニージよりはマシだと、そう言わんばかりに少女が肩を落とした。
「オンネリネンと戦うことはあっても共闘は初めてかも……こうして見るとワタシと同じ子供だね……」
ジェイクや黒子の指示のもと、各々が出来る手伝いをしている子供達を見ながら『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)も思う。
実際、思うところはあるのだろうが、こうして作業をしている姿は少年や少女でしかない。
下手をすれば、フラーゴラよりも若い子もいるのだろうし、年長の子であってもフラーゴラとそう歳は変わるまい。
(ワタシは望んで戦っているけど……この子達はどうだろう?
生きるために仕方なく……かな?)
子供達の様子は子供ながらもオンネリネンだけあり動きが良い。
それでもどこか、何かを考えないようにしているようにも見えるのは、気のせいではないのだろう。
●
陽光が眩いばかりの白から赤く、橙へと変わり焼けるように落ちていった。
鳥の囀りも闇、月明かりがぼんやりと顔を出す。
「状況は複雑だけれど、僕は持てる全てを使い、子供達を護ってみせる」
マルクはワールドリンカーに手を置いて、小さく呟いた。
「かかった、8人だ! 来るぞ!」
ジェイクが双銃を構えたのとほぼ同時、開けておいた場所から8人の封魔忍軍が飛び込んでくる。
「オンネリネンだって『使える』んだよディオニージさん…
ワタシ達は何度もオンネリネンに苦戦させられたもの」
フラーゴラの放った悪意の魔弾が射程内にいた1人の封魔忍軍へと放たれた。
ふわりと躱されるも、構いやしない。
この攻撃はあくまで前身を告げる合図。
合図に合わせようとしたジェイクは、しかし動けない――いや、動かない。
「――エルヴィツィオはどれだ!」
迫りくる封魔忍軍へ銃口を向けジェイクは叫ぶと同時に引き金を引いた。
抜群の射撃コントロールにより放たれた弾丸は封魔忍軍の頬を掠めていく。
「ジェイク、よく見ろ。アンタの眼が頼りだ」
シオンはジェイクの索敵を補助しつつ、短剣を抜いた。
投擲用のソレに魔力を籠めれば、それは深く昏い闇を纏い、必殺を抱く。
夜の闇に置いてなお濃い闇を纏った短剣を無造作に投げた。
真っすぐに飛んでいった短剣が昏い魔力を帯びたまま駆け抜け、封魔忍軍へ突き立つ。
狙いが浅くとも大きな傷がその忍の頬に浮かぶが、そんなことはお構いなしとばかりに、そいつはこっちに向かってくる。
止まらぬ封魔忍軍が近づいてくる――その間を、ムサシが割り込んだ。
「……あなたの相手をしている場合でないのであります!」
レーザーコーティングされた警棒を以って忍軍の忍刀を防げば、相手は静かにこちらを見ていた。
ただ仕事を熟すために心を殺したのか、光のない、機械的にさえ見える瞳だった。
「自分は約束したのであります。あの子たちを死なせないと、絶対に守ると!
だから、邪魔を――するなッ!!!!」
熱く猛る青年の胸元に短刀が突き刺さる。
けれど、その痛みだって知った事か。
この身は倒れない。倒れてなどいられない――
マルクは空からの視界を確保する予定だった。しかしそれについては上手くいかなかった。
鳥の視界と共有してもサイバーゴーグルで担保される暗視効果をもつのはあくまでマルクの眼だ。
ゴーグル越しに見てない鳥の視界に関してはかなりぼやけている。
(それでも潜入したのが8人なら問題ない――)
冷静に作戦を立て直しながら、ワールドリンカーを起動、キューブ状の魔弾を向かってくる1人に向けて射出していく。
「……ここにはいないようですね」
黒子が気づいた時、その眼前に封魔忍軍が飛び込んできた。
放たれた蹴撃を術式と体捌きで防ぎ、辺りを見る。
からんからんと鳴子が響いたかと思えば、後ろが騒がしくなったのはその時だった。
後ろと言ってもディオニージほどではない。
イレギュラーズとディオニージの本陣を結ぶ中継点――子供達のいるその場所で。
「後ろですか」
一気に下がる――には、目の前にいる封魔忍軍が邪魔だった。
「――エンシス・フェブルアリウス」
闇夜を切り裂く光刃を向かってくる封魔忍軍に打ち込み、返すように突っ込んできた敵と相対しながら、アリシスの脳裏は素早く思考する。
(聖騎士達は動かないでしょうし、動いたとして結局バリケードが邪魔でしょう。
いえ、邪魔で近づかれないのならまだしも、前まで出てきて前線が押し上げられた場合、最悪、すし詰め状態で進退を窮する可能性すらある。
……ここは我々で押し返すしかありませんね)
バリケードや空堀のような設置式で移動を制限できる罠の類は誰であろうと等しく阻害する。
都合よく味方には影響なし、とはいかない。仮にしようとすれば別の工夫が必要になる。
敵に影響が出るような物を作るのなら味方にも影響が出ざるを得ない。
闇刃が閃き後方の子供達が悲鳴を上げる。
「お前にも言い分があるだろう! 話があるなら俺達が聞く! だから――だからもう、子供に手を出すんじゃねえ!!」
後方の子供達の声を耐えきれずジェイクがあげた声。
バリケードを無理やり押し倒して、子供達の方を向いて、魔種を探す。
庇い役のムサシはムサシで、封魔忍軍に張り付かれて身動きが取れない。
けれど、返ってきた物は魔種の忍術のみ。全身を痺れさせるのは、恐らくは毒か。
「――当の昔から、我らに個の意思などない」
それは、後ろから自分を追ってきた封魔忍軍の声だった。
●
――闇が見えた。
月明かりの下、正純はそれを見た時、そう思った。
「――エルヴィツィオ、ですね」
天星弓を引き絞り、眼前にいるその男を捉えた。
聞こえてくる呼び声を振り払い平静に。
「この祈り、明けの明星、まつろわぬ神に奉る」
放たれた煌々と輝く魔性の光が空を翔け、魔種へと飛翔する。
貫かれたことを物ともせず――いや、微かにこちらをちらりと視認して、エルヴィツィオは子供達を見た。
何かをかみ切るような仕草の後、男はそれを空へ放り投げた。
放物線を描いたそれは子供達のど真ん中に落下し、僅かな火花と共に一瞬だけ子供の悲鳴を聞いた。
それが一瞬だったのは追撃となったであろう攻撃がその子を貫いたから。
「――ッ、あなたは子供を手にかけることを躊躇しないのですか?」
思わず漏れた言葉にも、相手は動じた様子を見せなかった。
子供達は初手に降り注いだ範囲攻撃で傷を負ったものが多い。
フラヴィアとシンシアに守られている3人だけは無事のようだが、それ以外はほぼ全員だ。
(私で抑えきれるか)
正純が抑えようにも相手は正純を見ていない。
理由など容易に想像がつく。弱いもの、弱いところから倒す、ただそれだけか。
そしてその担当のジェイクはバリケードの向こう側で、先の喧騒を踏まえれば封魔忍軍との交戦を始めている。
彼の弾丸がエルヴィツィオに届くのはかなり難しい。
連撃を見舞うエルヴィツィオの姿が闇に紛れ――背後で気配がした。
「恨むなら我らにせよ、女」
あらゆる感情を押し殺した声が聞こえ――闇が視界を覆いつくした。
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イレギュラーズの作戦には1つ1つこそ小さいものの、穴がいくつか存在していた。
中でも戦況に大きな影響をもたらしたのはイレギュラーズとオンネリネンの子供達の間に置いたバリケードや空堀と、後方の抑えである。
それらの穴が引き起こした隙がもたらした損害は埋めるには時間がかかっていた。
紡ぐ朝顔の魔法、フラーゴラは自分の前後を囲む2人の封魔忍軍を睨み、震える足で立ち上がる。
「ワタシは倒れるわけにはいかない――ワタシが立っているだけで勝てるんだから……!」
取られたアドバンテージを取り戻す。そのためには起点になる自分は絶対に倒れるわけにはいかないのだと。
フラーゴラが狙われたのは、実のところオンネリネンと変わらない。
正確に言えば、小柄で痩身で――少なくとも外見からは一番弱そうに見えるというものだったのだろう。
高い回避性能とパンドラの輝きがフラーゴラの『立ち続ける時間』をかなり先伸ばした。
そして、起点となる彼女が生き延びる時間が長かったことは、確かに取られた物を取り戻すのに作用した。
向かってくる封魔忍軍を制したジェイクが銃口を魔種に向けた時、敵は既に子供達への攻撃を止めていた。
それは既に倒れた仲間の奮闘と、子供達を庇い、守らんとする健気な少女達――その後ろに隠れる子供達を既に戦力として数えてないからだ。
パンドラの加護を使い、振り絞った銃口は嫌に落ち着いていた。
それはまるで、彼女達に出会う前の自分に戻ったような錯覚すら覚える――そんな冷たい感覚。
「てめえは――生かして帰すわけにはいかない!」
酷く落ちついた気持ちで引き金を引いた。
火花が散って、狙いすました弾丸が魔種の身体を撃ち抜いた。
「この状況下で抗うかローレット……見事なものだ。が――勝負は決しているぞ」
頬を裂いたジェイクの弾丸に些かながら驚きを含んだ声エルヴィツィオでが言う。
「はッ――多少喰らったほうが、ワザのキレも良くなるってもんだ。寧ろ都合が良い!」
啖呵を切ってみせたのはシオン。
双剣それぞれに暗い闇を纏い、一気に走り出す。
傷つけられれば傷つけられるほど、その復讐心は湧き上がる。
握りしめた双剣にまとう悪意は充足し、身を低くして魔種の懐へ。
切り開く双剣は顎と化して、魔種の身体に傷を刻む。
身体を無理やりに動かして、もう一度。
思わぬ連撃にエルヴィツィオが退避行動をとるのを追って、大きく切り開いた。
「勝負は決してる? そんなこと、まだ分からない。
まだあきらめない。僕は――僕達は、僕は倒れるわけにはいかない!!」
マルクはあらん限りの魔力をワールドリンカーに通していく。
この戦いは負ける――だとしても。一人でも多くの人を守り抜く――そのための最善を尽くすのが、マルクの出来る全てだ。
聖歌は美しく戦場を包み込む。
ほんの少しでも立っていられるように――鮮やかに鳴り響き、傷を癒し奮い立たせる。
「これこそは断罪の秘蹟。生ける者も死せる者も等しく。
――――その罪を滅ぼす浄罪の剣」
残った魔力を束ね、アリシスは詠唱する。
大技用に残る魔力は残り僅かならば。
戦乙女の槍を掲げ、天へと注がれた光は1本の剣となり、戦場を照らし付けた。
射出された剣は一直線にエルヴィツィオの身体を貫いて、その闇のような装束を明るく焼き付ける。
●
倒れたくとも倒れられぬ青年は――ムサシは結末を見ていた。
合流してきた魔種がイレギュラーズの多くを倒し、魔種同士の決戦を見届けた。
とはいえ、魔種同士の戦いはイレギュラーズの奮闘によって封魔忍軍の何人かを失い、形勢不利と見たらしきエルヴィツィオの撤退によって早期に決着を見たようだ。
この結果をイレギュラーズが封魔忍軍を撃退したとは言えまい。
「……凡そどれほどかは理解した。これならば追加で雇い入れるは止めておくか。
惜しきかなローレット、此度は思ったよりも――であったが。
次あればどう動くか分からぬな……場合によっては警戒も必要か」
子供達の遺体と倒れたイレギュラーズを見渡して、人を人とも思っていないようなディオニージの声が耳に残った。
きっとそれは、ムサシの事に気づいていなかった彼の、小さな本音であった。
救いであったのは、次の被害者は恐らくでないであろうという事と、シンシアとフラヴィア、2人に庇われていた3人の子供達が生き残ったことであろうか。
成否
失敗
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
申し訳ございませんが、この度はこのような結果となります。
判定の理由はリプレイに記されています。
まずはゆっくりと傷をお癒し下さい。
GMコメント
こんばんは、春野紅葉です。
さて、それでは表向きは封魔忍軍の目的を退けに参りましょう。
●オーダー
【1】オンネリネンの子供達の生存
【2】封魔忍軍の撃退
【3】ディオニージ・コンティノーヴィスの生存
●リプレイ開始時状況
皆さんは保守強硬派のディオニージ・コンティノーヴィスが出した
自身の護衛という任務を受けました。
ですがそれは表向きの理由であり、本当の目的は、捨て駒にされる子供達を救うため。
一応とはいえ、表向きは受けたのでディオニージは守らないといけませんが……。
●フィールド
コルティノーヴィス家野戦演習場、緩やかな丘陵が広がる平野部です。
ある程度、事前での陣地構築も可能です。
視界は良好ですが戦闘は夜となります。
月明かりこそありますが不安であれば暗視系や照明器具を持ち込むことをおすすめします。
●エネミーデータ
・『夜の運び屋』エルヴィツィオ
封魔忍軍の部隊長。傲慢の気配を持つ胡乱な男。
遭遇すれば呼び声から魔種であるとすぐに理解できます。
澱んだ瞳とロウライトへの強烈な忠誠心は尋常の人ではなさそうです。
武器は暗器類と徒手に加え、何らかの忍術(神秘攻撃)を行ないます。
隠密、暗殺に活用できる非戦スキルのエキスパートです。
忍びという立場から想像しやすい手数や敏捷性に長けたタイプ。
また、奇襲攻撃時に能力が上昇する特徴があります。
姿を見失うと危険です。
【毒系列】、【麻痺】、【痺れ系列】などのBSを用い、【邪道】、【弱点】を持ちます。
・封魔忍軍×8
封魔忍軍です。精鋭部隊であるらしく、どれも油断ならぬ実力者です。
未練や罪悪感などに訴えることはできません。ただ淡々と仕事を熟すでしょう。
クナイや忍術を用いる中~遠距離型、忍刀、徒手などを用いる近接型がそれぞれ4人ずつ。
【毒系列】、【麻痺】、【痺れ系列】などのBS、【追撃】を用います。
●友軍(?)データ
・『冷厳なる』ディオニージ・コンティノーヴィス
保守強硬派コンティノーヴィス家の当主。
非情、過酷、傲慢、冷徹を地で行く男です。
あえば呼び声で分かりますが魔種です。
いつかは倒すべき敵ですが、表向きは依頼を受けているため、今回は敵になりません。
子供達のことを捨て駒程度にしか考えておらず、
今回の戦いも死んだらそれまで、一応どれぐらい使えるかの実験程度に考えています。
子供達が撤退しようものなら容赦なく後ろから斬りつけるでしょう。
・聖騎士×10
コルティノーヴィス家に協力する聖騎士達。
ディオニージに感化されたのか、あるいは元からか、非常に傲慢な性格です。
基本的にはディオニージを守っていますが、子供達が撤退しようとすれば容赦なく攻撃を加えます。
●オンネリネンの子供達データ
・共通項
当シナリオにて先に子供達を撤退させようとすると、コンティノーヴィス家の手で後ろから攻撃されます。
ディオニージは不愉快な男ではありますが、
死ぬ必要のない子供達を救うためには今は手伝うほかありません。
・『夜闇の菫』フラヴィア
オンネリネンの子供達の部隊長。
夜のような闇色の瞳と髪をした女の子です。大きく見積もっても14、15歳。
このままだと殺されるのでは? と薄々気づいています。
任務と割り切り、ここで死んでも信仰のために死ねるのだ、と考えていそうです。
・『フラヴィア隊』オンネリネンの子供達×8
このままでは殺されそうだと思いつつ、大人への恐怖から戦場から離れることはしません。
実力も弱くはありませんが、強くもありません。
恐らくですが封魔忍軍の相手にはならないでしょう。
●同行者NPC
・『紫水の誠剣』シンシア
元アドラステイア聖銃士のイレギュラーズ。
紆余曲折あってローレットに参加しました。
防技型or抵抗型タンク、ある程度はアタッカーも出来ます。
活性化スキルは【名乗り口上】【ギガクラッシュ】【バックハンドブロウ】【アイアース】【決死の盾】【ハイウォール】【統率】
何か特別なことがあればプレイングに記載してください。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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