PandoraPartyProject

シナリオ詳細

狂った絵筆

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 悲劇の舞台となった海は微妙に異なった色あいをしており、沖の辺りの波立ちは燦然としている。さらにその向こうは春らしく淡く霞んで、海と空の境が曖昧だ。
 鎮魂のための合唱コンサートは明後日が本番だ。すっきりとした青空の下で行えればいいが。
(「果たして、我が子を失った親たちの心傷は癒えるのだろうか」)
 『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)は岬に作られた貴賓席で、殺された子供たちの冥福を祈りつつも、いまもそのことが気になっていた。
 波の音は唸るでもなく、吠えるでもなく。縁にはむせび哭きに聞こえる。それは思いの外大きくて、特別ステージで歌う音楽学校の生徒たちの、伸びやかな歌声を呑み込んでいた。
 これはもしや、不条理に我が子を奪われた親たちの――。
 悲しみに溺れそうになったところに、灯台の地下を調べていた『「Concordia」船長』ルチア・アフラニア(p3p006865)が戻って来た。
 縁の隣にすっと腰掛けて、にこやかな笑みを座礁したフェリーの前で歌う子供たちへ向ける。
 しばらく歌声に耳を澄ませたあと、ルチアは微かに唇を動かして、縁だけに聞こえる声で語りかけた。他には誰もいないというのに。
「異常なし、と言いたかったところだけど……」
「なにがあった?」
「この下に」といいながら、ルチアは人差し指で足元を示した。
「これでもか、ってくらいたくさん爆弾が仕掛けられていた。明後日の正午に爆発するようにセットされて。あれから灯台で、勝手に寝泊まりした者はいないようだけど」
「灯台に地下があったのか」
 まずもって縁は灯台に地下室があったことに驚いた。さらにその地下室が、防波堤の下に伸びていることにも。
 ルチアは前を向いたまま、こくりと頷いた。
「だから、爆弾はあの連中が灯台に住みつく前から仕掛けられていたんだと思う。前に調べた時は地下室そのものを見つけられなかったし、ベッドの下に隠されていた階段の扉の上に、埃が積もっていたし」
 ほんのひと月前のこと。
 この辺りに住んでいる親たちを震え上がらせた連続殺人事件がイレギュラーズたちの手によって解決した。殺人の現場となったのは、いま子供たちが歌っているステージの後ろ、座礁したまま捨て置かれていたフェリーの中だが、防波堤の先に立っている灯台には、主犯である音楽学校の学園長に金で雇われ、犯罪に手を貸していた無法者たちが勝手に住み着いていたのだ。
「だけど、爆弾自体はそんなに古くない。何かあればすぐ爆発して、岬どころか音楽学校あたりまで吹き飛ばしてしまいそう」
 そうなれば、座礁したフェリーも吹っ飛んでしまうだろう。もちろん、その前に作られた特別ステージも、子供たちごと吹き飛ぶ。
 縁は唸った。
 誰が、何のために、こんなところに爆弾を仕掛けておいたのか。先の連続殺人事件とかかわりがあるのかないのか。
 コンサートの中止を網元に進言した方がいいだろう。
 だが、リックが作ったというイレギュラーズの曲は聞きたい。ピアも帽子をかぶって歌うのだと張りきっている。必死に立ち直ろうとしているあの子たちのためにも、なんとか予定通りやらせてあげられないものか。
「……コンサートまでには撤去できそうか」
「私たちだけじゃ難しいかも」
 ルチアがいうには、どうやら地下は2階、3階と続いているらしい。というのも、爆弾が仕掛けられた場所に縦梯子を二か所見つけたからだ。
「どっちも筒状の鉄柵で覆われていて、扉には鍵がかかっていた。壊そうかなって思ったけど、下手に振動を加えて爆発したら危ないから。それに」
「それに?」
「何か嫌な感じが下からした」


「……ということで、今回は縁とルチアが依頼人だ。ちなみに、スポンサーは網元だ。タダ働きはさせないから、安心してくれ」
 『未解決事件を追う者』クルール・ルネ・シモン(p3n000025)は、急遽、リッツバーグで集めたイレギュラーズたちに、依頼の内容を説明する。
「灯台の地下に設置された爆弾とトラップをすべて解除、地下に『悪意ある者』がいた場合は、それを倒してほしい」
 灯台の地下1階は横に長く広がっている。灯台がある岬の先端から100メートルほどの長さだ。そこに大量の時限爆弾が仕掛けられているという。
「問題はその下だ。まずは階段を覆う柵の鍵を開けなくてはならない。何もなければいいが、隅々まで確認してくれ。タイムリミットは1日。それだけありゃ、余裕で安全宣言を出せるよな?」
 

 その絵は、夜空の下の黒い海が描かれていた。
 星の光の神秘を映す広大な海面には、無数の少女の死体が漂っている。そのどれもが額を割られ、目は黒々としていた。死体は流れにのって立派なトサカを立てた男の口へ。流れていくというよりは、吸い込まれていくように見える。
「あとはこの男の目に絶望の色をかき込めば仕上がったのに……」
 あんな本はみんな嘘っぱち。実践したところで娘は生き返らない。なぜなら、与えた本のすべては自分があの男を騙すために著したものから。
 すべては絶望の色を得るため。
「イレギュラーズめ」
 いい感じで男の狂気が加速していたところだったのに、イレギュラーズが邪魔をした。お詫びに腸を派手にぶちまけて死んでもらうとしよう。
 万が一。
 半魚人たちのトライデントをかわして倒し、我が前にまでたどり着けたのなら、褒美に生きたまま食らってやる。
 鋭い歯が板を噛み裂く音がしたかと思うと、大きな黒い影と絵板はたちまち見えなくなった。

GMコメント

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●依頼内容
・24時間以内に地下1階に設置された、大量の時限爆弾を解除する。
・敵性生物の討伐

●場所
 海洋、リッツバーグより数十キロ。
 岬に立つ灯台の地下。
 地下1階は、横3メートル、高さ2メートル、長さ100メートル。
 地下へ降りる縦梯子が2か所見つかっているが、鍵のかかった柵で覆われている。
 外側からの解除は難しいが、内側からは簡単に開くようだ。
 地下2階と3階があるようだ。それぞれ広さは不明。
 何かトラップが仕掛けられている可能性大。
 地下3階は海面以下となる。大部分が水没している可能性大。

※どこかに灯台とはまた別の出入口があるかもしれません。
 
●敵1
・半魚人8体。
 手足に水かきがあり、全身が固い鱗で覆われている。
 武器はトライデント。口から毒性のある水鉄砲を飛ばす。

●敵2
・画家
 大きくて黒い体、鋭い歯。
 ネプトゥーナ?
 
●その他
 時限爆弾を解除しようとすると、半魚人が邪魔してきます。
 時限爆弾はショックに弱いようです。強い振動を与えると爆発します。

よろしければご参加ください。
お待ちしております。

  • 狂った絵筆完了
  • GM名そうすけ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年04月12日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)
灰雪に舞う翼
ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)
アネモネの花束
アクア・フィーリス(p3p006784)
妖怪奈落落とし
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
佐藤・非正規雇用(p3p009377)
異世界転生非正規雇用
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

リプレイ


「ここまでの数を仕掛けるとは、呆れるを通り越していっそ清々しいねぇ。景観は最悪だが」
 『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)が苦々しく言う。
 湿ったレンガと岩の壁に、チクタクト音を刻む時計を抱いた爆弾が鈴なりに取りつけられている。
『何とかスイーパ』佐藤・非正規雇用(p3p009377)は袖をまくった。
「ふん……こんなもの、難無く解除してみせるぜ」
 『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が、手にしたカンテラを高く掲げる。爆弾は天井にもつけられていた。
「アルバイトさん、手前から処理をお願いしても? 俺は爆弾を探しつつ、奥から爆弾を処理していく」
 歩き出したイズマを、『のっとり聖女様』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)が後ろから呼び止める。
「先にハシゴの扉を開けてくれ」
  ベルナルドはすっと腕を真っすぐ前に出した。まるで透明のキャンバスに向かって当たりをとっているかのように、伸ばした腕の先で親指を立て、片目を閉じる。
「ここは漁港街から離れているとはいえ、音楽学校が近い。これだけたくさんの爆弾を、俺たちが入って来た入口から人目につかずに運び込むのは難しい。別の入口があるはずだ」
  なるほど、と縁。
「しかし、1人だけ先にというのは感心しねぇな。ちなみに、普通の鍵なら俺も開けられるが」
 『決死行の立役者』ルチア・アフラニア(p3p006865)も、縁に同意して言葉を継ぐ。
「そうそう。下に何があるかわからないよ。昨日、何かいる感じがしたし……ある程度、爆弾の解除が進んでからにしたら? もしかしたら、この階に秘密の出口があるかもしれないわよ」
 それにしても、と『灰雪に舞う翼』アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)が独りごちる。
「こんなに必要? 全部爆発したら音楽学校まで吹き飛ぶって、クルールは言っていたけど」
  縁は皮肉な笑みを浮かべた。
「一連の殺人に関する場所や人を、まとめて吹き飛ばそうとしているようだが……確かにいらねぇよな。こんなに」
「もしかして、犯人はパラノイア?」
「だろうな」
「じゃあ、一見してわからないところにも爆弾が仕掛けられているかもだね。高いところはオイラが探すよ」
 『鏡に浮かぶ』水月・鏡禍(p3p008354)が、それなら僕が下を担当します、と手をあげる。
「ルチアさんには目の高さ、中間を探してもらえば、見落としがなくていいのではないでしょうか。保護結界も張っていますし、もし犯人が現れて戦闘になったとしても大事腰部です」
 わたしも探す、と『憎悪の澱』アクア・フィーリス(p3p006784)。未知の爆弾魔に対する怒りのためか、早くも身体から放たれる漆黒の炎が大きくなっている。
「爆弾、沢山あるからって……コンサート中止は、もったいない、の。何のためかは、知らないけど……こんな事で、関係ない、悪くない人を、傷つけさせない……!」


 縁は、ルチアが見つけたもう一つの縦ハシゴの前に陣取った。
(「とりあえず、鍵は開けておくかね」)
 懐から暗視補正のある眼鏡を取りだしてかける。
 鍵穴はすぐに見つかったがワイズキーでは開けられない。特殊構造のようだ。
「もう少し柵の間が広けりゃな。手を入れて内側を調べられるんだが」
 うっかり爆弾に触れないよう気をつけながら後ろの壁までさがり、柵の向こうの縦ハシゴを睨む。
(「これをたった1日でどうにかしろとは、クルールも無茶を言うようになったモンだ」)
 縁はため息を零した。
 非正規雇用は処理の前に爆弾の構造を調べた。
「よし解った。さて、一肌……いや、一毛皮脱いでやるか」
 これがボードゲームなら爆弾の個数が分かるマスがあるかもしれないが、あいにく灯台の地下にはない。
 奥へ顔を向けた。イズマがもつカンテラの灯りが突きあたりを照らしている。地下一階にも階段の脇に灯りが一つあるが、地下室全体を照らすほど明るくはない。
(「だが、しかし! この程度のハンディ、なんぼのもんじゃい。勝負だ、イズマ!」)
 解除した爆弾の個数を競うゲームに、勝手に参加させられているとは露知らず。
 イズマは淡々とリズミカルに爆弾を処理していく。
 幸いにも爆弾自体の構造は単純で、途中から爆弾探しを終えたアクセルにも処理を手伝ってもらうことができた。この分なら半日ですべての爆弾を解除できる。
 あと一踏ん張りだ、と思っているとルチアから声がかかった。
「こっちにも爆弾が仕掛けられていたわ。対処をお願いできるかしら?」
 カンテラを手に立ちあがったところで、アクアからも呼ばれる。
「こっち、も。爆弾、見つけた。他にも……ある」
 鏡禍は岩壁に顔を寄せた。
「これ、導線と繋がっていませんね。独立した爆弾だ。岩の一部に見えるように、爆弾に色を塗っています」
 アクセルがアクアを褒める。
「お手柄だね、アクア」
 別の入り口を探していたベルナルドがやってきて、偽装された爆弾を観察した。
「犯人は絵を生業としている画家か。カビや苔の色や描き方にこだわりを感じる……」
 ベルナルドは意識を集中させた。極彩嗅覚が地下室のあらゆる匂いを視覚する。
「腐った沼底のような色が、縦ハシゴを伝って上がってくる。奴は下だ」
 みんなのやりとりを静かに聞いていた縁が、壁から背を離した。
「ベルナルド、別の入り口は見つかったか?」
「地下一階にはないな」
「それじゃあ、そろそろ地下探検と洒落込もうじゃねぇか」
 爆弾をすべて解除したあと、イレギュラーズたちは二手に分かれて地下二階に降りることにした。
 入口側のハシゴからは、非正規雇用、アクセル、ベルナルド、アクアの順で四人。奥側のハシゴからは、イズマ、縁、鏡禍、ルチアの四人。
 イズマが入り口側と奥の、縦ハシゴを覆う柵を透過して内側から鍵を開けた。


 非正規雇用のお尻をトライデントが突く。
「うお?!」
 腕だけでハシゴに捕まり、ひょいと足を上げて、さらなる三又の穂先を避ける。
 扉から下を覗きこんだアクセルが素っ頓狂な声を出した。
「魚?」
「半魚人だな。腕が生えている」、とアクセルの頭の上からベルナルド。
 どいて、とアクアがふたりを後ろへ下がらせた。
「邪魔は、させないの」
 漆黒の炎で覆われた右腕をハシゴの下へ向けて、フルルーンブラスターを放った。
 ギャッという悲鳴が消えないうちに、ハシゴから手を離した非正規雇用が落下。
 ビュッ、ビュッと水が飛ぶ音がした直後、高笑いとともに「俺に毒は効かん!」という非正規雇用の声がした。
 奥のハシゴからも耳障りな悲鳴が聞こえてくる。あちらも半魚人と戦闘を始めたようだ。
「おいらたちもはやく降りよう」
 下に降りたアクセルは、虹色の軌跡を残す小さな星を飛ばして半魚人たちを引きつけた。その隙に運気を高めたベルナルドが神聖の光を発する。
「危ない! 上!」
 アクアが叫ぶ。
 白く飛んだ景色を裂いて、ギラリと光る刃が襲い掛かって来た。

 天井のいたるところにぶら下がった小さなギロチンが、一歩進むたびに高速で襲いかかってくる。上にはなかったマス目の床が、ここにはあった。
 鏡禍が引きつけている半魚人に青刀『ワダツミ』を振るいながら、縁が怒鳴る。
「どうなっていやがる?!」
 半魚人たちが移動する時はギロチンが動かないのだ。こちらはギロチンと半魚人たちの攻撃を避けながら、フロア中央に見える下り階段を目指さなくてはならないというのに。
 イズマは二体の半魚人がギロチンをさけて縦に並んだ瞬間をねらい、魔砲を撃った。
 お返しに半魚人が口から毒性のある水鉄砲を飛ばしてくる。全身を固い鱗に覆われているためか、なかなかしぶとい。
「邪魔をするな。爆弾が爆発したらお前達も吹っ飛ぶんだぞ?」
 一瞬、半魚人が怯む。爆弾の処理は完璧に終わっているが、そんなことを敵に教えてやる必要はない。
 ギロチンの罠を見破ったのはルチアだった。
「床がスイッチよ。対になっている床を同時に踏むと、ギロチンは動かない」
「対の床はどこです?」と鏡禍。
「たぶん、あっちね。こっちと対の床があるのは」
「ああ、非正規雇用さんたちも絡繰りに気づいたようですね。ですが……」
 特定に割り裂く時間がない。騒ぎに気づいた爆弾魔の画家が、別の出口から逃げ出すかもしれないからだ。
「半魚人たちを引きつけます。その間に、ルチアさん、罠を解除してください。僕の回復はいいですから」
「おっさんも前に出るぜ。イズマ、フォローしてくれ」

 なんとかギロチンの罠を解除して、左右から残った半魚人たちを挟み討ちにした。
 全員そろって長い階段を降りる。
 イズマは唸った。
「波の音の元はここか」
 やたらと高い天井の地下三階は、フロアの半分が海に没していた。暗い海面にぽつんと小島が浮かんでいる。その上に流線形の大きな影がひとつ。イーゼルの前にいた。
「で、画家の正体はシャチの海種っと」、と呟いて海に飛び込む。
 イズマをフォローするため、ベルナルドは名乗りをあげた。
「俺はベルナルド。天義の画家だ。アンタはどうだ、名乗るのも恥ずかしい無名の画家か?」
「貴様らか。私の絵の仕上げを邪魔したのは。もう少しで絶望の色を知ることができたのに……貴様らに名乗る名などないわっ」
 縁が、はっ、と鼻で笑う。
「生憎と、俺は絵の良し悪しはさっぱりわからんがね。人の絶望をいくら描いた所で、お前さん自身の絶望の色を知らねぇなら完成には程遠いんじゃねぇかい?」
「私が知ってどうする。絶望したら絵筆が握れないではないか」
「ほざきやがれ」
 縁が振り抜いた拳の先から、膨張した黒の大顎が飛び出した。真っ直ぐ、画家に向かって食らいついていく。
 ベルナルドも海に入り、フォースオブウィルを放った。
「絶望の色を知りたいなら、利き腕を駆けて勝負だ。アンタが勝ったら俺の画家生命をくれてやる!」
「喰らうのは私だ!」
 小島に渡ったイズマが、鋼の細剣をタクトのように激しく振るう。
「食ってみろよ。鋼を噛み砕けるならな」
 怒りに走る斬撃の旋律が、テンポを変えて響く。それは画家の体に痛みを刻んだ。
「現実感に囚われて狂ったお前を、芸術は愛さない」
「黙れ、若造!」
 海水が高く持ちあがったかと思うと、どっと音を立ててイレギュラーズの頭の上に落ちて来た。
 アクセルは翼を広げて天井に逃げた。地下三階を広く見下して、仲間たちの位置を把握する。今の攻撃で意識を飛ばしかけているのが三人、上で半魚人たちの攻撃を受けていた者たちばかりだ。
「いま治すよ。まず、鏡禍からだ」
 天使さながら神秘の光を降ろして、順に仲間を癒していく。
 攻撃を重ねようとした画家に向かって、非正規雇用が突貫する。
「お前にはこれを食らわせてやるぜ」
 波打ち際に力強く踏み降ろした足が波しぶきをあげた。交互に拳を突きだして蒼き流星を飛ばす。
 いつの間に潜っていたのか。
 アクセルの支援を受けて回復した鏡禍が、画家の背後に頭を出した。素早く上陸する。
「海中の出口を塞ぎました! もう逃げられません」
 鏡禍は己の防御力のすべてを破壊力に変えると、画家の背に肘を叩き込こんだ。
 背骨を折られながらも、画家は再びタイダルウェイヴを起こす。
 ルチアが柔らかく美しい声で歌った。
「Ave, Maris stella, Dei mater alma――」
 これで全員、水中での行動が可能になった。海の中に引きずり込まれても戦える。
 二度目の大波を耐えきったルチアは、気丈にも辛辣な言葉を投げて画家を挑発した。
「絶望の色を書きたい? それはそれで結構よ。他人に迷惑かけないならね。でも、こんな事までしでかさないと書き込めないなんて、貴方そんなに自分の腕に自信がないのかしら」
 怒り心頭のアクアは画家に大波返しを仕掛ける。
「爆弾を、仕掛けた、張本人……、許す気はないの。死んで」
 さらに、上からアクセルに援護射撃されて海を泳ぎ渡り、黒い結晶化した腕の槍で画家の腹を貫いた。
「これで、もう、食べられないの」
 口から血の泡を吐いて画家は倒れた。
 虚ろになっていく瞳にベルナルドの顔が写り込む。
「俺の師匠も他人の絶望を喜んで描くが、自ら悲劇を起こすような真似はしねぇ。養殖した絶望でしか描けねぇのはド三流ってな!」


 波の音と調和した柔らかい楽曲が、アクアの耳を心地よくくすぐる。
「コンサートが無事開けて良かったの。いい音……眠く、なって……」
 傾いたアクアの頭を受け止めたのは、アクセルの型だった。
「アクア、寝ちゃダメだよ」
「ぐぅ……」
「寝ちゃった」
 ま、いいか。お疲れ、と声をかけるアクセルの目は、春の日差しに負けないぐらい優しく柔らかい。
 曲が終わり、燕尾服を着たリックが指揮台に上がる。
 イズマは姿勢を正した。
 いよいよ最後の曲、イレギュラーズに捧げるシンフォニーが始まる。なによりもリックが作曲したこれが聞きたかったのだ。
 指揮棒が振り下されると同時に、息の長い弦楽器の太いユニゾンが歌いだした。大きくうねる波のようなアルペジオでピアノがそれを支える。
 ここはピアとリックが座礁したフェリーに潜入するシーンだろうか。
 ピアノが変化し、雪崩のように泡立ちながら崩れていく音でふたりの不安を表す。と、そこへ目が覚めるようなけたたましいシンバルと太鼓の音がひときわ高く響きわたって、唐突にすべての音がやんだ。
 寝ていたアクアが目を覚まし、アクセルも目をぱちくりさせる。
「び、びっくり、した……いまの、は?」
 しーっ、とルチアが人差し指を唇にあてる。
「ピアとリックが連続殺人鬼たちに捕まったところ、たぶん」
 ルチアの解説を補完するかのように、チェロの遠い沖合から響いてくる波のような音が、深く、そしてこの上なく低い声で短くむせびあげる。助けて、誰か助けて、と。
 さあ、いよいよヒーロー登場だ。
 非正規雇用はぐっと前に体を傾けた。
 果たして短調の悲劇的な曲想が崩れ落ち、沸き立ち、波のようにうねるなかで、幻のイレギュラーズが疾走する。
 鏡禍は目蓋をふせた。
(「見える……ルチアさんが、ピアさんとリックさんを探して懸命に走る姿が!」)
 自分も一緒に走っているところを想像して、膝の上でギュッと拳を握る。
 曲調が反転して、ピアがリーダーの合唱団が加わった。若い歌声と旋律が、血の匂いがする激しい戦いを描いていく。
 まるでその場にいたかのようにありありと、脳裏に浮かぶ鮮やかなイレギュラーズたちの戦いに、ベルナルドは創作意欲を激しくかきたてられた。
「いい絵が描けそうだ」
 戦いが終わり、ピアノが華麗な宝石を海原いっぱいに投げだしたような音の連鎖を拡げて、解放の喜びを表す。そうして聴衆を深い感動に盛り上げつつ、演奏が終わった。
 非正規雇用はポロポロと涙を零しながら立ち上がり、両手を強く打ちつけた。
「よ゛がっだね゛ぇ゛ぇ゛!!」
 みんなも立ちあがって拍手を送る。
 縁は感動に泣く非正規雇用の肩をポンと叩き、「いいコンサートだったな」と言った。
「どうだい、このあと一杯やっていかねぇか」
「いいね!」
 主催者の網元夫妻が、だったら家で、と声をかけてきた。
「採れたて新鮮な海ぶどう、それに魚や貝でおもてなしいたしますよ」
 アクアとアクセルが「わたしも」「僕も」と騒ぎ出す。
「よしよし、みんなで行こう……って、あれ、ほかのみんなは?」
 会場のあちらこちらで、音楽学校の生徒たちとその家族、事件の遺族たちの輪ができていた。その中の一つに、ピアとリックを囲むイレギュラーズたちの姿があった。
 イズマがリックの指揮と作曲の才能を褒める。
「よければ楽譜をくれないか? 一緒に演奏したいのと……宝物にしたくてな」
「あのトーティス家の方が、ボクの楽譜を宝物に――?! ありがとうございます。ものすごくうれしい! あ、これ、夢じゃないですよね?」
 頬をつねるリックに、イズマは苦笑いする。
 トーティスの一族は代々続く音楽家の家系だ。海洋の音楽界ではそれなりに名が通っている。音楽学校の生徒であれば知っていておかしくはないが、それにしても面はゆい。
 ルチアと鏡禍が揃って明るい笑い声を響かせた。
「夢じゃないよ。ね、ピア」
「ええ。でも……。全部夢ならよかったのにと思うことはあります」
 ピアは頭をすっぽりと覆い隠すスズラン型の帽子に手をやった。
 連続殺人鬼によって剃られた髪の毛は、まだ数ミリしか伸びていない。
「ルチアさんにプレゼントして頂いたこの帽子は、とても気に入っていますけど」、といって、白い歯を見せる。
「ありがとう、ルチアさん」
 鏡禍の顔が誇らしさに輝く。
 ルチアが褒められると自分のことのように嬉しいのだ。
「鏡禍、なにニヤニヤしているのよ」
 ルチアに横肘を食らって、鏡禍はあわてて誤魔化した。
「いや、その……帽子、とても似合っていますよ、ビアさん」
 なぜかムッとするルチアと、それを見てあたふたする鏡禍。今度はイズマとリック、ビアが声を揃えて笑う。
 ベルナルドは少し離れたところで、みんなの笑顔をスケッチブックに描き写していた。
(「あ……」)
 風に流されてきた桜の花びらがひとひら、余白に舞い落ちた。モンシロチョウが飛んできて、鉛筆の先に止まる。
 死の影は遠く去り、漁師街に春が訪れていた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

みなさんの活躍のおかげで、狂った画家の狂った野望は潰えました。
漁師街を震撼させた一連の事件はこれで終結です。

ご参加ありがとうございました。

PAGETOPPAGEBOTTOM