シナリオ詳細
再現性東京202X:あぁ、窓に! 或いは、避難所に這う不審な影…。
オープニング
●忍び寄る
練達。
再現性東京の片隅。
荒れ果てた街の復興には、相応に時間が必要だろう。
帰るべき家を失った人々は、町の外側に建設された仮設テントやプレハブ小屋で過ごす日々を送っていた。
家族で肩を寄せ合って、いつ晴れるとも知れぬ不安と過ごす毎日。
彼らが感じるストレスは、きっとかなりのものだろう。
街が崩壊した日のことを思い返せば、夜も眠れぬ日もあった。
そうした不安や恐怖の感情が、きっとそれを呼んだのだ。
夜毎に髪が切断される。
それも、長く美しい黒髪ばかりを狙っての犯行である。
避難所に住む人々の間で、その噂は瞬く間に広がった。
ある老人は、それを指して「妖怪の仕業だ」なんて嘯いた。
事実、髪を切断された者は多くいるのだ。
しかし、誰一人として犯人の姿を見た者はいない。
けれど、しかし……。
仮称“髪切り”の噂が広まり、何度目かの夜になって遂に目撃者が現れたのだ。
髪切りを見たのは、仮説住居に住まう若い姉妹であった。
両親が寝静まった後も、姉妹はなかなか寝つけないでいた。窓から見える丸い月を、ぼんやりと過ごして長く暗い、夜の時間を過ごしていたのだ。
「……ねぇ、起きてる? 見える?」
囁くように姉が言う。
その視線は、窓の外へ向いていた。
つられて妹も姉の視線を追って窓の外を見やる。
しょきん
奇妙な音が……鋏を閉じる音が鳴る。
白い月あかりに浮かぶ、黒い影。
ひょろりとした身体に、複数本の長い手足。
蛸かイカのそれみたいに、ぐにゃりと曲がっているように見える。
それから、ぼさぼさに伸びた長い髪。
月光を浴びて、手元がきらりと光った気がした。
「あぁ、窓に! 窓の向こうに!」
耐え切れず叫んだのは、姉と妹のどちらだったか。
ともすると、どちらともだったかもしれない。
その声が耳に届いたのか。
しょきん
人の首でも斬り裂けそうな、巨大な鋏と開閉させて……。
怪しい影は、姉妹の方を振り向いた。
それから、影は窓に手をかけ……。
直後、跳び込む小柄な影に蹴りを喰らって吹き飛んだ。
●髪切り
「現実に存在しえないものに恐怖や不安を抱く必要なんて無ぇんだよ。少なくともオレが蹴ったり、突き刺したりできる相手ならな!」
鼻息も荒く新道 風牙(p3p005012)は地面を蹴りつけた。
ところは避難所から少し離れた小川の畔。
焚き火を囲む仲間たちは、憤慨している風牙の話を黙って聞いた。
「ここの避難所にいるのは100人ぐらいか? 髪切りの噂は皆が知ってるんだってよ。だけど、誰もその姿を見たことは無かったって話だぜ」
夜の闇に紛れ、外を出歩く人たちや、仮設住居で休む人の髪を切って持ち去るのだ。
害があると言えばそうだ。
無害という見方もあるだろう。
あくまで噂だ。
死者や負傷者が出たわけでも無い。
しかし、放置するわけにもいかない。
少なくとも、目撃者が出た以上は早急に対処しなければ、きっと混乱に拍車がかかる。
恐怖や不安が加速する。
そして、そういった負の感情はいずれ悍ましい“夜妖”を生じさせかねない。
「なんて! 色々言ったけどな! 見てくれよ、これ!」
くるり、と後ろを振り返り風牙は自分の後頭部を指さした。
茶色い髪の何か所かが、すっかり短くなっている。
「あいつ! オレの髪を切って行ったんだ! おまけに【呪縛】【封印】【重圧】の状態異常も! おかげて取り逃しちまった!」
許せねぇ! と、苛立たし気に拾った小石を川へ向かって投げ入れる。
2回ほど水面を跳ねて、小石は水中へと沈んだ。
歯を噛み締めて唸る風牙が、冷静さを取り戻すまでに幾らかの時間を必要だった。風牙の頭が冷えた頃に、その場に集う誰かが問う。
「つまり、風牙は間近で髪切りの顔を見たのか?」
「え? うぅん? どうだろう。顔は髪に覆われていたし、何だか顔も体も黒くてよく見えなかったぜ。でも、ありゃたぶん人じゃねぇよ」
だって腕がたくさんあったし。
なんて、ごく当たり前のような顔をして風牙は言う。
人ならざる者と相対するのも初めてではないのだ。腕が幾つかある程度、今更驚くことではない。
「……まぁ、オレの髪の敵討ちは置いておくとしても……どうしようか? 髪切りの隠れ場所を探すか? それとも誘き出す方が確実か? なぁ、悪いけど手を貸してくれないか? 捕まえるにしろ倒すにしろ、たぶんアイツ、もうオレに近づいて来ないし」
逃げられたとはいえ、流石は風牙と言うべきか。
髪を切られた代償に、多少の痛打は与えたらしい。
- 再現性東京202X:あぁ、窓に! 或いは、避難所に這う不審な影…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年04月04日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●難民たちの苦悩
暗くて静かな夜だった。
住み慣れた街を追い出され、帰る家も失って、仮設テントや住居に暮らす者たちがいる。
その日を生き延びるだけの日々。
ほんの少し前までの日常が、今では過去の話であった。
いつ戻れるかも知れぬ在りし日の日常に、ごく当たり前の日常に、想いを馳せて過ごす毎日は、人々の心から希望を奪いさっていく。
誰もが浮かない顔をして。
うつむきがちに毎日を過ごす。
代り映えのしない食事に、遠くへ見える荒れた街。
なんとも陰鬱な気配に満ちた避難所に、夜妖が生じることも道理であろう。
しょきん、と。
鋏の閉じる音。
今日も今日とて、髪切りの怪人は黒い髪を切っていく。
明けて翌日。
「“髪切り”の夜妖かあ。ちょっとした通り魔だね。今の所は髪で済んでいるけれど、鋏がいずれ身体に及ぶかもしれないと考えると……ぞっとしないな」
避難所から幾らか離れた川の畔。
焚き火の前で紙を広げてマルク・シリング(p3p001309)はペンを取る。紙に描かれているのは、避難所にある家屋の配置だ。そこに1つ、2つ、3つと順に丸印をつけた。
印の場所は、夜妖“髪切り”の出現地点だ。
「どこも死角の多い場所だ。実際、見に行ってみたが……あれでは目撃情報も少ないだろう」
避難所と言えば聞こえはいいが、実のところ“比較的被害の少ない土地”に、住む家を失った者たちを搔き集めているだけに過ぎない。
仮設テントやプレハブ小屋の配置には気を使っているが、プライバシーの保護という観点から死角となっている箇所も多い。
髪切りはそういう場所を狙い、夜の闇に紛れて凶行を働くのである。
「人々を不安に陥れている存在を討つ! これはいつものこととして……それはそれとして、オレの髪を切りやがった野郎、絶対許さねえからな!」
手の平に拳を打ち付けて『嵐の牙』新道 風牙(p3p005012)は立ち上がる。
それを目で追い、マルクは問うた。
「行くのかい? ボランティア」
「あぁ。暗い気持ちを少しでも上向かせるには、出来ることを出来るうちになんだってしてやらねぇとだからな」
なんて。
立ち去っていく風牙の顔は、妙に緩んでいたようだ。
何をそんなに上機嫌になる理由があるのだろうか。そんな疑問を抱きつつも、マルクはその背を見送った。
晴れた空の下、避難所には幾つかの人だかりが出来て居た。
仮設住居の屋根に腰かけ、それを眺める『怪しくない』九重 伽耶(p3p008162)はどこか呆れた風な顔で、ひとつ軽い溜め息を零す。
「皆さんが不安になる気持ち、痛い程に分かります。我々羽衣教会も支援を惜しまず、一日でも早い復興に向けて尽力していきたいと思います! こんな時だからこそ、みんなで助け合ってがんばりましょう!」
凛とした声を張り上げて『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)が演説していた。
いかにも聖職者然とした堂々たる態度に、人々の心を惹き付ける声の調子と表情の変化。
なるほど、さすがは名高い羽衣教会の会長だ。
人心を掌握する術は身に付けているということか。
「大丈夫……大丈夫、神は必ずあなた達を救います。明日にはきっと、あなた達を襲う悪意には神罰が下る事でしょう」
その近くでは『あいの為に』ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)が老人たちを集めて話を聞いている。
祟りだ、罰が下ったのだ、と不安そうにしている老人たちはきっと信心深いのだ。そんな彼らの不安な想いに耳を傾け、慰撫の言葉を口にする。
「はぁ、大したものじゃの。宗教が渋滞しておるが。じゃが、しかしなーんかこう……こう、古い知人を思い出すわ。彼奴はまだ石になっておるかの?」
とは言ったものの、茄子子および羽衣教会の支援があれば復興に1歩近づくことは事実だろう。その結果、信者が増えたのだとしても、それは救われた人々の自由な選択によるものだ。
さて、と屋根から飛び降りる。
ボランティアの手伝いへ向かう伽耶の元へ、子供たちが集まって来た。
「見ない顔だね! キャンディはもらった? 向こうで綺麗なお姉ちゃんがお菓子を分けてくれてるよ!」
「……わし、幼女じゃないんじゃよ」
「大人ぶりたい年頃なんだね!」
「……こやん。歯に衣着せぬ童じゃの」
手渡されたキャンディは、『CAOL ILA』薫・アイラ(p3p008443)の配っていたものだろう。
キャンディの包み紙には、船と港の絵が印刷されていた。
か弱いニンゲンさん達をボランティアで愛してあげなきゃ!
そう言って、誰よりも先に『超合金おねーさん』ガイアドニス(p3p010327)は避難所へ向かった。思いを同じくする『雪原に舞う』クロエ・ブランシェット(p3p008486)を引き連れて、今頃は避難民たちの為に歌を歌い、衣服を繕い、子供たちの相手をし、と三面六臂の大活躍だ。
「避難民の方の力になりたいです」
「おねーさん、張り切っちゃうのでっす!」
腹が減っては力も出まい。
歌を歌えば、暗い気持ちも幾らかマシになるだろう。
衣服は人を作るのだ。粗末で汚れた服では気分も上がるまい。
不安や恐怖の感情で、夜妖が強化されるのならば……。
明るい気持ちによって夜妖は、幾らか弱くもなるはずだ。
●夜の帳に
日が落ちて、夜が来る。
焚き火を囲むイレギュラーズは都合8名。最後にガイアドニスとクロエ、風牙が戻って来たことで頭数は揃った。
戻って来るのが遅くなった3人は、制限時間のギリギリまで避難民たちの手伝いをしていたらしい。
帰還するなり、食事もとらずにガイアドニスは作業に移る。染料と櫛を手にもって、アイラの後ろへと回った。
それから暫く。
丁寧な手つきで、しかし迅速にガイアドニスはアイラの髪を染め切った。
「囮役ですって。ふふっ、とってもドキドキしますわね」
黒く染まった髪を撫で、アイラはくすりと微笑んで見せる。
これで準備は整った。
「いいかい? 地図のこことここ、それからここ……死角が多く、人気の少ないこの辺りに髪切りは出現する可能性が高い」
「……ほんと綺麗だなあ。オレもこの癖っ毛さえ」
マルクの示した地図を覗き込み、アイラは深く頷いた。
風牙の焦がれるような視線に頬を緩ませて、黒く染まった髪を梳く。
囮作戦、決行である。
初めは皆で。
日が暮れて1人。
人気の失せた避難所へ、アイラは1人、歩いて向かった。
所々に人の姿はあるものの、例えば煙草を吸うために、或いは知人と星を見るために、少しの間、仮設住居の近くで屯しているだけだ。早くに眠る者も多いため、少人数で、声を潜めて……というのが暗黙のルールであるらしい。
当然、彼らも髪切りの噂は知っているのだろう。
比較的明るく、開けた場所に集まっているのがその証拠。夜闇に紛れて髪を切るなどという怪しい者を警戒しないはずはないのだ。
とはいえ、人々の表情には幾らかの笑顔が確認できた。
会話の内容は、日中のボランティアについてのようだ。
衣服の穴を繕ってもらった。
子供たちと遊んでもらった。
いい歌と演奏を耳にした。
「しかし、随分と背が高かったな。3メートルはあったか?」
笑顔を浮かべていられるのなら、彼らはまだ大丈夫。
明日も強く生きていけることだろう。
と、なれば始末を付けるべきは残り1つだけ。
「作り物ではございますが、麗しい、長い黒髪でございます。お気に召しますかしら?」
光あるところに背を向け。
1人、闇夜へ歩を進め。
そんなアイラの耳に届いた微かな音は。
しょきん。
鋏を閉じる音だった。
仮設住居の窓に映った白い月。
風が吹いて、流れる雲に月が覆い隠される。
粗利が闇に包まれる寸前、アイラの視界にそれは映った。
「あぁ、窓に……窓に!」
背後の闇より伸びるのは、ぐにゃりと曲がった触手のような長い腕。細い針金のような指には、巨大な鋏を持っている。
しょきん。
咄嗟に身を伏せたアイラの髪が、少し切られて風に舞う。
土砂を散らして滑り込んだ巨大な影……ガイアドニスは腕を伸ばしてアイラの肩を掴んで引いた。
「おねーさんにみんな続いてね!」
左腕でアイラを庇い、右の腕で鋏を弾く。
鋭い刃がガイアドニスの皮膚を裂き、夜の帳に火花が散った。
「えぇ、えぇ。どうぞこちらへ……私の方を見てください」
闇に紛れてのたうつように、幾つもの腕が閃いた。
その手に幾つもの鋏を握って、首を狙って……否、髪を狙ってそれを振るう。そのうち2つを肩で受け、ライは銃を構えて前へと飛び出した。
夜闇に同化するように、髪切りの姿は定かではない。
しかし、触手の出所が分かれば攻撃を当てることも可能か。
「掴んだわ!」
「どうか“心”へ届いてくれますように」
ガイアドニスが触手の1本を掴むと同時に、ライは銃のトリガーを引く。
火薬が爆ぜて、次に銃声。
放たれた弾丸が、髪切りの腹部を撃ち抜いた。
銃弾に撃たれ髪切りは踏鞴を踏んだだろう。
ガイアドニスの掴んだ触手が、音を立てて引き千切れる。
「っ……避難所の人たちがざわついてる! 河畔へ向かってくれ!」
「今は話をしてる場合じゃないか……アイラさん!」
マルクの指示に従って、風牙はアイラの手を取った。
向かう先は、拠点にしている川辺の方だ。そこまで逃げれば、避難所の人々に戦闘を見られる心配は無い。
「っ!?」
ひゅん、と風を切る音がした。
ガイアドニスとライ、風牙、アイラの髪が同時に切られて風に舞う。
狙っているのは髪ばかりだが、切れ味および鋏を操る技術は確かなものである。その気になれば、肉も、血管も、或いは骨さえ断ち斬れそうだ。
「……さっきより速いな」
人々の不安な気持ちが、髪切りの能力を増強するのだ。
ガイアドニスは髪切りの腕を2本纏めて抱え込み、引き摺るように川辺へ向かって駆けていく。それでも構わず残った鋏が振り回されるが、風牙の槍がそれを弾いた。
「お前っ、突然髪なんか切っちゃ、皆びっくりするだろうが!」
音を聞きつけこちらへ向かって来る人たちから、髪切りの姿を隠すべくマルクはその場に幾つかの幻影を発生させる。
幻影が顔を向けているのは、避難所の中央……川とは反対方向だ。
「何の音だ! 向こうからしたぞ!」
マルクの声が、夜の闇に響き渡った。
髪切りの腕を掴んだままに、ガイアドニスは河原へ向かって身を投げた。
引き摺られた髪切りの身体がよろける。
その場に堪えようとした髪切りの足元へ、風牙が槍を一閃させた。支えを失い、髪切りは宙を舞う。のたうつ腕を、ライの銃弾とクロエの放った閃光が襲った。
もつれあうようにして、ガイアドニスと髪切りは河原に転がる。
「キミは自分の髪は切らない感じ? 会長が切ってあげようか?」
全身に幾つもの裂傷を負ったガイアドニスへ、淡い燐光が降り注ぐ。
ガイアドニスの治療をしながら、茄子子は問うた。
片手を腰に、もう片手には白い紙。
淡く光る紙面には、じわりと文字が浮き上がる。
「……どうして人の髪を切るんですか?」
次ぐクロエの問いかけにも、髪切りは言葉を返さない。
しかし、クロエの髪が風に靡いた瞬間、地面に投げ出されていた触腕がピクリと動いたではないか。
即座に斬りかからなかったのは、髪の色が金だったからか。
「それも黒髪ばかりを狙うと来たもんじゃ。こやつ、髪切りというには色々混ざっとらんか? 絶対なんか変な影響与えたやつおるじゃろ」
杖を肩に担いだ伽耶と、風牙が並んで前へ出る。
そんな2人へ付与を施し、クロエは数歩ほど後退。
周囲をイレギュラーズに囲まれて、髪切りにはもはや逃げ出す術はない。
それに、先ほどまでより動きも鈍い。
避難所の人々が抱きかけていた不安や恐怖は、無事に拭い去られたようだ。
槍を担いで風牙は前へ。
「定期的に髪を切らないといけないとかあるのか? もしその程度なら自分含め有志で対応するけど」
飄々とした口調で、しかし風牙に油断は無い。
肩に背負った槍を握る手には、しっかりと力が込められている。もしも髪切りが動き始めれば、即座にでもその腕を斬り裂くつもりだ。
問いに対する答えは沈黙。
髪切りの黒い体が上体を起こし、長く伸びた髪が風に揺れていた。
「……髪を」
やがて、ポツリと……。
掠れた声で、髪切りは初めて言葉を紡いだ。
●髪切りという男
河原へ戻ったマルクは、仲間たちに囲まれている髪切りの姿を視認する。
「……髪を」
ポツリ、と。
髪切りの声が耳に届く。
掠れた声だ。
しかし若い。
「髪を切るのは、まぁ……なんだ。代わりなんだ」
長く伸びた自分の髪に指を触れ、疲れたように溜め息をひとつ。
地面に力なく投げ出された、幾つもの腕がピクリと震えた。
「昔から人を斬りたくて、でも、駄目だろ?」
だから髪を切っていたんだ。
そう言って髪切りは、ゆっくりと立ち上がる。
「そんで、たぶん……俺ぁ死んだんだよ。死んだんだ。訳の分かんねぇ化け物に踏みつぶされてさ……怖かったけど、安心もしたよ。いつか我慢できなくなって、人を斬るんじゃねぇかって思ってたから」
「……そういう業を背負った方もいらっしゃいますね」
相槌を打つようにライは呟く。
髪を切るのは代替行為だ。
人を斬るより前に、命を落としたことは彼にとって救いだったのだろう。
「けど、死んでねぇんだよ。けど、街がこんな有様じゃ、床屋なんて続けてられねぇ……だから、人を斬らんで済むようにひっそり髪を切ってたのに。日に日に人を斬りたくて仕方なくなる。身体も、段々こんな風になっちまってよ。どうすんだ、これ?」
「もう悪さをしないなら、僕らは君を殺さない。共存の道を探ろう……というのは、出来そうか?」
夜妖といえど、意思があるのなら共存の道を探れるだろう。
そう考えてマルクは問うた。
ここが分水領。
超えては戻れぬ最後の問いに……髪切りは静かに首を振る。
「やめとくよ。来世に期待だ……手間かけて悪ぃが、後生の頼みだ。もう理性を保ってられねぇ」
だらん、と。
腕を下ろして髪切りは言った。
刹那、その身に纏う気配が変わった。
人のそれから、獣のそれへ……。
「あら?」
「っ……下がって!」
アイラとマルクが異変に気付く。
風を切る音。
「んぉっ!?」
「ぐっ!」
前に出ていた伽耶と風牙の眉間が裂けた。
噴き出す血飛沫。
うねる黒腕に、閃く鋏。
腕や肩を裂かれながらクロエが低く飛翔する。
その手に灯るは眩い閃光。
「不殺に留めることはできるかと思いましたが……こうなっては」
髪切りの胴へ握った拳を叩き込む。
収束した閃光が、髪切りの腹部を貫いた。
髪切りは体をくの字に折って血を吐いた。腐敗臭の漂う黒い血だ。
すぱん、と。
茄子子の前髪が、斜めに切られて空に散る。
「もっとこう、いい感じに切ってもらえないですかねー」
額の傷を押さえた茄子子が後ろへ下がる。
ガイアドニスが身を盾にして仲間を庇った。治癒を施す茄子子がいれば、そう易々と倒れはしない。
「か弱いみんなはおねーさんが守ってみせるわ!」
「皆様、後はよしなに」
銃声。
次いで閃光。
アイラは「よしなに」と言ったけれど、マルクの閃光も、ライの銃弾も、うねる触腕に阻まれ本体に届かない。
しかし、どうやら髪切りの視線はライに向いているようだ。
つまり、近い距離にいる伽耶や風牙、クロエは比較的自由に動けるということである。
「おんどりゃよくもわしの髪を切ってくれたのぅ!」
腹に鋏が突き刺さる。
首筋に一条、深い傷が刻まれた。
血を吐きながら伽耶は杖を一閃させる。
斬撃が、髪切りの右腕数本を纏めて斬り落とす。
攻撃の手数は減った。
だが、それまでだ。
よろけた伽耶は、クロエともつれるようにして地面に倒れる。意識はあるが、ダメージは大きい。
「ぬ……すまん」
「いえ、上出来です」
ばさりと広げたクロエの翼に、鋏が2本突き刺さる。
血に染まった翼の下をくぐり抜け、疾駆したのは風牙であった。
奥歯をギリと噛み締めて、滲む想いは悔しさか。
「通じないなら……討つ」
肉薄。
掌打を腹部に打ち込んだ。
よろけた髪切りの胴を、胸を、脚を、旋回させる槍の刃で切り裂いた。
連撃を浴びた髪切りが、伸ばした腕を引き戻す。
狙いを風牙へと定めたのだろう。
けれど、遅い……。
「あんたはよく耐えたよ。辛かっただろ……でも、もういいよ」
おやすみ。
そんな言葉を投げかけて。
髪切りの喉を刺突が穿った。
日が昇る。
東の空が白く染まった。
河原に残る焚き火の後と、それから小さな墓標が1つ。
花も、線香も供えられてはいないけれど。
綺麗に磨かれた数本の鋏だけが、手向けのように置かれていた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
髪切りは討伐されました。
これにより、避難所に広まっていた髪切りの噂も次第に収束に向かいます。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
夜妖“髪切り”の討伐
●ターゲット
・髪切り×1
長い髪に、ひょろりとした手足。
触手のように手足はぐねぐねと曲がるうえ、複数本存在しているようだ。
人に気付かれず近づき、鋏で髪を切っていく。
恐怖や不安を糧に力を増すため、可能な限り避難所の住人たちの間に噂を広めたり、目撃させたりしない方が良いかもしれない。
髪斬:物中範に中ダメージ、呪縛、封印、重圧、連
複数本の鋏による斬撃。もっぱら髪を切るのに使っていたが、髪が切れて肉が
切れない道理はない。
●フィールド
練達。再現性東京。
仮設テントやプレハブ小屋の並ぶ避難所。
避難所に住んでいる住人はおよそ200人ほど。
避難所には仮設トイレや浴場、炊き出しなど行うための炊事場などを積載したトラックが止められている。ごちゃごちゃしていて、見晴らしはあまりよくない。
住人たちのほとんどは、夜の間はそれぞれの住処に籠っている。しかし、不安や恐怖で寝つきの悪い者も多い。
避難所から少し離れた位置にある川の畔がイレギュラーズの拠点となる。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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