PandoraPartyProject

シナリオ詳細

家に帰ろう。或いは、ある騎士たちの誇りの果て…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●家に帰ろう
 暗い場所で目を覚ます。
 冷たくて、湿っていて、それから腐った肉の臭いに満ちていた。
 遥か頭上には狭い夜空。
 差し込む白い月明かりは、彼女の元まで届かない。
 
 思考が鈍い。
 頭が痛い。
 視界は白濁しているし、聞こえる音は水中にでもいるかのようにくぐもっている。
 一体、どれだけの間、自分は眠っていたのだろう。
 そもそも、自分の名前は何だ?
 足を止めて、右手で自分の体に触れる。
 そうしてやっと、彼女は自分が左腕を失っていることに気づいた。
 目を覚ます以前のことを、何一つとして思い出せないのは、大怪我を負ったショックによるものだろう。
 不思議と失った腕の付け根が痛むことは無い。
 痛みが無いのだから問題はない。
 動けるのだから問題はない。
 左腕は失われている。
 腹には風穴が空いている。
 喉が破れて声を出せない。
 割れた頭から腐った血が流れるが、幸いなことに意識はあった。
 つまり何も問題ない。
 どれだけ酷い怪我を負っても、どれだけの血を失っても、自分の名前さえ思い出せなくとも、帰還すべき場所がどこか分からなくとも、問題は無い。
 生きて帰るという約束さえ違わなければ、他は何もかもどうでもいい。
 ただ一つ……惜しまれることがあるとすれば。
 それは、仲間たちを連れて帰ってやれないことだけ。

 …………ところで。
 仲間たちって、誰だろう?

●喪った者は何だ
「彼女は勇敢な騎士だった。彼女とその仲間たちは、民のために戦い抜いた末に命を落としたと聞く」
 悔しそうな面持ちでリーオ=ワイルド=サバンナハートは拳を握る。
 獅子の鬣に似た金の髪を持つ女丈夫だ。
 身に着けた鎧の色は白銀。
 背負ったメイスと十字の盾、身に纏った鎧、果ては顕わになっている頬や首には、壮絶な戦いの日々を想起させる無数の傷が刻まれている。
 その佇まいや声の張り方から、彼女が騎士であることは明白だ。
「彼女の名はパンテーラ=グリム=ジャガー。鞭剣を巧みに操る素早さに長けた騎士だ。彼女の最後はこうだ……身の丈4メートルにも迫ろうかという猿の魔物と相打ちになって、地割れの底に落ちていった。彼女の5人の部下達も一緒にな」
 リーオへそのことを告げたのは、パンテーラたちが命を犠牲に助けたという難民たちだ。
 故郷を追われ、安住の地を求めて彷徨う途中で彼らはパンテーラ一行に逢ったという。都合6人の騎士に守られながらの旅の途中、件の猿の魔物に襲われたのだろう。
 その結果、騎士達は命を落とし、難民達は命を拾った。
「彼女が選び、そして貫き通した選択を私は決して否定しない。結果として死した騎士たちに送るべきは、哀悼の意ではなく、尊敬の言葉と誇りを継ぐという約束だけだ」
 けれど、それでも見知った勇敢な騎士たちの遺体を回収してやりたいという想いは拭えない。
 難民の話を聞いたリーオは、すぐさまパンテーラたちの落ちた地割れを探して回った。
「元より人助けのため、旅を続けている身なのでな。幸いなことに時間は幾らでもある。生まれつき、運に見放されているせいか道中様々なトラブルに見舞われたものの……先日、ついに私はパンテーラたちを見つける事が出来た」
 地割れの底に広がる地下空間。
 猿の魔物とパンテーラたち6人の遺体はそこに今も転がっているはずだった。
 表情を曇らせ、リーオは一つ溜め息を零す。
 己の無力と世界の無情を嘆くかのように顔を顰めて、目元を手で覆い隠した。
「地下にあったのは遺跡だった。火山の噴火か何かで埋もれていたんだろうな。そして、パンテーラたち6人と、猿の魔物はそこでアンデッドと化していた」
 松明の灯を頼りにリーオは遺跡を少しの間、探索したのだ。
 建物らしきもののほとんどは朽ちて灰と化していたが、神殿らしき施設や、幾らかの柱、それから民家の土台部分だけは今も残っていたという。
「アンデッドとなったパンテーラたちは、常に周囲に【猛毒】を振りまいている状態だ。またその攻撃には【疫病】【廃滅】【懊悩】だな。あぁ、猿の魔物の攻撃には【ブレイク】と【飛】もか」
 そう言ってリーオは手甲を外す。
 顕わになったリーオの腕は、すっかり紫色に腫れていた。
「明かりが差さない区画も多いし、足元は瓦礫や骨だらけ。動きは鈍くなっているとはいえ、元は強力な魔物と騎士だからな。油断はできない」
 それでも、彼女たちを弔ってやりたい。
 呻くようにそう言って、リーオは頭を深く下げた。

GMコメント

●ミッション
パンテーラおよび5人の騎士の遺体を地上へ連れ帰る

●ターゲット
・アンデッド・エイプ×1
パンテーラたちが命がけで仕留めた魔猿がアンデッド化したもの。
生前に受けた傷が全身に残っている。
生きていた頃の習性を引きついているのか、人を食糧のように思っているようだ。
※至近距離まで接近すると【猛毒】の状態異常を受ける。

格闘戦:物近単に大ダメージ、疫病、廃滅、懊悩
 本能のままに殴打や蹴りを繰り返す格闘戦。 

投石:物遠単に中ダメージ、ブレイク、飛
 全力投石。しかし、投擲する対象が石ばかりとは限らない。

・パンテーラ=グリム=ジャガー&5人の騎士
民衆のために戦い、果てに命を落とした騎士たち。
パンテーラを筆頭に騎士は5名。鎧を纏い、剣を持つ。
しかし、激しい戦いや転落の代償か、手足の欠損が見られる。
※至近距離まで接近すると【猛毒】の状態異常を受ける。

騎士の技:物近単に中~大ダメージ、疫病、廃滅、懊悩
 主に剣を用いた戦技。生前ほどの冴えは見られない。

●NPC
・リーオ=ワイルド=サバンナハート
白金色の鎧を纏った放浪の騎士。
メイスと十字架型の盾を武器とする。
生来運が悪く、行く先々で散々な目に逢ってきた。
古い戦友の遺体を回収するために、地下遺跡へ到達。
1人では手が足りないと、イレギュラーズへ救援を求める。

フィジカルバースト:物至単に大ダメージ、飛
十字架型の盾、あるいはメイスによる渾身の一撃。

●フィールド
地下遺跡。
断割された大地の底に広がっている。
割れた地面から差し込む光で、幾らかの視界は確保されている。
端へ行けば行くほど、光は届かなくなる。
建物の土台や古い神殿以外の家屋はすでに灰になっている。
足元には瓦礫や骨が無数に散乱しているようだ。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 家に帰ろう。或いは、ある騎士たちの誇りの果て…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年03月29日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

亘理 義弘(p3p000398)
侠骨の拳
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
オリーブ・ローレル(p3p004352)
鋼鉄の冒険者
久住・舞花(p3p005056)
氷月玲瓏
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
ウルフィン ウルフ ロック(p3p009191)
復讐の炎
シオン・シズリー(p3p010236)
餓狼
煉・朱華(p3p010458)
未来を背負う者

リプレイ

●そこは暗くて寒い場所
 呼吸は無く。
 鼓動は無く。
 熱い血潮も、後は腐敗を待つばかり。
 黒く濁った血を零し、暗がりより飛び出したのは巨大な猿だ。
 アンデッドエイプ。
 全身に負った夥しい量の裂傷には、黒い血がべったりとこびり付いている。
「くっ……あぁっ!?」
 太い拳を振り回し、渾身の殴打を『月花銀閃』久住・舞花(p3p005056)に浴びせた。
 地面に叩きつけられた舞花は、追撃を受ける直前に身を翻して後ろへ跳んだ。空ぶった2発目の拳が、地面に積もった瓦礫を砕く。
「っ……魔物と相打ちになって、か」
 エイプの傷は明らかに致命傷だった。
 既に死した5人の騎士が、命を賭して与えた傷だ。振り回した腕の根元など、筋繊維が断裂しかけているではないか。
 千切れかけた腕での殴打には、見かけほどの威力は無いのだ。
「皆は先へ! 騎士たちの遺体の回収を。彼らの故郷とは、救った命そして誇りは心の中に……最後に救われた彼らに還す事だ」
 千切れかけの肩口目掛け、骨の矛が振るわれた。
 エイプは構わず、槍を受けつつ前進し『復讐の炎』ウルフィン ウルフ ロック(p3p009191)の顔面に拳を叩き込む。
 ぐしゃり、と肉の潰れる音。
 腐った血が飛び散った。

 ウルフィンにその場を任せ、イレギュラーズは地下遺跡を先へと進む。
 遥か頭上の亀裂から、差し込む淡い陽の光。照らされるは、血に濡れた5人の騎士たちだ。
「……パンテーラ。もう、休め」
 騎士の1人を強く睨みつけ、リーオ=ワイルド=サバンナハートは静かに告げた。
 パンテーラ=グリム=ジャガー。鞭剣を握った女騎士の名前である。
 片腕を失い、血と泥に塗れた凄惨な有様になってなお、彼女は動き続けている。アンデッドと成り果てた今、彼女には生前の誇りや強い意思はない。
 それがリーオには我慢ならない。
「朱華達のやる事は決まってる。彷徨う彼等に今一度眠りを与え、彼等の帰るべき場所に連れ帰る……それだけよ」
「堅気の皆様を守る為に体を張った騎士達を倒さなければならないのは心苦しいが……供養の為に全力でやらせてもらうぜ」
『炎の剣』朱華(p3p010458)が剣を抜く。ごう、と灯った紅蓮の炎が辺りを煌々と照らす。拳を固く握った『侠骨の拳』亘理 義弘(p3p000398)と並んで前に出た。
 コツン、と硬質な足音が響く。
 その音に反応したのだろうか。
 5人の騎士が、イレギュラーズへ白濁とした目を向ける。

 生前の誇りも、鍛えた技巧も、すべては彼らの命とともに消え去った。
 剣を振り上げ、ただまっすぐに突っ込んでくる。連携も作戦も何もない。まさに死者の行軍だ。
「死んでも死にきれねえってのはどんな気持ちだろうな」
 しかし、斬撃の威力だけは本物だった。
 まともに受ければ大きなダメージは避けられない。
 振り下ろされた剣を刹那の間合いで回避し、『餓狼』シオン・シズリー(p3p010236)はその懐に潜り込む。
「何にせよ、そのままにしておくのも不憫だ。宿敵ともども、眠らせてやるとしようぜ」
 一閃。
 逆手に握った銀の刃を、兜と鎧の隙間に刺した。
「っ……!!」
 血泡を吹いて咆哮し、騎士はシオンの肩を掴んだ。万力のような握力に、細い肩骨が軋む。
 皮膚を貫き、騎士の指がシオンの肩に食い込んだ。
 骨が砕ける……その寸前、シオンの左右より2本の刀が突き出され、騎士の両肩を刺し貫く。
「待っていろ。すぐにその理不尽な状況から解放し、故郷に返してやるからな!」
『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)と舞花による同時攻撃。直撃を受けた騎士の両腕が後ろへ飛んだ。
 両腕を失ってなお、騎士は前進。
 闘争本能……否、生者を喰らおうという本能が、彼を突き動かしているのだ。
 愚直な行進の先に、2本の刃が置かれていようと……それに胸を貫かれようと。
 或いは、それは……アンデッドと化した騎士による自決であったのかもしれない。

 暗がりに閃く白銀。
 パンテーラの操る鞭剣は速く、そして鋭く奔る。見切ることは困難だ。
「ちっ……速い」
 腕を裂かれた『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)は、踏鞴を踏んで数歩下がった。
 傷は浅い。
 本来は射程と速度で翻弄しながら、急所を狙った正確無比な斬撃を与える技なのだろう。
 だが、アンデッドと化したことにより、精度は格段に落ちている。
「戦線維持。使命。頑張ル。オリーブ。ドウスル? 腕、落トス?」
 降り注いだ燐光がオリーブの負った傷を癒した。
『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)の問いに、オリーブは僅かの間さえ開けずに返した。
「いいえ。大技を使わず戦いましょう。斬るより余程に損壊が減らせるはずです」
 エイプとの激戦により、パンテーラは片腕を失っている。
 もう片方の腕も落とせば、鞭剣も震えないはずだ。
 それを分かっていながらも、オリーブは否と言葉を返した。
「至近まで踏み込んで一気に攻め立てます。皆さんを連れて帰りましょう」
「ウン……我、フリック。我、墓守。我、死、守ル者。騎士、死。取リ戻ス」
 フリークライの治療を受けるオリーブは、裂傷さえも厭うことなく前へ前へと駆け出した。

●命尽きても戦う宿命
 義弘の手を瘴気が侵す。
 骨の芯を突き刺すような鈍い痛み。
 胃が痙攣し、胃液と血が喉を逆流する。
「申し訳ないが!」
 義弘の腕を剣が裂く。
 エイプとの交戦によるものか、刃はすっかり潰れていた。
 切り裂くというより、抉ると呼んだ方が正しいか。
 歪に裂けた皮膚の内から血が噴き出した。
「全力で殴り付ける!」
 顔を血潮で濡らしながら、義弘は拳を前へ突き出す。
 鎧の上から、騎士の腹部を撃ち抜いた。鎧がへしゃげ、騎士がよろめく。
 生前であれば、盾で受けるなり、防御の姿勢を固めるなりと、理性のある行動を取っただろう。しかし、アンデッドにそのような複雑な判断は難しい。
「そして速やかに終わらせる!」
 力任せに暴れる度に、騎士の身体は痛んでいくのだ。
 今だって、鎧の内で片方の脚がへし折れた。エイプとの戦闘で罅が入っていたのだろう。
 命を賭けて戦って……その結末が、これとはあまりに報われない。
「これが……今の俺にできるせめてもの供養だ!」
 2度目の殴打が鎧を砕いた。
 衝撃は騎士の身体を突き抜ける。
 1度、激しく痙攣し……騎士は地面に倒れ伏す。

 業火の中で激しくぶつかつ剣と剣。
 双剣の騎士と相対するは、長剣と炎剣を両手に構えた朱華である。
「出来るだけ騎士達は体を損壊させないようにしたいけど、それで朱華達がやられちゃったら意味が無いもの」
 剣を振るう度、煌々とした火炎が散った。
 暗闇に赤い軌跡を描き、振り下ろされた斬撃が騎士の肩を激しく叩く。
 肩鎧は失われている。
 露出したインナーには、べったりと血が付着していた。
 エイプとの戦闘で負傷していたのだろう。両手に握った剣を操る技量は確かなものだろう。しかし、右腕の動きだけが妙に鈍い。
 朱華は努めて、右肩を狙って斬撃を繰り出す。
 回転の勢いを付けた騎士の剣が、朱華の胸部を深く裂く。噴き出した血は、火炎の熱にあっという間に蒸発した。
 鉄分の臭いが鼻腔を擽る。
 瘴気が朱華の身を侵すことは無いけれど……剣に斬られた傷はじくじくと痛むのだ。
 痛みが思考を鈍らせる。
 激痛が動きを鈍らせる。
「っ……この」
 一瞬、動きが停滞した。
 直後、繰り出された鋭い刺突が朱華の頬を斬り裂いた。
 思考しないアンデッドにしては動きがいい。意思を損なっても、身に染みついた動きを完全に忘れることは無いのだろう。
「次は……下っ!」
 下段より振り上げられる斬撃が、朱華の顎へ迫り来る。
 背筋が冷えた。
 防御は間に合わない。
 けれど、しかし……。
「フリック、守ル。カバウ」
 燐光が、朱華の身体に降り注ぐ。傷が塞がり血が止まった。
 振り上げられた斬撃は、フリックの腕に阻まれた。鋼の身体に刻まれた傷。欠けた破片が零れ落ちる。
 剣を腕に食い込ませたままフリックは駆けた。
 巨体によって、弾き飛ばされたアンデッドが地面に転がる。
「行くわよ……朱華の全力、その身で受けてみなさい!」
 黒き業火を剣に纏わせ朱華は號と吠え猛る。

 朱華の放った飛ぶ斬撃が、騎士の身体を飲み込んだ。
 鎧が砕け、肉が裂け……騎士はついに動きを止める。
「フリック。直ス。安心シテ」
「あぁ、戦う以上、キレイなまま返すってな不可能だが、誰が誰だかわかんなくなるのはよくねーからな」
 フリックの背を踏み台にして、シオンが高くへ飛びあがる。
 逆手に握る銀刃に、黒き魔力を纏わせて。
 くるりと、空中で素早く姿勢を整えて……落ちる先には、シオンの姿を見失い、ただ立ち尽くす哀れな騎士の姿があった。
「あんたらが護りたかったものは、今もきちんと無事でいる」
 騎士の背後に落ちたシオンは、素早く刃を後ろへ振った。
 背を貫かれた騎士が大きく仰け反って、兜の内から黒く濁った血を吐いた。
 シオンの刃は、鎧を砕き、肉を穿った。
「だから、もうゆっくりと休んでくれ。大丈夫だ、後は、あたしらがきちんと連れて帰ってやるから」
 人であれば、その一撃で命を落としていただろう。
 けれど、アンデッドとなった騎士がその一撃で動きを止めるはずもない……。
 だから、シオンは何度も何度も刃を振るう。
 背を、首を、肩を、脚を、心臓を……騎士が動きを止めるまで、シオンが攻撃の手を緩めることは無い。

 殴打、殴打、殴打の雨が降り注ぐ。
 鼻を砕かれ、肩を砕かれ、内臓や骨に損傷を負い、それでもどうにか立ち上がったウルフィンは佇むエイプへ向けて槍を突き出した。
 エイプの腹を貫いて、腐りかけた腸を引き摺りだしたのだ。
 生物であれば、生命の危険を感じて怯えもするだろう。
 それほどの気迫がウルフィンにあった。
 悲しいかな、今のエイプに彼の抱える憤りなど理解できるはずもなく……。
「……生前の貴様ならもっと苦戦しただろう」
 よろけたエイプに突進をかけ、神殿の壁に叩きつけるのであった。

「勇敢なる騎士達よ。貴女達を連れて帰りに来ました」
 死者に言葉は通じない。
 それを理解していながらも、舞花は先の言葉を舌に乗せたのだ。
 賞賛、或いは尊敬か。
 死者への手向けが花である必要は無い。
 時には一つの言葉でさえも、戦士にとっては死後も残り得る勲章となる。
 果たして……がむしゃらに剣を突き出す騎士を真正面から見据えた舞花は、踊るように2本の刀を前へと伸ばした。
 舞花の腹部を剣が貫く。
 騎士が剣を捻ったのだろう。
 内臓に激しい痛み。喉の奥から逆流した血を吐きだした。
 口から胸を血で濡らしながら、舞花は2本の刀を操る。
 片方は騎士の手首を貫き。
 もう片方は、腹部に突き立つ長剣を半ばほどで断ち斬った。
 渾身の斬撃をいなされて、騎士は大きく前のめりに姿勢を崩した。その懐に潜り込むべく舞花は駆けた。剣による一撃を回避された今、騎士はすっかり無防備だ。
 その腹へ向け、舞花は刀の刃を乗せた。
 地面を蹴って、前へと跳んで……疾走の勢い任せに、鎧ごと腹の肉を裂く。
 腹筋が切れた。
 重たい鎧と兜を支えるには、背骨だけでは強度が足りない。
「……貴女達に敬意を。貴女達が護った人々は無事です。必ず貴女達を連れて帰ります。ですから、どうか安らかに」
 騎士の意識は、舞花へと向いている。
「汰磨羈さん。これ以上、傷つけるのは気が引けます」
 いけますか?
 そんな舞花の問いに答えて、汰磨羈が太刀を低く構えた。
 疾走。
 舞花が注意を引いているうちに、すべての用意は整った。
 鎧の強度は舞花が削った。
 剣は地面に突き刺さり、上体は左右に揺れている。
 もはや武器をまともに扱うことは出来ない。
「無論。全力で撃つさ」
 反撃の心配が無いのなら、渾身の一撃だって狙って叩き込めるだろう。
 白い影が薄暗がりを駆け抜ける。
 一瞬、きらりと刃が光る。
「狙う場所が何時もと違うだけだ」
 空気を切り裂く音がした。
 サクリ、と。
 罅割れた鎧の隙間を縫うように。
 突き立てられた切先が、正しく騎士の心臓を穿つ。

 リーオの構えた大盾に、断続的な衝撃が伝う。
 パンテーラの振るう鞭剣だ。負傷している今のリーオでは、鞭剣の連撃を捌きながらメイスを叩き込むことは出来ない。
 手数に翻弄されたリーオは、鞭剣に肩を抉られた。
 血が噴き出すのと、燐光が傷口を癒すのはほぼ同時。
「傷、治ス。早急、遺体、移動、完了」
 倒した騎士たちの遺体は安全な場所へ移動済みだ。
 残るはエイプとパンテーラのみ。戦線を支えていたフリックの支援が、リーオとオリーブに集中した。
 パンテーラの手数に対応するには、圧倒的な耐久か、耐えることないサポートが不可欠だ。
 欠けていたピースが嵌ったのなら、後は攻勢に移るだけ。防戦一方だったリーオが、大上段からメイスを振るう。
 巻き上げられた土砂や瓦礫が、鞭剣の軌道を乱した。
 弧を描くように鞭剣が上方向へと跳ね上げられた。空いた空間に転がり込んだオリーブが、脇目もふらずにパンテーラへと肉薄した。
 腰の位置に構えた剣を、旋回させるように一閃。
 パンテーラの胸を剣が叩いた。
 罅割れていた鎧が割れる。
「猛毒も廃滅も懊悩も対策済みです。躊躇う必要はありません」
 噴き出す瘴気をものともせずに、オリーブは剣を頭上へ掲げ……直後、真横からの衝撃を受け吹き飛んだ。

●家へ帰ろう
 アンデッド・エイプの巨大な拳がウルフィンの身体を掴んで投げた。
 衝撃で神殿は崩壊。
 エイプは瓦礫に押しつぶされて、ウルフィンの身体は宙を舞う。
 そうして、投げ飛ばされたウルフィンは、オリーブを巻き込み地面を転がったのである。

 燐光の粒子を纏いウルフィンが駆けた。 
 瓦礫を押し退け、エイプが戦線に復帰する。
「還ろう……お前たちを迎える故郷へ」
 手あたり次第に投げつけられる無数の瓦礫を、ウルフィンや右腕で受けた。骨が軋み、激痛が走る。
 しかし、歩みを止めはしない。
「走れ! 前へ!」
 岩礫を殴り壊して、義弘が叫んだ。
「任せて良いのだろうな?」
 並走する汰磨羈が問いかける。
「私が引き付けてフォローします!」
 横から迫る舞花が、エイプの注意を引き付ける。
 刹那、エイプが腕を止め岩の礫がピタリと止んだ。
 姿勢を低くし、駆けるウルフィンと汰磨羈の2人はエイプの足元に辿り着く。
 槍と太刀による斬撃。
 狙いすました一撃が、エイプの膝を断ち斬った。
 宙に浮いたエイプの背へと、ウルフィンは拳を叩き込み……姿勢を崩したエイプの腕を義弘が掴み、投げ飛ばす。
「救われた彼等は語り継ぐだろう、6人の騎士の話を……さぁ英雄のお帰りだ」
 
 振り回される鞭剣を避け、シオンが地面を横に滑った。
 銀の刃を顔の前に翳し、鞭剣を弾く。
 火花が散った。
 鞭剣の動きは止まらない。
 まるで、意思を持つ蛇のように自由自在に。
 縦横にうねる鞭剣が、オリーブの肩を引き裂いた。
 朱華、リーオ、フリックが防御の姿勢を構えて剣を受け止める。
 絶え間ない斬撃が、彼らの身体に幾つもの裂傷を刻んだ。
 その技に、生前ほどの冴えは無い。
 だが、しかし……。
 投げ飛ばされたエイプの首を、断ち切る程度には十分だった。

 エイプの首が地面を転がる。
 朱華は手にした炎の剣を、その眉間へと突き刺した。
「弔いはするわ。スケルトンにでもなって蘇ってこられても困るでしょ?」
 そう呟いて、視線を横へ。
 オリーブの剣で胸を刺されたパンテーラが、ゆっくりと地面に倒れ伏す。

 綺麗な布に包まれて、横たわっている6つの遺体。
 添えられたのは一輪の花と、傷だらけの武器。
「騎士達。遺族、再会。セメテ、デキルダケ綺麗ニ」
「オカエリナサイヲ 聞キニ行コウ。タダイマヲ、言イニ行コウ」
 エイプの遺体は、既に朱華の炎が灰に変えている。
 騎士たちの遺体は、フリックの手により修繕された。
 後は、遺体を運び出すだけだ。
 それから、どこか近くの村へと埋葬しよう。
「悲しみの再開ではなく英雄の旅へ出る話として語り継ごう。彼らは別の世界で今でも弱きを助けているのだと」
 己が信念に従って。
 誇りを貫き、命を賭した騎士たちの最後だ。
 そこに涙の1つもあってはならない。
「貴公らの想いは受け継いだ。後は我に任されよ」
 胸に手をあて、遺体の前でリーオは誓う。

成否

成功

MVP

ウルフィン ウルフ ロック(p3p009191)
復讐の炎

状態異常

久住・舞花(p3p005056)[重傷]
氷月玲瓏
ウルフィン ウルフ ロック(p3p009191)[重傷]
復讐の炎

あとがき

お疲れ様です。
騎士たちの遺体は無事に回収されました。
彼らが救った者たちの手できっと手厚く葬られたことでしょう。
依頼は成功となります。

この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。

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