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シナリオ詳細

<Sprechchor al fine>けれどもあなたは完全なまま、私は不完全なままで

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 在りし日のこと。

 ゆらゆら、ゆらゆら、寝台のカーテンが揺れている。
 隣には男が伏せていた。もう、永遠に起き上がることはないだろう。
 幾度となく繰り返してきた『仕事』。
 各地を巡る『踊り子』は表の顔。レイラは暗殺者として育てられた。長いこと毒に蝕まれていたレイラは、ともにいるだけで命を奪う凶器だった。
 かつて恋人だった男の呼吸は浅く、ゆっくりになっていきつつあった。罪悪感などはもうとっくに倒錯している。弱まる鼓動を愛おしいとすら思いながら、胸に顔を寄せる。
「――、――」
「あら」
 自分の名前を呼んでいると気がついて、レイラはは目を丸くした。
「ごめんなさい、それは私の名前ではないの。本当の名前? そんなものはあったかしら……」
 そうね、同情をして欲しいわけじゃないけれど、と、前置きして、寝物語のように過去を語る。『レイラ』というのも、組織がつけた名前に過ぎない。
「生まれたときから誰かのモノだった。「アレ」とか「ソレ」が、私を指す言葉だったわ」
 指先から、ぴしゃりと、毒がしたたり落ちる。ぽんぽんと幼子をなだめるように背中を優しく叩いてやった。
「おやすみなさい。なあに? 遺言があるの?」
 愛している。
 その形に唇が動いたのを数えたとき。
 熱は、急激に冷めていった。

 彼はどんな顔をしていた?
 ああ、そう。たしか、

 思い出そうとするたびに、思い出は黒く塗りつぶされていった。

 いいえ。
はっきりと覚えているわ。
  ラサの砂漠の闇のように、黒い髪をしていて。
 目の色は溶かした黄金のような金の色をしていて。
名前は。

 ええ、本当は、覚えていない。彼の顔も、その言葉があったものかも。愛情もわからなかった。与えられたことがなかったから。

 けれど、一つだけ残っているものがあった。
 大きくなる腹だけを抱えて、思ったわ。
――子供の姿を見たら、父親が誰だったか思い出せるかしら?

 結局、子供は生まれてくることはなかった。レイラの体は毒に蝕まれていて、子供が耐えられる事はなかったから。
 そもそも。ターゲットと一夜を共にすることも暗殺者としての仕事の一部だった。だから、誰の子供かも――。
 レイラは、その事実すらも黒く塗りつぶした。

 どこ、どこ、私の赤ん坊は。
 なまえはね、そう、

『アーマデル』

 いや、本当は。
 レイラは男の顔など覚えてなどいない。欠片で埋め合わせるには、喪失は多すぎた。後付けで埋め合わせた不完全なパズルに過ぎない。ただひとつ、亡骸を抱えて、その組織を飛び出して彼に、シュプレヒコールに縋った日、レイラの世界は新しく生まれ変わったのだ。

『アーマデル』。それが、私の子の名前。
 そういう認識にした。
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)。優しくて――あの人そのもの。
 レイラの中では、そういうことになっている。


 これは今。
 けれども、本当じゃない話。

 あたたかな日差しが木漏れ日のカーテンとなり庭に降り注いでいた。目を閉じていても、あちこちから子供たちが遊ぶ声が聞こえた。がさりと生け垣のほころびから、子供達が飛び出してくる。まるで子犬のようにくるくるはしゃぎ回っている。スカートの裾がほつれてしまったと泣く子をなだめる。だいじょうぶ、縫えばすぐに直るから――。
レイラはゆりかごを揺らし、子守歌を歌って――歌おうとした。歌詞はひとつたりとて分からなかった。歌って貰ったことはない。
「ママ」
 呼ばれて振り返ったけれど、少女は――シグルーン・ジネヴィラ・エランティア(p3p000945)はレイラの隣を通り抜けていく。
 オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)の元へと向かっていった。手を取り仲良く去って行く。
 ママと娘。
 そのありように、ふつふつと貫くような憎悪が沸いた。
(――どうして?)
『この世界はまやかしであるからだ』
 ああ、これは、レイラが夢見る光景に過ぎない。秘密の庭なんてものはない。ここにあったのはとある暗殺組織の――壊滅した組織の隠れ家で、庭は生け垣すらも朽ちて、荒れ果てている。
 これははっきりとした幻覚だ。
『だが、どうしてそれが価値を持たないと断ずることができる?』
 ぎゅう、とオラボナに身を寄せるシグルーン。
「どこ、どこにいるの――私の子、私の」
 母と子の「もしも」なんて見たくはなかった。あったかもしれない希望なんてみたくはなかった。
「っ……」
 身から染み出す毒が空間を蝕んでいく。
 レイラがかろうじて自我を保っているのは、ひとえに、一人の人物への憎しみによるものだった。

『貴様の子供を殺したのは俺だ。我が神、イーゼラー様に魂を捧げるためにな』
 憎い憎い憎い。アーマデルを奪った彼が。冬越 弾正(p3p007105)が。イレギュラーズ達が憎い…。それなのにどうして彼の顔には、自分が想像したこともないような、純粋な愛おしさが浮かんでいるのだろう。
 どうして。
 弾正。
 愛おしいアーマデルを攫っていった、私の子供たちの仇。 
 弾正。
 憎しみと呪詛を込めて繰り返すけれど、結んだはずの縁はそこまで届かなかった。本当の名前ではないのかしら。
 でも、アーマデル。あなたはきっとアーマデルね。

 レイラの夢も、終わりが近い。

 けれど、彼らはきっと、あの破片を追ってやってくる。
――きっと「あの子」はここに来てくれる。
 この世界が朽ち果てる前に。


「で、これが、カノジョからの招待状ってワケさ」
『黒猫の』ショウ(p3n000005)はからんと何かを地図の上に落とした。不完全なヴィジャ盤……のレプリカだ。
 イレギュラーズを襲撃した魔種達には、どうにも、シュプレヒコールの影がある。
「『傲慢の膠窈 アウスグライヒ』……彼は、『ダウジングストーン』を託してきた。ここまではいいかい? 次の目的地は、ここだ」
 地図はメフ・メフィートから西……ラサ国境北部に座する幻想貴族『アルフラド・ノウェル』の領地を指している。
「先発の部隊はこう言ってる。霧に包まれて、領地の場所がつかめないってね。さらに……そう。空間のゆがみが観測されている。おそらく、先日撃退した魔種のレイラの痕跡さ。這いずったような跡。おそらくは……深手を負っているようだ。
けれど、残念ながら、カノジョの死を待つわけには行かない。こっちが風上、だ。アレが『崩壊』したら、おそらく討伐隊の本体が空間の崩壊に巻き込まれるだろうね」

GMコメント

布川です。
彼女の夢、あるいは悪夢の最後をどうぞよろしくお願いします。

●目標
『毒の乙女』レイラの討伐
※『崩壊』させないで倒す(後述)

●登場(敵)
『毒の乙女』レイラ
 精霊種の魔種です。アーマデル・アル・アマル(p3p008599)さんを『自分が産んだ子』と思い込んでいるようです。あるいは、共通項が多いことから、伴侶であるという思考にも至っています。
 精神は非常に不安定で、すでに魔種であることからわかるように、大きくゆがんでいて改心はしません。
 暗殺者としての訓練を受けています。素早く、毒液で構成されたナイフを振るいます。脅威はなんと言っても強烈な【毒】系列の攻撃です。
 BS偏重、攻撃力は控えめです。
・多重影?、スプラッシュ?、呪殺

なれのはて×30
 レイラがさらってきて、庭に埋めた子どもたちのなれのはてです。新たに増えたものではなく、過去に殺されたものです。
 髪、目、肌……どことなくレイラに見た目が似ているようです。
 毒の刃を単体に飛ばします。

 彼らは前回よりも脆いです。毎ターンレイラの毒によるダメージを受けていずれ小さな崩壊をします。
 彼らが「自分のせいで」朽ちるたびに、レイラは嘆き悲しみ、BS攻撃の威力が増します。彼らが毒で死なないうちは、庇うそぶりもみせるほどです。
 中には本当にレイラの子だったものがいるのでしょうか。

【その他】
 レイラが自分のせいで「殺した」と思わない限り(イレギュラーズ達に憎しみを向け続ける限り)強化の範囲は限定的であることが判明しました。

 レイラの存在は、イレギュラーズの活躍により大きく揺らいでいます。放っておいても長くはないでしょう。しかし、そのまま放置すると<崩壊>し、最悪の事態を引き起こす可能性があります。

『崩壊』
 レイラが自我を保てなくなると、レイラは空間を巻き込んで『崩壊』します。
 致死性の毒の塊が吹き出し、イレギュラーズたち他友軍の進路を襲い、ノウェル領の攻略に重大な被害を及ぼすことでしょう。
 防ぐためには、極限まで圧縮された指向性のある毒を向けられ、戦い続けるしかありません。とにかくレイラの感情を引き出し続けることが肝要です。憎悪を煽るも、慰めの言葉もかけるも思いのままに。

●状況
 崩壊した石造りの建物で『毒の乙女』レイラが、我が子、あるいは伴侶と思い込んだアーマデルさんを待っています。あるいは子供の敵である冬越 弾正さんを待っているのでしょうか。
 廃墟ですが、やや霧が深いように思えます。毒が幻覚を引き起こし、幸せな母と子の様子が垣間見えることがあります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はDです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●魔種
 純種が反転、変化した存在です。
 終焉(ラスト・ラスト)という勢力を構成するのは混沌における徒花でもあります。
 大いなる狂気を抱いており、関わる相手にその狂気を伝播させる事が出来ます。強力な魔種程、その能力が強く、魔種から及ぼされるその影響は『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』と定義されており、堕落への誘惑として忌避されています。
 通常の純種を大きく凌駕する能力を持っており、通常の純種が『呼び声』なる切っ掛けを肯定した時、変化するものとされています。
 またイレギュラーズと似た能力を持ち、自身の行動によって『滅びのアーク』に可能性を蓄積してしまうのです。(『滅びのアーク』は『空繰パンドラ』と逆の効果を発生させる神器です)

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <Sprechchor al fine>けれどもあなたは完全なまま、私は不完全なままでLv:20以上完了
  • GM名布川
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年03月13日 23時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
不遜の魔王
シグルーン・ジネヴィラ・エランティア(p3p000945)
混沌の娘
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
冬越 弾正(p3p007105)
終音
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)
あいの為に
ガイアドニス(p3p010327)
小さな命に大きな愛

リプレイ

●その麗しきはおぞましき
(……終わらせなくては)
 霧に包まれた歪みの空間がある。
 揺り籠に微睡む悪夢が、目の前にある。

 運命の糸車が軋む音がする。
 カラカラと、糸が轢き切れて行く。

 灼け落ちるためだけの運命が『Utraque unum』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)を呼んでいる。

 ああ、可哀想だ。
 辻峰 道雪は単にそう思っていた。可哀想だ、と。いつなくなってもおかしくはないような濃い闇を前にして、単に、そう思う。
「「アーマデル」」
 レイラと、弾正の声が重なった。
 どちらがよりはっきりと聴こえ、アーマデルの心を揺らすのか。
……比べられるはずもない。
 レイラから向けられた憎悪に、『Utraque unum』冬越 弾正(p3p007105)は静かに瞑目する。
(縁の紬車は巡り、撚り合わせた糸は捩れ、縺れながらも廻り、似て異なる模様を織り成す。
あちらとこちら、異なる世界、似て見える影が落ちただけ。
それもまた『縁』と呼ぶのだろうが)
 レイラの声は、アーマデルには届かない。絡みつくような執着も、その声もアーマデルを揺らすことはない。
(俺は弾正を選んだ。故に、他の誰かと共に歩む事は無い)
 だから、その憎悪をまっすぐに見つめるのは弾正となる。
 ピシリ、ピシリ。空間がゆがむ。
 忍び寄る嫉妬は明確な殺意となって、空間がしたたり落ちる。
 それを弾正はまっすぐに睨んでいた。
 異質な空間が口を開けている。
 返して、と、声がする。
 彼を、子供たちを返して。
(たとえ狂えるさ中の事でも――俺の相棒を愛してくれてありがとう
この想いを黒衣に隠し、俺は再び貴方を阻む悪となろう!)
 黒衣響装をふわりひるがえし、弾正はアーマデルと共に踏み込んでいく。

 ここは悲劇の庭。彼女の頭の中の世界。
 この場所は、ただいるだけで、身を苛むものではあるのだが……。
「幸せになれなかった子供を見るのはイツだって哀しいね……」
『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)の声は優しかった。
「……恋愛すらしたことのない小娘に、子を失った母親の気持ちを正しく理解できるかといえば、きっと無理なのでしょうね」
『「Concordia」船長』ルチア・アフラニア(p3p006865)は、静かに呟いた。
「けれども、そうね。肉親を失った者の気持ちなら、私にだって分かるのよ。
狂ってしまうしかなかった悲嘆に、せめて主の安らぎが与えられんことを祈らせて貰うわ」
「祈り。そう、祈ること。祈り続けなければなりません。世界の平和のために。あいのために。
正気を失った哀れな女性……。
神の愛はあらゆる人々にあらゆる形で届く…当然貴女も例外ではありませんとも」
『あいの為に』ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)はうっすらと微笑んだ。
 ライは、庭園の入り口をくぐってゆく。
 求められているのは純粋な悪役か。
 それとも、静かなる慰めか?
「今回ヒツヨウなのは子供を傷付ける悪役でしょ? レイラがなってくれる気が無いならオレがなるよ」
 イグナートは、笑って、混沌の中へと踏み入っていった。

『誰の庭だ、ここは?』
 誰かの声。
 ざざん。っざん。
 波の匂い。

「あらあらまあ、どうしましょう!
か弱いわ!
とってもとってもか弱いわ!」
『超合金おねーさん』ガイアドニス(p3p010327)は、ずかずかと進む。瘴気にあふれたこの場に分け入っていく。
 歪む空間に、欠片も浸されることはなく……。
「深手を負ってるだなんて!
なんてか弱くて可愛いのかしら!」

「扉を開こう。招待は受けているとも」
『混沌の娘』シグルーン・ジネヴィラ・エランティア(p3p000945)は、『混沌の母』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)を見つめた。お手をどうぞ、と言わんばかりにゆっくりとお辞儀をするオラボナの手を取る。

『おかえりなさい、おかえりなさい、アーマデル。それからあなたたち』
 崩れかけた彼女は笑った。
『あいたかった。証明したかったの。私の子供たちを、私が母であると――誰よりも、誰よりも』
「嗚呼――素晴らしい。
盲目の二文字では足りぬほど『悲劇的』が相応なのだ
グロテスクな万華鏡にでも狂わされたのか、兎も角」
 三日月が嗤うにつれ、レイラも哄笑する。
「あのね、感情って全部一方通行でできてるけど、愛は特別なの。
だって相互に愛がなければ、それは『祝福』じゃない
……わかる? 君のはね『呪い』って云うんだよ」
「呪い。
呪い、これが?
ただ、私は、この子たちが大切なだけなの。アーマデルを愛しているだけなの」
「それが、あいですか」
 ライがにこにこと頷いている。
 オラボナはゆっくりと指をさした。
「私と娘の舞踏(ダンス)の邪魔なのだよ、早々に腐れ給え
――失礼、貴様は人魚姫の如く泡にも成れなかったな!
愛の欠片も『このザマ』だ」
「私とママの舞踏(ダンス)、どうか最後まで目を離さないで。
その目に、その体に、その記憶に、混沌(私たち)を焼き付けて。
――その『呪い』が解けるようにやさしく殺してあげるから」

●踊る毒と舞台、そしていつかは焼ける庭
「アーマデル、あ゛あ゛ま゛でる!!!」
 空間が歪み、レイラの手が、縋りつくようにこちらに伸びてゆく。その声に重なって、優しく、弾正の声がする。
(彼女の求めには応じられない。俺に出来るのはこの悪夢を終わらせる事だけ)
 だから、アーマデルは、静かに決別を告げるのだ。
「俺は旅人、ここではない別の世界で『母の胎(ライラー)』と呼ばれる孵卵器より取り出されたもの。見た目と『母』の名は確かに似ているのだろう
だが、それだけだ。俺はあんたの子でも伴侶でもないし、そうなる事も出来ない」
 蛇銃剣アルファルドの銃。その弾丸は幾重にも術式が編み込まれていたが、この空間を打ち砕いたのは、弾丸ではない。
 純粋な銃声だった。
 英霊の残響。声。
 大切な人の声。
……後悔。
 レイラはあらゆる毒への耐性を持つ。そういう訓練を受けてきた。
 しかし、『一翼の蛇』は性質が根本から違う。死神の系譜に添わぬ者の喉を焼きつくす。恋に焦がれ、愛に溺れ。叫ぶ言葉を歪ませて溶かしていった。
 なれのはてが縋りつく。
 けれども、ガイアドニスが傷つくことはなかった。むしろ、ぎゅうと抱き返す。
「愛したいわ、愛してあげたいわ。
でも残念、とても残念。
今日のおねーさんはおねーさんじゃないのです。
悪い悪いおかーさんなのです」
 両手を広げる。優しく微笑む。
「だって、ねえ。もっともっとか弱い子達がいるんだから♪」
 なれのはての子ども達に、ガイアドニスは笑った。
「おいで、愛しい子ども達! おねーさんがあなた達のママなのだわ!」
 ああ、優しい声。レイラは目を見開いた。
 だってそれは、じぶんが思い描いていたみたいな。
 だってそれは理想を映した鏡のような……母性だ。
「ゆるさない……ゆるさない……」
 なれのはてが襲い掛かってくる。

 それがたとえ『愛』だろうと。
 両親を詐称する者に対しての怒りであろうと、どちらだってかまわない。
 抱擁とはそういうものではないかしら?
 包み込む愛は、何人も何人も受け止める。
「ええ、受けて立つわ♪」
 さあ、ついておいで――。
 完全なるラグナ・クラフトに導かれるように……。
「――散らかった子供はさぞ愛しかっただろうに」
 オラボナがふうとため息をついた。
「顧みもせんのだな」
 茨に向かって手を伸ばす。
「俺には子を求める母の気持ちは分からないが。
あんたが殺した子にも、あんたではない親がいて。
子を奪われた事を悲しんだのだろう」
 アーマデルは対話をやめない。レイラをレイラとして、語り続けて向き合って。けれども振り返ることはないのだと、レイラは本能的に悟ってしまった。
 違う、違う、とレイラは叫んだ。
「どうしたのかな? 毒に耐えれなかったこの子達はレイラちゃんの子じゃないのよね?
ならおねーさんの子でいいんじゃないかしら!」
 ガイアドニスは歌うように言って、煽る。
 息を吐くように嘘を。救いを。新しい世界を与えて、相手をその定義に閉じ込める。綺麗な幻覚が見える。安らかに、笑って暮らせるような、おそらくこれが望み――。
「そうですか」
 そう。なるほど。
 この場での勝利のための条件は、形を維持し続けることか。私達へ怒りの矛を向けさせる……なれのはてが死んだのは彼女のせいではないと彼女自身を納得させる……。成程。
 レイラが鋭い憎しみを向けると、そのぶん、致命的な崩落は遠のく。
(容易な事でありますとも)
 清楚で敬虔なシスターは、理解してにこりと微笑んだ。ぎゃあぎゃあとうるさい、いや、何か言いたげな存在を冷たい目で見下ろして。祈るように両手を組み合わせ、神秘を乞うて身にまとい。そして、ロザリオに何かを込める。
「平和への祈りを捧げましょう。貴女に届くそれは……ああ、銃弾の形をしていたようですね」
 因果はぎりぎりと回転していく。
 毒液が身を浸す。
 こちらを気遣うルチアに、ライはにこりと頷いた。
 このままでいいと。
 受け容れると。
 そうすれば、祈りが鋭さを増すのだから。
「……。わかった」
 だから、ルチアは、それを信じて、Codex Maleficiを開いた。大天使の祝福によって、仲間の輪郭は確かとなる。
 濃い毒の霧のなかで、ルチアは先を見つめ続けていた。

●崩壊まであといくつ
「何処まで逃げても無駄だ。イーゼラー様は死を司り、新たな贄を望まれる」
 それは、弾正の奥義のひとつ。憎しみを引き受けるように、蛇鞭剣ウヌクエルハイアがなれのはてを両断する。
 揺れる心。増す憎しみ……。びりびりと肌が感じ取る。怒りを。
(子を愛する母の想いが、悪である筈が無いんだ。
過去に戻してやる事は出来ないが、せめて安らかなる死を)

「苦しみから逃れたいなら一撃で終わらせてやる! 怒りをぶつけるモノが欲しいのならばオレの身体を貸してやる!」
 イグナートが怒鳴るようにして、なれのはてを引き寄せた。できるだけ安らかに、と思いながらも、殺す、と宣言してみせる。ためらうことは、今この場では誰かを救うことにはならないから。
「力の限り戦おう! いつかカミサマに自慢するとイイよ! 自分たちはあのイグナート・エゴロヴィチ・レスキンに殺されたんだってね!」
 いぐなあと、と、有象無象の群れが繰り返す。
 それは合唱のように響いていた。
 いくつもの成れの果てが襲い掛かってくる。
 腕が灼熱を帯びて痛む、けれどもイグナートの動きはひとときたりとも鈍ることはない。
「ああ。逆だってアリさ! オレを殺してみろ!!」
 戦いの中で、そうしてみせる。
 毒の霧の中から、エゴールの呪腕が突き出した。手刀の乱舞が、舞うような血液の華を咲かせた。

『あああああああ』
「どうしたのかな? 毒に耐えれなかったこの子達はレイラちゃんの子じゃないのよね?
ならおねーさんの子でいいんじゃないかしら!」
 可愛くな~れ♪ と念じながら、ガイアドニスが弱きを蹂躙する。
 脆いは可愛い。弱いは可愛い。
 ……外れろ、外れて、とレイラは願う。おねがい。わたしはなんだってする。
 でも、それはかなわない。まるで引き寄せられるようにぴったりと、子供たちがガイアドニスを覆い、攻撃の海に飲まれていく。
「ほーら、おねーさんの毒で可愛くなったわ。おねーさんの子よね!」
 憎悪が輪郭を確かにする。
「嘆く必要はないのよ、レイラちゃん。死んだのはおねーさんの子だもの!」
 今は憎しみだけがレイラにとって、自分を保つための鎖だった……。
「わかるわ、ママ」
 シグルーンは呟いた。
 やることはわかる。レイラを引き寄せて、こっちを見てもらうってこと。それから、ママのお手伝いをするってこと。それから、なるべく、すばやく終わらせなければならないってこと。シグルーンが祈りを込めると、ドレスの代わりに、娘の聖骸闘衣を纏ったオラボナが笑ったかに見えた。

――真実が嫌って気持ちは痛いほどわかる。
 攻撃を受け止めながら、シグルーンは思う。くるりと回ったようなオラボナが、笑う。
――哀れな奴だ、貴様が貴様を見失っては意味がない。
 オラボナの損失は、即座に埋め合わされる。自らをはむ蛇のように。
――徹底的な嘘で塗り固めるか、真実を受け入れるか。そのどちらしかない。
 だから。
 ああ、レイラが毒を撒き散らす。自分を壊しながら……。
――残念だ、真実が嫌で我を棄てようとするのか
 門が開く。神性に贋り無く、全(ひとつ)は存在する。
 次はどうすればいい、ママ。きかなくたって分かる。でも、レイラは……。子供たちを気にして、あやすようにして、そちらばかり見ていて。
 でも、ぜんぜん見ていない。
 見ているようで、全く見ていないのだ。
――君が嘘の重圧に負けてるんじゃ意味がないかな!
――Nyahahahaha!!! 物語性を感じた『私』が節穴だったな!

(基本的にヒトは生まれを選べないし、生き方を選べるようになった時には取り戻せないものも多い。
俺に出来るのは殺し、往くべき処へ送り出す事。
あんたがこれ以上、親と子を引き離す事がないように)
 ほんとうの子供は、いないだろうか。
 彼女が求めた子供はいないだろうか。
 ああ、いるのだ。

 その子は、足元で溶けている欠片だった。
 レイラが見向きもしない子供だった。
 決して、似ていない子供だった。
「間違えるな、あんたの子はそこに居るだろう?」
 見えてない。駆け寄ろうとして、自ら潰してしまう。

――娘よ、貴様は奴を見て如何に思う。隠す事も晒す事も出来ず、ただ泣いている魔物だ
――そうだね。私と君はそっくりだと思っていたけど、ちょっと違うのかも。
 オラボナの血は血意へと変わる。ルチアが奏でる演奏が、損失を軽減する。
 足は止めない。
――どこに違いが生まれる要素があったのかは知らないけど、君はあまりに。そう、……哀れだもんね
――化け物に感情など不要だと謂うのに!

 ライは笑った。
 血を浴びて笑った。オルフェウス・ギャンビット。
 掛金は、すばやく、即座に倍に。だって攻撃はとどかない。オラボナに使ってしまったから……。いままでのライはそこにはいない。破式魔砲。
 我が身さえも顧みず、それすらチップにして、ライは叩きこむ。
 アーマデルがレイラに、赤い毒を捧げる。
「……分かるわ」
 ルチアの声は寄り添うためのものだった。
「その痛みは、同じじゃないけれど、きっと似ているわ」
 憎しみは弾正に向いた。
 けれども、アーマデルの声が聴こえる。鼓動が。側にいることがわかる。
 星の囁きが、弾正を導く。
 苛烈な戦闘にかき消されそうな声だが、それははっきりと聴こえるのだ。
(ああ)
 逃がしはするまい。
 朧月。
 弾正が一撃を食らわせると、毒液の波が、津波のように押し寄せた。
「……覇竜穿撃!」
 そこに立ったのは、イグナートだった。
 構える。逃げることもなく。ルチアはそれを察し、祈りを歌い上げる。聖体頌歌。
「鋼覇斬城閃!」
 身を呈して、切り拓かれた。空間の裂け目を辿り、後退する。
 強い攻撃が来る。
 毒の嵐が、襲い掛かってくる。
「……かわいいわあ~!」
 ガイアドニスもまた止まらなかった。
 Lapis Sapphirusを手にして、ルチアは祝福を授ける。
 豪雨をかき消すかのような轟音は、弾正のものだった。
 殺戮が、雨となって降り注ぐ。毒の嵐の中、血液を揺らす。
「私達は私達の目的の為、彼らを神の下へと案内せねばなりません。ええ……ええ……貴女の意志など関係なく」
「とどめを刺したのは俺だ」
 泣き崩れる彼女に、彼は言う。
「貴様の憎悪は心地いい。次はどの子を神の身元に送ろうか」
「ええ……ええ……貴女は彼等を立派に愛していますとも。神もそう仰っています」
 だからそんなにも、腹が立つのでしょう。
 弾正が繰り出した万死の一撃は魔性。

 ママ。
 ママ。
 浮かび上がるシルエットは、ダンスをするふたり。理想の母子のすがたをうつしている。
(大好きなママ。種族が違くても、世界が違くても、私にとっての『母親』は君だけ)
 シグルーンは泣くように微笑んだ。

 血。
 切望するほどこだわっておきながら、踏みにじられている、血縁。
 鎖のようにつながる、絆。
 家族のことを、弾正は思う。
 どうして、そんなにも……。
(ヒトとヒトが縁の糸を撚り合わせ、番って子を成し、命を懸けて生み、自分の人生の幾何かを費やして育てる。
そこに何らかの思いや柵が生じるのは必然であっても、同じ系譜の……直系の繋がりに、何故、特別な思いを抱くのか……正直言えば、家族というものは、今もまだよくわからない。
考えれば考える程に分からなくなる)

●憎しみの終わり
 空間が膨張し、崩落しようとしていた。
 けれども、レイラはまだその形を保っていた……。
「人は誰しも、自分の信じたい事を真実だと思ってしまうものです
だから……ええ、簡単な事なんですよ…怒りの矛先を変える事なんて
いつだって、騙す者は人のそういう心の動きを利用します」
 ライがにっこりと笑っている。
「……」
 瓦礫に挟まった女が、唇を動かす。
「だから…ええ、ええ、見ての通り私達の刃が、銃弾が、彼らを殺しました。
『私達が殺した』」
 呪い続けてやる、呪い続けてやる……。
 か細い女の声。
 そうでなければ。もうすべてを諦めてしまっていたならば、命はなかっただろう。
「え? 本音ではどう思うかって? ふふ……」
 片腹痛い。
 ライは嘲るような胸の内を隠して、微笑む。さて、どうでしょうか。……どうでしょうね?
「……! アーマデル!」
 弾正はアーマデルを引き寄せる。オラボナがくるり、とシグルーンを抱き、終焉のステップを踏む。そっと、シグルーンを安全方向に押し出したのだ。

 暗闇の中。
 オラボナは誰かを指さした。
 誰を?
 もしかすると自分自身を。
 形をとどめずに崩壊していく身体をさして、定義し、肉の塊に押し込める。
「貴様――奴の貌を視給えよ、実に、嗚呼、実に『嘲笑し甲斐のある魔種(やつ)』だと思わないか? 必要なのは『扇動』だ、素晴らしいサクラ、煽りに期待するとも」
 ぱらりと、頁がめくれる。
「代償としては――嗚呼、私の臓物の一部を『もっていけ』。今回の一冊(ものがたり)には相応な新鮮(もの)だろう。何よりも毒気がない。全く、奴に対する悦ばしい冒涜だろう。Nyahahahaha――自我の崩壊で逃げるなどツマラナイと思わないか、混沌(きさま)!」
 虚無に拡散する物語が、ぱらぱらとまとめられていく……。

 あとには崩落したような谷が、口を広げている。
「はいはーい、おねーさんは生きてますよーっと」
 ガイアドニスがひょっこりと身体を持ち上げる。ずたずたになった、何かを抱えている。
「本当の子がいたとして、その子はレイラちゃんを愛していたかしら? そう思っちゃうおねーさんの心は超合金なのでっす。なーんてね」
 見るに堪えないようなすがたは、ガイアドニスの手によって、きれいな、ようやく人に見えるかのような形になった。
「ほとんどは溶けちゃったけど」
「よ、と……」
 瓦礫から這い上がってきたイグナートは何かを握っていた。レイラの身に着けていたアクセサリーだ。
「……帰れる子供は親元に帰してあげたいな、レオンに頼んで……」
 故郷はどこだろう。それもないなら、きっといたい場所はココじゃない。
「分かるわよ」
 ルチアがぽそり、と呟いた。
「知ったような口を利くなと言われたらそれまでなんでしょうけれど、貴女の抱える気持ちは分かるわよ。大切な存在を失った、奪われたっていうのは辛いもの、憎いもの。私だって、できるなら故郷を滅ぼした……いえ、私の話はいいわ」
 それから、ゆっくりと首を振った。
(俺は優秀な弟に嫌気がさして郷を出たが。家族の事は嫌いになれなかった。
血も心も通えばとても温かい。今は分からずとも、アーマデルをそういう幸福で包んであげたいと俺は思う)
 跡形もなく消え去った女のために、アーマデルがそっと朽ちたアクセサリーを拾い上げる。弾正はイーゼラーのために祈りをささげた。

成否

成功

MVP

イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃

状態異常

イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)[重傷]
黒撃
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)[重傷]
灰想繰切
ガイアドニス(p3p010327)[重傷]
小さな命に大きな愛

あとがき

レイラは、最後までレイラとして苦しみ、消えました。
お疲れ様でした!
行方不明の子供たちも、いくらかは身元が判明することでしょう。

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