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シナリオ詳細

<咎の鉄条>銀色狼と緋色の涙歌

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●妖精は只歌い、荊は地を這い蠢いて
 銀狼カムサは、荊に追われていた。
 しゅるりするりと蠢く荊。荊との邂逅は、普段は幻想種の集落近くに住む狼がほんの気紛れを起こして国境線側へ遠出した事に始まる。日数にして数日程度だろうか。カムサが森に帰ろうと歩き慣れた道を進むと、森はその姿を変えていた。一目でわかる異変であった。異様で異質な荊が、森を覆っていたのである。

 ここは、カムサが住む森だ。よき隣人、森に生きる穏やかで優しき幻想種の集落がある森だ。一体何があったのかと狼の鼻を寄せ、ほんの僅か荊に触れて――「キャインッ!!」カムサは激痛に跳び退いた。少し触れただけ。なのに、雷に穿たれたような強烈な痛みが返されて。しゅるり、ずるり。地を這い蠢く荊が追ってくる。敵意を感じる。触れただけで激痛を齎す敵とどのように戦う事ができようか?
「グルルルル、がうっ」
 毛を逆立てて吠える。一体この荊はなんなのだ、と。
「ばうっ、がぅぅ!」
 中はどうなっているんだ。あの優しき長き耳の友たちは、どうしているんだ。

 しゅっ、速度を増した荊が左から伸びる。慌てて右へ逃げる。がさり、右の茂みが揺れてふわりと光放つ何かが現れる。ひらり、ふわり、ひゅうるり。儚き壊れモノの硝子めいて透き通る翅をひろげる其れは、邪妖精。美しく長くたなびく虹色の髪は御伽噺に出てきそうな風情で、陶器めいた白肌は何処か無機質に冷たく――目は真っ黒の深淵空洞で、とろりと緋色の涙を零して高く澄んだ聲で狂気滲む不安定な旋律歌を啜り泣くように歌いあげる。

 ♪美しきモノ 生あるモノ 歓ぶモノ 光浴びるモノ あたたきモノ
 ♪小鳥は高く囀り 花は柔らかに咲き 子供たちが笑っている
 ♪暗く淀んだ影の沼からそれを見ているワタシは 醜きモノ
 ♪嗚呼この惨めなるワタシに子供たちが石を投げ 鳥は蔑み見下して 花は散る

 カムサは狼耳をへたりとさせて呻いた。歌がとてもとても――暴虐の衝動を掻き立てて。怒りを呼んで。苦しくて。何かにこの牙を、爪を、突き立てたい、傷つけたい。壊したい。殺したい。喰らいたい。気持ち悪くて、仕方ない。不快なのだ――何が? 何かが……何もかもが。


●これまでのお話と、新展開のお話
 練達で発生していたR.O.Oを巡る一連の騒動が収束した、かに思えた直後。
 なんと練達にはジャバーウォックなる竜と、ジャバーウォックが引き連れし亜竜の大群が突如として襲撃を行ってきた。イレギュラーズの協力もあり辛くも撃退には成功したが、そもそもなぜジャバーウォックが襲撃してきたのか。
 襲撃の真意を測りかねるローレットに、ラサの商人達より突如として驚愕の情報が齎された。


「なんとファルカウ全土が『荊に覆われ入ることが出来ない』状態に成ってしまったと言うんです」
 野火止・蜜柑(p3n000236)が依頼書を手に語っている。

「強引に中に侵入を試みようとしても鉄条網のような謎の荊に阻まれ――急速に眠りについてしまう者や、絶命の危機に陥ってしまう者も多々発生しているようで。内部のリュミエ様達とも、連絡が取れなくなってしまいました……ワープ機能も使えません。場所によっては『大樹の嘆き』も確認されていると」
 それはまるでR.O.Oで発生していた<クローズド・エメラルド>事件に似ているのだという。
「ラサを介して『迷宮森林警備隊長』ルドラ・ヘス(p3n000085)様から依頼がされています。偶然、国境線側の警備に出ていて難を逃れたのだとか」

 依頼内容はシンプルで――深緑の同胞を助けてほしい、と。
 情報が不足する中、ローレットは調査に踏み切った。

 果たして幻想種達はどうなっているのか?
 彼らは無事なのか?

「成程。まずは状況の把握が必要だな」
 深緑で何か起きるのか、と少し前からアンテナを張っていた『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)がギルドの仲間達に呼びかけた。
「その荊の近くは危険らしいから、戦闘の準備は入念にしていこう」
 練達の一連の事件で負った傷も癒え、困っている人々からの依頼を受ける日々に戻ろうと思っていた『蒼騎雷電』イルミナ・ガードルーン(p3p001475)が元気いっぱいに頷いた。
「はい! イルミナ、戦闘の準備は入念にするッス!」
 頼もしいです、と頭を下げて情報屋がテーブルに地図、依頼書、ドリンクを並べていく。

「これは調査依頼です。調べて頂きたいのは、まず『茨』。その謎の茨だか荊だか――なんや、依頼書も表記揺れしてますわ……俺もどっちが正しいのか知らんけど、それだけよくわからなくて混乱してるっちゅうことでしょうね」
 情報屋が笑って肩を竦め、話をつづけた。
「どこかにまだ侵入できる場所は残っていないか、敵や味方は――と、うーん。まあ、現地でわかったことがあればなんでも報告してください。深緑の内部に直接ワープすることは出来ないので、ラサの砂漠地帯の方から行くのがよさそうです。無理をする必要はありませんから、お気をつけて」
 会話する彼らに、ギルドの新人が声をかけたのはその時だった。

「あ、あの――私も、ご一緒したいです」
 幻想種のマリエラ・メレスギル (p3n000235)である。その顔は目に見えて不安気で蒼褪め、手は震えていた。声は遠慮がちで、けれど必死だった。ちいさな声でお父さんとお母さんがいるんです、と囁いて。
「故郷なんです。もし、よければ――足を引っ張らないよう、頑張りますから……お願いします」

 かの地、かの森に異変が起きている。
 内部に親しき縁者がいる特異運命座標もいるだろう。縁がなくとも、単なる好奇心でも、義侠心でも、野心でも、動機はなんでも良い。
 兎に角、新人を連れていくかどうかを含めて、その森を巡る運命に関わり、何かしらの情報を得たり働きかけたりして現在と未来に影響を与える権利は、あなたにあるのだ。

GMコメント

 透明空気です。今回は深緑です。

●オーダー
・茨に覆われたファルカウの調査

●場所
・深緑に存在する大自然、迷宮森林の集落付近。国境線に近い場所です。
・時間帯は、PC側で選べます。プレイングにてご指定下さい。

●敵
 現地で突然襲い掛かってきます。
・邪妖精
 精神に働きかけ、怒りや狂気を掻き立てる歌を響かせる邪妖精です。歌は戦場全域に響いています。歌の影響を受けると敵味方区別なく一番近くにいる他者に素手で殴りかかってしまう可能性があります。機敏で回避が高く、耐久は低いです。また、歌以外の行動はしません。

 ※歌について
 耐性スキルで対策する事もできますし、スキル以外で対策する事もできます。
 スキル以外で対策する場合は、「怒りや狂気にどう耐えるか」をプレイングに書いてみてください。例えば、「仲間との絆」「揺らがぬ信念や気迫」「嬉しかったことや悲しかったことを思い出して感情を上書きする」「仲間に物理的に擽ってもらって歌どころじゃなくなる」「自分も歌って敵の歌を邪魔する」などなど…といった内容です。

・怒れる銀狼
 歌の影響を受け、一番近くにいる他者に狂ったように襲い掛かる狼です。牙や爪で攻撃してきます。

・茨(荊)
 有刺鉄線の用に張り巡らされ、敵対するように動きます。少し触れるだけでも傷つく事があります。

●味方
・マリエラ・メレスギル (p3n000235)
 深緑出身の新人です。本人は同行したいと言っていますが、同行するかどうかは皆さんにおまかせです。お好きにどうぞ。戦闘能力は低いです。戦闘スタイルは格闘。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

 以上です。
 それでは、よろしくお願いいたします。

  • <咎の鉄条>銀色狼と緋色の涙歌完了
  • GM名透明空気
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年02月24日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

イルミナ・ガードルーン(p3p001475)
まずは、お話から。
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
クロエ・ブランシェット(p3p008486)
奉唱のウィスプ
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)
レ・ミゼラブル

リプレイ

 ――まるで、私たち以外すべてが眠っている世界。
「しっかりして……」
 『思いやりスペシャリテ』クロエ・ブランシェット(p3p008486)が横たわる頬に手を添える。瞼は固く閉ざされ、呼吸は規則正しく、応える気配は一向にない。そうしているうちに、少しずつ眠りの帳が意識を冒してクロエ自身も眠ってしまいそうになる。

 ――まるで、揺籃の檻。


●Sleeping Beauty
 夜の森は遠目には静かに思えた。
 国境側から近付く調査隊は、光源と暗視を備えた9人の特異運命座標。

「気持ちを切り替えてお仕事ッス!」
(いつまでもクヨクヨしてたら、今度強敵と出会ったときに勝てるものも勝てませんからね!)
 地竜との激戦からの切り替えに努める『蒼騎雷電』イルミナ・ガードルーン(p3p001475)。
「こうやって見るとちょっと圧倒されちゃうね。混沌世界は不思議がイッパイだけれど、コレは今まででもTOP3には入る異常事態だね!」
 鉄帝気質で知られる『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)は広域俯瞰でドーム状に国を覆う茨の森を確認している。
(大樹の嘆きに茨――十中八九で繋がっていそうな予感はするが。そういった先入観は捨て、多角的に見ていくべきか)
「夜にしか見せない動きがあるかもしれない、という意見は最もだ。私も興味がある」
 冷静さと的確な行動で知られる『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は森に続く狼の足跡を見出して仲間に知らせた。
「ROOでも似たような事件が起こったようですが、これはいわゆる現実への逆輸入、なんでしょうか?」
 何か掴めればいいんですが、と『闇に融ける』チェレンチィ(p3p008318)は懐中時計を手に時を測る。
(領地に住んでる皆に何かあったらどうしよう)
 クロエは自領シュクルの動物や妖精達を想い、心配です、と呟いた。
 縁者がいる方々は居ても立っても居られないでしょう、と優しく寄り添う瞳を見せるのは『人間の矜恃』ルーキス・ファウン(p3p008870)。
「俺の知る深緑はこんなに刺々しくなかったし、閉じてはいても美しくて穏やかだった」
 『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は過日の雄大明媚なる森を慕わしく思い、何が起こってるのか確かめるぞと決意を固めた。
「――一緒に行こう」
 仲間を振り返る。はい、と返事を返した森の娘はメイド服で、『ライカンスロープ』ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)と並ぶと如何にも同僚といった風情。
「とにかく、今回の調査で何かしらの情報を掴みたいですね」
 最後尾で転びかけたマリエラの手を取り支えてミザリィは静謐な眼差しを狼の足跡に向けた。
「……お気をつけて」
「ありがとうございます」
「マリエラは隊列の端に行かないようにな。護り難くなる」
「はい、汰磨羈様」

 それにしても変わり果てたものだ、と汰磨羈が果実を失くした枝に触れる。イズマが同意を示した。以前この森に来た時、動物達が話しかけてきたのだと。森の木々は、幻想種を我が子のように大切にしているのだと。


●調査書
 報告書No7371、調査書はイルミナの瞬間記憶と精密模写により情報の精度を保証されている。

「サンプルも欲しいけれど、コレって引き千切、ウゴイタッ!?」
 イグナートが茨に近付いた所、茨は敵性反応を示した。右手で強引に千切れば千切った端から伸びる。ただし、一瞬で再生する訳でもない。切り裂いても次から次へと生えてくる。
「コレは……植物ではナイ……!?」
 イグナートの自然知識によれば、それは自然ではなかった。ルーキス、イルミナが斬り落とされた茨の端をサンプルとして保管し、調査隊は移動した。

 一行は森番の知識を活かしたクロエと故郷の道を知るマリエラが教える近道や隠れ道をひとつひとつ調べ、茨を斬り拓いて進み、眠気が酷くなると引き返すのを繰り返した。茨の内部では昏々と眠る人々や動物達が発見された。皆動かそうとすると非常に苦しそうにして、連れ出すのは無理だった。クロエは祈るように天使の歌を捧げて、視える範囲の傷を癒した。

「この茨の内部は眠くなるね?」
 イズマが呟く。事前情報から精神的な働きかけへの備えは万全と言えるが、それでも奥に行く程足取りと瞼が重くなり、退かざるを得ない。一か所に長く留まる事は出来ず、時には自分も眠りに落ちてしまいそうになりながら互いに励まし合い、気付けし合って影響の薄い場所まで逃れていく。瞼を懸命にあげ、意識を保ちながら、其処に置いて行かなければならない生命たちにクロエは「必ず助けるからね……」と別れをつげた。ルーキスが試しにと提案し、土を掘ってみれば土中の動物もまたすやすやと眠っていた。
「地下から中に入れたりしないかな……」
 検討し、試行する背後や上方からも茨が襲い掛かってくる。ばらつきはあるが、茨は不吉な存在で、麻痺や毒を齎したり触れるだけで傷を付けるようだ。近付く者を拒み、生物めいて敵対行動を取る。微細な傷を重ねながら茨と格闘する中、汰磨羈が短く警告を発した。
「――来る!」
イグナートが獣の反応速度で敵とぶつかっている。口の端は面白がるように持ち上がっていた――チワキニクオドルとまではいかないが、と呟いて。
 無限ワンコ蕎麦みたいなイバラとの格闘よりイイ、と見遣る先には狂乱状態の銀狼と、もう一体。
「歌……?」
 クロエが不安定な旋律に細い肩を震わせる。

 歌が聞こえていた。
 ミザリィの紫眼には、淡く発光しながら舞う虹色が映っていた。それは綺麗だったけれど、母様にはかなわなかったし、より気になるのは地上で荒らぶるもう一匹。

 ざわり、さわり。
 夜風に枝が揺れている。
 ――【狼さんが、森の中】。


●猟師も眠る森の中
「この歌は、危険ッス!」
「ふむ――狂気と暴性を駆り立てる効果だろうか。ならばあの狼も?」
 イルミナと汰磨羈が視線を絡ませ。
「コノ狼は魔物じゃないね!」
「イグナートさん、ボクは茨と邪妖精を牽制しますね」
 チェレンティが狼を抑え込むイグナートに告げる。クロエはイズマと一瞬で意思疎通して、歌に対抗する意思を共有した。癒しの歌は助かります、と言いながらルーキスがディープブルー・レコードをマリエラに渡す。用意が良いんですねと驚きながら有難く受け取ったマリエラは、疵付いた狼を見つめるミザリィに気付いた。

「あの歌はすぐ終わらせる。皆、それまで耐えろ」
 汰磨羈は霊気を練り上げて爻を綴る。霊旺圏は験禳を学ぶ上で必須で、験禳妙手の師は汰磨羈のセンスをよく褒めたものだった。
「好転招機」
 厄狩闘流は汰磨羈と師癒羅が創設した汎用性高き武術。凛とした声は如何なる戦況にも行動に迷わない。白い指が手繰るは結界札。魔を喰らえと化生が念籠め刻むは饕餮紋。
 憤怒と憎悪のままに刃を振るう――そんな事、出来るものではなかった。五千余年の中で戦い続けてきた汰磨羈には最早在り得ぬと言っていい。
「生憎だが、怒りを御する手法は心得ている。その手の干渉は受けんよ」
 憤怒に呑まれるようでは、あの男を倒すことなどできぬからな――災厄を断つ刃は、実に気の長い盤上で戦っているのだ。

「こんな異常事態で狂うアイテを死なせるのは気が引けるからね! 正気に戻ったら全力でやるのもやぶさかじゃないから次の機会にね!」
(イグナートさんは狼が101匹大行進しても余裕で引き受けそうですね)
 チェレンチィのトゥィルグラザーには四方八方縦横無尽に蠢く茨が視えている。
(ボクはボクの仕事を)
 散々刈った茨だ。もはや作業と言っていいほど鮮やかにトライノーイシェスチの両刃が至近に迫る茨を断っていく。耳朶に狂歌響けども、惑う事はなかった。耳には金の刻が煌めいている。それを握らせた手を思い出す――、
 それは願いで、
 それは呪いで、

 ――殺したのはボクだった。

 チェレンチィが黒衣を翻し駆ける音は靜かだった。マリエラさん、と手を引いて後ろに下げ、代わりに慣性を切れ味に変えた鋼線裂波を打ち放つ。鎮めの波濤めいた衝撃が遠く蠢く茨を裂くのを確かめながら「さあ」と低く囁き促せば、マリエラがイズマやクロエと合わせるように歌を歌い始めた。無意識だろう、チェレンチィの服の裾を握っている。行動が制限されるんですが、と思いながらもチェレンチィは振りほどく事なく、遠距離の茨と邪妖精へと斬神空波を放ち続けた。
「お二人とも、俺の後ろに」
 ルーキスは邪妖精と狼の進路や標的を見切り、身を挺して後衛の負傷度を軽減した。
 俺の光――エルピスから贈られたブレスレットは誇りに勝るとルーキスは手首を唇に寄せる。香りが思い出せるようで、慕わしさが胸を温める。ほんの一瞬目を伏せてそっと口付ける様は、騎士が勝利を誓うような神聖な儀式に似ていた。
 味方を守るルーキスの大きな背中を頼もしく見つめていたマリエラは、それが屹度大切な誰かからの贈り物なのだろうと思った。狼に対し慈悲を、邪妖精には必中の飛刃六短を使い分け、高雅なる瑠璃雛菊と清廉なる白百合の双剣閃が直線ひた走る様には、使い手の気質がよく表れていた。

 敵がいる。
 敵が――【哀々切々、歌っている】。

 敵の歌で湧き上がってくる怒り、憎しみ――偽物だと頭でわかっていても、イルミナは思い出さずにはいられなかった。
(あの時、届かなかった……っ)
 ――つい先日の地竜戦。アイツに――憐れまれた。見下された。
「奪われた。
 殺された。
 救えなかった。
 仇を討てなかった、悔しい、……勝ちたい……ッ」
 ――忘れられないあの想い。沸々と燻り着火し危険な何かが融解するようにぐちゃぐちゃに混じる。
 だけど。
「――でも、それだけじゃ、……ない……っ」
 足を出鱈目に進めた。
 前へ。
 怒りが渦巻いていた。
 息を吸い。
 吐くと同時に腕を突く。
(――邪妖精に!)
 手数を武器に。
 この手で、戦ってきた。不器用なくらい我武者羅に。
 ――そう、器用じゃなかった。要領が良いとは言えなかった。笑顔の裏で落ち込む事だってあった。けど、そんな手でも沢山救う事ができて、いっぱい、あったかな笑顔を見て来た。幾度分水嶺に拳を繰り出した事だろう。
「イルミナには、楽しかった思い出も、うれしかった事もたくさん。この『心』にたくさんあるんスよ!」
 綺羅星めいた記憶は何よりの勲章で、宝物で、それが沢山積み重なってイルミナの道になっている。それは、誇らしく温かな道だと――イルミナは言い放った。

 残影百手の命中に笑み、こっちも任せてとすれ違い様にその背を叩いたイグナートは闊達に闘気を漲らせ、好敵竜と戦った高揚を拳に招いて膝に力を溜め、地も爆ぜよとばかりに突進する。全身に狂気を寄せつけぬ昂りがある。ヨのナカの強い敵と戦りたい。オレは怒りたいわけじゃない。それはソソラレナイよ、と発する獣に似て異なる武興の裂帛吠声。
 衝突は苛烈にして花火のように呆気ない。狼の膂力を完全に凌駕して両腕で勢いを殺し抱き留めて踵が地を削り。ゴメンネと断りながら掬いあげるように下から昇る慈悲の拳は狼の顎を打ち脳を揺らす――覇竜穿撃!

 それは、豪快な強撃。
 けれど、救うための加減撃でもあった。
 狼をぶっ飛ばすのを見て、歌の影響が少ない遠方に飛ばしたんですねとマリエラが尊敬の眼差しを向ける。イグナートは「悪夢からサメルといい」と笑った。

 ――【それは悪夢だと誰かが言った】。

 螢花洋灯に照らされる髪は夕月の雫を溶かし流したよう。身の丈ほどもある清銀のスプーンをくるりと廻して。
「しかし……耳障りな歌ですね。母様のほうがよっぽど歌がお上手でしたよ」
 母様の歌を想いながらミザリィは狼の尾を揺らめかせ、耳を伏せて今宵のvillainに光を向ける。呼称とは起源を辿れば荘園の農奴や異教徒で、呼ぶ者が定めたものだった。

 ――御伽話に出てくる狼は。
 スプーンの先に光が溜まって、光の粉がふわふわと飛ぶ。傷だらけの狼を優しく包む。
 『狼は、いつも、悪役でした』。
 青と赤のあわいに見つめられて、獣が身じろぎをした。混乱を浮かべて牙を剥き、距離を詰めてくる。
『いつもいつも、まるで悪の象徴であるかのように描写されていました』。
「目を覚ましなさい!」
 ミザリィはその時、物語を否定した。
 否――信じていた。
「あなたの爪と牙は、誰かを傷付けるためのものではないはずです!」
 清楚なロングエプロンを汚して、受け止める。飛び込んで来た温もりは怯えと痛みと困惑と、不幸の香がした。
 ちいさく震える手でその毛皮を抱きしめる。

 ――優しい狼がいたっていいのにと、ずっと思っていました。
 嗚呼、歌が響いている。首筋に狼がくわりと牙を剥き――

 怒り?
 狂気?
「そんなものに、私は負けたりしない」
 頬にあたたかな濡れた感触と吐息が感じられた。狼が理性を瞳に浮かべて、ミザリィを味方だと判じて頬を擦りつけた。くぅん、と鳴く声は共鳴するようだった。淑やかな仕草で狼の毛皮を撫でて狼を放し、ミザリィはスプーンをフォークに持ち替えて這い寄る茨を払いのけた。

 イグナートが邪妖精に標的を変えている。
「オレは本気でこの場でイチバン強いお前と戦って勝つ!」
 もしイケドリにできなかったら倒した仲間と模擬戦もイイナと呟きを零す瞳には活力が漲っている。戦場こそ鉄帝男子の生きる場所だと全身で訴えるように放つ一撃は生き生きとして、けれど加減も矢張り忘れない。

 イズマがフォルテッシモ・メタルで優しく勇壮な曲を奏で、クロエとマリエラが柔らかな歌声で歌詞を紡いでいる。

 ♪陽だまりひょこぴょこ 仔ウサギさん

 ♪このお花はママが大好きなの
      ♪パパがお手紙を書いてくれたの

 ♪大切であたたかな記憶に勇気が宿るの 仔ウサギさん
       ♪spes-fortia-via-domum

「「♪ほら お友達がいっしょだよ」」
 クロエの領地に住む皆は、皆が優しい。
 湖のほとりでお気に入りの本の頁に栞を挟んで、父がよく飲んでいた珈琲を味わうクロエに鹿が白い花を摘んできて、褒めてほしそうに長い足を折り畳んで座って。妖精が湖面に円舞曲を踊り、鳥たちが楽し気に囀っていた。

 ――俺は、邪妖精がなぜ歌うのかも知りたい。
 イズマは飛翔する邪妖精を視線で追い、呼びかけた。
「逃げないで、聴かせて?」
 歌を聞く。耳を澄ませて、感受性を研ぎ澄ませて、敢えて琴線に触れさせる。
 乱れた旋律は感情曲線の波形を誘うようで、狂おしいほど芸術的だ。
「――、ッ」

 拳を固く握りしめる。
 唇を強く噛み、歩を進めた。睥睨する邪妖精は動きを止めて待っているように視えた。
 湧き上がる衝動に腕を乱暴に振って茨を引き千切った。触れた痛みに喘ぎ、地に落ちた茨屑を腸が煮える思いで踏み躙った。この感情は俺のじゃない――血濡れた手を暴れさせようとして――降ってきた問いに動きを止めた。
「――御主」

「何も自傷することはあるまい」
 汰磨羈が幹を蹴り枝を足場に跳んでいる。

「才子の熟知深考、儚みやすし」
 イズマがハッとして、そうだねと冷静に頷いて低く歌う。寄り添う気配濃く優しい、けれど決然と紡ぐ声は、憂愁のテノール。成程芸術家だ、と呟いて。苦しみを終わらせるための響奏撃を耳に汰磨羈は疾風めいて邪妖精の懐に姿を現し、餮魂の大太刀で敵の身を捉えていた。虹光を間近に刃紋は煌めき。
 しゃらり、
 刃が謡う。
「花劉圏・斬撃烈破」
 剣閃は一瞬、地上の闇に銀月が降臨するが如く。
 インパクトの瞬間は佳花めいて斬気咲く。
「――舞刃白桜」
 聲は閑か。
 返り血すら寄せ付けず斬り抜けて。
 すたりと地に降り、立ち上がる。
 涼やかに音立てて得物を納めて一拍、妖精が地に沈み、全身を露のように化して散華した。


●旅人の夜の歌
 ミザリィとクロエが銀狼を治療し、クロエ、ルーキス、イズマが状況を伝えると、銀狼は友好的に応えた。
「ぐるるぅ」
 狼が頭を垂れて、一行に同行を申し出たので、調査隊は此処で調査を終える事にした。森を離れ、茨との距離が遠くなり――ふとイグナートが声をあげた。
「ん? ……イバラが!」
 サンプルとして採取した茨は、いつの間にか萎れたようになっていた。特殊な効能を失っていた。
「触っても傷つかないね」
「毒や麻痺もないみたいだ」
「とにかく、帰って調べてみるっスかね」
「そうですね……」

 ――少しだけ、心に触れた気がしたんだ。あの時。
 イズマがちらりと森を振り返る。

 記憶に刻まれた箍を外し果て無き勘情を煮詰めて沸騰させたような不安定な音は、ぞくりとするほど美しかった。赫奕たる陽日は目の覚めるような青空を伴うけれど、彼が眠る夜は不穏で、まるで怠惰の跫めいて微睡むよう。

 ――【この道を一緒に行こうとあなたが言った】。

 ミザリィは新たな友と一緒に帰路を進む。
(元の世界ならいざ知らず、いまの私はただの狼ではありません)
 揺れる尻尾は、ゆうら、ゆら。
(この世界での私の力は、誰かを傷付けるためのものじゃありません)
 友の笑顔が脳裏に浮かんで、胸のあたりが温かくなる。
(証明してみせます! この世界で出会った、心優しい太陽のためにも!)
 人数分の足跡が道を進んで、未来へと続いていく。


 この夜――【旅人の道には、友がいた】。

成否

成功

MVP

イルミナ・ガードルーン(p3p001475)
まずは、お話から。

状態異常

なし

あとがき

イレギュラーズの皆さん、調査依頼おつかれさまでした。
銀狼さんは生存し、保護されました。保護者はミザリィさんとなっております。ミザリィさんは関係者登録など、自由にどうぞ。
マリエラも同行できて嬉しかったと言っています。
プレイングは皆様文字数も充実していて、抑えるべきポイントもしっかり書いてくださっていました。
称号は調査隊仲間ということで(?)仲良く全員お揃いのを贈ります。ありがとうございました!

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