シナリオ詳細
<グラオ・クローネ2022>在りし日の幸福をもう1度。或いは、仕入れ過ぎたカカオの行方…。
オープニング
●オアシスの商店街
「――貴方に幸福を。灰色の王冠(グラオ・クローネ)を」
深緑に遥か昔から伝わる御伽噺だ。
2月14日、人々は大切な誰かへ想いの籠ったチョコレイトを送る。
チョコレイトとは、御伽噺に登場する王冠を模したものであると伝わっているから。
「懐かしいっすね。貧しい孤児院だったっすけど、グラオ・クローネの時期だけはシスターたちが甘いチョコレイトを送ってくれたっす」
熱い空気を風が運んだ。
ラサのどこか、商人たちで賑わうオアシスの街。
日陰に座るイフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)は、甘い香りに頬を緩めて溜め息を零した。
孤児として、教会で過ごした日々はもはや昔のことである。
同じものを食べ、枕を並べて眠った子供たち。
時に優しく、時に厳しいシスターたち。
皆、とっくの昔にこの世を去ってしまった。
残されたのは1人だけ。
けれど、在りし日の幸せな日々を思い出さない夜は無い。
「それから、皆でチョコを作って売ったものっす。売上は微々たるものだったけど、教会のために一生懸命だったっす」
懐かしいなぁ、と。
火傷で塞がった瞼を撫でて、イフタフは笑みを浮かべた。
毎日、食べる物にも困るような貧しい日々だった。
けれど、愉しい毎日だった。
1つの目的のために、子供たちとシスターが力を合わせてチョコレイトを作って、販売する。
それだけのことだ。
本職の菓子屋や商人から見れば、それはおままごとに見えただろう。
「大切な誰かはもういないけど……もう1回、やりたいなぁ」
なんて。
どこか寂しそうな様子で、イフタフはそう呟いた。
●幸福の残滓
「カカオ、牛乳、砂糖、それからシナモンにココアパウダー、よくわからない香辛料とナッツが多数」
小さな屋台に満載された材料を指さし、イフタフは困ったような顔をしている。
ラサのどこか、商人の集うオアシスの街ではなんだって手に入るのだ。
もちろん、何かを得ようと思えば代価は必要となる。
時期柄、チョコレイトの材料は大量に仕入れられていたので、値段も相応に安かった。
嬉しい誤算だ。
イフタフは古い記憶を頼りとし、チョコレイト造りに必要な物を買いあさった。
買って、買い集めて、廃材で屋台を手作りして……そこで彼女は気が付いた。
肝心のチョコレイトの製法を知らないことに。
「こう言ってはアレですが、調理って苦手なんっすよ。昔、チョコレイトを作ったことはあるんですけど、何ていうか真面目にやらなかったもんで」
知識だけではチョコレイトは完成しない。
材料だけでは、チョコレイトは完成しない。
ついでに言うと、造っただけではチョコレイトは売れない。
知識と技術と販売戦略その他が複雑に絡み合って、やっと商品は売れるのだ。
「懐かしさに少し暴走気味だったかもしれないっす。でも、ほら……せっかくなら、チョコレイトを売るところまでやりたいんっすよ」
なんて。
イフタフは言うけれど。
買い過ぎた材料に比して、それを造って売るための知識と技術が不足しているのが現状だ。
愉しそうにチョコレイトの材料を買い漁るイフタフは、商人たちにとって絶好の餌食であった。
口八丁であれもこれもと買わされて、1人では到底捌き切れないだけの材料が集まっているのだ。
「これだけあれば、一口サイズのチョコレイトなら200個~300個ぐらい作れるっすかね」
はは、と思わず渇いた笑いが口から零れた。
「でも、安価なチョコレイトなら“フフ&プティ商会”が専門で扱ってるっす。かといって、高価なチョコレートやチョコケーキは“パンタローネ商会”が1級品を用意してるみたいっすね」
“フフ&プティ商会”の代表はフフという名の若い女性だ。相棒の少女プティと共に、日頃は旅商人として活動している彼女たちだが、商機とみて現在はオアシスの商店街に出店していた。
“パンタローネ商会”はラサのみならず、各国に名の通った大商家である。
金持ちを相手にした商談を主としているが、かといって市民向けの商品を扱っていないわけではない。
ちなみに、お手頃価格の“ちょっといいもの”程度のチョコレイトを扱う商会は数えきれないほどにある。
「フフ&プティ商会は馬車でオアシス周辺を回りながらチョコを売っているみたいっす。目玉はチョコレートドリンクっすね」
一方、パンタローネ商会はオアシスの一等地を借り上げて大きなテントを張っている。
見た目も綺麗なチョコレートを展示販売するスタイルだ。
あらかじめ完成品を運び込んでいるのか、調理スタッフはいない代わりに、接客誘導、会計、客の呼び込みと仕事が細分化されているのが特徴である。
「別にその辺に勝ちたいってわけじゃないんっすけどね。完売はさせたいっすよね……え、完売したお金っすか?」
ふむ、と顎に手をあててイフタフは少し思案する。
それから、いいことを思い付いたとでも言うように、彼女は口元に笑みを浮かべた。
「どこかの孤児院にでも寄付するっすよ。幸せのお裾分けっす」
- <グラオ・クローネ2022>在りし日の幸福をもう1度。或いは、仕入れ過ぎたカカオの行方…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年02月26日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●砂漠の交易路
乾いた風に、ビターで甘い香りが混じる。
ここはラサの砂漠の真ん中。
オアシスを中心に作られた砂漠の街だ。
もっとも、この町に立ち寄るのは長い距離を旅する商人か、旅人ばかり。
東西南北からやって来た商人たちは、ひと時の休憩ついでに品を買い付け、または交換して次の街へと向かうのである。
日頃から活気と笑顔に溢れた街だ。
喧々諤々、談笑、交渉、金貨の擦れる音が響く中に、場違いなほど間延びした声が紛れ込む。
「チョコ~、チョコレイト~ドリンク~……」
質素な衣服を纏った小柄な少女が1人、ぼんやりとした顔をして客を呼び込んでいるのだ。そんな彼女を、苦笑紛れに見つめながら茶色い髪の女性が馬車の荷台で鍋をかき混ぜている。
小柄な少女の名はプティ、チョコレイトドリンクを作っているのはフフ。ラサの各地を旅しながら、商いしている行商人だ。
「プティに売り子は難しかったかもしれないわ……っと、それで何の話だったかしらね?」
「はい! なんかチョコフェスみたいなのやる感じなのでご協力お願いできませんか!?」
鍋を混ぜる手を止めて、フフは視線を背後へ向けた。
そこに立っていたのは若い少女の2人組だ。元気よく手をあげたのは『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)である。
「突然なお誘いね。えっと……つまり、グラオ・クローネのお祝いと、教会への寄付を目的としたチョコレイト販売を行うつもりってことで合っているかしら?」
フフの問いに、しにゃこは頷くことで肯定の意を返す。
しにゃこと『赤々靴』レッド・ミハリル・アストルフォーン(p3p000395)がフフ&プティ商会を訪れたのは交渉のためだ。
イフタフが買い過ぎたチョコレイトを売り切るための一手として、フフとプティの協力を取り付けに来たのである。
フフとプティは商人だ。物を売ることにかけては本職である。
しかし、それゆえに……本職であるがゆえにフフは簡単に申し出を受けることは出来ない。彼女たちは商人だ。儲けの出ない話に乗るわけにはいかないのである。
「ボクは彼女の思い出のお手伝いがしたいっす。彼女のささやかな夢を叶えたいっす」
真剣な目をして、頭を下げるレッドを見やる。
彼女が嘘を吐いているようには見えないし、その言葉や態度から騙そうとする意思も覗えない。イフタフのささやかな夢を叶えたいという言葉はきっと本心だ。
「……少し考えさせて。儲けが出るか計算するから」
十数秒の思案の後に、フフはペンを手に取った。
マーケットの中央を、木箱や紙の包みを抱えた2人が進む。
1人は『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)、もう1人は『横紙破り』サンディ・カルタ(p3p000438)だ。
「……なんでどいつもこいつもチョコを消費しきれない程買いこむのか」
なんて。
マーケットに並ぶ形も質も値段も様々なチョコレイトを眺め、世界はそう呟いた。
もちろん、かくいう世界が抱える荷物もチョコである。
「まあいい、とりあえずチョコを作って売るだけの簡単な仕事だしさっさと目的を達成してしまおう」
「市場は賑わってるな? なぁ、ここをメインで客を引いてきたいな」
時期が時期であるためか。チョコレイトの売れ行きはいいようだ。
友人に、家族に、恋人に、店に訪れた客に、渡すためのチョコレイトを商人たちが買いあさっているのである。
「“ちょっとしたお土産”枠で売り込むのはどうだ。なんなら1~2個ぐらい配っちまうのもアリかと思ってるんだが。そのためには小さいの作んねぇとな」
「作って……売るだけ? ちょっと不安になってきたな」
どこか楽し気なサンディと、難しい顔をした世界。
正反対の2人だが、ここまで来た以上、やれることをやれるだけやるしかない。
オアシスの北側、誂えられた大きなテントの内側で向かい合うのは髭を蓄えた老人と、白い髪の小柄な少女の2人であった。
2人の間にはテーブル。その上には少女……『進撃のラッパ』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)が持ち込んだ木箱と、チョコレイトフェスの企画書があった。
「ふむ? 話は分かった。手付金も店の規模と人数を考えれば上々だろう。しかし、儂に旨味が少ないな」
こつん、と指先でテーブルを叩いて老人……パンタローネは身を乗り出す。
パンタローネは各国を又にかける大商人だ。本日彼はオアシスの北に大きな区画を借り上げて、高級チョコの展示販売を行っている。
売れ行きは上々。
儲けも既に十分に出た。そろそろ店を畳んで、他の商人に先んじて次の街へ移動しようと考えていたところであった。
「ひとつ訊きたい。なぜチョコフェスを?」
パンタローネの問いかけに、フラーゴラは息を飲む。
彼の視線は鋭く、心の内側までも見透かされそうなほどだ。きっと、嘘偽りは通用しない。
「成功すれば絶対絶対楽しいし皆きっと笑顔になる……! ワタシたちは新参者で年季も若い。でも先輩たちのすごいとこ見せて欲しい……!」
正直に思いのたけを伝えるべきだと、フラーゴラの直観が告げていた。
「力を貸して! お願いします!」
まっすぐにパンタローネの瞳を見つめ返しながら、フラーゴラはそう告げた。
にぃ、とパンタローネの口元に笑みが浮く。
「まぁ、こちらの商品もじきに売り切れるからな。時には戯れもいいだろう」
パンタローネが指を鳴らす。
数秒の間も空けず、テントの外から男が1人顔を覗かせた。
「ビラと看板を用意する。儂の店の名と場所が書かれたそれを目立つ場所に置くといい」
とんてん、とんてん。
リズミカルな鎚の音。
テーブルを運ぶ『深き森の冒険者』玖・瑞希(p3p010409)が、空いたスペースにそれらを綺麗に並べて回る。廃材を使って組み上げたものだが、なかなかに見栄えは悪くない。
「椅子とテーブルがあったら、喫茶店っぽくなるよね。狭いスペースなら、立ったまま使えるテーブルのほうがいいかな?」
「売る商品も大事だけど、商売って何より見た目が大事よね? 大きなテーブルが1つほしいわ! 屋台は目立つように空色はどう? 後は看板が必要ね!」
オンボロ屋台を補強しながら『炎の剣』朱華(p3p010458)は視線を廃材の山へと向けた。オアシスの隅に転がっていた板切れだが、色を塗れば立派な看板になるだろう。
屋台の完成はもうすぐだ。
2人は作業の手を止めて、調理場にいるイフタフの元へ駆けていく。
「ね! イフタフの好きな空の色って、どんな色?」
「ねぇ、イフタフ。ここまで準備してきたけどお店の名前はあるのかしら? 無くてもいいけど、あった方がやっぱりいいでしょ」
「……え? なんて?」
まったく同時に問いかけられて、イフタフは思わず動きを止めた。
そんなイフタフの隣では『甘夢インテンディトーレ』ミルキィ・クレム・シフォン(p3p006098)が手際よくヘラを操っている。
「わぁ、大きなテーブルも用意してくれたのね! これなら、チョコ好きなら一度は夢見るあのロマン料理……チョコレートファウンテンができるかも!」
見習いとはいえ、ミルキィはシュガーランド出身のパティシエだ。
調理場こそが主戦場。
調理は彼女の独壇場。
チョコレイトをソースにするのも、フルーツを均等にカットするのも、トッピングを取りそろえるのも、何でもござれといったところか。隣で助手を務めるイフタフも、ここ1時間ほど休む暇がないほどだ。
●チョコレートカフェ・Open Sesame
甘い香りに包まれて、チョコレートカフェ・Open Sesameは営業開始と相成った。
上等とは言えない立地に構えた屋台を遠目に覗く商人や旅人たちの姿が疎らに見える。
「そこの猫ちゃん、またはあなたの似顔絵チョコ作るっすよ。世界に一つだけのチョコっす!」
カフェスペースの入り口でレッドが声を張り上げた。
手には薄く広く固めた板チョコとチョコペン。道行く猫に声をかけ、さらさらと板チョコに絵を描きあげる。そうして完成したそれは、大きな耳を持つスナネコの似顔絵であった。
「コチラの喫茶店もどうぞ寄ってみてくださいっす。協賛店の味わいも楽しめるっすよ♪」
完成した絵を店前に飾り、レッドはくるっと一回転。赤い髪とスカートの裾がふわりと風を孕んで広がる。
なんと珍しいことに、今日の彼女はメイド服を着こんでいるのだ。
しかし、客は1人2人と近くによって見るばかり。興味はあるが、それ以上近づき、商品を手に取ってみるには何かが足りない。そんな顔をしているのだ。
「やぁ、何かお探しで? ここだけの話、この店は期間限定オープンなんだ。つまりあんた方は“幸運なお客様です”ってことさ」
近づいて来た客たちに、颯爽と声をかけたサンディ。その手には小さな盆を抱えているではないか。盆の上には、フフとプティのチョコレートドリンクに、一口サイズのチョコレイト。後者のそれは、パンタローネ商会から仕入れたものだ。量は少ないが、味も質も一級品であることは間違いないはずだ。
近寄って来る客たちに次々と声をかけながら、サンディは忙しく駆け回っている。
なに、忙しいのは今だけだ。客の出入りが多くなれば自然とサンディの役目も終わる。
客の列は新たな客を呼ぶことを、サンディ……そして世界の2人は理解していた。
「おい……何してんだ、世界?」
「……閑古鳥が鳴いてる店って入りにくいだろ? それを避けるためにだな」
喫茶スペースの片隅で、椅子に座っている世界へとサンディが問うた。
世界の視線は、喫茶スペース中央に設置されたチョコレートファウンテンへ向いている。どうやらそれが稼働開始するのを待っているようだ。
「俺が客を演じることで他の客が入りやすくなる。別にサボってるわけじゃないさ。その証拠に……見ろ」
ひょい、と世界が足元から持ち上げたのは『最後尾はこちら』と書かれたプラカードである。思わずサンディはそれに手を伸ばしていた。人は『最後尾はこちら』と書かれたプラカードを見ると、持ってみたくなるものなのだ。
“ARIAKEの誘い”と、どこかの誰かはそう呼んでいた。
疎らではあるが、徐々に客足も増えて来た。
客たちの中には、身なりの良い者たちもいる。どうやらパンタローネの方でも宣伝をしてくれているようだ。
「グラオ・クローネ限定“Open Sesame”にようこそっ! 気になる誰かにチョコレートはどうでしょうか? 価格もお手頃で味も上々。こちら試食できますので気に入ったら是非手に取ってくださいね?」
客たちの間を駆け回るのは、燃えるような紅い髪をした少女であった。小柄な体で闊達に、声をあげて笑顔を振りまく朱華の姿は人目を引いた。
チョコレイトの加工は未経験だが、接客であれば学んでいる。
愛嬌と度胸、それから笑顔を絶やさないこと。「ラッシャセー」ではなく「いらっしゃいませ」としっかり発音することも忘れない。
「君。チョコレイトファウンテンに案内してくれないか」
「はい! 承りました! こちらにお名前をご記入ください!」
受付表を手渡しながら、朱華は旅人らしき女性を喫茶スペースの中央へと案内する。頭の横から山羊の角を生やした彼女が万が一にもぶつからないよう、空いている椅子やテーブルを素早く移動させながら動線確保も忘れない。
嵐のような少女であった。
オアシスの畔を駆けるしにゃこは、桃色の髪を靡かせながら次々と道行く人に声をかけている。フフとプティはその様子を遠目に見ながら「あぁ、いつも通りだな」とそんな風に思っていたのだ。
これまで何度も、フフとプティはしにゃこと逢ったことがある。多くの場合は戦場で、武器を手にして戦う彼女に、2人が助けられるという形だが。
何度も何度も窮地に陥り、その度にしにゃこは駆けつけてくれた。
「チョコいかがですかー! 腕自慢の作った絶品のチョコですよー! ほらそこのお兄さんも! 甘いの苦手なら甘さ控えめもありますからたぶん!」
元気なのは良いことだ。
多少強引でも、苦笑いで許されている。
「今なら美少女しにゃこちゃんが手渡ししてあげますよ♪ え、非モテがチョコ買って一人で食べるの悲しい!? じゃあ今回は特別です! はい、せーの……先輩、しにゃからの気持ち、受け取ってください♡」
アドリブも利くし、コミュニケーション能力も高い。
「どうです、いじらしい後輩ちゃんからチョコ貰えた気持ちになるでしょう!? でもお代は頂きますスイマセン! そこは慈善ではないので!」
そして、存外しっかりしている。
慈悲は無い。慈悲は無いのだ。
「わたしも、行って来る」
何か思うところがあったのか。エプロンを外したプティは、しにゃこの手伝いへと走って行った。
今にも死にそうな顔をして、イフタフは鍋をかき混ぜる。
チョコレイトは存外重い。非力なイフタフには重労働なのだ。
しかし、ここが地獄でもあるまいし、何をそんなに青い顔をしているのか。
フラーゴラを見よ。
事前の準備や設備の手配を完遂させて、満足そうに胸を張っている彼女の姿は威風堂々としたものだ。パンタローネとの交渉、トイレやゴミ箱の設置および動線確保、前もって仕込んだケーキの生地やエナジーバー。
大活躍とはこのことか。肉屋を経営している手腕は伊達ではない。
今頃、エナジーバーはしにゃこが、トリュフはサンディが売り歩いているはずだ。
「イフタフさん、手が止まってるよ……チョコレイト、固まっちゃうよ」
「……よく見るっすよ。止まってないっす。亀よりもゆっくり動いているっす。人類やチョコにとっては遅々とした1歩ですが、私にとっては大きな1歩なんっすよ」
「……疲れてるんだね。少し、交代しよっか?」
イフタフはもう駄目かもしれない。
パンタローネとの交渉以来、初めての不安がフラーゴラの脳裏を過った。
客の列が伸びている。
夕方近くになって、予想以上に客が集まって来たのだ。『最後尾はこちら』と書かれたプラカードは遥か遠くに掲げられているではないか。
「瑞希ちゃん、フェーズ2開始!」
ミルキィのいうフェーズ2とは、ファウンテンの増設だ。
一口サイズをチョコに絡めて食べるのは、存外に楽しいものだった。しかし、一ヶ所で捌ける客の数は知れている。
「楽しいって、一緒に思えるともっと、楽しいよね」
チョコレートソースとカットした果物を抱え、瑞希が調理場から飛び出した。
否、飛び出すというのは比喩だ。
商品を決して落とさぬように、楚々とした足取りでゆっくり全速前進である。
何より幸せな瞬間は、たっぷりと溢れるチョコにカットした果物を絡める時に違いない。
「湧き上がるチョコの泉! ディップされてチョコのドレスをまとったフルーツたち! その光景はチョコ好きを魅了すること間違いなし!」
夢のような光景だ。
用意されたファウンテンマシンは都合3台。それを囲むラサの商人や旅人たち。普段は干し肉と硬いパンで腹を満たす傭兵たちも、久しぶりに口にした甘味に顔をほころばせている。
「さーて、そろそろホワイトチョコの残量が心もとないかな? ふっふー、ミルクチョコレイトとホワイトチョコレイト、2つの山を並べている方が見栄えもいいよね」
がんばるぞー♪ と、拳を突き上げミルキィは鍋とヘラへ手を伸ばす。
手洗いうがいは済ませたか?
チョコレートの備蓄は十分?
神様にお祈りをして、甘味を楽しむ準備はOK?
よろしい、ならば戦争(調理)だ。
ミルキィの戦いは、まだまだ終わりそうにない。
チョコレイトを食べれば、皆笑顔になるに決まっているのだから。
その光景を思い描けば、疲れなんて吹っ飛ぶのだ。
「ワクワクしてきちゃうね!」
●祭りの後
西の空に日が沈む。
チョコレイトは完売した。
イフタフはすっかり疲弊していた。
ひゅーひゅーと、か細い呼吸を繰り返し屋台の隅に転がっている。
パンタローネとフフ&プティは、売上から予定していた分け前を持って帰って行った。残るはイフタフとイレギュラーズの8人だけだ。
ファウンテンのマシンに残った僅かなチョコを搔き集め、ミルキィが全員分のデザートを用意してくれた。今はそれを、好き勝手に楽しんでいる最中というわけだ。
疲れた体に甘味が染みる。
「はい、イフタフ!」
「……んぁぇ?」
呆っとしていたイフタフの前に、皿に盛られたチョコレートパフェが差し出される。
促されるままにそれを受け取り、顔を上げた先にいたのは瑞希であった。
「貴方に幸福を。灰色の王冠(グラオ・クローネ)を!」
灰色の髪が、夕日に赤く染まっている。
大変な一日だった。自業自得だが……。
けれど、楽しい一日だった。
そうだ。
あの頃も……孤児院で過ごした幼い日々も、毎日がこんな風だった。
過去には戻れないけれど。
今日という日も、きっと素敵な思い出になる。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
チョコレイトは完売しました。
依頼は成功と成ります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
チョコレートを完売させる
●ターゲット
・チョコレートの材料
ひと口サイズのチョコ×200~300個分の材料。
カカオ、牛乳、砂糖、それからシナモンにココアパウダー、よくわからない香辛料とナッツが多数。
いいように言いくるめられて、大量に買い付けてしまったらしい。
なお、販売用の粗末な屋台が用意されているが、現状の設計では1度設置すると移動させることが出来ない。
・フフ&プティ
若い商人フフと相棒である少女プティの2人組。
1台の馬車に材料を積んで、オアシス外周を周回しながらチョコの販売を行っている。
主となる商品はチョコレートドリンク。
・パンタローネ
ラサの大商人。
顎髭を蓄えた痩身の老爺。
オアシスの北側に広い土地を借りて高級チョコレイトやチョコレイトケーキの展示販売を行っている。
調理スタッフは不在のため完成品のみを取り扱っているようだ。
スタッフが多く接客誘導、会計、客の呼び込みと仕事が細分化されているのが特徴。
・イフタフ・ヤー・シムシム
教会孤児院で育った情報屋。
彼女が幼少期を過ごした孤児院は既に無くなっており、当時の家族たちは既に故人である。
グラオ・クローネにまつわる幸せな日々を思い出しチョコレイトの材料を仕入れたことが今回の依頼の発端となる。要するに思い出補正で浮かれて材料を買い過ぎたのだ。
●フィールド
ラサのどこか、オアシスの街。
商人たちが多く集う街であり、通称“オアシスの商店街”
オアシスの外周は800メートルほどとそれなりに広い。
オアシスの外周に添うようにして道があり、道の左右に商店が並ぶ。
ところどころ、極々狭いスペースが空いているので店を設置するならそこになるだろうか。
また、オアシスから少し離れた場所には商会の馬車やテント、宿泊施設が多数並んだ区画が幾つか点在している。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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