シナリオ詳細
再現性東京202X:助けを求める声が聞こえる。或いは、“寂しがり”と無限ライダー…。
オープニング
●ただ1人の寂しい行進
2月某日_PM11:30
練達、再現性東京。
災禍はすでに過去のものとなっただろう。
しかし、後に残る爪痕がしばらくの間、消え去ることはない。
例えばそれは、倒壊した家屋や、陥没した道路。
例えばそれは、災禍に飲まれ行方知れずとなった人々。
例えばそれは、不安や恐怖の想いより生じた夜妖の存在。
再現性東京に住む者たちの多くは、自分たちの住む街に、己の身に何が起きたかを正しく理解してはいない。
しかし、視界より得られる情報とほんの少しの想像力が、彼らに恐怖と混乱をもたらした。
有り体に言ってしまえば「良くないことが起きているのははっきり分かる」ということだ。
今、肩を寄せ合い寒さに震える家族や友が、明日の朝には物言わぬ遺体となっているかも知れない恐怖。
時折、噂に聞く怪異により自分の命が危険に晒される恐怖。
時間が経過するにあたって、人々の抱くそれらの恐怖は徐々に薄くなっていくことだろう。
けれど、それは今ではない。
時間が解決するというには、まだ幾分か早すぎる。
恐怖と混乱、それに呼応し夜妖が生まれた。
たった1人、瓦礫の中に取り残されたその女性が何よりも強く「寂しい」と思った。
暗くて、寒くて、怖かった。
体中の痛みも徐々に薄れていって、命の残りが少ないことを否応もなく理解した。
1人で死ぬのは寂しくて嫌だよ。
1人っきりは寂しくて辛いよ。
「誰でもいいから、側にいて」
そんな願いが口をつく。
彼女に憑いた夜妖は、その願いを正しく理解し、聞き入れた。
1人きりが寂しいのなら、増やせばいいのだ。
パンツスーツを纏った女性だ。
金に染めた髪と白い肌。
虚ろな瞳と、赤く塗られた薄い唇。
しかし、その右半身は黒く塗りつぶされていた。
まるで夜闇を固めたような黒色は、至近で観察すれば血か泥に近い質感をしていることが分かるだろう。
彼女は……否、彼女たちは夜闇の中を彷徨い続ける。
彼女は寂しかったから。
同じように、1人きりでいる者へ手を差し伸べるために。
『もう寂しくないよ』
夜の静寂を斬り裂いて、10人の彼女たちは声を揃えてそう告げた。
「……ひっ」
喉の奥に引っかかるような悲鳴をあげて、転倒したのは若い男だ。
破壊の痕跡が残る無人の町を彷徨い歩き、残された金品や食料などを奪おうとしていた盗人である。つまりは、火事場泥棒に手を染めた小悪党ということだ。
今日も今日とて、荒涼とした町を1人で進んでいた彼は、運悪く……或いは、必然的に彼女と逢った。「寂しくないよ」と差し伸べられる黒い腕を見て、思わず腰を抜かした辺りがいかにも小悪党らしい。
それもそのはず、以前の彼は1度たりとも盗みなどに手を染めたことは無かったのだ。
つい、魔が差しただけ。
その代償は、想像以上に高く付いたわけだが……。
「そこまでだっ! 彼から離れろ!」
鋭い怒声。
次いで、建物の屋根から何かが飛んだ。
どうやらそれは、バイクに跨がる男のようで……。
「とうっ!」
スタントマンよろしく、屋根から地上へバイクに乗ったまま着地したその男は、近くで見ればなおさらに異様な風貌をしていた。
身に纏うは赤と青を基調としたライダースーツ。
腰に巻いたピカピカ光る変身ベルト。
両の腕にはガントレットを装着し、頭部に被るヘルメットはまるで虫の顔にも似ている。
「だ、誰だ……あんた」
思わず問うた盗人へ、不審な男は即座に答える。
「無限ライダー」
低く唸る蚊のような声で、己が名を告げた。
●絶望を斬り裂く無限ライダー
「皆さん……バイクは厄介なのです」
唸るようにそう呟いた『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)の顔色は悪かった。
なるほど確かにバイクは非常に厄介だ。
操縦には相応の技量が必要ではあるが、速度、重量ともに申し分はない。
例えばプロの乗り手であれば、バイクに乗ったままそれなりの距離を飛翔することもできるだろう。実際に、サーカスなどの出し物において、それは危険を伴う芸として広く知られている。
「さて、今回のターゲットは2体の夜妖憑きなのです」
片方は増殖する女性の夜妖憑き……仮称“寂しがり”。
もう片方は“無限ライダー”と名乗るヒーロースーツを纏ったバイク乗り。
荒れ果てた町に現れた、以上2体の夜妖憑きを討伐することがイレギュラーズに下された任務となる。
「どちらとも活動時間は夜の間だけ。それぞれの行動には法則性があることが分かっているです」
法則性があるという点だけを見れば、無差別に人を襲う怪物よりも対処は容易いように聞こえるかもしれない。
けれど得てして、そういったある種の秩序に基づき動く輩は、特定の条件下において尋常ならざる執拗さと実力を発揮するものだ。
「“寂しがり”は同じ容姿、同じ声をした女性の姿をしているです。それは突然に影の中から現れて、1人きりでいる者へ手を差し伸べるといいます」
おそらくは、名も知れぬ彼女が夜妖憑きへと墜ちた際に抱いていた想いや思考が、彼女の行動原理となっているのだろう。
実際“寂しがり”に遭遇した者は「寂しくないよ」という声を聞いている。
「現在は10人の“寂しがり”の姿が確認されているです。ですが、最大で10人という保証はありません。とはいえ、本体がいるとは思うのですが……」
場合によっては、20人や30人の“寂しがり”との戦闘が生じる可能性もあるということだ。
ユリーカは本体を叩けばコピー体の“寂しがり”も消えると考えているらしい。懸念点をあげるのならば“本体”を特定する手段に現状予想が付かないということだろうか。
「“寂しがり”の身体能力は一般的な女性のそれからさほど逸脱してはいないです。強いて言うなら【無常】【退化】の状態異常を付与される恐れがあることぐらいですかね」
もっとも、その性質上“寂しがり”と遭遇した者は、必ず1人きりとなる。10を越える人数を相手にするのは、相応に負担がかかるだろう。
さらに、もう1体の夜妖“無限ライダー”の存在も忘れてはならない。
「名前や見た目から分かる通り、子ども向けの番組なんかに出てくる変身ヒーローそのものといった格好をしている妙な男性なのです。ですが、夜妖憑きを相手に戦えている辺り、無限ライダーも夜妖憑きであると予想されます」
基本的には殴打と蹴りを主体とした格闘戦を用いるインファイターであるようだ。
威力こそ高いが、射程も同時に相手取れる人数も少ない。
「……と、それだけ聞けば御しやすい相手にも思えるでしょうが、問題なのはバイクの方です。呼べばオートで走ってくるうえに速度もかなり出るようです」
ライダーの名は伊達ではないということだ。
むしろ、バイクに乗ってからが無限ライダーの本領発揮というところか。
「また、バイクを担いだら要注意です。高威力のレーザー砲を撃つ前準備なのです」
通常とは異なる予備動作から放たれる攻撃は【必殺】の威力を秘めている。
そういうものだ。
「無限ライダーは真に助けを求める者の味方なのです。そんな彼ですが、どうにも現在は“寂しがり”を探して回っているようですね。少なくとも、今回の作戦でどちらかだけでも片付けてしまいたいのです」
瓦礫だらけの町を走るライダーの姿が、ここ最近は多く目撃されている。
最期にそんな噂を付け加え、ユリーカは説明を終えた。
- 再現性東京202X:助けを求める声が聞こえる。或いは、“寂しがり”と無限ライダー…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年02月23日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●助けを呼ぶ声がする
瓦礫の散らばる荒れ果てた町。
街灯の灯も疎ら。
暗い街だ。かつては活気に溢れていた大通りには、今やすっかり人の気配は無い。
廃墟と呼ぶのがぴったりな街並み。
ほんの少し前まで、人の営みがあったなどとは到底信じられないような有様だ。世界が終わる瞬間とは、きっとこのようなものだろう。
そんな荒廃した大通りを、ゆっくりと進む女が1人。
「あの日、通った街もこんな風だったのだわ。あぁ、可愛いもの不足で死にそう」
290センチの長身が力なく項垂れた。
トボトボと夜道を歩く『超合金おねーさん』ガイアドニス(p3p010327)の表情は、今にも泣きだしそうだった。
竜種に襲われる人々の噂を耳にして、故郷の里を飛び出したのはそう前のことではない。
けれど、彼女は間に合わなかった。
ガイアドニスがイレギュラーズになった時には、既に大勢が犠牲になった後だった。
「……いけどもいけども死体の山。そうよね、おねーさんがもっと速く駆けつけられればよかったのだわ」
ガイアドニス1人が増えたところで、犠牲者が目に見えて減ったわけではないだろうが、悔しい想いは拭い去れない。
1人、2人、3人……。
暗がりに人の影が浮かび上がる。
ガイアドニスを囲むように、暗闇より滲み現れたのは金の髪の女性“たち”だ。
「街並みがこうなっても、そこに在るものの在り方は変わらないという事ね。むしろ合わせて変化する夜妖憑きの性質は、今後の大きな問題になるのでしょうね」
倒壊したビルの影から様子を見ていた『月花銀閃』久住・舞花(p3p005056)は“寂しがり”の出現を確認すると剣を手に取る。
寂しがりの瞳は虚ろ。
右半身は黒い泥か血のようなもので形成されている。
舞花と『嵐の牙』新道 風牙(p3p005012)は、瓦礫の山を飛び越えてガイアドニスの元へと駆け寄る。
『寂しくないよ。1人で無いなら、悲しくもない』
脳に直接響くような震えた声は、寂しがりのものだろう。
そっと、慈しむように差し伸ばされた寂しがりの手をガイアドニスは迷うことなく握り返した。
「あなた、とってもか弱いもの。抱きしめてあげなくちゃ」
冷たい身体を引き寄せて、ガイアドニスは“寂しがり”を抱きしめた。
傍へ迫った舞花と風牙は足を止め、状況の変化を見守っている。
「そっちこそ寂しかったんだろ? もう大丈夫だ。オレたちが来た。帰ろう、一緒に。日の当たる場所へ」
風牙の声は、寂しがりの耳に届いただろうか。
闇の内より現れた寂しがりの数は10人。虚ろな眼差しが、ガイアドニスへ注がれている。
1歩ずつ、寂しがりたちがガイアドニスの元へと歩を進め……。
直後、夜の静寂にエンジン音が鳴り響く。
エンジンを唸らせて。
アスファルトをタイヤで斬り付けて。
瓦礫を飛び越え、現れたのはヒーローだった。
赤と青を基調としたライダースーツ。
腰に巻いた変身ベルト。
昆虫の顔を模したヘルメット。
腕に纏ったガントレットを打ち鳴らし、ヒーロー……無限ライダーはバイクの上で両腕を交差しポーズを決める。
「無限ライダー! 助けを求める声に呼ばれてただいま参上!」
どこからともなく、電子音が鳴り響く。
それに合わせて腰のベルトが激しく瞬く。
『Emergency! Emergency! come for help!』
ベルトが喋った。
なぜなら正義の変身ヒーローには、それが必要不可欠だからだ。
「……っぅ」
苦悶の呻きを喉から零し、ガイアドニスが膝を突く。
眉間に皺を寄せた彼女へ、続々と寂しがりが群がっていく。
「待って! 彼女から離れてください!」
「待つんだ! 彼女から離れたまえ!」
声が重なる。
鮫に跨り駆ける『暴走シャークライダー』エア(p3p010085)の隣に、無限ライダーが並ぶ。2人の視線が交差したのはほんの一瞬。アクセルを開け、無限ライダーは加速した。
「どちらも分かりやすい悪意が見えない分、戦いにくい手合いですね……」
遠ざかる背を負いながら、エアは呟く。
「ライダー系ヒーロー……それは男の憧れです。夜妖であれど、私は無限ライダーの正義を信じたい」
「お人好しばっかだな……いや、今はそれどころじゃねぇ。行くぞ」
眼鏡を押し上げ『冷めない熱』鵜来巣 冥夜(p3p008218)は呟くように言葉を零す。彼の言わんとすることが理解できないわけではないが『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)はひとつ大きな吐息を零した。
正義のヒーローに扮していても、いかに悲しい経緯があろうと、相手は夜妖。生ある者の常識が通用するとは限らない。
無限ライダーの乱入により、開戦の幕は上げられた。
まずはどちらも止めるべきと、ブライアンは大太刀を担いで駆ける。
「えぇ、そうでしょう。無限ライダー、見定めさせていただきます……変身ッ!」
「誰かを助けているならば、きっと悪い人ではないと信じたいでありますが……変、身!」
背後で瞬く閃光と、デジタル処理の変身音。
ヒーロースーツを纏うった冥夜と『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)が、疾風のごとく走り始める。
「……増えるのか、ヒーロー」
変身完了した仲間たちを一瞥し、ブライアンが目を見開く。
「本体は任せて!」
その頭上を、白煙を靡かせながら『故郷の空を守れ』山本 雄斗(p3p009723)が降下する。背にはジェットパック、その身には白を基調としたヒーロースーツを纏っている。
「追加戦士が3人目……妙な夜だな、今日は」
なんて。
ブライアンの呟きは、誰の耳にも届かないまま夜の静寂に掠れて消えた。
●正義の在り方
「誰だ! 返事をしてくれ! 誰が助けを呼んでいる!」
襲い掛かって来る寂しがりを押しのけながら、無限ライダーは声を張る。
夜妖とはいえ相手は女性だ。
無限ライダーの膂力を持ってすれば、いなすことは容易い。
よろけ、転倒した寂しがりを飛び越えて、風牙が無限ライダーの眼前へと着地した。槍を肩に担いだ風牙へと無限ライダーは視線を向ける。
「下がっていたまえ! 彼女は私が止めて見せる!」
「なら目的は同じだ。よければ手を貸してほしい」
「手を貸す? どうするつもりだ?」
「……討つしかないだろ。あぁなっちゃ、言葉も通じない」
起き上がろうとしている寂しがりへ向け、風牙は槍を差し向けた。
刹那、無限ライダーの放った蹴りが風牙の槍を蹴り上げる。
流れるように剣を振るって、寂しがりの腕を落とした。
一閃。
掠れた悲鳴をあげる寂しがりが、残った左腕を伸ばす。血と泥に塗れた指が虚空を掻いた。しかし、その手を取る者はいない。
虚ろな寂しがりの瞳から、涙が一筋零れ落ちる。
「……っ。“寂しがり”は、恐らくはもう」
鋭い刺突で、寂しがりの額を抉る。
泥と化して崩れる彼女を一瞥し、舞花は唇を噛み締めた。
続々と集まって来る寂しがりは、皆一様に虚ろな瞳で手を伸ばす。その手に触れられた背や肩が痛む。決して、寂しがりの手を取るわけにはいかないのだ。
「夜妖憑き自体、上手く付き合いコントロールする事が可能という実証は一応されているけれど……故人では」
もはや討つ他に術はない。
舞花は、腰を落として剣を構えた。
迎え撃つべく、鋭い視線を寂しがりたちへと向けて……。
「う……おわぁっ!?」
「え? きゃっ!」
背中に衝撃。
虚空を待った風牙の身体がぶつかったのだ。姿勢を崩した2人の元へ、寂しがりが殺到した。防御の姿勢を取った風牙と舞花だが、覚悟していた痛みは来ない。
「君たちには君たちの考えがあるのだろう! だが、彼女を救えないのなら、大人しく下がっていてくれ!」
腕を広げて立ちはだかった無限ライダーが、寂しがりの攻撃をその身で受け止めていたからだ。
そんな彼の様子を、雄斗は空から見下ろしていた。
林 早苗。
それが彼女の名前である。
再現性東京都内在住の24歳。大手証券会社に勤務しているOLだ。
否……“だった”というべきか。
「早苗さん! 返事をしてください、早苗さん! 私たちは貴女を助けに来た!」
早苗の名を呼びながら、冥夜が腕を一閃させた。
その手に握るは不可視の剣だ。
それで寂しがりの右半身を斬り付けて、よろけた胴に蹴りを入れた。
「分身体か。本体は……どこだ?」
倒れた女の身体が崩れる。
泥のように、或いは霧散する影のように。
加えて、当初は10体ほどだった寂しがりの数は、加速度的に増加しているではないか。
このままでは、そう遠からず寂しがりに圧殺される。
1体1体は大した力を持たない夜妖だが、数の有利が個々の力量差を埋めるのだ。
「それにしてもビジュアルが不穏だぜ。どういう望みをもってりゃあの姿で分身なんてことになるんだ?」
地面に突き立てたブライアンの太刀が、ごうと火勢を巻きあげた。
溢れた業火が地面を奔り、迫り来る寂しがりの身体を飲み込んだ。悲鳴を上げることもないまま、寂しがりの身体は泥のように崩れ落ちる。
しかし、多勢に無勢。
敵の数は多い。1体を倒しても、新たな寂しがりが現れるだけだ。
「本体を討たなきゃ止められねぇか?」
なんて。
ブライアンが大太刀を担いだ、その直後。
エンジン音を轟かせ、1台のバイクが寂しがりの頭上を跳んだ。
「攻撃の手をやめるんだ!」
猛スピードで突っ込んでくる金属塊。その背に跨る無限ライダーを睨みつけ、ブライアンは大上段から大太刀を振り下ろす。
「ハッハー! 悪いなァ、身勝手なのさ!」
衝撃、轟音。
砕けたバイクの破片が散って、ブライアンの身体が後ろへ弾かれた。
バイクから降りた無限ライダーが、ブライアンの襟を掴んで立ち上がらせる。
昆虫を模したヘルメットの奥から、敵意と怒りを孕んだ視線を差し向けて、唸るように彼は言う。
「聞こえないのか、助けを呼ぶ彼女たちの声が」
「助けるって、具体的には?」
「それはこれから考えるのだ」
「ハっ! 話にならねぇ!」
無限ライダーの手を払いのけ、ブライアンは落ちていた大太刀を拾い上げる。
交渉は決裂だ。
「ならばまずは貴様を止める!」
ガントレットに光を纏わせ、無限ライダーが大声をあげた。
その間にも、続々と寂しがりは集まって来る。
得物を構えた冥夜とブライアン、無限ライダーを守るべくエアとガイアドニスが割り込む。展開した風の盾に、黒い女の細腕が当たった。
泥と血を散らし、それでも前へと腕を伸ばす寂しがりを見てエアは表情を歪ませる。
「本当は……貴方の手を取ってあげたい……助けてあげたい」
「大丈夫。もう……もう寂しくないのだわ」
差し伸べられる手を取って、ガイアドニスは微笑んだ。
生命力が削られていく不快感と、身体を内側から壊すような痛みが襲う。
既に【パンドラ】を1度消費しているが、だからといってガイアドニスが助けを求める手を拒む理由にはならない。
そんな彼女の在り方は、きっと愚かなのだろう。けれど、エアにはそれが羨ましかった。
「わたしには……分かりませんでした。彼女を傷つけまいと……いや、自分を傷つけまいと戦う事を選択し、彼女の手を取ることが、出来ませんでした」
「大丈夫」
エアの手を、ガイアドニスが握る。
大きな手だ。
そして、暖かい。
「ほら……ね?」
左の手はエアと、右の手は寂しがりへと繋がれていた。
無限ライダーは、イレギュラーズを敵と定めた。
正義の反対は、また別の正義ということだ。
寂しがりの胸を槍で貫き、風牙が熱い吐息を零す。
頬に滲む脂汗を拭う暇もない。
「やめろ! やめてくれ! 彼女が何をしたって言うんだ!」
バイクを走らせ、止めに入った無限ライダー。その眼前にムサシが割り込む。
迫るバイクの車輪へ向けて、数発の弾丸を撃ち込んだ。
無限ライダーは巧みなハンドル捌きでもって、ムサシの銃弾を回避する。
「助けたいというのであれば……同じヒーローを名乗っていた者として! 力を貸したいであります!」
しかし、無限ライダーには助けるための具体策がないことは明白。
ならば、止めるしかない。
無限ライダーの意思を通せば、寂しがりの被害者がもっと増えることになるのだ。
「すまないが、君たちの手は借りない!」
ムサシの放った弾丸が、バイクの車輪を撃ち抜いた。
2人の身体が交差する刹那、無限ライダーは腕を伸ばしてムサシの首にラリアットを叩き込む。喉の潰れる激しい痛みと嘔吐感。ムサシの身体が宙を舞い、強かに地面にぶつかった。
火花をあげるバイクを駆って、無限ライダーは疾駆する。
戦場となった往来から離れていく彼の後ろを冥夜が黒のバイクで追った。
ここまで来て、無限ライダーが逃げ出すことは考えられない。
「無限ライダー。貴方が夜妖憑きならば……その行いが正しくとも、夜妖の噂が広がり危険な夜妖まで強まってしまう」
バイク同士がぶつかって、激しい火花が舞い散った。
縺れるようにバイクが倒れる。
投げ出された冥夜と無限ライダーは、互いに殴打を繰り出しながら荒れた路面を転がっていく。
「邪魔をしないでくれ!」
雄たけびと共に放たれた渾身の殴打が、冥夜の顔面を打ち抜いた。
『寂しい』
『寂しい、寂しい』『1人は辛い』
『寂しい、寂しい』『辛い、寂しい』『暗い、怖い、痛い』『寒いよ、誰か』
脳裏に響く無数の声は、どれも掠れた小さなものだ。
寂しがりたちは、誰もが助けを求めている。孤独な進軍を止めるためには、もはや本体である早苗を仕留める他ないだろう。
空の高くから戦場を見下ろし、雄斗は視線を深く思案する。
遠くでは、未だ激しく殴り合っている無限ライダーと冥夜の姿。残る仲間たちも、増え続ける寂しがりの相手をするのに精いっぱいだ。
視界の隅で、舞花が悲鳴をあげて倒れた。その足元には、崩れかけた寂しがりの姿がある。
急がなければ、誰かが命を落とすかもしれない。
目を閉じて、耳を澄ませて……脳裏に響く、助けを求める声を聞く。
戦闘の音が、ノイズが、遠くなって……。
『1人は嫌だよ、寂しいよ』
ひと際大きな声が聞こえた。
「見つけた! こっち!」
寂しがりの本体……早苗を抱えて、雄斗が空へと舞い上がる。
力なく藻掻く寂しがりを仕留めるべく、風牙が駆けた。
「道を開けるであります!」
両手に銃を構えたムサシが弾丸をばらまく。腕を、頭を、肩を寂しがりに掴まれながらも、役目を全うするために、ただ風牙の進路を切り開くのだ。
薄れかける意識を繋いで、がむしゃらに引き金を引き続けるムサシの姿は、まるで死地を歩む兵士のようでさえある。
「手に乗るといいのだわ!」
「あぁ、頼む!」
風牙の前を走るガイアドニスが腰をかがめた。
ガイアドニスは風牙の脚を掌に乗せると、その体を砲丸のように宙へと放る。
弾丸のような速度で、風牙の身体が宙を舞い……。
「させるかぁっ!」
轟音。
そして、閃光。
無限ライダーが肩に担いだバイクから、光の奔流が放たれた。
●1人じゃないから
無限ライダーの肩から胸を、ブライアンが斬り裂いた。
放たれたレーザー光線は、エアと舞花がその身を盾に防ぎきる。
光線と暴風が衝突し、辺りに衝撃をばらまいた。
間近で衝撃を受けたエアと舞花は、黒焦げ地面に落下して……それと同時に、蠢いていた寂しがりたちの姿が消えた。
風牙の拳が、早苗の胸を打ち抜いたのだ。
「……やった」
衝撃に地面へ落ちた雄斗が呟く。
寂しい夜がこうして終わる。
血を流し、身体をよろけさせながら無限ライダーが夜道を歩む。
向かう先には、地面に倒れて虚空へ腕を伸ばす寂しがり……早苗の姿。
「寂しい。1人きりは、もう嫌だ……寂しいよ」
うわごとのように、寂しい、寂しいと繰り返す。
そんな彼女の黒い腕を、無限ライダーは強く掴んだ。
一瞬、寂しがりの虚ろな瞳に光が灯る。
昆虫を模したヘルメットを脱ぎ捨てて、無限ライダーはにこりと笑んだ。
無精ひげを生やした40絡みの男性だ。
どこにでもいそうな中年の顔。しかし、右目から頭部にかけてが大きく陥没している。
「君の声は確かに届いた。大丈夫、もう1人じゃない。絶対に、もう1人にはしない」
口から血を吐きながら、無限ライダーはそう言った。
「ありがとう」
掠れた声で礼を述べると、早苗はゆっくり目を閉じる。
それっきり、彼女は二度と瞳を開くことは無い。
「これでよかったのだろう。こうするしか無かったのだろう。けれど……あぁ、悔しいものだな。もう少し早くに、私が力を得ていれば……こんなことにはならなかったかもしれない」
悔し気に、無限ライダーはそう言った。
そんな彼の背後に、顔を血塗れにした冥夜が歩み寄る。
「……失ったものは戻りません。この世界には多くの悲劇が溢れている」
早苗も、無限ライダーも。
星の数ほどある不幸の被害者だ。
「2号ライダーとして貴方を意思を継ぐ代わり、その身体から離れて戴けませんか」
「……あぁ、そうだな。次に託すのも、必要なことなのだろう」
笑って。
今にも泣きだしそうな震えた声でそう言って。
無限ライダーは、目を閉じ倒れた。
正義の味方に憧れた、1人の男が無念のうちに命を落とした。
その想いを次ぐ者へ、己の意思を託して死んだ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした。
寂しがりは討伐され、無限ライダーはその役目を終え消え去りました。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
※以下いずれかの達成
“寂しがり”の討伐
無限ライダーの討伐
“寂しがり”&無限ライダーの討伐
●ターゲット
・“寂しがり”×10~
夜妖憑き。
金髪にパンツスーツといった出で立ちの若い女性。
右半身は黒い泥か血のようなもので構築されており瞳は虚ろ。
1人きりでいる者を探し、手を差し伸べる……といった行動を繰り返しているようだ。
元は1人の人間であると考えられ、おそらく本体が存在している。
身体能力は一般的な女性から大きく逸脱するものではないが、触れることにより【無常】【退化】の状態異常とダメージを与える。
・無限ライダー×1
誰かが助けを呼んでいる。
おそらく夜妖憑きと思われる。
赤と青を基調としたライダースーツ。
腰に巻いたピカピカ光る変身ベルト。
昆虫の顔を模した改造ヘルメット。
腕にはガントレットを付けている。
バイクに乗って登場し、バイクに乗って去って行く。
真に助けを求める想いに誘われ現場に登場するらしい。
現在は荒れ果てた町で“寂しがり”を捜索中のようだ。
無限カノン:神遠貫に特大ダメージ、必殺
肩に担いだバイクを砲台として放つ大威力の一撃
●フィールド
夜間、再現性東京。
とくに破壊の痕跡が激しい区画。
建物は倒壊し、道路はヒビ割れている。
人の気配はほとんど無いが、中には火事場泥棒や自宅の様子を見るために戻って来ている者もいる。
街灯などは一部生きているため完全な真っ暗闇ではない。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
Tweet