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シナリオ詳細

再現性東京202X:404号室。或いは、果ての無い白い部屋…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●奇妙な相談
「404号室を借りたいんだ」
 練達。
 再現性東京の片隅。
荒れ果てた町の復興が進む中、そんなものは一切関係ないとでもいう風に齎されたその依頼はある種異常なものだった。
 ひっそりとした喫茶店の一角で、青白い顔をした四十絡みの男は言う。
 蚊の鳴くような微かな声量。
 喉が悪いのか、男の声はひどくがさついていて聞き取り辛い。
「どこの……どこの404号室を借りたいだって? 言っておくが私は霊媒師さ。不動産屋に用事があるなら、連絡先を間違えてるよ」
 ついでに言うなら、先の騒動により町にある建物の多くは倒壊している。
 現在、不動産屋がまともに機能しているかどうかも怪しいものだ。
「そんな状態で部屋探しって……こういっちゃなんだが、まともな神経してるかどうか疑うぜ?」
 苛立たしげな気配を微塵も隠すこと無く、そう言ったのは若い女性だ。
 黒い髪、高い背丈、剣呑な目つきに、右腕から右頬にまで走るトライバルのタトゥー。
 咥えた煙草も相まって、霊媒師と言うよりは街のチンピラと言った風情だ。
 店内は禁煙に付き煙草に火は着けていない。
 彼女……夜鳴夜子は本人の言うとおり霊媒師だ。
 再現性東京で起きる怪奇な事件を調査、解決し、報酬をもらう。
 胡散臭い、と彼女を知らぬ者は口を揃えてそんなこと言う。
 腕は良い、と彼女を知る者は感心したような調子でそんなことを言う。
 実際、夜子の介入により解決された怪奇な事件は数多い。
 例え事件解決にイレギュラーズの助力があったとしても、それは夜子が無能であることとはまた別の話なのである。
「部屋探しなら、他所を当たれよ」
「いいや。あんたでいい。あんたじゃないと駄目だと思う。だって、誰も404号室なんて無いって言うんだからな。あいつら、普通なんだ。でも、俺が借りたい404号室は普通じゃ無い。普通じゃ無い部屋を借りようと思うなら、普通じゃ無い奴に見つけてもらうしかないだろ?」
 白髪の混じった髪を乱暴に掻きながら、半ば怒鳴るような口調で男は告げる。
 抜けた白髪とフケが零れて、男の手元を汚していた。
 舌打ちを零した夜子は、男の様子を見て考えを改める。
 見たところ、霊の類に憑かれている風ではないが、さりとて尋常でも無いことは明かだ。
(……呼ばれてるか、魅入られたか)
 男が404号室を探している理由は分からない。
 けれど、放置しておけば碌な結末には至るまい。
「まぁ……こんな時期だからな。これも、あちこちで起きてる変な事件の1つってことか」
 なんて。
 夜子はそんなことを呟き、頭を掻いた。
 後に『火山の噴火』や『集団幻覚』だのと言われる騒動により、現在、町は大部分は瓦礫の山と化している。
 そんな風に、人々が強い不安を抱く時期には、まるで何かに惹かれるように不気味な、或いは不可解な事件が多発するのだ。
 今回の部屋探しも、きっとその一環だろう。
 ならば、調査の必要があると、夜子はそう考えた。

●無いはずの404号室
 深夜0時を過ぎた頃、夜子は男に指定されたマンションの前にやって来た。
 5階建てのいかにも古めかしいマンションだ。
 オートロックやエレベーターなどという気の利いた設備は無いし、郵便受けも錆びだらけ。
 人が住んでいる部屋は、全体の半分以下だろう。
 幾つかの部屋にはまだ明かりが灯っている。
 しかし、その割に人の声や生活音は聞こえてこない。
 古い建物の割に防音性に優れているのか、それとも何か別の理由か。
 どちらにせよ、廃墟でなくて良かったと、夜子は安堵のため息を零す。
 数々の怪奇現象に携わって来た夜子ではあるが、だからといって恐怖心が薄れているわけではないのだ。
 怖いものは怖いし、危険な目にだって遭いたくは無い。
 生きるという生物本来の欲求は、彼女だって当然のように備えている。
「調べた感じ、このマンションに404号室は存在しない。縁起が悪いってんで、403号室の次は405号室になっているはずだ」
 実のところ、404号室を設けていないという建物は存外に多い。
 “4”という数字が“死”を連想させるからだ……というのがその理由だ。
「けど、あるんだろうな」
 埃の積もった階段を昇り、夜子はそんなことを言う。
 虫の知らせにも似た“嫌な予感”を、昼間に男と逢った時から今に至るまで抱き続けているのだ。
 そして、そういった“嫌な予感”というのに限ってよく当たる。
 例えば、マーガリンを塗ったパンをうっかり床に落としたとしよう。
 マーガリンを塗った面を下にして、パンは床に着地する。
 そういうものだ。
 そういうものなので、避けられない。
「ほら、あった」
 あると思った。
 一つ大きく息を吸い込み、夜子は404号室の扉を開けた。
 鍵はかかっていない。
 錆び付いた音も一切しない。
 夜子を迎え入れるみたいに扉は開き……そこに広がっていたのは、壁も床も真っ白な窓ひとつない部屋だった。
 
 部屋の中に扉は無い。
 マンションの大きさからは考えられないほどに部屋も広かった。
 見たところ、幾つもの四角い部屋が連結している造りのようだ。
 1歩、右足を部屋へ踏み入れる。
 左手で玄関扉を押さえたまま、右手をそっと壁に這わせた。
 壁に埃などは付着していないらしい。
 部屋の角はどうだろう、と視線を向けたが影が濃くてよく見えない。
「まぁ、綺麗だろうと汚かろうと、異常な部屋であることに何ら変わりはないわけだが」
 玄関を潜った正面と、左右の壁にはそれぞれ1つずつ、次の部屋へと繋がる出入り口がある。
 部屋と部屋の間を遮る扉は無い。
 繋がっている部屋の様子は窺えるが、壁が邪魔で見える範囲は半分ほどだ。
 隣り合った次の部屋も、きっと同じデザインになっているのだろう。
 それがいったい、幾つ連なっているのか。
 例えば、もしも無限に部屋が連なっているのだとしたら……窓も無いこの空間から、出られなくなってしまったとしたら。
 試してみようか。
 そんな想いが胸を過って……。
「……っ!」
 深入りしては危険だ。
 夜子は慌てて部屋を飛び出す。
 自分は何かに【魅了】されていたのだろう。
 転がるように廊下に飛び出て、蹴り飛ばすように扉を閉めた。
 扉が閉まりきる直前、夜子の足下から黒い何か……犬に似た影が部屋の中へと飛び込んでいった。
「……あ? んだ、こりゃ」
 立ち上がろうとしたところで、夜子は自身の身におきた異変にやっと気がついた。
 膝から下の右足と、肘から下の右の腕が、ミイラのように干からびているのだ。
 まるで子どもに【退化】したかのように、ごく僅かな力しか入らない。
「……さっきの、部屋の角にいた影か。持っていかれたってのか? これ、捕まえねぇと元に戻らないよな」
 暗い廊下に座り込んだ姿勢のままで、夜子は顔を青ざめさせる。

GMコメント

●ミッション
夜子の手足を奪った“影の獣”を討伐する

●ターゲット
・影の獣(夜妖)×多数
404号室に潜む夜妖。
主に部屋の角に、滲むように現れる。
黒い影か、霧のような姿をしており動きも鈍い。
夜子を襲った個体は、黒い犬のような姿をしていたらしい。
人を襲うと、そういう形に変わるのかもしれない。
各部屋ごとに2~4体ほどいるようだ。
多数存在している影の獣の中から、夜子の手足を奪った個体を見つけ出し討伐することが依頼の達成条件となる。

ドレイン:神近単に小ダメージ、魅了、退化

・夜鳴夜子
霊媒師の女性。
20代半ばほど。
陰鬱な雰囲気を纏った長身痩躯の女性。
影の獣に遭遇し、右手と右脚が干からびた状態にある。
自力で歩くことは出来るようだが、走るとなると疑問が残る。
同行させる場合は相応の注意が必要だろう。

●フィールド
404号室。
街はずれの古いマンションに突如として現れた、本来存在しないはずの一室。
扉を開けると、窓のない真白い部屋が広がっている。
一室は6畳ほどの広さ。
部屋の四方には隣の部屋へと続く出入口がある。
小部屋が幾つも連なったような設計……上から見ればチェスや将棋の盤のようになっているらしい。
おそらくすべての部屋が同様の造りをしているようだ。
全部で何室あるかは不明だが、404号室から脱出するには“玄関”を利用する必要がある。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 再現性東京202X:404号室。或いは、果ての無い白い部屋…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年02月20日 22時21分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女
ソア(p3p007025)
愛しき雷陣
一・和弥(p3p009308)
粋な縁結び人
シャーラッシュ=ホー(p3p009832)
納骨堂の神
レーツェル=フィンスターニス(p3p010268)
闇夜に包まれし神秘
ガイアドニス(p3p010327)
小さな命に大きな愛
玖・瑞希(p3p010409)
深き森の冒険者
グルック・ストラーハ(p3p010439)
復興青空教室

リプレイ

●ルーム№404
 夜の帳が下りて暫く。
 暗い廊下に座り込む夜鳴夜子の眼前に、巨大な影が降りかかる。
「おねーさんでーす!」
「……っ! っ?? あ? あぁ、え……なに?」
 咥えた煙草を取り落とし、夜子は目を見開いた。夜子を覗き込むのは愛らしい顔立ちをした女性だ。しかし、幾ら何でも背が高すぎる。3メートルに少し届かないぐらいだろうか。
 再現性東京でかつて名を馳せたプロレス界の英雄よりも背の高い者がいるなんて。
 彼女の名は『超合金おねーさん』ガイアドニス(p3p010327)。夜子の依頼を受け、404号室の調査へ訪れたイレギュラーズの1人であった。
 
「そこに人が住まう限り、怪談の類も決して無くなる事は無い。本来存在しない筈の404号室自体が夜妖の一種、関連する異界という所でしょうか」
 404号室の扉に手をかけて『転輪禊祓』水瀬 冬佳(p3p006383)はそう言った。
 視線を横へ向けた先には『雷虎』ソア(p3p007025)と肩を寄せ合う夜子の姿。
「それにしても、珍しいですね。霊媒師……そちら側の専門家が此処にいらっしゃるとは」
「ん? あぁ、そう言う家系なんだ。って言っても、祖母に比べりゃ私なんかミソッカスさ。情けない話だが……この様だ」
 そう言って夜子は右腕を掲げた。
 カラカラに干からび、ドス黒く変色したミイラのような右腕だ。404号室に入室してすぐ、黒い影の獣に襲われ、夜子は右腕と右脚を奪われた。
「よーし、夜子さんの手足を取り返そうね! 気味なお部屋だけれども皆と一緒だから怖くないよ」
 上機嫌なソアを見て、夜子は思わず笑ってしまった。
 ミイラ化した手足を見てなお、彼女はそれが“何てことない”みたいに笑って退けたのだ。そんなソアや、ニコニコしているガイアドニスを見ていると、ここまで夜子の胸を覆い尽くしていた不安な気持ちもすっかり晴れた。

 真白い部屋だ。
 床も、壁も、天井も。
 目が眩むほどの白。そして、家具も無ければ、窓もない。そして部屋の広さは6畳ほどか。玄関のある面を除く3つの壁には次の部屋への通用口。
「不思議な部屋だね。これも、怪異っていうやつなのかな。迷いの森みたい。同じ風景が続いてると、帰り道。わからなくなっちゃうんだよね!」
「初めての実戦で早速ヤバそうな雰囲気じゃない!? って言うかこの辺でもワイバーンが飛び回ってだよね!?」
 部屋に1歩入るなり、口々に騒ぎ立てる2人は『深き森の冒険者』玖・瑞希(p3p010409)と『期待の新人』グルック・ストラーハ(p3p010439)。小柄な瑞希と大柄なグルックは、ドラゴニアという同一種族ということもあり気があうのかもしれない。
「まるで迷宮ですね。……私、ただでさえ方向音痴なのですが、ここにいるとますます方向感覚がおかしくなってしまいそうです」
 淡々と。
 表情を微塵も変えることなく『納骨堂の神』シャーラッシュ=ホー(p3p009832)は部屋の隅へと視線を向けた。
「……なぁ、大丈夫なのかよ」
「うん? 何が? 背後なら俺が警戒しとくから問題ねぇよ? 背後取られちゃ適わねェからな」
 銃を手にした『粋な縁結び人』一・和弥(p3p009308)が夜子の問いに答えを返した。ドアノブに結ばれた赤い糸が、しっかりとホーへ繋がっていることを確認しドアを閉める。
「……背後もおっかねぇけどさ。そうじゃなくて、この人……いや、この人たちだよ。見てると胸と脳の奥がぞわつくんだ」
 そう言って夜子は視線をホーと『謎と闇』レーツェル=フィンスターニス(p3p010268)へと向ける。
 ホーはスーツを着込んだこれといって特徴のない男だが、その表情は微塵さえも変わらない。抑揚に欠けた声で言葉を紡ぎ、一定の速度で歩を進めるのだ。そこには一切のズレがない。例えるのなら、人に良く似たロボットか人ではない“何か”が人の真似をして動いているかのようだ。
 部屋の隅へと近づくホーとレーツェルの前で、じわりと影が蠢いた。
 まるで無数の小蠅か何かのようにも見える。
「ふむ、同じ黒っぽい者として少し親近感が沸かないでもない見た目だな? ワタシと遊んでもらおうじゃないか」
 不気味に蠢く影へ向け、レーツェルは拳を振り下ろす。

●猟犬のように追い立てるもの
 影が姿を現すのは、決まって部屋の角からだ。
 一瞬、時間が止まったような感覚に襲われた直後、影はいつの間にか部屋の隅に蠢いている。その法則を理解するまでの間に3つの部屋を通過した。
 どこまでも続く真白い部屋をひたすら進む。
「大した強さじゃねぇが、こうも白い部屋が続くと気がおかしくなりそうだ……何時何処から出てくるか分からないモンに警戒するのも神経使うぜ」
 思わず、といった様子で和弥が呟く。
 気を張り続けるという行為は、思ったよりも脳に疲労を蓄積させるのだ。かといって、敵は突然に現れるので、警戒しないわけにもいかない。
「いずれにせよこの404号室は本来存在しないはずの場所。長時間留まり続けるべきではないでしょう……あぁ、そちらに影の獣が」
 赤い糸を手繰りながら、ホーが進行方向を指さした。
 ジワリ、と隅に滲んだ影へレーツェルが歩み寄っていく。
「ワタシがやる。拳と触手を使うのは得意分野だからな」
 腕を振り上げ、拳を握る。
 レーツェルの腰から伸びた触手が床を這いずる。
「……ん?」
 空間を侵食するように、影は蠢きレーツェルの腕や触手に絡みついた。触手の先端が一瞬にして干からび、それに応じて影は幾らか範囲を広げる。
 その形状が4本脚の獣のように変わった瞬間、レーツェルは拳を振り下ろす。
 部屋が震えるほどの衝撃。
 頭部を叩き潰されて、影の獣が霧散する。
「少し削られた。回復は頼らせてもらう……うん?」
 瞬間、レーツェルが体制を崩し膝をつく。見れば、その足首には2匹目の影が纏わりついているではないか。
 否、影の数は2匹ではない。
 天井側の角からも、新たに2体の影の獣が現れていた。
「上からも来やがった。あれに触れんな!」
「後ろから来たぞ。次の部屋へ進め!」
 頬を引き攣らせた夜子の声と、後方を警戒していた和弥の声が重なる。
 次いで銃声。
 後方より迫る影を和弥の魔弾が撃ち抜いた。

「やだ、注意しないといけないことがいっぱいだわ!」
 夜子を抱きしめるように抱え、ガイアドニスが走り始める。
 その横に並んだソアと冬佳を先へ逃がして、グルックと瑞希は天井付近へ視線を向ける。
「な、なぁ! これ、いいのか? 隊列乱れてるぞ!」
「怖いのね! でも大丈夫! おねーさん超合金メンタルなので!」
 夜子の頭を優しく撫でて、ガイアドニスはほろりと笑んだ。きっと、夜子が怖がっていると思ったのだろう。間違いではないが、何かが致命的にズレている。
 先行している冬佳はそんな風に思うが、口に出すことはしなかった。
 代わりにその手に氷の剣を握りしめると、姿勢を低くし部屋の隅へと刺突を放つ。
 ひゅお、と空気を引き裂く音。
 冷気が散って、なびく冬佳の髪に霜が張り付いた。
「どちらにせよ進むしかありませんよ。それに、確実に影の獣を始末して行けば『当たり』には程無く会える筈」
 正確、そして疾い刺突に貫かれ。
 現れたばかりの影の獣が霧散した。

 壁や床を這いずるように、3匹の影の獣が蠢いている。
 先行して逃げた夜子たちに続き、ホーとレーツェルも移動済み。残るは和弥とグルック、瑞希の3人だけだ。
 白い壁に一条、ラインを描くように弾丸が撃ち込まれる。
 1匹の影の獣が、弾丸を浴びて霧散した。
 しかし、残る2匹は弾丸を逃れ、和弥の腕に絡みつく。
「っ!?」
 身体から力だ抜ける不快な感覚。
 脱力した腕が下がる。
「追って仕留めろ!」
 腕から胴へ、脚を伝って2匹の影は床へと逃げた。視線を影へと向けたまま和弥が叫ぶ。
 床を這いずる2匹の影は、少しずつだが形を獣のそれへと変じさせている。
 和弥の声に呼応し、瑞希が跳んだ。
「りょーかい! 逃がさないように!」
 身体を横にし跳躍しながら、瑞希は赤い旗を一閃。
 這いずっていた2匹の影を巻き取ると、強引に空中へと跳ね上げる。
 刹那、空気の弾ける音。
 次いで、白い部屋に紫電が散った。
 空気の焦げる異臭と、霞のように形を失い消える影。
「倒していかなきゃ、帰る時が大変そうだね」
「夜子おねーさんの手足を奪った影は形が変わったそうだけど、今のもそうだったよね」
 膝を突いた和弥を助け起こしながら、グルックはそう呟いた。
 リィン、と空気の震える音。
 グルックの右腕に燐光が灯る。それを和弥の背に当てると、腕に灯った燐光が意思を持つように和弥の身体を包み込む。
 それに伴い、脱力していた和弥の身体に力が戻る。
 ポタリ、と和弥の頬から零れた汗が白い床に染みを作った。熱い吐息をひとつ零すと、和弥は額を手で抑える。
「……復興と進化が進んでいく再現性東京の先に、一体何があるんだか」
 なんて、掠れた声で和弥は呟いた。
 影が身体を這いずり回った不快感は気が狂いそうなものだったのだ。

「おいで、遊んであげる」
 天井の隅に現れた影たちへ、ソアが言葉を投げつける。
 こちらの声が聞こえているのか、言葉の意味が通じているのかは分からない。しかし、影は迷いなくソアへと向かって襲い掛かっていく。
 そこに敵意や悪意といった感情は窺えない。
「こっち来てるぞ! っていうかこれ、霊障の類じゃなくないか!」
「心配しないでいいのよ! おねーさん、怖いものは平気なのです!」
 290センチの盾が夜子とソアの前に立つ。
 広げた腕や胴体に、影の突進を受け止めてなおガイアドニスは揺らがない。
 頑強なる盾。
 堅牢なる壁。
 か弱き者を守るために、彼女はイレギュラーズとなったのだ。
「やったー、お姉さんつよい! つよい!」
「超合金おねーさんですもの! さぁ、次はソアちゃんの出番なのです!」
「うん、任せて! 影の獣なんか……っ」
 膝を曲げ、床を踏み締めソアは鋭い爪を伸ばした。
 床を蹴って、弾丸のように加速する。
 一閃。
 音さえも置き去りにする閃光と化したソアは、影の獣へと肉薄。
「虎には敵わないんだから!」
 鋭い爪で、まずは1体を引き裂いた。
 影を霧散させ天井へと着地。
 天井を足場に方向転換したソアは、次の影へ狙いを定めた。

 ソアの頭を優しく撫でて、ガイアドニスは微笑んだ。
 その様子を、夜子は引き攣った顔で見つめている。
 頼りになる2人だが、轟音と衝撃に心臓がバクバクと鳴っているのだ。
「随分と進みましたが終わりは見えませんね。一体何部屋の小部屋で構成されているのでしょう?」
 夜子たちに先行し、ホーは次の部屋を覗き込む。
 一瞬、時間が停滞するかのような感覚。
 それから、部屋の隅に影が滲む。
 これまで何度も見た光景だ。
 しかし、次に現れた影は違う。
「……いましたよ」
 現れたそれは、顔の無い犬に似た容姿をした獣だ。
 おそらくそれが、夜子の手足を奪ったものだ。

●角より出でて、角へと還る
 部屋の4隅より生じた影は、壁や床、天井を這うようにしながらホーへと襲い掛かる。
 ホーは手を翳し閃光を放った。
 部屋全体を覆う真白い光を全身に浴びた影は、幾らか黒さが薄れたように思われた。
 苦し気に蠢きながら、しかし影は進行を止めない。
「狙いは1匹。皆様、気を引き締めていきましょう」
 跳びかかって来た影を受け止める。
 重さは感じないが、確かに何かが触れている感覚はある。
 影は触れた箇所の感覚が鈍くなり、ぞわりと背筋が粟立った。
 空気中に霧散するように影が広がり、ホーの視界を覆い隠す。その間に、ホーの足元潜り3匹が後方へと抜けた。
「やはり……異界の類でしょうか。この手のものは度々遭遇しますが、中々厄介ですね」
 冬佳が剣を床へ突き刺す。
 影の獣を狙った刺突だが、その切っ先が届く寸前に影はするりと形を変えて回避した。目を丸くする冬佳の脚をひとつ撫でて体力を奪い走り去っていくではないか。
 どうやら、影の獣にも多少の知能はあるらしい。
 まずは狙いやすい者……つまりは、後衛を務める夜子やグルックから狙うつもりのようだ。或いは、ここまでに倒して来た影たちと意識を共有しているのかもしれない。
 回復を務めるグルックや、ガイアドニスが庇う夜子の重要性を明確に理解している動きだ。
「ま、予定通りだな。元々、守りながら戦うって作戦に変更はない」
「わんちゃんたちはか弱いかしら、か弱いかしら?」
 跳びかかって来た影の獣を片手で掴み、ガイアドニスはそれを体の横へと掲げた。
 ガイアドニスの手から逃れようと藻掻く獣へ、和弥が魔弾を撃ち込み消した。
 霧散する影を投げ捨てて、ガイアドニスは残る2体を目で追いかける。
 片方は右、もう片方は天井へ。
 夜子の手足を奪った獣と、冬佳を襲った獣の2体だ。どちらも形は既に犬となっている。
「足止めするよ!」
「トドメはボクが! 決めてやれる自信があるからね!」
 天井を這う影の獣へ、瑞希は組んだ両手を向けた。
 その手と指の間に魔力が渦巻き、形成されるは輝く矢だ。
 ごう、と空気が唸り矢が放たれる。
 空気を斬り裂き疾駆した矢は、まっすぐに影の獣を貫き天井へと縫い付ける。
「今っ!」
「まっかせてー!」
 刹那、ソアは床を蹴って上方へ跳んだ。
 天井に縫い付けられた影の獣へ跳びかかると、鋭い爪による斬撃を数度続けて叩き込む。一撃、二撃と斬撃を受け、影の獣は霧散した。
 ジワリ、と影が霞んで消える。
「も、戻った! 取り返した!」
 歓喜を含んだ夜子の声が部屋中に響く。
 ガイアドニスとハイタッチを交わす右腕は、すっかり元に戻っている。
「では撤退だ。走れ、走れ。何かあればワタシが庇ってやらんでもないぞ」
 最後の1体を殴り付けつつレーツェルが言った。
 ぐしゃり、と潰れた影は1度、染みのように床へ広がると、溶けるみたいに消える。
 
 立ちはだかる影を強引に突破しながら駆ける一団の、先頭に立つのはグレックだ。
 影の影響を受けづらいグレックは、自身や仲間に回復を撒きながら赤い糸を辿って入り口へと揉ドウ。
「お上りさんだと思って舐めんなよ〜!」
 腕に纏わりついた影を上方向へと投げ捨てて、1つ、2つと部屋を進んだ。
 横に追いついた冬佳とホーが、グレックのいなす影へ攻撃を叩き込む。
 後方から追いすがる影はレーツェルと瑞希が抑えているし、進行方向に現れた影は、和弥が魔弾で牽制をかける。
 捜査しながら進んだ行きとは異なって、帰路の進軍は速かった。後は逃げるだけなのだから当然だ。
 ガイアドニスとソアに庇われる夜子も必死に走る。
「さぁ、出口だよ~!」
 玄関扉を開け放ち、脱出せよとグレックが叫ぶ。
 ガイアドニスに抱えられた夜子、次いでソアが転がるように部屋の外へ。
 瑞希、冬佳、ホーがその次に。
 最後に残ったレーツェルは、片手に掴んだ影の獣を触手で壁に叩きつけ、グレックと並んで部屋から飛び出した。
 最後にグレックが扉を閉めて……一度、扉に何かがぶつかる音と衝撃。
 404号室は閉じられた。
 9人が視線を向ける先で、ほんの瞬き一瞬の間に404号室の扉は消え去った。

 無言の時間が暫く続いた。
「外に出ても脱出できた気がしないな、なんか」
 荒い呼吸を繰り返しながら、グレックは言う。
 概ねグレックの言葉に同意なのか、夜子も自分の腕を見下ろし頷いていた。
 再現性東京には不可思議な出来事が多い。
 これまで、夜子はそれを何度も見てきている。
 けれど、今回のこれは極めつけだ。
 夜子のよく知る夜妖とは種類の異なる異常性が感じられて仕方がないのだ。
 恐怖を根源とするには違いないのだろうが……その規模は、常人の理解を超えたもの、例えるのならば宇宙的なものを感じられたのだ。
「どう見ます?」
「さぁ? 恐怖の形は人それぞれということだろう」
 なんて、言葉を交わすホーとレーツェル。
 謎は多いが、奪われた夜子の腕は取り戻された。
 404号室は危険な場所だ。
 しかし、進んで立ち入らなければ、被害を受ける者もいない。
 なにはともあれ、イレギュラーズと夜子にとっての長い夜はこれで終わりを迎えたのである。

成否

成功

MVP

ガイアドニス(p3p010327)
小さな命に大きな愛

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
夜鳴夜子の手足は無事に取り戻されました。
依頼は成功となります。

この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。

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