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シナリオ詳細

厄払いにいい季節。或いは、傾き町の大掃除…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●この盃を受けてくれ
「あんなぁ――……頼み事があるんよ。聞いてくれるかぁ――?」
 酒と煙草の臭いに満ちた狭い部屋。
 障子の外から、ざざぁと波の音がする。
 ここは豊穣、傾き町。
 河川に浮いた屋形船の一室で、2人の男が声を潜めて言葉を交わす。
 赤い盃に満ちた酒精で唇を濡らし如月 追儺(p3p008982)は、ほぅ、と熱い吐息を零した。
 底知れぬ深い闇にも似た眼差しで、彼は向かいに座る老爺を観察している。
 
 事の起こりは数日前。
 傾き町の賭場でひと山当てた追儺は、その足で町の酒場へ向かった。
 運良く増えたあぶく銭、宵越しの金など持っていても旅の荷物になるだけだ。
 ならば酒と肴に変えて、血肉にすればそれでいい。
 そんな風に考えてのことか。
 そうして飲み明かした翌朝、追儺の前に現れたのは前日荒らした賭場の荒くれ者たちだ。
 なんでも、追儺がイカサマをしたと因縁を付けて、銭を回収しようといった腹づもりらしい。
 まったくもって度しがたい。
 せっかくの酔いも覚めてしまいそうな苛立ちを覚えた。
 山師と呼ばれることも多いし、確かにイカサマの1つや2つは身に着けているが、昨夜は単に運が良かっただけである。因縁を付けられる謂われなどないのだ……と、あっという間に4人を殴り倒して近くの川へと投げ込んだ。
 命までは奪っていないが、骨の1本程度は折れたか。
 酔い覚ましの運動としてはちょうど良い相手だった。本音を言えば、酔いに任せてひと眠りと洒落込みたかったのだが仕方あるまい。帰路で酒瓶の1つでも買って、寝酒といこうか。
 なんて、川から聞こえる怒号なんぞは何処吹く風といった様子で、立ち去ろうとしたところ、声をかけてきたのが冒頭の老爺であった……と、事の始まりはこんな次第だ。
 それから、あれよあれよと会食に誘われ、追儺はそれを了承。
 数日の後、使いの小僧に先導されて着いた先は屋形船であった。

「厄払いや。豆を撒いて――福を呼び込み、鬼を追い出す――……そういう風習、知っとーや?」
「はぁ。鬼を追い出す。そらまたおっかない話やねぇ。あぁ、くらばらくわばら」
 程よく焼かれた魚のワタを口へ運んで、追儺はへらりと笑ってみせる。
 わざとらしく頭を傾け、額から伸びる角を老爺へ見せてみた。そもそも隠していないので、老爺がそれに気づいていないということもあるまいが。
「蛇の道は蛇って言うやろ――? 鬼には鬼を、ヤクザ者にはヤクザ者をぶつけてやれっちゅう話しや――……」
「そんで自分に目を付けたと? ヤクザ者って言うんは先日の賭場の連中やんなぁ? 潰したいんやったら自分らでやったらええやんか」
 まぁ、無理だろう。
 その程度のことは追儺もとっくに気づいている。
 目の前の老爺、見たところ裕福で、眼光も鋭いが、体は当然に年寄りのそれだ。
 町の連中にしたってそうだ。
 傾き町の土地柄ゆえか、些か派手な装いの者が多いが、それだけだ。
 例えばこれが、山間の集落なんかだと、隆々とした体躯を誇る荒事を得手とした連中が大勢いたりするのだが、傾き町はそうではない。
 ここは遊興の町。
 金稼ぎは商売人が。
 荒事は……きっと件のヤクザ者が担っているのだ。
 役割分担と言えば聞こえはいいが、老爺の様子からすると町の商売人たちにとってヤクザ連中は好ましい存在では無いのだろう。
「やるなら徹底的に――失敗しても……俺らに火の粉がかからんようにしてーんじゃ――」
「そんで余所者の自分の出番ってわけやね。なぁ、随分と都合のいい話やって思わん? 別にその仕事、受けるのはええんやけどねぇ、相応におぜぜがかかるよ?」
 そう言って追儺は盃を手に取る。
 老爺は徳利を持ち上げると、注ぎ口を追儺へ向けた。
「俺の盃、受けてくれるか――……酒をなみなみ、注がせてくれ――」
「さよならだけが人生って? 縁起でもない話しやわぁ」
 なんて。
 注がれた酒を飲み干して、追儺はくっくと肩を揺らした。
 果たして、このようなやり取りを持って、追儺主導によるヤクザ退治……老爺曰くの“厄払い”は決行の運びとなったのだった。

●華に嵐の例えもあるぞ
 安い宿の一室で、漬物片手に追儺は唸る。
 それというのも、流れに任されるように引き受けた件の“厄払い”が思ったよりも難題であると分かったからだ。
 まず、傾き町に根を張った組織の名前は“波濤会”。
 遠くの町にあるという“波谷会”の傘下にあたり、親分を務める“イナガ”は「頭も技もよく切れる」と評された鬼人種の男である。
 若い頃には波谷会の用心棒を長年勤め、何でも組同士の代表戦では100もの連勝を重ねた猛者であるらしい。
 本人の実力も去ることながら【滂沱】【魔凶】【狂気】【呪殺】の影響を及ぼす妖刀の存在が厄介だ。
 そんなイナガが自身の組を立ち上げて、縄張りとして定めたのが傾き町というわけ。
 当時、発展の途上にあった傾き町に干渉し、地盤を固めると共に町で大金が動く仕組みを作り上げたのである。
「傾き町の発展に、一応尽力はしてはるんやねぇ。でも、みかじめ料が高くって町人たちから反感を買ったと」
 怖いわぁ、と追儺は言った。
 波濤会に喧嘩を売ることが……ではない。
 怖いのは“金”と“欲”である。
「町のあちこちに根ぇ張ってはるね、これは。下っ端まで含めたら構成員はどれぐらいになるんやろか?」
 少なくとも、10や20では利かなさそうだ。
 しかし、正規の構成員となれば30人が精々か。
「イナガがおりそうなんは“事務所”と“賭場”と“お遊び所”の3箇所かな? 賭場とお遊びところは歩いて15分ぐらいの距離にあるけど、事務所は賭場とかからその倍ほど遠いんやねぇ」
 事務所の周辺は、波濤会のお膝元というわけだ。
 事務所の規模から考えれば、構成員の数は最大で100人ほどか。
 襲撃がばれれば、それらが一気に押しかけてくる。
 そうなれば、数に押されて袋叩きになるだろう。
「イナガの首と……あぁ、若頭の首も獲っておくのがいいやろか? とっ捕まえて檻に入れるのでもええけど。頭はもいでおく必要があるやろね」
 逆に言えば、頭を落とせば残るは烏合の衆ばかり。
 統率を失えば、自然と弱体化して勝手に町から出て行くだろうか。
 可能であれば、拠点となりそうな建物も潰しておきたいが……。
「まぁ、その辺りは集まった面子しだいやろね。イナガの実力が高いのはもちろん、若頭の方も手強そうやんな」
 若頭と呼ばれる男は、何でもイナガの養子らしい。
 鉈刀を使った【必殺】の威力を誇る剣技と、非常に頑丈な肉体が持ち味という男だ。
 イナガの盾として長く戦い続けた彼は、体中に無数の傷を負っている。
「襲撃の時間帯はどうしよかな? 変に目立っても仕方あらへんし、あまり人を集められんもんね。よぉく考えんと難儀なことになるやんな」
 やれやれ、と。
 紙面に綴ったメモ書きを見て、追儺は小さなため息を零す。
「それにしても、自分は別にやくざ者やないんやけどなぁ」

GMコメント

●ミッション
イナガおよび若頭の討伐or捕縛&波濤会の勢力減衰

●ターゲット
・イナガ(鬼人種)
波濤会の組長。
元は親組織の用心棒を務めていた「頭も技もよく切れる」と評された猛者。
長らく前線には出ていないようだが、技は衰えていないだろう。
得物として妖刀を所持している。

妖刀剣技:神中単に大ダメージ、滂沱、魔凶、狂気、呪殺

・若頭
波濤会の若頭。
イナガの養子に当たる人物で、非常に頑丈な体をしている。
イナガに付き従い、いざとなればその身を挺して盾となるなど、忠義心は非常に厚い。
得物として鉈刀を所持している。

はぐれ者の剣:物至単に特大ダメージ、必殺
 鉈刀による斬撃


・組員×30~100ほど(※立ち回りにより変動)
正規の組員は30名ほど。
残る70名は、町の各所に散っている傘下組織や町のごろつき連中。
※拠点となる事務所に正規組員が20名。
※賭場や遊び所には10~20名ほど。
※残りは町に散開しているものと思われる。
さほど戦闘力は高くなく、連携も取れていない。
ただし、非常に荒っぽい。


●フィールド
豊穣のとある町。
傾き町。
時間帯は作戦次第。
目的となるイナガは以下のどこかにいることと予想される。
事務所→波濤会の事務所。それなりに豪華な屋敷で、周囲は塀に囲まれている。厳めしい男たちが多く出入りする姿が見受けられる。
賭場→賭場。大金が動く。一見すると単なる平屋にしか見えないが、夜になると歓声や悲鳴が聞こえてくる。時々、賭場前の通りにはサイコロや花札、意識のない人が落ちている。
遊び所→5階建ての巨大な宿。不思議と美人、美女が多い。どういうわけか、子どもは近寄らないよう口を酸っぱく言いつけられているようだ。
賭場と遊び所ははそれぞれ徒歩で15分ほどの距離にある。
上記2か所から事務所までは、徒歩で30分ほど離れている。


●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 厄払いにいい季節。或いは、傾き町の大掃除…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年02月19日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

河鳲 響子(p3p006543)
天を駆ける狗
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
瑞鬼(p3p008720)
幽世歩き
星影 向日葵(p3p008750)
遠い約束
如月 追儺(p3p008982)
はんなり山師
※参加確定済み※
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌
星芒 玉兎(p3p009838)
星の巫兎
唯月 清舟(p3p010224)
天を見上げる無頼

リプレイ

●事前準備は入念に
 暗い部屋に蝋燭の灯がゆらりと揺れる。
 焚かれた香と、男たちの酒と汗の臭い。
「半方ナイカ、ナイカ。ナイカ、丁方ナイカ」
 よく通る声で女が告げる。
 女の前には、一列に左右に並んだ男女が数名。手元の札を「半」か「丁」の目に賭けた。
 丁半博打だ。
 町に幾つか存在する、会員制の小さな賭場の1つだ。
 賭場の規模こそ小さいが、動く金額は莫大。傾き町には、こういった非合法の小さな賭場が各所に点在しているのである。
 そのほとんどは波濤会の息がかかっているものだ。
 会員制の賭場であるため、集まる者はどれも見知った顔ばかり。
 とはいえ、大金を賭けて遊ぶのだから時には険悪になることもあるし、殴り合いに発展することもある。そんな時に仲裁に入るのが、波濤会の役割というわけだ。

「あい、ごめんやす」

 襖を開いて、見知らぬ男が現れた。
角を備えた細身の、けれど背の高い男だ。
 名を『はんなり山師』如月 追儺(p3p008982)という。
「あ、自分やくざもんとちゃうから安心してえな?」
「……じゃあどこのどいつだってんだ?」
 客の1人が、眼を剝いて唸るようにそう言った。腰の後ろに手を回し、いつでもドスを抜ける姿勢を整える。
 ドスを手にしたのは1人ではない。
 他の客や、賭場の案内人たちも、皆が追儺を油断ない目で見つめている。都合28、14人分の視線と敵意を一身に浴びてなお、追儺は目元を笑みの形に細めたままだ。
 何か1つ、きっかけがあればすぐにでも乱闘に発展する。
 そんな緊張感の中、通路の奥でじゃらんとギターの音が鳴る。
「……あ?」
 何事か、と皆が見つめるその先に、現れたのは『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)だ。
「なんだ、ヤツェクじゃねぇか。ここに紹介状のねぇ野郎を連れて来るんじゃねぇ」
「よーよー、悪いな。だが、一大事だ。お前らに聞きたいんだが、イナガ組長の居場所を知らねぇか?」
 ギターを下ろし、真面目腐った顔をしてヤツェクは声を潜めて続ける。
「……どっかの組織がカチコミをかけるつもりらしい」
 ざわり、と。
 賭場がどよめいた。

 傾き町の片隅に寂れた社が建っていた。
 社の端に腰かけて、白い女が子供たちへと視線を向ける。
「これ、わっぱたち。ここら辺で怖い人たちが集まっておる場所を知らんか?」
『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)の問いに、子供たちは顔を見合わせ首を傾げる。
 それから、子供たちのリーダー格らしき少年が、皆を代表して前へ出た。
「怖い人たちならいくらでもいるよ? ぼくらには優しいけど、よくあっちこっちで喧嘩してる」
「……あー、まぁ、そうであろうな」
 何しろヤクザが根を張り巡らせた町なのだから、そういう答えは当然予想出来ただろう。
 褒美の飴を子供たちへと握らせて、駆け去っていくその背を見送る。
 そんな瑞鬼の背後から、羽織り姿の男がひょこりと顔を覗かせた。
「うん? なんじゃ、清舟か。お主、賭場にでも行っておったか? 煙草の臭いがしみついておるぞ?」
「カカカッ! 何、情報収集のついでにちょいとな。しかし、道楽にゃ困らんええ街じゃのう」
 そう言って『天を見上げる無頼』唯月 清舟(p3p010224)は、懐から布の包みを取り出した。それを瑞鬼へ放って渡すと、呵々と声を大にして笑う。
 布の中身は上等な刻み煙草だ。
 どうやら賭場で、幾らか儲けて来たらしい。
「じゃがこうして煌びやかな光の裏にゃ表に出れん者が居るのも珍しくないわ。終わったら歩き回ってみるんもええかもなぁ」
 瑞鬼は受け取った葉を煙管に詰めると、ふぅと紫煙を燻らせる。
 空へと霞む煙を数瞬眺めると、清舟はくるりと踵を返した。どうやら再び、情報収集へと出向くつもりであるらしい。 

 夕暮れ時。
 ゆるりと流れる河川に浮いた屋形船。
 集ったのは、傾き町の各所で情報収集に奔走していたイレギュラーズの面々だ。
「治安維持の対価として用心棒代を支払うってのは商売としてはアリなんでしょうが、絞りすぎた上に肝心の顧客から排除を依頼されていては世話ないって話よね」
 そう言って『「Concordia」船長』ルチア・アフラニア(p3p006865)は1通の書簡を畳の上に放り出す。
 書簡に記されていたのは、町にある幾つかの施設の名前だ。
 今回のターゲットであるイナガが頻繁に足を運ぶ施設の一覧である。
「どうやらイナガはより多くの金が動く施設を優先的に回っているみたいね」
「知っているってことは、その方って波濤会の関係者ですよね? ……もしかしてコレ、背景が複雑な依頼では?」
 書簡を手に取り『真意の選択』隠岐奈 朝顔(p3p008750)は表情を曇らせる。上等な紙に、質の良い墨で文字が書き込まれているのだ。
 書簡の送り主が、貴族かそれに類する者だということは一目瞭然である。
「……夜の街の勢力争いでしょうか。何やら深入りすると面倒そうな気配を感じますわね」
 白い髪を掻きあげて『星の巫兎』星芒 玉兎(p3p009838)は屋形船から、町の通りへ視線を向ける。
 往来を行く遊び人たち。
 道の端に身を寄せて、それを見送る町の住人。
 往来を駆け回る白兎と、それを追い駆ける野良犬。
 少々、華美ではあるものの、一見しただけでは大きな問題を抱えているようには見えない。相応に身なりの良い者が多く、遠くからはいかにも楽し気な笑い声が聞こえてくる。
 今回、始末を依頼されたイナガという男はこの町の発展に尽力した1人であると聞いている。イナガはやくざ者ではあるが、同時に町の重役でもある。
 そんな彼を秘密裏に始末しろというのだから……少し考えれば、その背景に何があったか容易に予想もできるだろう。
 つまり金だ。
 人が人を殺すのに、恨み辛みは必要ない。
「“悪党”に堕ちれば……もう誰も守れません、欲のまま奪うだけ。そんな外道を、私は許しません」
 イナガは金を貪り過ぎた。
 己の欲に身を任せた末路がこれだ。
『天を駆ける狗』河鳲 響子(p3p006543)は腰から下げた双刀へと手を伸ばし、窓の外へと視線を向ける。
 もうじき、屋形船が波止場に着く。

●カチコミは迅速に
 夜の静寂に銃声が鳴った。
 男の悲鳴と、木戸の砕け散る音に次いで、血と硝煙の香りが漂う。
 町の外れの大きな屋敷……波濤会の事務所である。
 周囲を囲む塀の内では、脛に傷持つ輩がいつも屯している。平和な日々を送りたいと思う者は、近づくことさえ避けるような場所である。
「来たぞ、カチコミだ! てめぇら得物は持っただろうな!」
 男の怒鳴る声がした。
 続いて、応と呼応する声。
 広い庭に続々と集まって来たのは、手に手に得物を備えた強面の男たち。波濤会の組員たちだ。
「おーおー、ぞろぞろと集まって来よった。あぁ、渡世人はつれぇよなぁ。じゃが外れたもんはこうなるんも覚悟しとかんとあかんのじゃ」
 木戸を蹴破り庭へと踏み込む清舟は、近くの男の腹へ向かって鉛弾を撃ち込んだ。
 呻き声を上げ男は倒れた。
 続々と集まって来る男たちへ視線を向けて、清舟ははてと小首を傾げた。見たところ、指揮を取っているのは単なる組員のようだ。若頭やイナガの姿が見当たらない。
「まぁ、ええか。組員のして聞き出すとしようか」
 銃を構えた清舟は、倒れた男を踏み越えて庭を先へと進んで行った。

 振り下ろされた牛刀が、響子の頬を切りさいた。
 熱い血潮が飛び散って、男の顔面を赤く濡らす。
 小柄な女の1人程度、片付けるのは安い仕事とでも思っているのか。男の顔に下卑た笑みが浮かび上がって……直後、男は白目を剥いてその場にガクリと膝を突く。
「商人が売り、ヤクザが守る。そこに信頼が加わってようやく“みかじめ料”が発生するんです。それをただ金額をつり上げるとなると、それはもうヤクザじゃなくて“悪党”なんですよ」
 そう言って響子が腕を後ろへ引いた。
 その手に握った刀の刃は鮮血に赤く濡れている。
 痛みを感じる暇もないまま気絶したのは、彼にとってきっと幸運だったのだろう。
「積極的に命を取るつもりはないけれど……下手に抵抗して巻き込まれても、責任は取らないわよ」
 倒れた男へひと声かけて、ルチアは響子へ手を翳す。
 リィンと空気が震えると、淡い魔力の燐光が響子の身体へ降り注いだ。
 燐光が血を止め、裂けた皮膚を再生させる。
 癒えた頬の傷を撫でると、響子の指先に血が付着する。傷自体もそれなりに深かったらしい。連携の取れていない烏合の衆とはいえ、荒事を生業としているだけあってそれなりに腕は立つようだ。
「……少々、舐め過ぎていましたか」
「とにかく依頼ですから、解決させないと!」
 響子とルチアを背に庇い、朝顔は視線を屋敷へ向けた。
 こうしている間にも、屋敷からは次々と組員たちが溢れだしてくる。

 やくざの拠点と言うには、敵の数が少なすぎる。
 庭に迎撃に出て来た男の数は全部で12人。屋敷の内部にも控えているのだろうが、響子とルチア、朝顔が向かったことによりそう遠からず全員倒してしまえるだろう。
「ぐ……てめぇら、こんな真似してタダで済むと思うなよ」
 腹を押さえて蹲ったまま、男がそんなことを宣う。
 先制して清舟に撃たれた男だ。
「なんじゃ、生きておったか。存外に頑丈な身体をしておるの」
 脂汗に塗れた男の顔を覗き込み、瑞鬼は呵々と笑って言った。
 タダで済むと思うなよ、とはいかにも悪党の言いそうなセリフだと思ったからだ。
 加えて言うなら、元よりタダで済むとは微塵も思っていない。その程度の覚悟も無いまま、得物を手にした者はこの場に1人もいない。
「苦しそうにしてはるなぁ……楽にしたろか?」
「……命まで奪う理由が見出せません。数の多さによる利も失われたのだから、生きて捕縛するべきです」
 男の首に手をかける追儺。
 玉兎はそれを制すると、腹の傷へ視線を向ける。
 放置しておけばそう遠からず命を落とすが、止血すれば生き永らえる程度の傷だ。
「組長はどこに? 教えていただけるのなら、治療しますが?」
 そう言って玉兎は瑞鬼へと視線を向けた。
 瑞鬼なら、この程度の傷を治すことは訳ないだろう。
「……無駄やと思うけどねぇ」
 肩を竦めて追儺は告げる。
 事実、命の危機に瀕していながら男は口を開かない。
「ならず者にはならず者の仁義があるっちゅうこっちゃ」
 なんて。
 庭の敵を片付け終えた清舟が呟くようにそう言った。

●襲撃は豪快に
「行け! 急げ急げ! どこの組のもんか知らねぇが、うちの事務所を襲撃するとはいい度胸だ! きっちりお灸を据えてやれ!!」
 怒声を上げて、往来を駆け抜けていくやくざ者たち。
 事務所が襲撃を受けたと聞いては、なるほど冷静ではいられまい。
 町の各所に散らばる傘下組織の者たちを引き連れて、市井の迷惑も顧みずにこうして事務所へ向かっているのだ。
 その様子を物陰から見送り、ヤツェクはじゃらんとギターの弦を指で弾いた。
「統率が取れてねぇ。初動が遅れたんだ。今更に援軍に向かっても手遅れさ」
 男たちの姿が見えなくなったことを確認し、ヤツェクは往来へと踏み出した。事務所襲撃の報告をやくざ者たちに伝えたのは彼だ。
 既に半壊した事務所に今更向かったところで、意味など無いと言うのに、荒くれどもは面白いように踊らされてくれた。
「そうしてがら空きになった賭場に、おれたちが攻め込むって寸法だ。あぁ、まったく欲出し過ぎたのが運のツキだったな」
 掻き鳴らされるギターの音色に魔力が混じる。
 踊るように跳ねる淡い燐光が、仲間たちの身体に光輝の鎧を纏わせた。
 さぁ、これで準備はOKだ。
「さて、本命はどっちかのう? まぁ、ここにも居ねぇなら遊び場っちゅうことじゃな」
 そう呟いて、清舟は銃の撃鉄をあげる。
 空きっぱなしの賭場の扉へ狙いを定め、今まさに外へと駆け出して来た男の足首へと鉛弾を撃ち込んだ。
 銃声。血飛沫。悲鳴と怒号。
 体勢を崩し倒れる男の眼前へ、刀を手にした朝顔が駆ける。
 疾走する勢いのまま、男の顔面を壁へと叩きつけ朝顔は賭場へと跳び込んだ。
 そこに残った数名ほどの男たちが、一斉に朝顔へと斬りかかる。
 左右、そして正面からの斬撃を刀を横に倒すことで受け止めた。
「大丈夫です。少しの間、私が受け止めてみせます!」
「そのまままっすぐ突き進んで! 傷は私が癒すから!」
「えぇ、任せてくださいっ!」
 一行が向かう先は、賭場の最奥……所謂VIPルームである。
 朝顔が敵の攻撃を受け止め、その隙に清舟とヤツェクが男たちへと鉛弾を叩き込む。
 まるで一個の軍隊みたいに、速く、硬い進撃だ。連携の取れていないやくざ者には荷が勝ちすぎる。
 おまけに傷は、すぐにルチアが癒すのだからたまらない。
 4人が賭場を制圧するまで、長い時間はかかるまい。

 響く悲鳴は女のものだ。
 傾き町の一角、噎せ返るような香の臭いと煙草の煙。
 遊び処として名の知れた一角、その中でも特に格式高いと呼ばれる白蘭楼の入り口で、瑞鬼は1人、佇んでいた。
「この手の場所も久しいのう……むかーし金稼ぎで働いたことはあったが」
 前で戦う仲間たちを援護しつつ、逃げて来る女たちへと出口を指し示すのが彼女の役目だ。
「おっと、目を閉じておれ」
 暗がりから逃げ出して来た女へ向けて瑞鬼は言った。
 刹那、暗い廊下を閃光が真白に染め上げる。
 迎撃に出た組員たちが、閃光に焼かれて踏鞴を踏んだ。そのうち1人を蹴り倒し、玉兎は額に滲んだ汗を乱暴に拭う。
「っ……個々の能力は低くとも頭数の多さは厄介ですね」
 1人、2人と敵は続々と増えて来る。
 対するイレギュラーズは4人。うち2人は、若頭と組長・イナガの相手を務めるのに精いっぱいだ。
「……響子様の手が空けばいいのですが」
「暫くは難しそうじゃの」
 慌てふためく組員たちを倒しながら、2人は階段上へと視線を向けた。
 瑞鬼がそちらへ手を翳す。
 降り注ぐ燐光が、響子の身体へ降り注いだ。

 刀と刀が打ち合った。
 飛び散る火花と、荒い呼吸。
 床や壁には血飛沫の痕。
 若頭の剛剣が響子の構えた刀を弾く。
 大上段からの一撃が、胸から腹にかけてを裂いた。白い服は既に血塗れ。黒い髪も汗と血に濡れてまるで夜叉のような有様だ。既に【パンドラ】も消費している。
「しつこい女だ」
 ここに来て初めて、若頭は言葉を吐いた。
 よろけた響子の腹に蹴りを叩き込むと、その隙に踵を返して2階奥の部屋へと駆ける。
 現在、そちらの部屋では追儺とイナガが交戦中なのだ。若頭の義侠心は高い。一刻も早く、イナガの護衛へ戻りたいのだ。
「逃がしませんよ」
 背後で燐光が瞬いた。
 淡い光の残滓を引いて響子が駆ける。
「っ……!?」
「天狗は何処までも貴方を追いかけて、その首を掻っ切ります」
 一瞬で距離を詰めた響子は、手首を返して斬撃を放つ。
 若頭が刀を振り抜くより速く、響子の刀が腹へ深く突き刺さる。

 壁には幾つもの刀傷。
 床に散らばる料理と木片、それから鮮血。
 倒れた行灯から零れた火が、部屋の隅で燃えている。
 荒い呼吸のイナガの手には、血に濡れた1振りの刀。血走った視線の先には、全身を血に濡らした追儺の姿。
 血だまりに倒れた追儺だが、吐瀉物と血を吐きだすと、ゆらりと上体を起こす。
「へぇ〜それが件の妖刀、おっかないわなぁ」
 首の傷を撫でながら、追儺はくっくと肩を揺らした。
 鼻から下を朱に濡らし、ズタズタになった皮膚も切り傷だらけ。生きているのが不思議なほどの大怪我で、実際に1度【パンドラ】を消費してしまっている。
「……とんだ化け物が来やがった」
「ははっ、化け物なんて言わんといてよ。自分は単なる遊び人やんな」
 なんて、嘯いたはいいものの追儺の傷は浅くない。
 1歩ずつ、イナガが距離を詰めて来る。
 立ち上がった追儺だが、視界はぐらぐら揺れていた。
 次に斬られれば命は無いか。それとも、1撃程度なら耐えられるか。
 イナガが刀を大上段に振り上げた。
 覚悟を決めた、その刹那。
「待たせたのう!」
「捕縛させていただきます!」
 襖を蹴破り跳び込んできた白い影。
 飛び散る木っ端を浴びながら、追儺とイナガは目を丸くした。
 瑞鬼が撒いた燐光が、追儺の身体を包み込む。
 同時に、玉兎が腕を一閃。
 閃光がイナガの目を焼いた。
「ぐぉ! どこの鉄砲玉だ!」
 苦悶の声を持たしたイナガは刀をめちゃくちゃに振り回す。それを角で受け止めて、追儺は拳を叩き下ろした。
 ゴキ、と頬骨の砕ける音。
 倒れ込んだイナガの手から玉兎が刀を蹴り跳ばす。
「爪紅が剥がれるさかい、殴るのあんま好きやないんやけどなぁ。あんたの手合いにはよぉけお世話になりましたからなぁ」
 殴打、殴打、殴打のラッシュがイナガの顔面に降り注ぐ。
 鈍い音が鳴り響き、その度に血飛沫が飛んだ。
「美味い酒を不味うしたツケはしっかり払うてもらいますよ……っと」
 イナガの悲鳴が止まるまで。
 その手足からすっかり力が抜けるまで。
 追儺は殴打を落とすことを止めなかった。
 それから、すっかり意識を失ったイナガへポツリと言葉を贈るのだ。
「嗚呼、ひとつ勘違いせんで欲しいのやけど、自分はやくざやありまへんからな?」
 なんて。
 告げた声はひどく冷たいものだった。

成否

成功

MVP

唯月 清舟(p3p010224)
天を見上げる無頼

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
イナガおよび主だった組員たちは捕縛されました。
傾き町の動乱はこれにて終焉、依頼は成功となります。

この度はシナリオのリクエストおよびご参加ありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。

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