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シナリオ詳細

<Jabberwock>金嶺竜アウラスカルト

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 小さな影を、スマートフォンのカメラが捉える。
 逆光の画面を斜めに横切るフレアとゴーストの向こう側――
 天を羽ばたくコウモリのようなシルエットは、冗談のように巨大だった。

 影は――ドラゴンは雑居ビルに悠々と舞い降りた。
 突風が吹き抜け、数名の人々が揺れる街路樹にしがみつく。
 分厚いコンクリート壁に背を当て、呼吸を荒げる男の唇が戦慄く。身を預けたはずの壁は小さく軋み、ひび割れ、男は命からがらに飛び退く。『竜が降り立つ』という、ただそれだけの衝撃に一棟のビルが倒壊した。車のクラクションが乱打され、走る人々の悲鳴と共に鼓膜を殴りつけてくる。
 竜の口が陽炎のように揺らめき、輝き始める。純白の光が舐めとるように地を駆け、瞬間――アスファルトが真っ赤に泡立った。飛び散った光の飛沫を浴びた街灯は、飴細工のようにひしゃげて焼け落ちる。
 電磁浮遊スケートボードを滑らせ、一心不乱に逃げていた利発そうな少年は、もうどこにもいない。真っ二つに引き裂かれた車から転げ落ちた中年男性は、直後の爆発に巻き込まれて消えてしまった。
 細い光のドラゴンブレスを逆袈裟に浴びたビルの窓硝子が一斉に砕け、そのままずるりと滑り落ちる。下に何があったのかなど、もはや想像もしたくない有り様だ。
 ――それは正に地獄絵図であった。

 高度な文明を謳歌する未来都市――セフィロトの一角が蹂躙されている。
 ただ圧倒的な物理的暴力を浴びせ続けられている。
 無論、この完全なる理想都市は、そんな暴虐を許しはしない。
 街中にアラートが鳴り響き、無数のドローンが蜂の群れのように舞い上がった。
 光学迷彩を起動した忍者隊がブレードを抜き放ち高周波切断モードに切り替える。魔法少女隊が一斉に飛び立ち――Yes my lord!――構えたインテリジェントロッドが魔方陣を花開く。
 空を無数の光の陣が覆い尽くし、光線が一斉に竜を撃つ。
 民間軍事会社の傭兵達がありったけのランチャーを放ち――

 果敢な抵抗であった。
 けれど無力で、ひどく儚く、まるで空虚な抵抗であった。
 爆炎の中で輝いた一条のドラゴンブレスが、努力の全てを灰燼に変えてしまう。

 敵は大物(ドラゴン)だけではない。数匹の亜竜がこの都市の防衛機構と交戦を開始していた。
 それだけではない。宙に揺れる拡張現実モニター達に映し出された無情な情報の数々は、惨劇の発生がこの区画だけではないことを明示している。

 駐車止めの金属ポールにしがみつく幼い少女は、きっともう立ち上がる力を失っている。
 恐怖に足が竦みきってしまっていた。
「もう大丈夫。ボク達が居るんだもの。だよね?」
「え、ええまあ、はい」
「希望の光を今ここに!」
 ――カード『セラフィム』インストール。
「ちょっとお願い」
「え――はい!」
 少女の煤けた頬から涙を拭い、セララ(p3p000273)は飛来する瓦礫を剣で切り裂き、その背に守られた普久原・ほむら(p3n000159)が少女をおぶって走る。
 セララもまたもう一人の少女を抱きかかえて飛び立った。
 焼け落ちながら降り注ぐドローンの群れを避け、ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)が駆けた。直後、両腕の中に重い衝撃があり、ベネディクトは防衛隊員の一人を無事に受け止めることが出来たことを知る。視線は油断なく竜に向けたまま、抱きとめた命を救助隊へと引き渡し――
「これは、うん。あれだね! ドラゴンの襲来。会長には分かるよ」
「……そのようだ」
 法衣をなびかせ、楊枝 茄子子(p3p008356)はしたり顔で頷き、背を合わせたベネディクトが同意する。
 茄子子は重傷者に治癒の術式を施した。紡がれた福音は仮初の夢とて、今ここに必要とする人々がいるのは紛れもない事実である。

 どうすべきか。
 今この場に戦えるものが何人居るのか。
 現場で顔を合わせたイレギュラーズは即座に対応策を講じ始めた。

 突然の襲撃ではあったが、彼等がここに居合わせたのは偶然ではない。
 逃げ惑う人々は『いつ来るか分からない災害』より経済活動――今を生きることを優先していただけだ。
 ともあれセフィロトでは以前より、一体の竜種に着目していた。
 覇竜領域デザストルに近いという立地もあるが、それだけならただのはぐれ竜一匹かもしれず、しかし観測を続けたのにはがある。竜種『Jabberwock』は冠位魔種らしき気配を伴っていたからだ。
 魔種と行動を共にする可能性が強く疑われたということ。
 観測情報は、練達に発生した一連の騒動中に見失い――今につながる。
 敵は何らかの意図を持って攻め込んできている。意図は――魔種につながるのであれば明白だが――この国を滅ぼし、世界を破滅させる足がかりとすることに違いない。

「ほばっ!? ……マジですか。いや無理ですって流石に、それは正気じゃない。いやいや」
 通信端末を片手に眉をひそめたほむらへ、一行はちらりと視線を送る。
「どうしたの?」
 通話を終えたほむらに、セララは問うた。
「国からオーダーです。あれの討伐か捕縛」
 意味を理解したベネディクトの眉が微かに跳ねた。

 竜は強い。
 その爪や顎は超硬セラミックをバターのように切り裂き、炎の一吹きは耐熱ガラスさえマグマのように溶かし、鱗は霊銀装甲(ミスリルアーマー)のように硬い。
 規格外のフィジカルによる圧倒的暴力だけでも、災厄にも等しい存在だが。
「識別名『金嶺竜』アウラスカルト。得意とするのは古竜語魔術(ドラゴン・ロア)だそうです」
「なるほど魔術を使うと」
 茄子子が腕を組み、うんうんと頷いた。
 竜は狡猾で知恵のある生き物だ。
 だからこの際、情報の全てを引きずり出したいというのが上長の判断らしい。
 この竜に関する――ではなく、背景を含んだ全てである。
「あの竜しゃべるのかな?」
「でしょうね」
 はっきり言ってオーダーはイカれている。
 まともな判断であれば追い返すことをこそ目標にすべきかもしれないが、それでも難度は揺るぐまい。

 状況は困難を極める。
 眼前で亜竜の群れと交戦を始めた防衛戦力の勝機はあるのか。
 そもそもアウラスカルトなる竜を倒すことが出来るのか。
 練達頼みの綱である携帯端末――マザーの演算には、いずれも計測不能の表示だけが流れていた。
 討伐か捕縛かはともかく、追い払うだけの戦闘が出来るかすら怪しいものだ。
 この都市における全ての技術を操作するマザーの力は、IDEAプロジェクトの騒動で多くが失われている。平たく言えば故障の修復中なのだ。兄に相当する機体であるクリストが頼りだが、マザー(クラリス)に最適化されたシステムを操るのでは、練度が低いのは当然のことだろう。
 一行は限られた情報と状況の中で戦うことになる。
 ただひとつ、縋るにも及ばない糸のような希望があるのだとすれば――
 あの竜が若く小型であるということだけだ。

「今できる全てを、成し遂げるしかないだろう」
 そう結んだベネディクトの視線は鋭い決意に満ちていた。

GMコメント

 pipiです。
 敵はぴかぴか鱗のゴールドドラゴン。
 マジもんの竜種です。

●目標
・『金嶺竜』アウラスカルトの捕縛、または討伐。
 周辺の亜竜への対処や、市民の救助などを行っている余裕は、おそらく一切ないと思われます。

●ロケーション
 練達市街の一角です。
 瓦礫とかすごいことになっていますが、雰囲気なので無視して構いません。
 明るさも問題ないものとします。
 地形は複雑なので、飛行などの能力があれば、利用出来るかもしれません。
 周囲の建物やらは身を隠すのに適しているかもしれません。
 ただいずれにせよ、暴威の前では一時的なものに過ぎないでしょうが……。

●敵
『金嶺竜』アウラスカルト
 大きさは頭から尻尾まで20メートルほど。『若く』『小型』の竜です。
 誇り高いといえば誇り高いのですが、残虐かつ狡猾な性格です。
 人語を解し、おごり高ぶったタイプです。
 今のところ、眼前の全てを物理的暴力で踏みにじっています。
 自身は絶対的な強者であると考えており、人類のことは完全に舐めています。

 タフネスや防御能力が極めて高く、再生能力を持ちます。あと、飛びます。
 おそるべき物理的暴力、聞くだけで正気を失わせるような咆哮、超高熱の光線の他、なにやら魔術を行使するようです。
 魔術はおそらく攻撃的なものだと思われます。守るとか逃げるとかは、竜的ではないからです。今のところ、見た限りでは一度も使っている様子はありませんでした。
 この竜による一部攻撃のスマッシュヒットを受けた場合、PCは『死亡』する可能性があります。

●他の人々
『友軍』
 上のほうに出てきた人達がいます。亜竜と交戦中です。劣勢。

『市民』
 頑張って避難を試みています。危険。

『敵軍』
 亜竜がけっこう居ます。友軍と交戦中です。優勢。

『同行NPC』
・普久原・ほむら(p3n000159)
 皆さんの仲間です。
 両面型中衛バランスアタッカー。
 剣魔双撃、キルザライト、光翼乱破、天使の歌を活性化しています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はDです。
 多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
 様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●重要な備考
 これはEX及びナイトメアの連動シナリオ(排他)です。
『<Jabberwock>死のやすらぎ、抗いの道』『<Jabberwock>金嶺竜アウラスカルト』『<Jabberwock>アイソスタシー不成立』『<Jabberwock>灰銀の剣光』『<Jabberwock>クリスタラード・スピード』『<Jabberwock>蒼穹なるメテオスラーク』は同時参加は出来ません。

  • <Jabberwock>金嶺竜アウラスカルトLv:50以上完了
  • GM名pipi
  • 種別EX
  • 難易度VERYHARD
  • 冒険終了日時2022年02月01日 22時15分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)
泳げベーク君
セララ(p3p000273)
魔法騎士
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
オウェード=ランドマスター(p3p009184)
黒鉄守護

サポートNPC一覧(1人)

普久原・ほむら(p3n000159)

リプレイ


 小洒落たブティックの看板が、ひしゃげた金具一本に釣られ、頼りなく揺れている。
「ああーもう! こんなに壊して! お気に入りのお店とか瓦礫の山になってるじゃないですか!」
 思わず声を荒げた『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)だが、無理もない。

 ――ちょっとした思い出を語るならば、まず生地の良い店だった。
 布の手触りが滑らかで豊かで、質感が良い割に軽かった。
 なによりも、縫い込みの厚さを見せない、秀麗なシルエットに定評があった。
 知ったのは大衆向けの雑誌だったか、ネット上の記事だったか――さておき。良いものは良い。
 足繁く通う程ではないが、忘れてはいけないお店だった。
 店員にすっかり顔を覚えられてしまったのは、すこし気恥ずかしい事だけれど――
 もちろん誇らしくもあった。
 ほんの昨日――たった今の今までは。
 そんな店が、ここに存在していたのだ。
 なんなら。今、首元を飾っているお気に入りをくれた店でもあった。

 そんな場所が、現状ならばどうか。
 如何なる素材から発せられたものかも分からない、ひどく独特な(練達らしい)においの砂埃と、足元に散乱するガラス片を踏みしだく音は、全く気持ちの良いものではない。
「――最悪にも程がある」
 どこか吐き捨てるような声音の『忠義の剣』ルーキス・ファウン(p3p008870)だが、それも当然。この探求都市国家アデプトは件のR.O.O事件の後始末――つまりは復興に追われていた。
 泣きっ面に蜂どころの騒ぎではない。現れたのはドラゴンだ。純正本物の竜種達である。
 一行が遠く見据えるのは、そのうちの一体だ。

 再び地面が震動する。
 金嶺竜アウラスカルトは不満げに小さな咆哮を漏らし、一つ羽ばたいた。
「会長にはわかるよ。ここが死地だね」
 肌が粟立つほどの戦慄を禁じ得ない。
 そう述べた『世界一のいい子』楊枝 茄子子(p3p008356)が思い出すのは、ラサでかの『ライノファイザ』との交戦であったが、それよりずっと『嫌な雰囲気』だ。
「竜は若い頃でさえ戦った事の無い敵じゃな……」
 頷く『Blue Rose With You』オウェード=ランドマスター(p3p009184)が携える盾は、その竜鱗を削り出したものであり、この戦場にこの上なく相応しいものであると言えた。
「竜にはいい思い出がありませんねぇ」
 さもありなん。『砂竜すら魅了するモノ』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)にとっては、十割があの海(絶望の青)のせいである。だがそう考えるなら、ベークにとって個人的なリベンジマッチとも言えた。そこにはあの日、仲間達に救って貰った恩を返すという意味合いも含まれる。
 アウラスカルトがコンクリートの建物を諦め、超高セラミックスのビルに腰を下ろした。身じろぎ一つで無数の窓ガラスが吹き飛ぶのだから、苛立つ理屈は立つ。『彼女』の住まいは、きっとこうではないからだ。二十メートル程の大きさならば、人を蟻とまでは思わない。けれど、さながら兎の巣穴を踏んでしまったような感覚ではあろう。ここは想像の塔にもほど近く、奇しくもR.O.Oという名の由来を連想させた。そのあたりは、詮無きことであるのだが――

「とにかく近付こう」
 足元に光の羽を顕現させた『魔法騎士』セララ(p3p000273)の言葉に、一同が頷く。
「ああ――相手が竜だろうが何だろうが、やる事に変わりは無い」
 鉄柱に手をかけたルーキスの後ろから、『特異運命座標』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)。『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)も瓦礫に飛び乗った。
「どこから近付けばいいものやらって感じですが」
「けれど、身を隠すには充分とも言えるんじゃないかい」
 普久原・ほむら(p3n000159)のぼやきに『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)が答え、「相手はまさか我々が立ち向かってくるなどとは思っていないだろう」と続ける。
「そうだね。とにかくこれ以上やらせる訳にはいかないよ」
 瞳に決意を宿す『龍眼潰し』ジェック・アーロン(p3p004755)が、仲間達と共に瓦礫の山を駆ける。もしもこのまま幾星霜の時が流れたならば、まるで『故郷』のような――。培った成果も、成し遂げた苦労も、失った命、繋いだ絆も水の泡と消えてしまう。だがジェックは脳裏を過ぎる不吉な空想を跳ね飛ばした。折角救った国(練達)なのだ。竜の目的など知らぬが、阻止するまで。
 竜は強い。
 きっと、この地上における何ものよりも。
「なればこそ、俺達の為せる全てを以てして勝利に手を伸ばす、それだけだ!」
「私達の持てる全てを以て、やってみせましょう」
「降り掛かる災いは全て排除する。これ以上練達を……ここに生きる人達を傷付けさせはしない!」
「金ピカ全部引っ剥がして、売ったお金で博物館建ててお前の遺骨を展示してやります!」
 ベネディクトが、リースリットが、ルーキスが、しにゃこが述べる。その檄に、心が奮い立つ。


 イレギュラーズの考えは明確だった。
 物陰に隠れ、近づき、奇襲する。作戦は単純明快にして真を突いている。
 緒戦を制すことができなければ、そもそも勝機そのものがありえないのだから。
 奇襲というものは、作戦を考える上で奇策の部類である。だが尊ばれる正攻法とは、相手より強大な戦力を整えてこそ成り立つのだから、これが正解のはずだ。
 いつだって、ない袖なんて振れはしない。

「会長達は負けないよ。ドラゴンだか知らないけど、全然怖くないんだから!!」
 茄子子は思う。勝てる可能性があるのはきっと『口だけ』と。
 だが彼女は”嘘つき”だ。
 竜は慢心している。
 人間を完全に舐めきっている。
 だからそのまま、『そうして』いてもらう。
(充分に舐めさせ、寝首をかいてやる――)

 慧眼捏造――彼女の”本当”は誰よりも嘘くさい。

「――お前なんか怖くない」

 超硬セラミックスの外壁から、リースリットが様子をうかがう。
「……さて」
 もう少し接近する必要がありそうだが、竜はこちらを歯牙にもかけていない様子だ。
 大あくびする様は、どこか猫めいてすら見える。
 国からのオーダーは討伐か捕縛だ。言葉尻の解釈はともかく、少なくとも戦闘不能にする必要がある。
 なにか策がなければ、流石に現実的な選択とは言えないとリースリットは述べた。
「そもそもどうやって捕縛するのさ」
「いやあ……話くれた部長ちょっとそういうところあって。佐伯さん知らないんじゃないですかね」
 茄子子の疑問に答えるほむらの口調は、どこか呆れた調子だ。のんびりしているようで――そうでもしないと神経が持たない。ばらばらと降り注ぐ石片を避けながら、一行は更に竜へと忍び寄る。
 先程の様子から、竜の攻撃を凌ぐのにコンクリートでは心許ないが、この超高セラミックスは幾分かマシであることも分かっている。
 竜のやや背後。奇襲には絶好のポイントでもあった。
 冷たい汗が背を流れた気がする。
 一同は違いに目配せしあった。
 いよいよ本番だ。

「動かないで」
 茄子子を先頭に、僅か二秒差。
 解き放たれた停滞の術式――その極大の魔方陣がアウラスカルトを完全に包み込む。
 その直後、一同が竜へ接近し、各々のポジションを確保し、得物を構えた。
 竜が身じろぎする。
 一行を睨み、威嚇の咆哮を放とうとする。

 ――けれど一手遅い。

 竜鱗が爆ぜ、黄金の飛沫のように煌めいた。
 穿ったのはジェックの放つ一粒の弾丸だ。さらにもう一撃、しにゃこが繋ぐ。
 竜鱗の狭間に滑り込むしにゃこの一弾一殺の魔弾は、強固な装甲をものともしない。
 既にセラフとパラディンを纏ったセララは、さながら熾天騎士が如く聖剣を振り上げた。
 重ねるのはベネディクトの槍技――裂帛の踏み込みから放たれる直死の槍と、セララの地海空を切り裂く聖剣技が竜の巨体を駆け抜ける。
 嵐のように襲う雷撃、弾丸、斬撃――イレギュラーズの猛攻が立て続けに竜を穿ち貫いた。
 ゼフィラの胸に高揚がこみ上げている。
 奇襲が完全に成立したというのも、一つだ。
『オノレ、矮小ナル人間風情ガ、我ガ前ヘ立チハダカルトハ――分ヲ弁エヨ。死スルガヨイ』
 けれど胸を熱くする、もう一つの理由(わけ)は少し複雑だ。
 竜との戦い――これが未知を探求する『冒険』であったなら、いっそ死に場所であっても構わない。
 だが家族の住まう地を荒らされるのは、許せたものではないのだから。故に――
「――偉大なる竜よ。矮小な人間として一つ、言葉を贈らせてほしい」
 舌で唇の端を撫で、蹂躙の殲滅頌詩を紡ぎ上げる。
「……お前が死ね」

 ゼフィラの放つ魔弾の猛攻が竜の身を蹂躙する。
 イレギュラーズの止まらぬ進撃を前に、竜が吠えた。
 咆哮――大気が震え、音の振動が鼓膜を打ち付け、身体の芯まで響き渡る。
 竜声は聴く者に、生命を揺さぶる根源的な恐怖を与えると伝承される。

 アウラスカルトは確信している。
 誰の身体も震えあがり、それ以上には指一本を動かすことすらかなわない。
 後はその爪で、顎で、尾で。あるいは輝く炎の吐息で蹂躙すればよいのだと。
『――滅ビヨ』

「まあ、あの滅海竜ほどの声量じゃないですけどね」
 皮肉げに呟いたのは。余裕綽々と、片手を腰にあてているベークだった。


 竜は驚かない。
 竜はたじろがない。
 怯えもしなければ、竦みもしない。
 ただ眼前の光景が、とにかく不愉快極まりなかった。

 なぜこの矮小なる者共は、己が咆哮に震えもしないのか。
 だがそれは人の身からすれば、簡単な――そして多大な努力を必要とする――理屈であった。
 竜を殺すためならば、人というものは『対策』するのだ。
 一行はその全てが、精神を揺るがす災厄を撥ね除ける対策を身につけている。
 故に次手においても、竜の行動はからぶりと言えた。
 そしてイレギュラーズは猛攻を続けている。作戦は順調だ。

「散開!」
 ルーキスが声を張り上げた。
 アウラスカルトは不思議なものでも見つめるように首を傾げると、長大な尾を打ち付ける。
 遠目にならば、ひどくゆっくりとさえ見える一撃は、暴風を伴い、あたり一面の瓦礫をなぎ払った。
 圧倒的な暴威に、イレギュラーズの数名が跳ね飛ばされた。だがその数は、最小限に止まる。
 背を打った超硬セラミックの壁さえひしゃげる衝撃に、肺の空気を全て絞り出されたようにも感じた。
 ベネディクトは息を吸い込み、即座に呼吸を整える。
 並の戦士ならば既に意識はおろか、命さえ危ういだろう。
 だがベネディクトは並の戦士などではない。鋭い槍は、油断なく構えられたままだ。
「一撃でこれほどか」
 ベネディクトは決して崩れない、まだ充分に戦うことが出来る。
 現時点における問題はない。一切。全く。
 何もかもが、予測と常識の範囲内に収まっているのだから。
 もっともその『常識』は、どこまでも『イレギュラー』ではあるけれど――
「いざという時は、ワシじゃよ」
 オウェードもまた、全く疑っていない。仲間を信じている。
 戦いははじまったばかりなのだ。まだ盾ではなく、剣である時間だ。
 片手斧をふりかぶり、裂帛の踏み込みから放たれた竜撃の一閃が鱗を破り、竜血が舞い上がる。

「合わせて」
 ゼフィラの声に、イレギュラーズが呼応する。
 一行はゼフィラの反応を鍵として、足並みを揃えている。
 ここからはなんとしても仲間を支え抜く。それがこの国を救うのだと信じて術陣を放つ。
「なんとしても繋げます。風の精霊よ――」
 刻印の炎を纏う風精が舞い、轟音と共に、大気を光が劈いた。
 リースリットの放つ雷撃が竜を撃ち貫き、その身に電流を迸らせている。
「行きますよ」
 大旗を振りかざすベークの一撃は、仲間との連携の中で竜の再生能力を都度都度奪い去る。
 これを続けねば、おそらく勝つことはできない。
 竜がベークを睨むは、ベークがその身に纏う香りのせいだけではないだろう。
 叩き込まれる立て続けの連撃は十全な統制が取れており、竜はまた再生能力を封じられた状況にある。
 それに「茄子子が放った停滞の術式は、いまだ竜をその場に縫い止めていた。
 ビルとビルの合間を飛ぶ、あの機動性を見せつけられては、その効能はゼロにしたのではなく、せいぜい半減ではあるのだろう。けれどその事実が、竜に大胆な移動をさせずに居るのは確かだ。竜が逃げるとは思えないが、攻撃のために機動性を生かして立ち回るのならば、こちらからの攻撃は散発的なものになるかもしれない。そうなったとしても手のうちようはあるが、時間あたりの打撃力(DPS)と比したとして、再生能力が戻れば厄介であり、避けられるにこしたことはない。
 有効な作用は、必ず働いている。絶対に、

 しかし果たして、現状を平たく『一進一退の攻防』と呼べるのだろうか。
 事前の作戦全てに成功しているイレギュラーズの一方で、徐々にその身を傷つけられつつある竜は、身じろぎこそすれど、揺るぎもしない。ただ不快げに、あしらうように、まるで癇癪をおこしながら手足をばたつかせる幼子の如く暴れているだけだった。その全てが、ひどく無造作である。
「うん。まだ全然予想通りだよ。最初から痛痒を与えられるなんて思っていないから」
「はい。あんなチートモンスターですから」
 再び撃ち終えたジェックが移動し、光殺の闇魔術を放つほむらが答えた。
「けれど、雨垂れだっていつか岩を穿つんだ」
 ――こうやって。
 再度、トリガーを引く。ライフリングを駆け抜けた弾丸が巨体に吸い込まれ、赤が爆ぜる。
 竜が身じろぎし、不快感をあらわにする。
 どんな状況でも、決して外れない。外さない。
 この指一本が動く限り、撃ち続けるまで。

『何故、抗ウ。何故、逃ゲヌ』
「ボクは勝算があるからキミと戦いに来たんだよ。キミの爪や牙より、ボクのほうが強いんだから!」
『――愚カナ』
 微かに口を開いた竜はきっと、せせら笑ったのだろう。
 直後、巨大な爪がセララの小さな身体に打ち付けられた。
 矮小な人風情は、その圧倒的重量に叩き潰され、引きちぎられ、それでおしまいだ。
 竜を相手に生意気な口をきいたのだから、当然の定めである。アウラスカルトはそう考えた。
 砂煙があたりを包み、硬質な床に蜘蛛の巣のような亀裂を走らせる。
 さて。次は誰にしようか。
 竜は哀れな獲物を品定めしようとして、ふと考える。
 ところでなぜ、亀裂が走ったのだろうと。
 竜は微かに訝しんだ。なぜならば、細いものが硬いものに打ち付けられたようだからだ。
 ただひしゃげ、へこみ抉れると思っていたのに。そして赤い血だまりが出来るはずなのである。
「だから言ったでしょ。ボクのほうが強いって――」
 手元から聞こえた声に、アウラスカルトが瞳を見開く。
 鱗に覆われ分かりにくい金竜の表情は、その一瞬、たしかに驚愕していた。
 なぜならば、無傷のセララが、その剣を構えているではないか。
「ギガ――セララ!」
 隙は与えない。
 セララは間髪いれずに地を蹴りつけ、雷撃を受けた聖剣を掲げ、一気に振るう。
「ブレイク!」
 雷光と共に斬撃が迸り、竜鱗が爆ぜ、舞い上がる竜血が焼かれる。
『小癪ナ!』
 再び襲い来るのは、やはり爪だ。
 だが幾度振るおうとも、セララの身を傷つけることが出来ない。
 怒りに身震いした竜が、息を吸い込もうとするが――
「別の攻撃手段にするって事は、ボクよりもキミの爪や牙が弱いって認めたって事だね」
 セララは目一杯に微笑んでみせた。

「――だってそれは逃げだもの!」

 アウラスカルトの頭の中で、何かがぷつりと切れた。
 これまでで最も大きな咆哮をあげ、幾度も、幾度も、生意気な少女に乱撃を叩き込む。
 だがはじけ飛ぶ瓦礫と床板の中で、セララは笑ってのけ、さらなる一撃を放った。
 これがセララの策だ。度重なる挑発に、竜は無駄な行動を重ねている訳だ。
 竜とて、すぐに気付くだろう。知恵ある生き物だからだ。
 けれど逆鱗に触れることで稼いだ手数というアドバンテージは、必ず生きてくる。

 竜が一行を睨め付ける。
 そしてついに、大きく息を吸い込んだ。
 今、この瞬間に顎を狙えるか。数名が狙いを定める。出来るかもしれない。だがあまりにリスキーだ。
 ドラゴンブレスを至近からもろに浴びてしまえば、人など一瞬で蒸発してもおかしくはない。
 竜はその口腔に幾度も攻撃を受けているが、未だ心づもりを変えようとは思っていないらしい。
 光がこぼれ、ひとすじの閃光が地を舐めると、赤く光り、あわだった。
「あぶないですねー!」
 間一髪。しにゃこは横薙ぎの光線を避け、セラミックの壁に隠れた。
 頭上の壁にオレンジ色の光りが横切り、壁がずるりと傾いで落ちる。
 こんな可愛くないことをするやつには、こうだ。
 しにゃこは愛らしい傘の先端を向け、引き金を引く。
 放たれた銃弾が、未だ光の飛沫を散らせる竜の口腔を再び貫いた。

 怒る竜がその翼を広げる。
 アウラスカルトの得手は、情報によると魔術であると聞き及んでいた。
 だが全神経を集中した竜がとった行動は――その尾を付近の建造物に叩き付けることであった。

 強烈な衝撃に足元が揺らぎ――


 防犯ブザーを鳴らす車を霜のように踏みつけ、鉄柱を花のように手折り、竜は暴れ狂っている。
 降り注ぐ瓦礫を避けながら、一行は未だ猛攻を続けていた。

「なるほど、確かにある種の狡猾さはあるようですが」
 リースリットの呟き通り、竜は重量でこちらを押しつぶそうとしたのだろう。
 だがそのもくろみは失敗している。どれほど強大な力を誇ろうとも、所詮は『二十メートルの小型怪獣』にすぎないという訳だ。ならば、あるいはそれを逆に利用する手もあったのかもしれない。この場の地形はかなり複雑に入り組んでいる。とはいえ、今はとにかく一撃でも多くの攻撃を叩き込むのが先決だ。

「私達って、命のやり取りをしているんですよね」
 ふと、ほむらが呟いた。
 普段ならばそれは狩るべき魔物。時に世界のために魔種を討つ。あるいは生きるため経済動物を口にする代わりに、種を存続させある種の共生。ないしは、それらを否とする、ある種の信仰や理念。いずれにせよ『お利口さん』な答えが返ってくるものであるけれど。
「今は野生動物になった気分ですが」
 ならばせめて獲物を追い立てるライオンでありたいと、そんな風に続けた。
「だったら、あんな竜なんて、キリンやきゅうりにだって見えてくるかもね」
 笑ってのけた茄子子が、仲間に幻想福音を施す。
「こっち! 回復するね! 大丈夫だよ!!」
「ああ、任せておくれ」
 ゼフィラもまた、懸命に仲間を癒やし続けている。
 この戦場に可能な限り長く立ち続けることこそ、作戦全ての下支えとなる。
「僕はいいですよ。まだやれますから。他を」
「分かった、無理はしないでおくれよ」
 ベークの返答も、あるいは強がりなのかもしれない。けれどその真骨頂は、決して破られていない。
 ある意味では身を蝕み続けるそれ(再生能力)が、母なる海の加護なのか、あるいは呪いなのか――定かでないとしても、今この時に立ち続ける力だけは与えてくれる。
 だから皆、まだ戦える。まだ勝機を捨てていない。
 一連の戦いの中で一行はいずれもかなりの傷を負っているが、その闘志は微塵にも揺るがない。
 余りに荒っぽく、粗雑なやり口は、精緻なイレギュラーズの作戦を瓦解させるにはほど遠く――けれどそれは敵とて同じなのである。

 イレギュラーズは懸命に戦い続けている。
 果てしないとも思える――けれど実時間としては、おそらく僅かな戦いの最中。
「──竜よ、名を聞きたい。俺はベネディクトだ」
 再び竜を傷つけたベネディクトが、声を張った。
 身体が動く限り、例え四肢が潰れようとも最後まで戦い抜く所存ではある。
 だがこんなものと対峙する中、最後まで立っていられる保証など、どこにもありはしない。
 ならばこそ、竜と戦った勲しを心に刻みたい。戦士の矜恃が、そう思わせたのだ。

『我ガ名はアウラスカルト――嶺脈ヲ覇スル金竜ナリ。忌々シクモ認メヨウ、矮小ナル人間共ヨ。汝等コソ、我ガ身ヲ傷ツケルニ値スル真ノ勇者デアルト』
 そして『彼女』は悠々と翼を開き、更なる言葉を続けた。
『我ガ胸ノ奥ヘ、汝等ノ伝承ヲ刻ンデヤロウ――トコシエニ』
「来るよ、気をつけて!」
 茄子子が叫ぶ。
 突如、無数の魔方陣が宙空に光り輝いた。
 漆黒のゲートが開き――飛び込んできた『それ』を観測出来た者が居たのだとすれば、おそらく星界を彷徨う小さな欠片であると認識しただろう。
 超高速の飛翔体は大気を焼きながら、足元に広がる広大な超硬セラミックへ吸い込まれ――光が満ちた。

 爆風が吹き荒れる。
 それは攻撃と呼べる代物ではなかった。
 殺戮ですらない。破壊であり、災害である。
 けれど誰一人、まだ膝を屈した訳ではない。
「だからそれだって、こっちの台詞さ。答えは変わらない。刻んであげるよ、記録簿にね!」
 ゼフィラが親指を立て、口元の血を拭う。
 爆風と炎が吹き荒れる中で、横目に仲間達の姿を確認し、ゼフィラはすぐに癒やしの術式を紡いだ。
「もうなんか隠れる意味も微妙になってきましたが、特に僕なんかは」
 軽口を叩いてみせるベークに、ベネディクトとルーキスが唇の端を微かに釣り上げた。
「まだだ。まだ終わらん」
「見せてやるさ。あのデカブツに、必ず」
「本当ですよ。服だって焦げちゃいますし。もう一発と言わず何発でも撃ち込んでやりますよ」
 しにゃこが畳んだままの傘を振り、そして構えた。今一度放たれる、弾丸。
「怖くないものは、怖くないんだよ。いつだって会長には分かってる」
 燃えさかる炎の中に立ち、ジェックを守る茄子子の赦免の言霊は、その全てを凌ぎきらせている。
「……ありがとう」
 仲間が紡ぎ続ける勝機の細い糸を、繋ぎとめ続けるために、ジェックは再びトリガーを引いた。
 この戦場におけるジェックとベネディクトは、一行にとって最大の牙だ。
 最後の刃、その一振りとなる存在を、まだ倒させる訳にはいかない。
『汝ノ術カ……ナラバ、消エヨ』
 茄子子の足元に小さな魔方陣が開き、纏う夢見るホサナが消滅する。
 その術式は周囲の瓦礫までも瞬時に光へ変え――けれど茄子子は無事だ。
『人ノ身デアリナガラ、我ガ消滅ノ術式ヲ撥ネ除ケルカ』
「そうかもね、うん」
 万が一に直撃していたら、ひょっとして命が消えていたようにも思える。
 だが生きているのならば幸いだ。
「古竜語魔術(ドラゴン・ロア)。流星、そして消滅ですか」
 リースリットの視線は厳しい色彩を帯びていた。
 さながら正統派の大魔術にも似ており、この竜はそれを詠唱なしで行使する。
『コレガ、人トイウ生キ物――ダトイウノカ……』
「ええ――私達がヒトです。良く覚えて帰りなさい」
 リースリットの紡ぐ美しい術式が、燃えさかる周囲ごと竜を凍てつかせる。
 熱に解けた轍がガラスのようにつるりと乾いて、すぐにひび割れた。
 その身を包んだ氷こそたちどころに砕けるが、しかし着実に傷は刻まれている。
「帰れるのは、生きていればだがな。ほら、その目は節穴か? こちらがガラ空きだ!」
 ルーキスの二刀が竜鱗を駆け抜け、血花を咲かせる。
 こうして傷を負うのだから、殺せる。
「この世に『完璧な生物』など存在しない」
 相手がどんな化物であったとしても、ルーキスにとって、その事象だけは揺るぎない真実。
 丁寧な基礎こそ生きる。傾向を掴み、弱点をあぶり出してやるのだ。
「ワシとて、その『人』というものなのじゃよ。街は壊せるのにワシを倒せないのかね?」
 振るわれる暴風の如き爪を盾に受け、オウェードの両足が床へ轍を刻む。
 その両手に栄光を――揺るがぬ闘志を胸に、その斧を横薙ぎに振るい抜いた。
 対城技とすら称される強烈な一撃が、アウラスカルトへ更なる傷を刻み――


 竜の魔術に一棟のビルが消し飛んだ。
「練達にもR.O.Oにもたくさん友達がいるの」
 爆風の中で、けれどセララは立ち上がり生命の水を一息に飲み干した。
「全員が大切で、ドラゴンを敵にして命懸けの戦闘をしてでも守りたいものなんだ」
 ――だから絶対に守ってみせるよ。全てを守る、その想いを刃に込めて!
「ギガセララブレイク!」
 雷鳴が轟き、斬撃が迸る。
「へへへ、高く売れますねぇ!」
 鱗の破片を傘の上でころころ回し、同じくアクアウィタエを飲んだしにゃこが笑った。
「金ぴからしく、ちゃんとお金にかえてあげますから!」
 うそぶくしにゃこが放つ弾丸が描く軌跡へ合流し、正確無比に追うように、ジェックの弾丸もまた寸分違わず『完全に同じ場所』へ吸い込まれていった。ルーキスとオウェードの一撃もまた、立て続けに同じ箇所――即ち竜の翼、右翼の根元を傷つける。
「なんのこれしきぃ! そのままもぎ落としてやりますよ!!」
 ベークの毒撃も重なり、微かに腐食しつつある。その身は、ただ甘いだけの香りではないのだと。
 そうしたら、最後は首だ。

「貴方は強い。けれど、貴方より強いものを私達は知っています」
 リースリットが今まで知る大半の魔種をすら上回るだろう。
 だが冠位や滅海竜を初めとする、数々の強大なものと戦ってきたのだ。
 絶対の死線とは、比べるべくもない。
 正攻法などとりようもない以上は、違いなど、ただ兵数が少ないだけだ。
 ある種において最悪の論法は、時に最善に勝るが、好む使い方ではあり得ない。
 けれど、それでも。
「成せばなるとか、そんな『体育会系』って、生理的に無理なんですけど。デスマってると、頼るしかないとこもあるかもっていうか」
 ほむらが言った。
「誇り高き竜よ。『人の力』――取るに足らないものかどうか、その身に刻んで問うてみなさい!」
 西風の息吹を纏い、束ね、あり得べからざる幻想さえ纏いながら。微かに時間さえ歪むコマ送りの視界の中、リースリットはシルフィオンを刻み続ける。
 荒れ狂うほどの暴威は、竜の一撃さえ上回る極撃であった。

 竜は逡巡していた。
 形勢を立て直す瞬間を狙っていた。
 翼がこれ以上傷つく前に、一度下がり、それから――
「ボクらとの真っ向勝負が怖いのかな? ドラゴンなのに臆病で心が小さいんだね」
 セララの挑発に、アウラスカルトが、吠えた。
 茄子子の天啓が伝えたものは、再び、流星。
 握りしめた覇竜の導きを胸に押し抱き――
「私がR.O.Oで学んだのは! 命の張り方と! 『竜の気を引く方法』だ!」

 ――分かってるよ、死んだら終わりだなんて。
   でも、練達が無くなったら私はどの道終わりなんだよ!
   だったら! ここで死力を尽くしてやる!!

 奇跡さえ願い、叶わずとも成し遂げる。
「こっちを向けよアウラスカルト! 私が餌だよ!!」
 目配せ、そして微笑み。
 今だよ、急所を狙って竜殺し達――と。
「任せておくんじゃよ! 耐えられるか、偽竜鱗!」
「よく見ておけよ金嶺竜。これが『人間の意地』だ!」
 流星が駆け抜け、茄子子を中心に再び爆発を起こした。
 オウェードとルーキスが倒れ、茄子子の赦免の言霊が砕け散る。
「ひぃすいやせん! 虫けららしく地を蠢いてますぅ!」
「メテオ、ディスインテグレート、フレアフレア、メテオって、ラスボスじゃないんだから……」
 満身創痍のしにゃことほむらもまたついに倒れた。

 再び魔方陣が幾重にも輝き始める。
 万事休す。
 そう思われた。
 だがイレギュラーズの牙は失われていなかった。
「――勝つ為ならば、どんな手段だって使ってやるさ」
 呻くように、けれど凄惨な笑みと共にルーキスは言ってのける。
 オウェードとルーキスが守り抜いたもの――それは。

「矮小な存在だと、脆弱な生き物だとお前は思うのだろう。だが、俺はそんな人間が嫌いじゃない──だからこそ、俺は全力でお前に立ち向かえる!」
 これ以上の被害など、断固として拒絶してみせる。
 閃光を纏うベネディクトの足元が波紋のように三度砕ける。
 最後の踏み込み、その槍技『絶刺黒顎』が竜を深く穿つ。

(この一発が勝負を分けると、アタシは知っている)
 無垢な白雪を思わせる、その繊細で美しい指先が、ふたたびトリガーに触れた。
 お守りのように指を清めたひとしずくだけが、妙に心地よい。
 左肩なんてとっくに動きやしない。
 右だってあやしい。
 だったら――ジェックは瓦礫に銃身を固定し、身体を埋めるように預けた――こうすればいい。
 守り抜いた、己が指と瞳。それから一本の金属筒こそ強欲の牙。
「この国に残った灯を──こんなところで消させはしない」

 ベネディクトとジェック。
 二重の、そして最大最強の一撃に、竜が咆哮する。
 それは人に例えるならば絶叫であり、もはや悲鳴ですらあった。

 ――こんな筈ではなかった。
 彼女は、アウラスカルトは、生まれて初めて恐怖という感情を知った。
 恐ろしかった。まるで理解できなかった。
 巣穴の小さな兎共が、窮鼠猫を噛んだのだ。
 それもとびきり強かに、生命さえ危ぶまれるほどに。
 竜は尾を振るい、傷ついた翼を広げ、傾いだまま不格好に舞い上がる。

 もう一度、もう一撃だけでも。
 間に合えよと聞こえたのは、誰の声か。
「絶対に、逃がさない」

 ――逃げる? 誰が? このアウラスカルトが!?
   馬鹿を言え!

 竜の心を駆け巡る怒りは、けれどはじめての感情を打ち消せずにいた。

 イレギュラーズ達とて、もうほとんどの者が立ち上がれない。
 幾重の奇跡さえ願い、されど届かず。
 それでもイレギュラーズ達は、背を向けた飛び去る竜へ最後の猛攻を続ける。
「勝ったよ、ボク達は」
 剣を杖にセララが立ち上がる。
 街の被害とてわずかこの一角に過ぎず、相当数の人命を守り抜いたのは明らかだ。
 この『作戦』は失敗かもしれない。しかしこの『戦い』は、まごう事なき勝利。

 飛び去るあの生き物は、金嶺竜アウラスカルトは――
 まるで喧嘩に負けて逃げ去るどら猫のように、ひどく哀れにも映った。

成否

失敗

MVP

黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風

状態異常

ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)[重傷]
泳げベーク君
セララ(p3p000273)[重傷]
魔法騎士
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)[重傷]
紅炎の勇者
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)[重傷]
夜明け前の風
ジェック・アーロン(p3p004755)[重傷]
冠位狙撃者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)[重傷]
戦輝刃
楊枝 茄子子(p3p008356)[重傷]
虚飾
しにゃこ(p3p008456)[重傷]
可愛いもの好き
ルーキス・ファウン(p3p008870)[重傷]
蒼光双閃
オウェード=ランドマスター(p3p009184)[重傷]
黒鉄守護

あとがき

 依頼お疲れ様でした。

 結果こそ難易度なりではありますが、相当に良好な成果だと思います。
 名声はHARD成功を基準に加算しています。
 ここまでの戦いぶりに悪名なんてつくものかよ。
 まずは深く傷ついた身体を癒やしていただければ幸いです。

 MVPは今回の作戦のキーとなった方へ。

 それでは、また皆さんをのご縁を願って。pipiでした。

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