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シナリオ詳細

病の帳が下りた日

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●病に侵された村で
 畜生、と少年は呟いた。
 体のあちこちに擦り傷をこさえていて、けもの道を、道なき道を、強引に突っ切ってきたことが分かる。
 少年の服は、薄汚れた襤褸衣だった。その襤褸は、この森を突っ切ってきたからというわけではなく、もうずっと前から、そのようにボロボロの衣服を着ているのが見て取れるだろう。

 少年の名は、小太郎と言った。見ての通りに、貧乏な生活を送っていた。
 齢は15,6ほど。もっと小さいころに両親は流行病で死んで、天涯孤独の身だった。
 暮らしは貧しい。それは、村全体がさほど裕福な方ではなかったからしょうがないのだが、子供のみ一人の彼は、ことさらに貧しかった。
 村で孤立していた、というわけではない。村人たちは優しかった。お互い貧しい中、可能な限り気にかけてもらっていた。だが、引き取って育ててやるほどの貯えも、村人たちにはない。が、関係は良好だったといえるだろう。特に隣の家のハナという娘とは、幼馴染のように懇意にしていた。
 慕っていた。恋愛感情というわけではない。元より天涯孤独の身。その環境が、小太郎を少しばかり、自己を卑下する性格にさせていたのだ。そも、ハナの隣に自分が立っているという想像すらできない。

 今年の始まりに、村に病魔がやってきた。それは、小太郎の両親の命を奪った流行病で、村人たちも何人もがその病に倒れていた。その中には、ハナの姿もあった。
「薬は無ぇのか」
 と、小太郎は、村の薬師に尋ねた。
「無ぇ……」
 と、薬師は申し訳なさげに言った。
「いや、実を言うと、あるにはあるんだ。村から少し離れたところに、森があってな。そこに薬草があるんだが」
「じゃあ、取りに行けば……!」
 小太郎が吠えるのへ、薬師は頭を振った。
「無理だ! あそこは妖よりもおっかねぇ……都の人達が言ってた、怪王種(アロンゲノム)ちゅうのがいるんだ!
 別の村の人間が、山菜取りの時に出会ってぶち殺されちまったらしい。
 あそこにゃ近寄れねぇ!」
「都のお役人は……」
「今討伐の準備だってんで色々やっちゃいる! だが、すぐにはこれねぇんだ! あろんげのむっちゅうのは、都の侍でもなかなか手を出せねぇらしい。それこそ、神使様でもなきゃ……」
「じゃあ、神使さまはいつ来るんだよ!」
「わかんねぇ……」
 薬師は項垂れた。
「わかんねぇんだ。この国も落ち着いたちゅうても、神使様たちだって暇じゃねぇ。よその国でも大騒ぎだってし、こんな小さな村の事、中々耳には入んねぇだろ……」
「じゃあ、黙ってハナが……村の皆が苦しむのを見てろってのか!」
 小太郎は叫んだ。
「薬師のおっちゃんだって、みんないい人だって知ってんだろ!
 ハナは、ハナん家のおじさんとおばさんは、俺の事をいつも気にかけてくれるんだ!
 隣のおっちゃんだって、畑仕事を手伝わせてくれて、手伝い賃だって小遣いをくれるんだ。
 おっちゃんだけじゃねぇ、皆、ただ施すだけじゃなくて、俺なんかをちゃんと、村の一員だって、仕事も分けて、それで……」
「分かってる……だが、どうしようもねぇ……」
 薬師がうなだれるのへ、小太郎は飛びあがった。
「どこへ行くんだ!」
「おれが取ってくる! 薬草を!」
 薬師が止める間もなく、小太郎は飛び出していた。

 それが、数時間ほど前の事だ。着の身着のまま飛び出して、薬師の家からかっぱらった薬草手帳を眺めながら、群生地を目指してひた走る。
 畜生、畜生、と小太郎は呟いた。
「どうして、病に倒れたのが俺じゃねぇんだろう。
 どうして、俺なんかが健康に過ごして、ハナや、村の皆が、病に苦しんでるんだ。
 おれが代わりに苦しんでやればいいんだ。
 おれが代わりに死んでしまえばいいんだ。
 どうして俺が……俺なんかが……」
 だが、もしこの分不相応な幸運に意味があるのならば。
「ここで命を張れって事なんだろう……バケモンにはらぁ食いちぎられても、首だけになったって、転がっててでも薬草を持って帰るからな……!」
 がさがさと音を立てて、道なき森の道を行く。
 ――だが、森の中には、そんな獲物の存在を敏感に感知し、舌なめずりをする怪物が――。
 怪王種(アロンゲノム)の姿が悍ましく蠢いていることに、彼はまだ気づいていない。

 あなた達、神使(イレギュラーズ)がその村を訪れたのは、件のアロンゲノムの討伐を、都より依頼されていたからだった。
 依頼が発布されたのはつい先日。出発し、到着したのもついさっき。すべて偶然。だが、これはまさに、神のいたずらか。あなたたちが村にたどり着いたのは、ちょうど小太郎が飛び出して、しばしの後のことだったのだ。
 村に到着したあなた達は、この村が病魔に侵されていることを、薬師の男から伝えられた。
「神使様方は、あろんげのむを退治しに来たんだろ?
 すまねぇ、どうか追加で……小太郎の奴を見つけて連れ帰って欲しいんだ!
 仕事を増やすことになっちまうが……頼む! あいつは村の仲間だ! こんな所でバケモンに殺されちまうのはしのびねぇ!」
 地面に頭をこすりつけて、薬師の男があなた達に懇願する。この想いを、むげにするわけにはいかないだろう。
「任せておけ、アロンゲノムの討伐も、小太郎の救出も、どちらもやり遂げて見せる」
 仲間がそういうのへ、あなたもまた、頷いて見せた。
 かくして、アロンゲノムの討伐と、少年を救うための戦いが、始まろうとしていた。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 アロンゲノムを倒し、少年と村を救いましょう。

●成功条件
 すべてのアロンゲノムを撃破し、小太郎を救出する。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●怪王種(アロンゲノム)とは
 進行した滅びのアークによって世界に蔓延った現象のひとつです。
 生物が突然変異的に高い戦闘力や知能を有し、それを周辺固体へ浸食させていきます。
 いわゆる動物版の反転現象といわれ、ローレット・イレギュラーズの宿敵のひとつとなりました。

●状況
 都にて、アロンゲノムの討伐を依頼されたあなた達イレギュラーズ。さっそく現場付近の村へと向かってみれば、何やら事情がありそうでした。
 詳しく話を聞いてみれば、流行病に多くの村人たちはダウンしており、薬である薬草が必要であるとの事。が、不運な事に、その薬草はアロンゲノムが現れた森に生えており、さらに間の悪い事に、決死の覚悟で薬草を獲りに、小太郎少年が森へと入ってしまったのです。
 元々アロンゲノムの討伐は、皆さんの仕事のうち。さらに、村人から小太郎少年の救出を依頼されたあなた達は、アロンゲノムの討伐、そして小太郎少年の救出を決意するのでした。
 作戦エリアになっているのは、深い森の中です。小太郎少年は、この森を、薬草の群生地に向かって進んでいます。薬草の群生の場所や薬草については、事前に村人から資料が渡されているため、大凡どこにあるか分かるものとします。
 また、同時に、この森には討伐対象であるアロンゲノムも徘徊しています。
 アロンゲノムの総数は、三匹。どれも強敵ですが、皆さんが力を合わせれば勝てない相手ではないはずです。

●エネミーデータ
 アロンゲノム・ハチガシラ ×1
  八つの頭を持った巨大な蛇です。蛇の妖が突然変異的に変貌したのでしょう。
  生命力が非常に高く、簡易な再生能力を持ちます。また、毒のようなBSも使ってくるでしょう。

 アロンゲノム・ケガレシシ ×1
  巨大な猪……ですが、その体毛の一束一束が意思持つ蛇のようにうねり、周囲を警戒する、キメラのような怪物です。
  見た目通りにスピードと、攻撃力に長けています。蛇の毛束にからめとられ、足止めのようなBSを付与されないよう気をつけましょう。

 アロンゲノム・ゲドウテング ×1
  下級の天狗のような妖が、突然変異的に成長した怪物です。飛行種のように見えますが、その顔は醜く歪んだカラスのようです。
  神秘属性の攻撃を多用してきます。風の術式による、出血を伴う遠距離攻撃にご注意。


 上記の三体は、それぞれバラバラに森の中を徘徊しているようです。
 別に共同戦線をとるほど協調性があるわけではありませんが、戦闘音が聞こえれば、そちらに集まる程度の知能はあります。


 以上となります。
 それでは、皆様のご参加と、プレイングを、お待ちしております。

  • 病の帳が下りた日完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年01月30日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ゴリョウ・クートン(p3p002081)
ディバイン・シールド
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
エステル(p3p007981)
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
ラムダ・アイリス(p3p008609)
血風旋華
希紗良(p3p008628)
鬼菱ノ姫
幻夢桜・獅門(p3p009000)
竜驤劍鬼
星芒 玉兎(p3p009838)
星の巫兎

リプレイ

●希望と絶望の交差する森
 薄暗い森の中を、イレギュラーズ達は駆ける。目標は、事前に知らされた薬草の群生地。
「中々広い森です」
 『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)が言った。事前に調べた情報によって、大まかなこの森の広さは確認している。
「薬草の群生地には、もう少し時間がかかります。
 ですが、森が広いという事は、此方にとっても利になります」
「アロンゲノムが広範囲に展開していて、一気に襲われる可能性が低い……ってことね?」
 『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)の言葉に、正純は頷いた。敵がどのような思考をしているかまでは分からないが、事前の情報から積極的に協力体制をとるタイプの敵でないという事は分かっている。その為、広い範囲に各々散っていると考えていいだろう。
「そう考えれば、最悪の事態……小太郎が三匹のアロンゲノムに襲われる、って可能性がぐんと減るわ」
「かしこみかしこみ申します。この地の精霊よ、森に入りし人の子の行方をどうかお示しください」
 祈る様にそう呟くのは、エステル(p3p007981)だ。ほう、と周りにほの明るい何かが浮かんで、何かを窺うようにふわふわと揺れた。エステルが2,3言口にすると、頷くように明滅する。それからすぐに、飽きたみたいに四方へとちって言った。
「やっぱり、この道を小太郎さんは進んだみたいね。人間一人来た、って精霊たちも言っていたわ。
 ジルーシャさん。そちらはどう?」
「さっき、小太郎に向けて飛ばした精霊ね?
 上手く見つけて伝えてくれると良いのだけれど、下級精霊は気まぐれだからね……」
「手段はいくつももって行くのがいいと思うよ」
 『咎人狩り』ラムダ・アイリス(p3p008609)が頷く。
「けど、怪王種がいるのに森に一人で向かった、なんてね?
 理由は分らないでもないけど、勇気があると褒めるべきか危険な真似はするんじゃないと諭すべきか……悩みどころだね?」
「勇気は称賛します。ですが……もし、その勇気が、自らの価値を貶めることで生まれていたのだとしたら――」
 正純が呟いた。
「……そうだね。教えてあげないといけないね。愛されているんだという事を」
 ラムダが頷く。あの薬師は、小太郎を助けてやってくれと懇願していた。それだけでも、あの村で、彼がどのような扱いを受けてきていたのか分かるというものだ。だが、小太郎が、自分がみなしごであるという理由で、その愛を受け止められないのだとしたら。
 教えてやらねばなるまい。彼はあんなにも愛されていたのだという事を。
 そうでなければ、小太郎にとっても、村の者にとっても、良い事にはなるまい。
 その時――ばさばさ、と、近くの草木が激しく揺れる音がした! 何か、巨大なものが走り寄ってくる気配!
「来やがったな!」
 『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)は声をあげると、その音のした方へ向けて反射的に飛び出した。同時、その身に包んだ鎧が、夜のような黒と赤に輝く。ゴリョウは高らかに両手を掲げた――刹那! なにか、巨大な小山のような岩のような、とにかく巨大な物体が、木々をへし折りながら突撃してきたのだ! ゴリョウは、その突撃を踏ん張って受け止める! ずどん、と大砲が撃ちだされたみたいな音が鳴り響いて、ゴリョウがその物体の足を止めて見せた――。
「ぶはははっ! この突進力! 猪だな!?」
 ゴリョウが不敵に笑ってみせる。果たしてその通りだ。巨大な猪のような怪物。その身体を包む体毛は、まるで蛇のようにうねり、此方を威嚇するように震える。
「ちょうどいい! こっちは、オメェさんを真っ先につぶしておきたかったんでな!」
 力強く、ゴリョウが殴り掛かる! 鼻づらを殴られたケガレシシがぶもう、と吠え、体毛を鞭のようにゴリョウへと打ち付ける! 鋭い殴打を、ゴリョウは鎧で受け止めた!
「はっ! 器用な猪じゃねぇか! 力も強い!
 オメェさんがアロンゲノムじゃなけりゃあ、大層身の締まったいい肉なんだろうが……流石にオメェさんを食ったら腹を下しそうだな!
 獅門! 攻撃頼むぜ!」
「おうよ!」
 『竜驤劍鬼』幻夢桜・獅門(p3p009000)が、破竜刀を抜き放ち、駆けた! 一気に距離を詰めるや、放たれたのは上下から放たれる、四肢の牙の如き連撃! 迫る四肢の牙が、ケガレシシの肉もろとも、体毛を斬り飛ばす!
「小金井殿。この子をお連れくださいますか?
 其方の状況をこちらで共有し、危険迫れば駆けつけましょうぞ」
 『鬼菱ノ姫』希紗良(p3p008628)が、正純の手に、小鳥を乗せた。それは、希紗良の召喚したファミリアーだ。
「こっちは任せて先に行け、って奴だ!」
 ゴリョウが叫ぶ。
「そういうわけです。此方は、キサ達で抑えましょう。
 いち早く、小太郎殿の救助を!」
 希紗良の言葉に、正純は頷いた。
「皆さん、行きますわよ!」
 『光華の導き手』星芒 玉兎(p3p009838)が声をあげた。
「戦闘音が響けば、他の敵も近寄ってくる可能性が高いです!
 その分、小太郎の身に危険が迫りますわ!」
「同感だね。小太郎を見つけて、すぐに戻って来るよ」
 ラムダの言葉に、希紗良は頷いた。
「ご武運を!」
 正純が声をあげて、先行する仲間達と共に走り出す。残されたのは3人。ゴリョウ、獅門、希紗良だ。
「ゴリョウ! 足止め頼むぜ!
 希紗良、なるべく早く食らいつくすぞ!」
「承知!」
 獅門、そして希紗良が、お互い獲物を抜き放ち、ケガレシシへと接敵する! 獅子の牙。そして鋭き殺人剣の刃。二振りの剣閃が奔り、左右からケガレシシの肉を抉る。腐ったような、穢れたような肉が飛び散り、泥のような血液を吹き出す! 轟! ケガレシシが吠える! 周りの体毛は触手や蛇のようにのたうち、獅門と希紗良へと襲い掛かった!
「しゃらくせぇ!」
 獅門は刃を大きく振るい、それらを一気に切断せしめる! 一方、希紗良は速度を重視した動きを見せた。幾重もの刃を振るい、体毛を次々と斬り飛ばす。
「怪王種。人と同じく、属性が『反転した』存在……。
 元は心優しき生き物だったのかもしれませぬが……。御免」
 アロンゲノムへと変貌しては、もはや殺すしかないのだ。希紗良はしっかりと相手を見据えると、2人で再び刃と共にケガレシシへと斬りかかった――。

●君がいたから
「よし、これくらい集めれば……!」
 袋に大量の薬草を詰める小太郎。群生地に到着していた彼は、既に薬草の採取を終えていた。もちろん、素人目故に、専門家から見ればすぐにわかる様な雑草迄混じっていたが、それでも、村の者に応急手当てをするには充分なほどの薬草が、袋の中に詰まっている。
「あとは、これを持って帰れば!」
 袋を背負って、立ち上がる――が、そこに、上空から飛来する人の影があった。黒い翼をもつ、飛行種のようなシルエット。だが、よく見てみれば、その顔は醜く歪んだ鴉のような、獣のような顔をしていることに気づいただろう。
 小太郎も、本能的にぞわっとした感覚を覚える。目の前にいるのは、おそらく天狗であろう。だが、こんなにも、相対するだけで邪悪だとわかるような天狗などは、小太郎も見たこともきいたこともない。
「あ、あろんげのむ、ってやつか……!」
 小太郎が呻く。恐怖が、からだを這っていた。アロンゲノム・ゲドウテングは、ぎひひ、と下卑た笑いを浮かべる。獲物を見つけた獣の笑み。
「く、くそっ!」
 小太郎は走り出した。そのわきを抜けるように――だが、突如巻き起こった竜巻のような烈風が、小太郎の身体を強く押し倒した。
「あっ!」
 悲鳴と共に、地面に倒れる小太郎。痛みに顔をしかめれば、先ほどの風で斬ったのだろう、足元からどくどくと血が流れている。
「畜生……! 誓ったんだ、命に代えても、薬草を持って帰るって! その為なら、俺がここで死んでも……!」
 小太郎は呻いた。力強く這うように動く小太郎を、ゲドウテングは嘲笑するように見下ろしていた。やがて、その手にした軍配を振るうと、再び風が巻き起こる。この烈風に飲まれれば、おそらく全身を切り刻まれて小太郎は死ぬだろう。でも、だとしても……!
「あきらめたくねぇ! ハナや、村の皆を、助けるんだ……!
 そのためなら、俺なんかはどうなったっていいのに……!」
 轟、と風が巻き起こる。万事休すか――そう、小太郎が覚悟した刹那。
「前半は同意するわ。
 でも後半は考え直すべきよ」
 声が、届いた。同時、吹き荒れる烈風! だが、それを受け止めるように、小太郎の前に一人の影が立ちはだかっていた。
「あ、アンタは……?」
「神使(イレギュラーズ)。私はエステルよ」
 ゆっくりと、大剣を振り払う。烈風が打ち消されるみたいに、消滅した。ガァ、とゲドウテングが鳴く。
「言いたいことがありますけれど、ひとまずは下がって。まずはここを突破するわ」
 エステルがかけた。同時、大剣を翻すように振り払う! ゲドウテングは、手にした軍配でそれを受け止める。エステルは、その体験を振るい落とすように、体ごとくるりと回転した。勢いをつけて、ゲドウテングから距離をとる――間髪入れず、飛び込んできたのは強烈な魔力の奔流! よけきれぬゲドウテングに、魔力の奔流が――正純の破式魔砲が突き刺さる!
「その名の通り、外道に堕ちたようですね。
 罪なき子を甚振って楽しむとは」
 ぎり、と正純が奥歯をかみしめた。怒りを表すかのように、魔力の奔流はさらに強く巻き起こる! ギャア、と鴉のような鳴き声をあげて、ゲドウテングは飛んだ。怒りを表すように再度鳴き声をあげ、軍配を振るえば、見えぬ刃、かまいたちのそれが正純へと迫る。正純は手をかざしてそれを受け止めた。体のあちこちに、鋭い傷が奔り、血がしとどに流れ出す。
「こちらですわ、外道の者!」
 玉兎が、手にした霊刀を振るう。同時に、その奇跡を追うように中空に星々が浮かぶや、一気に解き放たれた! リリカルスター、星々のきらめきが外道を穿ち、その意識を玉兎に意識を向けた。
「今のうちに、治療を!」
「ええ、任せなさい!」
 ジルーシャが頷いた。小太郎に駆け寄り、背に庇うようにしながら、その足元を見た。
「ひどい出血ね。でも、泣かないのはえらいわ」
「お、俺だってもうすぐ成人だぞ!」
 強がってそう言う小太郎に、ジルーシャは微笑む。
「そうね、ごめんなさい。
 少しだけ我慢して頂戴」
 ジルーシャが深津の術式を編み上げ、小太郎の傷に送り込んだ。みるみる言えていく傷――治療しながらも、ジルーシャは声をあげる。
「さっき、俺なんかはどうなってもいい、って言ったわよね?
 いーい? これからは、俺なんか、なんて言ったり無茶したりしないこと!
 ハナちゃんも、皆も、アンタを大切に思ってるの。折角元気になっても、アンタが死んだり大怪我なんてしたら、すっっっっごく悲しむわよ!」
「そんな、だって俺は……」
「貴方は、自分の価値を見出せないのかもしれない。
 でも、私達に貴方を助けるようにいらしてくれたのは、村の人。薬師の方です」
 正純が、少しだけ微笑んで、言った。
「間違えないで。貴方は愛されている。
 貴方が村の人達を大切に思うように、貴方も貴方自身を大切に思ってあげてください」
 正純の言葉に、小太郎は目を丸くした。そんな風に思ったことは、一度もなかったのだ。でも、思い返してみれば、村の人達はいつも優しかった。それは、自分を、ちゃんと大切に思ってくれていたという事だ。
「俺は……思い違ってたのか……?」
「それが分かれば、いいんじゃないかな?」
 ラムダが機械刃を構えて、頷いて見せた。
「さて、時間をかけてられない。トドメと行こう、エステル!」
「ええ!」
 エステルが大剣をかざして、振り下ろした。放たれた不可視の悪意、その一撃が、ゲドウの軍配を吹き飛ばす。ゲァ、とゲドウは鳴いた。同時、ラムダは一息に接敵――。
「我、無念無想、無我の境地に至れり……振るわれたる刃に映りしは物言わぬ骸、黄泉路に手向けるは緋の花弁……彼岸花」
 必殺の一撃は、まさに彼岸花を思わせるほどに鮮やかに。振るわれる剣閃が、外道を切り裂く! ギャ、という甲高いそれが、外道の断末魔となった。地に倒れ伏したゲドウが、砂のように散って消えていった。
「よし、ひとまず順調ね」
 ジルーシャが頷いた。
「無謀の対価は高く付きますよ。少年」
 エステルが、淡々と、小太郎に告げる。
「守りに手数を割いて、結果として彼らを倒すのに少しの時間がかかりました。重症者はその少しでも死が迫る。わかりますね?
 蛮勇は程々にするよう、反省をお願いします」
「あ、ああ……ごめんよ」
 その言葉に、エステルはこくり、と頷く。
「さて、説教はここまで、では貴方が何をするべきだったかというと、薬の調合法を学んでいれば良かったのです。
 貴方と薬師は病に倒れてないので、薬師が万が一倒れても貴方が調合すれば良く、二人で調合出来れば2つの薬が早く病人に回るので」
「……考えたことなかったよ。俺も、医者みたいなこと、できるのかな?」
「必死に学べば。貴方なら、それも可能でしょう」
 エステルが頷く。小太郎も、目が覚めたみたいな表情で頷いた。
「まずいですね。彼方が、残りのアロンゲノムと接触したようです」
 正純が言う。
「なら、はやく向かわないといけませんわ! 急ぎましょう!」
 玉兎の言葉に、仲間達は頷いた。
「傷は治したけど、まだ歩けないでしょ?」
 ラムダが、小太郎に言う。
「おんぶするよ。行こう」
 場違いとは分かれど、大人の女性のような姿のラムダに触れることに、小太郎は少しだけ顔を赤らめた。

●可能性を繋ぐ者たち
 一方、ゴリョウ、希紗良、獅門の三人は、何とかケガレシシを撃退したものの、ボロボロの状態で残るアロンゲノム、ヤツガシラと遭遇することとなっていた。凶悪な牙を持つ八つの頭、そして猛毒が、三人の体力を徐々に削っていく。
「ぶははっ! まだいけるか、ご両人!?」
 ヤツガシラの前に立ちはだかりながら、ゴリョウは叫ぶ。
「おう! あの小太郎ってのも頑張ってたんだろ!? 俺がこんな所で倒れてちゃ、かっこがつかねぇよな!」
 にやり、と獅門が笑う。
「キサたちは、小太郎殿の希望を繋げに来たのです。ここで諦めたりはしません」
 希紗良もゆっくりと頷く。
「よし! もうひと踏ん張り行くか!」
『応!』
 ゴリョウの言葉に、2人は頷いた。奮戦を続ける三人。とはいえ、流石に消耗は激しく、じりじりと追い詰められていく――。
「ごめんなさい! 遅くなったわ!」
 そんな時、ジルーシャの声が響いた! 仲間達の合流が間に合ったのだ!
「小太郎、近くに隠れててね?
 三人はいったん下がって治療して!」
 小太郎を背中からおろしたのちに、ラムダはヤツガシラへと相対する。八つの頭が、棍棒のように振るわれ、ラムダに打ちおろされた。ラムダはそれを回避しつつ、機械剣でその首を斬り落として見せる! だが、そこから徐々に、新しい頭が生えてくるのが分かる。
「再生能力ですのね! あまり時間をかけていては、此方が不利になりますわ!」
 玉兎が叫ぶ。
「これで最後よ。出し惜しみなし、一気に決着をつけるわ!」
 エステルは三人の治療をしつつ、叫んだ。仲間達が頷く。もはや憂いは無い。
「一斉攻撃で行くわよ!」
 ジルーシャが叫んだ。同時、その手を強く突き出す。途端、足元のジルーシャの影が波打つや、内部から現れる黒き獣。それが高らかに吠え声をあげると、ヤツガシラに向って突撃! その影の牙を、深々とヤツガシラの弱点に突き立てる! シャア、とヤツガシラが悲鳴をあげた! 同時、もう一匹の獣――天吠える狼が、ヤツガシラの身体へと突き刺さる! 正純の放った、天狼星の一撃だ! 正純は、天星弓から矢を放った体勢のまま、静かに呟いた。
「魔に魅入られた妖よ、どうかこのまま静かに眠りなさい」
 イレギュラーズ達の猛攻が、ヤツガシラを穿つ! 再生するならすればいい、それすら許さぬ怒涛の一撃で、回復など間に合わぬほどに叩く!
「うっしゃ! トドメは俺達が貰うぜ!」
 傷口をふさいだ獅門が叫んだ。同時、破竜刀を振りかざし、突撃! それに希紗良が静かに追従した。一気に接敵するや、放たれる斬撃! 獅子の牙と殺人剣閃が、閃いた。それは、ヤツガシラの頭を斬り飛ばし、胴体の心の臓を、確かに噛み砕いた――。
 きしゃあ、と声をあげて、ヤツガシラが倒れ伏す。わずかに動いたのちに、泥のように身体がとけて地に染みていく。
「す、すげぇ……あのバケモノたちを……」
 小太郎が感心した声をあげる。
「無事なようでありますね」
 希紗良が安堵したように微笑んだ。
「おお、お前が小太郎か! どうだ? お前も体を鍛えろ! 筋肉は大体のモノを解決するぜ!」
「もう、それもいいけど、今は村に戻りましょう?」
 ジルーシャの言葉に、ゴリョウが頷いた。
「おう! 病人がいるんだからな!
 帰ったらうまい卵粥を作って振る舞ってやろうって予定なんだ!」
 ぶはは、とゴリョウが豪快に笑う。小太郎はイレギュラーズ達に、何度も何度も頭を下げた。
 薄暗く感じた森は、魔の者が消えたせいか、どこか穏やかな雰囲気を取り戻したような気がした。

成否

成功

MVP

希紗良(p3p008628)
鬼菱ノ姫

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 皆さんの活躍により、小太郎少年は救われ、アロンゲノムもせん滅出来ました。
 また、小太郎少年の持ち帰った薬草のおかげで、村の病人たちも、何とか危機を脱したようです。
 あとは都から医者が到着してからの治療になりますが、悲しい結末には決してならないでしょう。

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