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シナリオ詳細

<ディダスカリアの門>青髭の鶏鳴

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●会談
 アドラステイア、中層。今なお謎深きこの自称独立都市には、下層の惨状からは想像もつかぬほどに、良く整えられた町並みが広がっている。
 その一角にある、とある豪奢な屋敷である。幻想貴族――バスチアン・フォン・ヴァレンシュタインの持つこの屋敷に、彼はあまり姿を見せることはなかったが、しかし今日という日に限って言えば、珍しくも屋敷の椅子に身を沈めているのが見えたはずだ。
 バスチアンの応接室には、一人の女の姿がある。聖職者然とした姿。この地にてマザー・カチヤと呼ばれるその女は、静かに頭を垂れて見せた。
「……以上が、オンネリネンの昨年度における活動実態です」
 バスチアンが、差し出された資料を鬱陶しそうに見ていた。
「昨年、巨人とミーミルンド共が蜂起をした際に、アドラステイアやオンネリネンの兵隊が幻想に来ていたのを知っている」
 うっそりと、バスチアンが声をあげた。
「そうでなくとも……オンネリネンの活動実態は各国にわたるようだな。
 あえて聞くが、幻想国を敵に回すつもりか?」
「そのようなことは」
 カチヤは空とぼけるように言った。
「あくまで私共は傭兵業でありますので。クライアントの意向によっては、そう言ったものに雇われることもありましょう」
「私は別に、貴様らのパトロンでもクライアントでもない。貴様らの直接のクライアントは……新世界のソフィーとか言う女だったか」
「はい。イコルによる洗脳を除いた、綺麗な戦力をご所望でありますね」
「外様の立場から貴様を呼びつけた意味が解ろうというものだろう?
 バイラムもそうだが、貴様らは無秩序に過ぎる。
 理解しろ。私は『新世界に出資はしているが』、『アドラステイアに出資をしているわけではない』」
 怒気を含めたバスチアンの言葉に、カチヤは深く頭を垂れた。
「私の目的は、あくまで『旅人共の排除』だ。アドラステイアには、旅人の子供共もいるようだな。
 そう言った意味では、私にとってはこの都市もまた排除対象であることを忘れるな。
 貴様のような愚か者にもわかる様に、言葉にしてやろう。『私を敵に回すな』。以上だ」
「肝に銘じます」
「下がれ」
 バスチアンの言葉に、カチヤはゆっくりと一礼をすると、退室する。バスチアンは忌々し気な表情でそれを見やってから、しばし、窓の外を眺める。
 アドラステイア。少数の大人と多数の子供達で構成された、歪な都市。新たな信仰を謳い、新たな救いを騙る欺瞞の都市。
 新世界という、旅人(ウォーカー)の排除を目論む集団による出資先の一つが、このアドラステイアである。必然、新世界の構成員五して出資者であるバスチアンにとっても、ここは縁のない場所というわけではない。こうして別宅を用意されている以上、アドラステイアにとっては、重要な人物に置かれていることは明白だろう。
「だが……些かやり過ぎているな? アドラステイア……」
 バスチアンが吐き捨てるように言った。自身も言ったが、先般の幻想におけるミーミルンド派の動乱に便乗し、アドラステイアの手のものと思われる集団が幻想を襲撃したことは分かっている。また、資金調達のためか、各国に傭兵を派遣し、それが結果として幻想国への攻撃になっていることも、バスチアンは理解している。
 窓の外にて、従者を伴い屋敷を去るカチヤ――アドラステイアの傭兵部隊、オンネリネンの首魁の背を見やりながら、バスチアンはぎり、と奥歯を噛んだ。
「忌々しい……そろそろ切り時かもしれんな……」
 そう呟く声を、今は誰も聞いていない。

●中層へ
「もしかしたらだけど……中層に向かう手立てがあるかもしれない」
 と、イレギュラーズ達にそう告げたのは、かつてイレギュラーズ達が交戦し、保護した『オンネリネンの子供達』の一人である、ヨエルという少年だった。
「本当か? 詳しく話してくれ」
 と、イレギュラーズの一人がそういうのへ、ヨエルはゆっくりと頷いた。
「ぼくは噂位にしか聞いてなかったんだけど、中層に向かう秘密の通路があるんだ、って聞いた。
 最近、ローレットの皆は、ぼくの家族(オンネリネンのこども)達を助けてくれたよね。保護してもらった子達に聞いたら、実際にその秘密の通路を見たことがある、って子が居たんだ」
「そこを使えば、中層に行けるの?」
 イレギュラーズの一人がそう尋ねるのへ、ヨエルは頷いた。
「でも、いつまでもその通路を、放っておいてくれるわけがない。使えるとしたら、一度だけだと思う。
 見張りもいるだろうし、最悪、塞がれちゃうだろうしね」
「でも、一度でアドラステイア中層を攻略できるとは思えない」
 イレギュラーズの一人がそう言った。
「できれば、継続的に潜入するための手段が必要なんだ……」
「だが、わざわざ伝えたという事は、何らかの手段があるんだな? 小僧?」
 ヨエルの保護者である、Tricky・Stars(p3p004734)の稔がそういうのへ、ヨエルは頷いた。
「中層に継続的に侵入するなら、『通行証』が必要になるんだ。持ってる人は限られるけど、話によっては、くれる人の目星はついている。
 以前ティーチャーの話を聞いたんだけど、アドラステイアにお金を出してる、どこかの国の貴族がいるんだって。
 名前は、バスチアン、って言う事だけ聞いてる。年に一度、この時期に、アドラステイアに何日か滞在するんだ。
 そのバスチアンって言う人は……正直、アドラステアを良く思っていないらしい」
「正義の味方……ってわけじゃなさそうだな。じゃなきゃ、アドラステイアに出資はしねぇだろうさ。
 悪党どもで利害が対立して、アドラステイアを良く思ってないって所か」
 キドー (p3p000244)がそう言いつつ、ふむ、と頷いた。
「つまりガキんちょ。アンタは、『一回こっきりの秘密の通路を抜けて中層に潜入、何とかしてバスチアンとやらの屋敷に向って、協力を取り付けて、通行証を手に入れる』、これをやれって事か?」
「難しいかもしれないけど……」
 というヨエルに、キドーは笑った。
「おいおい、俺たちを誰だと思ってる。楽勝だぜ」
「そうだな。中層につながる第一歩だ。確実に成功させよう」
 稔がそういうのへ、仲間達は頷く。
 かくして、アドラステイア中層を巡る戦いが、始まろうとしていた。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 アドラステイア中層への潜入を行います。

●成功条件
 バスチアン・フォン・ヴァレンシュタインと接触、交渉し、『中層への通行証』を手に入れる。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●状況
 アドラステイア、中層。
 未だ未知のその場所へ、侵入する機会が訪れました。
 下層より繋がる秘密通路を抜けて、中層に侵入。バスチアンと接触し、通行証を手に入れてください。
 バスチアンは、『アドラステイアの黒幕である『新世界』に出資しているが、アドラステイアそのものに関しては興味がなく、むしろ幻想国に攻撃を仕掛けてきたなどで不快感を感じている。また、生粋の旅人(ウォーカー)憎悪者であるバスチアンは、そもそも旅人(ウォーカー)の子供も存在するアドラステイアを不快に思っている』ので、この辺をつけば交渉は容易かと思われます。
 バスチアンの屋敷の場所の情報は、皆様にもたらされているものとします。つまり、道に迷う事はありません。
 重要なのは、秘密通路と、中層街、そしてバスチアンの屋敷での振る舞いと、戦闘になった際の行動、くらいになるかと思われます。

●エネミーデータ
 現在でどのような敵が存在するかは不明ですが、アドラステイアで遭遇しそうな相手は、以下のような相手です。

 聖獣
 いわゆるモンスター枠です。神聖さを感じさせる様々な形状をしていますが、実体には悍ましい所業の果てに、からだを変質させられた子供達の成れの果てです。
 このシナリオでは、基本的にリーダークラスの敵として戦力設定されます。集団のボス、くらいの感覚でいいでしょう。
 中層街にはあまり見かけませんが、下層秘密通路で遭遇する可能性は高いです。

 オンネリネンの子供達
 いわゆる一般兵士枠です。アドラステイアの子供たちだけで構成された、傭兵部隊。大人顔負けの剣術や魔術で戦います。
 このシナリオでは、ボスの取り巻き、くらいの戦力設定をされています。集団敵、くらいの感覚でいいでしょう。
 中層街にはいませんが、下層の秘密通路では高確率で遭遇します。主な敵は彼らになるでしょう。

 聖銃士
 少し強力な人間敵です。アドラステイアの子供たちのうち、多くキシェフのコインを集めたりや魔女狩りを行い、出世した子達。
 下層にはいませんが、中層街、およびバスチアンの屋敷では遭遇する可能性があります。
 聖獣ほどではありませんが、やや強めの敵として設定されています。

●交渉対象NPC
 バスチアン・フォン・ヴァレンシュタイン
 『新世界』なる集団に所属・支援を行う、旅人(ウォーカー)憎悪者の幻想貴族。シナリオ開始時点では、彼がどこの誰なのか、その身分は不明です(なので、現在居場所が確実である本シナリオで接触する必要があります)。
 前述したとおり、『アドラステイアの黒幕である『新世界』に出資しているが、アドラステイアそのものに関しては興味がなく、むしろ幻想国に攻撃を仕掛けてきたなどで不快感を感じている。また、生粋の旅人(ウォーカー)憎悪者であるバスチアンは、そもそも旅人(ウォーカー)の子供も存在するアドラステイアを不快に思っている』というスタンスなので、交渉自体は、そのあたりをつけば容易かと思われます。
 過剰に敵対する姿勢を見せたり、攻撃を加えたりはしない方がよいでしょう。
 彼は悪に属性される人間ですが、今はそれを飲み込んで、利用した方が良いです。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。

  • <ディダスカリアの門>青髭の鶏鳴完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年01月25日 21時35分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
志屍 志(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業
Tricky・Stars(p3p004734)
二人一役
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
ソア(p3p007025)
無尽虎爪
伊達 千尋(p3p007569)
Go To HeLL!
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌
コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤
Я・E・D(p3p009532)
赤い頭巾の魔砲狼

リプレイ

●下層から中層へ
 アドラステイア、下層。
 粗末なあばら家の並ぶ、さながらスラムめいた地。
 イレギュラーズは、何度かこの地に足を踏み入れたことがある。
 そして、その中――下層と中層を隔てる、大きな壁を、見たことがあるものもいるかもしれない。
 下層からの民を通さぬ、鉄壁の壁。この街を攻略したいイレギュラーズ達にとって、その壁はあまりにも大きく、忸怩たる思いを抱かせる、強大な壁であった。
 だが……。
 今宵、その壁を越える手立てを、得られるかもしれない。
「……アドラステイアに侵入して、あの惨状を見てからどれぐらい経っただろう……」
 『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)が呟いた。今もこの下層でくりひろげられている悲劇。それを思えば、胸をかき乱されるような思いがする。
「力が足りないばかりに、場当たり的な対処ばかりで根を断つ事が出来なかった……でも、今、その根源に迫ることのできる可能性が、私達の手の中にある……!」
 ぎゅ、とサクラは己の手を握りしめた。今までつかめなかったもの。それを今、つかみ取るかのように。
「うん。この街は、とても気持ち悪いから嫌い。
 この街から、気持ち悪いのを追い出して、皆を助けられるなら……」
 『雷虎』ソア(p3p007025)が、サクラの言葉に頷く。握った手の上に、ソアのふわっとした手を乗せて見せる。柔らかで温かい感覚が、サクラの手を温めてくれた。
「一緒に頑張ろうね。サクラさん」
 にこっ、とソアが笑った。作戦では、2人はツーマンセルで動く予定だ。サクラはこくり、と頷いて返した。この街を解放するための第一歩。それを踏み出すのがいまだ。
「小僧の話によれば……厳密には、ローレットが救出した家族(オンネリネン)からの情報だが。
 とにかく、この辺り、下層と中層を隔てる壁に、秘密の通路とやらがあるらしい」
 『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)の稔が言った。
「壁を作り上げた時の、資材搬出用の通路だったそうだ。潰す理由もないので今も残っているらしいが……」
「あそこか」
 『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)が視線をやった。その先には、資材や草木などで巧妙に隠されていたが、大きく口を開けたトンネルのような空間が見える。見てみれば、二名ほどの子供の姿が見えた。様子から見れば、おそらくはオンネリネンに所属する、児童傭兵だろう。
「……ちっ、やっぱり子供を見張りにたててやがるな。
 何も知らないガキどもを「家族」で縛っていいように死地に向かわせる。何時聞いても嫌な話だ。
 何度も言うが、ガキが大人になるまで守る、ってのが大人の仕事なんだ。都合のいい安上がりの駒じゃない……」
 吐き捨てるように、悔しがるように、ヤツェクは言った。子供たちが置かれている現状についての苦しさと、これから、その子供たちを武力で制圧しなければならない現状に対しての悔しさだ。
 ヤツェクは大人だ。ならば、自分もまた、子供を守るべき存在だ。その腕で、洗脳されているとはいえ、子供たちを傷つけなければならないとは…… あまりにも苦しい。
「……ああいうガキんちょども、見たことあるわ。
 前に、ラサでさ。無邪気に傭兵みたいなことやってて……」
 『Go To HeLL!』伊達 千尋(p3p007569)が言った。以前、ラサで大規模な戦いが興った時。恐らく、オンネリネンがローレットの前に姿を現したのは、思えばあれが最初であったのだろう。千尋もまた、当時は状況を知らずに子供達と戦い、その時は、全員を保護している。
「あのガキんちょども、元気してるかな……。
 そうだ、アドラステイアの事は正直よくわかんねえけど、
 ガキを利用してる感じなのはこう、割と許せねえな。
 子供は元気に遊んでるくらいじゃねえとよ……悲しいじゃねえか。
 こんな真っ暗な所で、剣とかぶら下げてさ。侵入者いないか、なんてやるもんじゃねぇよ」
 千尋の言葉に、気持ちを同じくする仲間達も居ただろう。アドラステイアに所属する子供たちの環境は過酷だ。一般的な子供たちは、魔女狩りと薬物汚染により歪み、聖銃士として下層から逃れられたとしても、薬物と洗脳からは逃れられず……むしろその依存度と危険度は悪化してしまう。
 オンネリネンは薬物汚染と魔女狩りからは逃れられるが、彼らに待っているのは他国に派遣され傭兵として使い潰されるだけの運命だ。彼らの命などは、アドラステイアは保障などはしない。死ねばそこまで。また、薬物は使わないにしても、自分たちにはほかに生きていく道はないのだ、家族やきょうだいを護るために喜んで命を差し出せ、と思考するような洗脳は施されている。
 いずれにせよ、アドラステイアにいる子供達に、明るい未来などは存在しない。
 待っているのは……いずれも破滅なのだ。
 そんな破滅の環境に、子供たちは否応なしに置かれている。
 今までは、そんな彼らを救うことはできなかった。
 だが、この作戦が、彼らを救うための大きな一歩となるのなら……。
 抱く決意は、皆同じ。
「行こうか」
 フードを目深にかぶった『赤い頭巾の断罪狼』Я・E・D(p3p009532)が言った。
「ここから先は、身の安全と、最終的な作戦の成功だけを考えて」
 警告するように。心配するように。Я・E・Dは言う。ここから先は、加減などは考えてはいられない。そして、敵対するのは、多くがこの町に住む子供達になるだろう。
「俺達の目的は、あくまでもバスチアンに接触して、中層への通行証を手に入れる事だ」
 『最期に映した男』キドー(p3p000244)が言った。
「それ以外は、切り捨て対象だ。
 俺は気にしねぇが、気になる奴も当然いるだろう。
 別に好んで止めを刺しはしねぇが、万一のことは覚悟しとけ」
 つまり、子供達の命を奪う事になってしまう可能性。
「そうですね。可能な限り、戦闘は避けます。それでも、今の状況のように……避けられないときは来ます」
 『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)が言った。
「その時は、どうか。Я・E・Dさんの言う通りに、身の安全と、最終的な作戦の成功を考えてください。
 他のことは……今だけは、目をつぶって」
「大丈夫よ、キドーさん。瑠璃さん」
 千尋が微笑を浮かべた。
「『悠久ーUQー』の伊達千尋は……そんな不安も吹き飛ばす疾走(はし)りができるってところ、見せてやりますよ。
 ガキんちょもおいてかねぇ。全部乗せて、俺たちは疾走(はし)るんだってな」
「あら、頼もしいわねぇ」
 『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)が笑ってみせた。
「悪くないわぁ。見せてもらうかしら、このクソみたいな街を変える疾走(はし)りって奴」
 そうだ、とコルネリアは思う。このクソみたいな町を変える。その嚆矢たる自分たちが、皆が後に続くような戦いを、生き様を見せてやる。
「ふふ、そういうのアタシの柄じゃないけど……やってやるわ?」
「では、皆様」
 『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)が言った。
「この街に刻み付けてやりましょう。我々(ローレット)の轍をね」
 寛治の言葉に、仲間達は頷いた――かくして、悪夢の街を解放するための、一歩目が踏み出されようとしていた――。

●中層へ駆け抜けて
 中層への資材搬出トンネル。その入り口には、2人の少年が立っている。その腰には、鈍く光る剣を釣るして。明らかに見張りとしては不釣り合いな子供たちだが、しかしそれが、このアドラステイアという街では当たり前のことなのだ。
 入り口には子供たちがいるように、内部にも、調査や警備の名目で子供たちがいるのだろう。ならば、もたらされた情報は真に間違いない。つまり、こここそが、下層から中層へつながる秘密通路であるのだ……。
 がさり、と、近くの草むらが動いた気がした。少年の一人が、腰から刃を抜き放った。
「誰かいるの?」
 声変わりもまだの声で、そう告げる。答えは返ってこない。もう一人の少年に目配せをして、少年がそちらへと向かった刹那――草むらから飛び出した二つの影が、少年に襲い掛かった!
 月光を思わせる、優しくも鋭い剣閃! 人影――サクラの放った斬撃が、少年の身体を強かに打った。
「うっ……!」
 うめき声をあげて身をおる少年に、続くもう一つの人影、ソアの鋭い拳が叩き込まれる! 先ほどサクラに振れた柔らかなそれとは違う、硬く鋭い一撃。それが少年の背中を打って、そのまま地面にたたきつけた。少年が意識を失うのを確認。死んではいない。安堵。
「し、侵入者……!?」
 残る少年が声をあげ剣を抜き放った刹那、コルネリアの持ったガトリングガンが回転する。弾丸の驟雨が、抜き放たれた剣を狙い撃ち、粉々に粉砕した。
「瑠璃!」
 コルネリアが叫ぶと同時、瑠璃は少年の背後へともぐりこんだ。手にした刃の背を、鋭く首筋へ叩きつける。うっ、と少年が呻きをあげて、そのまま地面に倒れ伏した。すぐに、脈をとる。生きている。
「問題ありません」
「流石ね」
 頷いて見せる瑠璃へ、コルネリアが頷き返した。
「どうですか、入れそうですか?」
 寛治が声をあげるのへ、トンネルの入り口でバリケードを確認していたキドーが頷く。
「おう、あくまで目隠しってだけだな、こりゃ。普通に入れるようになってる」
「ふーん、なんかの避難用通路って事で放っておいてるのかもね」
 千尋が頷いた。
「なら、此方にとっても幸運だな」
 ヤツェクが言った。
「ここでバリケード壊しに時間をとられるわけにもいかない。見張りを倒したとすれば、外からの増援の可能性もある。
 見張りの子達を木陰に隠しておこう。可哀そうだが、少しくらいの時間稼ぎもにもなるだろう」
「帰りのことも考えねーといけないからな。帰りはこそこそする必要はないが、ま、念には念を、だ」
 キドーとヤツェクが、子供たちを抱えて、近くの草むらに寝かせた。
「キドー、Я・E・D、道中は斥候を頼む」
 ヤツェクの言葉に、2人は頷く。
「了解だよ。資材搬入ルートなら、そこまで複雑ではないだろうけど……敵に遭遇するのは避けたいからね」
 Я・E・Dが頷いて返した。二人はバリケードの隙間に巧妙に隠された入り口に入り込む。中はだいぶ広く、冬の冷たいか風が地下特有の冷気でさらに冷却されて、まるで水の中にいるような気持にさせる。そしてその冷気が、この街に潜む悪徳を感じさせるようで、或いは身震いする思いを関j知多仲間もいたかもしれない。
 二人は目くばせし合うと、ゆっくりと先へと進んだ。土と石むき出しの地面が、さらに寒さを感じさせた。
「中に敵が、居るには居るな。気配を感じる」
 キドーが言うのへ、Я・E・Dは頷く。
「慎重に……でも急いで行こう」

 一同は二人を先頭に、着実に進んでいた。分岐や回り道こそ少ないが、それでもそう言った、『迷わせるような要素』は確かに存在した。そして、内部には調査か、警備か、確かに子供たちの姿もあったのである。はぁ、と白い吐息を浮かべながら、寒そうに、少し心細そうに暗闇のトンネルを徘徊する少年少女たち。時に迂回し、時に身をひそめて彼らを回避するイレギュラーズ達は、近くを進む少年たちの姿に、悲しい気持ちを心に浮かべていた。
「……つくづく、胸糞が悪くなる都市だわ」
 声を潜めて、コルネリアが言う。
「こんな冷たい所に子供たちを放り込んで、大人はあったかい所でぬくぬくしてるんでしょうねぇ」
「……だろうな」
 稔が頷く。
「あの小僧も……こんな所にいたのか」
 確かに……稔は、ヨエルと最初にあった時の事を思い出す。無邪気ではあったが、今の、本当に心から安心して過ごす彼の顔を見れば、それがこういった暗闇から顔を背けていたが故の、悲しい無邪気さであったことが理解できる。
「悲劇だとしても、つまらん脚本だ。こんな舞台、二度と再演されるに値しない」
「……そのためにも、この依頼、成功させないといけませんね」
 瑠璃が言った。
「……あの子達も、去ったみたいです。先へ進みましょう」
 瑠璃の言葉に、稔、コルネリア、そして仲間達が頷く。物陰から体を出して、暗いトンネルをゆっくりと進んだ。あちこちから、人の足音が反響して聞こえるような気がした。それは自分たちの足音か、或いは子供達の足音か――しばし進んだ先に、ひゅう、と風が吹き抜ける感覚がした。恐らく、中層側の出口が近いのだろう。
「まて、ヤバいぞ」
 キドーが片手をあげて、後ろの仲間達を制した。
「大型……聖獣って奴だ。
 ……ちっ、ガキんちょも何人かついてやがる」
「出口に近いからでしょうね」
 寛治が頷いた。
「おそらく、最後の門番と言った所でしょうか」
「バスチアン、って人の別荘の場所は、ちゃんと情報があるよね」
 Я・E・Dが言った。
「それに、皆もそれぞれのルートで、中層の情報をある程度仕入れている。だから、中層じゃ、よほどのへまをしない限り、戦闘にはならないと思う。
 新田さんが言ったとおり、ここがわたしたちにとっての最後の門番、ここ一番の大勝負だと思う」
「なら、最速で駆け抜けるしかないわけじゃん」
 千尋がそう言って、僅かに口ごもる。
「聖獣ってのは……その。助けらんないんだよな?」
「……うん。あの子達は、もう……」
 サクラが頷いて、目を伏せた。聖獣、それはイコルを摂取し続けた子供たちの成れの果てだ。現時点で元に戻す方法は不明。命を奪う事でしか、彼らを救うことはできない……。
「……ほんと、ヤな所」
 ソアが、うう、と唸って呟いた。
「やるしかないんだよね……サクラさん」
 視線を送るソアに、サクラはゆっくりと頷いた。
「大丈夫だよ、ソアちゃん。
 命を奪う事になるかもしれない。
 言い訳かもしれないけど、その罪の分、多くの子供たちを助けたいから……」
「うん。ボクも頑張るよ」
 ツーマンセルの二人が、決意を同じくする。
「キドーさん、作戦通り、ボクたちが先に出るよ」
「おう……敵の引き付け、頼むぜ」
 キドーが頷いた。ソア、サクラは二人、ゆっくりと歩き出す。
 イレギュラーズ達が潜んでた通路の影から視線を送れば、トンネルの出口を背にするようにして、巨大な天使のような影が見えた。だが、よく見れば、それは骸骨かミイラのようにカサカサになった皮膚に、不釣り合いな厳かな天使の羽をもつ、なんとも奇怪な生き物であった。神聖さと同時に邪悪さも持ち合わせたような、怪物。それが聖獣であることは、見るだけでも分かるものだ。
 周囲には、5名ほどの少年少女がいる。聖獣の護衛役か。皆帯刀しているため、
「……あの聖獣は後ろから攻撃するタイプだと思う」
 サクラは瞬時に、敵の陣容を見破っていた。
「……子供たちを前に出して戦うんだね」
 ソアがぎり、と奥歯をかみしめた。
「ボクが子供たちを引き受けるよ」
 ソアの言葉に、サクラは頷く。
「助けよう……ちゃんと、伸ばした手が届くように」
 頷き合う――同時! 二人は駆けだした!
「一気に包囲を突破して、サクラさん!」
「うんっ!」
 突如現れた二人に、子供たちが浮足立つ。
「誰……!?」
 声をあげた女の子に応えるように、ソアは吠えた。
「がおっ! ローレットがきたよ!」
 轟! それは、目を離すこと許されぬ、獣の咆哮! 子供たちは慌てて剣を抜き放つ。
「ローレットだ!」
「皆の敵! ここでやっつけるんだ!」
 子供たちが、ソアへと殺到する。振るわれる刃をバク転して回避して、ソアはその拳を構えた。
「……皆のためなんだ……って言っても、どいてくれないよね!」
 悔し気に叫ぶ。一方、サクラはその刃を携えたまま戦場を疾走! 聖獣へと迫る!
「せめて苦しませずに――ッ!」
 サクラが刃を振り下ろす。掲げた聖獣の渇いた腕が、まるで鉄の棒のような硬さの反発を、サクラに与えた。
「……ッ!」
 反射的に、サクラが身をよじる。その空間を、聖獣の口から放たれた魔力弾が通り過ぎる。サクラは後方へと跳躍。一方、後を追ったコルネリアのガトリング砲が闇夜に火薬の光を輝かせ、聖獣へと弾雨を降らせる!
「サクラ、いったん態勢たてなおして!」
 コルネリアの言葉にサクラは頷き、息を整える。一方、かかん、と乾いた音を立てて弾丸を受け止めていた聖獣が、かぁ、とその眼と口を開いた。渇いた眼球、口腔から、漏れ出るように光が放たれ、暗いトンネルの地面を奔った。貫通する光線のような魔術弾が、イレギュラーズ達を叩く!
「ちっ、厄介な化け物だこと!」
 コルネリアが身体にやけどを負いながら光線の軌跡から走り出す。
「どけどけオラァ! 押し通ぉーーーる!!」
 一方、その光線の間隙を縫い、疾走(はし)る千尋! その頬を光線が擦過してなお、『悠久ーUQー』の伊達千尋は足を止めることはない!
「ガキんちょはあと! まずはアンタからだ!」
 跳躍、そして力強く上段から蹴りつける! HIGH&LOWの真骨頂、クリティカルな一撃が、聖獣の口を閉じるほどの衝撃を叩きつけた! ぼん、と口腔内部で魔術弾が暴発する! コメディ漫画のように口から煙を吐く聖獣の顔面を、千尋は流れるように蹴りつけた。横なぎのそれに、聖獣はバランスを崩して倒れ込む。ずん、と地面が揺れるような衝撃。
 だが、敵の命を取るにはまだ届かない。ばさり、と翼をはためかせ、それが態勢を整える――同時、黒の棺が現れて、聖獣の身体を飲み込まんとする!
「足を止めます!」
 瑠璃の『檻術空棺』だ! その黒の棺に囚われながらも、聖獣は邪悪な聖句を唱える。同時、黒い雷が裁きのごとくあたりに降りかかり、瑠璃を、イレギュラーズ達を激しく打ち叩いた。
「くっ……!」
 痛みに顔をしかめる瑠璃。だが、展開した黒の棺を、痛みに耐えながら必死に維持する!
「逃がしません……そして、今掴もうとしている希望を、私は離したりはしない!」
 ぐ、と突き出した手を握る。一層強く、黒の棺が聖獣を捉えた!
「トドメを!」
「たあああっ!」
 サクラは雄たけびを上げて再度跳躍! 黒の棺ごと、聖獣を上段から叩ききった! おお、おお、と泣くような声をあげる聖獣が、どろどろと崩れて消滅していく。そのとけたからだから、小さなナイフが落下した。地に墜ちたそれを見てみれば、おもちゃのナイフだと見て取れる。聖獣の元となった子供の持ち物なのだろうか? だとしたら、この子は小さな、少年であったのかもしれない……。
 サクラは歯を食いしばった。こんな悲劇は、もうたくさんだった。

 ソアが子供達の斬撃を、紙一重で交わす。一方で、交差するように放たれたソアの拳が、少年の腹部に突き刺さり、その意識を奪い取った。
「ほんとに、嫌なかんじ!」
 ソアはつらそうに声をあげると、子供達から距離をとる――戦場に不釣り合いなように流れるギターの音色が、ソアに、仲間達に活力を与えていた。ヤツェクの演奏である。
「まったくだ……まるで悪夢の具現だろう」
 ヤツェクが帽子のつばを引き下げ……ようとして、とめた。視線を遮ってはいけない。これが現実だと、自分たちは知らなければならない。
「頼む、皆……」
 ヤツェクは、一層強くギターをかき鳴らした。自分の胸のうちを現すように。かき鳴らされたギターが、仲間達の背中を押す。今の自分の役目はこれだ。ならばそれをこなすことが、ひいては彼らを地獄から救う事になるはずだ。
「倒れてくれるなよ……!」
 稔が片手をあげた。現れた終焉の帳が、紫色の光を伴って、子供たちを抑えている。見えぬ圧力に、子供達の心はかき乱されて隙を晒した。
「可能な限りでいい、命は……」
「承知しています」
 寛治が放つ銃弾が、子供たちの足元を狙う。体勢を崩すために放たれたそれが子供達の足元を穿ち、さらに大きな隙を晒すこととなる。
「『倒れろ』」
 Я・E・Dの放った言霊が一人の子供を打ち抜いて、その言葉通りにダウンさせた。残る三人の子供たちが何とか体勢を立て直すが、キドーはすぐに装置の一人の背後に忍び寄り、
「ったく、ガキがこんな所にいるんじゃねぇっつの」
 舌打ち一つ叩きつけたダガーの柄が、少女の意識を刈り取った。死んだかどうかまでは分からない。加減できるような状況ではない。死ななければまぁ、多少は気が楽だが。
「く、くそおっ!」
 少年が刃を振るい、キドーを狙う。キドーは刃をひらめかせて、それを受け止めた。
「やるじゃないの」
 ふん、と鼻を鳴らし、キドーはその刃を打ち払った。剣が宙を舞う。同時、飛び込んできたソアの拳が、その少年の首筋を叩いて、意識を奪い去った。
「あと一人!」
 ソアの声に、稔が頷く。冷たき霊刀の背が、少年の首筋を叩いた。衝撃に、最後の少年が倒れ込む。
「……すまんな。生きて居てくれよ」
 稔が呟いた。
「残念だけど、介抱したりしている暇はないよ」
 Я・E・Dが言う。多くの者がそれを理解していて、悔しく思っていた。
「行こう。中層だよ」
 Я・E・Dの言葉に、一行はゆっくりと歩を先へと進めた。果たして一行の目の前に現れた世界は、下層のそれとは似ても似つかぬほどに、整えられた街の姿だった。
「……」
 サクラが少しだけ、目を伏せた。予想通りではあったが、やはり下層の悲惨な暮らしに比べて、この階層は綺麗すぎた。詰まる所、下層の子供達の苦しみの上に、この美しさは存在している。それは、子供たちを利用する大人の存在を、如実に知らしめる光景でもあった。
「いそぐよ」
 Я・E・Dが言う。キドーと共に足早に進むのへ、仲間達は後を追った。
「ルートの情報はあるから、中層で迷う事は無いと思う。
 わたしたちの目的地にいるのは、バスチアンという男だね。
 情報の限り、いわゆる旅人(ウォーカー)排斥主義者、って言う奴だよ」
「へぇ、じゃあどこぞの正しい血統のお貴族様かね」
 キドーが嘲るように言った。
「なにせ、こんなクソ都市に金をおとすくらいだ。お貴族様なのは間違いないだろうさ。
 だが、どこのだ?」
「可能性として高いのは、幻想、天義……この辺りでしょうか?」
 寛治が言った。
「その心は?」
 キドーが尋ねる。
「もしアドラステイアの行動に、本格的な被害を受けたのだとしたら、直接的な被害を被っている天義、或いは、先の戦いで明確に襲撃を受けた幻想……この辺りでしょうね。あくまで、これは思い付きではありますが」
「……素性が知れてれば、外で直接接触できたんだがなぁ」
 キドーが言うのへ、稔が頷く。
「だが、こうして接触の望みが出てきたのは好機だろう。後は交渉だが……」
「そこはお任せを」
 寛治が笑う。
「敵対関係と利害の一致は両立する。それが、交渉というものです」
 一行は、悲しいくらいに綺麗な街並みを、身をひそめながら進んでいった――。

●切符を手にするのは
「バスチアン様」
 バスチアン・フォン・ヴァレンシュタインは、アドラステイア中層に存在する別荘の私室で、深く椅子に腰かけていた。今後のプランを練る彼を呼んだのは、自分の執事の一人である。元より、アドラステイアから聖銃士を護衛や身の周りの世話として付けるといわれていたが、それをバスチアンは断っていた。元々アドラステイアに良い感情は持っていないのだ。だから、お付きの者も、護衛も、全て幻想の、己の領地から連れてきた三分のしれたものである。
「お客様だというものがいるのですが」
「客だと?」
 バスチアンは眉をひそめた。この街に客になる様なものは存在しない。いたとしたらアドラステアの運営に関係するものだろうが、そう言ったものが急に訪れることはまずないし、執事が些か困惑した様子を見せる事もないだ折る。
「何者だ?」
 バスチアンが尋ねる。
「それが……ローレットのものだ、と」
 流石のバスチアンも、この発言には目を丸くしていた。まさか、ローレットを名乗るものが、この街に? 中層に?
 バスチアンは、僅かに思考する。いくつか可能性がある。新世界からの罠である可能性。裏切り者をあぶりだすために、こういう行為を行った。いや、それはバカバカしい。そもそも自分はパトロンという立場である。裏切りも何もあるまいし、金を出す人間を試したのです、等とひねくれた子供のような真似をするような連中が新世界にいるだろうか?
 第二は、アドラステイア側からの罠である可能性。此方は多少はあり得る可能性だ。自分はこの街を良くは思っていない。だが、これも、自分が出資者であるという点からほぼ除外される。アドラステイアが完全に自立した場合にはそうではないが、まだまだ支援を必要としているのは間違いあるまい。
 第三は……本当に、ローレットの人間が中層へとやってきた可能性だ。可能性は低い。だが万が一はあり得る。あの連中は明確にアドラステイアに敵対しており、潜入作戦を行っている可能性は捨てきれない……だが、その上でこちらへ接触する意図はなんだ?
 可能性としては。自分を人質に、アドラステイアに攻撃を仕掛ける場合。いや、それであるならば、わざわざ客人を名乗る必要はあるまい。潜入でもなんでもすればいい。客を名乗ったという事は、少なくともこちらと対話をする意思があるという事だ。それも、わざわざローレットであることを主張し、自分たちの身元を知らしめている。
 これは、ローレットとしての、何らかの交渉である。
 そう考えるのが、自然であろう。
「良いだろう」
 バスチアンは言った。
「来客間に通せ。応対する」

 果たして、豪奢ながらいまいち使用感のない来客室に、10名のイレギュラーズ達は通された。大仰なテーブルと椅子にはそれぞれイレギュラーズ達が着席しており、湯気の立った紅茶のカップが置かれている。
 対面には、些かの威圧感を感じる男がいた。バスチアン。名前だけは知っている。そして、アドラステイアを快く思っていない、という事だけは。
(ここからが本番だ)
 と、サクラはつばを飲み込んだ。ここに来るまでの苦労も、傷つけてきた子供達も、ここで成果を得られなければ、全て無駄になってしまう……。
「はじめまして……バスチアン様。
 私はローレットの新田寛治と申します」
 寛治が言った。
「失礼ながら、私共はお名前のみを存じております。気やすくお名前を呼ぶことをお許しください」
「そこまでは、貴様等も仕入れてはいないか。ニッタ・カンジ。聞いたことがある。旅人(ウォーカー)であったな」
 ふん、とバスチアンは鼻を鳴らした。
「顔を見せた以上、こちらの身が割れるのも時間の問題だろう。名乗ってやる。私はバスチアン・フォン・ヴァレンシュタイン。察しの通り、幻想に居を構える」
「お会いできて光栄です、ヴァレンシュタイン卿」
 寛治が頭を下げた。
(……やっぱり幻想貴族か)
 キドーが視線を送るのへ、バスチアンは忌々し気な視線を返した。
(……おっと、ウォーカーはお嫌いだったな)
 キドーが視線をそらす。
「ヴァレンシュタイン卿。この度は、無礼を承知でお話の場を設けさせていただきました」
 Я・E・Dが言うのへ、バスチアンが鷹揚に頷く。
「……お話は聞いております。わたし達ローレットは、旅人(ウォーカー)も多く在籍する組織。ここに参りました仲間にも、旅人は存在します。
 ご不快であれば、席を外させます」
「私がそこまで小さい男に見えるか?」
 バスチアンが言うのへ、Я・E・Dは頭を下げた。
「ご無礼を」
「いい。許そう。用件を聞こうか。まさかくだらぬ茶飲み話ではあるまい」
(……圧があるな。チンピラとか、そういう悪党じゃない。貫禄がある)
 千尋が内心で舌を巻いた。ポーカーフェイスに隠されたその内心が暴かれてはいまい。
「では、手短に……」
 寛治が頷いた。
「こちらのご提案は『アドラステイアを潰すため、バスチアン様の敵の敵である我々に通行証をご提供いただきたい』。
 端的に申し上げれば『利害の一致』です」
 ぴくり、とバスチアンの眉が上がる。ごくり、と誰かがつばを飲み込んだ。明らかに、部屋の空気が変わっていた。ピンと張りつめた空気。
(……こっちを値踏みしてるな)
 コルネリアが胸中でぼやく。相手の目が、明らかに変わった気がした。胡乱な奴ら、から、此方の情報を握っているやつら、に。ここから対等の位置まで自分たちを持ち上げられるか、或いはバスチアンに喰われる存在になるかは、ここからにかかっている。
「何故貴様らに通行証をやらねばならんのだ?」
 試すように、バスチアンは問いかける。
「わたし達(ローレット)は、アドラステイアと敵対しています。しかし同時に、幻想とは友好関係を築いております」
 Я・E・Dがゆっくりと言った。
「わたし達と、アドラステイア。二つの組織は同じように旅人が所属しています。
 ……しかし、幻想と敵対している分アドラステイアの方が、あなたにとっては害のある存在であるとお察します。
 恒久的に援助してほしい、というわけではありません。今、共通の敵を叩くという点で、ローレットと手を結ぶ余地があるのではないでしょうか?」
「私が、アドラステイアを敵視していると?」
 バスチアンが、値踏みをするように言う。
「アドラステイアは、明確に、幻想に対して襲撃を仕掛けてきました」
 寛治が言う。
「先の、巨人とミーミルンド派の蜂起の件に際してです。その混乱に乗じてやって来た彼らと、私達は戦った。
 つまり……アドラステイアは、幻想の敵である、と定義しても差し支えないでしょう」
 ふむ、とバスチアンが唸った。
「バスチアン様は、旅人(ウォーカー)の存在についての思想の違いは在れど、幻想という地を護ろうとしている点では、わたし達ローレットと同じだと理解しております」
 Я・E・Dが言った。
「はじめまして、バスチアン様。ボクは銀の森のソア。
 ローレットのお願いがあって会いに来たの」
 ソアがゆっくりと、声をあげた。
「ボク達はもうこの街を放っておけない。
 その中身を暴いてやっつけてしまいたい。
 それはバスチアンさんにも良いことに繋がらないかしら?
 旅人の子供を束ねて幻想に牙をむくこの街が嫌いだったりしないかしら?
 だからお願いします、力を貸して欲しいの」
「貴様らローレットが、アドラステイアを打倒するだけの力を持ち合わせているとでも?」
「俺たちには、冠位魔種を倒した奴らだっているんだ」
 千尋が応える。
「だから、なんっつーか、その辺は保証になるんじゃぇかな……です」
(相手も揺らいでるようですね)
 瑠璃が冷静に、場の状況を見極めていた。
(というより……元からこの場を設けた時点で、バスチアンはおそらく、此方の意図を察し、此方を測りに来ている……。
 ならば、ここは押しの一手……!)
 瑠璃が素早く仲間達に目配せをした。皆が静かに頷く。
「すでにアタシたちは、アドラステイアに対しての攻撃を成功させているわ。いくつもね」
 コルネリアが、バスチアンの目を見据えながら言った。
「天義のサクラ・ロウライトです」
 サクラが続く。天義、という点を強調して。天義も、この件には関わっているのだ、というふうに印象付けるために。
「アドラステイアは我々にとっても看過出来ぬ存在です。必ずやこの魔都を打ち砕く事を我が神に誓います。
 貴殿にはその協力をお願いさせて頂きたい」
 バスチアンがそのような善行的な口上で心を動かされ鵜かはわからないが、少なくともアドラステイアに対して本格的に対応する、という点の印象付けとしては充分だろう。
「新田やЯ・E・Dも言ったが、俺たちは利害を一致させている。
 そちらがアドラステイアを切るとして、おれたちを味方か中立の立場に置いておけば、後々特になるとおもうけどな」
 ヤツェクが畳みかけた。
「別に、アンタに兵力を貸してくれとか、そういうわけじゃないんだ」
 キドーが言った。
「通行証をくれ。それだけでいい。そうすれば、気に入らない連中が勝手につぶし合ってくれるって寸法さ。
 アンタの懐は痛ませねぇ。
 それに、オンネリネンの連中は、すでに各国で暴れてやがる。悩む時間があるとは思えねぇけどな。
 下世話な話になるが、子鼠はいつまでも子鼠じゃねェだろう?」
 バスチアンは、その言葉に、ゆっくりと頷いた。
「この館へ辿り着くまでに名も知らぬ子供達を何人も傷つけてきた。
 多くの血が流れている。もう後には引き下がれないんだ。
 俺は……ローレットは、この身に代えてもアドラステイアを潰す。そういう覚悟でここに立っている。
 貴方はただローレットを利用すればいい。
 貴方の身が脅かされることはない。煩わしい存在が一つか二つ減ることになるだけだ」
 稔が、ダメ押しのようにそう言った。ふん、とバスチアンが笑う。
「良い演説だ。確かに、私にとっても利のある事のようだな」
「では」
 寛治が頷く。
「良いだろう。後日、ローレットへ通行証を届けさせる。後は好きにしろ。
 私はこれ以上干渉も交渉もしない。貴様らが滅ぶか、アドラステイアが滅ぶか。それを見届けさせてもらうだけだ」
「結構でございます」
 寛治はゆっくりと頭を下げた。
「通行証の発行者名義は、我々としては誰でも構いません」
「当たり前だ。足のつかぬようにはする。逆に貴様らのくだらん失策のせいで、私の立場を危うくするなよ」
「間違いなく」
 寛治は再度、深々と頭を下げた。
「それから……これは厚かましい願いではありますが。
 可能であれば、中層の情報と協力者をお教え願えませんか?
 バスチアン様の滞在は年数日でも、そのために中層に常駐する家中の方等はおられるでしょう?」
 ふん、とバスチアンは鼻を鳴らした。
「至れり尽くせりとしてやりたい所だが、私は全く、この都市の内情には興味が無くてな。
 この時期にこの屋敷にいるのも、私の領地から連れてきたものだけだ。
 逆に考えろ。この場には、アドラステイアの者はいない。それは貴様等にとっても幸運だったという事だ」
 確かに、と寛治は思う。逆を言えば、アドラステイアの者がいないからこそ、バスチアンも交渉に乗ったという事になりうる。
「だが、考えてやる。
 勘違いはするな。考えてはやる、というだけだ。
 私を当てにするな。だが、この場で縁故を結んだ事実は忘れないでいてやる。
 それだけでも望外の事だと思うがな?」
「ありがとうございます」
 寛治は何度目かの深い礼を示した。なるほど、確かにこの辺りが交渉の終わり時か。此方の存在を、バスチアンに印象付けられただけでも十分な成果だ。
「客人はお帰りだ」
 バスチアンが言った。それは、交渉の終わりを意味していた。
「ご厚意、ありがとうございます」
 Я・E・Dが頭を下げる。バスチアンが鼻を鳴らした。
「私はお前達にベットした。この事実を忘れるなよ、ウォーカーの小娘」
(……お見通しだったか)
 Я・E・Dは再び、深く一礼をする。

 かくして、交渉はなった。
 遠からず、ローレットにバスチアンから通行証が届けられるだろう。
 それは、一つの成果だ。
 だが、これから始まる、激しい戦いの、第一歩目に過ぎない――。 

成否

成功

MVP

Я・E・D(p3p009532)
赤い頭巾の魔砲狼

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 皆さんは、バスチアンの協力を取り付けました。
 後日、ローレットにはバスチアンから通行証が届くでしょう。
 アドラステイアにおける、新たなステージが、始まろうとしています。

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