シナリオ詳細
<ディダスカリアの門>千里眼のフラッシリー。或いは、鼠狩りの時間…。
オープニング
●アドラステイア下層
目指すはアドラステイア中層。
探偵サントノーレ&ラヴィネイルの協力のもと、ローレットはそこへ侵入する手段を考案した。
アドラステイアの中層は嘗てはこの場所に存在した都市『アスピーダ・タラサ』をそのまま使用したものだ。
そこへ至るルートや構造もおよそのところ把握できた。
しかし問題は、中層へと繋がる扉の存在だ。
中層はアドラステイアにとっても重要な施設となる。当然、フリーパスとはいかないことは想像に難くないだろう。
中層へと繋がる扉の鍵となる“通行証”は、アドラステイアの騎士『プリンシパル』たちが管理している。
今回の作戦の概要を簡略に言葉にするのなら『プリンシパル』に指示を下せる要人への接触、ということになるか。
当然、アドラステイアの本拠地へ踏み入る必要があるため安全ではない。
また、元よりアドラステイアの警備は厳重だ。
そのため、ローレットは大きく部隊を2つに分けることにした。
片方は中層への潜入と、要人との接触。
そしてもう片方は、アドラステイア下層や外部で戦闘を行い、注意を引き付ける。
危険の度合いで言えばどちらも大差はないだろう。
また、下層とはいえそこは既にアドラステイアの領域だ。
当然、それ相応に戦える者も配置されている。
例えば、彼……フランシス・フラッシリーもその1人だ。
フランシス・フラッシリーはアドラステイアのファザーを務める男性だ。
年の頃は、そろそろ初老に差し掛かるか。
灰色の長い髪を背中で1つに束ねた痩躯の男であり、一見すればいかにも貧弱そうにも見える。
しかし、そこはファザーにまで上り詰めた男ということもあり、一筋縄ではいかないことは容易に想像できるだろう。
事実、フラッシリーが下層のスラムに赴いたのは、ローレットの不審な動きを独自に察知したためだ。
「鼠を炙りだす方法はいくつかある。例えば、火を放つのはどうだ? この一帯を火の海にしてやれば、自然と鼠は飛び出してくる」
そう言ってフラッシリーは右の腕を肩の高さまで掲げた。
刹那、広げた手の上には【紅焔】に包まれた幾つもの“眼球”が現れた。
「そうして出て来た鼠は、凍り付けにしてやろう。うっかり殺しては臭くてかなわん」
次にフラッシリーが持ち上げたのは左腕だ。
広げた5本の指の先には、【絶凍】の冷気に覆われた5つの“眼球”が浮いている。
●“千里眼の”フラッシリー
千里眼。
フラッシリーに与えられた異名がそれだ。
彼の瞳は何もかもを見透かし、暴く。
隠れ潜んだ間者の炙り出しなど、フラッシリーが最も得意とするものだ。
「時折、下層に降りてきているみたいっすね。たぶん、イレギュラーズの侵入を警戒してのことでしょう」
そう言ってイフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)は枯れ木のような細い指を、自身の側頭部に押し当てる。
にぃ、と口角を上げたイフタフは指の先で数度、側頭部をノックして言葉を続けた。
「フラッシリーは都合30の“眼球”をスラム中に拡散しているみたいっす。そういう魔術なんっすかね? “眼球”の見た光景は、常にフラッシリーの脳に送られているって話っすよ」
それぞれ炎と冷気に包まれている眼球を、見つけることは容易いだろう。
しかし、こちらから眼球が見えているということは、逆もまた然りであると認識すべきだ。
「何でも潜伏系のスキルや透明化もフラッシリーの“眼球”は看破するって話っす。また“眼球”は30までならフラッシリーの気力が保つ限り何度も召喚できるんだとか」
また、フラッシリーの眼球は単に“視る”だけの機能を備えたものではない。
“眼球”はフラッシリーの目にして、武器であるということだろう。
【紅焔】【絶凍】【魔凶】を付与する能力を持ち、動きもそれなりに速いという特徴がある。
「けど、打つ手が一切無いわけではないっす。フラッシリーが眼球を操作できるのは自身を中心に半径500メートル程度。また“眼球”を多く操っている間、フラッシリー本人は碌に身動きが取れないっす」
脳の容量を“眼球”の捜査と情報の処理に割いてしまうからだろう。
つまり複数の“眼球”が見えている間はフラッシリーに逃亡される恐れは無いということだ。
「まぁ、本人も弱点を自覚しているんでしょうね。槍と大盾、重鎧を着こんだ騎士を1人、常に引き連れているそうっすよ」
今回、イレギュラーズが行うべきは中層へ向かう仲間たちの支援である。
そのため、必ずしもフラッシリーを仕留める必要は無いはずだ。
「とはいえ、索敵能力は厄介っすからね。万が一逃げられても、後々大変になるだけなんで、仕留めちゃえるならそれが一番冴えたやり方だとは思うっす」
なんて。
両手の人差し指を立て、イフタフは告げる。
「選択肢は2つっすかね? フラッシリーを討ち取るか、永遠にフラッシリーを引き付け続けて“眼球”を使えなくするか」
どっちが皆さんに向いてるっすか?
牙のように尖った歯を剥き出しにして、イフタフはそう問いかける。
- <ディダスカリアの門>千里眼のフラッシリー。或いは、鼠狩りの時間…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年01月24日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●鼠狩り
アドラステイア。
下層のスラムに漂う空気は陰鬱だ。
汗と垢と血と吐瀉物の混じった異臭に、崩れかけた家屋が多数。それから、物陰に潜む痩せ細った子供たち。
息を潜め、身体を小さく縮こまらせて震える子供たちの眼前を、すいと何かが横ぎった。周囲の空気が数度は冷えて、子供の1人が小さく短い悲鳴を零す。
ぎょろり、と。
子供の方へ向いたのは、冷気を纏った眼球だ。
じぃ、と暫く子供の様子を視ていた目玉は、やがてどこへともなく飛び去って行く。
「ンフフ……小生が言うのもなんでございますが、随分と荒んでおりますねぇ」
血色の悪い指先で『殺した数>生かした数』藪蛇 華魂(p3p009350)は飛ぶ眼球をつまんで見せた。火炎を纏った眼球が、華魂の指先を焼き焦がし辺りに人の肉が焼ける異臭を散らす。
「病巣は早急に切除しなければなりません、小生の腕の見せ所でございます」
そういって華魂は、くるりと背後を振り返る。
瞬間、華魂の右腕を少女の手刀が撫で切った。つまんでいた眼球から手首までを纏めて抉った彼女の名は藪蛇蓮華。華魂の娘である。
「……」
血管が裂けたのか。華魂の手首から流れる血は止まらない。その様子を詰まらなそうに一瞥し、蓮華はすっと視線を逸らした。
蓮華が視線を向けた先には、小柄な少女が立っている。
少女……『斬城剣』橋場・ステラ(p3p008617)は右手に鼠を、左の肩に小鳥を乗せているようだ。
「華魂さん、もう少し南下した辺りに眼球が複数……え、どうしたんですか、それ!?」
右手を血で濡らした華魂をぎょっとした様子で見つめ、ステラは悲鳴にも似た声をあげた。当の華魂はというと、手首の裂傷など何てことないとでもいうように、糸で傷口を縫い合わせている最中であった。
「ンフフ。心配は不要。うちの娘はどうも不器用なようでして」
家族の形は家庭それぞれ。
無理矢理に自分を納得させて、ステラは小鳥を再び空へと解き放つ。
瓦礫の山に埋もれるように伏せた影。
夜闇よりもなお暗い、黒衣の男『群鱗』只野・黒子(p3p008597)は視線を素早く左右へ走らせた。
視界に映る範囲には、都合5つの眼球がある。
「……スラムの中央方向から飛んで来たようですね。っと、もう1つ増えましたか」
「確かに“千里眼”の異名に違いは無いでしょうが、これはちょっと……というかかなり異様な光景だな」
近くに潜んだ『忠義の剣』ルーキス・ファウン(p3p008870)は言葉を返し、物陰へ身体を潜り込ませる。
辺りに眼球が増えて来たということは、今回のターゲットであるファザー、フランシス・フラッシリーが付近を重点的に捜索しているということだ。
「逃げますか? このままでは、発見されるのも時間の問題かと」
「……そうなるのなら、もう幾らかの目玉を惹き付けたいところですね」
ひそひそと声を潜めて言葉を交わす黒子とルーキス。
「眼球が沢山……全部からの景色が見えるなんてどんな感じなのかしら」
黒子やルーキスから一拍遅れて、『盲御前』白薊 小夜(p3p006668)が白杖を胸へと引き寄せる。チリ、と微かな音がして仕込んだ刃を引き抜きかけた姿勢で彼女は動きを止めた。
もしも眼球が近くへよれば、刹那の間にそれを両断する心算か。
逃げるべきか、挑むべきか。
3人が次の行動を思案しているその最中、突如として眼球が同じ方向へ移動し始めたではないか。
3人の頭上に影が落ちる。
見上げた先には、空を舞う『青き砂彩』チェレンチィ(p3p008318)の姿があった。
どうやら眼球たちは、チェレンチィを追いかけているようだ。燃える眼球より放たれた熱戦が、チェレンチィの右脚を射貫いた。
空へと顔を向けた小夜の白い頬に、血の雫が降り注ぐ。
「他人の運命は他人のモノで、ボクが干渉する道理はない訳ですが」
流れる血もそのままに、チェレンチィは右へ左へ空を舞う。
その後を追う眼球を、翻弄するかのような軌道だ。接近して来た眼球を、手にしたナイフで斬り捨てる。
「子供を食い物にするというのは……少々いただけない」
攻撃直後の隙を突いて、チェレンチィの四方より残る4つの眼球が迫った。
熱線がチェレンチィの脇を穿った、その刹那。
「うん。これは確かに他所へ行かせたくはないよ。この場でボクたちがとことん相手しなくっちゃ!」
突風と見紛うばかりの高速で、眼球1つを爪で引き裂く女性が1人。
瓦礫を足場に、獣らしい跳躍で一気に距離を詰めたのだろう。
閃光を纏った『雷虎』ソア(p3p007025)は、空中で大きく腕を振るって姿勢を変える。強引に空中で身体を捻ったソラは、次の眼球へ狙いを定めて跳びかかった。
狩りは得意だ。
狩られる側も、狩る側も。
それは偶然だっただろう。
スラム街の中央付近、『ローゼニアの騎士』イルリカ・アルマ・ローゼニア(p3p008338)は地面に半ば埋もれるような形で残る煉瓦造りの家屋から、3つの眼球が飛び立っていく瞬間を見た。
足音を潜め、腰を低くし、片手に短刀を逆手に構え……1歩ずつ、けれど確実にイルリカは家屋へ近づいていく。
「どっちの牙が先に喉に届くか……ためそっか」
耳をすませば、家屋の内で人の呻く声がした。
次いで、またもう1つ、眼球が空へと跳びあがる。
どこかで仲間の誰かが眼球を潰したのだろう。今しがた、飛び立っていったそれは、補充のために新たに召喚したものか。
数歩。
イルリカは家屋へ距離を詰め……。
『ほう? 思ったよりも勘の良い奴がいるじゃないか』
壁越しに、嘲笑を孕んだ老爺の声を耳にした。
●フランシス・フラッシリー
紫電が奔る。
空気の焦げる異臭に次いで、炭化した眼球が幾つも地面に落下した。
「燃える眼球と凍える眼球、しかも魔凶付与と来ましたか、小生にとっては僥倖でございま
す」
片手を振って、華魂は皮膚に張り付く霜を振り払う。
右肩から頬にかけて、皮膚が爛れて血が滲んでいるのは、炎に焼かれたせいだろう。
相応のダメージを負いながら、潰した眼球は幾つになるか。瓦礫の散らばる通りを悠々とした歩調で先へ進みながら、視線を左右へと巡らす。
しゃくり、と靴の底が炭化した眼球を踏みつぶした。焼けていたのは表面だけだったのか、硝子体をはじめとする眼球組織が零れ、地面に染みをつくっていた。
「どんどん叩いて、どんどん追加をだし続けさせないと、ですね」
少し離れた小路から、両手に剣を下げたステラが現れる。
金の髪が少々焦げてはいるようだが、観たところ大きな傷は負っていない。
ステラの背後から漂う微かな異臭を嗅いで、華魂はにぃと唇を歪ませた。一体、ステラはどれだけの眼球を斬り捨てたのか。
索敵および指揮能力が高いことは承知していたが、どうやら戦闘も十全にこなせるらしい。なんとも頼りになることだ、と胸中で感嘆した華魂は足を止めてステラの指示を待っていた。
「この辺りの眼球は粗方潰し終えたようです。次はどこに出て来るか……っと?」
剣を指輪に戻したステラが、不意にピタリと言葉を切った。
どこか遠くで、空気の震えを感じたのだ。
「おや?」
華魂は、音のした方向……南の空へと視線を向ける。
空に一条、閃光が駆けた。
意思を持つかのように跳躍し、雄々しく吠えたその閃光はソアではないか。
遠目に詳細は窺えないが、彼女もまた飛び交う眼球を潰して回っているのだろう。
援護すべきか、と考えて華魂は腕を掲げる。
瞬間、伸ばした腕の先から順に霜が皮膚を覆い始めた。
瓦礫の影から現れた、冷気を纏う眼球の仕業だ。
「ンフフ。いいでしょう。さあ、おいでなさい。人を呪わば穴二つ…己が振りまいた厄災の報いを身を以てお受けなさい!」
弑逆的な笑みを浮かべた華魂は、濡れた舌で唇を湿らせるのだった。
家屋の間をすり抜けて、地面に近い位置を飛行するチェレンチィ。
その背を狙う熱線を回避し、冷気の渦を飛び越える。
右へ左へ。時折、スラムの子供が短い悲鳴をあげた。
チェレンチィを追う眼球の数は5つを超えている。ふわり、と泳ぐように空を飛びまわり、執拗に彼女を追い詰める。
「機動力と手数には少々自信がありますよ」
高度を落としたチェレンチィの背中を掠め、熱線が飛んだ。背に走る熱と、じくりとした鈍い痛みに顔をしかめながら、チェレンチィは右手で地面を強く打つ。
衝撃を利用し急上昇したチェレンチィ。
背の高い家屋の屋根を超え、その身は空へと舞い上がる。チェレンチィの後を追いかける眼球はまるで群れた蟲のようでさえあった。
視認した獲物を逃さないための追跡だ。
しかし、それこそがチェレンチィの狙いであるとフラッシリーは気づかない。
「あはっ!」
閃光。
屋根の上に差し掛かった眼球が、ぐちゃりと弾けて散らばった。
待機していたソアによる一撃に、眼球の動きが僅かに乱れた。
半数はチェレンチィを追って上昇を続け、もう半数はソアを警戒して散開したのだ。
「仕留め時は外しませんよ」
数の減った眼球に対し、チェレンチィは攻勢に出た。逆手に握ったナイフを一閃、眼球に深く切先を突き刺す。
一方、ソアはと言えば屋根から屋根へ跳び回りながら、散開していた眼球を1つひとつ潰して回った。
「スラムの中を追いかけっこなんていかにもフラッシリーの頭が疲れそうね。目玉をいくらでも出せるのなら、倒すのも追いかけっこさせるのも同じだわ。この調子でどんどん行きましょ!」
そう告げて、ソアは屋根を蹴り跳ばす。
姿勢を低くし、イルリカは駆けた。
片手に短刀を握りしめ、向かった先には灰色髪を長く伸ばした初老の男。目を閉じたまま、壁にもたれるようにしてじっとその場に立っている。
フラッシリーの首元を狙い、短刀を一閃。
しかしそれは、横合いから突き出された黒い大盾に阻まれた。硬質な音が響き、火花が飛び散る。大盾を構えた重装騎士が前進し、シールドバッシュでイルリカの体を家屋の外へと押し出した。
「建物の中には来てほしく無いってわけね……たぶん」
割れた額から血が流れる。手の甲でそれを拭ったイルリカは、瞬間、背筋を震わせた。
四方から突き刺さる幾つもの視線に気が付いたのだ。
見れば、建物を囲むように幾つもの眼球が浮いていた。
熱線が、冷気の渦がイルリカを襲う。
「……っぐ」
正面から盾と剣を構えた騎士が近づいて来るのが見えた。
一撃、斬撃を肩に受けイルリカは大きく姿勢を崩す。咄嗟に短刀を鎧の手首に突き刺したが、一矢報いたと言うには少々浅すぎる。
だが、問題はない。
血飛沫を散らし、空を仰いだイルリカはそこにステラの小鳥の姿を見たからだ。
足音も立てず、それは突然、現れた。
瓦礫の影や、家屋の中を駆け抜ける黒い影。
その背に盲目の女剣士を担いだ黒子は、先導していた鼠を追い越し跳んだ。
すれ違いざまに手刀を振るえば、黒い魔力の残滓が散って眼球を2つに引き裂いた。
熱線と冷気によって景色が歪む。
鎧を纏った巨体の騎士と、血を流すイルリカの姿をしっかりと視認する。
姿勢を落とし、地面を滑る。
背より降りた小夜がタタンと着地して、即座に疾走を開始した。
滑り込むようにして、黒子は騎士の眼前へ。
イルリカの身体を横から抱え、一瞬にして騎士の射程外へと逃げる。
追いすがる眼球は、イルリカの短刀が断ち切った。
その隙に小夜は騎士の脇をすり抜け、家屋の中へと駆けていく。小夜を止めるべく、騎士は慌てて踵を返すが……。
「失礼。そちらのファザー・フラッシリーに用があるのですが……立ち塞がるのならば、力付くで押し通るまで!」
一閃。
空気を切り裂く音がして、迫る刃を受け止めたことで騎士の移動は止められた。
ルーキスの操る2本の刀が騎士を襲う。
前面に構えた盾と剣でルーキスの斬撃を捌くので、精一杯といった有様。斬撃を受け止めるたびに、騎士の呼吸は荒くなる。
体力の消費が激しい。
視界が暗く、狭まっていく。
指先に感じる痺れは衝撃によるものではないだろう。
何らかの毒か、薬物による症状か。
騎士の焦りなど知らぬといった風な様子で、ルーキスは一気呵成に刀を振るい続けるのだった。
「見えているよ、お嬢さん」
目を閉じたまま、フラッシリーは小夜の斬撃を回避した。
フラッシリーの眼前で足を止めた小夜は、振り抜いた刀を即座に引くと背後より迫る眼球へ柄の底を叩き込む。
「そう。私は何も視えていないけど、これぐらいなら捌けるわ」
頭を下げて熱線を回避。
転がるようにフラッシリーに肉薄し、脚へ向けて斬撃を放つ。1歩、後退したフラッシリーは斬撃を回避。
ぼう、影から湧き出るように新たに2つの眼球がそこに現れた。
眼球の放つ冷気の渦が、小夜の顔面へ吹き付ける。
衝撃に仰け反りながらも、小夜はその場から下がらない。片手を伸ばし、放った刺突がフラッシリーの肩へ突き刺さる。
●狩りの顛末
【パンドラ】を消費し目を覚ましたイルリカは、ルーキスと共に騎士を襲った。
周囲を飛び交う無数の目玉は、引き寄せられるように黒子を攻撃している。
片腕には大きな火傷、背中に張り付く真白い霜。
ふらり、とおぼつかない足取りながらも黒子は脚を止めはしない。
黒子は眼球を引き連れながら、家屋の裏手へと駆けて行く。
「こちらの攻撃もかわせるかどうか、試してみるがいい!」
その場に残った騎士を相手に、ルーキスは一気呵成の攻めに転じた。
放った刺突は、刺突は部厚い鎧に阻まれる。
イルリカの短刀による一撃を、騎士は盾で弾き退ける。
衝撃を緩和するためか、騎士の動きが一瞬止まった。
盾の影に隠れるように、低い姿勢でルーキスは駆ける。重装騎士の懐へと転がり込むと、2本の刀を巧みに操り斬り上げを撃ち込む。
まずは一撃。
鎧の顎に切先を突き刺し、強引にそれを脱がせた。
次いで、顕わになった首元を狙う横一線。
盾を手放し、騎士は後退……けれど、その直後に騎士は己の敗北を悟った。
「あはっ、こんにちはーっ!」
どこか陽気な女の声と。
眼前に迫る獣の拳。
野山を駆ける猫のごとき俊敏さで、それは騎士の眼前に迫る。
空気の唸る音がした。
叩き込まれた一撃が、騎士の脳を激しく揺らす。
鼻が潰れ、前歯が折れる。
衝撃で眼球が飛び出しそうだ。
野生の獣の行う狩りとは、これほどのものだったのだろうか。
意識を失うその直前、勝ち誇ったソアの咆哮を騎士は耳にしただろう。
黒子の周囲を飛び交う眼球。
それを潰したのは、見慣れぬ少女とステラの放った斬撃だった。
魔力を帯びた2振りの剣を携えて、ステラは戦場を駆け抜ける。
地上を駆ける流星のように、魔力の残滓がステラの軌跡を描き残した。
その後を追って顔を覗かせた華魂は、黒子の肩にぽんと手を置き、にぃと口角を吊り上げる。
「ンフフ。随分と酷い怪我ですねぇ。しかしご安心を……小生が看てしんぜましょう」
「……悪化しないことを祈りますよ」
医者であることに間違いは無いだろうが、何故にこうも不安な気持ちを掻き立てるのか。
「炙り出されるのは其方ですとも」
そう呟いて、ステラは剣を振り上げた。
渦巻く魔力は、次第に色を黒へと変える。
高く掲げた剣を一閃、解き放たれた魔力の奔流は地面を抉り、瓦礫を巻きあげ、フラッシリーの潜む家屋の壁を砕いた。
砂塵の舞う中、転がるようにフラッシリーが飛び出した。
元より、近接戦闘を不得手としているフラッシリーだ。その身には無数の裂傷が刻まれている。
フラッシリーの後を追って、小夜が粉塵を突き破って駆け出した。
顔や腕には火傷が残るが、動けなくなるほどのダメージは負っていない。
「くっ……いや、広い場所ならば、まだ」
泳ぐように飛ぶ眼球を操れば、包囲網を突破することも叶うかもしれない。
自身の影に手を触れて、フラッシリーは消耗していた眼球を新たに数個呼び出した。眼球の操作と逃走を同時に行う必要があるため、呼んだ目玉の数は少ない。
召喚された眼球は、小夜の進路を阻むべく火炎と冷気で壁を作った。
それと同時にフラッシリーは立ち上がり、粉塵に紛れて逃走を図る。
けれど、しかし……。
「左へ半歩! 直進、10歩!」
頭上より響くチェレンチィの誘導は、小夜の耳に届いただろう。
業火と冷気の壁を強引に突っ切って、フラッシリーへ追いすがる。抱えるように構えた白杖。キン、と金属の擦れる音が鳴り響く。
抜刀。
駆ける勢いを乗せた斬撃が、フラッシリーの首から胸にかけてを抉った。
「このような……ところで。おぉ、すまない……すま、ない」
果たして、命の途切れるその刹那。
フラッシリーは、誰へ謝罪を述べたのか。
血を吐き、倒れ伏したフラッシリーは、それっきり二度と動き出すことは無かった。
「アドラステイア、色々思うことはあるけれど」
刀を鞘へと仕舞い込み、小夜は小さな吐息を零す。
こほ、と咳を1つ払えば、その口元から血が零れた。
こうして、アドラステイアのファザー、フランシス・フラッシリーはこの世を去った。
広範囲の索敵能力を持つフラッシリーが脱落したことで、進行も幾らか容易くなったことだろう。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
アドラステイアのスラム街にて、フランシス・フラッシリーを討伐しました。
これにより、一部地域の監視が薄くなったようです。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
フランシス・フラッシリーの無力化
●ターゲット
・フランシス・フラッシリー×1
アドラステイアのファザー。
痩せた身体の初老の男性。
長い灰髪を背で1つに纏めている。
“眼球”を召喚する魔術を得意としているようだ。
“眼球”は潜伏系のスキルや透明化を看破する。
同時に召喚できる“眼球”の数は30。操作範囲は半径500メートルほど。
30までなら、消滅した眼球を魔力が尽きるまで何度でも補充できる。
また、同時に10を超える“眼球”を操作している間は自由に身動きできないようだ。
燃える眼球:神中単に中ダメージ、紅焔、魔凶
業火に包まれた眼球。
凍える眼球:神中単に中ダメージ、絶凍、魔凶
冷気に包まれた眼球。
・重鎧の騎士×1
フラッシリーの傍に控える重鎧に大盾、槍を身に付けた騎士。
寡黙かつフラッシリーに忠実な性格をしており、常にフラッシリーの護衛を優先するよう教育されている。
それなりに戦い慣れているようで、大きなダメージを与えるより、フラッシリーを守り、自身も倒れないというような堅実な立ち回りを得意とする。
●フィールド
アドラステイア下層。
スラム街。
孤児たちが多く暮らしている。
スラム街のどこかにフラッシリーは潜伏しているようだ。
スラム街の各所を“眼球”が移動している。
プレハブやテント、廃屋など身を隠せる場所は多い。
それはイレギュラーズにとっても、フラッシリーにとっても都合の良い要素であるだろう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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