PandoraPartyProject

シナリオ詳細

悪意は無く、責任も無く、それでも彼らは奪われる

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――ちょっとした冒険のつもりだったんだ。

 お父さんとお母さんのお手伝いを終えて。仲の良い友達と一緒に『冒険ごっこ』を楽しんで。
 その途中で見つけた、誰も居ない洞窟で拾った宝石。
 それが、僕たちの村を終わらせる毒であっただなんて、まるで分からなくて。

 大人たちは化け物になって僕たちを探している。
 見つかった人は食べられた。生き残っている僕らは、ただ家の隅で誰にも見つからないことを祈るだけ。
「……けて」
 ああ、ほら。また声が聞こえる。
「たすけて。たすけて。しにたくないころされたくないたべられたくない。
 おとうさん、おかあさん。こわいかおをしないで。もとにもどって。わたし、これからはちゃんといいこに」
 かしゅっと言う、水気を伴った音と共に、声は途絶えた。
 何かが――誰かが暴れる音もすぐに止んで、こんな異常な情景も、もう何度だって繰り返してしまった。

「ごめんなさい」を、許される筈も無い狡い言葉を、何回呟いたことだろう。
 僕たちが村の大人たちを変えてしまった。変わってしまった大人たちが他の皆を食べてしまった。
 だから。
 ――――――だから?
「……壊そう」
 村の貯蔵庫の一角で、穀物を貯め込む袋に隠れる僕らのうち、誰か一人がそう呟いた。
「『宝石』を壊そう。大人の人たちを暴れさせている毒を壊そう。
 きっと戻るよ。きっと助かるよ。そうやって、許されなくても、僕たちは謝らなきゃ」
 何の根拠もなく、盲目に希望を信じる言葉に、けれど僕たちは縋るしかなかった。
 だって。あんな些細な好奇心が、僕たちを。僕たちを取り囲む何もかもを奪い去ってしまうなんて、誰も信じたくなかったから。

 そうして、僕たちは『宝石』を置いた『秘密基地』へ向かって、隠れ潜みながら歩き出す。
 ……「全てが上手くいって、それでも何も変わらなかったら?」
 そんな、絶望に満ちた仮定を、必死に頭から追い出しながら。


「……それで、実際は?」
「世界は童話ではない」
『子供たちが宝石と呼ぶ媒介原を破壊したとして、発狂した村人たちは元に戻るのか』。
 事のあらましを聞いた特異運命座標達のうち、エルス・ティーネ (p3p007325)からの質問に、死んだ目の少女は淡々とした口調で呟いた。
「……否(いや)、むしろ童話らしいと言えるか。随分と悪辣ではあるが」
 ――先日、ラサ外縁にある村で発生した悪性の病原菌による集団感染。貴様らにはその村人たちへの「対処」をお願いしたい。
 某日の『ローレット』にて、エルスたちが集まるや否や始められた依頼の解説は、予想はしていたものの、やはり気鬱を伴う内容となった。
「感染後、症状を発露した者は『表面上』理性を失い、生き物を無差別に食らうようになる。
 また、そうして発症した者も一週間と経たず死亡するため、ラサの重鎮はこれを緊急事態と受け止め、今回私たちに依頼を寄こしたわけだ」
 なお、病原菌の大元は、村の子供たちが近郊の洞窟から持ち出した鉱石……正確には先の病原菌の集合体であるそれが原因であるらしい。
「元々空気感染はしないタイプらしくてな。生き残っていたそれらは自身らの死滅した部分を石のように硬質化して外殻を創り、外気との接触を防いで洞窟に潜み続けていたらしいんだが……」
「それらを持って……『触って』持ち運ぶ子供たちが契機になってしまった、と」
 碌でもない話だ。そう吐き捨てるように言う嘉六 (p3p010174)の言葉に、情報屋は元より、横に並ぶ特異運命座標達も返す言葉が無い。
「最悪なのは、この病原菌は感染から発症までに長い期間を挟むことだ。
 結果として自覚症状のない子供たちは自身の感染に気付かぬまま、多くの村人と触れ合うことで村内の人間を一人残らず感染させてしまった」
「治す方法は――――――」
「『童話ではない』。これも先の答えと同じだ」
 蓮杖 綾姫 (p3p008658)が、忸怩たる表情で俯いた。
 切っ掛けは些細で。罪と呼べるようなものなど何一つなくて。
 そんな村人たちに嗤いながら理不尽を突き付ける何某かの姿を、綾姫は今だけ幻視した。
「……村人への対処は」
 会話が停滞した卓にて、改めて言葉を発したのはコルネリア=フライフォーゲル (p3p009315)である。
「全員を殺害、それで良いの?」
「死体にもしばらくの間病原菌は残り続ける。完全に滅菌するためには全員を焼却するしかないだろうな」
 返答に対して、修道女は肩をすくめる。
 淡々とした「ように見える」彼女の内心を推し量る者たちは、介在する感情を理解しながら――それでも、それに気づかぬふりをした。
「……村内の話だが、既に発症した者は体力が旺盛な成人男性が殆ど。対して子供や老人などはまだ正気の者が多い。
 それでも結果的に感染している以上、殺害する以外の対処は出来ない訳だが……上手いこと利用すれば、効率的に任務を終えることが出来るだろう」
 そして、と情報屋はもう一つの依頼目標を告げる。先に行った『宝石』の破壊を。
「発見された洞窟の滅菌処理と封鎖は済んでいるため、後はその『宝石』を破壊すれば病原菌の拡散は防がれる。
 今現在どこにあるかは不明だが……其処は先ほど言った通り、運び出した子供たちの内、正気であるものを捕まえて聞くのが手っ取り早いだろう」
 健闘を祈る。そう言って卓を離れる情報屋は、刹那。

「――罪を背負うなよ」

 その一言だけを、残していった。
 悪意のない事故。それらへの『致命的な対処』を偶然任された貴方達が、それに責任を感じる必要など何一つないのだと。

GMコメント

 GMの田辺です。この度はリクエストいただき、有難うございました。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・村人全員の殺害、その後村全体の焼却処分
・『宝石』の破壊

●場所
 ラサ外縁。砂漠と言うより周辺を大きな岩に取り囲まれた村です。
 人口は150人程度。その内悪性の病原菌に発症した者は凡そ4割ほど。
 地理の関係上、村の出入り口は一つしかなく、事実上其処を封鎖すれば作戦目標の内一つはクリアすることが出来るでしょう。
 時間帯は昼。地形は団地のように民家が集合している部分と、石切り場や少ない家畜を育てる作業場が集まった部分に分けられており、村人が集まっているのは主に前者となります。

●敵
『村人:発症者』
 近隣の洞窟で見つかった悪性の病原菌に感染、発症した村人たちです。大半は成人男性。
 自身と同じ発症者を除いて、目についた生き物を食らおうとする習性を持ちます。
 また、「彼らは発狂していますが、自我を喪ってはいません」。
 コミュニケーション能力を失い、本能の儘に行動していても、彼らは自身たちの行いを、自身たちに向けられる行い理解しています。それは彼らが殺されることも。
 或いは、その死の間際に、彼らの本心による末期の言葉を聞き遂げることが出来るかもしれません。

●その他
『村人:感染者』
 上述の病原菌に感染したものの、その症状には発露していない村人たちです。大半は老人や子供。
 肉体的なスペックや会話への対応等は常人と変わりありませんが、此方も時間経過で『発症者』となる確率が上昇していきます。仮に発見できた場合、即座に殺害した方が良いでしょう。

『宝石』
 上述した病原菌の集合体。自身が死滅しうる状況になった場合、既に死亡した細菌を外殻として外界からの影響を断つ習性を持ちます。
 この『宝石』に物理的に接触したキャラクターは、その状態にかかわらず「罹患状態」となります。
 罹患状態となった場合、重傷、「その他」の可能性が在ります。
 スペックについて、耐久力はありますが、スキル等によっての破壊は可能。焼却処分も行えばほぼ間違いなく滅菌できるでしょう。
 シナリオ開始時、この『宝石』がどこにあるかは不明です。正確な所在地については、これを村内に持ち運んだ村の子供達だけが知っています。

『子供達』
 村内を隠れて動き回る子供達です。数は6名。
 自分たちが持ち込んだ『宝石』によって村の大人たちがおかしくなってしまったことを勘交じりながら理解しており、自分たちがそれらを破壊するという責任を果たそうとしています。
 村内には詳しいため、隠れたり逃げたりは比較的得意ですが、それでも6名が集まって移動している以上、発症した村人たちに見つかってしまうことは時間の問題でしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。



 それでは、リクエストいただきました方々、そうでない方々も、参加をお待ちしております。

  • 悪意は無く、責任も無く、それでも彼らは奪われる完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年01月12日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ロレイン(p3p006293)
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)
※参加確定済み※
蓮杖 綾姫(p3p008658)
悲嘆の呪いを知りし者
※参加確定済み※
鏡(p3p008705)
コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤
※参加確定済み※
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
嘉六(p3p010174)
のんべんだらり
※参加確定済み※
ハンナ・フォン・ルーデル(p3p010234)
天空の魔王

リプレイ


 命が潰えていく。
 無秩序に食い荒らされ、或いは「そのようにする」者たちに抵抗した結果、襲う者たちの命が奪われていくことも。
 ――その最中。阿鼻叫喚の地獄となった一つの村内を、駆け回る子供たちが居た。
「細くて入り組んだ道を走れ。僕たちが動きづらければ、大人たちはもっと動きづらい……!」
 可能な限り抑えた声で、先頭を往く少年が他の……「4人の」子供に告げる。
 少年の声に応える子供たちは、しかしすでに疲弊しきっていた。端々の擦り傷、休むことなく走り続けた身体からの悲鳴、何より……この現状に対しての精神が。
「……ねえ、本当に」
 ――――――本当に、大丈夫なの?
 言いかけた言葉の意図は明白だった。
「もし自分たちが村に持ち込んだであろう感染源を破壊したら、本当にすべては解決するのだろうか」という疑問。
 子供たちの内、誰もが目を逸らし続けたそれが、怯懦に塗れた心の隙間から顔を出し始める。
「………………っ」
 疑問に答える子供たちは居ない。俯く顔と、止まる足。
 ――それこそが、今自分たちが最も行なってはいけないことだと、気づきもせずに。
「……ぁ」
「え?」
 周囲に居る子供達とは全く違う方向から流れてきた声に、先頭の少年が振り返る。
 振り返って――その背後に、今にも追い付かんとしていた発症者の姿を見た時、彼は「失敗した」と絶望する。
 実際、その考えは間違いではない。
 ……ただ、それは『今』ではなかった、と言うだけ。
「伏せろっ!」
「……!!」
 反射的に身を屈め、そしてそれが奏功する。
 発症者が伸ばした手が細剣に穿たれた。ならばと大口を開けて子供たちに食らいつこうとした発症者の頭蓋を、刀が音もなく両断した。
 その『結果』を子供たちに見せまいと、子供たちの前に現れた二人が、片や柔和に、片や退廃的に、其々の笑みを浮かべて言う。
「お、兄さんたち、は……」
「……俺たちはイレギュラーズだ。 この村の病に対処するために……『宝石』を壊しに来た!」
「よく頑張りましたねぇ。こうなってしまったのはアナタ達のせいじゃないのに」
『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が、鏡(p3p008705)が告げる言葉に、子供たちは安堵と希望をない交ぜにしたような笑みを浮かべて、彼らに縋りついた。
 ――その脳裏に秘めた本当の目的に、誰一人気付くことが無いまま。


「……今頃」
 場所は変わり、村内の集会場。
 未だ理性を失っていない村人たちを探してはこの場所に集める役割に一先ず徹していたロレイン(p3p006293)は、不意に中空を見てぽつりと呟く。
「鏡さんたちは、子供たちを見つけられた頃でしょうか」
「と言うより、そうであってほしい所ですね」
 言葉を返したのは『天空の魔王』ハンナ・フォン・ルーデル(p3p010234)だ。
「今の時点で子供たちが見つかっていなければ、生存は絶望的です。
 そうなれば……ことをすべて終えた後、しらみつぶしに村内を探す必要が出てきますから」
 既に分かる通り、今回この依頼にあたった特異運命座標達は、その編成を二人四組に分けて行動していた。
 鏡とイズマは本依頼の目標である『宝石』……現在村内に蔓延する病原菌の感染源の探索、ロレインとハンナは病原菌に感染こそすれ、発症していない村人たちを一か所に集める――保護、と言う名目で――役目を。
 そして残る者たちは、症状を発露し、暴れまわる村人たちへの『対処』に回っている。
「あっ……あ?」
 突如、集めた村人の内一人が、びくんと身体を折り曲げて声を上げる。
「おい、大丈――――――」
「あっ、あ、ァ……ァァァァァアアアア!」
 声を掛けた村人の首が、食いちぎられた。
 ロレインが眦を細める。感染者を一か所に集めて後々処理しやすくしようという彼女の考えは、こういった時間経過による発症者の発生から成功とは言い難く、寧ろその対処として此処に縛られるというデメリットが目立っていた。
 上がる悲鳴。集会場の外を目指して逃げる村人たちは……しかし。
「おっ、おい! アンタ! 扉を開けてくれよ!」
「外も暴徒だらけです。出たところで更に危険な目に遭うだけですよ」
「そうだとしても、こんな室内に閉じ込められてちゃ……!」
 羊の群れと狼が、一室に閉じ込められているようなものだ。
 そうハンナに抗議しようとした村人の横を、するりとロレインが通り過ぎる。
 その足の向く先は、今なお暴れまわる村人。
「……死者よ、我が罪を数えよ」
 肉体に組み込んだ術式が、体外に紫電を放出した。
 チェインライトニング。一瞬の、けれど激しい閃光と破裂音を伴った一撃が放たれた後――発症した村人が居た場所には、炭のカタマリだけが転がっていて。
「救えない命なら、せめて安らかに」
 膝を折り、死体とも呼べないそれに対して瞑目するロレイン。
「……これで、中は『安全』です。よろしいですね?」
「あ、ああ。だが……」
 少なくとも当座の危機を排除したロレイン達に対して、村人が向ける視線は畏怖と懐疑。
 原因不明の病気に発症した村人を、即座に殺害する判断の速さは、転じて彼らに「発症こそ死である」と認識づけるには十分だった。
「……私は軍人だから、このような任務こそ本懐と捉えてはいますけれど」
 あなたはどうなのですか? 視線でそう問うたハンナに対して、彼女の傍に戻ってきたロレインは静かに口を開く。
「多くの命を確実に救うため、今処理する。これもまた使命なのでしょう。……ただ、」
 ゴメンナサイ。声には出さず、唇の形だけをそう作ったロレインに、ハンナは言葉を返さなかった。
 ――恐怖を湛えた静寂は、いずれまた乱される。外部から襲い来る発症者か、或いは先ほどのように新たに発症する内部の村人によって。
「……そうですね。本来であれば、慣れるべきではないのでしょうが」
 今だけは、この心の摩耗に感謝すべきなのだろうか、とも思う。
 嘗て英雄と呼ばれるまで敵を殺害せしめたハンナは、そう独り言ちた後、貼り付いていた集会所の扉から一人、外に出る。
 扉の向こう。集まり始めていた発症者たちを前に、彼女は閃光手榴弾のピンを抜いた。


 長閑であった村には不似合いなバイクの音が、轟轟と響き渡る。
 背後には追い縋る発症者たち。それらから逃げ続ける『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)は、自身の背後に微か、視線を送りながら、口の中で独り言を零す。
(――なるほど、確かにアタシ達向けの仕事ね)
 自らを悪と称する者は、そうして態と広い道を縦横無尽に走り続ける。
 大きな音と、土煙を含む目立つ姿に発症者は一人、また一人と増えていく。本来は村内に居る発症者たちを包囲する目的として用意した移動手段は、しかし理性の無い彼らに対してこのような形で予想外の効果をもたらしていた。
「……『網』は大引きよ、刻む準備は出来てるんでしょうね?」
 一通りの道を走り終えたコルネリアは、そうして村の中心部へと鉄騎を駆る。
 果たして、其処に居る相方へと向けられた言葉は。
「……あァ。別嬪さんの誘いに、無様な真似は見せられねえよ」
『特異運命座標』嘉六(p3p010174)の行動を以て、確たる答えに結実する。
 真上に放つ弾丸は一発。それが――わずか数秒の間に千々に分かれ、コルネリアの背後に居る発症者たちを幾重にも撃ち貫いた。
 痛みに悶える悲鳴が重なる。その大半は意味を持たず、若しくは言葉も無く命を落とす者だって幾らかは居ただろうが。
 ――その最中、「いたい」と。
「……!」
 表面上の理性が発症と共に失われたはずの彼らの最中に、その声が聞こえたのだ。
 未だ生き残る発症者たちに対処しながらも、コルネリア達はその声がした方向へと歩みを進め、果たして。
「いたい、あつい。くるしい。
 なんでだ。なんで、こんな」
 其処には、壮年の男性が倒れ込んでいた。
 四肢の半分は嘉六の弾丸で折れ砕け、噴き出した血も多量。間違いなく死を前にした状態だ。
「……悪いな。何発でも撃ち込んでやる」
「待って」
 自身のリボルバーの撃鉄に指を掛けた嘉六を、しかしコルネリアが制した。
 無暗に痛みを長引かせる必要もあるまいと言う嘉六の慈悲を、しかし彼女が止めたのは――男性が、残る片腕を彼女たちに伸ばしていたから。
「……言いたいことは?」
「しす、たあ」
 彼女の服装を見て、男性は朦朧とした意識の中、それでも必死に言葉を紡ぐ。
「子供をころしたんだ。つまも。
 何度も手を止めようとして、でも出来なくて。ああ、おれはさいていだ。くそったれの、人ごろしだ」
 ――病原菌により理性を奪われながら、しかし自我を喪ってはいないと、彼の情報屋は言っていた。
 死の間際。流れ出た血と共に病原菌も失われ、故に理性を取り戻した男性が、己の行いを顧みて苦しむ様に、コルネリアは伸ばされた手をそっと包んだ。
「……落ち着きなさいよ。これは夢だから」
「ゆ、め」
「ええ。こんな悪夢からはさっさと覚めて、早く家族に朝の挨拶をしてきなさい」
 ……コルネリアの言葉と共に、嘉六は燻らせた紫煙を介してギフトを施す。
 判断力を少しだけ鈍らせるその些細なチカラは、しかし死に掛けの男性には明確な祝福として機能し、その表情を緩ませた。
「……ああ、ゆめか。
 ゆめなら、よか、った」
 それが、最期。
 包んでいた手から力が失われたのを確認したのち、コルネリアは男性の瞼を閉ざす。
「……嘉六」
「何だい?」
「全部終わったら、火ぃ貸しなさいよ」
 そう言って、コルネリアは再びバイクを走らせる。
「……ああ、勿論」
 煙管の火を一度落として、嘉六は再びリボルバーを構える。
 幾許の後、再び数多の村人の命を奪う、その為に。


 ラサとは、この無辜なる混沌に於いて傭兵が主導する国家である。
 そして、傭兵とは報酬の為に依頼を、任務を為す者たちの総称だ――――――時に、自己の倫理を捨て置いてでも。
 ……「だから、今回だって出来るはずよ」と。
『竜首狩り』エルス・ティーネ(p3p007325)は自己に言い聞かせた。自らをラサに生きる者として定義するための、些細な覚悟を。
 彼女『達』が積み重ねた屍はそう多くない。偶然とはいえ発症者たちの誘導に奏功したコルネリア達とは違い、エルスらは発症者を効率的に見つける術も、呼び寄せる方法も持ち合わせていないのだ。
 結果として彼女らは遊撃隊のように村内に隠れ潜む感染者や発症者を見つけては、それを殺害するという動き程度に収まることを余儀なくされていた。
「……ひ」
 忘我の間隙。息を呑むような、小さな悲鳴がした。
 道端に転がっていた樽を『断ち斬りの』蓮杖 綾姫(p3p008658)が切り開いた。その陰に隠れていたのは、一人の母親と、その赤子。
「お……お助けください。
 小さな子なんです。何の力もありません。私の命は差し上げますから、どうか、どうか……!」
「……ご婦人。その、子供は」
 見つけた村人が誰であろうと、容赦なく切り伏せていたエルスと綾姫は、影からそれを見ていた母親には辻斬りのそれと変わりなく映ったのだろう。
 片腕で赤子を抱えながらもひれ伏し、命を乞う母親に、しかし綾姫は言葉を発し……口をつぐんだ。
 ――赤子は活発に動いていた。伸びてすらいない爪で母親の腕を掻こうとし、生え揃わぬ歯で食らいつくようにその首にしゃぶりついて。
「……大丈夫、怖くないわ」
 懊悩する綾姫の傍ら。エルスが柔和な表情を浮かべて手を差し伸べる。
 顔を上げ、あ、と母親が零す。命を救ってくれると、希望を抱きかけた表情は、しかし。
「――だって、一瞬で終わるから」
 依頼中、不要としていた言葉を、その時ばかりは紡いでいたエルス。
 きぃんとペンデュラムが音を鳴らした。次いで顕れた闘気の糸が、赤子の頭蓋と、胴と、手足を千々に引き裂く。
「……えっ? あ」
 幸か不幸か。恐らくは、後者なのだろう。
 小さな血の池と化した赤子を掬わんと、再度身を屈めた母親。予期せぬ体勢の変化により、綾姫が放った絶命の太刀は母親の身体を三分の一ほど切り落としたの身に留まった。
「あっ、あ――――――や、いやぁぁぁぁぁ!」
 漸くの絶叫。それが痛み故か、或いは我が子を喪った悼み故かは、分からないけれど。
「ひっ、ひと、ごろし!
 死ねばいい! 苦しんで! 大切なもの、ぜんぶ失くして――」
「ええ。存分に、我々をお恨みください」
 斬撃がもう一度。そうして、今度こそ母親の言葉は、命は途絶えた。
「……綾姫さん」
 動かなくなった二人の死体を前に、ゆっくりと身を屈めた綾姫。
「……村の人たちを殺す度、向けられた目に、掛けられた声に、私は何度も奇妙な感覚を覚えました」
 真っ白な顔で、誰ともなく呟く綾姫は、そうしてエルスに視線を向けて、笑った。
「それはね、エルスさん。
 懐古だったんです。私は嘗ての世界に於いて、こう在ることこそが、当然で、自然だったんですよ」
 ――今にも泣きだしそうな瞳のまま、そう言った綾姫の頭を、エルスは自らの胸元に抱き寄せた。
 総ては未だ終わらなくとも、今この時、彼女の心が砕けて散ってしまいそうな今だけは、こうしていようと。


 時が経つ。
 最初の内は幾重にも聞こえていた悲鳴と叫び声は、時と共に失われていき、そうして最後に。
「――――――え?」
 ……村内の発症者をほぼ全て殺し終えた後、集まった特異運命座標達は、そうしてロレインとハンナが守ってきた集会場の村人たちに武器を向けていた。
 全ては運が悪かったのだとロレインは思い、
 この行為を忘れることはすまいとハンナは誓った。
 ほんの少しの我慢だと、嘉六は村人達を見遣り、
 この罪を、今また新たに重ねようとコルネリアは決意する。
 この理不尽を憂うしかない自らを綾姫は嫌悪し、
 最愛の人を胸に、己の心を殺せるようエルスは強く願って。
 けれど、誰一人。
 今命を奪わんとする村人たちに掛ける言葉を放つことはなかった。

 ――――――たすけて。

 残る村人たちのうち、最初の一人が声を上げようとする刹那。
 鍔鳴りが、術技が、轟音が、小さな集会場の総てを埋めつくす。
「……最後のパーティーには、参加し損ねましたねぇ」
 何もかもが。
 人も、場所も、一切合切が瓦礫と血だまりに変じたその場所に佇む特異運命座標達に、鏡が背後から声を掛けた。
 続いて、イズマが。両者に怪我らしい怪我はなく、しかし彼は沈痛な表情で胸を押さえながら、ゆっくりと口を開いた。
「……子供達と共に、『宝石』を見つけ、破壊した。
 その後、子供達も全員殺害したよ。……ただ」
『宝石』を破壊し終えた後、イズマは子供たちに気取られるより前にその命を奪おうとした。
 けれど、鏡はそれを止めて、こう言ったのだ。
「言ったでしょお? 責任なんかない、アナタ達は被害者なんです。
 これは償いでも罰でもない。ただ運が悪かったからアナタ達は死ぬんです」
 だから自分たちを呪っていい。恨んでいい。受け入れる必要も無いと。
 それは子供たちに対する哀悼ではなく、恐らくは鏡自身が負うべき責務として言った言葉なのだろうが、それでも。
「『たくさん恨みます。たくさん、死にたくなかったって、言い続けます。
 そうして、それとおなじくらい……ありがとうって、言います』。そう、彼らは言っていたよ」
 僕たちを悪くないと、そう言ってくれてありがとう。
 僕たちが背負いかねなかった恨みを、全部引き受けてくれてありがとう。
 鏡が言う達観でも、諦念でもない。
 それは、人並みに人の死に、人を殺すことに心を痛める特異運命座標達に向けた、或る意味では最も心を刺す言葉という、最大限の恨み。
「――――――あ、っ」
 綾姫が頽れた。両手で顔を覆い、ただ、嗚咽の声だけを響かせる。
「……嘉六」
「あァ、分かってる」
 コルネリアの言葉に、嘉六は火をつけたマッチをコルネリアに手渡した。
 自身の煙草に火をつけた彼女は、そうして残ったマッチを瓦礫の中央へと放る。
 木造の建物に、一度火がついた後は早かった。村で一番大きな建物の残骸に火が燃え広がれば、あとは残った民家にも延焼していくことだろう。
「何も残さず、いつかの世で掘り返されることもないよう、跡形もなく」
 どうか、全部全部燃えちまえと、嘉六は静かに火を眺める。
「……早めに村を出ましょう。村人が出ないよう建てたバリケードを退かす時間が要りますから」
 最初に踵を返したハンナの言葉に、残る者たちも一人、また一人とその場を去っていく。
「誰も救えない戦い、確実のための一方的な屠殺。今日この日に重ねた罪は、いずれ私を裁くでしょうか……?」
 そうして、最後に。
 ぽつり、ロレインが去り際に零した言葉を聞いていたエルスは、感情も無く口の端を歪めた。
「裁けるほどの罪で済むのかしらね。だって……」
 ――こんな仕事もある。それは、きっとこれからも。
 仲間たちの内でもいっとうの返り血を浴びたエルスは、自らがこうした役回りを今尚担い続けることに、少しだけ苦笑した。



 そうして、村には生きた者が誰一人居なくなり、それを覆い隠すように炎が包み。
 何もかもが無くなったその場所を、覚える者も軈て居なくなるのだろう。たった、八人を除いては。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

子供たちに最後の自由を許した鏡(p3p008705)様に、称号「精いっぱいの恨みを込めて」を付与致します。
ご参加、有難う御座いました。

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