シナリオ詳細
拝啓、薫・アイラ様。或いは、ローラン家、波乱の茶会…。
オープニング
●シャルロット・ローランからの招待状
『北風すさぶ季節、ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
さて、この度1年の締めくくりとし、当家にてささやかながらお茶会を開催する運びとなりました。
正午よりの開催予定となっておりますので、のでお忙しい中恐縮ですが、是非とも拙宅までお越したまわりますようお願いいたします』
月の綺麗なある夜のこと。
豪奢な廃墟の一室で、紅茶を楽しむ薫・アイラ(p3p008443)の元に1通の手紙が届いた。
手紙の送り主はシャルロット・ローラン。
以前に王都『メフ・メフィート』郊外の小さな街で起きたある騒動の折、知り合いになった貴族の女性だ。
父母に先立たれ、使用人は離れ……責任ばかりを背負った彼女の元に訪れた1人のメイドが起こした騒ぎは、街のならず者たちを巻き込み、ある種の暴動にまで発展した。
アイラを初めとしたイレギュラーズは、メイドおよびならず者たちを鎮圧。
騒動は一応の解決を見たの……というのが、大まかなことの次第である。
「あら? あらあらあら! シャルロットさんったら、お元気そうで何よりですわね!」
そう言ってアイラがテーブルの端にカップと手紙を並べて置けば、すぐさま空いたスペースにインク壺と羽ペン、そしてまっさらな便箋が設置された。
するり、と音も無く、またそれを置いた者の姿は見えない。
けれどアイラはさも当然といった様子で「ありがとう」と礼を述べると、羽ペンを手に手紙に返事をしたためる。
●メイド長・アリアからの警告
『寒気いよいよ厳しく、お変わりなくお過ごしでしょうか。
先だっては大変お世話になりありがとうございました。
皆さまのご協力もあり、無事にローラン家に仕える運びとなりましたことをご報告すると共に、改めて感謝を述べさせていただきます。
略儀ではございますが、ひとことお礼を申し上げたくペンを摂りました。
今後も変わらぬご指導のほど、よろしくお願い申し上げます。
さて、この度のお茶会に関してですが、1点、シャルロットお嬢様にはお伝えしていない問題がございます。
それは、お嬢様を突け狙う不審人物の存在についてです。
私が独自の伝手で調べたところによれば、不審人物の名はグラース。
美術品を専門に狙う怪盗とのことです。
また、グラースの仲間であり銃の名手としても名の知れたアクシスという男も同行しているとの情報を掴んでおります。
さて、グラースの狙いについてですが、おそらくお嬢様が肌身離さず持っておられる家宝のペンダントだと予想されます。
グラースは非常に狡猾で、そして身のこなしが軽く、他者への変装を得意としていると耳にしております。
また【石化】や【封印】、そして【紅焔】といった異常をもたらす薬品の扱いに長けているとの情報も得ました。
本来であれば、お嬢様の安全のためにもお茶会の中止を進言するべきなのでしょう。
しかし、つい最近になってやっと笑顔を取り戻したお嬢様のことを思えば、楽しみを奪うような真似はしたくないと感じてしまいます。
そのため、お嬢様には内密のうちに皆様のお力添えをお願いしたく、こうして手紙をしたためさせていただきました。
私の意思としましては、お嬢様に知られることなく事を収め、お茶会を無事に終えたいと考えております。
どうぞ、グラース一味の撃退にご協力いただけますよう、伏してお頼み申し上げます。
追伸
アイラ様におかれましては、お嬢様との関係ゆえに、特に危険を被る可能性もございます。
そのため、場合によってはご自身の身の安全を優先されることもご検討くださいますよう具申させていただきます。
以上、季節の変わり目につきご自愛下さい。』
- 拝啓、薫・アイラ様。或いは、ローラン家、波乱の茶会…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年12月26日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●ある晴れた日
空気は冷たい。
されど空には白い太陽。
降り注ぐ日差しは暖かく、風に揺れる木々のせせらぎは心地よい。
ところは幻想、ローラン家の屋敷。
森と草原を望む屋敷の裏手にて、本日は年の締めくくりたる茶会が催されていた。
茶会の主催はローラン家の若き当主、シャーロット・ローラン。
まだまだ年の若い貴族の少女だが、事故による両親の他界により当主として領地の運営を担っている。
「……それで、若きご当主様の身に付けているペンダント“シャイン・オブ・ローラン”が今回の獲物ってことで間違いないんだったな? グラース」
森の木々に紛れるようにして、黒いスーツの男が告げる。
黒いハットを目深に被り、蓄えた顎髭を風に揺らしている。
「正確にはペンダントに嵌っている宝石の方が欲しいんだ。ここの領地に古城があるだろ? あそこにある宝物庫の鍵なんだよ」
黒ハットの男、アクシスに応えを返したグラースの姿は見えない。
どうやら木の上に姿を隠しているようだ。
「厄介なのは護衛のメイド長だけって聞いていたが?」
「手ごわそうな連中が紛れ込んでいるな。だが、まぁやることはいつもと変わらねぇ。そうだろ、アクシス」
「そりゃそうだ。さて、それじゃあ?」
「あぁ、お仕事開始といこうぜ、相棒」
短く言葉を交わした直後、グラースの気配が掻き消えた。
アクシスは茂みの影に腰を落とすと、ライフルを構え引き金にそっと指をかける。
「命まで奪う趣味はねぇ。茶会の邪魔して悪いが、こっちも仕事なんでな」
低い声で謝罪を告げて……。
「よう。隠れん坊は楽しいかい? おれさまも混ぜろよ」
背後からかけられた男の声に反応し、素早く前へと転がった。
『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)の振り下ろした斧は、アクシスの肩を引き裂いた。
傷は浅いが、射撃を阻止できただけでも上等だ。
「なんだぁ? 隠れん坊の次は鬼ごっこか? よおし、とっとと捕まえて、クソみてェな盗人野郎どもをシバき倒してやるぜ!」
アクシスの選択は逃亡。
この場でグドルフと交戦する気は無いようだ。
「あん? マジで鬼ごっこかよ」
「あはぁ? 逃げられちゃいましたぁ?」
斧を担いで、顎髭を撫でるグドルフへ声をかけた者が1人。
「狩人気取りの野良犬を狩りましょうねぇ」
腰の刀に手をかけて鏡(p3p008705)とグドルフはアクシスを追って、森の奥へと歩を進める。
人気の失せた屋敷の廊下で、相対するは2人の男。
ポケットに手を突っ込んだまま『竜剣』シラス(p3p004421)は廊下の先に立つ男性へ鋭い視線を向けている。
「アクシスとかってのは、銃の名手なんだろ? 目立つライフルを捨て、グラースの協力で変装して入ってくるなんて可能性もありそうだよな?」
「おぉ、そうじゃの。って、もしかして儂のことを歌がっとるんか?」
相対する男……『天を見上げる無頼』唯月 清舟(p3p010224)の手には拳銃が握られている。
顔を顰めた清舟は、唸るように声を漏らして視線を左右へ彷徨わせる。
「キョロキョロしてたが、狙撃ポイントでも探してたんじゃないのか?」
「壺とかこれ幾らするんじゃろ……って見とっただけよ」
そう言うシラスの方こそが、グラースの変装ではないか。
その可能性を考えた清舟は、距離を詰めることを躊躇う。
沈黙の時間が数秒ほど経過し……直後、遠くで1発の銃声が鳴り響く。
一方その頃、裏庭では少人数による茶会が開かれていた。
メイド服に身を包んだ『こそどろ』エマ(p3p000257)は、楚々とした足取りで会場中を歩き回る。
「撃退するだけならばともかく、バレずにやれというのはなかなか難しいですね……」
顔に笑顔を貼り付けたまま、エマは客人の様子を観察している。客人の数は10名ほど。その中にグラースが紛れ込んでいる可能性が高いだろう。
「一見して不審な感じはしませんね。そちらはどうです?」
エマが視線を向けた先には、鉄の義足の女性が1人。『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)は形のよい鼻をすんすんと鳴らし、嗅覚を頼りにグラースの居場所を探っていた。
「くんくん……これは紅茶の匂いね……セイロンだわ。それに油で揚げた生地とオレンジピールの香り? わかったわ、アイラのお土産はフリッテッレね」
猟犬並みの嗅覚は、テーブル上に出されていない菓子の種類さえ言い当てて見せた。
茶会の主催、シャルロットの隣には『高貴なる令嬢』薫・アイラ(p3p008443)が控えている。2人の背後で、身じろぎの1つもせずにメイドのアリアが給仕の仕事を遂行していた。
「アイラさん。本日はお越しいただき、ありがとう」
「まぁ、こちらこそご招待いただきありがとうございますわ。ですが、見知らぬ方ばかりで少々緊張してしまいますわね。ねぇ、招待されている皆さまをぜひご紹介いただきたいのですが」
「そうね。私ったら気が利かずにごめんなさい。えぇと、でしたら」
談笑していたアイラとシャルロットの2人は、招待客たちの姿をぐるりと見まわした。
領地の地主に、遠方より来たラサの商人、ローラン家の招致した貿易会社の代表と、名だたる名士が勢ぞろいしている。
「あら? あの方は?」
1人ひとり、紹介を続けるシャルロットだったが、ふとその視線が1人の女性のところで止まった。こういった茶会の場において、女性の多くはドレスを着用するものだ。しかし、シャルロットが視線を止めたその者は、褐色の肌をパンツスーツに包んでいる。
「シャルロット様、あちらは私の招待した客です」
応えを述べたのはアリアである。
アリアは女性……『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)へ視線で合図を呼んで近くへ呼び寄せる。
「ごきげんよう。しがない喫茶店を経営しております、モカ・ビアンキーニと申します」
「紅茶を淹れるのに不慣れなもので。手伝いを、と思い招致した次第です」
「えぇ、本日はぜひ、私が入れた美味しいお茶を召し上がってください」
アリアの許可を得たモカは、用意されていた茶葉の缶へと手を伸ばす。
直後、モカとアリアはピクリと肩を揺らす。
「……モカ様」
「あぁ、気づいたよ。不穏な視線だった……アリアは動かないでくれ」
声を潜め、言葉を交わすアリアとモカ。
直後、遠くの森で1発の銃声が鳴り響く。
●人知れない攻防
銃声が響くと同時に、テーブルの上からカップが1つ、地面に落ちた。
陶器の砕ける音が響いて、シャルロットの視線は落ちたカップへと向く。銃声よりも、茶会の場での騒音にシャルロットの意識は向いたようだ。
「あら? アリア、片づけを」
「えぇ、すぐに……アイラ様、今のは?」
シャルロットの指示に従い、アリアは即座に砕けたカップの片付けへ。アイラの横を通る際に、囁くように問いかけた。
「ふふっ。わたくしにも、優秀な使用人が居りますのよ?」
カップを割って、シャルロットの意識を逸らしたのはアイラの死霊人である。
砕けたカップの片付けへ向かうアリア。
道を開けるように、客たちが位置を移動する。
そんな中、ラサより来たという老商人と、領地の警備隊長の2人がシャルロットの元へと動き始めた。怪しいと感じたのか、アイラはシャルロットの傍へ身を寄せ、進路を阻むようにモカとエマが間に割り込む。
「えひひ。お嬢様はご歓談中ですの。いましばらくお待ちいただけますか?」
にぃ、とメイドらしからぬ笑みを浮かべたエマが言う。
老商人と警備隊長、2人の心の内までを見透かすようにエマの瞳は、2人を捉えて離さない。
硝煙をあげる拳銃を手に、アクシスは木々の間を駆ける。
「ちっ……咄嗟に撃っちまったい」
背後や左右を警戒しながら、アクシスは拳銃にサイレンサーを取り付けた。
先に1発、銃声を鳴らしてしまったことが悔やまれる。
本来であれば、自身の存在を気取られることなく、茶会の場に騒乱を起こす予定となっていたが……銃声を警戒されてしまったせいで、仕事がやりにくくなったかもしれない。
「鉛弾を腹に受けても走れるのかよ。お前さんも使用人なのか?」
背後に迫るグドルフへ向け、アクシスは問うた。
それと同時に、3発の弾丸をグドルフへ向け発射する。サイレンサーに音を吸われて、銃声はごく微かなものとなっていた。
「ハッ! おれさまたちを使用人呼ばわりたあ、おもしれぇ!」
1発の弾丸を斧で弾く。
2発を腹と膝に受けながら、しかしグドルフは走る速度を1段上げた。
思わず驚愕に目を見開いたアクシスだが、彼もまた歴戦のガンマンといったところか。即座に銃を下ろすと、牽制を止めて全力の逃走へと移る。
森の奥へと逃げたアクシス。
その眼前に現れたのは、シラスと清舟の2人である。
「至近距離でのダメージレースなら分があると信じたいが」
「速攻狙いっちゅーわけじゃな。あぁ、賛成じゃ」
素手をだらりと垂らしたシラスと、刀を肩に担いだ清舟。
帽子を押さえたアクシスは、咥えた煙草に火を着けて、忌々し気に舌打ちを1つ。
紫煙を燻らせながら、拳銃に弾をリロードすると、静かな声で問いかけた。
「何で俺の居場所が分かった? おっさんも、怪しい剣士の姉ちゃんも確実に捲いたと思ったんだがな」
「なに、隠れられそうな所を1つずつ潰していっただけじゃ」
そう言って清舟は、自身の目を指さしてみせた。
「……それ、バラさない方が良かったんじゃねぇかな」
「問題ないじゃろ。ここで仕留めてしまえばええんじゃ」
まず走り出したのはシラスであった。
その後ろに、清舟が続く。
2人が走り出すのと、アクシスが銃弾を撃ったのは同時。シラスは銃弾の真下を潜り、清舟は刀でそれを弾く。
金属と鉛のぶつかる甲高い音。
冷や汗を頬に伝わせながら、清舟はたまらず踏鞴を踏んで立ち止まる。銃弾を弾くことには成功したが、衝撃までは殺せなかったのだろう。
「アリアが想像した通りなら……あんたの協力なしで仕事を終えるのは、かなり難しいんだろう?」
清舟へと狙いを定めた拳銃を、シラスの拳が撃ちあげる。
放たれた銃弾は大きく逸れて、明後日の方向へと飛んだ。
懐へと踏み込みながら、シラスは手刀を一閃させる。
吸い込まれるようにシラスの手刀は右脇へ直撃。
バキ、と骨の砕ける音が鳴り響く。
「ぐふっ……ぅ」
口の端から血を吐きながら、アクシスは銃をシラスの眉間へと向ける。
額を伝う血を拭い、シラスはゆっくりと立ちあがる。
その隣には刀を手にした清舟の姿。
「おぅ、やっと見つけたぜ!」
「凄いですねぇ、今の早打ち。ヒトの限界に近い」
さらにアクシスの背後には、追いついてきたグドルフと鏡の姿。
シラスと清舟に気を取られ、2人の接近を許したことを悔やんでか、アクシスは強く奥歯を食いしばるのだった。
背負っていたライフルは、グドルフの斧に粉砕された。
拳銃による牽制射撃により、シラスは肩を、清舟は手の平を撃ち抜かれている。
「銃弾より速い自負はありますけどねっ」
背後より迫る鏡へ向けた銃弾は、寸でのところで避けられた。
だが、構えた様子さえ見えないほどの早打ちは、回避するだけでも至難である。
「流石にっ、間合いの外には……っ無力ですから!」
弾丸が鏡の頬を抉る。
一瞬、鏡の眉間に皺が寄った。
鏡のコアは舌にある。あと数センチずれていれば、鏡のコアは砕け散っていたことだろう。
射撃が速く、3歩進んでは2歩戻るような状態が続く。
それを終わらせたのは、清舟の放った銃弾と、弾丸をその身で受け止めたグドルフだった。
清舟の弾丸はアクシスの肩を撃ち抜いた。
腹に弾丸を受け、よろめくグドルフの脇を鏡は一直線に駆け抜ける。
「……ふぅ~、やぁっと近づけた」
「っ!?」
しゃらん。
微かな金属音がアクシスの耳に届く。
「アナタは人の知覚の限界。私はね、世界の知覚を超えるんです」
眼前で鏡は立ち止まる。
その眉間を狙って、アクシスは素早く銃を持ち上げ……直後、アクシスの肩から胸にかけてから、鮮血が噴き出したのだった。
「平気か、グドルフの旦那?」
倒れたアクシスを抑え込みつつ清舟は訊いた。
グドルフは、穴の開いた腹を押さえて呵々と大きく口を開いて笑ってみせる。
「いやあ、腕は悪くなかったな。ただまあ運が絶望的に悪かったのと──おれさま達がおめえらより何百枚も上手だったってこった!」
茶会の場を離れていく男が1人。
街の警備隊長を務めているという中年の男だ。茶色いコートを着込んだ冴えない風貌の男で、自棄に顎が大きいという特徴がある。
用を足しに行くと言って、会場を離れた彼の後をヴィリスはまっすぐに付いてきた。
「お嬢さん、私に何か御用ですかな?」
「えぇ、泥棒さん。あなたの邪魔をしに来たわ」
警備隊長……否、グラースの手はコートの懐へ。
一方ヴィリスは、姿勢を低くし剣踵を地面に突き立てる。
●泥棒の流儀
軽妙に言葉を交わし、優雅に紅茶と菓子を楽しむ。
茶会とはそういうものだ。
例えば、屋敷の影や森の中でいかな戦闘が行われていようとも、茶会を楽しむ紳士淑女には一切合切関係のないことである。
「アイラさん、そう言えばモカさんがいらっしゃらないようですけれど?」
「あら、きっと何かご事情があるのよ。詮索なんて野暮なことはおよしになって」
「えぇ、えぇ、そうね。私ったら、そろそろお茶が無くなりそうだったもので、つい焦ってしまったわ」
「ふふ、シャルロットさんったら」
そんな令嬢2人の会話を、アリアは黙って聞いていた。
それから彼女は、そっと皿に開けた菓子……フリッテッレを2人の間へと差し出す。
「アイラ様……グラースの方は」
「問題ありませんわ。居場所が判ってしまえば、後はよしなに」
アリアの耳打ちに言葉を返し、アイラはくすりと微笑んだ。
ヴィリスの蹴りが、投げつけられた薬瓶を砕いた。
撒き散らされるガラスの破片と、気化する薄紫色の煙。そうしながら、グラースは素早く後ろへと跳んだ。一瞬先までグラースの居た場所を、ヴィリスの剣踵が通過する。
「とんだじゃじゃ馬に惚れられちまったかな。何で邪魔するんだい?」
「誰かの大切なものを盗むだなんて許せるわけないじゃない。あなたはここで終わるのよ」
口元を手で覆ったヴィリスは、グラースの元へと疾駆する。
2つ目の薬瓶を放りながら、グラースは視線を左右へ泳がせた。左手には塀、右手には屋敷。逃走か、それとも作戦続行か。
一瞬の思案。
グラースは右の方向へ跳んだ。
「悪いな。命までは盗らねぇからさ」
足元を通過するヴィリスへ向け、グラースは薬瓶を投下。頭から薬液を浴びたヴィリスが苦悶する。
直後、窓枠を掴んだグラースの手に鋭い痛みが走った。
「ひっひっひ、それは重畳。まぁ私としても泥棒どうしのよしみということで、命まで取るつもりはございません」
静かな声だ。
刹那の間に数度、グラースの手から血飛沫が飛んだ。
姿は見えない。
得物も視認できない。
けれど、確実に誰かがすぐそこにいる。
攻撃されたと理解するなり、グラースはすぐに窓枠から手を離す。
壁を蹴って後ろへ跳べば、窓の向こうにはエマの姿が確認できた。
グラースが屋敷内へ逃げ込むものと予想して、事前にそこへ隠れていたのだろう。
「……用意周到なこって。いつまで経っても援護がないってのは、つまり」
「アクシスはうちの仲間が捕まえたってことだろうな」
懐へ伸ばしたグラースの手首を蹴り上げたのは、しなやかな女性の蹴り足だった。
3人目……モカの蹴りはグラースの手首の骨を砕く。
苦悶の声こそ零したものの、悲鳴をあげずに堪えた辺りは流石と言うべきなのだろう。
うっかり落とした薬瓶は、ヴィリスが蹴って庭の端へと弾いてしまう。
「うぉっ……ととと!?」
くるりと空中で一回転。
着地したグラースは、即座に後方へと跳んだ。
続けざまに飛来するエマの短剣を回避しながら、次第に塀の方へと追い詰められていく。
裏庭へと続く進路は、ヴィリスとモカに塞がれた。
屋敷へ逃げ込もうにも、エマがいるのではそうもいかない。
「どうしますか? 個人的な意見を述べるのなら、お早くお逃げいただければな、と」
「あぁ、私もそれをお勧めするね。そろそろお茶のおかわりが求められる頃合いだろうから、会場へ戻りたいんだよ」
エマとモカの言葉を受けて、グラースは僅かに思案した。
それからグラースは、ゆっくりと両手を頭の横へと持ち上げる。降参のポーズなのだろう。わざとらしく肩を落とすと、これ見よがしに大きなため息を吐いた。
「仕方ないか。これ以上やるとなると、怪盗じゃなくて強盗の仕事になっちまうもんな」
降参だ。
そう言い残したグラースは、塀の向こうへ逃げ去った。
モカとアイラ、メイドに扮していたエマだけを会場に残し残るイレギュラーズは急いで屋敷を後にする。
残る客たちにグラースの仲間がいないことは、既にエマが看破していた。捕縛できたのはアクシスだけだが、シャルロットのペンダントを守るという目的は果たされている。
「そのまま素敵なお茶会を楽しんで頂戴ね」
誰にともなくそう告げて。
カカと小気味の良い足音を鳴らしながら、ヴィリスは屋敷を出て行った。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
シャルロットに気取られることなく、グラース一味は撤退に追い込まれました。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
こちらのシナリオは『メイドは主を探してる。或いは、主へ捧げる独唱曲…。』のアフターアクションシナリオとなります。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6206
●ミッション
シャルロットに知られることなく、グラース一味を撃退する
●手配書(ターゲット)
・怪盗グラース
性別、年齢ともに不明。
美術品を専門とする怪盗。
変装の名人であり、また非常に身軽。
シャルロットの所持しているペンダント“シャイン・オブ・ローラン”を狙っているらしい。
怪盗の御業:神遠範に中ダメージ、封印、石化
何をされるか分からない。分からないが、どうやら薬品か何かによる攻撃のようだ。
・“早打ち”アクシス
グラースの仕事仲間である銃の名手。
ライフルや拳銃など、多彩な銃火器を使いこなすことで知られている。
グラースの援護として、屋敷内や周辺に潜伏していることが予想される。
0.3秒:物中単に大ダメージ、連
アクシスの特技にして主戦法である早打ち。
ロック・オン:物超遠単に大ダメージ
ライフルを使用した精密狙撃。
●NPC
・アリア
艶のある黒い髪に、どこかぼうとした瞳。
女性にしては高めの背丈と、妙に引き締まった身体つきをしたメイド。
クラシカル。
思い込みが激しい性質のようで、かつてはシャルロットの冗談を真に受け暴走したこともある。
騒動の末、現在はローラン家のメイド長に就任したようだ。
メイドマシンガン:物中範に中ダメージ、連、弱、ブレイク
両手に構えたマシンガンによる一斉掃射
火炎瓶:神中範に小ダメージ、業炎、飛
簡単、綺麗、よく燃える
・シャルロット・ローラン
貧乏貴族ローラン家の当主。
両親が早くに他界し家を継ぐことになったため、経験と知識が不足している。
新たにアリアをメイド長に据え、アリアの協力のもと、どうにか領地を経営しているようだ。
この度、1年の締めくくりとしてお茶会を開催することとした。
●フィールド
幻想。
ローラン家の屋敷およびその周辺。
屋敷の正面には大通り。
門を抜けると広い庭。
その先には建物。
屋敷の裏側にはローラン家私有地である草原と森が広がっている。
お茶会の会場は草原が予定されている。
※都合10名ほど、お茶会に呼ばれた商人や領地の重役が敷地内にいます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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