PandoraPartyProject

シナリオ詳細

屑は屑籠へ、鳥は鳥籠へ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「お前は美しい」と彼が言った。
 面識はなく、けれどこの街に住まう者なら、知らぬ者は居ない男。
 身勝手なことで有名な領主の息子は、そう言うと共に私の手を引き、愛玩用の奴隷にすると言い放った。
 ──何を、馬鹿な。
 そう言えたら幸福だったろうか。子煩悩を軽く超えた領主の愛情を受ける息子は、この街に於いて何もかもを自分の好き勝手にし続けていた。
 気に入った女は手込めにし、逆に気に入らない者は誰であろうと殺す。
 物も、人も、この街に於ける全てを思うがままに操る男に、私は怯えた表情のまま、何も言い返すことが出来ず。
「何を迷っている」と苛立った男は、私の僅かな逡巡すら待てず、不快げな顔をして言った。「柵を断ってやろう。お前の家族は全員死刑だ」と。
 ……視界が、真っ黒になった。
 今日の献立でも決めるように気軽に言った彼へ、私は膝を着いて泣き叫ぶ。許してください。貴方の奴隷になります。何でも従います。
 男は満足そうな顔で言った。「いい顔だ。その顔がもっと見たい。お前の友人達も皆殺しにしてやろう」。
 何で。何で。何で何で何で何で。
 混乱と怒りと衝撃と。全てが綯い交ぜになった感情。
 何もかもが無駄ならば、いっそこの男を殺せればとも思い──その思考すら、男を陰から守る護衛によって無駄だと思い知らされる。
 抵抗も出来ず、残されたのは絶望だけ。そう思っていた私を、しかし。

 ──逃げろ!

 単純な言葉と共に、空いた片手を誰かが取った。
 急に引き寄せられ、外された領主の息子の手。その手を引いた声の主は、私とさして変わらない商人らしき女性だった。
 驚いた私は、けれど首を振って彼女に訴える。逃げられない。逃げたらみんな殺されると。

 ──逃げようが逃げまいが変わらないよ! アイツはアンタが苦しむ顔を見たいだけなんだ!

 身も心も、一通り『味わい尽くされ』たら殺される。彼が殺すと言った、私の大切な人と同じように。
 そう言われて、何も言い返せない私を。商人の女性は続けざまに言い放つ。

 ──みんな死ぬくらいなら、アンタだけでも生き延びろ! 殺される奴らに恨まれようと、生きなきゃ悔いることも謝ることも出来ないんだよ!

 領主の息子と、その護衛が追いかけてくる。
 彼らから必死に逃げ続ける私は、縋るにはあまりに乏しい言葉に、けれど従うことしか出来なかった。
 無力と、不幸と、手のひらに伝わる確かな温度。それだけを噛みしめ続けながら。


「要は、そう言う話だよ。
『領主の息子の寵愛を受ける』という『名誉な役目』から逃げ出した下賤な女を捕まえ、逃亡を幇助した商人の女を処理すること。それが君達に任された依頼だ」
『黒猫の』ショウ(p3n000005)が告げる依頼に吐き気を催しながら、それでも特異運命座標達はその場にいることを自身に律し続ける。
「……そいつらの、現在の場所は?」
「領主が治める街の外縁だ。此処まで来ると都市のような建築物は少なくなってきてるね。
 放置された家屋や、開墾されてない森や痩せ地なんかが殆どを占めている。まあ、それでも住んでいる人は居るだろうが……」
 件の女性達は、現在其処で隠れながら、隙を見て街の外に出ようと考えているらしい。
 領地の外に出られれば、其処から先は領主の息子の命令も届かない。
 そうなる前に、何としてでも依頼を果たせ、ということだ。
「俺の方でも情報を集めたが、彼女らの具体的な場所は解らなかった。
 君達は彼女の居場所を探ると同時に、街の外に出ることを防ぐ。この両方をこなして貰うことになるな」
 それと、とショウは付け加える。今回の依頼に於いて、近隣の住民達から協力を得ることは不可能だろうと。
「商人の娘が、密かに今回の件に関する噂を流したらしくてね。
 流通の多い街の中心部なら兎も角、人気のない街の外縁に余所者が来れば、住人達はその役目に直ぐ気付いて、非協力的な態度を取るに違いない」
「……領主の息子の名前を出すのは?」
「住人側もそれを危惧しているだろうが……生憎、依頼人からのお達しでね。
『尊い生まれの者の名を、下働き風情が使えると思うな』だってさ。つくづくテンプレートな人間だと思わないか?」
 ショウの皮肉も、普段の口調に増して棘が鋭い。
 最早嫌悪感よりも疲労を感じ始めた特異運命座標らに、ショウは「最後に」と付け加えた。
「万一、君達が彼女を見つければ、逃げられないと悟った二人は自分の命を断つだろう。
 当然、女性に死なれれば失敗になる、が……商人の娘だって、別に死なせる必要はない。あくまで依頼人は『処理』としか言っていないからね」
 尤も、それはそれで難しいだろうが、とショウは付け加えた。
 自分の身が追われることすら覚悟して救い出した人間を、改めて元に返せと言うのは余りにも酷だ。もし説得を以てあたる場合、叛意させるのは相当厳しいであろう事は想像に難くない。
 俯いた特異運命座標達に、ショウはせめてもの慰めと、儚い笑顔で呟いた。
「判断は君たちに任せるよ。……ハッピーエンドは望めなくても、良い妥協点が見つかることを、祈ってる」

GMコメント

 GMの田辺です。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・『女性』を戦闘不能、重傷、死亡状態にせず、領主の息子に引き渡すこと
・『商人』が領主の息子に二度と会わないことを誓約させること

●場所
 幻想の某所に存在する街です。時間帯は夜。
 各町村を近郊に置くため、人、物の流通量はそれなり。
 今回は街の外縁部の何処かに隠れ潜む対象二人を見つけることが主な依頼目的となります。
 街の外縁部は寂れていますが面積が広く、棄てられた多くの民家や、手入れされぬまま野放図に広がってしまった庭園など、隠れる場所は少なくありません。
 また、街はその周囲を平原で囲まれていることもあり、領地の外に出ることはかなり容易です。
 住人は幾つかの民家にまばらに住み、畑仕事をして暮らしています。
 シナリオ開始時、既に皆さんの素性は知られているため、彼らが自分から協力的な態度になることはないでしょう。

●対象
『女性』
 シナリオの舞台である街に住んでいた人間種の女性です。年齢は二十歳前後。
 街を治める領主の息子に(絶望した表情を)気に入られ、その心を弄ぶためにと奴隷を命じられました。
 シナリオ開始時、彼女は下記『商人』と行動を共にしております。基本的に『商人』の指示に従う形で行動しております。

『商人』
 シナリオの舞台である街に立ち寄った、個人の露天商です。年齢は十代後半、種族は人間種。
 上記『女性』に対する領主の息子の非道を見過ごせず、一緒にその場を逃亡しました。シナリオ開始時は『女性』と行動を共にしております。
 様々な土地を単身で渡り歩いた事もあり、非戦スキルに関してはかなり豊富です。
 また、彼女はシナリオ中に於ける参加者の皆さんの情報を一定確率、かつ断片的に収集することが可能です。
 時間経過と共に情報の精度は上がり、あまり長時間発見できずにいると彼女は『女性』共々街から逃げおおせてしまうでしょう。



 それでは、参加をお待ちしております。

  • 屑は屑籠へ、鳥は鳥籠へ完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年07月28日 21時45分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
ディエ=ディディエル=カルペ(p3p000162)
夢は現に
ジョゼ・マルドゥ(p3p000624)
ノベルギャザラー
リノ・ガルシア(p3p000675)
宵歩
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
グリムペイン・ダカタール(p3p002887)
わるいおおかみさん
鴉羽・九鬼(p3p006158)
Life is fragile

リプレイ


 夏夜。曇天に覆われたその場所は、思ったよりも遙かに冷えていた。
「……依頼は、女性の引き渡しですよね。その……」
 愛玩具。事実上の奴隷として。
 住宅地を目前にして沈黙が続く面々の中、最初に口を開いたのは『Life is fragile』鴉羽・九鬼(p3p006158)だった。
「然様だ。加えて、今現在その女性を保護している商人への『対処』も含まれている」
『神話殺しの御伽噺』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)も九鬼に答えるが、その表情──に代わる長髪は、未だに思案を意図する捻れたカタチで固定されている。
 領主の息子が、親の権力を思うさま悪用したその依頼内容は、聞けば聞くほど外道と言えよう。
 それに対する特異運命座標達の表情があまりにバラついていることからも、その胸中の複雑さが伺えた。
「ふふ、山羊狩りだねえ。
 まったく、この見た目にそぐった依頼が来るとは」
 幻想の依頼は幅広い。呟く『わるいおおかみさん』グリムペイン・ダカタール(p3p002887)の表情は常に絶える事なき微笑みを浮かべたまま、自身の出身世界そのままの「詩的」な言い回しで心境を述べる。
「色々思うことはあるが……ま、仕事は仕事だしな。」
「無論。これも依頼だ。依頼主がそう願ったのならボクはそれを叶えるまで」
『本心は水の底』十夜 縁(p3p000099)、『夢は現に』ディエ=ディディエル=カルペ(p3p000162)らもまた、与えられた目的に対して真摯な姿勢を見せる……その思いは別としても。
「だが――どうにも気に入らない話だな」
 歎息を交え。『業に染まる哭刃』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)が、全員の中で唯一その心根を顕わにした。
 軽く頭を掻き、『ノベルギャザラー』ジョゼ・マルドゥ(p3p000624)も己の意見を憚らない。
「ま、言いたいことは解るさ。
 こんな、まさにお貴族サマって依頼じゃあな。オイラだって嫌だが、それでもコイツだってオイラ達には大切な飯の糧だ」
「解っている。依頼は遂行するまでだ」
 良くも悪くも、依頼のモチベーションは平坦という言葉に尽きた。
「こんな依頼は受け付けられない」と言うほど彼らは割り切れない人間ではなく、かといって「必ず成功させよう」と意気軒昂なモチベーションを保てるような前向きに過ぎる精神状態でもない。
 そんな中で、唯一人。
「山羊、かあ。私は兎狩りだと思うけれど?
 可愛らしい獲物が二匹。特に一人は愛玩目的でご所望なんだもの」
『宵歩』リノ・ガルシア(p3p000675)が、からりと笑ってグリムペインに応えた。
 退廃的な雰囲気を匂い立たせる彼女はしかし、歩き方一つとっても隙と呼べるものを全く見せていなかった。
 自己を中心に敷く実力者は、語る獲物も、依頼した人物も、その全てを最初から他人事と切り捨てて行動する。
「だから、ねえ。傷は付けないようにしましょう?
 渡す依頼品はキレイまま、イイ子でお使いが出来たなら、ご褒美ももっと素敵になると思わない?」
 艶やかに笑んだリノの言葉に、或る者は肩を竦め、或る者は目を伏せ、或る者は無言で苦笑だけを浮かべる。
 仲間達の側から前へと向き直ったリノの眼前には、既にぽつぽつと灯りの点いた家々の通りが並んでいる。
 捜索が、遂に始まろうとしていた。


「……何だね」
 住宅地に着いた後。特異運命座標らの内【情報収集】を担当する面々は、早速夜更けの民家を個々に訪れていた。
 それもその筈、情報収集にあたってアプローチの手段が異なる彼らは集団で行動することが難しい。
 一人につき一軒を調べることにした彼らの内、縁はふわりと笑んで家人に話しかける。
「旅の者さ。ちょいと落とし物をしちまってね。心当たりのある人物を捜してる」
「心当たり?」
「ああ。商人の女だ。確か娘も一人連れていたか? まあ、ソイツを探していてね」
 ぴくり。僅かに頬を動かした男は、胡乱げに縁を見ては訝しげな態度を取る。
 事前に情報屋から聞かされた内容では、住宅地の人間は既に特異運命座標らがこの場所を訪れることを知っているため、協力的な態度を取ることはないと明言されていた。
 それ故、情報収集に移った特異運命座標達はギフトや非戦スキル等の効果を最大限生かすことで彼らの警戒心を緩ませる方向で動いている。
 縁のその例に漏れない。ギフト『水底の心』によって本依頼に於ける立ち位置──捜索、或いは追跡者としての本質を閉じこめた彼に対して、しかし男性は。
「……その手帳って言うのは、そんなに大切な代物かい?」
「でなきゃ、わざわざ此処まで追っては来ないだろう?」
「そうかい。なら残念だが諦めな。私は知らないことだし、アンタも知ろうとしない方がいいことだ」
 其処までを言って、男は縁の反応を見るより前に扉を閉めた。
「……ふむ」

「知る気がない?」
 若干呆気にとられた声で眼前の相手に言葉を返したのはジョゼだ。
『地元のダチコー』である彼の友人、ジュノーは、招き入れた友人に適当な果実水を差し出しながら、ジョゼが座る対面の椅子に腰掛けた。
「理屈は通っているだろう。馬鹿息子は嫌いだから名指しでもなきゃ手伝いたくないし、同時に面倒ごとも御免って話だ」
「……金目当ての奴は居ないのかね? 領主の息子に言えば小遣い稼ぎには成りそうだが」
「『もっと無い』。この辺り、俺が探そうとしない理由も含まれるがな。
 此処に住む奴らの態度、見たか?」
「まあ、協力的じゃあねーな」
「其処さ。馬鹿息子の依頼の元動くお前らに、此処の人間が全員揃ってその態度ってことは、当の本人は蛇蝎の如し、だ。
 その嫌悪感、忌避感に於いて共通してる一同の中で、一人が小金目当てに擦り寄ろうとしたら、周囲はソイツをどうすると思う?」
 ジュノーの仮定をそのまま結論に持っていけば、良くて村八分、最悪その密告者の不審死体が翌日には上がるだろう。
 結束などと言う綺麗事とはまるで違う繋がりを漸く理解したジョゼは、しかし、と頬を掻いて愚痴のように呟く。
「そうなると、この情報収集自体無駄って話かい? 知る気がない、情報の無い相手から得られるものなんて無いだろう」
「否定はしないが……一人旅に慣れた商人だけならまだしも、何の経験もない娘まで一緒に野営しようっていうなら、何らかの変化を捉えちまった奴が一人二人、居ても可笑しくは無いと思うがね」
 尤も、それは精緻な方法を以てした場合の話だが、とジュノーは言った。

「伏してお願いする。彼女らに関する情報を知っているなら教えてはくれないか」
 別の民家にて。エクスマリアは扉を開けた壮年の女性に対して、大きく礼をしながらそう言った。
「アンタらの話は聞いてる。あの男に頼まれた人間だってね。悪事の片棒を担ぐ気は毛頭無いよ」
「それは違う。マリア達は寧ろ、その未来を回避するために──」
「やめておくれ!」
 異性は勿論のこと、何の抵抗力もない同性からしても、エクスマリアのエスプリからなる魅了の能力は極めて良く刺さる。
 加え、『儚き花』。曰く「その手」の人間に対して強い効果を発揮するそれは、壮年の女性からすれば孫娘にお願いされた祖母のような心境を抱くほどに強烈だ。
 それに対して否定の意を返した女性に、エクスマリアの髪はぴんと張りつめた。
「……あの男の気を損ねなければ、アタシ達は穏和に生きていけるんだ。
 アタシらは只の農民さ。身を守る術も、あの男から逃げる金も持ち合わせちゃいない」
「……貴女は」
「明るい展望だの、暗い未来を避ける可能性だの、知る必要なんて無い。
 アタシ達が欲しいのは、このまま、ずっと変わらない生活だけなんだ……!」
 扉が力任せに閉められた。
 エクスマリアは女性の対応を頭の中で反芻して、成る程、と小さく呟いた。
「……やり方の根本を、マリア達は間違えていた。否、甘く見ていたのか。
 他の皆は失敗していないと良いが」

「帰れッ!」
 差し出された金の延べ棒を見て、民家に住む男性はディエを扉から追い払った。
 魔物、或いは人間との戦いすら手慣れたディエからすれば、男の手は挙動一つで避けられる。それでも豹変した勢いに気圧されたのか、ディエは一歩二歩ばかり男から距離を取った。
「……領主の息子からのものではない。これはボク個人からの報酬だ」
「汚い金じゃないから受け取れってか? お前らの尋ね人の命を引き替えに!」
「だから、ボク達は彼女らを害する気はないと──!」
「だったら! ……殺さない代わりに、何をする気なんだよ」
 其処まで言われて、ディエが遂に口を噤む。
「アンタらにその気はなくても、あの息子に引き渡して、本当に大丈夫なのか? 身も心も、絶対に傷を負わないって保障できるのか!?」
 ──『譲歩しすぎている』。
 先ほど、エクスマリアが此度の情報収集に対して抱いた感想がそれであった。
 非戦スキルは自身の行動を助けるものと、対象に働きかけることで自身の行動の難易度を下げるものの二種類に大別される。
 そのいずれにしても、最終的な部分で共通するのは「成功率を対象の精神的な強さに依存する」と言う部分だ。
 特異運命座標達を、ひいてはそれらに指示する領主の息子に対する反抗心が、彼らの非戦スキル、或いはそれに後押しされた説得を悉くはじき返していると言う事実は、彼らからしても予想外の事実だっただろう。
 もし彼らが村人に対して命を取らない程度でも強硬手段に出ていれば、これらは功を奏したのかも知れない。
 しかし一般人を装い、或いは交渉、説得の体を最後まで貫いてまで行った【情報収集】班の結果は、捜索への貢献を見せたとは到底言い難かった。


「……っ、三匹目」
 九鬼の言葉と共に、振るったナイフが近くの小動物を切り裂いた。
 自身を一定時間追いかけた小動物に対する対処を終える彼女の表情は暗い。
 ファミリアの疑惑があるとは言え、何の罪もない動物を殺すのは九鬼にとって心の痛むことだった。
 とは言え、その挙動が衰えることは微塵もなく。
 エコーロケーション、ハイセンス。聴覚を主軸に於いた感覚系スキルを最大限に利用した九鬼は、訪れた空き家の壁を幾つかノックするだけでその場の探索を可能に出来る。
 それでも、九鬼は余裕もない様子で次の家へと駆けていく。
 理由は簡単だった。この捜索方法は必要とする時間が非常に多い。
 事前に情報屋をして少なくないと言われた潜伏場所を、参加者総勢の内半数のみで。しかも一定時間毎に情報交換のため、集合場所に集まっては解散するという動きを繰り返すために、【直接捜索】班の動きも芳しいとは言い難い。
 その情報も、有力な手がかりが在れば捜索が大きく進展するだろうが、送られてくる内容は当初からさして変わり映えしない。
 こうなれば情報交換の時間は事実上拘束時間と同義だ。経過する時間と焦る面々の中で、しかしグリムペインは最初から変わらない笑顔で未だに事に当たり続けている。
「……良好か?」
「うん。向こうも予想はしていただろうけど、『抑えきる』ことは難しいみたいだね。
 少しずつ探索範囲は小さくなっている。もう少し縮まったらみんなを呼ぼうかと思ってるところだよ」
 グリムペインが用いている感情探知は、この状況に於いて極めて有効に働いている。
 雑踏の中でもなく、かつ凡そ多くの人間が抱くことのない感情を調べるという行為はそれほどに解りやすい。
 商人側もそれを理解しているのか、探知に掛からないよう抑えた精神は時々グリムペインの探知をすり抜けるが、戦闘経験者でもない相手が常時その状態を維持し続けるのは非常に困難だ。
「なら、外側から包囲を狭めたいところね。
 クロバのバイクで探知範囲の外側を哨戒できる? 向こうへの牽制にもなるし」
「了解した。グリムペイン、大凡の探知範囲を教えてくれ」
 家々の間を渡るリノが通り過ぎながら口を出し、それに頷いたクロバも、自身の駆るバイク──『BWG・2300”月光”』のエンジンを大きく鳴らした。
 機動力で勝り、尚かつその音で追跡する相手の行く先を或る程度操作できるクロバは、大体の情報を教わった時点で即座に移動を開始する。
「因みに、そっちの様子は?」
「良くは無いわよ。 広範囲を少人数で調べるのは。包囲するにも限界があるし」
 応えるリノの表情は気怠げなそれだった。
 実際、彼女にしてもグリムペインにしても、周囲の殆どを平原に囲まれた街を包囲する、虱潰しの探索などと言っても限界はある。
 包囲の穴を突いて出る可能性は常に否定できない。個人の探査範囲が非戦スキルによって常人のそれより大きく拡大されているとしても、やはり限度というものがある。
「それにしても、この人数で見つからないのはおろか、痕跡まで無いのは……」
 言いかけたところで、囂々とほら貝の音が低く響き渡った。
 聞こえた音は三回。それがクロバの向かった方向からだと解った両者は、急いで其方に駆けていく。
 狩りが、終わろうとしていた。


「……あー、頼りすぎたか」
 ほら貝による合図から数分後。
 集まった特異運命座標達の前には、眠ったままの女性と、縛られた商人が歎息を浮かべていた。
「……ああ、成る程。此方の感情探知がヤケに働きづらかったのは、そういう」
「『それ』を知ってるアタシなら兎も角、素人のコイツに感情を抑えるなんて出来やしないさ。
 だから眠って貰った。まあ、それでも逃げ切れなかったのは……」
 恨めしげな表情でクロバを見る商人の表情から、大凡は察知できた。
「……アンタもこっちの感情を探知していた?」
「流石にそれを封殺する奴が居るとは思って無くてね」
 クロバの持つバイクが有する欠点には、音によって察知が容易になると言うものがある。
 が、商人からすれば眠っている女性を抱えるために移動速度で大きく劣り。なおかつ感情探知が逃走手段に於けるウェイトを大きく占めていた。結果としてクロバの存在に気付いても、それが領主の息子による追っ手だとは気付きにくかったということだ。
「……で、其方さんがたはアタシとコイツをどうするのかね?」
「女性に対する扱いは当初のものと同じです。多少、『お仕置き』がついてきますが。
 貴女については……こちらを」
 言った九鬼は、商人のロープを可能な限りそっと解き、その後に紙とペンを差し出す。
「……命だけは助けてやるって?」
「ああ。あの男に二度と会わないことが条件になるが──」
「それ、正気で言ってるのかい?」
 怒りの表情ではない、寧ろ真剣そのものの真顔でだ。
 返されたジュノーも、たしかにこれだけではと理解しているのだろう。両手を挙げて降参のポーズを作りながら、「最後まで聞けよ」と苦笑を浮かべた。
「解ってると思うが、オイラ達はあの男の子飼いじゃない。依頼されたギルド・ローレットの一員だ」
「……だろうね。年齢も装備も人種も統一性が無さ過ぎる」
「で、アンタの誓約書を取ってこの女を連れて行けば。オイラ達とあの男の関係は切れる。
 ……話はその先だ。ギルド・ローレットには貴族殺しの実績もある」
 女性の目が、きらと光った。
「最初に言った二つまでは絶対だ。悪いが仕事なんでな。
 だが、この嬢ちゃんの救出を依頼させるな、とまでは言われてねぇ。……この意味、分かるだろ?」
 自身の煙管から煙を燻らせ、縁が薄く笑んだ。
 商人は一瞬思案げな顔をして、その後問う。
「アンタらがこの依頼を請け負った理由は、アタシにそれを伝えるためかい?」
「いいや、そう言う人間ばかりじゃないよ。
 こういった依頼を好む人間もいる。為すべきを為すことに注力する人間もいる。私や彼女もそうした者の一人だ」
「ええ、お貴族様の傲慢も女の悲哀も、商人(アナタ)の葛藤も別に興味ないわ」
 グリムペインの言葉に、仕方なくと言った様子で一言を添えるリノ。
「……最後に。この誓約、断ったらどうなる?」
「領主の息子の依頼条件は、商人よ、君が二度と彼に会わないこと。それを容易に達成する方法を、君はもう知っているはずだ」
 迂遠な言い回しは、その方法を避けたいというエクスマリアの意志に他ならない。
 二度、歎息を浮かべた商人に、クロバが、ディエが言葉を上げる。
「心境は理解できる。今回は相手が悪かったと思え。だが、その相手を利用するのもまたアンタら次第だ」
「キミを殺したくないと願う者がいる。どうか結論を急がないでほしい。
 どうか彼らの提案を受け入れてやってほしいのだ」
「それで依頼料をせびるのはアンタ達だと分かっていても、ね」
 嫌味を口にする商人の女性に、しかし、首を振った九鬼は。
「何を言われても、しょうがないと思います。私達はそう言うお仕事をしているんですから。
 でも、少なくとも私は今回の件をこれで終わらせるのは望ましくないです……諦めるくらいなら、私達にチャンスを頂けないでしょうか……?」
「ハ。……どうせ何もかも無くすはずだった未来だ。乗せられてやるよ、阿漕な商売人共」
 夜明けは近い。徐々に薄くなっていく黒の帳と共に、それまで眠っていた女性が薄く目を開いた。
 いち早くそれに気付いた商人が、哀しげな笑みを浮かべながら彼女に言う。
「もう少し、寝てな。
 未だ先の話ではあるけど──お日様は、きっとアンタを迎えてくれるから」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

ご参加、ありがとうございました。

PAGETOPPAGEBOTTOM