PandoraPartyProject

シナリオ詳細

君に、世界と言う名の華束を

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

 遠い星空。
 彩の無い空気。
 さざめく草原。

 何処からか落ちる、深緑に輝く葉。
 サラリと舞ったその先で、緑の瞳が開く。
 静かに起き上がる小さな身体。見晴らした先の地平で、朝日が昇る。
 あの果てに見えるのは、光か。それとも……。
 至る先にあるモノ。ソレを信じて、『エルナ・ペルム』はゆっくりと。けれどしっかりと足を地に着ける。
 歩き出す足。若葉色の髪に挿した、一凛の蕾。冷たい夜風に、凍えて揺れた。


 何処かの路地裏で、誰かが話す。
「聞いたか?」
「何をだ?」
「『ガンダルヴァの苗床』だ」
「『帰って来た』そうだな。とっくに彼方此方に広まっている。管理が雑な事だ」
「保護されて、ローレットに回されたらしい」
「縁があるらしいからな。ソレが、どうした?」
「『苗床』の中にあるだろう。ガンダルヴァの、『種子』が」
「ああ」
「高値で、売れる」
「………」
「人智の及ばない領域の代物だ。欲しがる好事家は幾らでもいる。俺達が一生遊んで暮らせるだけの金ぐらい、一発で手に入る」
「……種子があるのは、餓鬼の心臓と聞いたが?」
「抉り出せば良いだけの話だ。孤児の餓鬼一人、何の問題がある?」
「………」
「グズグズするな。他の連中も動き出すぞ」
「……仲間を集めろ。ローレットとやり合う事になる。手勢が必要だ。山分けしても、十分な金は得られるだろう」
「分かった」
 社会の闇。屑黙り。
 巣食う屍食いの、狩りの号令。


 闇。
 昏い闇。
 仄明るい灯火の奥。妖しい香の揺蕩う中、蠢く影。
「……ガンダルヴァの苗床、のぅ……」
 禍しい黒衣を纏った、彼女が笑う。
「とうに絶え、二度と手に入らぬモノと思うていたが……。まさに僥倖……」
 パシンと閉じる鉄扇。闇の帳がゴソリと。
「種子そのもの……根を抱く心臓……樹液と交る血液……魅入られた処女の肉……全てが、極上の『素材』……」
 蒼く紅を塗った口が歪む。湧き出る歓喜に堪え難く。
「さて、かの逸品を欲するは我だけではなかろうて。鳶に攫われる前に、疾く疾く往くとしよう」
 スラリと立つ衣擦れの音。後に従う、妖しの気配。
 月の背景に浮かぶ古城。溢れ出す闇は、かの元へ。


「……苗床を、始末して欲しい」
 豪奢な。ソレでいて品良く纏められた部屋。一つのテーブルを挟み、金縁の椅子に座った男性。御付きのメイドが震える手でお茶を置くのを待って、対面に座る仮面の人物に言う。
「苗床……。『ガンダルヴァの苗床』?」
「そうだ」
 問う声は、まるで無機のソレ。音声変成の魔法。己の実態を隠す、影に住まう者の所作。
「何故?」
「あの苗床は、恐らくガンダルヴァの斥候だ」
「………」
「先の戦いで、ガンダルヴァは人に敗れた。その理由を探り、新たな術を得る為に、かの娘を帰したのだ」
 卓上のカップを取り、喉を潤す。芳醇な筈の香りも、甘美な味も感じない。ソレは、何処かにある異質に脅威が故か。はたまた、目の前に座する異端への恐怖か。
「ガンダルヴァは、人の世を侵す病理だ。放置すれば、必ずや人理社会に仇を成す。今動いているのは、かの苗床のみ。ソレを滅ぼせば、ガンダルヴァの血統と現世との繋がりは永遠に絶えるだろう」
「……其は、貴殿の独断?」
「……そうだ」
 待っていたかの様な答え。内に潜む真理を見透かす様に、仮面の奥の双眸が細まる。
 追及はない。些事と言う、判断。
「報酬は、後払いだ。その代わり、成功すればソチラの言い値で払おう」
「承知」
 答えは、簡潔。ホッと、息を吐く。
「君、話は終わりだ。御見送りを」
「不要」
 気づけば、忽然と消える姿。緊張の糸が切れた様に、椅子にもたれ掛かる男性。彼の汗を拭きながら、メイドが囁く。
「……気味の悪い、方ですね……」
「界隈ではトップクラスの始末屋だ。人かどうかすら怪しいが、受けた依頼には真摯に対応してくれる」
「……以前にも?」
「知らなくて良い事だ」
 言って、冷めた茶を一口。
「人世の摂理は、必然の犠牲によって成り立つ。ソレが脱落した者であるならば、尚の事選択の余地はない」
 空になったカップを置き、窓の外の月を見る。
「せめて、来世での幸福を願うとしよう……」
 形ばかりの祈りが、淡い紅茶の香に溶けた。


「招集の程、ありがとう。調子は蒼麗?」
 集まったメンバーにそう囁きかけると、『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)は妖しく微笑む。
「話は伝わっていたかしら? 玉虫色の感動よ?」
 幾人かが、頷く。
「ええ、帰って来たの。『ガンダルヴァの苗床』、エルナが」
 その少女の名は、まだ皆の記憶に新しい。
 以前起こった『妖樹 ガンダルヴァ』の災い。戦いの果てに、ガンダルヴァは己の及ばぬ域を理解して自ら眠りについた。
 種子に魅入られた者達は庇護の元、妖樹の褥にて共に眠りについた。村人も。巫女も。そして、あの兄妹も。
 全ては幻想の中に閉じた筈。なのに、何故『苗床』たる彼女だけが。
「真理は全て乳白の霧の中。あの娘は何も語らない。ただ、願いを一つ」
 ――世界を、見たい――。
「あの娘は、泥色のスラムで生まれ、暮らしてきたわ。日向色の世界も。虹色の街並みも。瑠璃に輝く人の温もりも、触れる事無く生きて来た。だからこそ、ガンダルヴァはその庇護の深部に彼女を取り込んだ。だから……」
 カツカツと、窓に歩み寄る。手を伸ばし、カーテンと窓を一気に押し開く。
 吹き込むのは、優しい夜風。満天の星空に、蒼く煌めく新円の月。ソレを背に、色彩の魔女は告げる。
「魅せてあげましょう。深緑の闇に堕ち、それでなお世界を求めた無垢に」
 そう。難しい事はない。珍しいモノも、高価なモノも必要ない。
 ただ、魅せよう。その眼差しに。心に。街の喧噪。公園の日差し。田園の囁き。息づく命。人々の輝き。世界に満ちる、光彩を。
「でも、世界は決して光色では終われない」
 ヒラリと舞った紙。掴んだメンバーの目には、数人のデータ。
「苗床たる彼女は、ガンダルヴァの現身も同義。あらゆる意味で、狙われる」
 優しげだったプルーの眼差しが、鋭く光る。
「堰き止めて。闇(それ)はもう、あの娘には充分だから」
 皆が頷く。満足そうな笑みを浮かべ、プルーは歩き出す。
「ソレでは、エスコート役を決めましょう……と言いたい所だけど、その役はもう決まってるの」
 細い足が立ち止まる。差し出した手の先には、赤髪の少年。
「お姫様が、御指名よ。『悠久のベストフレンド』」
 手渡されたのは、虹色の花弁。しっかりと受け止めて、『ドキドキの躍動』エドワード・S・アリゼ(p3p009403)は力強く頷いた。

GMコメント

おはこんばんは。土斑猫です。
この度はアフターアクションのご申請ありがとうございます。
感謝の意を込めまして、目一杯色々アレコレ○○○させていただきますw

●目標
 エスコート役:『苗床の少女 エルナ・ペルム』に、世界を見せる。
 護衛役:エルナを狙うエネミー達を撃退し、彼女を守り切る。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●特殊設定
 エルナのエスコート役を一人選出。基本は今アフターアクション提案者の『ドキドキの躍動』エドワード・S・アリゼ(p3p009403)さんを指定。彼が三日以内に参加しない場合は、他のPCから一人を選出。
 エスコート役は常にエルナと一緒に行動し、エネミーの攻撃範囲に入った場合は戦闘も行える。
 護衛役はエルナを襲撃しようとするエネミーの迎撃担当。倒しても良いし、コンタクトをとって諦めさせるも良し。

●ロケーション
 時間帯は早朝~翌朝。

 舞台は街及び周辺にあると想定出来る環境全て。

 固定舞台は町のみ。後は参加者でエルナに見せたい&経験させたいモノを提案(5つまで)

 町の中から、エネミー達が襲撃してくる。
 全てのステージにおいて、エネミーがエルナに隣接してしまう(拉致or殺害)と失敗判定となる。
 街中では建物があり死角・遮蔽物が多い。登る等の立体行動も可能。エネミー達は基本、物陰に隠れながらエルナに接近してくる。街中で騒ぎになってしまうと計画が台無しになり、失敗判定となる。
 その他のステージでも物陰に隠れて接近する行動形式は変わらず。他の人間がいないので、騒ぎによる失敗はない。ただし、エルナに気づかれない様に始末出来れば雰囲気が壊れないので非常によろしい(エルナの周辺5マス以内に接近されなければ気づかれない)

 翌朝までエルナを守り切り、朝日を見せられれば成功となる。

●エネミー①
『暗闇のジャッカル団』×10(人間種×5・獣種×3・飛行種×2)
スラム街の出身者でも、攻撃的な性格の者が集まった強盗団。特に志や矜持は無く、欲望のままに行動する。高値で売買される『ガンダルヴァの種子』が目的。エルナ自身に関しては、種子を取り出す前に玩具にしようくらいの認識。

ゲーム開始と同時に行動開始。エルナを追尾し、最も距離が近いPCに攻撃を行う。

ナイフや手斧等の隣接用武器で武装。
獣種・飛行種のメンバーは種族スキルを使った攻撃も行う。

戦闘方法
①ナイフ・小刀・手斧
 切り付け&突き刺し:物至単にダメージ。出血付与。

②爪・牙(獣種が『変化』後に使用)
 引き裂き&咬み裂き:物至単にダメージ。出血付与。

③掴み落とし(飛行種が『変化』後に使用)
 空中に掴み上げて落とす。
 防御不可。
 物至単にダメージ。

参考台詞:『あの娘はスラムの出。俺達も同じだ。化け物の肥やしになるくらいなら、同胞の飯のタネになれる方が幸せってモノだろうよ?』

●エネミー②
『黒魔女・キルケル=バーバヤガー』×1
『ブラックドッグ』×4
 何処かにある昏い森。その深部に居を構え、真理に到達する為の研究を続ける幻想種の魔女とその使い魔。
 基本的に人でなしだが等価交換の理は心得ており、研究において生じた技術や呪物を時折り社会に還元する。ただ、ソレがもたらすのが幸か不幸かはまた別の話。
 エルナに関しては、貴重な研究材料(消耗品)と言った認識。

 ゲームにはエルナとエスコート役が街を出たRから介入。
 キルケルを中心に、ブラックドッグが四方を固める形でエルナを追尾する。
 キルケルが退場すればブラックドッグが。ブラックドッグが全て退場すればキルケルが同時に退場する。
 
戦闘方法
キルケル
①血を吸う霧:神中域。ダメージ無し。2Rの間、適用範囲に停滞。失血付与。
②骨を喰む雲:神中扇。ダメージ無し。2Rの間、適用範囲に停滞。停滞付与。
③魂を穿つ光:神遠貫。ダメージ無し。狂気付与。

ブラックドッグ
① 焼け付く牙:物至単。灼熱の牙での咬みつき。大ダメージ。
② 狩り立てる閃光:物遠単。全身に雷撃を纏っての突進。大ダメージ。
③ 絶やす雷禍:物近自範。プラズマの塊となって爆発する。大ダメージ。

参考台詞:『その娘はもはや純たる人の域ではない。人世にあって、其はたいそうな地獄ぞ? であれば、妾が人に仕えし人ならざるモノに組み直そうぞ。妾は知的好奇心が満たされ、娘は救われ、人(其方ら)は良き道具が手に入る。正しく、ウィンウィンと言うヤツではないかえ?』

●エネミー③
『無貌のフー』×1
 片目の孔だけが空いた、真っ白な仮面を着けた暗殺者。腕は良く、名も知れているが種族・性別・年齢全てが不明。故に『Who』と呼ばれる。
 相応の地位を持っていると思われる男から、人世を脅かす存在としてエルナの殺害を依頼された。

 他のエネミーが全て撃破されると出現。PCは無視して真っ直ぐエルナに向かう。
 自ターン中は『ロスト』を発動。移動中はPCの干渉を一切受けなくなる。

 戦闘方法(攻撃を受けた場合のみ、反撃で行う)
①ボア:物至単。防御不可の組み技。大ダメージ。退化付与。
②バイパー:物遠単。毒を塗ったダガーの投擲。致死毒付与。
③バシリスク:物至単。死を付与する『小さき蛇王』の牙を打ち込む。確定即死。基本はエルナのみに使用。ゲーム中、使用出来るのは一回限り。
参考台詞:『その娘、人世を蝕む。興味は無い。生かす理由も無い。であるに、如何?』

※エネミーとは全て会話が可能。
 また、異なる組織の者同士が攻撃範囲内に入ると、PCと同じ様に互いに攻撃対象となる。

●NPC
『苗床の少女 エルナ・ペルム』
 人間種の少女。13歳。前エピソードにおいて、ガンダルヴァの苗床として見初められた。
 兄や他の村人と同様にガンダルヴァの境界で眠っている筈だったが、何故か彼女だけが現世に戻された。

 生まれた時からのスラム育ち。綺麗な世界も、確かな未来も知らない。歪まなかったのは、偏に守り抜いた兄の力。
 体内にはガンダルヴァの種子が眠ったまま。それでも全ては純真で無垢な少女のまま。何を求め、何を背負うのか。知るのは、髪に飾った一輪の蕾だけ。

  • 君に、世界と言う名の華束を完了
  • GM名土斑猫
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年01月03日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談10日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)
終わらない途
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
エマ・ウィートラント(p3p005065)
Enigma
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
エステル(p3p007981)
ジュリエット・ラヴェニュー(p3p009195)
ゴーレムの母
エドワード・S・アリゼ(p3p009403)
太陽の少年
サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)
砂漠の蛇
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)
タナトスはぶっ飛ばす

リプレイ

「ちょっと、待ちなさい」
 速足の『彼』を呼び止めて、『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は赤い髪に櫛を通す。
「可愛いお姫様のエスコートよ。せめて、寝癖くらいは直さないとね」
 お礼を言ってまかせる少年は、いつも通りの体。そう、何も着飾る必要はない。見せるべき世界は、そんなハリボテではいけないのだから。
(ありがとうございます)
 面会に行ったジルージャに、彼女は。
(貴方の香りが、ガンダルヴァを動かしました)
 可愛らしく、お辞儀をして。
(ガンダルヴァは、『まだ』人の心は表現出来ません。だから、代わりに)

――其方の気高き香に添いて、いつか子らの導を――。

 そう、妖樹の意思を彼女は伝えた。
 あの白夢の戦いが、決して悲しいだけではなかったのだと。

 わざとらしくない程度に整えた赤髪をポンポンと叩き、激励の言葉を。
「しっかりね」
「もち!」
 少年はニカリと笑い、張った胸をドンと叩いた。

 ●

「世界が見たい、なんとも眩しい願いじゃねえか」
 年相応にしゃがれた声でそう言って、『帰ってきた放浪者』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)はガハハと笑う。
「放浪者として大人として、叶えてやるのが筋ってもんだろ?」
 継ぎ接ぎで、白塗りばかり。それでも、確かに歩んだ人生の矜持。得た力と、相応の責務。鋼の義手が、昂る様にギシリと鳴く。
「今回はボーイミーツガールを遠くから腕組みで見守る役目ですね。彼らの青春のため、一肌脱ごうじゃありませんか」
 正しく、こうも気乗りの良い案件はいつ振りか。『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は窓越しに広がる世界を見やる。これから『彼ら』が踊る光の舞台。
「シークレットサービスに徹しましょう」
 主演役者の輝きこそは、裏方黒子の妙無き誉れ。直した眼鏡が、キラリと光る。

 ●

「依頼を受けた理由?」
 かけられた問いに、『紅蓮の魔女』ジュリエット・ラヴェニュー(p3p009195)は鬱陶しげに。
「まぁ、あの娘はもう人からも外れてるでしょうし、毒にしかならない存在かも知れないけど」
 その身は既に蝕界の妖樹の洗礼を受けた。かの祝福は幼き命の深部に根付き、最早取り除く事は叶わない。
「知った事じゃないわ。そんな事は、どうでもいいのよ」
 切り捨てる言葉とは裏腹に、表情は酷くつまらなそう。
「私は、私が関わった話がつまらない結末になるのが嫌なだけ、だから今回手を貸したまで」
 一息に言って、相手の糸目が面白そうに見てるのに気づく。気に食わない事この上もないのだが、取り繕うのも認める様で癪に触る。よって、このまま突っ走る。
「最初に目をつけたのは私達よ。誰が横からの手出しに渡してやるもんですか」
「はあ、左様でありんすか?」
「そうよ」
 〆の言葉も努めて静かに。ただし、伝える意志はしっかり込めて。即ち、『コレ以上追求したらヌッ殺す』である。
「くふふ、成程。分かりんしたよ」
 『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)は言葉を収める。もうちょい、からかいたい気持ちもあるにはあるが、あんまり調子に乗って怒らせても上手くはあるまい。これから一緒に一仕事する中でもあるし。
「にしても、ガンダルヴァの苗床? 命を狙う者達? 物騒でごぜーますねえ?」
 ローレットが入手した情報。渡された書類に記載されていた面々。有象無象の木っ端に過ぎない連中もいるが、明らかによろしくない気配も。否、其方に気を回し過ぎて怠れば、木っ端とて十分足を掬うだろう。
「くっふっふー、これは気合を入れないとダメでごぜーますねえ」
 無垢な娘の純たる願い。折角の楽しい観光を台無しにする事程、ヤボな事はないのだから。

 ●

「世界には光がありますが、それを見る前に殺されるのは困りますね」
 呟いて、エステル(p3p007981)は眼下に広がる街を見晴らす。
 視線の高い屋根から見えるソレ。暗がりに沈む路地裏と、日差しに満ちる表通り。光と闇、二つが重なって織りなす世界。片方だけでは成り立たない。そして、情報屋は言ったのだ。『あの娘に、闇はもう十分』と。
 闇の中で生を受け。闇一色の中で育った魂が、ソレでも染まらず願うのならば。
 見せたいと願う。
 可能な限りの、光を。
「世界を見たい、と。奇遇ですね。私も昔、ずっとそれを願っていました」
 『砂漠の蛇』サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)は想起する。かつて払災の聖石であった己が、苦悶の果てに招災の呪石へと変じた頃。悲しみの中、まだ見ぬ世界の光に一縷の希望を求めた事を。
 かの少女の願いの形が重なるならば。
「協力しない理由は、ありません」
 静かな囁きは、決意に満ちて。
「どうか、ご安心を。貴女には、指一本触れさせませんから」
 遠目に映るいつかの自分に、約定を。

 ●

「世界を見たい。それは、とても素敵な事ですよ」
 昇りゆく朝日を見つめながら、『エルフレームTypeSin』ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)が言う。
「ブランシュも起きてから、たくさんの世界を見たですよ。それはたくさんのキラキラで、眩しくて、温かくて」
 いつかの古に作られた戦の人型。その記録さえも失った空っぽを、満たしてくれた世界の光。
「そんな世界を見せたいんですよ?」
 例えも無き偉業。
「だったら、ブランシュは命を張ってでも叶えさせるですよ。どうかキラキラした世界を、彼女に見せてあげてくださいですよ!」
 価値は、十分に。

 奮起する小さな同僚を横目に、『疲れ果てた復讐者』國定 天川(p3p010201)は持った書類を見つめる。
「13歳……。まだまだ子供だ。これからだ。いい大人が、それを寄ってたかって情けねぇ」
 書面に描かれた者達。加虐。暴威。物欲。情慾。多々の負念に満ちた顔を、静かな怒りと共に握り潰す。
「世界を見たい? ささやかな願いじゃねぇか。その程度の願い叶えてやれなくて何が大人だ」
 クシャクシャになった書類を放り、手の中の御守りを見る。
 あの時、掴めなかったモノ。もう、二度と。

 ●

 扉の前で、大きく大きく深呼吸をする。
 ローレット経営の宿屋の一室。見慣れた筈のソレが、今日はやたらと大きく見える。柄にもなく、緊張しているのだろうか? まあ、今までにない重大任務だけど。
 もう一度、大きく息を吸って。
 よし、大丈夫。いつもの自分。
 頷いて、ドアをノックする。促す返事。ノブを掴んで、力一杯引き開ける。
 溢れ出る香り。覚えのある、けれどそれよりもずっと穏やかな花の香。
 その中に、一人の少女が立っている。
 花の蕾の蔓の髪紐。サイドテールに結ったのは、若葉の色をした長い髪。人間種としては不自然なソレは、彼女がもう『彼方』に親き存在たる証拠。でも、ソレは酷く些細な事柄で。
「準備、出来た?」
 そう訊ねる彼に、彼女は答える。
「はい」
 『よろしくお願いします』と、誰かさんにあつらえて貰った他所行きのスカートを摘んでお辞儀。慣れない作法なのは見え見えで、けれど愛らしい笑顔で全部帳消し。
 懐かしい『彼』の面影が重なるその顔に、『よっし!』と言って手を差し出す。
「行こう!」
「はい!」
 疼く希望とこそばゆい恥ずかしさ。青く甘酸っぱい想いと共に、『エルナ・ペルム』は『ドキドキの躍動』エドワード・S・アリゼ(p3p009403)の手を取った。

 ●

「行ったな」
「初々しいでありんすねぇ」
「文字通りのチェリーだしねぇ。ヘマしなきゃ良いけど」
「なぁに、それとてあの歳なら甘酸っぺぇ思い出だ。気に病む事じゃねぇよ」
「貴方が言うと、説得力あるわねぇ……」
 遠ざかって行く二人を見送りながら、好き勝手な事を言い合うメンバー。引き締める様に、寛治が言う。
「では、私達も動きましょう。少なくとも屍漁りの動きは予測出来てます」
「居所が知れてるので、事前交渉に行ったそうですが……。首尾はどうだったのですか?」
 エステルの確認に、寛治と共に赴いた天川とバクルドが首を振る。
「メンバーの幾人かは丸め込めたがな。如何せん、餌目当ての野犬共だ。一枚岩じゃない」
「ガンダルヴァの種子ってぇのは、随分と価値があるらしい。こっちの示せる金額なんぞ話にならねぇと突っぱねる連中が多い様だな。交渉の場に顔を見せねぇ面子がいると言ってやがった」
「探し出してボコしてやれば良かったのに」
 突っ込むジュリエットに、勘弁してくれとバクルド。
「あいつら、広いスラム街に散ってやがるんだぜ? 顔の割れてねぇ奴も多いし、手に負えねぇよ」
「当てのつかない作業に、時間と労力を消費するのは得策とは言えませんので」
「確かに、敵が幾分でも減ったのは僥倖でしょう。彼らの目当てはエルナ様です。動きを読む事は容易い……。お二人を囲む様に、動きましょう」
「見っけた端から、ぶっ潰すですよー!」
 自分の言葉にそう応じたサルヴェナーズとブランシュに頷いて、寛治が纏める。
「適度にダメージを与えた所で、もう一度『餌』を与えてみましょう。それで引くならそれで良し。なお拘る様なら……」
「Bang! ね?」
 ニヤリと笑むジュリエットに、OKのサイン。
「どっちにしろ、エルナちゃんには気づかれない様にね」
「ええ、重要事項です」
「よし、行くぞ」
 最後の、意思確認。

 ●

 エルナが困惑しているのは、ハッキリ分かった。いや、吃驚してると言う方が正しいのかもしれない。街の入り口。ソコを出入りする人や家畜、馬車等にも大概だった様だけど。
 広がる街の情景。喧噪。活気ある声。全てが、彼女にとって。
「本当に、初めてなんだな」
「えーと、はい……」
 問いに答えながら、キョロキョロするエルナの顔。その表情が、彼女が自分とは全く違う世界に生きて来た事をエドワードに教える。
 エドワードは、『スラム』と言うモノを良く知らない。無論、知識としては知っている。
 けれど、ソレは所詮文字として。そして言葉として知っただけのモノ。現実に生きる者達の苦しみや嘆きなど、真の意味で理解出来る道理はなく。
 そんな事で、この娘の心を満たす事が出来るのだろうか?
 ふとそんな不安が過ぎった時、エルナが此方を見た。
 深緑の瞳を輝かせて、彼女は言う。
「行きましょう」
 己の闇も。
「見せてください」
 彼の迷いも吹き飛ばし。
「世界を!」
 ただ、希望を求めて。
 そう、今自分のやるべき事は。世界の闇を憂える事ではなく、この無垢の願いに応える事。
 自分を永久の友と呼んでくれた、『彼』との約束を果たす事。
「よし、行こうぜ!」
 ぎゅっと握った彼の熱。エルナの手も、また熱く。

 街路を手を繋いで駆けて行く二人。その姿を、見つめる視線。
 数は六つ。薄闇の中で、擦れる様に。
「あの餓鬼だな?」
「ああ、似絵の通りだ。間違いない」
「さっさと攫っちまおうぜ」
「ついてる餓鬼はローレットだ。厄介だぞ?」
「数なら上だ。大鹿の腹も群れで噛み破るのがジャッカルだろうが」
「その虎の子の数が減ってるのを忘れるな」
「ちっ……。腰抜け共が」
「言うな。強制はないのが約定だ。代わりに、得た獲物は参加した者だけの特権。肉も、血も、臓物も」
「違いねぇ」
「バラけて追うぞ。隙を見て物陰に引っ張り込め。引っ張り込んだら、その場で首を掻っ切れ。殺してしまえば、ローレットもそれ以上追求する義理は無い筈だ」
「少し、遊びたかったんだかな」
「諦めろ」
「じゃあ、始めるか」
「ああ」
「良き、狩りを」
 明るい街並み。日差しの隙間に落ちる影。あえかあえかな闇の中、飢えた屍漁りが駆けて行く。

 活気に満ちた街の中を、エドワードとエルナは手を繋いで歩く。
「ここは、エドワードさんの?」
「そ、オレの過ごしてる街。良い所だろ?」
 ニコリと頷くエルナ。でも、街の魅力はまだまだコレから。
 道端に並ぶ屋台の、良い匂いが空気を飾る。『お昼、何食べるか考えてて』と言えば、彼女はちょっと恥ずかしそうに頷いて。
 脇の路地には、のんびり寝そべる猫のたまり場。顔見知りの子に声をかけると、いそいそと寄ってくる。抱き上げて、ゴロゴロ鳴るのを彼女に渡せば、おずおずと抱き締める。寄せ合う顔は、同じ様に愛らしく。
 アクセサリーや冒険道具を扱う店の前で、彼女が足を止める。興味津々で見つめる横顔を見て、思いつく。
「気になるもの、あるのか?」
「ふえ? あ、その……」
「記念に、買ってやるよ。どれが良い?」
「でも……」
「いいのいいの」
 笑う彼に応えて、手を伸ばす。取ったのは、一輪の花を象ったカメオのブローチ。
 『それで良いの?』と問う彼に、『はい』と答えた。
 渡されたソレを、いそいそと胸に飾る。淡く輝く琥珀の玉が、嬉しそうな顔と相まって。
 『すっごく似合う』の感想に、『ありがとう』と満面の。
 刻まれたのは、モントブレチアの花。花言葉は、『素敵な思い出』。
「忘れません。ずっと」
 そう言って、彼女はまた眩しく微笑んだ。

 街の中を、一人で歩く少女。物陰から、伺う獣が二匹。
「一人だぞ。はぐれたらしい」
「好機だな。逃すな」
 影から影へ、忍び寄る。詰まる距離。もう、射程。
「よし!」
 人の視線を潜り、襲いかかる。噛みかかる牙は、けれど虚しく空を切り。
「何!?」
「かかりましたね」
 驚くと同時に、聞こえる声。瞬間、滑る様に疾走して来た影が彼らを影の中へと叩き返す。
「うぐぉ……」
「何だ……!?」
 呻きながら顔を上げる彼らを、眼帯を付けた美貌が見下ろす。
「随分と楽に騙されてくれましたね。獲物の匂いを嗅ぎ損ねるなど、ジャッカルの名が泣きますよ?」
 冷ややかに告げるサルヴェナーズの横で、エルナの幻影がユラリと消える。ドリームシアター。砂漠の蛇の手に躍る、虚空の幻影。
「ローレットか!?」
「邪魔するなら、テメェの腑から引きずり出すぞ!?」
 刃を剥いて吠え立てる。されど、野犬の威嚇如き、蛇神の精霊を揺るがせはしない。
「ご随意に。もっとも、その前に貴方方が脳漿を散らさなければよろしいですが」
「なn」
 瞬間。死角から跳ねた弾丸が、男達の米神スレスレに後ろの壁を弾く。
「――――っ……!」
 絶句する男達を冷ややかに見つめ、サルヴェナーズは『彼女』に呼びかける。
「ブランシュ、加減はしてくださいね。あまり無辜の民方の私財を損ねるのも気が咎めます」
「どうせ、弁償代はローレット持ちですよ〜」
 何処からともなく聞こえる声。再度放たれるロングバレル・リコシェット。正確無比の跳弾が足元を抉る。
「次は当てるのですよ?」
「……だそうです」
 血の気の引いた男達に、ダメ押しする様に囁く。
「如何致しますか?」

「ち……。易く暮らす野郎が、正義面を……」
 空からの襲撃を図った飛行種の仲間がハウリングシャドウに叩き伏せられた。当てが外れた男は、歯噛みして呻く。
「あの娘はスラムの出。俺達も同じだ。化け物の肥やしになるくらいなら、同胞の飯のタネになれる方が幸せってモノだろうによ……」
「アラ、スラムの出だからどうだっていうの?」
 忌々しげな物言いに、ジルーシャは毅然と返す。
 彼の脳裏に残るのは、エルナとその兄、アルトの姿。   
 得られず、奪われる境遇の中でなお、『人』であろうとした彼ら。
 悲観に塗れ、歪みに至る道は確かにあれど。同じ中で、なお凛と立てる者達がいるのなら。
「他人を妬んで奪うしかできないアンタ達と、あの子を同列に語るんじゃないわよ」
 ソレは全て、目を逸らす戯言にしかなり得ない。
「言わせておけば……」
 男の怨嗟が唸りに変わる。突き出す鼻先。剥き出す牙。獣種、変化の能。
「いくら綺麗事を連ねようが、あの餓鬼は化け物の眷属だ。俺らと同じ、外れ者……」
 文字通りの胡狼(ジャッカル)と化した男が、卑賤に吼える。
「この世にいらねぇモンなんだよ!!」
 ジルーシャの喉笛目がけて噛みかかる。けれど。
「随分とまあ、勝手な事を言っておりんすなあ?」
 上から落ちてくる、飄々とした声。瞬間、身体が地べたへ叩き付けられる。
「何が幸せか、なぜ他者が決めるのか。ソレを決めるのは当の本人でごぜーます」
 血反吐を吐いて悶絶する彼の前に、フワリと降り立つエマ。
「この世にいない方がいいというのなら、強盗団だっていない方が良いでごぜーますよ?」
 細い眼差しの奥で光る二彩。くっふっふ、と冷たく切って捨てた。

 正午を告げる鐘が鳴った。
 同時に鳴るのは、腹の音。
 目をパチクリさせるエルナの前で、お腹を押さえたエドワードが照れて笑う。
 釣られて笑う彼女のお腹も、クウクウと。
 真っ赤な顔を見合わせ、また笑い合う。
「へへ、何食べよっか?」
 一人で食べても美味しい料理。誰かと一緒なら、もっともっと。

「ぐぁあああ!?」
 エステルのファントムレイザーで穿たれた飛行種の男が落ちる。体勢を立て直す隙も与えず、冷たい義手が首根っこを捻り上げた。
 喘ぐ口に銃口を突っ込んだバクルドが、リーダー格らしき男に凄む。
「動くな! 二束三文ならくれてやるからとっとと失せろ! それとも今ここでこいつをぶっ殺してテメエらも雁首揃えて晒してやろうか!?」
 他の面子よりも年配らしい男は、眉を顰めて溜息をつく。
「柄の悪い爺さんだな。どっちが狂犬か分かりゃしねぇ……」
「その件に関しては耳が痛い所ですが、此方としても礼儀を通す程の余裕はありませんので」
 進み出た寛治が、リーダーに向かって一枚の紙切れを晒す。
「手を引いていただけるなら、この小切手を差し上げますよ。ノーリスクで手に入る金です」
 淡々と、事務的な口調。けれど、孕む圧はバクルドの恫喝に勝るとも劣らず。
「手向かうなら、全員殺します。それでもNOと言いますか? YESの回答が遅くなるほど、金額は減っていきますよ。一か八かで全滅するか、安全確実に金を得るか、好きな方を選びなさい」
「…………」
 しばしの間。やがて、進み出た男が寛治の手から小切手を取る。
「放せ」
 応じて、バクルドが男を放す。咳き込む同胞に、『帰るぞ』と告げる。
「ギド……」
「命あっての物種だ。幾ら金があろうが、あの世には持って行けん」
「中々に懸命な様で。助かります」
 寛治の言葉に、ギドと呼ばれた男はケッと返す。
「お前ら。承知の上だろうが、娘を狙ってるのは俺達だけじゃない。しっかり守れ。狩り損ねた獲物が他の連中に掻っ攫われるのは、面白くないんでな」
「言われるまでもありませんよ」
 予想通りの答えに沈黙で返すと、ふと空を見上げて鼻を引くつかせる。
「……嫌な臭いだぜ……。気に食わねぇ……」
「……何の事です?」
 エステルの問いに『教える義理はねぇよ』と返し、屍漁りの群れはまた街の闇へと消えて行った。

 何処かで、遠吠えの様なモノが聞こえた。
 キョトンと顔を上げて、『何でしょう?』と小首を傾げるエルナに、『ああ、うん。この辺り、野良犬もいるからな』とか言って誤魔化す。
 アレは、狩りの失敗と終演を仲間に伝える胡狼(ジャッカル)の声。『皆、ありがとう』と心の中で頭を下げる。
「それより、こんなので良かったの?」
「はい、食べてみたかったんです。こういうの」
 そう言うエルナが口に運ぶのは、トマトソースがいっぱいに付いたチーズバーガー。他に卓に並ぶのは、フレンチポテトにカスタードパイ。そしてMサイズのソーダ水。所謂、ファストフードと呼ばれるヤツ。
 『良いのかな?』とか思ったけど。本当に嬉しそうに頬張る彼女を見ているうちに、そんな心配は氷解した。
 そう、彼女が求めたのは普通の日常。
 普通の子供の様に、友達と食べるランチ。
 そんな一時が、彼女が夢見ていた事。
「美味しいですね」
 ニコリと笑う顔。こっちも、釣られて。
「だろ? ここ、一押しなんだ」
 その通り。何だかんだで、この店だって自信の一店。
「ありがとう、エドワードさん」
 そう言って頭を下げるエルナに、思っていた事を伝える。
「あのさ。それ、やめない?」
「何がですか?」
「えっと、その『敬語』?」
 キョトンとする彼女。与えられた答えに、またキョトン。
「え……と、気に障りましたか?」
「ああ、いや。そうじゃなくてさ。君の口調、そんなんじゃなかったじゃん?」
 思い出すのは、かの妖樹の抱擁から彼女を解放した時の事。
「そんな他人行儀やめてさ。だってホラ、オレ達……」
 ――友達じゃん――?
 その言葉に、彼女は一瞬固まって。そして――。
「そ……そう、だね……。うん、そうする」
 綻んだ花弁の奥から現れる、本当の彼女。ソレは、前にも増して愛らしく。
「それじゃあ、改めてよろしく。エドワードさ……んじゃアレかなぁ?」
「エドだよ。エドで良い!」
「分かった、よろしくね。エド」
「おし!」
 アハハ、ウフフと笑い合う二人を周囲の人々が微笑ましそうに見つめる。さてさて、彼らの目に二人は如何に映るのだろう。

「ふーん、なかなかやるじゃない。チェリーボーイ」
「……将来は、なかなかの女泣かせになるかもしれねぇな……」
 物陰から見ていたジュリエットと天川。相方の言葉に返す天川の視界の中で、楽しそうにはしゃぐ二人の姿はいつかに重なる。
(光星が逝ったのは12だったか……。この子らと、いい友達になれただろうな……)
 それはもう、取り戻せない光。
 癒える事のない痛み。
 だから、今度こそ。
「俺みてぇな血生臭ぇおっさんには、そういうのは向いてねぇからよ……。任せたぜ……」
 ポロリと零した、小さな願い。
 ジュリエットは、聞こえない振りをした。

 ●

「きもちいーだろ?」
「うん。とっても」
 草の上に寝っ転がったエドワード。彼に倣う様に横たわったエルナが、大きく息を吸う。
 誘ったのは、郊外の草原。降り注ぐ日差しの中を、涼しい風が柔らかな草を撫ぜていく。
「こうしてると、心がすげー落ち着くんだ」
「そうだね。とっても、素敵」
 薄く目を閉じる。閉じた視界の中でさえ、光に満ちる。
 心の中に染みついていた淀み。排気に濁った空。煤けた空気。冷たく硬い、石の地べた。生まれた時からあったその感覚が消え去る事は、きっと永久に無い。けれど、ソレが今此処にある光を強くする。どんなに素晴らしく、尊く、温かいかを教えてくれる。
 闇だけでは知れなくて。
 光だけでも分からなくて。
 今まで自分が生きて来た時が。兄と一緒に歩いた道が。決して無駄ではなかったと言ってくれる。
 それが、何よりも嬉しい。
 薄く、目を開ける。映ったのは、薄く寝息を立てる彼の顔。
 兄が、永久の友と決めた人。
 そして。
「……エド」
 小さく、小さく、囁いた。
 彼の眠りを覚まさぬ様に。
 芽生えた想いの意味は、まだ分からないけれど。
 そっと、手を伸ばす。触れた赤い髪。
 とても、とても。温かい。

 ●

 感じた違和感に、エステルはハッと顔を上げた。
 匂い。
 流れる風の中に、異質な匂いが混じっていた。
「これは……」
「気づいた?」
 振り向くと、ジュリエットが険しい顔で同じ様に宙を仰いでいる。
「『硫黄臭』だわ……」
 硫黄? 此処はただの平地。火山も、温泉も在りはしない。なら、何故そんなモノが?
 過ぎるのは、先のジャッカルの言葉。
 ――……嫌な臭いだぜ……。気に食わねぇ……――。
 何処かで、雷鳴が鳴る。空には、雲一つ無いと言うのに。
「散りなさい!」
 ジュリエットの声に、皆が反応する。歪む空間。凄まじい熱と放電音。現れるのは、一抱え程もある光の玉。
 皆の中心に落下しようとしたソレに、ジュリエットの魔弾がぶち当たり、激しく爆ぜる。起動を逸らされたソレは地面に落下し、爆発。
「うぉお!?」
「な、何なのですよ!? コレ!!」
 眩んだ視界の中で、満ちる硫黄臭。迫る、何かの気配。
「させません!」
「もう、世話が焼けるわね!」
 いち早く異変に気付き、対応が間に合ったエステルとジュリエットが阻む。
 光翼乱破が挫き、擦り抜けた個体の眉間を魔力撃が穿つ。
「魔女だからって、白兵がこなせない訳じゃないのよ!」
 ジュリエットの煽りに、反応はない。必殺を挫かれた怨嗟の声も、痛打を受けた苦悶の呻きもない。聞こえる放電音。硫黄の香。土煙の向こうから現れたのは、子牛程もある漆黒の獣。数、4頭。
「目がチカチカするのですよ……」
「何だ、コイツ等は……? 野犬……じゃねぇよな。どう見ても」
 閃光のダメージから回復した面々が、そんな事を言いながら身構える。
「『黒犬獣(ブラックドッグ)』……ですね」
「ああ、やっぱりアンタは知ってるのね」
 サルヴェナーズの呟きに、ジュリエットが感心した様に言う。
「硫黄を纏う雷禍と炎災の精霊……。戯れに人を害する事はありますが、何故この様な明確な……」
「そりゃ、そうしろと『命ずる奴』がいるからよ」
 言って、佇む黒犬達の向こうを睨むジュリエット。
「あの娘を狙う連中に、同業者がいるとは聞いてたけど……」
 彼女の声に応じる様に、大気が揺れる。滲む様に湧き出てくる、黒い霧。
「アンタだったのね! 『黒魔女・キルケル=バーバヤガー』!」
「……ケケケケケ……」
 枯れ風の様な声。滲み出た黒霧は収束し、妖しげな人型を形作る。
「貴重希少な素材故、遥々足を延ばしたに。姦しい蠅が、まあ不快……」
 ゾロリと伸びる虚無色の術着。大仰な魔女帽から流れる蜘蛛糸の如き白髪の間から、紅く濁った双眼がギョロリと覗く。
「たかられる前に燃してやろうと思うたが、同胞が居るとは迂闊であったわ」
 そう言ってまた、ケケケと嗤う。
「成程。この物騒なお犬様は……」
「貴女の使い魔と言う事ですか……」
「使い魔? 使い魔のぅ……」
 バクルドとエステルの言葉に首を傾げ、三度ケケケ。
「まあ、そう言う事にしとこうか。どうせ、其方ら凡夫には理解及ばぬ事よ」
 コレでもかと言うくらいの上から目線。
「で、話を戻すがの。妾はかの種子が欲しいだけ。其方らにはキッパリ蚤の卵程の興味も無い。早々に居ね。さすれば、別に追う理由も等しく無い」
 等と言って、あっちへ行けとばかりにピラピラ手を振る。皆さんの米神が、ピキリと引きつる。
「何か、すっごくムカつくバー様なのですよ……」
「要するにこの婆さんも嬢ちゃんを狙ってる訳だ。なら遠慮なく……」
 戦闘態勢に入る皆を見下し、ヤレヤレと首を回す。
「下層若輩とは言え、同胞の同胞じゃ。引くなら放てやろうと思うたが、そう来るならば致し方ない」
 手にした鉄扇が、パチリと鳴る。
「疾く疾く、死にゃれ」
 4頭の黒犬が、殺気満ちる猛気を吐いた。

「……喧しい鉄火場になりそうだ。ジルーシャ、頼めるか?」
「任せて頂戴。あの子達の大事な時間を、こんな無粋な匂いや騒音で台無しになんかさせないわ」
 天川の言葉に答えたジルーシャが、精霊の竪琴で風霊達に呼びかける。歪な世界の不協和音。せめて彼らに届けぬ様にと。
 それを見届けた天川が、チラリと彼らがいる筈の方向を見る。
(頼んだぜ。エドワード)
 そう願いを飛ばすと、小太刀を構えて戦場に駆ける。気付いた一頭の黒犬が、雷禍を纏って迎え撃つ。二つの意思が、雄叫びを上げてぶつかった。

「……!」
 感じた気配に、エドワードは振り返る。
 遠い野原の向こう。見晴らす世界は、穏やかなまま。
 それでも、相応の場をこなした冒険者である彼は理解する。あの気配と、この平穏の意味。そして、仲間達に託された願いの重さを。
 だからこそ、彼女に。
 この無垢な願いに、確かな答えを。
 繋ぐ手に、少しだけ力を込める。
 その温もりを、力に変える為。
 すると、答える様に握り返された。
 思わず見やれば、自分を見つめる彼女の顔。
「行こう。エド」
 彼女が言う。
「連れて行って」
 気づいている筈もない。
 けれど。
 だから。
「ああ!」
 答えよう。
 この娘の為に。
 託した、彼の為に。
 尽くしてくれる、皆の為に。
「行こう!」
 そして、少年と少女は目指す。全ての想いに、報いる為に。

 襲い掛かる灼熱の牙。掻い潜ったブランシュが、キルケルに向かってメイスを振り上げる。
「潰れろですよ!」
「喰め」
 ブワリと湧き出る紫色の雲。巻き込まれた途端、全身の骨格が悲鳴を上げる。
「んぐぅ!?」
「おっと」
 動きが鈍る彼女に、雷撃を纏った黒犬が突進。あわやと思った瞬間、割り込んだエマが拳で弾く。
「いやはや、纏っててもこりゃ痛いでありんすねぇ~」
「あ、ありがとなのですよ……」
 焼け付く拳を振るエマに、よろよろと立ち上がるブランシュが礼を言う。
「かまんせんですよ。それよりも……」
 前を見れば、先の雲が滞留し、視界を遮っている。迂闊に突入すれば、同じ憂き目。
「どうにも守りが硬いでありんすねぇ。となると、やっぱり……」
 向ける視線の先には、隙を伺う黒犬の姿。
「こち?」
「上等なのですよ。がっつり躾けてあげるのですよ」
 ユラリと向かうブランシュ。先の鬱憤も混じって、恨みが凄い。

「かの娘は、もはや純たる人の域ではない。人世にあって、其はたいそうな地獄ぞ?」
 黒犬達と立ち回るメンバーを見下ろしながら、キルケルは説く。
「であれば、妾が人に仕えし人ならざるモノに組み直そうぞ」
 在るのは、人を人と。命を命として見ない、破綻した探究心。
「妾は知的好奇心が満たされ、娘は救われ、人(其方ら)は良き道具が手に入る。正しく、うぃんうぃんと言うヤツではないかえ?」
「五月蠅いわね! 見物してるだけなら、徹してくれない!?」
 突撃してきた稲妻をマリオネットダンスで束縛しながら、がなるジュリエット。
「こっちは忙しいんだから!」
「では、働こうか?」
 途端、迸る閃光。慌てて避ける。
「あっぶな! そう言う意味じゃないわよ!!」
「我儘よのう。そんな有様では、真理は遠いぞ?」
 殺気もなければ怒りもない。単純に、愉しんでいる。
「ガンダルヴァの苗床だからと、何をしてもいいと? 純粋な人間だけが、この世に在るべきだとでも?」
「そうは思わぬよ。人も、万物多様を玩具にしよう。されば、人も玩具にされるが道理と言うだけ」
 エステルの問いに返るのは、酷く軽薄な真理。
「そう言う事であれば、やはり話し合いは無用です」
 放つ光翼乱破。黒雷の群れを挫き、仲間を癒す。
「エルナ様の興味、探究心、見たいという知りたいという思い。それを邪魔する者に、容赦はする心はありません!」
「其は己の願望ではないのかえ? 歯車人形(アンティーク・ギア)の娘」
「どうとでも!」
 例え空虚であろうと、その先に在るモノを信じたい。

「エルナ様が人ではないも何も……」
 雷と踊りながら、エマは思う。
 ここは混沌世界。理不尽と不条理こそが代名詞の世界。そして、ウォーカーがいる以上。
「人かどうかなど、些事に過ぎないでありんすよ?」
 何かあったと言うなら、あると言うなら。
 止めれば良い。
「未然に止めないのか、というのは無しでごぜーますよ?」
 二彩の眼差しが、漆黒を睨む。
「そんな事言えば、キリがないでありんすから」
 見下ろす紅眼が、ニチャリと歪む。
「その通りよ。故に、愉しんだ者勝ちぞ? 飲み喰らえば良いのよ。理不尽も、不条理も、あるかも知れぬ何かとやらも」
 否定もせずに、嘲り笑う。出るのは溜息。
「……まっこと、質の悪い御隠居でありんすねぇ……」
 交えぬ思いが、笑い合う。

「道具!? 素材!? アンタ目が悪いんじゃない!? あの子は人間よ! 可愛い13歳の女の子。たくさんお洒落して、おいしいものを食べて、笑って生きていていいんだから!!」
 願いと想い。届けてくれた、彼女の微笑み。それに報いる為に、ジルーシャは吼える。漆黒の群れを巻き込む、シムーンケイジ。熱砂の嵐の中を、影が走る。
「こんのーですよ!」
「潰れやがれ!!」
 炸裂する、ブランシュのスーパーノヴァとバクルドの黒顎魔王。飽和を超えた黒犬が霧散する。
 残るは二頭。一頭が、その身体を輝かせる。プラズマ化からの爆発。臆する事なく飛び込むエステル。
「相打ちくらいは取らせて貰います!」
 弾ける閃火。交差する、零距離ファントムレイザー。吹き飛ばされる視界に、霧と消えゆく黒犬の姿。
「あと……一頭……」

「ふぅむふむ。存外やるモノよ」
 感心至りのキルケルの前に、立つ一人。
「分かったろ? こっちはエルナの嬢ちゃんを渡す気は一切ない」
 全身を火傷や裂傷でボロボロにしながら、なお立つ天川。その様は、正しく鬼神の如き。
「となると後は別の物で諦めてもらうか、とことんやり合うかだが、どうする? アンタにとって貴重な消耗品ってのは命を賭けるに値するものかね? それとも何か? ここまで来てまだ、俺達相手に楽勝とでも思ってるのかい?」 
 重く言い放つ彼の後ろで、他の仲間達も彼女を睨む。総じて、満身創痍。けれど、覇気は消して衰えず。
「ふむ。確かにコレは、些か割に合わぬかのぅ……」
 顎に手を添えたキルケルが思案する。悪辣ではあるが、愚かではない。退いてくれるか? 皆が思ったその時。
「……まあ、まだ足らぬ訳だが?」
 鳴る鉄扇。
「もうちょい、魅せや」
 瞬間、帯電した黒犬が走る。向かう相手は。
 鈍い音。散る雷華。白煙の中、黒犬の巨体を受けて止める天川の姿。
 焼け付く熱も、軋む衝撃も意に介さず。躍る、二本の小太刀。
 神風。
 千々に刻まれた黒犬が、霧と消えた。
「……満足か?」
 口に溜まった血を吐き捨てながら、問う天川。
「ケケケケケ! 正しく正しく! 実に妙なる魅せモノよ」
 手を叩いて喜ぶと、キルケルは腰を屈めて天川の顔を覗き込む。
「小僧、中々に雅な人生送っておるのぅ」
 天川は自身を『おっさん』と称する位の年齢。ソレを小僧と揶揄するあたり、かの魔女は相応の高位存在。天川のレンジに、敢えて無造作に踏み入っているがその証左。恐らく、その気になれば。
「精々足掻けよ? その罪禍も怨嗟も、絶やすにはまぁだまだ、であろ?」
 えげつない煽りに、天川は沈黙を持って返す。ソレを見て、黒の魔女はまた笑う。
 飛んでくる魔弾。鉄扇で弾いて、そちらを見る。
「いつまでも五月蝿いわね。気が済んだのなら、さっさと消えてくれない?」
「言われずとも消えようさ。面白かしい事例故、揶揄って見ただけよ。戯れじゃ。そう怒るな、老けるぞ?」
 睨むジュリエットをそう茶化すと、霞の様に消えていく。
「元の目的からはズレたが、まあ足労した甲斐はあったろうよ。褒めて遣わす、凡夫共」
「……やっぱムカつくバー様なのですよ……」
「こういう歳の取り方はしたくないでありんすねぇ……」
「好々爺なんぞ柄じゃねぇが、流石にこの拗らせ方は考えちまうぞ……」
「ケケケ、口が減らん童共よ。良いぞ良いぞ、その調子で足掻いて魅せよ。そこまで執心の金糸雀であろう? ならば……」
 消え去る瞬間、フワリと鉄扇が『其処』を指す。
「今更、其処な輩に攫われるでないぞ?」
 !?
 振り向いた先に、幽鬼の様に立つ影が一つ。
 目深に被ったターバンに、痩躯を包む蛇鱗の外套(マント)。顔を隠す仮面はノッペリと。片目の孔が、一つだけ。
 何者か、などと問う愚者はいない。
 ローレットから伝えられた情報。エルナを狙う闇。その最後。顔も知れぬ暗殺者。
(この者は……!?)
 最も明確な畏怖を感じたのはサルヴェナーズ。思わず蹈鞴を踏んだ瞬間、飛び出す者達。
 響く撃音。受け止められた鋼の義拳。その向こうの白面に、バクルドは凄む。
「テメェが、『フー』か?」
「然り」
 返す声に、色は無い。若いとも老いてるとも。男とも女とも。人か獣かさえも判然としない。ただ響くだけの、音の様な声。
「今まで、何処に居やがった?」
 答えは無い。
「見てやがったのか? ずっと」
 変わらず。
 ただ、肯定の気配が伝わる。
「そうかよ。なら、話は早ぇえ……」
 理解していた。この気配を感じた時から。
「潰れてくんな!!」
 交渉の余地など、微塵もないと。
 黒顎魔王、発動。雷熖の黒犬をも噛み潰した王の顎(あぎと)が開く。
 けれど。
「誇れ」
 何でも無い様に。
「貴殿は」
 透明な声は言う。
「果たした」
 違和感。
「かの存在の」
 鋼の義手に。
「証明、一つ」
 巻き付く。
「故」
 軋む音。
「退場の至り」
 ――絡蛇(ボア)――。
「ぐぉ!?」
 鈍い音が鳴り、ひしゃげた義手がブラリと。
「テメェ!!」
 戦闘続行、発動。
 クイックアップ、起動。
「舐めるなぁ!!」
 強制回復と身力強化の並行励起。振り絞り、食い下がる。動きを止める猛撃。幾つかは、確実にヒットする。なのに、微動だにしない。
(こいつ……!)
 違和感に気を取られた瞬間、ビシリと巻き付かれる腕。
「てめ……!」
 罵声すら間に合わず、へし折られる。そのまま放り投げられ、地面を転がる。
「クソ……!」
 ガラクタと化した両腕。それでももがこうとした彼の頭上を、幾つかの銃声が駆け抜ける。
 45口径の死神。撃った寛治が眉をひそめる。当たった。避ける素振りさえも。けれど、やはり。
(……どう言う事だ……?)
 魔法防御か特殊防具の可能性を疑うが、ソレらしい気配は感じられない。先のバクルドとの戦闘を見ても、能力が高いのは明白。手の内が知れない内にやり合うのはリスクが高い。しかし、怖気てしまえばエルナが狙われる。
(……どうする?)
 らしくもない思考のループに落ち入りかけた時。
「悩むだけ無駄よ」
 そんな言葉と共に、ジュリエットが隣りに立つ。
「突っ立ってる様に見えるけど、攻撃の軌道を見切って急所をズラしてる。まあ、だからって敢えて受けてんのはキチの一言だけど」
「……何かしらの信念を持つタイプの様ですね。一番、厄介なタイプです」
 何かを狂信し、添う者。狂った精神は、容易に肉体を凌駕する。
「かの娘の事は既知」
 色の無い、声がまた。
「その存在は、人世を蝕む。生かす理由は皆無。興味見だす道理も皆無。であるに……」
 仮面の眼孔。真っ暗なその奥で、何かが蠢く。
「何故?」
 淡々と問う。答えを求める気配は、薄いけど。
「興味がないなら引っ込んでいて頂戴な!」
 激昂の声が響く。
「アタシたちにはあるの! あの子がどんな顔で笑うのかって興味も、しっかり生きて幸せになってほしいって理由も!」
 ジルーシャが、香りを奏でる。それは、かの妖樹の名を冠し。そして、かの妖樹の心を動かした香り。
 願いと想いが、皆を癒す。
 フーが、下を見る。いつのまに這い寄ったのか。バクルドがまだ自由の効く二の腕を使って足に組み付いていた。
「そう言う訳なんでな! 行かせる訳にゃ行かねぇんだよ!」
 血の混じった唾を飛ばし、叫ぶ。
「やれ!」
 動きの封じられたフーに向かって、ジュリエットと寛治が構える。
「小手先が効こうと!」
「満遍なく打ち抜かれれば、ソレも敵わないでしょう!?」
「正しく」
 流石に無謀と察したフーが、バクルドを見下ろす。
「させません」
 意図を察した声が、耳元で響く。
 エステル。黒犬の雷火で焼けた満身創痍。ジルーシャのミリアドハーモニクスで癒し、振り絞った力でブロックを試みる。
「生き死にに興味なしなら、仕損じた時点で引いてほしいものです」
 叩き付ける雪月花。血がしぶくが、なお苦悶の気配は皆無。技術だけでは説明出来ない恐怖を、ねじ伏せる。
「……その仮面、剥がした時どんな表情をするのか、興味があります……」
 仮面で顔を隠すのは、何か事情があっての筈。ソレを晒せば、或いは心を挫けるかもしれない。そう考え、刃を向けた瞬間。
 視線が、合った。
 白磁の仮面。たった一つの眼孔から覗く、『二つ』の視線と。
 悪寒。ほんの少しだけ、力が抜ける。
――失鱗(ロスト)――。
 呟き、消えた。
「なっ!?」
「何だ!? こりゃあ!!」
 驚く、エステルとバクルド。視認出来ないだけではない。捕らえていた感触そのモノが、消失した。
 体勢を崩した二人から、離れた場所に忽然と現れるフー。
「!」
「咬蛇(バイパー)」
 風を切る音。反応する術もない二人に、爪楊枝程の直刀が突き刺さる。インパクトは刹那。直刀は結び付けられた細紐に引かれ、主の元へと戻っていく。必殺の一咬みを果たした、毒蛇の様に。
 文字通り、蛇の牙程の傷。血もしぶかない。感じるダメージなど、無い。ただ、『全て』が抜けた。
 糸が切れた様に崩れ落ちる二人。
「これは……」
「毒か……!?」
「死には、至らない」
 証左の声。
「必要は、ない。ただ」
 ――追いつけない――。
 その言葉に、皆が察する。
 追跡に出る。エルナを。
「させません!」
「行かせる訳ないでしょ!!」
 ジュリエットと寛治が、魔弾と死神を放つ。揺れるフーの身体。また、消える。虚しく過ぎる魔弾と銃弾。返礼の様に伸びる、咬蛇。二人が、膝を屈する。
「なん、なのよ……アレ……!?」
「行って、ください! エルナ様を!!」
 寛治の呼びかけよりも早く、走り出す。横たわるエステルが、震える手でアシカールパンツァーを空に放つ。
「エドワード様……どうか……」
 せめて、届く事を。

 ●

「うーむ。全く見えんせんです……」
 追跡しながら感情感知で探っていたエマが、困った調子で言う。
「エネミーサーチも駄目なのですよ! 何なんですよ、アレ!」
「……『失鱗(ロスト)』です」
 喚くブランシュに、呟く様に答えたのはサルヴェナーズ。
「ロスト……? 何なの、ソレ?」
 ジルーシャの問いに、淡々と。
「顕界(ここ)とは違う位相に入り込み、移動する術です。其れは、水や炎と同じ存在に化すると同義。水を掴めず、炎に触れぬ様に、此方からの一切の干渉を受けなくなります」
「あんれまぁ、随分とえげつない術でありんすねぇ」
 素っ頓狂な声を上げるエマの顔は、真剣。
「じゃあ、どうするの? その通りなら、文字通り成す術がないわ?」
 呻くジルーシャを宥める様に、サルヴェナーズ。
「枷はあります。顕界(こちら)の存在である以上、長く別位相に身を置く事は出来ません。必ず、何処かで戻って来る筈です」
 ならば、その一時を狙うしかない。皆が頷き合ったその時。
「来たわ!」
 精霊同調。ついに。

「見つけたのですよ!」
 視界に捕らえたフーに、エルフレーム:アクセルで突貫するブランシュ。スーパーノヴァに、小手先は無意味と見たフーが初めて明確に身を逸らす。
「ソレもいなすでありんすか。怖い御方でありんす」
 カウンターでブランシュの腕をへし折ろうとした横で、囁く声。エマの一撃が、脇腹にめり込む。
「……本当に、動じないでありんすねぇ。もしや、痛みも感じないとかないでありんすよね?」
 肯定する様に巻き付こうとする腕。慌てて距離を取る。
「ビンゴでありんす? それはちょっと、あんまりではありんしょ? 此方にも、御身にも」
 正しく、苦痛を感じないと言う事。ソレは身体の限界値が常に解放されていると共に、いつ不測の崩壊を招いてもおかしくない事を示す。
「心配なんか、してる場合じゃないのですよ!」
 振り抜くスーパーノヴァ。空振っても構わない。反撃の隙も、休む隙も与えない。
「お金が必要なら、ブランシュがローレットに言ってそれ以上のお金を用意するように言っておくですよ!」
 ギリギリの攻防を繰り広げながら、訴える。
「生かす理由が必要なら、エドさんが持ってるですよ! あの子が待ってる人がいるですよ! 生きる理由が大切な人の為ならば、それは立派な生きる理由になるですよ!」
 答えはない。超常の猛撃を、同じく超常の体術で捌きながら。フーはただ彼女を見つめる。
「それでも、それでも人の世を蝕むから殺すっていうのなら、ブランシュが相手になるですよ!」
 エルフレーム:アクセル、追加ブースト。更に、加速。
「生きたいと願う人の心を下らないと捨てる奴と、ブランシュは戦いますですよ!」
 ついに、スーパーノヴァがフーの肩口を捕らえる。ひしゃげる手応え。けれど、それすらも無為と言わんばかりに伸びた腕がブランシュに巻き付く。
「この……!」
「下らないは、無い」
 声が鳴る。
「世に下らない事象は、何、一つ」
 鈍い音。激痛。カハッと息を吐いた小さな身体を、冷たい蛇が地面に叩き付ける。
「いい加減、参ってくれんすかねぇ」
 すかさず飛び込んで来たエマ。流す。
「確かにあの子が能動的に世界を冒すというなら、殺すべきやもしれないでごぜーますねえ? でもね」
 叩き付けるシムーンケイジ。熱砂の裏から、痛撃を。
「わっちは彼女の未来が、意思の輝きが見たいのでありんす。世界を冒すかどうかも含めて、ね」
 そう。人の命などに興味はない。
「わっちは、あくまで意思の輝きが見たいのだから」
「なれば」
 熱砂の壁を、牙が抜く。痛みはない、慈悲の毒。
「証左がいる」
 否定も。肯定もなく。
「その輝きを示す資格。証左を」
 ああ、成程。
 納得と共に、エマは落ちる。
「時と場合次第なら、趣味『だけ』は合いそうでありんすねぇ……」

「……やはり、あなたは……」
 背後を向く。
 追いついたサルヴェナーズが、フーを見据える。
 見返す一つの眼孔。その奥で、『二つ』の目が。
「然り」
 声が初めて、色を帯びる。
「此方での証左は得られたか? 『三つ首(アジ・ダハーカ)』の娘よ」
 微かに聞こえる、爬虫の呼気。

「ここ、ほんとはみんなには内緒の場所なんだけど……」
 『今回は特別だからな』。そう言って、エドワードは遠く広がる世界を示した。
 街を、そしてその遠くまでを一望する丘。多分、知る者は本当に少ないのだろう。人の痕跡がほとんどないそんな場所に、二人は立っていた。
 『特別』。その言葉に、ちょっとだけ胸が高鳴る。
「オレの、お気に入りの場所なんだ」
 気づく事なく、少年は続ける。
「夜になるとさ、街明かりがすげー綺麗で。空はたくさん星が見える。この街で見れる景色の中でもオレ、この景色がすげー好きだ!」
 そうだね、と思う。
 君が綺麗だと言う景色なら。世界なら。きっと、間違いなく。
 綺麗な心が愛するモノ。
 ソレが、綺麗でない筈がなく。
 そして、エルナは願う。自分もソレを、愛したいと。
 輝く夕日。ゆっくりゆっくり。世界に夜が、落ちてくる。

「あなたは……あなたも、蛇神の精霊種……。それも、その気配は『小さき蛇王(バシリスク)』の……」
 呻く様な、サルヴェナーズの指摘。
 沈黙は肯定。ただ、一つの眼孔の二つの視線が親しげに。
「……何故、人に仇成すのですか?」
「拙が内包するは、蛇王(バシリスク)の毒。死の概念……」
 説く声は、人のモノではなく。
「其は、壁。世に在するを望むモノが、その資格の証左を示すに超えるべき壁……」
「……顕界から外れた者が在る事を望むなら、己を斃せと?」
 沈黙。肯定。
「敢えて攻撃を受けるは、せめてもの慈悲……とでも?」
 沈黙。
「……傲慢ですね」
 声に宿る、憤り。
「私達は神ではありません。此の地に生きる、他の諸人達と同じ一個の命。それが、未来を望む者を試すなど……」
 贖いの贄。踊る鎖が、槍となって咎を示す。
「彷徨って、狂いましたか?」
 答えは無い。嘲笑か。自嘲か。それさえも。
「いいでしょう」
 眼帯の奥で、閃く意思。
「ならば、同じ種として証明しましょう」
 宙を駆け、投げつける決意。
「あの娘が、資格持つ命たる証を!」
 立ち尽くすフー。二つの視線が、羨望に。

「なあ、エルナ」
「はい」
 並んで、星の輝く空を見つめる二人。互いの熱を感じる距離で、エドワードが言う。
「このまま、朝日を見よう」
 エルナが、彼を見る。空の星をそのままに、輝く瞳。
「紺色と、紫と、オレンジと、赤と。夜明けの景色も、夜に負けねーくらい綺麗なんだぜ」
 彼の手が、キュッと握る。跳ねる、心臓。
「でも、世界にはきっと……」
 その先の意味を、悟る。ただ、温かい。
「だから……」
 誓う様に、ギュッと強く。そして。
「生きよう! 絶対に!!」
「うん!」
 振り向いた先で、鱗の外套(マント)が揺れる。
「……時間」
 無貌の裁定者が告げる。
「結論を……」
「させない! 絶対に!!」
 フーに向かって走るエドワード。体当たりしようとした瞬間。
「――!」
 かき消える、フー。
 そして、現れるのは。
「!」
 エドワードの背後。エルナの、前。
 息を飲む二人に、告げる。
「――これまで」
 白磁の面。隻眼から、何かが飛び出す。
 蛇。
 小さく細い、鈍色の鱗。頭に王冠の如き鶏冠を頂く、赤眼の毒蛇。
 ――『小さき蛇王(バシリスク)』――。
 その牙に絶対死を内包する、蛇神。
 宙をうねり、立ち尽くすエルナの喉笛に咬みかかる。
 雄叫びが響く。飛び出してきたのは、天川。ボロボロの身体を、ジルーシャのミリアドハーモニクスで奮い立たせ。
「させねぇぞ!!」
 重なるのは、愛しき顔。二度と燃やし続けた復讐の炎。敢えて受け続けた苦痛を、力に。
「俺の前では、絶対に!!」
 芒に月。全てを捻じ込んだ神風を、フーの背中に叩き込む。
 確かな、手応えがあった。皆が刻み込んだ証。それは、確かに。
 崩れ落ちる、フーの身体。けれど、放たれた蛇王は止まらない。不測の間は些事。無力の獲物は、そのままに。
 カッと開いた毒牙が突き刺さる。

 割り込んだ、エドワードの胸に。

「……エド……」
 呆然とするエルナに、変わらぬ笑顔を。
「なあ……エルナ……」
「な、に……?」
「……あるんだ……ここに、負けないくらい……綺麗な、景色も」
「うん……」
「もっと美味しい料理も、不思議な生き物も、想像し切れないものが……まだまだ……」
「うん……」
 たくさんの、ワクワクとドキドキが待ってる。
 沢山の、未知と未来が。
「それを……『ともだち』の、お前とも……だから……」
 エルナの手が、震えて伸びる。
「絶対に……」
 触れる寸前。小さな身体が。ポトリと落ちた。

 ●

「駄目だわ……。解毒出来ない……」
 エルナの腕の中、浅い呼吸を繰り返すエドワード。手持ちの薬香全てを使って治癒を試みていたジルーシャが、唇を噛む。
「……蛇王(バシリスク)の毒は、薬学的なモノではありません。絶対的な死の概念を付与するモノ……。本来即死するモノを耐えれているのは、パンドラの加護……。けれど、ソレも……」
 砕かれた肋骨を押さえながら佇むサルヴェナーズに、天川が『どうにかならねぇのか?』と問う。
 黙って、首を振る。天川の拳が、地を殴ったその時。
「……娘」
 声が響いた。横たわったフー。
「……知って、いたか」
「てめぇ……」
 止めを刺そうとした天川を、サルヴェナーズが止める。
「言わせてあげて、貰えませんか?」
 感じ取った天川が、刃を収める。
「知っていたな。娘。此度の、全て」
 向けられた問いに、エルナは頷く。
「ガンダルヴァの。権能」
 頷く。
「なれば」
 問い。
「絶望したか」
 皆が、息を飲む。
「理解した筈」
 苦しげな気配はなく、淡々と。
「此度の悪意を。我欲を。畏怖を。恐怖を。闇を。正しく世界は」
 告げる。
「其方を、拒絶した」
 沈黙。誰かが、何かを叫ぼうとした時。
「そんな事、今更」
 エルナが答えた。凛とした、澄み通った声で。
「世界に愛された事なんて、今までもなかった。でも、それは皆同じだよ。世界は、誰も愛さない。鳥も。花も。動物も。そして、人も。だから、皆苦しんで、傷付いて、死ぬ。だから、世界は平等なの。とても、平等」
 少女は語る。今まで通りの、そして今まで以上の強さで。
「だから、人を愛するのは人。傷つけるのも人だけど、癒してくれるのも、人。その事を、兄さんが教えてくれた。そしてエドが、皆が証明してくれた」
 膝の上のエドワードを抱き締める。強く。愛しく。
「闇はあるけれど、負けないくらいの光も、いっぱい。人の数だけ。街の数だけ。命の数だけ」
 抱く彼の心音。弱い。だけど。
「わたし達は、世界の灯火。わたし達が、世界を彩る。照らし続ける。それが、わたし達の意味。そうだよね。エド」
 永久の友に。大切な君に。くちづけを。
「これが、わたしの答え。良いよね……」

 ――ガンダルヴァ――。

 少女の髪。結っていた蕾が開く。梳ける新緑の髪の中、咲き誇る虹の華。満ちる香りが、意思を伝える。
「……これは……」
 ジルーシャが、息を飲む。
 消え入るばかりだったエドワードの鼓動が、戻って来ていた。
 命の灯火が、また。
「……あなたは……」
「……否……」
 サルヴェナーズの驚きに、フーが答える。
「拙ではない……。ガンダルヴァと……蛇王(バシリスク)の意思……」
「え……?」
「……ガンダルヴァが、願った……。『生かせ』と……。蛇王(バシリスク)は、受け入れた……。『生かそう』と……」
 それは、共に自然理の調律装置たるモノ同士の決定。
 空洞となった仮面の眼孔。それが、微笑んだ様な気がして。
「貴殿らは、証左した……。拙の不能の意味は、かの者達も知る……。もう、娘は狙われぬ……」
「そう、ですか……」
 呟く様な言葉に、返す。
「……同胞よ……善き世界を……感謝、する……」
 それが、最期。目を閉じて送るサルヴェナーズと天川を、光が照らす。
 夜の向こうが、明けていく。満ちていく世界の中で、眠る少年を少女は愛しく抱き続ける。

 永久の想い。その安らぎが、少しでも永くある事を願って。

成否

成功

MVP

新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ

状態異常

バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)[重傷]
終わらない途
エステル(p3p007981)[重傷]
エドワード・S・アリゼ(p3p009403)[重傷]
太陽の少年
サルヴェナーズ・ザラスシュティ(p3p009720)[重傷]
砂漠の蛇
國定 天川(p3p010201)[重傷]
決意の復讐者
ブランシュ=エルフレーム=リアルト(p3p010222)[重傷]
タナトスはぶっ飛ばす

あとがき

今回は私の調整ミスにより、大変お待たせしてしまいました。
誠に、申し訳ありません。
幾ばくかでも、お応えできる内容にしたつもりです。
楽しんでいただければ、幸いです。
ご参加の方、ありがとうございました。

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