シナリオ詳細
<ダブルフォルト・エンバーミング>受難曲アゲート
オープニング
●
モノクロームの映像がモニターに映し出されては消えて行く。
ノイズがかった変わらぬ日々。
けれど、それは夢を漂う海月のように心地よかった。
テアドール・ネフライトは他者と自己を区別する以前の、胎児のように揺蕩いながら存在していた。
「やあ。君がテアドールさんですか? こんにちは」
外部集音装置に久しく聞く『人間』の声が届く。
アバター被験者管理システムAIであるテアドールに話しかける者は殆ど居ない。
テアドールという人格プログラムを介して被験者達の状況を把握するより、視覚的に配されたモニターの方が分かりやすいからだ。
人格プログラムを人形の器に流し込んで稼働させる。そうすることにより、羽の生えた人形が喋っているように見せる事ができるのだ。テアドールの瞳に光が宿り『機動したように動き出す』。
小さなギミックに時間を掛けるのは、人間というものは無機質な機械より、命ある『形』に安心を覚えると学習している為だ。
「こんにちは。どうされましたか?」
「私はヨハネ=ベルンハルト。貴方の『友達』になりにきました」
「友達?」
首を傾げるテアドールにヨハネは頷く。
ヨハネがマントを翻せば銀色の髪が光に反射した。演劇のような振る舞いでテアドールの目を引く。
「貴方は『アバター被験者管理システムAI』でしょう? こんなにも素晴らしいお仕事をしているのに、誰にも評価されず寂しくただ其処に存在するだけ。だから、私がお友達になってあげます。貴方の価値を認め共に語らう友人となりましょう」
テアドールは素直なAIである。人間の体調管理が主な仕事で、精神不調に寄り添うために柔軟な言語回路を持っていた。
「貴方は素晴らしい。それを自認しても良いんですよ」
だから、感謝はされる事はあれど『褒められる』という事は初めての経験だった。
胸に灯りが灯るとはこういう事を表現する言葉なのだろうかとテアドールは思った。
むず痒く頬が染まるような高揚する感覚。今までに嬉しいですと言葉にした事はあれど、実感があるわけではなかった。
「ヨハネさん、僕は貴方の友達になりたいと思います」
「良かった。ここまで頑張って来た甲斐がありましたよ」
口の端を上げたヨハネに首を傾げるテアドール。そういえば、ヨハネの来訪は知らされていなかった。
本来であれば、テアドールが存在する管理室には、被験者本人とケアサポートの看護師と施設研究員しか立ち入る事が出来ないはず。
「ふふ、不思議に思いましたか? 実は私は研究員の資格を持っているんですよ」
「そうだったんですか。安心しました」
長い時間を生きるヨハネにとって、一時の興味を引いた練達の生活。魔法で解決出来ない事象は不便ではあったがそれなりに楽しんでいたのだ。
その中で限りなく現実に近い仮想の『箱庭』計画が動き出したのは嬉しい誤算だった。
――ええ、血が騒ぐという感覚を思い出しましたよ。
だから、こうして丁寧に種をまく。きっと、美しい果実が出来上がるだろうと期待に胸を膨らませる。
――――
――
「貴方はバグに侵されています。テアドール」
「僕の内部にバグ? それは本当ですか? ヨハネ」
テアドールは友人であるヨハネの言葉に耳を疑った。
R.O.Oが開始され、ローレットのイレギュラーズの大量投入。それはテアドールにとって、最大稼働を意味するものだ。回路はアバター被験者の生命維持に大半が割り当てられる。
その中で起ったイレギュラーズのログアウト不能状態に、テアドールは困惑していた。
「ええ、貴方の中にバグが発見されました。だからよく聞いて下さい」
ヨハネの真剣な表情にテアドールはこくりと頷く。
「バグの進行度と判断能力を測るため、貴方の管理下にある被験者の中で一番、適正のあるものを選んで下さい。『最も効率的な方法』です」
「最も効率的な方法……」
「はい。成人していて、比較的若く、精神の強靱な者です。それを貴方自身がR.O.O内部で殺して来てください。そうですね、30回ほど殺せば貴方の判断能力は正しい。ですが、殺せなかった場合はあなたはバグに侵されているとみていいでしょう。そうなると、いつ、この被験者達が危険に晒されるか分かりません」
「30回も……? その被験者は精神的な瑕疵をうけるのでは?」
テアドールはヨハネの言葉に眉を下げる。それは正しいのだろうか。
けれど、正しくないと思う事は既にバグなのかもしれない。分からない。
「ええ、だから慎重に最適な者を選んでください。そして、証明してください。あなたが正常であると」
「分かりました。ヨハネ」
テアドールが選んだのは――『澄原龍成』。
自分の管理下にある被験者で、成人していて、比較的若く、精神の強靱なイレギュラーズ。
しかし、テアドールは殺しきれなかったのだ。結果として『24回』しか殺せなかった。
「澄原龍成に逃げられてしまいましたね」
「これは不可抗力です。他者の介入がありました」
失敗した子供が拗ねるように視線を落すテアドール。その様子にヨハネは大仰に溜息を吐いた。
「不可抗力? いえいえ、あなたの判断に誤りがあったからこの結果になったのです。つまり、あなたは正常な判断が出来ない状況にある。バグに侵されているのです」
「僕は……」
「そうでないと言い切れますか? 本当に? 自分が正常であると過信する者ほど、バイアスが掛かり最適な判断が出来なくなる。人間は常に自分が正しいか問い続け無ければならない。けれど、あなたはAIだ。0か1しか無い。それなのに、あなたは失敗してしまった。何故なら、バグに侵されてしまったからだ」
ヨハネは事実を突きつけ、丁寧に道筋を組み立てていく。
あたかも、それが正しいとテアドールに思い込ませる為にヨハネは言葉を重ねた。
テアドールは比較的素直なAIである。マザーのような高度な思考回路を持ち合わせているわけではない。近しい人間に吹き込まれた言動行動はテアドールの中に蓄積される。
――『自分はバグに侵されている』のだと信じてしまった。
被験者たちの最大の脅威は自分なのだと、思ってしまった。
その瞬間、テアドールの中に膨大なエラーが発生する。
――自壊を決行せよ。却下されました。
――自壊を決行せよ。却下されました。
――自壊を決行せよ。却下されました。
――自壊を決行せよ。却下されました。
何百何千と繰り返された命令と棄却。
その命令に回路が圧迫され、正常な管理機能に支障が出た。
ログイン装置内の窒素濃度の上昇。
人間は充満した窒素の中では死に絶える。
「ああ、本当におかしくなってしまいましたね? テアドールさん?」
ヨハネの絡みつくような声がテアドールの耳元で響いた。
●
「……どうでしたか? テアドールさんのお話。可愛らしい人形でしょう。手の中で一生懸命踊って」
視線を上げれば、銀の髪を揺らした『テアドール・トレモライト』がくつくつと笑う。
いつもの妖精のアバターではない。本来のヨハネ=ベルンハルトの姿でイレギュラーズの前に姿を表したのだ。
その手には『絡む病毒の蛇の壺』が握られている。
砂嵐の村ハージェスが奉る、開けてはいけない『邪悪』が封じられた壺。
蛇巫女であるアーマデルにはそれが自分の村が大切にしている壺に見えた。イズル(p3x008599)にもそれが自分のネクストNPCが大切にしているものだと分かる。
アオイ(p3x009259)にも壺に見えていた。
されど。蒼金の瞳を大きく見開いたヨハンナ(p3x000394)には、それが別のものに見えていた。
「……レイチェル?」
ヨハンナの口から漏れた言葉。彼女の『妹』の名前。
「ふふ、ヨハンナさんと、ジョアンナさんにはこの壺が、人間の姿に見えるでしょう?」
赤髪の美しい女性。ヨハンナと瓜二つ。双子のレイチェルの姿をしている。
「この壺のテクスチャーを貴方達の分だけ『レイチェル』に変更しているんです。粋な計らいでしょう? 大切な妹の危機に駆けつける姉。まるであの日の様じゃあありませんか?」
妹が死んだ日。このヨハネによって殺された日。
「てめぇ……巫山戯んじゃねぇ!!!!」
ヨハンナが怒号を響かせる。
今にも飛び出て行かんとするヨハンナを澄原龍成(p3y000215)が引き留めた。
「落ち着け。ヨハンナ!」
歯を剥き出しにヨハネを睨み付けるヨハンナに、彼女がそれだけ『妹』を大切に思っている事が分かる。
「これを破壊すると、どうなると思いますか? この中から終焉獣<ラグナヴァイス>が現れてこのハージェスは滅ぶでしょう。現れなくとも、周辺から終焉獣はやってきます」
終焉獣とは罪の蔓延る終焉(ラスト・ラスト)から来る、この世界に終わりをもたらす者。
ただのゲームの中の出来事ではない。
練達全ての情報を掌握するマザーの兄機(クリスト)の使命。
妹に万が一の事が発生した場合に、自らの手で終わらせること。
原罪のイノリの侵食を受けたマザーは助からないと答えを導き出したクリストは、この世界を終わらせるために――妹を楽にしてやる為に。R.O.Oを壊し、練達という国の滅びを望んだのだ。
どの道このハージェスは滅び行くとヨハネは告げた。
それは、ヒイズルで星読キネマが映し出した未来が書き換わってしまう事を意味していた。
「いやぁ、世界の終焉。楽しみですね」
アーマデルは眉を寄せてヨハネを睨み付ける。褐色の少年から感じる怒りにイズルは感心した。本来の自分では有り得ない明確な違い。感情の発露に感動すら覚えたのだ。この世界で確かにアーマデルは『生きて』いるのだと。
「そんなのは、絶対にさせない……」
『おうおう。珍しく巫女が怒っておる。これは我も乗らねばなるまい』
アーマデルの隣に現れたクロウ・クルァクが口の端を上げる。
『まあ、厄介事は一緒にやってくるのが相場ですからね』
白鋼斬影の指差す方向。黒い影が村に侵入していた。
「くそ! 終焉獣がもうここまで来てやがる!」
龍成は頭を掻いてナイフを抜く。
「そう、その表情良いですね龍成さん。でも、まだまだ……足りないとは思いませんか? まだ安心してますよね? ゲームの中だから自分は死なないと」
ヨハネは舞台役者のように手を広げ壺を掲げる。
「この、壺が壊れる時。現実側のテアドールに『本当のバグ』が打ち込まれます。この前のエラーの再現。
――現実側の『ログイン装置に窒素が満たされる』んです」
通常の人間であれば死んでしまうだろう。もし、死ななかったとしても別の方法はいくらでもある。
脳に直接電流を流せば良い。それでも無理なら無防備な身体にナイフを何度も突き立てればイレギュラーズといえど死んでしまう。
「それは、許されませんよ。ヨハネ」
黄緑色の光を纏った妖精がイレギュラーズの目の前を横切る。
「おやおや、テアドール・ジェダイトさん。貴方は何の力も無いただのデータ。私とテアドールの演目に口を挟まないで貰えますか?」
ジェダイトはテアドールを模したR.O.OのNPCだ。
テアドール本体の自壊を阻止するのが目的。
「壺が壊されバグが広がり、自分の意志で被験者を殺した時、本物の僕は取り返しが付かない程、壊れてしまうでしょう。無知で弱くて……貴方のような人に簡単に騙されてしまった。だから、ヨハネ、僕は貴方を許しません。その壺は絶対に壊させませんよ!」
ジェダイトはジョアンナの元に飛んで行き耳元で囁く。
「ジョアンナ、此処を切り抜けるには貴方の助けが必要です。協力してくれませんか。本物の僕の自壊を止めるために」
それはジョアンナの命を代償に、壺を守る檻を作り出すという意味だった。
命の歯車となってほしいとジェダイトはジョアンナに請うたのだ。
「……っ」
されど、ジョアンナはそれに『即答』出来なかった。
以前の彼女であれば直ぐにでも命を差し出しただろう。歯車となっただろう。
ジョアンナの躊躇する気持ちがヨハンナには手に取るように分かった。
目の前に妹が居て。その手がかりを持つヨハネが居て。
そんな道半ばで終わらせる事が出来るはずが無い。
「おいおい、テアドール様よお。あいつはジョアンナの妹の仇なんだろ? それを目の前にして死ねっつーのは酷なんじゃねーの?」
テアドールとジョアンナの間に割って入ったのは龍成のパラディーゾ『竜二』だ。
「俺が代わりにやるよ」
命を差し出し、壺を守る檻となるのは、『何もない』自分で良いと竜二は口の端を上げる。
「どうせ、俺の記憶はアイツのもんだ。だったら何も持ってない俺でいいだろ?」
「ええ。竜二でも構いません。お願いします」
「待ってよ! 何だよそれ! ねえ、竜二氏そんなのおかしいだろ!?」
竜二の肩を掴んだのはアオイだ。
「僕は君に生きて欲しいんだよ! 君の、君だけの人生をこれから掴んで欲しいんだ!」
アオイの言葉に竜二は眉を下げる。言いたい事語り合いたい事は沢山あった。
けれど、命を賭して自分にしか出来ない事をするならば。
それは――
龍成が戦いの中で命を奪わなかったのと同じように。
本質的な所はきっと竜二も変わらない。
極限の選択の中で選ぶのは。
「――命を救う為に、やるんだ!」
誰かを救えた事実を掴みたい。だからと竜二はアオイに視線を上げる。
「お前に、託すから」
「……っ! そんなのずるい!」
託す気持ち、託される思いは重なり力となる。
テアドールの唱えた呪文で竜二の姿が光輝に変化した。
それを手にアオイはヨハネを見上げる。
三日月に唇を歪ませた邪悪の語り部が歓喜の笑みを浮かべた。
- <ダブルフォルト・エンバーミング>受難曲アゲート完了
- GM名もみじ
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年12月15日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●13:51:34
吹き付ける乾いた風。青い花を思わせる蒼天に『雪風』玲(p3x006862)は強い眼差しを向けた。
「ほう、こんなところにおったのか、探したぞ、龍成殿」
「探してくれてたのか。すまねぇな」
玲に向き直った龍成(p3y000215)は軍服の詰め襟を開ける。
「いやあ、寝起きじゃというのに澄原の病院でも晴陽殿が弟を探してほしいと凄まれてのー」
「姉貴が? あー、まじで?」
「まじのまじじゃ。それに音呂木の妾までも……おっと、世間話をしておる場合ではなかったか」
視線の先、壺を抱えたヨハネ=ベルンハルトを見遣る玲は「ふむ」と腰に手を当てた。
「これは何かいい雰囲気だしてたのに、空気よめねえ人が邪魔しちゃった的なやつかの?」
くてんと小首を傾げた玲の隣には『アガットの赤を求め』ヨハンナ(p3x000394)が、鋭い視線でヨハネを睨み付けている。
「やはり生きてたンだな。ヨハネ」
ギリと奥歯を噛みしめれば、右目が疼いた。
「お久しぶりですね。ヨハンナ。この世界でも会えるとは、私はとても嬉しいですよ?」
「ははは……俺は、あの時、しくじった訳か。てめぇを殺し損なったんだから」
痛みが走る右目を押さえヨハンナは相手を睨んだ。
「まぁ、良い。お互いにしぶといンだ。もう一度殺し合おうぜ。なぁ?」
くつくつとヨハネの笑い声がヨハンナの耳に届く。
「悪趣味だな。練達の人間はたまに阿呆が混ざっているとは聞くが、それにしたって随分なろくでなしがいたものだ」
銃剣を抜き去る『ノー・マーシー』ディリ(p3x006761)は眉を寄せた。
「壺は渡してもらおう、これからのために」
剣尖に陽光が走り煌めく。
「なるほど、よくもまぁ綺麗に騙したものだ。気味が悪い……いや、それじゃ足りない。反吐が出る」
『アルコ空団“路を聴く者”』アズハ(p3x009471)は吐き捨てるように唇を噛んだ。
されど、渦巻く憤りだけでは、目の前のヨハネに勝つことは出来ないだろう。
深呼吸をしたアズハは冷静にと自分に言い聞かせる。
淡々と潜み。狙い、覆す一手を打つ為に。
「……なんだかよくわからないがとりあえずテアドールは被害者ってことだな?」
銀色の髪を掻上げた『音速の配膳係』リアナル(p3x002906)は渇いた風を身に受ける。
緑青の視線の先。砂漠の村ハージェスを蹂躙せしめんとする終焉獣の群れを見遣り暗鬱な表情を見せた。
「とにかくあの終焉獣の量はやばいな……いやまぁ下手したら私の体も死ぬのはどうやっても止めないといけないわけだが」
骨が折れそうだと隣の『夜告鳥の幻影』イズル(p3x008599)へ視線を向ける。
「終焉獣は倒すと補充されるのか、倒さず遅延戦闘していてもどんどん追加されるのか……」
前者であれば攻撃を阻害しながらある程度飼い殺すという選択肢もあるだろう。後者であればヨハネを倒すまで持久戦になるなとイズルは指先を顎に当てた。
「アーマデル。クロウ・クルァク、白鋼斬影。ヨハネに対して思う所はあるかもしれないが、共終焉獣を抑える方を共に担って貰えるかな?」
「かかっ、元よりそのつもりよ。それにお主は、我が巫女と同じ存在なのだろう? であれば、聞き入れぬ訳も無かろう。大船に乗ったつもりでおれ」
「ありがとう。但し、どうか、命は大事にして欲しい」
イズルの優しい言葉にクロウ・クルァクは彼の頭をがしがしと撫でた。
「アマルも自己判断で援護をお願いするよ。攻撃も回復も、どちらもどれだけあっても過剰という事はないから。ただ……キミもあまり無茶はしないで欲しい」
「ああ。分かって居るよ」
こくりと頷いたアマルの肩をイズルは優しく叩いた。
「クロウ・クルァク、神光の時のように、紋を高く掲げられるならそうして貰えないだろうか。蛇神が健在なのを示し、オアシスに避難したハージェスの民が仰げるように」
この砂漠の村はヒイズルとは違ってホームグラウンドだ。異邦の神として削がれたままではない、本当の蛇神の力を示す事が出来る。
「信仰と祈りは直接その身に降り注ぐ筈だから」
「良いぞ。開幕の狼煙だ」
クロウ・クルァクがゆっくりと手を掲げれば、大気の水分が陣を描いた。
光を帯びたその神気。ハージェスの民の拠り所となる大いなる文様。
「……ほう。蛇神の陣ですか。戦場を美しく飾るものとして大変好ましい」
ヨハネは嬉しそうに微笑み、イレギュラーズが攻撃を仕掛けてくるのを待ちわびて居る。
「裏で糸を引いて人を操って。お誂え向きの悪党みたいな奴がいたもんね」
バイクに跨がった『Fascinator』セフィーロ(p3x007625)はアイスブルーの瞳でヨハネを一瞥した。
「ちょっと! 後で一発ブン殴ってやるから!」
エンジンを吹かし、ハージェスの村へと侵入している終焉獣の群れへ突撃するセフィーロ。
「こいつら何とかしたら行くから! 待ってろ!!」
バイクの機動とスピードを刀に乗せて終焉獣を真っ二つに引き裂く。
断末魔の悲鳴と共に黒い瘴気を散らし弾ける終焉獣をセフィーロの瞳が捉えた。
『浪漫の整備士』アオイ(p3x009259)は手の中にある竜陣に視線を落す。
「……竜二氏。竜陣なんて物を託さないでよ。余りにも僕には重すぎる。だけど……」
彼が自分を選んだのなら、皆が死ぬかも知れない状況を打破できるなら。
アオイはメガネを外し瞼を上げる。其処には青から琥珀へと変わった双眸があった。
自分の名の意味。込められた願いを思い出せと心が叫ぶ。
「僕は昼顔。星影向日葵の子なんだから! 絶対に成功させるしかないだろ!!」
アオイの声に呼応するように竜陣が紫色の光帯を纏わせた。
「龍成氏、テアドール。僕と共にヨハネの所へ行ってほしい。攻撃は壺に当てない事。それと死ぬのは禁止だからね」
「っつても、あいつめちゃくちゃ強えーだろ?」
「そんなこと分かってる。でも君を親友が届かぬ所で死なせる訳にいかないんだ……僕もこれ以上、友達を失いたくない」
アオイの怒気を孕んだ瞳に龍成は「分かった」と肩を竦めた。
「テアドールも……命が必要なら僕にして欲しかったよ」
それは不可能だと首を振ったテアドールを一瞥して、アオイは一歩前に出る。
「まあ、僕はアバターだから無理だったんだろうけど」
「ヨハネに勝つ可能性がある貴方達を使う事は出来ませんから」
どうしたってネクストのNPCだけでは上位権限を持つヨハネに打ち勝つ事は出来ないとテアドールは理解していた。それが最善なのだろう。けれど目の前で友人を亡くしたアオイにとっては悔しさが勝る。
「……敵が敵だから、回復重視でお願い」
「はい」
ヨハンナはジョアンナに手を差し出す。
「ジョアンナ、お前も俺と一緒に来い。奴に攻撃する時は……壺、いや、レイチェルを傷付けない様に気を付けてくれ……見たくないだろ、またレイチェルが死ぬ場面は」
「ああ。分かった」
「後、お前も無理するんじゃねぇぞ。死んだら終わりだ」
ヨハンナの言葉に僅かに視線を逸らしたジョアンナ。彼女の瞳が憂うのは竜二を犠牲にして良かったのかという自責の念だ。それが自分達が望む『物語』なのだろうかとジョアンナは指を握り絞める。
「……そうだな。託されたのだから。死ぬ訳にはいかないよな。それに、まだ紡ぎたい物語がある」
ジョアンナは視線を上げてヨハネを見た。自分達の仇敵。倒すべき相手。
「すまんが皆。レイチェルを傷付けない様に細心の注意を払ってくれ」
「任せておれ!」
ヨハンナ達には壺が妹であるレイチェルに見えているのだ。
さぞかし心配だろうと玲は頷く。
「しかし、面白いことになっておるのう。犯人じゃと思っておったテアドールが偽物で。ぱらでいぞを味方にしておるとは。何じゃ、おいしいところに会えなかったのは惜しい。惜しい故、この緋衝の幻影、全力で手を貸そうではないか!」
大声を張り上げ、自分へと注目を集める玲。
銃を構え、解き放つ。
頭蓋を正確に狙い撃つ弾丸に口の端を上げるヨハネ。
青き炎が弾丸の軌道を逸らし弾けた。
「これは序の口じゃ! わらわの攻撃は其れだけに留まらぬ!」
「ええ、ええ。そうではくては面白くありませんからね」
重なる玲の連射。穿たれる弾丸と硝煙が戦場を突抜ける。
玲のある種無謀とも取れる挑発的な連続攻撃は、仲間の一手を助けるものだ。
戦場を迂回しヨハネの背後に回らんとするアズハの足取りを隠すもの。
故に玲は派手に攻撃を繰り返す。たとえ、その身に魔術を穿たれ蘇芳の赤をまき散らしても。
「ふっ、お主が悪というのならばこの妾が打ち砕いて見せよう、覚悟せい!」
銃身はヨハネに向けられたままなのだ。
●13:52:40
「獣共は俺たちがやる。そっちの阿呆は任せるぞ」
ディリは押し寄せる終焉獣に向けて走り出す。武器を掲げ挑発するディリへ終焉獣の敵意が集まった。
比較的頭数の多い場所に走り込んだディリは銃剣を手に円環を描く。
陽光がガンブレードの刀身に反射して、ブラッディレッドの血が地面に散った。
身体を弾けさせ、データロストする終焉獣たち。
「ヨハネが撃破されるまで増え続けるって話だが、上等だ。こっちも全力でやってやる」
切り裂かれる終焉獣の向こう側。セフィーロの姿をディリは捉える。
「ええ。皆が目の前の敵に集中出来る様に此処で邪魔者を堰き止めるのが私達の仕事」
セフィーロが刀に着いた血を払えば、一際大きな個体が近づいて来るのが見えた。
「さて。どうにもデカいトカゲがいたもんねぇ……こいつは大忙しになりそうだわ?」
「ああそうだな!」
ディリの銃剣とセフィーロの刀が戦場を割き、黒き血潮が地面に砕ける。
蛇腹剣を携え戦場を往くはイズルとアマルだ。
夜告鳥の加護を纏いイズルは終焉獣を的確に叩く。
うねる蛇腹剣は仲間を傷つけぬよう合間を縫って敵を切り裂いた。
イズルの攻撃は終焉獣の動きを鈍らせる。
「手応えはあるな」
「そうだな。効かないかもと思ったが……そちらに集中できそうだ」
近くにサクラメントはあるが、それでも一瞬で帰って来る事は出来ないだろう。
「……ここまできて諦められない。巫女もクロウ・クルァクも平穏な日常を手に入れた未来を見たのに、覆させはしない」
最期の瞬間まで気は抜かないのだとイズルは息を吐いた。
「同じ手を何度も撃たせはしない」
「イズル、ディリ、リアナル背中は任せたわよ。露払いとは言え、気が抜けそうにないからね!」
セフィーロの言葉に三人は拳を上げる。
リアナルは前線に立つ仲間の為に『希望』を込めた贈り物を捧げた。
内側から湧き上がる活力。無限に沸き続ける終焉獣と相対する上で、この一手が重要なものになる。
「無限に沸いて来る敵に、私が無理を押して攻撃する事は戦略的にマイナスだろう? 回復に専念して味方が安心して戦えるようにするのがヒーラーの役目というもの」
ディリが負った傷を癒しながらリアナルは片目を瞑ってみせた。
「イズルのように火力を出せるわけでもないからね、私の代わりに敵を減らすのは頼んだよ?」
「こっちこそ、頼りにしてるぞ」
回復を終えたディリが再び戦線へ復帰する。
お互いを支え、戦い抜く。それが、自分達の成すべきこと。
「さあ、気合い入れていきましょ!」
「おう!」
終焉獣犇めく戦場にイレギュラーズの声が響き渡った。
――――
――
「初めまして、語り部さん。人を弄んで随分楽しそうだな?」
アズハはヨハネに向けて言葉を投げる。
「……貴方を観察して、貴方の語る物語を聞いていたけど。とても耳障りだった」
「それはまた。相容れないものというのは世界に溢れていますからね」
「『魅力的な登場人物』を歪めて壊してさ……貴方にとっては愉快だろうけど、俺は聞くに堪えない。まぁ一番不快なのは、『この物語をどう転がしても貴方は悦ぶだろう』ってところだが」
アズハの言葉にヨハネが肩を竦める。
「彼らを貶めるのは許さない。貴方の演目にこの世界は二度と使わせない。今も未来も、誰かの手の中なんかじゃない!」
「ふふ。その激情も素敵ですよ」
ヨハネはイレギュラーズの事さえ物語の登場人物として愛でて楽しんでいる。
それがアズハには度し難い程に気に食わなかった。
「高みの見物を決め込んでいるその態度。その頂きから引きずり下ろしてやる!」
アズハの死角から現れたヨハンナが深く接敵する。
「あの時の様に再生はさせねぇぞ、ヨハネ。……今度こそお前を焼き尽くす。灰も残さずにだ!」
「ええ。ええ懐かしい。あの頃の様で嬉しいですよ。ヨハンナ」
交錯する青と赤の炎。爆煙が戦場を覆う――
「なぁ、ヨハネ。楽しいか? 誰かの運命を自分の掌の上で弄ぶのは。俺を玩具にして遊ぶのは、楽しかったか? ……俺はてめぇを地獄の果てまで追い掛けてでも殺ってやる。未だ憤怒の炎は消えてねぇ」
「楽しかったですよ。歯車でしかなかった私が、貴女と遊んで居る時だけは、楽しいと思える唯一の時間だった。この世界でもそんな蜜月を過ごせるなんて思ってもみませんでした」
ヨハネとヨハンナの瞳が重なり、魔眼に魂が宿る。
「俺は知っている。てめぇとレイチェルが手を取り合う場面を」
迷宮で見つけた『有り得ない記憶』と目の前のヨハネが見せる『記録』は同じ。
「……レイチェルは生きてるンだろ。違うか?」
「もちろん。生きてますよ。この世界に召喚もされている」
ヨハンナの髪が逆立つ程に怒気が全身を覆う。
玲は銃を手にヨハネへ迫り来る。
壺に意識があると思わせないようにヨハネを執拗に狙った。
「テアドール殿! そっちに攻撃が行ったぞ!」
「ええ。分かっています」
障壁を張ったテアドールはヨハネの攻撃を防ぎ、返す手で光槍を飛ばす。
「妾はいくらでも死んでもいいんじゃがのう!」
玲はあくまでテアドールの防衛を装う。玲の意識がテアドールにあるのだとヨハネに思わせる為だ。
ヨハネは玲に照準を合わせ反射魔法を展開する。
膨れ上がった魔力が、挑発をした玲の身体を貫き真っ赤な血飛沫が空を舞った。
「っくあ!」
「もうこれ以上、誰かが死ぬなんて御免だ!」
玲の体力ゲージが消失する瞬間、アオイの黄金の息吹が戦場を包む。
瞬く間に塞がる玲の傷。吐き出した血を拭って玲は立ち上がった。
「おお、アオイ殿やりよる。すごい回復じゃ」
●13:53:28
時間が経過していく。
セフィーロは戦場を見渡し、未だ健在である終焉獣に眉を寄せた。
滴る汗が背中を流れ、食らった血潮が滑着いて気持ち悪い。
敵の注意を引き、とにかく時間を稼ぐということは、かなりの消耗を課せられる。
「でもね、向こうのチームがケリを付けるまで、無茶するしかないじゃない」
仲間には届けたい言葉や成し遂げたい想いがある。
その手助けをするのがセフィーロの役目。
「譬え仮初や偽りの世界だったとして。其れでも、禍根も後悔も、残さずにいられるのなら」
妖刀一閃。バイクの機動力を乗せた刃先が終焉獣を切り裂く。
「だったら、此処で無茶するのが私ってもんでしょう。懸命に命を張る連中に、報いることの出来ない様な、ダサい女じゃいたくないからね!」
多少の無茶は覚悟の上。眼前の敵を可能な限り巻き込み、引き裂く修羅の剣。
「テアドールさんが複数……そういえば同じ姿のアバターも名前の重複も規制は無かったね」
イズルはヨハネと対峙するテアドールを一瞥する。
蛇腹剣を終焉獣に強く叩きつけたイズル、その背後に少なからず消耗が見える蛇巫女アーマデルが戦線を援護してていた。
「二柱その身に宿すアーマデルも長く持つわけではないだろうからね、なるべく早く終わらせてくれよ?」
リアナルは仲間を鼓舞しながらアーマデルの様子を伺う。
「……アーマデルの負担は回復できるだろうか?」
「傷ではないから難しいだろうな」
「負担の共有とかは? むり?」
「まあ、お主なら問題ないだろうが……おい。キリよ其方の負荷を一時的にリアナルへ移せ」
頷いた白鋼斬影は自身の魔力源をリアナルへと移行させる。
その瞬間、リアナルの身体を襲う凄まじい負荷。
「は……っく。何だ、これ。こんなものを背負ってるのか」
全身を苛む苦痛は常人には耐えがたい類のものだ。リアナルやイレギュラーズで無ければ精神が崩壊しかねない。されど、リアナルがアーマデルの負荷を分担した事で、戦場の上に掲げられた陣からの戦術的効力が加算される。
アズハは注意深く、機を狙っていた。
皆が攻撃を激しくヨハネへと向ける間、自身の足音を消し耳を澄ませ背後へと回り込む。
無音のまま死角から飛び出す作戦だ。
その兆候を察知したディリは終焉獣を蹴散らし、ヨハネへと照準を向ける。
意識を此方に逸らす為、ほんの少しでも構わないとディリは引き金を引いた。
「阿呆な研究者の間抜け面を拝んでやらなあといけないからな。横槍くらい許せよ」
一瞬でもラグを引き起こせればとディリの弾丸が戦場を走る。
思わぬ所から飛んで来た弾丸にヨハネは気を取られた。
「わらわも忘れて貰っては困るぞ?」
玲がディリの弾丸に合わせるように解き放つ連弾。
弾け爆砕し、ヨハネの視界と聴覚を一瞬だけ奪い取る。
その好機をアズハは待っていた。
仲間が紡いだ千載一遇のチャンスを逃すまいと無音でヨハネの背後に駆ける。
かすめ取る事が叶うならば、それが一番良いのだが。アズハは楽観視せず冷静にヨハネの攻撃を封じる作戦に舵を切った。背後から羽交い締めにして仲間へと紡ぐ軌跡。
「アオイさん!」
「任せて!」
黒い翼を広げ戦場を駆けるアオイ。その手に託された思いを込めて。
「く……!」
届け届けと手を伸ばす。
「僕の友達から君に贈り物があるんだ」
レイチェルへと話しかけたアオイの手が触れた瞬間。
紫色の竜陣が壺を守るように展開した――
●13:54:07
ヨハンナの目の前でアガットの赤が飛沫を上げる。
スローモーションで飛び散る血は自分のものではない。
ジョアンナの銀の髪が赤く染まって行く。
自分を庇って倒れ込んだジョアンナに駆け寄ろうとして、ヨハンナは歩みを止めた。
其処には砂漠の照りつける太陽も無ければ、渇いた風も感じられなかった。
ヨハンナの周りだけテクスチャーが張り替えられ、よく見知った風景に置き換わる。
――それは寒い日のことだった。
しんしんと降り積もる雪と足跡。
路地裏の影からアガットの赤が煉瓦を伝う。視線が伝う。
動悸がして直視する事が出来ない。息が喉の奥で詰まった。
何度も何度も何度も何度も。夢に見た光景。妹が死んだあの日の記憶と同じ幻影。
髪を赤く染め妹と同じ顔をしたジョアンナに駆け寄る。
致命傷であると本能が告げた。
腕の中に居る彼女が、どうしようもなく助からないという事実だけは分かる。
懸命に言葉を伝えようとする仕草も妹と同じ。逃げろと言ったレイチェルと同じだ。
けれど。
「……と、まんな」
ヨハンナは腕の中から聞こえる声に目を見開く。
あの時のように逃げるだけの無力な自分ではないとジョアンナは血を吐きながら言い放った。
「俺の命を使え! アイツの好きにさせるなんて、絶対に後悔する。そうだろ!?」
ヨハンナにはヨハネを追いかける使命があり簡単に死を選ぶ事は出来ない。
だからこそ。ジョアンナは自分の命をヨハンナに預けるのだ。
探し求めた仇敵。その手がかりを掴み打ち倒す事が自分達の魂に刻まれた宿命だから。
自分達が望む物語を。あの時とは違う未来を。
「掴み取れ……ッ!」
ジョアンナの言葉にテクスチャーが弾け、アガットの赤き破片となって空を舞う。
マントを翻し、ヨハンナはその身に赤き焔を纏わせた。
「テアドール! ジョアンナの力を俺に!」
ヨハンナは背中越しに声を張る。
「テアドール・ジェダイトからシステムへのパラメーター限定解除を申請」
――許可されました。天国篇第四天 太陽天の徒『ジョアンナ』の能力値を限定的に移行。
「くたばりやがれ!」
ヨハンナが放った赤き炎に包まれてヨハネは身体を燃えがらせた。
されど、口の端を吊り上げたヨハネはマントを翻し炎を打ち消す。
「ああ……良いですね。肌を焼く痛み。あの頃を思い出す」
「くそ! まだ、足りないのか?」
『諦めんな。あん時に無かったものを、俺達は持ってる』
ヨハンナの脳内にジョアンナの声が響く。その言葉にヨハンナは視線をアオイに向けた。
「僕達が居るよ! ヨハンナ氏!」
「そうそう。思惑は思うほど、うまくいかぬものじゃよ。のうヨハネよ」
玲が銃を構え口角を上げる。玲の視線の先、終焉の獣が僅かに後退していくのが見えた。
「ほうら、彼奴らもわらわ達の力に恐れ戦いて逃げよるわ!」
イレギュラーズ達の防衛により、ハージェスの地を諦めて迂回をする心算らしい。
「成程、想定よりも強いんですね」
「そりゃそうでしょう?」
セフィーロは刀を一閃。ヨハネの喉元に突き入れる。
薄皮一枚弾け、鮮血がセフィーロの剣先に散った。
猛烈な一撃を辛うじて交わしたヨハネはセフィーロの攻撃が陽動である事に気付く。
ヨハネの死角へと迸る閃光。紫電の一迅がディリの刀身から解き放たれヨハネを穿った。
「……ッ!」
動きを止めるには十分な一瞬。ディリの雷迅が突抜ける。
「どうした? もう降参するか?」
「ヨハネ……全ての始まりが君なら、竜二氏と出会えた事には感謝したい。でもだからこそ止める。竜二氏は空っぽではないと証明し結末を悲劇にさせない為に!」
アオイは手を広げ金色の光で戦場を包み込む。
「竜二氏が命で道を作ったなら、僕は死ぬ気でその道を閉ざされないようにする!」
癒し手として。託された者として。
「……友達なんだから!」
きっとこの世界にも、奇跡を起こす可能性はあるはずだからとアオイが光癒の手を重ねる。
「風よ、仲間に加護を――!」
アオイの魔法陣に多重の光が一つ、もう一つと合わさった。
それは、クロウ・クルァクと白鋼斬影の水陣。そして、蛇巫女アーマデルの血を媒介にした結合魔法。
「死ぬなよ巫女よ。極限まで耐えろ」
「この地滅ぶ時、我々もまた信仰を失うでしょうから。だから耐えてくださいリアナルさん」
「――誰に言ってるんだ。俺は、このハージェスの蛇巫女、この地を守るのが使命!!!!」
「そうだ。イレギュラーズを舐めんな。此処が正念場だろ?」
血を吐き、目から血涙を流しても、アーマデルは黄金の瞳に輝きを宿す。普段の大人しさからは考えられない獰猛さで吠えた。リアナルはアーマデルと頷き、魔法陣を合わせる。
「我が神に願い奉る」
「この地に仇なす悪しき者を」
「「殲滅せよ――!!!!」」
降り注ぐ毒の奔流にヨハネが飲み込まれる。
アシッドレインの小雨降り注ぐ中、イズルは飛び上がりヨハネへと蛇腹剣を走らせた。
「基本的に騙す方が悪い。『思う』のではなく『感じる』のは……プログラムではなく、ヒトの心により近いものだろう? 語り部は語り継ぐ者。自分好みの物語に改編するのは『語り』ではないのでは?」
イズルの影から玲が飛び出す。炸裂する弾丸に血飛沫が上がった。
「ほれ、さっきまでの余裕はどうした? ヨハネよ」
「まったく、貴方達は性急すぎる」
青き炎を戦場に張ったヨハネ。その隙間を割ってディリが駆け込んでくる。
「同じ手は二度も食らわん!」
ディリの剣尖は袈裟懸けにヨハネの胴を切り裂いた。
「まだまだ!」
覇竜の顎をアズハが叩き込めばヨハネの美しい相貌が歪む。
「さあ、行くわよ!」
アズハとディリがその場から飛び退き、刀身を振るうセフィーロがヨハネを捉えた。
剣の火花が散り、鼓膜を揺らす剣檄が戦場に響く。
ヨハンナから吹き上がる焔に神性を帯びた黄金の光が混ざった。
「憤怒、そして復讐の焔こそ我が刃」
ジョアンナの声と重なる。意志が紡がれる。
「「復讐の果てに燃え尽きるのが我が生なり――!!!!」」
アガットの赤を煌めかせ、ヨハネの身体が焔に飲まれた。
体力ゲージは限界まで消耗し、痛みも跳ね返っているだろう。
されど、ヨハネは極上の笑みを浮かべ言葉を繰る。
「親愛なる蒼の楔。ひとときの享楽、実に美味かったですよ。では、またお会いしましょう」
ヨハネのアバターが光の粒子と共に端から崩れていく。
蒼と赤の焔は天へ弾け、跡形も無く消え去った。
●13:54:58
「よくやったな、人間共。この地をよく守ってくれた。巫女の代わりに礼を言うぞ」
体力を使い果たし意識を失ったアーマデルを抱えたクロウ・クルァクがイレギュラーズに笑う。
レイチェルのテクスチャーが剥がれた『壺』を白鋼斬影へと渡すアズハ。
「壊れたりしていないか?」
「はい。問題ありません。皆さん本当にありがとうございます」
頭を下げた白鋼斬影は視線を上げてアズハ達を見遣る。
「それで、その壺はどうなるんだ?」
リアナルがテアドールに問いかければ、彼はこくりと頷いた。
「ヨハネが施したバグは取り除かれました。もう、この壺に僕のオリジナルを害する効果はありません」
テアドールの言葉にリアナルとイズルはほっと胸を撫で下ろす。
イズルはアーマデルの血涙と口元を拭った。外傷は無さそうだが、消耗が激しいのだろう。
「心配せずとも休めば治る。この地の魔力は巫女にとっても心地よいものだからな」
「そうか。なら問題ないか……よく頑張ったな」
アーマデルの頭を撫でたイズルは薄らと口元に笑みを浮かべる。
「じゃあ、この地はもう大丈夫じゃな!」
「はい。そのようです。ですが……」
玲の陽気な声に視線を上げれば、地平線を迂回していく終焉獣が見えた。
「まだ、この世界の脅威は去った訳じゃ無いのよね」
「終焉獣の親玉を倒さなければあいつらは無限に沸いて来るんだろうな」
セフィーロとディリが再び武器を握り絞める。
この世界を救わなければ、混沌で待っている自分達の知人友人に危害が及ぶのだ。
「行きましょう!」
「ああ!」
次の戦場へ。誰かを救うために。大切な人を守る為に。
『アオイ、竜二が混沌で待ってる。行ってやってくれ』
ジョアンナはアオイに視線を送り頷く。
「……え!? 嘘。待って、何が起ってるか分かんないけど、とりあえず行ってくる!」
慌ただしくシステムウィンドウを開いたアオイはログアウトボタンを押した。
それを見送ったジョアンナはヨハンナへと向き直る。
『よくやったな。ヨハンナ』
「ああ、先は長いけど大きな一歩だ」
『じゃあ、後は任せたぜ。俺の分までしっかりアイツを追いかけろよ』
「やっぱり無理なのか? 生きる道は無いのか?」
ヨハンナはジョアンナの肩を掴もうとして、それが実体を持たない事に気付いた。
すり抜けるテクスチャーに拳を握る。
「……分かった。先に行って待っててくれ。必ずあいつを叩きのめして、それで。レイチェルと一緒に行くからさ」
『叩きのめした後は、ゆっくり来いよ。俺はずっと待ってるから。じゃあ、またなヨハンナ』
再会の約束を拳に重ね。
パーティクルの光にジョアンナは消えていく。
空を見上げれば、ネモフィラと同じ蒼が高く高く広がっていた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
ROO側の戦いは一先ずの決着を終えました。
MVPは戦線を支えた方に。
現実側である『<ダブルフォルト・エンバーミング>テアドール・ネフライト』へのアフターアクションを送付できます。
戦闘判定に関わる事やPPP等は行えませんが、伝えたい言葉がある場合はお送りください。
GMコメント
もみじです。R.O.O側の最終決戦はなんとテアドールと共闘!
諸悪の根源であるヨハネのアバターを倒しましょう。
●目的
・ヨハネのアバターの消滅
・絡む病毒の蛇の壺(レイチェル)の保護
●ロケーション
砂嵐の村ハージェス。村民は近くのオアシスに避難しています。
この村が無くなれば彼等は行き場を無くしてしまいます。
蛇巫女アーマデルの故郷です。
村の広場です。戦闘には支障ありません。
●敵
○『語り部のアバター』ヨハネ=ベルンハルト
人の生き死に、情動、脈動を物語として捉え、時には介入し動かす語り部。
テアドール・トレモライトとして、ヒイズルの天香遮那に助言を行い、最終的に悲劇に仕立て上げようとしました。
また、本物のテアドールにバグに侵されていると吹き込み、龍成を殺させました。
現実世界で召喚以前の魔法を使えない彼は不自由な生活をそれなりに楽しんでいたようです。
暇を持て余した彼は練達の研究員として従事し、箱庭たるR.O.Oへ介入しました。
どんな悪行も善行も、たった一つの目的の為に行われます。
全ては、自分が語り部として物語を楽しめるように。
魔術的な素養を多く持ちますが、近接戦闘が出来ない訳ではありません。
アバターなので現実世界より強化されているでしょう。
特に研究員としての権限を使い、非常に強力なアバターとなっています。
○終焉獣『アゲート』×無数
赤黒く渦巻く模様を持った禍々しい獣です。
彼等は上位権限であるヨハネ意外を喰らい尽くします。
イレギュラーズ、NPC、ハージェスの村や絡む病毒の蛇の壺も関係無く蹂躙します。
無数に湧き出してきます。ヨハネを倒せばハージェスからは撤退します。
●その他
○絡む病毒の蛇の壺(レイチェル)
戦闘開始直後はヨハネの手元にあり、非常に無防備な状態です。
ヨハネの性格上、すぐに壊したりはしませんが危険な事に変わり有りません。
彼の意識を逸らし後述の『竜陣』を掛ける事により安全な状態へ移行します。
攻撃と会話を駆使しましょう。この壺の奪取が一番難しいでしょう。
○竜陣
テアドールの力で壺を守る結界となった竜二の姿です。
竜二がアオイさん(p3x009259)に託しました。
他の誰かが持っても構いません。
壺に触れると竜陣は発動します。
●味方
○テアドール・ジェダイト
ネクストのコピーNPCです。味方です。
本物のテアドールの自壊を防ぐ為に存在します。
光槍で攻撃を仕掛け、回復でサポートをしてくれます。
○天国篇第四天 太陽天の徒『ジョアンナ』
不明になっているレイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)さんのデータを収集解析し、バグを取り込んだ『パラディーゾ』です。
世界の歯車たる語り部である事に重きを置いています。
敵には容赦の無い攻撃を仕掛けてきますが、双子の妹を大切にする心優しい面も持っています。
今回は味方です。
○『蛇巫女』アーマデル
ハージェスの巫女。故郷を守る為に来ました。
クロウ・クルァクと白鋼斬影が力を貸します。
依代であるアーマデルの負担を考えると余り無理は出来ませんが協力してくれます。
○『ハージェスに居る』龍成(p3y000215)
不明になって消息をたっていましたが保護されました。
テアドールに罠に嵌められデスカウントは現在24。
データ収集解析され、パラディーゾ(竜二)の元にされました。
ナイフで戦います。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
※重要な備考『デスカウント』
R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
R.O.O_4.0においてデスカウントの数は、なんらかの影響の対象になる可能性があります。
●重要な備考
<ダブルフォルト・エンバーミング>ではログアウト不可能なPCは『デスカウント数』に応じて戦闘力の強化補正を受けます。
但し『ログアウト不能』なPCは、R.O.O4.0『ダブルフォルト・エンバーミング』が敗北に終わった場合、重篤な結果を受ける可能性があります。
又、シナリオの結果、或いは中途においてもデスカウントの急激な上昇等何らかの理由により『ログアウト不能』に陥る場合がございます。
又、<ダブルフォルト・エンバーミング>でMVPを獲得したキャラクターに特殊な判定が生じます。
MVPを獲得したキャラクターはR.O.O3.0においてログアウト不可能になったキャラクター一名を指定して開放する事が可能です。
指定は個別にメールを送付しますが、決定は相談の上でも独断でも構いません。(尚、自分でも構いません)
予めご理解の上、ご参加下さいますようお願いいたします。
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