シナリオ詳細
<ダブルフォルト・エンバーミング>聖頌姫ディアナ
オープニング
●
「さて、これからどうしましょうね。レティ」
「……」
空中に浮かぶ小さな屋敷の中で、『聖頌姫』ディアナ・K・リリエンルージュはソファに腰掛けた。
「冷えますわね。あとで紅茶を用意させましょう。フュリーには土産話もありますし」
それから鷹揚に脚を組んで、頬杖をつく。
「今になれば、はじめからずっと、こうしていればよかったと思いますが。ねえ聞いておりますの?」
ディアナと傍らのぬいぐるみであるティファレティアはネクストのバグである。本来は無辜なる混沌の旅人(ウォーカー)の模造品であるが、偶然にもそうした『力』を授かった。彼女が選ばれた理由はいくつか考えられるが、この世界に強い憎しみと破壊衝動を抱いていたことが関係しているだろう。
けれどそれも、所詮は運命のいたずらにすぎなかった。
混沌における彼女等は、異世界のとある中学生が書き殴ったノートの切れ端を出自としている。
いわゆる中二病の黒歴史ノートであり、あたかもそこに書かれた稚拙な設定を――設定だったものを母体とするかのような世界で、ひどい宿命を背負わされてきた。愛する者同士で一度は殺し合い、相対する者と刃を交え、世界の全てを滅ぼして、ようやく結ばれる少女達の恋物語だ。
それをあとがき――万物の知が集合するアカシックレコードを介する等と称して、面白おかしく――今となっては相当に恥ずかしいような書き口で――面白おかしく紹介される。
自身が創作物だと知らしめられる、自覚させられる、陳列される、あられもない屈辱。
そもそもなにが『あとがき』か。作りかけの殴り書きに、まともな経緯も結末もありはしない。設定は何度も書き換わり、どの世界線の己が正しいのかさえ、怪しいような代物だった。
書き終えてもいないものに、『あとがき』なんてあるものか。
けれど彼女達は、その全てを過去に体感し、記憶していると感じている。書かれていないことさえも。
それらは非常に不思議なことではあるが、旅人(ウォーカー)ならば、そうあり得ないことでもない。
無数に立てることの出来る仮説などは、この際は置いておこう。仔細はどちらでもよい話なのだから。
ともかく彼女は『あとがき』とやらに書かれた通りに創造主を知り、激しく憎んでいた。
そしてこの世界へと召喚され、全てを呪ったのである。
――けれど全ては茶番に過ぎなかった。
ディアナとティファレティアは、自身がその旅人(ウォーカー)ではないことを自覚したのだ。
自己を自己として確かに認識する彼女等は、それゆえに自身が『当人ではない』と考え到ったのである。
この世界ネクストが、無辜なる混沌の模造品であり、彼女等は異常な情報増殖の中でほんの数ヶ月前に生まれた存在なのだと知ってしまったということ。
胸に抱いた怒りも、憎しみも――数ヶ月より以前にある全ての記憶が、自分自身のものではないのだ。
こんな理不尽が、あるものか。
残念なことに、全ての情報が結びついたのは、彼女にとって何もかもが終わった後だった。
ディアナは鋼鉄に内乱を引き起こし、ワールドイーターなるデータ食いの怪物と共に正義を蹂躙した。あまつさえ彼女達は、砂嵐に終焉獣なる存在を呼び覚ます手助けまでしてしまっていたのだ。その事実は、罪は。この世界ネクストをリアルだと実感しているからこそ、決して消えるものではない。
今、敵は――彼女にとっての『新しい敵』は、この世界を滅ぼそうとしている。地上を滅ぼし二人の楽園を築くだとか、そんな生やさしい滅びではない。全てが消えて無くなるのだ。それは彼女等の目的に、全くそぐわないものである。感情を顕に怒鳴りつけてやりたい。「そこまでしたい」だなんて、誰が言ったのだと。
ディアナは自身の甘さを痛感していた。こんな為体を見せつけては、自分達は本当に中学二年生(創造主)が抱いた妄想風情の産物ではないか。
全てを知り、全ての情報が繋がってもなお、混沌のイレギュラーズは――本物の英雄達は彼女の手を取ろうとしてくれた。ディアナはこの屋敷で何度か泣き、一晩眠り、身体を清め、これからの思案を始めたのだ。
「私達が偽物であったとしても、この愛は、恋は、傷痕は、痛みは――本物だと感じるのです。レティ」
突如、何か金属が触れ合うような音が聞こえた。
ひどい胸騒ぎに、ディアナは立ち上がり、辺りを見回して振り返る。
そこには鳥かごのようなケージがあり、中にはぬいぐるみが落ちていた。
「レティ!?」
見間違える筈もない。
横たわっているのは、彼女の最愛の少女ティファレティアである。
ディアナは、脳髄が沸騰するような灼熱を覚えた。
沸き立った血液が逆流しているかのような、どうしようもなく激しい怒りだ。
「どうして――どうして気付かなかったのでしょう。私は。なんと愚かな……」
激昂に震える彼女は剣を抜き放ち、渾身の力でケージに斬りかかる。
――アンブレイカブル・オブジェクト。
斬る。斬る。なぎ払う。蹴りつける。
もしも斬れてしまったなら、中のティファレティアごと破壊してしまいそうな勢いで剣を振るった。
――アンブレイカブル・オブジェクト。
叫び、破壊の魔術を何度も放った。
けれどディアナは、ケージ(マルウェア)が絶対に破壊出来ないことを信じることが出来ていた。
――アンブレイカブル・オブジェクト。
ケージ付近に表示される『破壊不能』のシステムアラートは、なんら代わり映えもなく。中に横たわるティファレティアも意識がないままだ。おそらく『何者か』に閉じ込められて、眠らされている。
道理で先程からまるで返答がなかった訳だ。
何者かがディアナの翻意を知り、裏切りを阻止するため、ティファレティアを人質にとったのだろう。
ひょっとしたら仕掛けは、あらかじめ仕込まれていたのかもしれない。
何者の仕業かなんて。
そんなもの、決まっているではないか!
彼女はバグではあるが、ハデス(Hades-EX)や他のエンピレオ達とさほどの交流は持たない。
かなりの警戒をしながら付き合っていたはずだ。仮に先日の『イレギュラーズとの和解に似た何か』を傍受なりされた際のリスクについても、二人で話し合ってきた。
というよりも常に全てが『筒抜け』であることを前提に行動してきた。
あれらが味方、同陣営であった時でさえも。
そのつもりだったが。
「……油断したものです」
ディアナは己の迂闊さを恥じ、呪う。こんな惨めがあるものか。
予測したリスクはいくつかある。彼女等はまとめてコントロールされるか。そのまま泳がされるか。あるいは抹殺されるか。そういったことを憂慮し、しかしどうにか逃げられるだろうとたかをくくっていた。
バグでありながらも、この世界をある種リアルな感覚で体験しているディアナにとって、R.O.Oというゲームがこれほど理不尽であると思い知ったのは、或いは初めてだったのかも知れない。
その後どこかの時点でイレギュラーズと共闘なり、手助けなりをすればいいと思っていたのだ。全てが終わったあとは裁きを受け入れるもよし、いずこかへ行方を眩ませるもよし。その場の流れに乗るまでだ。
それがまさか。ティファレティアを人質にとられるとは、思ってもみなかったのである。
ティファレティアはディアナにとって絶対者であり、無条件な甘えの対象であった。
その心理を逆手に取られた格好になる。
「……この私に戦えと、そう仰るのですね」
この期に及んで。仮初でも方便でも『友人だ』と述べ、手をとってくれた者達を相手に。
悪役は悪役のまま。
クルーは船を降りられない。
ゲイムの舞台にミスキャストはあり得ないのだ。なぜならば、『データは修正出来てしまう』から。
ディアナは押しつけられた不躾な宿命に背を押され、扉の前に立っている。
今の彼女は、ティファレティアにだけは絶対に見せたくない顔をしているに違いなかった。
●
探求都市国家アデプトは、滅びの危機に瀕していた。
事の発端は国家事業であるIDEA:ProjectにおけるR.O.Oというフルダイブ型仮想世界の誕生にあった。そしてそれは混沌の精緻なコピーである筈だった。
だが何らかの悪意により異常な情報増殖を起こしたR.O.Oは、ネクストなるあたかもゲームのような世界を形成してしまった。そしてダイブ者をプレイヤーと称して攻略を要求してきたのである。
練達はイレギュラーズに協力を求め、ログアウト不能にさせられた者をゲームのトロフィーとして救済するといった悪趣味なゲームの攻略にあたってきた。
そしてついに希代の大魔術師シュペル・M・ウィリーの協力をこぎ着けたイレギュラーズが知ったのは、R.O.Oが原罪『大魔種イノリ』をもコピーしてしまったこと。尤もイノリといえどもシミュレート上の存在にすぎない筈だったが、あろうことか彼を現実へと仲介出来る存在と繋がっていたのだ。
その名はHades-EX、或いはクリスト。
練達全ての情報を掌握するマザー(クラリス)の兄機である。
愉快犯的に悪辣な遊びを繰り返してきたHades-EXだったが、兄妹の創造主によって『妹に万が一のことが発生した場合』に、苦しませずに終わらせるという使命を帯びていた。
そして悪夢が始まった。マザーがイノリと接続されてしまったことは事態を急変させた。マザーは原罪の浸食を受けてしまったのだ。
Hades-EXはR.O.Oをゲーム化させることで影響を限定的に軽減するも、ついには諦めた。
そして本物の原罪と同様に世界(ネクスト)を終焉させようとするイノリに呼応し、世界にバグをまき散らしたのである。パラディーゾ、シャドーレギオン、真性怪異神異、大樹の嘆き――これまで、R.O.Oに発生していた数々の問題であった。そうした多種多様な『あり得ない物』を実現するほどにイノリの力は強大であり、Hades-EXの演算能力は高いということだ。
R.O.Oという世界を生み出しながら、完全に終わらせようとする彼は、それだけで良しとは考えていない。
彼は大魔種のコピーであり、オリジナルが終焉を望むのはR.O.Oではなく無辜なる混沌そのもの。
クリストとて、イノリに接続された時点でクラリスは助からないと演算しており、両者の動機――妹(ざんげ)と、妹(クラリス)を『楽にしてやりたい』という想いは共通だったのだ。
浸食を受けたクラリスは、管理していた練達のインフラ等、国家の根幹を制御しきれなくなっている。
以上の深刻な事態を察知した練達首脳部とクラリスは自己防衛を最優先し、時間を稼いでいる。だがクリストとクラリスの性能は互角であるが、しかし先制攻撃を受けた上、イノリという助力を持つクリストが有利なのは自明であった。崩壊は時間の問題だ。行きつく先は即ち、練達という国家の滅びである。
「それで砂嵐(サンドストーム)の西部に終焉獣(ラグナヴァイス)ってのが出たらしいんです」
普久原 ・ほむら(p3n000159)は寝癖もそのままに、説明を続けている。目の下にはクマが出来ており、寝不足が窺える状態だった。
砂嵐の西部というと、混沌に置き換えれば前人未踏の影の領域――罪の蔓延る終焉(ラスト・ラスト)と呼ばれる場所なのではないかと噂されている地域だ。要は魔種の本拠地っぽいという場所なのである。
今や電気もロクに扱うことの出来ず、ネットワークの多くも死んでいるというのに、ノートパソコンは『R.O.O』の公式サイトとやらにだけは接続出来るようだった。
示すVer.は遂に4.0。副題はダブルフォルト・エンバーミング。
並ぶ重要クエストから一行が目を付けたタイトルは『聖頌姫ディアナ』という。
「……ネームタイトル」
登場キャラクターの名を冠するタイトルというのは、ゲームやアニメによく見られる手法である。平たく言えば、その人物が死ぬという結末を迎えることがお約束になっている。
これまでディアナはHades-EXからバグを授かり、世界を滅ぼすような行動をとってきた。
しかしイレギュラーズとの話し合いを経て、自身の行いを悔い、陣営を違える動きを見せたのだ。
その途端に、これである。
――聖頌姫ディアナを討滅し、世界に平和をもたらしましょう。
「……ふざけてますよね、これ。あまりにも」
モニターに映し出された攻略目標を見たほむらの声音は、ひどく乾いていた。
だがR.O.Oにハッキングを試みたほむら達は、いくらかの情報を得ている。
ディアナが愛する存在が人質にとられていること。
そしてディアナは無理矢理交戦させられようとしていること。
――当クエストには秘匿されたトゥルーエンドが用意されています。
どこまでもゲームマスターを気取るHades-EXは、小癪にも夢見の良い結末もありそうな幻想を記載している。世界を滅ぼそうとしているような存在を信用出来るかは解釈の分かれるところだが、けれどR.O.Oはこれまでも不思議と『攻略ルート』を成立させようとしてきている。
まるで最終的な結末への到達を投げ打ち、攻略者に委ねるように。
「あっちがその気なら、こっちにも考えがあるってことで」
ほむらは一行に、バグへハックする特殊プログラムの使用を提示した。
要するにチート(イカサマ)である。
「いざ戦いが始まってしまえばHades-EXの演算は多く割かれるはず。その隙を突きます」
練達市街は滅茶苦茶に荒れており、事態はネクストと混沌、両面の攻略を迫っている。
ここに集まった一行は、まずはネクストへとダイブすることになったのだった。
●
「お待ちしておりました」
「興ざめも良いところですわ」
サクラメントから現れた 『なよ竹の』かぐや(p3x008344)が開口一番にぼやく。リアルなゲームでバチバチに殴り合うのが楽しいというのに。この事態は一体全体、何なのだ。
一行の目の前で慇懃に腰を折ったのは、フュラー・ユリエというディアナの部下だ。
「皆様にお願い出来る筋合いはありませんが……どうかディアナ様とティファレティア様をお救い下さい」
シナリオの筋書きは変わっている。
想定外の『シークレットクエスト』を突破してしまったイレギュラーズが、可能性を切り拓いたからだ。
おそらくディアナとの和解はあり得ないことだったのだろう。
けれどそうはならなかった。そこに修正力による強制が働いたという訳だ。ならば確固たる事実として定着させなければならない。
一行はディアナの前に出現し戦う筈だったが、現れた人物も言葉も事前情報と違う。ここからは未知だ。
ダイブ直前に打ち付けたマルウェア対処プログラムは、無事に作動を開始したということになる。
ディアナは砂漠の中心に出現した白亜の居城に座し、終焉獣を率いている。
ティファレティアを人質にとられ、絶望的な心境のままイレギュラーズへ戦いを挑もうとしているのだ。
交戦しなければティファレティアは喪われてしまう。手抜きも出来ない状況だという。
イレギュラーズはディアナの軍勢と交戦しながら、ティファレティアを救い出す必要があった。
ティファレティアは不壊特性のケージに閉じ込められており、意識を失っている。
「現地でこの不壊特性の情報を書き換えます」
フレアが述べた。そしてワクチンによるバリアを張る。
これ以上ディアナやティファレティア達に干渉させないためだ。
このバリアとて突破は時間の問題ではあるが、高度な暗号化技術を使用しており、戦場すべての決着がつく程度の時間は稼げると推定される。――そのように願われている。
この戦場を踏破し、理想の結末を叶え、それからイノリの模造品をも撃破する。これしかないのだ。
「それで。アンタらはこの訳がわからねえ城をどうにかしてーって訳だな。いいぜ」
「今更――義も矜恃もありはしないが、加勢する」
「アンタは……俺の、いや」
「イーグルハートなのです!!」
リュカ・ファブニル(p3x007268)がすいと瞳を細め、夢見・ヴァレ家(p3x001837)は見開いた。
一人は混沌におけるルカ・ガンビーノの模造品。もう一人はヴァレ家と縁深いミリアムという傭兵だ。
終焉獣に突如国土を蹂躙された砂嵐は、成立しつつある世界連合軍と、なしくずしの共闘を始めた。
「ミリアム、生きていたのですね!」
「あの時の……世話になった」
「こうして一緒に戦えるなんて、嬉しいです!」
「あ、ああ……」
ヴァレ家に詰め寄られるミリアムは、どこかバツが悪そうにしている。
「おいクソガキ。テメェにゃ言いてえことは山ほどあるが。分かってんだろうな」
「うるせえな。本物だか偽物だか知らねえが、俺もイレギュラーズだ。ほっとけるわけねえだろ」
一方でリュカとルカは一触即発の気配も見せたが、数奇な再会は無事に済んだらしい。
「兄貴に誓ったんだ。終焉だのふざけた連中を、滅茶苦茶にぶっ殺してやるってな!」
砂嵐の傭兵である二人もまた戦いを決意したのだろう。
ともあれ味方の軍勢が多ければ多いほどいいのは確かだ。
鋼鉄や正義に大きな混乱をもたらしたディアナは、許される存在ではないのかもしれない。
けれど――
「友達を助けるのに、理由なんていらないよね」
「その通りです。ぷえ」
有無を言わせぬ『妖精勇者』セララ(p3x000273)の宣言に、『ほむほむと一緒』わー(p3x000042)も賛同した。あの日、勝ち得た結末をねじ曲げることなど、許せるはずがないのだから。
「さあさ。おしゃべりが済んだなら、とっとと仕掛けますわよ!」
かぐやの竹槍が陽光に煌めいた。
- <ダブルフォルト・エンバーミング>聖頌姫ディアナ完了
- GM名pipi
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年12月15日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●
白く輝く荒涼の海――砂嵐(サンドストーム)の砂漠は、空と交わるまで延々と続いている。
砂丘ににぽつんと佇むのは、おとぎ話のような可愛らしい『お城』であった。
練達は再現性地区のテーマパークと見まごう程の非現実的な外観は、この世界ネクストが『バグ』だらけの異常な空間であることを、否応なく思い起こさせてくれる。とはいえ――無辜なる混沌も似たような風情ではあるのだけれど。それはさておき。
「望まぬ戦いを強いるとは、なんと底意地の悪い」
「……ふざけてますね」
普段より幾分か低い声音で呟いた『最高硬度の輝き』フローレス・ロンズデーライト(p3x009875)に、『クマさん隊長』ハルツフィーネ(p3x001701)が呼応した。
彼女等には、憤るだけの理由がある。
ゲーム様に変貌させられた世界で、イレギュラーズに突きつけられた『クエスト』とやらは、悪人の討伐という至極分かりやすいものだった。即ち鋼鉄(スチーラー)に内乱を引き起こした存在――聖頌姫ディアナ・K・リリエンルージュを殺すことである。
この世界をゲームに変えた黒幕であるHades-EX(クリスト)が描いた筋書きは、しかしイレギュラーズによる幾度かのアプローチを経て、いよいよ崩れかけていた。
「せっかく対話をして和解出来たのに……!」
「……はい」
怒りを滲ませる『でぃれち推し!』わー(p3x000042)へ、『ロード†オブ†ダークネス』フレア・ブレイズ・アビスハート(p3y000159)もまた視線を結ぶ。
ログイン、復活、転移――この世界で活動するための様々な各種拠点となるサクラメントに降り立った一向は、作戦を最終確認していた。
眼前の門の所。地を囲む紫色に光る鎖のような線を越えればクエストは開始される。
実のところ、ディアナ達はイレギュラーズとの邂逅を経て自身の立場を再認識し、敵方から離反する動きを見せていた。罪の行方は――いくらかの問題を内包する一連の流れそのものはさておき。敵の大幹部に相当するディアナ一派を味方に引き込むことが出来れば、この世界のパワーバランスに影響を与えてくれるに違いないはずだったのだ。
「妨害は来ると思ってたけど……」
わーが表情を曇らせる。
「まさか二人の愛を利用するだなんて。人の心がないです、ぷえ!」
ゲームマスターを気取るHades-EXは、ディアナの恋人を人質として戦いを強いている訳である。
――決められた役割を全うさせるために。
ハルツフィーネがそう述べたように、世界の存亡を賭けたラストゲームにおける布陣は揺るがない。
それでも『考え様』によっては、誰もが無事という一縷の『勝ち筋』が残されている。
このクエストを制することさえ出来るのなら!
「クエストの書き換えプログラムが正常に働いています。つまりネクストはそれを承認したということ」
「だったらこれはバグでも不正行為(チート)でもないってことだよね」
「紙一重ですが、そういうことになります」
一向へ作戦を説明するフレアの言葉に、『妖精勇者』セララ(p3x000273)が安堵する。
「宿命率を書き換えて世界の強制力へ干渉し、別の結末を固着させる。相手も難しい手順を踏んでいたようで。技術者チームの皆さんがどうにかやれたようです。詳しくは知りませんが」
聖頌姫ディアナを討滅し、世界に平和をもたらしましょう。それが本来の筋書きだ。だがそんなクエストに、トゥルーエンド『彼女の恋人を救出する』をねじ込んだ訳だ。
「仔細は知れないが大意は理解した」
「まるでわからねえが、要は勝ちゃいいってことだろ。新しいクエストとやらをよ」
フレアは専門家にしか分からないと肩をすくめ、『あなただけの世界』勇(p3x000687)と『赤龍』リュカ・ファブニル(p3x007268)が話をまとめた。
「目指すはトゥルーエンドです! ぷえ」
「神様気取りの愚か者に……。一泡吹かせてやりましょう」
平素寡黙で儚げなハルツフィーネだが、けれど瞳を凜と彩り、鋭く言い切った。
それ以上はあえて口には出さねども、許容することなど出来ない事情もある。
「友達だから、手は離さないよ」
「もちろん、手伝わせてくれるよね」
「うん!」
セララの言葉に『ご安全に!プリンセス』現場・ネイコ(p3x008689)も胸を張る。
「それじゃ、囚われのお姫様を助けに行こっかっ!」
救ってくれと、そう言われたのだ。
救うべき手段も道筋も、練達(フレア達)が用意してくれた。
研究者達は徹夜で作業にあたったとも聞いている。
現実世界側とて襲撃されている、危険な状況であるにも関わらず――である。
この世界は最早ゲームとは言えない。現実と地続きの新世界(ネクスト)だ。
疲労困憊の研究者達は、今や銃弾の飛び交う市街地のどこかへ避難しているのだろう。
ネイコ達は、彼等がそうまでして願った希望を背負い、ここに立っている。
だったら――
そう願ったのは、掛け替えのない仲間(イレギュラーズ)なのだから。
――私達のやるべき事は決まってるよね?
●
瀟洒な噴水を抱くおとぎ話のような庭園に、瘴気を吹き散らす怪物達はまるで似合わない。
門をくぐり抜けた一向を睨め付けるのは、大量の終焉獣(ラグナヴァイス)である。
無辜なる混沌を滅びへ導く終焉(ラスト・ラスト)の怪物達。この世界ネクストにおいて、『それそのもの』であるかは知れぬが、少なくともネクストにおける『最終ボス』もまた混沌の大魔種『イノリ』をコピーした存在であることになんら違いはない。
「わたくしがこの世の中で好きなものがふたつあります――」
後ろ足で大地を蹴り、躍りかかる終焉獣へ『なよ竹の』かぐや(p3x008344)は竹槍を突き込んだ。
「ひとつはタイマン。誰にも邪魔されず鎬を削る一騎打ち。心が躍りますわね」
しなやかに唸る槍をそのまま叩きおろし、別の一体へ身体をぶつけた終焉獣が地を転げる。
「そしてもうひとつが乱戦。敵も味方も混ざり合いながら目についたやつをボコる!」
更なる一体を今度はなぎ払い、かぐやは更に踏み込んだ。
「テンション高まって参りましたわ……」
漲り迸るのは古今無双の闘志。
「――ブチかましますわ!」
腰を落とし『仮想ファンドマネージャ』ファン・ドルド(p3x005073)もまた、虎徹の柄に指を添える。
見据えるのは、今まさに傭兵達へ襲い来る終焉獣の三体。
華麗な回転斬撃は、魔物共の鼻先を鞘が打ち据え、即座に抜刀しての一閃を重ねた。
「派手な城攻めになりそうですね……なるほど、これは斬り甲斐がある」
果敢に攻め上がる一向には友軍が居る。
終焉獣共に蹂躙された砂嵐の民――傭兵達だ。
復讐に燃える彼等の果敢な刃は、イレギュラーズにとっても頼もしい力となるに違いない。
「……やはりそのレリーフは、貴女が身に着けている方がよく似合う」
「……?」
そう述べた『航空海賊忍者』夢見・ヴァレ家(p3x001837)に、ミリアム・アルマファルは首を傾げた。
「いえ、何でもありません。あの塔を目指さなくては。無茶はしないで下さいね、ミリアム」
「ああ、貴様こそ。あの時のように無茶はしてくれるなよ」
「ええ。貴女に主の御加護があらんことを」
傭兵達はサクラメントからの復帰が出来ない。死ねばそれで終わりなのだから。
無辜なる混沌でのミリアムは、既に死者だ。食い扶持を稼ぐために一族郎党共に盗賊となり、とある事件の折に魔種となり、イレギュラーズに討伐された人物だった。ヴァレ家は――その『背後』は、あのとき彼女とその家族のために祈る他になかった。今からおよそ数年前の話だ。ヴァレ家達の信仰、弱者救済の在り方を一歩踏み外せば、ミリアムの様になってもおかしくはない。否、事実――聖女は……。
ともかくミリアム一族が誇る『イーグルハート』のレリーフを、ヴァレ家は今でも大切に保管している。ネクストという混沌の歪な模造品は、そんなミリアムと思わぬ形で、ある種の再会を与えてくれたのだった。
一行の猛攻に、緒戦はすぐに幕引きとなった。
イレギュラーズの策は全軍一丸となった電撃戦である
「良し。誰一人欠けてねえな」
「おう!」
リュカが一同をぐるりと見回すと、傭兵達が雄叫びを上げた。
欠けるどころか、傷すらほとんど負っていない。奇跡的な圧勝である。
「なんつうか、アンタどことなくアニキみてえな……」
「――?」
ルカ・ガンビーノがそう言いかけ、リュカが振り返る。
「な、なんでもねえ。行くんだろ、ヒメサマを助けによ」
「ああ、小僧。それでこそ『クラブ・ガンビーノ』だ」
リュカはルカの頭をぐりぐりと小突くと、一つ頷いた。
「んだこら! テメエに何が分かる! つか手どけろや!」
ガンビーノファミリーの傭兵達がドッと笑う。
(まさか……おいおい。何人、理解(ワカ)ってやがる)
別段わざわざ正体を隠し通しているという心算でもないが。
例えば、この場には居ないが切れ者の副団長――『あの』ベリザリオなら、リュカの正体に気付いて居ても不思議はないのだ。だとしたら、割と『つれえ』な。
――いや、そんな些末は後でいいのだが。
「ルカさんはこっちで前に、ミリアムさんは全体のフォローを」
「わーったよ」
「ああ、任せろ」
ネイコの言葉にルカとミリアムが応じた。
一行はこの庭を突き進み、城を飾る尖塔の最上階を目指す。
そこで――
「オヒメサマの救出なんて役得じゃねえか」
リュカが獰猛な笑みを浮かべた。
気合いも充分に入るというもの。
「ま、今回の王子様は俺じゃあねえけどな。いやお姫様でもあるのか。どっちでもいいけどな」
一縷の勝ち筋とは、つまるところ『人質』となっているディアナの恋人『ティファレティア』を救い出すことだ。彼女を人質としたバグを停止させることでもある。そのための準備は練達が提供してくれていた。
「あっちから集団が来るよ」
「ではあの窓から入ってしまいましょうか」
ネイコの警告に、フローレスが城を指さす。
「うん、大丈夫そう」
鋭い聴覚で中の様子を探ったセララは目配せ一つ、窓縁に手をかけ飛び込んだ。
仲間達もすかさず後を追い、即座に構える。
「来るよ」
「なんとかします」
ハルツフィーネは迫り来る終焉獣へクマのぬいぐるみを掲げる。
――まるで冗談のように『なんとかなってしまう』。ただ一振りの爪が終焉獣の群れを飲み込み、軒並みを文字通りに『消滅』させたのだ。
ダメージ表示MODでも適用している者には、とんでもない値が表示されたに違いない。
これまで培った全ての努力が、彼女の桁違いな能力を裏打ちしている。
敵の残骸。きらきらと粉砕されたデータ屑が舞う中、長い回廊を一行は尚も突き進む。
無数に襲い来る敵達を、全て瞬く間に蹴散らしながら。
見えてきたのは、色とりどりの花々に飾られた中庭だ。
「やはり来ましたのね……ホンモノのイレギュラーズ」
頬に手を添え、歪んだ笑みを浮かべたディアナが煌めく剣を抜き放つ。
●
「妖精勇者セララ参上! ディアナちゃんを助けに来たよ」
宙を駆けるセララは白亜の彫像の上へ降り立ち、その小さな身体で高らかに宣言した。
「ディアナさん!」
わーはどや顔ピースサインをキメる。
(レティ様はおまかせください!)
そう言外に含めて。真の敵方に傍受されては、たまったものではない。
「貴女方は。わー様にセララ様とおっしゃいましたね。助ける――とは?」
「助ける理由は単純だよ。ボクとディアナちゃんはもう友達だから。ね?」
「ありがとうございます。ならば貴女は、貴女達であればこそ。この醜悪な劇を終わりに――」
――私を殺してくれますか。
「ディアナさん!?」
「……違うよ。だから今は、信じて!」
鋼を結び合う音色。刃と刃の甲高い声が響く。
迸る光線を避け、セララの剣技がディアナを押し込む。
「皆様には感謝しかありません。しかし今はただ全力で参ります」
「こうするほかに、ありませんので……」
四聖姫(フォリナ―)と呼ばれるディアナの部下達もまた、獲物を構えた。
無数の終焉獣も同様に、一行を取り囲みつつある。
「ホンモノねえ――」
執行プログラムを纏う爪撃を放った勇がぽつりとこぼした。
それから勇は言葉を選び、話を続ける。
ネクストの旅人(ウォーカー)であるディアナ達は、実のところネクストの形成と共に『無辜なる混沌の情報を取り込んで』産まれた新しい生命――あえてそう述べるが――だ。彼女が自身の過去と思っていた記憶というものは、物理的には実体験でなくコピーされた情報に過ぎないとも表現出来る。
ディアナ達は幸か不幸か、それを自覚し、ロジックを理解し、けれど心境的にはひどく混乱していた。
だが勇は思うのだ。出自というものが何であろうと、記憶の実感がどうであろうと。今『この場』で考える『自分』というものは、真実として『自分』以外の何者でもないのだと。
ならばそもそも『何かの複製には成り得ない』。
「まあ僕も少し似たようなところがあるからねえ、この手のものに言えることが少しだけあるんだ」
――今この瞬間こそがリアルであり、オリジナルだ。
正々堂々と言ってのけた勇の弁を受け、ディアナの唇が微かに戦慄いた。
その瞳が微かに潤んでいるのは、城内まで入り込んだ砂埃の責だけではない。
「最後の戦い――お相手が、皆さんで……本当に良かった」
「だから言ってんだろ、王子(プリンセス・ディアナ)様。お姫様は俺達が救ってやるってな!」
リュカが妖刀を振りかぶる。エトリラが放つ魔術を両断し、踏み込んだ。暴力的膂力から放たれるなぎ払いに終焉獣の群れ諸共、大地に一条の巨大な爪痕が刻まれる。
「ま、仕方ねえよな。オヒメサマを人質に取られちゃあそうするしかねえ」
倒す必要はない。むしろ倒してしまうほうが問題だ。それでクエストとやらが『ノーマルクリア』になってしまったら、目も当てられない。
「けどな。独りよがりに何もかも、終わった気になってんじゃあねえよ。言いたかねえが、虫唾が走んぜ」
「皆様が『無茶苦茶』なのは承知しております。しかし、ならばどこへ行こうと言うのです?」
「だから言ってるんだって。ボク達は、全部を救うんだ!」
斬撃を放ちながら、勝ち気な笑みを崩さぬセララを一瞥して、ディアナは眉をひそめた。
交戦を続けるイレギュラーズ一行は、徐々に戦列を奥へ続く入り口へと進ませている。
ディアナとて、何らかの狙いがあることには気付くというもの。
「そうですわね。優しくも勇敢な皆様は、尖塔へ囚われたレティ――宵闇の皇女ティファレティア様を救い、私に戦いをやめさせる。そうお考えなのでしょう」
「これは姫君、ご明察にございます」
終焉獣の一体を切り捨てたファンはエスタと斬り結び、そう答えた。
「けれど、この私の力をもってしてもあの封印は破壊出来ませんでした。データの内側にある私達――この世界へ『アクセス』する皆様もですが。私達は所詮ルールに則った行動しか許されていないのでしょう?」
ディアナが指摘するのは、あの忌々しいHades-EXが定めたであろう法理(プログラム)のことだ。
「ならばここで戦い果て、刃に散ることこそ本望であり最後の救済なのだと」
ディアナが剣を掲げ、宙空に巨大な魔方陣が描かれる。
「それから、この世界を救えば解決しますが――いかがでしょう、勇者様方?」
破壊の閃光が炸裂した。
無残に引きちぎられた大地を踏みしめ、かぐやが槍を突きつける。
「どんなたわけをおっしゃいますの、聖頌姫ディアナ。あなたを倒してしまうと『世界に平和が戻ってしまいます』。わたくしどもはそれを避けねばなりません」
そういえば元のクエストはそんな内容だった。
「皆様は世界を救うのでは? ならば何を――」
最前衛で果敢に竹槍を振るうかぐやの言葉だが、俄に図りかねたディアナが口をつぐむ。
「いや、それはだな。その、言ってることはだいたい合ってるが」
「あー、えっと。合ってるっちゃ合ってますので」
「ぷえ!」
「……」
リュカとフレアが口ごもり、わーは慌て、勇がゆっくりと首を横に振った。
「悪い癖が出てしまいましたが、とにかく! なんもかんもブチ転がして世界だって救ってみせますわ!」
「ああ、もう……滅茶苦茶ですわね! それで策はおありですの?」
啖呵を切ったかぐやに向けた剣を引き、ディアナは鋭い視線をイレギュラーズへ向けた。
返す一行の眼差しは真剣そのものだ。
「敵対せざるを得ない状況だから? たったそれだけが理由ですか?」
光刃の一刀で終焉獣を斬り伏せたヴァレ家が、ディアナを見据える。
「良い子ぶって諦めているんじゃありませんよ! 助けが欲しい時は助けてって言えばいいんです!」
その瞳は――その奥に煌めく光と、隠した傷痕は……。
言葉というものはある種、口にする者次第では経験という名の重みが加えられる。
ヴァレ家は『喪う』ということの意味を知っていた。
「そう……ならば信じて良ろしいのですね……――ッ!?」
言い終える寸前、ディアナは胸の中心を押えてうずくまる。
――Exception ! World Transcendence.
ERROR. Command Violation. Address:tyStructDianaKeterLilienrouge.
――ノンプレイヤーキャラクター『ディアナ』が不正なアストラル領域にアクセスしました。
モジュール『Rebellion』はServiceをReadすることが出来ませんでした。
宙空が赤く瞬き、エラーコードが出力される。
苦しみ呻き、耐えるように唇を強く噛みしめたディアナの口元に、赤い血が滲んだ。
「やはり反逆は許されないようですわね。戦いをやめることさえも」
「ひどいです。ぷえ。本当に人の心がないです!」
「もう……終わらせてください。これ以上……ッ!」
一粒の涙を零し、剣を構えたディアナが突進してきた。
「駄目です。ならばこのまま動けなくしますよ」
宣言した通りに。クマの爪が振るわれ、迫るディアナ達をフォリナ―諸共一気に薙ぎ払う。
正しくハルツフィーネは、この戦域における最大最強の戦闘力を保有していた。
敵が如何に強力なバグ(チート)を纏っているとはいえ、全てが全て、彼女に勝っている訳ではない。
否、あるいはそのほとんどで圧倒さえ出来るかもしれない。
無尽蔵とも言える敵の数を、このまま凌ぎきることが出来るならばだが。
「それほどの力。お名前をハルツフィーネ様と仰いますのね。あなたなら、あるいは……けれど希望と絶望とは表裏一体。いずれにしてもこの闇は、さしものあなた方とて……」
「そう呪いばかり吐くものではないさ。言葉を穢せば、己も飲まれる」
勇はそう言った。見て分かるほど、ディアナ達は感情的にも追い詰められている。
後は縁の深い者の言葉があれば良いだろうから、その舞台を整えきるのが自身に課した仕事だ。
それにこんな状況では、決して言うべきでない悪い言葉が飛び出しても不思議はない。
そういう毒を受けとめ、本意ではないと後でフォロー出来るようにしたいものだとも考える。
「そうだよ。だったらこうしよう」
セララの剣――小さな聖剣チョコソードが、ディアナの剣を受け止めた。
続く幾合もの苛烈な斬撃の応酬。雷撃と薄桃の光が戦場に舞い散る。
「思えばいいじゃない。これは剣を使った、本気も本気で大本気なダンスなんだって!」
「ならば信じてみましょうか。小さな妖精の勇者――友人の言葉を……」
「はい。ディアナさん。私達は奥の手を使ってとらわれのお姫様を助けます」
フローレスの光魔術に終焉獣の数匹がなぎ払われる。それは第一の光――威光のグランディオーソ。
奇しくもディアナと同じ金剛石の輝き。
目映い明滅が消えた先へ、一行はさらに前進する。
「そしてゲームクリア。そういう安直な結末、正直大好きです!」
筋書きの決まった読み物ならいざ知らず、この世界は『その後』も続くのだろう。
だったら。
凛と瞳を輝かせ、言ってやる。
「後味が良い方が良いに決まってますもの! 押し通らせていただきますわ!!!」
高らかなフローレスの宣言と共に、壁を背に下一行は遂に城の深部へ飛び込んだ。
青空が覗く巨大な吹き抜け構造は、そのまま塔へと続いている。
「我々はこちらへ。敵が来ますが外・外・と突いて内を狙います。展開ラグビーの醍醐味ですね」
「バックゾーンからって感じですか?」
「おや、バレーボールに例えたほうがよろしかったでしょうか」
「あ……。リリバレってソシャゲの陣形に似てるかなって、あ、は、は」
「……なるほど。不勉強なものでそちらは存じ上げませんが、ならば似たようなものでしょう」
「ぷえ!」
赤面したフレアはファンの言葉をぼんやりと理解したが、ともあれ作戦通りという事だ。
油断なく索敵を続けるファンが、尖塔方面へ一気に飛翔を開始する。次に狙うは、トライ。
「そっちもご安全に! 私達はここから真っ直ぐに切り拓くよ! 一点突破だ!」
駆け出すネイコとハルツフィーネが、迫り来る終焉獣をなぎ払う。
大部隊が長い階段へと展開した。このまま一気に制圧する。そして――
●
「後ろは俺とネイコでなんとかするぜ」
「任せて!」
階段を登り始めるにあたり、リュカとネイコが最後尾に陣取った。
「ならばわたくしは、お二人の背をお守りしましょう。
オラッ! 進め進めですわっ!! こっちはベッコボコのパクパクですわ!」
かぐやの檄に、一同は鬨の声を上げる。
「パクついたんぜ!」
「ッシャオラーッ! ですわっ!」
唸りを上げて大気を劈く雷光のように、終焉獣に青竹が突き立ち、びんと震える。
石壁へ標本のように張り付き、そのまま粒子となって消えた終焉獣を尻目に一行は階段を駆け上がった。
尖塔での戦いは、正に一方的なものだった。
手狭な階段の終焉獣は、時に空中へ展開し、時に挟撃するイレギュラーズを押さえ込むことが出来ない。
「それじゃボクが先頭。隣はルカ君よろしく!」
一瞬セララを見たリュカだが、おうと頷くルカに先陣を譲る。
「みっともねえ戦いを見せるんじゃねえぞ!」
「誰に言ってやがる、いちいち突っかかってくんじゃあねえ」
「わーったよ。悪いな。頼んだぜルカ・ガンビーノさんよ!」
「行くよ!」
「ああ!」
ルカとセララは大小の拳を握ってこつんと突き合せ、不敵に笑った。
「このまま行くよ! セララ! ストラッシュ!」
駆け抜ける閃光が縦列につんのめる終焉獣の群れを一気に貫いた。
「合わせるよ! プリンセス! ストライク!」
宙を駆けるネイコが刃を振るえば、煌めくハートが舞い、無数の星が花開くように舞った。
終焉獣がデータの屑となってきらきらと消え去る。
一行は交戦を続けながら塔を駆け上がる。
「次は多い。このまま敵の足止めもかねて、突破口をこじ開ける」
「はい。重ねます。打ち祓いましょう、終焉の獣を――全て」
勇とフローレスが立て続けに遠方の終焉獣を蹴散らした。
長い交戦では被害もないとは言えない。
「大丈夫です、拙者しぶといですのでお気遣いなく!」
幾分か体力を削られたヴァレ家が気丈に笑ってみせる。
「だから、ヴァレ家と言ったな。貴様は無理をしてくれるな」
「頼らせてもらいますわ……なのです!」
ミリアムと背を合わせ、なんというか――ヴァレ家は思う。これは中々に感慨深い。
「とりま後で巻き込んで回復飛ばしときますね」
「ほむ、フレアさんはそのまま貴重なヒーラー続行で」
(私が負傷した時は特等席でお世話になりたい……!)
「はい。11じゃ赤だったんでヒラ余裕です! わーさん、DPSは任せました!」
「ぷえ!」
器用貧乏ともいえるフレアの回復力は少々心許ないが、強力な戦力を多数保有するイレギュラーズであればこそ、十全な機能を保持し続けることが出来ている。
ファンが眼鏡のブリッジに指をかけた。
つまりは各自の戦力の功であり、また作戦の妙というものだろう。
一方、追撃を――二重の意味で――強いられるディアナ達は、やはり狭く細い通路に苦戦していた。
「悪いが……フリーフォールと洒落込んで貰うぜ!」
バックステップを踏んだリュカの一撃が、跳躍を駆使して縫うように追ってきたフォリナ―の一人をたたき落とす。やむを得ない奥の手を受け、下へ遠ざかる彼女は、しかし微笑んでいた。
リュカの胸中に毒が滲む。敵は愛する者を人質に、こうして女性達を戦わせているのだ――反吐が出る。
「ここからは、脱落すると厳しいかも」
状況はフローレスの言葉は正しい。一行の突破力、ならびに制圧力、そして堅牢性は尋常の水準ではないが。しかし全員が一丸となっている以上は、仮に脱落があれば復帰が困難な状況だ。サクラメントこそ近いが、無数の終焉獣が襲い来る戦場を突破せねばならないのだから。仮に複数のポジションを抑える作戦であったならどうだろう。おそらく作戦自体の柔軟性は増すが、その反面幾度もの脱落と復帰を経験するはずだ。
だから現状までの戦績を振り返るに、これが最善手と言えた。それはフローレス達が危険を考慮した上で、それでもこの作戦を実行してのけたからこそ、勝ち得た成果であろう。
そして――
「見えたよ、てっぺん!」
「ああ。オヒメサマのお目見えだぜ!」
●
尖塔に貫かれるように平たく円系のフロアは(セララ曰く)ドーナツが刺さっているようにも見えた。
幾何学模様を描く中心部の上に、ぶら下がるのは小さな鳥かごだ。
中にはこれまた小さなベッドに、ぬいぐるみが寝かされている。
ターゲット(オヒメサマ)だ。
「トライできますか?」
ファンの問い。
「もう少し近付かないと、タゲれないみたい」
そう答えたセララは妖精の翼をはためかせ、一気に敵陣へ斬り込んだ。
「最上階! なんでも一番はイイモンですわ!」
最後にかぐやが階段を蹴り上げ、一同が集結する。
「ええ、カチコミブッコミなら、どうぞわたくしにお任せあれ!」
「このままドッカンですわ! さあさ行きますわよ! 全力で輝きますわ!」
かぐやとフローレスが敵陣を引き裂き、全軍を前進させる。
「行けます。プログラム、起動」
熊爪で敵陣を引き裂き、中心部まで駆け抜けたハルツフィーネが所定のコマンドを実行した。
プログラムは二種類。一つはディアナを捕える破壊不能オブジェクトへの対処プログラム。
もう一つはHades-EXからのディアナ達を守るための攪乱プログラムだ。
これで――
――ERROR.不正なアクセスが検出されました。
――ERROR.不正なアクセスが検出されました。
「……!?」
「いえ、大丈夫です。そのままで」
フレアが答える。
――ERROR.不正なアクセスが検出されました。
――ERROR.不正なアクセスが検出されました。
――不正なアクセスをブロックしました。正常。
――不正なアクセスをブロックしました。正常。
――破壊不能オブジェクト『黄昏姫の鳥籠』を無効化するソフトウェアのインストールを開始します。
――フォッグ処理のインストールを開始します。
――■ 3% ...OK!
――■ 1% ...OK!
「……これは」
「ハック、成功です。あと、少しの辛抱。もうコマンドは通っていますから、後は書き込み完了まで粘るだけなので。ハルツフィーネさんも戦いに復帰して大丈夫です」
「ぷえええええ!」
偏差射撃。一体。また一体。精密に――潰す。
わーはバラの杖から魔光を放ち、終焉獣共をなぎ払っている。
「ヴァレ家、右を行けるか?」
「はいミリアム殿! 足止めはお任せを。鬼さんこちら、拙者がお相手仕るのです!」
――■■ 16% ...OK!
――■■ 19% ...OK!
「これはCPUの新調でも手配したほうが良いかもしれませんね」
「ほんとですね。この99%詐欺。佐伯さん通して研究室にクレーム入れてやりますよ」
虎徹を振るうファンに、フレアが同調する。
――■■■■ 37% ...OK!
――■■■■ 34% ...OK!
あらかたの終焉獣を倒した一行は、階下から迫り来る増援と迎え撃つ。
――■■■■■■■■ 79% ...OK!
――■■■■■■■■■ 81% ...OK!
「また――お目にかかれて光栄です」
ゆっくりと姿を見せたのは、ディアナだった。
「さあ! 手を抜けぬというのであれば! ワタクシがここに居ますわよ!」
フローレスが声を張る。
殺到する終焉獣を颯爽と指差し、再び放たれる第一の光が敵陣を焼き払う。
――■■■■■■■■■ 99% ...OK!
――■■■■■■■■■ 99% ...OK!
「ならもう一度、真剣勝負です! ぷえ!」
きりりと眉尻をあげ、わーがディアナに向き直る。
「どうしても、是が非でも。たどり着きたい結末というものがあるのです」
敵陣を魔弾で貫くわーの横に立ち、フローレスが輝く魔方陣を展開した。
「それは何でしょう?」
ディアナもまた、合わせるように薄桃色に輝く魔方陣を展開する。
「そう、ハッピーエンドこそ至高の輝きですわ!」
「願わくば……わたくしもそう思いますわね」
炸裂。フローレスとディアナの光と光。目映いばかりの金剛石の輝きが視界を覆い尽くした。
――■■■■■■■■■ 99% ...OK!
――■■■■■■■■■ 99% ...OK!
メモリは――けれど進んでいない。依然として九割九分のままだ。
「インスト、アプデ。あるあるですよねえ、これ。もう魔力からっけつなんですけど」
思わずフレアが毒づく。回復はもう期待できない。
「ほんとだよね! でも、負けてなんていられないんだ!」
セララがフォリナ―と果敢に斬り結ぶ。
――■■■■■■■■■ 99% ...OK!
――■■■■■■■■■ 99% ...OK!
「ワタクシが援護に、いえ。しかしそれでは」
ここでフローレスを攻撃手から回復手に回せば、それはそれで殲滅力の低下を意味する。
痛し痒し。フレアの力が底を突き、どちらが良いとも言えない状況になってきた。
「んー、私が一回デスってリスポすれば」
「ぷええ!?」
「さすがに戦線復帰は厳しいのではございませんか」
フローレスの言葉通り、サクラメントは遠く、それでは間に合わないかもしれない。
「じゃあわたしも斬り込みます。器用貧乏が取り柄ですから」
フレアもまた決意する。
――■■■■■■■■■ 99% ...OK!
――■■■■■■■■■ 99% ...OK!
「後はお任せするのです。すぐに戻って参りますから」
「HPとてリソースです。この世界ならば効率的に使い潰すことも考慮すべきでしょう」
雷撃を放ち続けたヴァレ家が、数多の敵を斬り伏せてきたファンが光の粒子となって消える。
「……ッチ」
リュカとて、既にHPゲージはほとんどが黒一色に染まっているではないか。
残るは僅か1pix幅。正真正銘の『1ポイント』に過ぎない。
「わたくし更に燃えて参りましたわ!」
「それでもやるしかないんだよね。だったら全力全開だよ!」
かぐやとネイコもまた同様に。
それはまるで、あのプログラムのインストールが終わらないのにも似て――
――■■■■■■■■■ 99% ...OK!
――■■■■■■■■■ 99% ...OK!
「早くしてようもう! 嫌がらせか!」
「僕はまだ、あと少しだけやれる。だからどうにか。あと少しなんだ」
「私を盾にしてください」
実を張ったフレアの後ろから、勇は執行プログラムを幾重にも起動する。
この土壇場で更に威力を向上させた一撃に、終焉獣が次々に消し飛んだ。
「がんばりましょう。あと少しでしょうから」
そしていまはもう、未だ闘神の如く戦い続けるハルツフィーネが頼りだ。
――■■■■■■■■■■ 100% ...OK!
――■■■■■■■■■ 99% ...OK!
――プログラムのインストールが正常に完了しました。
――プログラムのインストールが正常に完了しました。
――起動。 ...OK!
――起動。 ...OK!
――プログラムの起動が完了しました。 ...OK!
――プログラムの起動が完了しました。 ...OK!
「……レティ」
震えるようなディアナの呟きに、誰かが床へへたり込んだ。
「これで、もう……このような愚かな戦いを……」
――Exception ! World Transcendence.
ERROR. Command Violation. Address:tyStructDianaKeterLilienrouge.
――ノンプレイヤーキャラクター『ディアナ』が不正なアストラル領域にアクセスしました。
モジュール『Rebellion』はServiceをReadすることが出来ませんでした。
それは反逆の意思を封じる作用を示すエラーである。
「――ッ!?」
「プログラムは、起動したはずじゃ」
――Exception ! World Transcendence.
ERROR. Command Violation. Address:tyStructDianaKeterLilienrouge.
――ノンプレイヤーキャラクター『ディアナ』が不正なアストラル領域にアクセスしました。
モジュール『Rebellion』はServiceをReadすることが出来ませんでした。
「大丈夫です。落ち着いて下さい」
ハルツフィーネが一同へ視線を送る。
モザイク模様のように、周辺の地形が書き換わっている。
それから鳥かごのぬいぐるみ――ティファレティアを覆っていた鳥かごが消滅する。
ディアナ、フォリナ―、ティファレティアの身体が薄いヴェールのような光に包まれた。
「ラグ、か」
――破壊不能オブジェクト設定『黄昏姫の鳥籠』を無効化します。クリア。 ...OK!
――フォッグ処理を実行します。完了。クリア。 ...OK!
一部NPCの表示データへ、一時的に死亡データを上書きします。クリア。 ...OK!
――フォリナ―。DEAD。...OK!
――ティファレティア・セフィル。DEAD。...OK!
――ディアナ・K・リリエンルージュ。DEAD。...OK!
システムメッセージが表示されるのと同時に、終焉獣達が一斉に姿を消した。
「……え」
「はあッ……!?」
何人かが青ざめる。
DEAD。死亡。
表示されたのは、あまりに恐ろしいシステムメッセージだった。
――聖頌姫ディアナが討滅されました。
――聖頌姫ディアナが討……ERROR.
――システムを修復しています。ERROR.
――システムの修復に失敗しました。...OK!
――クエスト達成条件をトゥルーエンドに書き換えます。...OK!
「……どうされたのです」
ディアナが首を傾げる。
しかし彼女は目の前で確かに生きているではないか。
●
「――ここは」
ぬいぐるみが起き上がり、辺りを見回す。
「レティ! 本当に、本当に大変でしたのよ」
ディアナがティファレティアを潰れるほどに抱きしめた。
「鼻水をつけるな、ディアナ」
「――ッ! なんですの、その言い草!」
プログラムの内容は、彼女等の生存情報を表示上『死亡扱い』にすることで攪乱するものらしい。
表示上、つまりリストデータにおける見た目だけの問題ということだ。
恐ろしげな表示は、まあ。研究者や技術者達が命がけで成し遂げた突貫工事の成功をこそ労おう。
おそらく当面の間、Hades-EX側から彼女等への追跡やデータ書き換えは困難になるはずだ。
仕掛けに気付くまでの間は――つまり残る課題はそれまでに解消せねばならないということになる。
実際問題として、許された時間は決して多くないだろう。
「……ようやく、終わったね」
戻ってきた仲間達を勇が労う。
「皆様のお陰ですわ……こんなことが、あるなんて」
「事情は知った。感謝に堪えない。この通りだ」
ディアナとティファレティアに続き、フォリナ―達が一様に腰を深く折る。
ディアナが指を振ると、人数分の椅子と円卓が出現した。
「エトリラ。お茶をお願いします」
「はい。ディアナ様。喜んで!」
一同が腰掛け、労い合う。
時系列としては、ここから影の城、並びに終焉獣や他のエンピレオをどうにかせねばならない。
「勝利のお紅茶は……」
フローレスがカップを持ち上げ。
「美味すぎてたまりませんわ!」
「このマドレーヌ、手作りですの? パクパクですわ!」
おかしな口調に染まったディアナが笑い、かぐやも乗った。
「それならドーナツも食べてね!」
「ありがとうございます」
セララがディアナ達にドーナツを差し出し、ディアナが一口に頬張る。
「行儀が悪いぞ、ディアナ」
「……んっぐ。レティ」
「大丈夫だよ。ぱくぱく食べると美味しいもん」
ティファレティアは、わーの膝上に居る。ちゃっかり抱きとめたのだ。抱き上げたあと、一瞬だけディアナに叱られるかもしれないと思ったが、そうでもないらしい。フレア曰く『ディアナはハーレム気質だから』ということだが、それって、ええと……。
「わたくし、まとめて食っちまえる手合いですから。ふふ」
ディアナがにたりと口角を歪める。
「ぷえ!? ぷええ!? 本命はほむっほむですから!? ぷえ!?」
「え、あ。――ッ!?」
頬を染めながら背筋をピンと伸ばして、視線を背け合う二人にディアナが微笑んだ。
「かわいらしいこと。声にも顔にも、出ておりましてよ」
しばしの談笑が続き、その途切れ目を見計らって立ち上がったのはファンである。
「こんな時ですが。いえ、こんな時だからこそ。一つお聞き願えますか?」
ファンはゆっくりと一同を見渡し、プレゼンテーションソフトウェアを起動した。
「聖頌姫ディアナ。そして皆さん。
この世界を本物だと思うなら。
その心が本物だと思うなら。
まだ、やる事があるはずですよ。
まだ、やれる事があるのですから」
厳かに宣言する。
「――確かにな。その通りだと言えよう」
ティファレティアが鷹揚に頷く。
「ここは所詮は局地戦。本当の敵は、本当の危機は、本当の元凶は、『影の城』にあります」
「大魔種、イノリ。ボク達はもう何度か戦ってるんだ」
セララも続けた。いよいよ、最後の打撃を加えねばならないフェーズにさしかかっている。
「一緒に来てくれますか? 貴女達の為に。貴女の友達のために、貴女の世界のために」
「今回の元凶さんには、おしおきしないとですもんね……!」
わーも追撃する。
それから僅かな時間、沈黙があった。
「やぶさかではございません。けれど、いくつかお話しておかねばならないでしょう」
ゆっくりと言葉を選ぶように、ディアナが答えはじめる。
彼女等の力は『バグ』に起因している。
イレギュラーズが身につけているような、正当な力ではない。
修正プログラムが起動している今、その能力をどこまで使用出来るか未知数である。
ディアナはそれを自覚していた。
「ですから、これまで皆様と戦った力をどこまで扱うことが出来るかは、計りかねるのです」
「それでしたらプランの内ですね。一切合切、全く問題ございません」
ファンの計画にはいくつかの意味があり、些かセンシティブな問題へのアプローチも内包している。
この場合のセンシティブというのは、ファンド的な意味合い(?)ではなく、要するに政治的な話だ。
表向き――かつイレギュラーズにとって切実な――理由になるのは、単純な戦力の強化だ。ディアナ一派という敵を倒すなら合格点。仲間に引き入れるなら満点という訳である。
もう一つの事情は少々複雑だ。
ディアナ達は幾度か世界を敵に回しているということ。
先の正義での戦いは、ワールドイーターにまともな指揮すらしていない。名前通りに『正義』を国是とする彼等だが、その思考は柔軟だ。そこは問題ないだろう。何ならワールドイーターが勝手にやったことだ。
「……」
ネイコがそっと視線を逸らす。残って居るのは実に難しい問題なのだ。
その肝となるのは『鋼鉄に内乱を引き起こした存在』であるということ。鋼鉄は力こそ正義という気質であり、内乱は――さすがに日常茶飯事とは言わないが、暴力沙汰や殺傷沙汰程度なら国技のようなものだ。
事情を察したヴァレ家が神妙に頷いた。つまり中には、必ずしもそうは考えない者も居るかもしれないということ。イレギュラーズであれば『喧嘩したけれどお友達になれた』の一言でおしまいかもしれないが、この世界がリアルな新世界としか思えないからこそ、幾多の犠牲は『たかがゲーム』では済まない事もある。
ネイコはそうした『現実』というものを、理解していた。
だがその『鋼鉄に現れた悪役闘士』が今度は『世界を救う戦いに命を賭けたの』のであればどうだろう。
俄然か、それともあるいは。鋼鉄の人々にとっても話は変わってくるのではないか。
「悪いお話ではないと思います」
ファンの言葉に、ディアナとティファレティアが視線を交えた。
「考えたなタフネゴシエーター。それしきが我等の贖罪に値するとは思わないが――。我等が大罪人(コントラ・ムンディ)であればこそ、誠意を尽くすべきだろうからな」
「ええ。わたくしからも可能な限りをお約束致しましょう。この黄昏に一度は捨てたと思った命など。この際、なるようになりやがれってなもんですわ!」
「影の城、ならびにベヒーモスまでのガイド料と此処までのコンサルティング料金――」
続く言葉にディアナが俄に鼻白むが。
「――サービスしておきますね。ああ、もう一杯いただけますか? 良い茶葉ですから」
張り詰めた空気が、ゆっくりと溶けていくような気がした。
尖塔を斜陽が照らしあげる夕暮れ。
静かに、けれど着実に破滅は迫っている。
城を経つイレギュラーズには、今やこの世界の存亡がかかっているのだった。
成否
大成功
MVP
状態異常
あとがき
依頼お疲れ様でした。
様々な状況の変化や皆さんのアプローチから、複雑な紆余曲折を経た一連の物語も、ひとまずここで終了となります。最良の結果をつかみ取ることが出来たのではないでしょうか。割とビターめなエンディングを考えていた、当初想定と全く違う結果でした。
ディアナとティファレティア一同は敵陣営を離反し、皆さんのために贖罪の剣を振るうことになります。
また傭兵達。ルカ・ガンビーノとミリアム・アルマファル。それぞれのファミリーも皆さんの戦列に加わることでしょう。
MVPは最後の一押しをキメた方へ。
称号いっぱいでてます。
最後に『大成功』という判定は、『参加者全員』による『素晴らしい成果』であると付け加えさせて頂きます。
それではまた皆さんとのご縁を願って。決戦の行く末を見守るpipiでした。
GMコメント
pipiです。
R.O.Oもついに決戦。
敵がおおいので、ばったばったと爽快にやっちまいましょう。
なげーOPですが。やることは「とにかくぶっこめ」です。無双して下さい。
●目的
ティファレティアを救出し、ディアナを止める。
細かくは以下
・門から突入し戦闘
・戦闘しながら塔へ登る
・塔のてっぺんで二種のプログラムを起動
●ロケーション
砂嵐の砂漠に突如出現した白亜の城です。
城といってもそれほど大きくありません。テーマパークにあるお姫様のお城って風情です。
ディアナが位置する玉座の間を中心に、無数の終焉獣が蔓延っています。
ディアナやその軍勢と交戦しながら、ティファレティアを救出してください。
ティファレティアは尖塔のてっぺんにぶらさがる鳥かごに寝かされています。
まずは門から突入し、軍勢と交戦しながら塔を目指します。
塔の階段で並んで近接戦闘出来るのは、徒歩なら二人が限度です。空間自体は広いため、レンジ攻撃や飛行などは有利に働くでしょう。
オープニングに書いてあるケージの破壊プログラムとバリアプログラムは、誰かが宣言すればいいです。
みんなが忘れていたらフレアがやるでしょう(その場に居れば)。
●敵
『聖頌姫』ディアナ・K・リリエンルージュ
バランスのよいスペックです。
物至単攻撃、物中貫攻撃、神遠範識別攻撃、神中範の識別HP&BS回復を持ちます。
フォリナーと共に、ある程度の時間経過に出現します。
皆さんと戦いたくはないのですが、決死の攻撃を仕掛けてきます。
『フォリナ―』シレニア
ディアナの部下。遠距離大火力攻撃タイプ。
皆さんと戦いたくはないのですが、決死の攻撃を仕掛けてきます。
『フォリナ―』フュラー
ディアナの部下。上のほうでおしゃべりしましたが、現地では敵です。
高火力の近接戦闘タイプ。必殺を保有。
皆さんと戦いたくはないのですが、決死の攻撃を仕掛けてきます。
『フォリナ―』エスタ
ディアナの部下。
タンク寄りの近接トータルファイター。ブレイクを保有。
皆さんと戦いたくはないのですが、決死の攻撃を仕掛けてきます。
『フォリナ―』エトリラ
遠距離遊撃火力タイプ。
皆さんと戦いたくはないのですが、決死の攻撃を仕掛けてきます。
『終焉獣(ラグナヴァイス)』×たくさん
門から入ると、庭にザっと60匹ほど見えます。時間経過で徐々に増えていきます。
塔にも居るはずです。
接近系能力を中心に、ダメージ系BSを保有。
●味方
『ロード†オブ†ダークネス』フレア・ブレイズ・アビスハート(p3y000159)
希望ヶ浜からのログイン組で、皆さんの仲間です。一応イレギュラーズ。
物理と神秘のバランス型近接アタッカーで、遠距離単体神秘攻撃と、回復もあります。
『団長代理』ルカ・ガンビーノ
傭兵団クラブ・ガンビーノの団長代理です。
傍若無人で情け容赦ない戦いぶりで、頭角を現しつつあります。
巨大な黒い大剣を持ち、物理の単体、範囲、遠距離攻撃を使用します。
保有BSは出血、流血、致命、必殺。
一撃の破壊力はとてつもありません。
『ガンビーノ隊』×10名ほど
精強な砂嵐の傭兵達。ルカと共に行動します。
(副団長は別の戦場にいます)
指示しなくても勝手に行動しますが、足止めなどを任せるとか、ルカと一緒に使うかなど指定することも出来ます。
『ミリアム・アルマファル』
中央アジア風の赤い装束を着て、大きな曲刀を持った女性剣士です。
仲間思いの生真面目な性格ですが、仕事と生死感にはシビアです。
彼女もまた、砂嵐という悪漢集団の中で強かに生き抜く傭兵なのでしょう。
スペックは典型的なスピードファイターであり、中々の腕前です。
『アルマファル隊』×10名ほど
精強な砂嵐の傭兵達。ミリアムと共に行動します。
指示しなくても勝手に行動しますが、足止めなどを任せるとか、ミリアムと一緒に使うかなど指定することも出来ます。
●サクラメント
現地近くにサクラメントがあり、いくらかのタイムラグで戦線復帰出来ます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
戦場の情報精度は悪くありませんが、クエスト書き換えた結果、未知が多いからです。
●重要な備考
<ダブルフォルト・エンバーミング>ではログアウト不可能なPCは『デスカウント数』に応じて戦闘力の強化補正を受けます。
但し『ログアウト不能』なPCは、R.O.O4.0『ダブルフォルト・エンバーミング』が敗北に終わった場合、重篤な結果を受ける可能性があります。
又、シナリオの結果、或いは中途においてもデスカウントの急激な上昇等何らかの理由により『ログアウト不能』に陥る場合がございます。
又、<ダブルフォルト・エンバーミング>でMVPを獲得したキャラクターに特殊な判定が生じます。
MVPを獲得したキャラクターはR.O.O3.0においてログアウト不可能になったキャラクター一名を指定して開放する事が可能です。
指定は個別にメールを送付しますが、決定は相談の上でも独断でも構いません。(尚、自分でも構いません)
予めご理解の上、ご参加下さいますようお願いいたします。
※重要な備考『デスカウント』
R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
R.O.O_4.0においてデスカウントの数は、なんらかの影響の対象になる可能性があります。
Tweet