PandoraPartyProject

シナリオ詳細

傷痕――キヅアト――

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 沈んでいく。
 沈んでいく。
 飲まれるように。
 流されるように。
 記憶の底へ。
 思いの底へ。
 底へ。
 其処へ。
 流れ落ちていく。

 十夜 縁 (p3p000099)が目を覚ました時、自分が海の底にいるのだと自覚した。水中独特の感覚が、重い体をわずかに浮かび上がらせる。
 呼吸は、出来た。まるで空気があるかのように。
 目を見開くことも、出来た。まるで水などないかのように。
 つまるところ、ここは陸上と大差ない空間であるといえる。
 だが、水の底である。それは間違いなかった。
「おう、お目覚めか」
 と。
 縁に声がかかった。聞き覚えのある声だった。
「――アズマ……」
 喘ぐように、呟く。
 いるはずのない男だった。
「そう驚くなよ。俺がここにいることは、別段不思議でもない。此処は海洋だからな。俺にとっちゃ、シマの一つに過ぎない」
「ここがどこだか知っているのか?」
 縁が尋ねるのへ、アズマは笑った。
「おいおい、知っててここに来たんじゃねぇのかい。ようく思い出せよ」
 わずかに痛む頭に手をやる。思い出す。思い出す。何故、自分がここにいるのかを。

 目の前にあったのは、鳥居である。干潮時にのみ姿を見せる、特殊な遺物だった。
 海洋の東の方にある、オウマの街。その街にて、干潮時に人が消える、と言う事件が起きたのだという。
 行方不明者は数多く、その原因は不明。街はローレットのイレギュラーズへ依頼を出し、その調査を行っていたのが、縁や蜻蛉 (p3p002599)といったイレギュラーズ達だ。
「さて、手さぐりになってまうけど」
 蜻蛉ははんなりと笑った。
「まずは……最後の目撃証言があった海岸に行ってみよか?」
 ほかに手がかりはない。一行は、蜻蛉の言葉通りに、海岸へと向かう。
 シーズンオフの海岸には、今は海水浴客はいない。波乗りの客などは数名など居るが、それでもどこか静けさや寂しさを覚える。そんな海岸にて情報収集をしていたイレギュラーズ達は、海岸の奥に洞窟があって、そこには干潮の時だけ、お宝が現れるのだ、と言う噂を聞いた。
「宝さがしに来たんじゃないんだけどな」
 縁がぼやくが、
「他に手がかりもないしねぇ? 言ってみぃひん?」
 そういう蜻蛉の言葉に、その通りであると頷いた。かくして一行が向かった洞窟。その最奥にあったのが、件の鳥居であった。
「妙だな? この辺りの宗教様式とは異なる。旅人の設置したものか?」
 警戒しながらも、鳥居をくぐる――刹那。足元が突然、つぷり、と沈み込む。岩石でできていたはずの足場は瞬く間に水のそれとなり、もがく間もなく、イレギュラーズ達を飲み込んだ! 蜻蛉が手を伸ばす。縁は手を伸ばし――届かない。そのまま、ふかく、ふかく、沈んでいく――。

「思いだしたか」
 アズマが笑う。
「ここは……あの鳥居の中だ。だが――」
「そうだ。厳密には、ここは……そうだな、心の中、と言うような世界だ。だが、独立しているわけじゃない。手を伸ばせば、お前の連れにも会えるだろう」
 アズマの言葉に、縁は手を伸ばした。その手の先に、蜻蛉の気配を感じる。石を通じさせようと願えば、おそらく、通じ合えることは可能だろう。
「……何故、お前がここにいるんだ」
「俺が海洋にいるのはおかしくない、と言ったな? そして俺が、外からお前たちを覗いているからだよ」
 くっくっ、とアズマが笑う。縁は警戒した。本当に、アズマはアズマなのか? 或いは、ここが心の世界だというのなら……。
「お前の考え通りかもしれないよ? 縁。俺は幻で……本当はこの場に居ないのかもしれない。
 だが、今はそんなことはどうでもいいんだ。俺の事なんてのは、そうだな、芝居の観客だと思ってくれよ。
 そう、芝居、だ。縁。これからお前が演じるのは、どんな演目かねぇ?」
 ぱん、とアズマが手を叩く。途端、辺りの水がぴちょん、と波紋を広げた。奇妙な事だが、ここは水の中にあって、しかし足元には水面が広がっていた。水鏡のように、自身を、世界を映し出す、海。その水鏡の中から――何かがこちらを覗いている。

『これは汝らの悔恨なり』
 声が響いた。荘厳で、神聖な声だった。誰もいない水底で、蜻蛉は静かに身構えた。
「悔恨……?」
『汝が罪。汝が罰。汝が苦しみ。この水鏡は、それを映し出すものなり』
 蜻蛉は、静かに考える。言葉通りに受け止めれば、ここは自分の、罪や後悔と言った、そう言ったものを映し出す鏡だ、と言う事らしい。
「そんなことが……」
 そこまで言って、あり得るな、と理解した。そもそも……この状況が異常なのだ。何が起こってもおかしくはない。
 刹那、ざぷり、と何かが、水鏡から浮かび上がってきた。それはやがて、水を滴らせながらゆっくりと立ち上がる。同時に、世界が鮮やかに変貌した。水の中ではない。かつて蜻蛉が視た、あの景色。そして立ち上がる、その影は。
「……そう、あんたがうちの、後悔なんやね」
 目を細めて、そう呟く。

 イレギュラーズ達は、それぞれ己の罪と後悔の世界の中にいた。目の前には、それぞれの犯した罪が、残した後悔が、姿を伴って現れている!
『過去を乗り越えよ。それだけがこの世界から脱出する術なり』
 声が言う。どうやら、この現象こそが、行方不明事件の元凶のようだ!
 とにかく、今はこの場を脱出しなければならない! 己の公開と罪と向き合い、それを打倒し、現世へと帰還するのだ!

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 此方は、イレギュラーズ達への依頼(リクエスト)から始まった事件となります。

●成功条件
 現世への帰還

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●状況
 海洋にある街、オウマの街。その街では、行方不明事件が頻発していました。
 その事件の調査を依頼されたイレギュラーズ達は、海岸にある洞窟に、干潮時にのみ現れる鳥居があり、そこが怪しい、と言う情報を得ます。
 向かったイレギュラーズ達は、確かに鳥居を発見します。その鳥居をくぐった瞬間、イレギュラーズ達は水底へと囚われ、『己の罪や後悔と向かい、乗り越えなければならない』世界へと連れ込まれてしまいます。
 おそらく、これまでの行方不明者たちも、この地へ引き釣り込まれたのでしょう。鳥居を破壊することが出来れば、この世界は消滅し、行方不明者たちも戻ってこられるはずです……が、その前に、皆さんは己の罪や後悔と向き合い、これを打倒し、この世界から脱出しなければなりません。
 戦闘フィールド、時間、エネミー、全て、あなたの罪と後悔によって異なります。
 プレイングに、あなたが向き合うべき罪・後悔を記入してください。
 あなたはそれと戦い、乗り越えなければなりません。
 あなたの罪と後悔が重ければ重いほど、それを乗り越えるのは容易ではないでしょう。
 ですが、もしお互いが望むならば、力を合わせて、誰かの後悔に立ち向かうことができます。
 一人で立ち向かっても構いません。誰かの力を借りても構いません。
 罪を、後悔を乗り越え、現世に帰還してください。

(心情強めの戦闘シナリオになります。立ち向かうべき罪や後悔を、プレイングに記入してください。それを主軸にリプレイは執筆されます。
 一人で立ち向かう事も可能ですが、協力してお互いの罪や後悔に立ち向かうことができます。プレイングにて、誰と協力するかなどを記載してください)


●登場NPC
 『禍黒の将』アズマ
   十夜 縁 (p3p000099)さんの関係者……ですが、本当に本人なのでしょうか? わかりません。
  もし彼が本人であったら、観客である彼に自身の罪や後悔を覗かれてしまうかもしれません……。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングをお待ちしております。

  • 傷痕――キヅアト――完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年12月06日 22時20分
  • 参加人数6/6人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
※参加確定済み※
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
※参加確定済み※
すずな(p3p005307)
信ず刄
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
キルシェ=キルシュ(p3p009805)
光の聖女

リプレイ


 落ちていく――落ちていく。水の中へ。鏡の中へ。
 無意識を通って夢の中へ。
 心を通って記憶の中へ。
 落ちていく。沈んでいく。
 そこで逢うのは心の傷痕。
 心に沈み、澱み続ける後悔と言う名の傷痕。


 ちちちちち、とセミが鳴いた。ヒグラシだろう。夏の夕暮れ。見覚えがある様なないような場所。そこは道場のような場所で、どこまで広く、どこまでも終わりのない、板張りの床が広がっている。
 『一人前』すずな(p3p005307)は立っている。ただ立っている。わけもわからず。いや、嘘だ。分かっていた。先ほど言われたばかりだった。
『この地は後悔を見せる』
 と。
 そんなものはない、と言い切れればどれだけよかったか。
 それほどに強く在れれば、どれだけ幸せであったか。
「思えば、お前にはそのような兆候が付きまとっていた」
 と、目の前の男が言う。
「爺様」
 すずなは空気を求めるように声をあげた。
「どうして――どうして、姉様の出奔の理由を押してくれなかったのですか……!?」
 男の姿が影にブレる。振るわれる刃を、すずなはどうにかこうにか、萎える腕て受け止めた。次の声は背後から聞こえた。
「知ってたらあたしを斬ったのか? それとも爺様を斬ったのか? アンタにそれが選べたのか?」
 伊東時雨の姿だった。あざ笑うようなそれは、すずなの弱さを攻め立てていた。
 嗚呼。
 やめて。
 私はなんとか、取り繕ってやってきた。
 なのに。
「あなたには選べないわ」
 耳元から聞こえたのは、大切なあの人の声。姿を取る。あの人の姿。
「あなたは、弱いから」
 どうして、あなた達に出会ってしまったのか。再会してしまったのか。
 剥がれていく。急ごしらえのメッキが。増えていく。斬れない人たちが。
「ここで眠るのがいいだろう」
 爺様が、軽蔑するように言った。
「割り切るべきものを割り切れず、ただ萎えた腕で鈍らを振るうなら、ここで眠るも大差はない。
 永久の水鏡の中で眠れ」
 ずん、と身体が重くなった。それは、自らに課した鎖の重さ。
 後悔と慚愧の念の重さ。
 想えば想うほど、悔めば悔やむほど。身体が、瞼は重くなる。
 このまま眠ってしまいたくなる。
 眠ってしまえば楽になるのだろう。
 このままここで、ぬるい水に包まれて。消えてしまえば。
 でも。
 ああ、でも。
 目の端に涙が浮かぶのを自覚した。
 浮世を渡るは辛い事ばかりだ。後悔と敗北にまみれて、虚勢もはれなくて、でも、それでも。
「……知っています。爺様。あなたは、私の後悔が産んだ残像。偽りですらない、私を映す合わせ鏡。
 ……でも、それでも、あなたが爺様の姿をしているのなら、しているのだから」
 ご報告があります。
 聞いて下さい。
「ねえ爺様、私、好きな人ができました――」
 どれだけ辛くても、苦しくても、歩みを止める事だけはできない。振り下ろした刃は、後悔を振り払うべく、その刃を煌かせた。


「まぁ、なんじゃ。妾がそなたの後悔とはの」
「ええ、まさか、まさかな、と思っていました。俺も」
 海洋王国の庭園。潮の香りと、さわやかなお茶の香りの漂うそこに設えられたテーブルとイス。お茶会の会場で、『若木』秋宮・史之(p3p002233)は椅子に浅く腰掛けていた。
 目の前におわすは、イザベラ・パニ・アイス女王陛下。言うまでもない。ネオフロンティア海洋王国の女王にして、史之が心から恋した相手であった。
「許す。まぁ、妾は本人ではない。そなたの後悔が産んだ幻像にすぎぬ。なんぞ妾に言いたい事でもあったのかえ?」
 イザベラがゆっくりと、ティーカップに手を伸ばす。口中が渇くのを感じた。
「そなたも飲むが良い。ああ、妾が『敵』であるからと言って、毒で攻撃しようなどとは思わぬ。此処はそういう場ではない」
 イザベラは笑った。
「考えるが良い。そなたが何をすべきかを。時間はたっぷりある」
 ふぅ、と史之は息を吐いた。
 考える。後悔。そう言ったもの。それを映すこの場に現れたのは、イザベラ女王陛下。
「そう……ですね。
 俺が、貴女を、心の支えにしているのは事実です。それは変わりません。
 だけども俺は大切にするべき人を見つけてしまったのですから
 死んでもいいとまで思える相手を見つけてしまったのですから」
 史之は紅茶を口に含んだ。幻とは思えぬ香りが、鼻孔をくすぐった。
「なりふり構わなかったあの頃の激情はなりを潜めたとて、変わらぬ崇敬の念を、俺は抱き続けています。
 けど、今にして思えば、俺の想いは偶像を崇拝する異教徒のそれと同じ。
 畢竟――遠くから眺めているだけで満足してしまうような。それは『愛』とは違う『愛』である、と。
 俺が『愛』しているのは、傍にいてあげたいのは、あの子の方なんだ」
「それが分かっただけで、小僧が大人になったというものじゃ」
 イザベラが笑った。
「ありがとうございます。でもこれも、俺が言われたいだけの言葉なんでしょうね。
 お前は、イザベラ女王陛下じゃない。鏡写しの幻。
 これは、なんというか。八つ当たりみたいなものなんでしょうが」
 史之はにっこりと笑った後――鋭くそれを睨みつけた。
「――ふざけるなよ? 覚悟しろよ? あの方の姿を真似るなんて冒涜、許されない。
 これが鏡だってなら、粉々になるまで粉砕してやる。
 偽物ごときがニコニコ面で、平気で立ってるんじゃない!」
 史之がテーブルを蹴り上げると、一息で刃を抜き放った。刃が、虚像を真っ二つに叩き割る。
 ばりん、と音を立てて、後悔の鏡が、割れた。


 柔らかな月明かりが、ちらちらと降り注ぐ桜を照らす。
 あの夜の光景。心に積もる痛み。
 つないだ約束。切れた『縁』。
「そこにおるんは、咲夜さん……でしょ」
 『暁月夜』蜻蛉(p3p002599)はたまらず声をあげる。桜の木の影から現れた人影。懐かしい笑顔。あの、柔らかな、少しだけ悲し気な笑顔。今なら分かるのだ、どうして彼が、そんな悲しそうな顔をしていたのか。
 嗚呼、嗚。それが幻だとわかっている。なぜなら、愛するあなたは、死んだのですから。
 私を胸に、その顔を血にぬらして、あの時と同じ悲し気な笑顔で、死んだのですから。
 それでも、嗚、それでも。その腕に抱きしめられれば、胸がきゅう、と締め付けられる。世転びに目頭が熱くなる。
 泣いてしまいたい。抱きしめられてしまいたい。
 あの夜の続きを。此処でずっと、夜桜を。
 幸せな夢を見ながら、眠れれば。それはどれだけ。
「違うん、よ」
 蜻蛉は言った。
「そうやないの、やって、あの時うちを庇って死んだんよ!」
 私抱いた、血まみれの腕。優しく冷たく、散っていく命。
 知っているからこそ、愛しているからこそ。
 それを忘れてはいけないのですから。
「そうやね」
 咲夜は笑った。かなし気に。
「厭やなぁ。ほんに、損な役回りや」
 その腰に佩いた刃を抜き放つ。踏み込んだ刃が、蜻蛉を狙う。咄嗟に取り出した扇が、その刃を反らした。が、そこまでだ。
 わかっている。目の前のそれは、後悔の具現。斬らなければ、夢から覚めることはない。
 でも。それでも――あなたを、きることが、うちに――?
 次第に腕の力は萎えていく。刃は少しずつ、蜻蛉を捉える。
 ああ、ここで、眠るのか。
 そう思った時に――。
「――蜻蛉!」
 声が、きこえた。


「……悪いな、リーデル」
 水の世界。その水面にうつる、美しい幻想種の女。
 『幻蒼海龍』十夜 縁(p3p000099)は、彼女に向けてそう言った。
 女の、表情が哀しく歪んだ。すがるように手を伸ばす。
 その手を取れれば。幸せなのか。
 この選択は、間違っていないのか。
 思いは巡る。思考は巡る。
 後悔しなかった事などはない。
 後悔が起きなかった生き方などは出来ない。
 たとえそうだとしても。
「悪いな」
 もう一度、そう言った。瞳を閉じる。浮かぶは思い出。刻むは記憶。
 あの、絶望の青の底で。“二度”お前を殺したことを。お前の声に応えてやらなかったことを。
 ――世界が私を愛さないなら、私も世界を愛さない。貴方だって――貴方だけ、だったのに。
 そう言った、あの声を。でも。
『生きて、生きて。傍に、居たいんよ……!』
 そう言ってくれたあの人の事を。
「きこえたんだ……また。声が。悪いな」
 後悔に背を向けて。声の方へと走る。
 悔やまなかったことなどない。
 でも、後悔したことを後悔したくない。
 だから。
「――蜻蛉!」
 そう叫んで、手を伸ばした。


 桜の下に、三人はいる。いつしかリーデルは消えていた。
 振り下ろされた咲夜の刃を、縁は刀で受け流した。大切な人の手を掴んだまま、距離を取る。大切なものを、隠すように。
「やれやれ……安心したぜ、お前さんの“後悔”が俺の姿をしていなくてよ」
 縁がそう言ってみせるのへ、蜻蛉は泣きそうなくらいに目を丸くした。
「……十夜、さん?」
 そう呟いてから、少しだけ頭を振って。いつもの顔を作ってみせると、でも、口元にどうしてか、笑みが浮かんでしまった。
「こないな姿、見られとうなかったのに」
 蜻蛉は、むぅ、と縁のほっぺたをつねる。その様子に、縁は安どの気持ちを隠しつつ、揶揄うように笑ってみせた。
「……今更だろ、お互い」
「彼が、そうなんやね」
 咲夜が、いつものあの笑顔で、そう言ってくれた。
「うん」
 蜻蛉が、頷いた。
「幸せなんやね」
 きっと彼なら、そう言ってくれるのだろうな、と、そう言ってほしいのだ、と言う言葉だった。
「うん」
 蜻蛉が、頷いた。
「……生憎と、この『縁』だけは手放さねぇって決めたんでな。諦めてくれや、旦那」
 縁の言葉に、咲夜は苦笑した。
「ほんに、厭な役回りや」
 咲夜が駆ける。夜桜が散る。足元の波紋が広がる。縁はつないだ手を離さぬまま、その『縁』はつながったままに、その手の刃を構えた。
「……やれるな?」
「ええ」
 蜻蛉が頷く。咲夜の刃が、上段から振り下ろされる! 縁はそれを、刀で受け止めた。
「幻にこんな事を言うのはお門違いってやつなんだろうが……お前さん、命をかけて嬢ちゃんを守ったんだろ?
 ……だったら、そんな物騒なモンは向けなさんな」
 同時、僅かに力を抜く。くん、と力をそらされた咲夜が、僅かにつんのめる――その隙をついて、縁は、咲夜の刀へと刃を叩きつけた。その刃が半ばからへし折れる。
 縁の言葉に、咲夜は応えない。ただ、それでいいのだ、と言うふうに笑ってみせた。
「うちが咲夜さんに出逢うた事、生かされた意味。絶対、無駄に……せぇへんから」
 蜻蛉が、そう言った。
 その眼は流れぬまでも涙に潤み。
 でも、何か決意めいたものが輝き。
 ――この世界に呼ばれた意味が、ようやっと分かった気ぃするの。
 その想いは胸中に。つながった手。紡ぐ『縁』。
「――おやすみ、なさい」
 その言葉は、想いは、力となって、後悔を振り払った――。


 糸がある。
 糸がつながる。
 撚り合わされた糸。
 繋がっている。
 すべては繋がっている。
 引っ張れば必然。
 此方に堕ちる。
 だが、それを、振り払ってしまったのならば――。
 砂漠の廃屋。異常ともいえる雨期の其処で。ばたばたと木製の屋根を討つ雨の音が喧しい。
「アー、マ……デル……」
「師、兄…………」
 いつか聞いた言葉を。いつか言った言葉を。『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は観劇するかのように聞いていた。
「師兄。あなたが俺をどう思っていたのかは……今は考えない」
 アーマデルは、目の前で繰り返される光景を見ながら、呟いた。
 運命は、縁は、糸でつながっている。箱庭のあの世界で、ヒトの身が『運命の糸』を紡ぐ。
 糸は繋がり、人は引き合い、そして道連れにする。
「師兄。俺は、あなたを……本当に、家族のように思っていた……」
 その家族を……俺は見捨てたのか?
 無意識に振り払った糸。絶った縁。
 ――振り払わなければ、道連れになる。つまりこれは、ヒトの持つ生存本能のなせる業だ。
 と、知識面での師である医療技官はそう言った。
 だから俺は悪くないのだ、と――そういうべきなのだろうか。
 答えは出ない。
 ここで、目の前の光景を破壊したとて――まだ、答えを、結論を出すことはできない。
 後悔とは、もしもを考え続ける事だ。
 もしも――そう、もしも。
 あの時、自分が運命の糸を断ち切らなかったならば――あの時、振り払わず、縁の糸を引き寄せれば?
 ……師兄は生きていたかもしれないのでは、と――。
 振り払うな。手にしろ、と。
 ここから目の前のアーマデルに伝えることはできる。
 知っている。そうしたら、師兄は目覚めて。
 アーマデルは、水鏡のぬるま湯で眠る。
「……知っている。時は戻らず、真実は覆らず、思い出は塗りつぶされない。
 これは現実だから。運命の糸を紡ぎ、それを代償として支払って何度もやり直す禁書迷宮ではないのだから」
 アーマデルは立ち上がった。目の前の二人に向けて、手を掲げる。
「さようなら、師兄」
 目覚めよう。現実へ。
 アーマデルはゆっくりと息を吸い込むと、目の前の鏡(こうかい)を破壊した――。


 ルシェの罪と後悔は、ツィトを守れなかったこと。
 わたしの前には子供部屋と、2歳のツィト。
 大きな青い目で、真っすぐ見てくる。
 ――『リチェと一緒』キルシェ=キルシュ(p3p009805)は心の中でそう呟く。果たして現れる、思い出の子供部屋。空っぽのベビーベッド。子供の泣き声。開け離れた窓――ばたばたと羽ばたくカーテン。真っ暗な夜空=とても怖いもの。
 鳴りやまない泣き声。目の前の赤子=ツィト。キルシェをじっと見つめる瞳=青い瞳。
「どうしてたすけてくれなかったの」
 赤子が言った。言葉を話せるような年齢ではなかったけれど、キルシェにはそれがツィトの声だとわかった。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
 キルシェは頭を抱えた。体の弱いキルシェにできた、はじめての弟=守るべきもの。お姉さんになった証。生まれた初めての責務。責任。
『わたしはお姉さんだから、ツィトのことはわたしが守るの!』
 誓い。幼い少女の、大人への階段。その第一歩目。誰もが昇るそれが、ある日突然、音もなく崩壊した瞬間。
 ――わたしがツィトのほっぺにキスをして、また明日遊ぼうね、って笑いかけて。その次の日の朝、ツィトはいなくなっていた。
 空っぽのベビーベッド。聞こえない子供の泣き声。開け放たれた窓。バタバタと羽ばたくカーテン。真っ青な朝の空=不安の到来。
 ――ルシェが、ルシェがずっと一緒にいればよかったのに! そうすれば、ツィトはいなくならなかったの! 『わたし』は、お姉ちゃんだったのに!
 必死の捜索にもかかわらず、ツィトは見つからなかった。何日も何日も探して、探して。でも、見つからなかった。ツィトは消えた。
「でも、でも、ツィトは帰ってきてくれたよね」
 キルシェがすがるようにそう言う。迷宮森林で倒れていたツィト。本来の姿より大きくなって、わたしのことも「ねーね」じゃなくて「お姉ちゃん」って呼んでくれて。そう言って笑いかけてくれる。優しい瞳=青紫色の瞳。
「だから、今度はちゃんと、わたしがツィトを守る……! わたしは、お姉ちゃんなんだから!」
 見つめる。瞳=青。思い出す。瞳=青紫。
 二つの瞳。青。二つの瞳。青紫。
 ツィトの瞳。青。ツィトの瞳。青紫。
 あれ? あれ? あれ? あれ?
 そのこはだあれ? その子はツィト? そのこはだあれ? ほんとうにツィト?
 バリン、と割れる。鏡の世界。後悔の世界が割れる。空っぽのベビーベッド。子供の泣き声。聞こえる。聞こえない。また遊ぼうね。また明日。空っぽのベビーベッド。朝=不安。毎日来る夜と朝。怖いもの。不安なもの。ツィトはもういなくならない? ツィトは帰ってきてくれたよね? 青の瞳。青紫の瞳。
 抱きしめる。青い瞳の赤子=ツィト。
「ごめんね、ごめんね……お姉ちゃんが、ちゃんと守るからね……」
 頬にキスをする。大切な、守るべきものに。
 さらさらと崩れていく。鏡の世界が崩壊していく――。


 イレギュラーズ達が目覚めたとき、そこは鳥居の洞窟だった。
「夢……? それにしてもあれは……」
 痛む頭に手をやりながら、すずなが言う。
「いや、おそらく、行方不明になった人たちも、あの空間に囚われたんだ……」
 史之がそう言った刹那、鳥居がぐらりと倒れた。あっという間にさらさらと砂のようになって、消滅してしまう。途端、洞窟のあちこちに、倒れている人を見つけることができた。まるで、鳥居の崩壊に合わせて現れたかのように。
「……どうやら、行方不明になった人たちのようだ」
 アーマデルが言う。
「じゃあ、依頼は成功、やね?」
 蜻蛉が言う。だが、蜻蛉は同時に、アズマの姿を探していた。
「……アズマさんは、おらんみたいやね……?」
「……ああ。幻だったのか……それとも、もう満足して帰ったのか……」
 内心の不安を悟られぬように、縁は言った。もし、あれが本物のアズマだったとしたら、少々面倒なことになりかねない。
 だが、ひとまず、仕事は成功したのだ。すぐに人を呼んで、行方不明者たちを運び出そう。
「……ツィトの目。青の目」
 キルシェが呟いた。
「あの子の目は、青紫……?」
 キルシェの胸に違和を残しつつ、物語は幕を閉じる――。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 皆さんの心に様々な思いはありましょうが、行方不明の人達は無事見つけ出されました。
 それは、皆さんが戦い、打ち克ったが故に得られた成果なのです。

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