シナリオ詳細
<ダブルフォルト・エンバーミング>明日が来ますように
オープニング
●
「お兄ちゃん、そろそろ時間だよ」
「はーい」
玄関から声をかければ、兄の自室から声が返ってくる。バタバタと物音が聞こえ、メルナは自室から出てきた兄へおはようを言う。
「お待たせ、メルナ。行こうか」
「うん!」
外には怖いものもあるけれど、お兄ちゃんと一緒なら大丈夫。2人は手を繋いで歩いて行って、自警団の詰め所に顔を出した。
「おう、クランにメルナちゃんか。これから見回りだったかな」
「はい。メルナと2人で」
通りがかった団長の言葉にクランが頷き、メルナがぺこりと会釈する。一番最初はクランの背に引っ付いて離れなかったことを思えば、目覚ましい進歩であった。
幸いにして――実のところは偶然でも何でもないのだが――外の見回りは兄妹2人揃って当たることが多く、一緒に回るメンバーもメルナが委縮しないような者ばかり。巡回の途中でお菓子をもらったりする光景も特段珍しい事ではなかった。
けれどここ数日は皆気が張っていることをクランは知っている。伝承より西に位置する砂嵐にて、凶悪なモンスターが暴れまわっているという。そしてそれは伝承側にまで浸食しようとしているそうなのだ。
クランたちの住むこの街は国境付近というわけではないが、そこまで遠い場所でもない。故に、いつか来るのではないかと気を揉んでいるのだった。
「……メルナ、本当に来るのか?」
「行く。昨日だってそう言ったよ」
心配でそう思わず零してしまえば、妹から返ってくるのはむぅと拗ねた表情で。そんな顔をされてしまったらこれ以上言葉を重ねられるわけもない。
そう言った事情も、良く巡回を共にするメンバーにはわかってしまうのだろう。皆メルナがついてくることには何も言わずに、より一層警戒しているのが見て取れた。
けれどもまあ、何かなんてそうそう起こらないものなのだ。
いつも通りに街の外を巡回し、異常がないことを確認して。今日も無事に巡回を終えたから剣の稽古でもしようか、メルナちゃんカフェがあるんだよ――そんな、日常に戻りかけていた、その時だった。
「……あれ、なんだろう」
ふと視線を巡らせたメルナが、つと指で差したのだ。街から繋がる街道の先に見えた、紫色っぽい何かを。
「なんだあれ」
「動いてる……?」
「他にもいませんか?」
「他って……あー。緑っぽいの?」
メルナが示したそれは見間違いでも何でもなければ、街へ向かってきているようだ。メンバーの1人が「避難してもらおう」とこぼす。
「嫌な感じがする」
「わかった、それなら二手に別れよう」
メンバーのうち半分は住民へ避難を呼びかけ、詰め所へ事態を知らせる。もう半分はここで待機し、正体不明のアレを迎撃する。メルナも、と言いかけたクランは服の裾をしっかりと掴まれ、じとりと妹を見下ろした。
「……メルナ」
「クラン、こっちは3人でいいよ」
「そうそう、詰め所から応援呼んで避難誘導するし!」
傍にいないのも不安になるものだから、というのはどちらに向かってかけられた言葉か。しかし、このパーティではメルナがいなければ回復手がいなくなってしまうのも実情であった。
などというやり取りをしている間にも、正体不明のそれらは街へ近づきつつあった。ここまでくれば正体もわかる、が。
「数が多い……!」
「見て、木を消化してる」
示された方を見ると、迫る敵――スライムが自分よりも大きな木を溶かし、倒しているのが見えた。倒木に数体のスライムがまた張り付き、完全に溶かしにかかる。あんなものが人に襲い掛かったら、たちまちに死んでしまうだろう。
「メルナ、絶対後ろにいてくれよ」
「わ、わかった……」
メルナを背中に庇い、クランは剣を抜いた。自信はある、けれども過信はしない。引き際を見極めなければ、自分の身だけではなく妹まで危険にさらすことになる。
仲間の矢が近づいてきたスライムへと飛んでいく。刺さったように見えた矢は、しかし柔らかそうなボディの表層を掠っただけのようだ。直撃を避けた勢いのまま、クランの方へ飛び掛かって来たスライムを剣でいなす。続いて2体目、3体目。
「――お兄ちゃん、上!」
メルナの声にはと顔を上げると、跳躍したスライムが急降下してくるところだった。避けきれない、ならば受け止めるか――そう動き出そうとしたクランは、新たな参戦者に動きを止める。
その男は素手でスライムを殴り飛ばし、次いで蹴りの一閃で複数体を跳ねのけた。ブルーブラッドの身体能力を見せた男は拳を見下ろし、瞳を眇めて手を下ろすとクランたちへ視線を向ける。
「私は正義国聖騎士、ゴッドフリート・バチェラー。先んじて助太刀に参じた。もうすぐイレギュラーズたちも来るはずだ。ここを守るのはお前達だけなのか?」
「ええ。仲間たちは中で避難誘導を」
弓を構えて辺りを警戒していた仲間が答える。ひとまず第一波は引いた、といった所か。
正義国の聖騎士。そしてイレギュラーズの援軍。彼らがどういう者たちであるかは知っていた。まだ波が押し寄せるように敵影は見えるが、頼もしい援軍が来てくれるというだけで肩の荷が多少降りるような気さえしてくる。
けれど油断はしていられない。住民の避難誘導はまだ途中のはずだ。来る第二波、第三波も持ちこたえなければ。
ゴッドフリートが知らせ――発生したクエストを受注したイレギュラーズたちは、第二波のほんの僅か前に到着することになる、が。
(お兄ちゃん)
兄が真剣な顔をしている。引き留める訳にはいかない。お荷物になる訳にはいかない。
(私も頑張らなきゃ……)
頑張らないと、いけないのだけれど。戦いを目にしたのなんて数回程度で、回復支援しかしたことがなくて、それもこんなに多くの敵に囲まれたことはなくて。
(私に……できる……?)
小さな不安が、少女の胸中に積もり始めていた。
- <ダブルフォルト・エンバーミング>明日が来ますように完了
- GM名愁
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年12月05日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
サクラメントを複数介し、該当の街へとたどり着くイレギュラーズ。この街の自警団がいち早く動いたということもあって、人々は多少の混乱がありながらも比較的順調に避難を行えているようだった。
人々と反対方向へ向かった『???のアバター』エイル・サカヅキ(p3x004400)は見覚えのある男を街の外に見かけ、大きく手を振る。
「バチェぴーみーっけ。エイルちんが来たぜー」
「む」
エイルの声に振り返るゴッドフリート。つられて振り返る自警団のメンバーの顔を見て、『翳り月』レイス(p3x002292)はひゅっと小さく息を呑む。
クエストの詳細は予め読んでいたから知っていた。けれども、実際に見ると完全には動揺を隠しきれない。
(お兄ちゃんと……私)
そこにいるメルナの姿は今よりも少し幼い。けれど兄、クランの姿は記憶にあるものより僅かばかり大人びている。だからこそだろうか、これは『有り得ない未来の姿』なのだと理解できた。
しかして、他一同の視線はそれより先にあるものへ釘付けであった。
「うっはぁ……あんなん復活ありでも全く以てオコトワリ、『死んでも死に切れない』ってヤツだな」
「気色悪い色しとるのぉ」
『時は此処に極まれり』ルォーグォーシャ=ダラヴァリヲン(p3x001789)と『神落し』入江・星(p3x008000)が顔を顰め、エイルもゴッドフリートから第二波となるワールドイーターたちを目視するとうへぇと声を出す。
「あれは食べ方汚すぎてガン萎え~」
「とはいえ、野放しにするわけにはいかんで」
「モチのロンよ。撃退と言わず撃破したろ!」
星の言葉にエイルは拳を自らの掌へぱんと打ち付ける。イレギュラーズが来たからにはここを更地になどさせるものか。
「あ、あそこのワールドイーター……木を食べてる?」
「そうみたい。本当に見境なしなんだね、まさしく世界の敵って感じ……」
レイスの示した先を見て『蒼を穿つ』アレクシア(p3x004630)はファミリアーを召喚しながら頷く。彼らの通って来た向こう側は何も無いのだろう。しかしこれ以上、世界を喰わせるわけにはいかない。
「なんとしても、ここで止めなければなりませんね」
「俺たちも戦うよ。できる事があったら言ってくれ。あ、でもメルナは……」
「だ、大丈夫。一緒にがんばるよ」
『天体観測者』ジュリエット(p3x008823)の言葉にクランが名乗りを上げる。視線をやれば自警団のメンバー、そしてゴッドフリートは同じ気持ちであるようだ。メルナに視線を合わせるとクランの影にぴゃっと隠れてしまったが、すぐに小さく顔を出して頷く。
「貴様たちには町民の避難誘導を最優先として貰いたい。街のことは良く分かっているだろう?」
第一波を耐え凌いだメンバーであれば、イレギュラーズが万が一打ち漏らしたワールドイーターがいても心強い――『空虚なる』ベルンハルト(p3x007867)がそう告げると自警団のメンバーは首肯した。
彼自身、ワールドイーターを軽視しているわけではない。その万が一は十分あり得る事で、街の中に自警団がいる事は分かっていても『事情を知っている自警団』がいればやはり対処はしやすくなるのだ。
「助けられるなら助けるのは一般的良識ってヤツ? だよね。全力でここは抑えとくよ。さあいったいった」
『熊大将』リゼ(p3x008130)の言葉に次々と身を翻す面々――だが、唐突にエイルはあれっと声を上げた。
「てゆかバチェぴーなんでこっちいるん? 家族旅行的な?」
その割には家族の姿が見えないが、避難しているのだろうか。しかし彼はその問いかけに首を横へ振る。
「互いの為すべきことを為すと誓い、私のみこちらへ。家族は正義国で避難しているだろう」
正義国は自国よりも世界を優先させている。ゴッドフリートを始めとする聖騎士の一部はその意に従って各国へ助太刀へ向かったらしい。
「……家族よりも仕事を優先させた、と思われても致し方がない。けれども私は、平和な世界で家族に過ごして欲しいのだ」
「そか、いい男だーね」
にっと笑いかけるエイルにゴッドフリートは目を瞬かせ、頬を掻く。それから気まずそうに小さく咳ばらいをして避難誘導へ向かっていった。
「メルナさん」
顔を上げるメルナにジュリエットは軽くかがむ。同じ回復手だからこそ、伝えたいことがある。
「私に出来る事は、前に立つ仲間を癒し、信じ、そして自身も頑張る事です。大丈夫、メルナさんにもきっと出来ますよ!」
「! ……は、はい。ありがとうございます」
目を丸くしたメルナはぴょこりとジュリエットへ頭を下げ、イレギュラーズたちへ『おまじない』を施したあと、待っていたクランの元へと駆けていく。その後ろ姿を見てレイスは小さく目を細めた。
違うのだと理解してなお、懐かしさが胸の内を埋め尽くす。こみ上げそうな感情は、けれど違うからこそ伝えられない。伝えられる筈もない。
その居場所は私のものではない。
その居場所は『メルナ』のもの。
(それでも)
「……守るよ。必ず」
「うんうん。てかアタシらがいればいけるって! 気ぃ張り過ぎ注意~」
「わっ」
その小さな呟きを拾い上げたエイルがレイスの肩に手を回し、レイスの顔を覗き込む。目を丸くした彼女はエイルにこくこくと頷いて、ひとつ深呼吸をした。
さて、とイレギュラーズたちは街の入り口を中心に左右へと広がる。ワールドイーターたちが大群でしかけてくるのなら、一か所だけで戦っても別の方向から入り込んでしまうだろう。より広くカバーするための陣形だ。
「中央チームは2人だが、頑張って行こうか!」
「うん! いくよ!」
ルォーグォーシャの言葉にアレクシアは自らへ身体強化を施すと、近づいてきたアルディーヤたちへ複数の矢を放つ。的確な射線だが、彼らのボディは肉厚だ。しかしルォーグォーシャの脳波を読み取った小型自動操縦機銃は、そんなことおかまいなしと言わんばかりに高威力の催眠神経弾を撃ち放つ。アレクシアの矢が届かぬ遠くまで貫くそれに、アルディーヤたちの何体かが盛大に吹っ飛ばされた。
ぼよんぼよん。鞠のように跳ねながら転がるアルディーヤたちは、しかし起き上がるような動きを見せると再び動き始める。
一方の左翼。ベルンハルトは星を見てふと首を傾げた。
「……? 星、貴様は女であったと思ったが」
「はて、なんのことやろなぁ」
肩を竦める星。勘違いかと首を傾げるベルンハルト。奇妙なほどに落ち着いていて、かつ顔の良い2人であった。
「ふむ、語らいたいところだがそういう訳にもいくまい」
ベルンハルトの視線はアルディーヤへ。左翼側もじりじりと距離を詰めつつある敵陣の先頭へ、彼は気高き狼の声を上げる。
(何も出来なかった、あの時とは違う……!)
術者の感情に呼応して、レイスの周囲に浮かぶ魔力剣が一斉にアルディーヤへと向く。月光のような軌跡を帯びたそれらが敵を一網打尽せんと突貫した。だがしかし、それによって消滅した穴を塞ぐようにあとからアルディーヤが這ってくる。
「数が多い……」
「落ち着いて、確実に始末していかんとね」
近づいてきたアルディーヤに星は肉薄し、自らを巻き込んで星の瞬きを降らせる。遍くものへ降り注ぐそれは逃れられない呪縛だ。繰り返されるそれは度重なって、アルディーヤたちへより確実な縛りをかける。
さてもう一方の右翼では、エイルがすでに一杯どころか二杯目を終えていた。決して比喩ではない。空になったジョッキをぶん回すエイルの頬は僅かに赤い。
「あ、割れちった。んじゃ次――もとりま生でガン上げしてこ!」
生ビールのデータを出すエイル。ごっきゅごっきゅと飲み干し、再び空のジョッキでまだ殴ってなかったアルディーヤへ矛先を向ける。そろそろ揚げ物とか。串焼きとかあるとなおヨシって感じ。違った今はこっちが食い物にならないといけないんだった。
「食うならナウでヤングなアタシっしょ!」
ゴスゴスとジョッキで殴りつけながら言うことではない。しかして酔っ払いの言であり、恐らくアルディーヤは言葉なんぞ理解していない。純粋に『ダメージを与えたデータがある』という認識か、ぞろぞろとエイルへアルディーヤが集まり始める。
リゼは集まった箇所へめがけて突撃する。数の利、そしてその特性を考えても持久戦にするメリットはない。ひたすら突っ込んで暴れまくるこれに限る。
彼女を始めとした誰もが攻勢で迎え撃っているが、アルディーヤは比較的それらを受けているのに反し倒れた個体は少ない。そのタフさを感じながら、ジュリエットは魔力の矢を降らせて仲間たちを援護する。
(例えゲームの世界であっても、終りなど迎えたくありません)
今できる事を精一杯に――メルナへ告げたように。
三か所に分かれて引き付け、殲滅を進めるイレギュラーズたち。アレクシアが引き付けや足止めを行う間にルォーグォーシャが1匹ずつ確実に潰し、街に近い敵を倒していく。
「あなた達にこの世界を、みんなをやらせはしないんだから!」
引き付けるアレクシアへジュリエットのヒールが飛ぶ。三か所で引き付け役は3人。今後の事を考えれば尚更、落とすことのできない人員だ。
「触れる度にこの身を焦がすか……面白い。どちらが灰燼と消ゆるか試してやろう!!」
ベルンハルトが獰猛に笑みを浮かべる。その後方で共食い固体を発見したレイスは剣を操り、上空からそれを振り下ろした。地面まで貫通したそれは空高く光を昇らせ、一同へ共食いが起きたことを知らせる。すぐさま星が肉薄し、星降りの範囲へと収めた。
エイル側でも共食い固体は発生し、巨大魚型ライドをリゼが放って引き付ける間に、エイルが高いヒールでドギツい蹴りを食らわせる。次いでジュリエットの放った魔力が降り注いだ。
幾体かの共食い固体が発生したものの、陣を広範囲に展開していたことで対処速度は早い。どうにか第二波をやり過ごしたイレギュラーズたちであったが――第三波もまた、すぐそこまで近づいていた。
●
第二波を終え、ほどなくして第三波のアルディーヤたちがやってきた。度重なる戦闘に――前半はメルナの『おまじない』も効いていたのかもしれない――イレギュラーズたちの動きは重くなり始めている。長引く戦闘にルォーグォーシャは武器を振り回し、敵を無惨な姿へと変えた。データは霧散し、また新たなアルディーヤが這ってくる。
「相変わらず数が多いね……!」
「アレクシア!」
唸るアレクシアに敵が抜けたとルォーグォーシャが告げる。アレクシアは頷くと、ファミリアー越しにゴッドフリートを見た。場所と数を――。
「……あ」
アレクシアは気づいた。届けられないのだ、と。そうしている間にも敵は近づき、対処へとその労力が割かれていく。
(このままではいけません……!)
ジュリエットは仲間のHPを見て癒しの冠を頭上に起こし続ける。降り注ぐ淡い光は顕現した順に、その下で戦う仲間たちを持ち直させた。けれどもこの大群、そして回復手は自身のみ――少々分が悪いか。幸いというべきは、未だ街のサクラメントは起動しており、ほぼ即時の戦線復帰が叶うことだろう。
「やば、毛色違うヤツきたじゃん」
既に泥酔と言っても差し支えないベロベロ具合のエイルはにへらりと笑いながらやっぱりジョッキを空にして、現れたドン・アルディに殴り掛かっていく。敵も少なくなってきた頃合いと、リゼはアルディーヤたちを次々と引き裂き始めた。
「出たか」
ベルンハルトもそちらへ参戦をと視線を巡らせるが、目の前のアルディーヤ達を先に対処しなければ。獣の咢が彼らの命を食い散らかす。だがその瞳は捉えた――ちらほらと、アルディーヤ達が抜けていく様を。
「いけない……!」
「レイスちゃん、任せたで」
レイスの背中を星の言葉が押す。その背をアルディーヤ達が追いかけぬよう、星はベルンハルトと共に並び立った。
「さあて、ベルンハルトくん。2人でも行けるやろ?」
「愚問だな」
できる。もしくはできなくともやる、なのだ。
続こうとしたエイルがアルディーヤたちにのしかかられ、霧散する。ある意味サクラメントまでのショートカットになったと言うべきか。ジュリエットは残った面々を癒し、アレクシアとベルンハルトが敵の矢面に立つ。ドン・アルディへ注力するため、周囲に残ったアルディーヤを掃討するのは主にルォーグォーシャと星だ。
街の中へ入ったレイスはアルディーヤとNPC達を探す。情報が渡ってなくとも、どこかで目撃されたなら戦っている筈だ。
「――レイスちん、こっちだよ!」
サクラメントでリスポーンしたらしきエイルの声。駆けつけて見れば、ゴッドフリートとクランがアルディーヤをいなし、エイルがサクラメントを守りながら可能な限りの攻撃をしている。不意にアルディーヤがぶるりと震え大きくその身を伸ばしてクランへ覆いかぶさった。
「――!」
だめ、と呟いた気がする。けれど膜が張ったように聞こえなくて。
(また喪うなんて、目の前に、触れられる場所に、確かに"いる"のに――そんなの、嫌ッ!!)
守る、と。
爆発するような感情に、剣が目にも留まらぬ速さで飛んでいく。銀の軌跡は伸びあがったアルディーヤを串刺しにし、何もない場所へと縫い付けた。
「バチェぴー!」
「言われるまでもない!」
エイルの言葉にゴッドフリートが剣を振り下ろし、1体のアルディーヤを消滅させる。まだ2体――されども新たな増援の姿を見てか、2体は共食いを始めた。
「うそ、そんな……っ」
後方にいたメルナが怯えた表情を浮かべる。エイルは横目に彼女を見ると、そっと背中を撫でた。
「メルメル、大丈夫」
「エイルさんの言う通りだよ。絶対に、守るから」
それは彼女からすれば不確かな言葉だろう。"絶対"を信じているならば、彼女は兄の反対を押し切ってまで自警団に入らない。どうしてと零れた言葉に、エイルは柔和に微笑んだ。
「誰かを守るための力は最強だって、『私』は知ってるのよ」
……なぁんて、ね?
一方、外ではドン・アルディを残すのみとなっていた。アレクシアが引き付け、皆が一丸となって殴り掛かる。
「街の人達の、この世界の明日は、あなた達なんかに渡しはしない!」
「ええ。この街のデータはお渡しできません!」
アレクシアの言葉に呼応するかの如く、リゼの攻撃に続いてジュリエットの言葉と魔力が降ってくる。鈍重な一撃がアレクシアを襲うが、まだ耐える。幸いにしてさほど雑魚を喰ったわけでもない。あとはあちらの耐久力が尽きるか、こちらが押し込まれるかの戦いだ。
「裁きをいざ、受けるがいい――!」
ルォーグォーシャはダラーバレットで足止めを仕掛け、続く者の足掛かりを作った。あとはひたすら殴るだけだ。
「我々を食わずしてこの世界を喰らい尽くせるとは思うなよ」
その耐久力をものともせぬベルンハルトの鋭い牙が食い込み、星は息つかせぬ連撃で相手のHPを削ってゆく。
この世界が作りものだろうと、失わせるわけにはいかない。そして立ち上がろうとする町民は、決して無力じゃない。そう簡単に喰らえるものではないのだ。
ドン・アルディは殴られ、抉られ、それでも懸命に奮闘したものの、最後は無となって消滅していったのだった。
仲間たちがサクラメントの方へ向かってくるのを見て、エイルとレイスは手を振る。どうやら外も終わったらしい。
「――メルナ!」
その言葉にレイスははっと振り向きかけて、けれどすぐそばを走り去る少女の姿に動きを止める。視線だけそろりと巡らせれば、兄の声にかけて行った少女は抱き着いていた。
今のは、私じゃない。
今のは、あの子の事。
それがどれだけ羨ましくて、妬ましいことか。彼女には理解できないことだろう。
(でも、……それでも。お兄ちゃんがちゃんと、幸せそうだから。それだけで良いなって思うのも、事実だから)
名前を呼んで抱きしめて頭を撫でて笑いかけて――叶わぬ願いは蓋をして。心の片隅にある温かなそれを掬い上げる。
「……メルナちゃん、だよね」
レイスが近づいて声をかけると、抱き着いたままだったメルナはびくっとして、それからそろそろとレイスへ向き直った。最も、その片手はクランの服を掴んで離さないけれど。
「お兄ちゃんの事……大切にしてね。きっと、とっても……無茶をする人だと思うから」
「はい。私、もっとちゃんと、支えられるようになります。お兄ちゃんを助けられるように……!」
そう告げるメルナのことを、クランは些か驚いたような視線で見下ろしていた。隠れるばかりだった妹が少しずつ変わっていく。イレギュラーズが関わることでNPCの在り方が変わっていく。これはその一端。
「皆おつおつ! さ、ちゃーんと守れたことだし、ちょっと早めの祝杯といこうじゃん? ホッシーもべるるんも皆も飲みいこ~」
合流した一同へ嬉しそうに笑ったエイルは、「あ、でも」と呟いてくるりと振り返る。その先にいたのはゴッドフリートだ。
「バチェぴーは……ほら、待ってる人の所帰んなって!」
「む、そうだな。先に失礼しよう。だが、この戦いが終わったら……私も祝杯をあげたいところだな」
小さく笑う彼に、エイルも笑い返す。
彼にも、イレギュラーズにも、兄妹にも――良い明日が、来ますように。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした。
いくらか街の外壁などが食われたものの、人命に被害はありませんでした。
MVPはNPC達と戦い、メルナを励ました貴女へ。
それでは、またのご縁をお待ちしております。
GMコメント
●成功条件
エネミーの撃破、あるいは撃退
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。嘘などはありませんが、不明点があります。
●フィールド
伝承に存在する街のすぐそば。或いは街の中。
街に入れば物陰がありますが、まだ避難できていない住民がいます。また、隠れてもエネミーが隠れたオブジェクトを食べてしまうでしょう。
最寄りのサクラメントは街の中にあり、比較的早期に戦線復帰が可能です。ただし、サクラメントが食べられると隣街までサクラメントがありません。
●エネミー
・ワールドイーター『ドン・アルディ』
ゴッドフリートもひとのみに出来そうな紫色のスライムです。
アルディーヤたちが共食いすることを止めません。共食いして強くなったアルディーヤを、ドン・アルディが食べて強くなります。また、目の前にあるデータがあればそれも食べます。食べないのは共食いしていないアルディーヤくらいです。
体が大きいが故にアルディーヤと比べると鈍重ですが、攻撃力が高いです。また、耐久力もかなりあります。データを食べても回復はしませんが、攻撃力がさらに上がっていきます。
【棘】を持つほか、体が接触するたびに一定ダメージを受けます。NPCの場合はその分データを喰われます。
・ワールドイーター『アルディーヤ』×30
人の子供くらいの大きさをした蛍光グリーンのスライムです。
競い合うように世界を構成するデータを喰らっており、中には共食いする個体もいるようです。共食いすると強さが跳ね上がりますが、見た目では判別がつきません。
上記のように、食らうデータに糸目はつけません。地面、壁、人、家畜。なんでも食べます。
意外にも俊敏な動きで、回避に弱いものの防御面は強いです。データを食べるとHP・BSを回復します。
【反】を持つほか、体が接触するたびに一定ダメージを受けます。NPCの場合はその分データを喰われます。
●友軍
・ゴッドフリート・バチェラー
『神々の猟犬グレイハウンド』の二つ名を持つブルーブラッドの聖騎士です。正義国には妻子がいますが、この戦いではお互いの為すべきことを為すのだと妻と約束し、伝承国へ助太刀に来ました。(妻との約束はPL情報になりますが、聞けばすぐ答えてくれるでしょう)
拳での肉弾戦を得意としますが、今回の敵相手には危険を感じたため魔法剣で戦います。そのため、幾らか攻撃力が落ちています。但し魔法剣を使用する効力により、彼の防御力が普段より上がっているようです。
その図体に反して俊敏であり、手数を武器に戦います。
・クラン
この街の住人。メルナの兄ですが、現実世界(メルナさんの元の世界)では故人です。
明るく、正義感の強い青年です。ただ、メルナのことは呆れつつも甘やかしてしまいがち。
魔法には適性がなかったため、念のため回復アイテムを所持しています。剣の腕は街の中でも優秀な部類です。
特に指示がなければ、イレギュラーズと共に前衛で戦います。しかしメルナに危機が迫った場合、命を賭してでも守りに行くでしょう。
・メルナ
この街の住人。メルナ(p3p002292)さんの14歳ごろの姿です。
混沌の彼女と見た目こそ同じですが、正確は内向的で兄のクランにべったり。兄を抜きにすれば大人締めで優しい少女です。
魔法の才があり、特に回復魔法に長けています。次点で身体強化魔法を習得中で、現在はちょっとしたおまじない程度の強化魔法のようです。初手で周囲にいる味方へかけてくれます。
ただし、何よりも優先してクランを回復します。また、攻撃は非常に不得手です。
戦闘には不慣れですが、兄を守るために魔法の練習は人一倍努力しています。委縮してしまっても上手く励ませれば、それなりに皆様を支えてくれるでしょう。
・自警団の住民×3
クラン、メルナと同じ街に住む人たち。皆顔見知りです。
比較的腕に覚えのある者が多く、敵単体を複数人で相手取ればそこまで危なくはないでしょう。ただ周りを気に掛けるほどの余裕はないかもしれません。
・街の住民たち
他の自警団メンバーによって避難誘導されています。クラン・メルナ兄妹の両親も避難中です。皆様は敵の掃討に注力してください。
●ご挨拶
愁と申します。ゴッドフリートにより、いち早く伝承国民を助けへ迎えるクエストが発生したようです。
兄妹の故郷を守るために、全力を尽くしましょう。あなたと一緒に、明日が来ますように。
それでは、よろしくお願い致します。
●ROOとは
練達三塔主の『Project:IDEA』の産物で練達ネットワーク上に構築された疑似世界をR.O.O(Rapid Origin Online)と呼びます。
練達の悲願を達成する為、混沌世界の『法則』を研究すべく作られた仮想環境ではありますが、原因不明のエラーにより暴走。情報の自己増殖が発生し、まるでゲームのような世界を構築しています。
R.O.O内の作りは混沌の現実に似ていますが、旅人たちの世界の風景や人物、既に亡き人物が存在する等、世界のルールを部分的に外れた事象も観測されるようです。
練達三塔主より依頼を受けたローレット・イレギュラーズはこの疑似世界で活動するためログイン装置を介してこの世界に介入。
自分専用の『アバター』を作って活動し、閉じ込められた人々の救出や『ゲームクリア』を目指します。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/RapidOriginOnline
※重要な備考『デスカウント』
R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
R.O.O_4.0においてデスカウントの数は、なんらかの影響の対象になる可能性があります。
●重要な備考
<ダブルフォルト・エンバーミング>ではログアウト不可能なPCは『デスカウント数』に応じて戦闘力の強化補正を受けます。
但し『ログアウト不能』なPCは、R.O.O4.0『ダブルフォルト・エンバーミング』が敗北に終わった場合、重篤な結果を受ける可能性があります。
又、シナリオの結果、或いは中途においてもデスカウントの急激な上昇等何らかの理由により『ログアウト不能』に陥る場合がございます。
又、<ダブルフォルト・エンバーミング>でMVPを獲得したキャラクターに特殊な判定が生じます。
MVPを獲得したキャラクターはR.O.O3.0においてログアウト不可能になったキャラクター一名を指定して開放する事が可能です。
指定は個別にメールを送付しますが、決定は相談の上でも独断でも構いません。(尚、自分でも構いません)
予めご理解の上、ご参加下さいますようお願いいたします。
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