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シナリオ詳細

観測Ω:如何して彼は狂気に身をやつすに至ったか?

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●雪原
 どす、どす、どす、と。
 男が雪原を歩く。
 手にしたものは、一振りの抜身の業物(カタナ)である。美術品のように美しく、人を斬るのに充分な鋭さを持つそれは、血にまみれていた。
 とさ、とさ、とさ、と。
 雪の上に、刀の上から血がしたたり落ちる。雪原の城の上に、とつ、とつ、とつ、と赤の点が続く。
 男の血ではない。
 斬ったものの血である。
 何を切ったのか、と言われれば、何でも斬った。
 目につくものを。とりわけ家族持つものを。中でも女子供を斬った。

 わたしが調べた限りの話だが、男は、鉄帝北部に済む剣士だった。時折田舎から都にやってきて、傭兵やラド・バウのような場所で戦い、金を稼いで田舎に持ち帰っていた。鉄帝北部のこの辺りは、雪も中々解けぬエリアである。ノーザン・キングスにもほど近く、中央からは目もむけられないような辺境である。
 とはいえ。いくら辺境とは言え、人は住む。そこで人は生活している。男と、男の家族も、まぁそうである。
 前述したとおり、男は街で金を稼いで村に持ち帰っていた。村の妻と娘は、そんな父を誇りに思い、田舎でつつましやかな生活を送っていた。
 自転車操業のような生活である。
 田舎ではロクな稼ぎの手段もなく、父が斃れればそのまま潰えるような生活であった。
 だが。ある意味それで、満足はしていた、らしい。
 退廃的とは言えたかもしれないが、もし父が死すれば、潔く母子も死のう、と、そのような暗黙の了解のようなものが醸成されていたようだ。
 奇妙な価値観であったが……そう言ったものであったから、それは仕方ない。その価値観の是非は、今回は問うまい。
 さて、二月ほど前のことである。このエリアを、異常な寒波が襲った。街と街の間のか細い街道は分厚い吹雪のカーテンで覆われ、実に一月もの間、男の村は周囲と途絶したらしい。
 男は随分と祈ったそうだ。神よ、どうか家族を守り給えと。
 ……大昔の何処かの哲学者は、神は死んだ、と嘯いたらしいが。結論から言うと、その願いは聞き入れられなかった。
 男を迎えたのは、すっかりと寒さに凍り付いて、飢えて死んだ村の住人達……そして男の妻と娘だった。
 まぁ、そうだろう。ひと月も寒さに閉じ込められれば、食料も底をつきて飢えて死ぬものも出る。もとより、そのくらいのギリギリの生活を送っていたのだ。だからこれは、仕方のない現実ではある。
 だが、その現実は、一人の男を壊してしまう位には、重いものであった。

「それで、気は晴れたのかね」
 わたしが男に聞いてみると、男は頭を振った。
「いいや……ずっと胸に、黒くて重い気持ちが残っている」
 はぁ、と男は息を吐いた。
 雪原のただ中である。人を斬った帰りに、男はわたしと再会した。
 斬ったのは、何の縁もゆかりもない村だった。男の目にたまたまついたから斬られたのだ。
 男の前で、幸せな生活を送っていたから斬られたのだ。
 嫉妬ではない。憎悪ではない。
 ただ、ただ、不公平だから、と男は斬ったのだ。
 妻は死んだ。娘は死んだ。
 でもあいつらは生きている。
 不公平じゃないか、と――。
 男は暗い目で呟いて、斬りに行ったのだ。
「お前のせいなのか、魔種よ」
 と、男はわたしに問うた。
「いやいや、冗談じゃない。わたしはカムイグラで遊んでいる勧誘員(ソリシター)の奴とは違うんだ。仲間内からは観測者(ウォッチャー)と呼ばれていて、要するに観るのが趣味でね。呼び声で人を堕とすとか、そんな面倒なことはやりたいとは思わない」
 さておき、とわたしは言う。
「思うに、魔種になるとは、人でなしになる事だと思うんだがね?
 君は全く、とっくの昔に人でなしだろう」
「そうか」
 と、男は言った。
「そうだろうか?」
「ジャック・ジャンヴァーくん」
 わたしは男の名を呼んだ。
「君は人でなしだろう。わたしが観測するに、君は自分の無力を、家族を失った欠落を、人を殺すことで埋めようとしている。
 とりわけ、妻と娘と同じような存在をね。それってつまり、酷く我儘じゃないのか?」
「だが」
 ジャックは言った。
「不公平では、ないか?」
「この国が?」
「わからん。もっと小さいものだ。あいつらは、笑ってとうきびを食っていたぞ。俺の娘と妻は飢えて死んだのにな」
 不公平では、ないか? とジャックは言う。
「だから斬ったのか? いや、論理が破綻してないかね」
 わたしは笑った。
「だから、面白くて観ているのだけれどね? 論理が破綻した奴が、その破綻した論理で余計な事をするのは観ていて楽しい。
 必死こいて作ったトランプタワーが、手元の明かりに魅せられてつっこんできた蛾に壊されたときみたいな気持ちになる。
 わたしもついこの前まで練達の方を観ていたが、あの倫敦とか言う所は傑作だった。一人の男のホームシックをちょっと煽ってやったら地獄の完成だ。
 どっかの誰かに壊されたらしいけど、それを観測できなかったのは実に残念だった」
 それはさておき、とわたしは一息ついて、
「つまり君は、もうわざわざ壊すまでもなく充分に壊れているのだ。そしてわたしは、人間のまま存分にぶっ壊れていく人間を観ているのが好きなんだよジャック君。人間の可能性って素敵じゃないかね? おおよそ魔種もドン引くようなことを平気でやるんだよ。
 ああ、すまない。好きなことを語ると止まらなくなるのが悪い癖でね。
 ええと、まぁ。そう言うわけだから、君は好きにすると良いんじゃあないかなあ。
 わたしは君の壊れた余生を存分に観測させてもらうよ。ありがとうジャック君。これは餞別なんだが」
 わたしは男に、一枚の地図を手渡してやった。
「これねぇ、この辺りの村落の地図。つまり、この間の寒害を見事生き抜いた連中のリストと言うわけだな。
 で、悔しいと思わないかい? 不公平だと思わないかい?
 この村の連中は……とりわけ女子供は。君と同じ条件を経験したのに、のうのうと生きている」
「生きている」
「そう、生きている」
「不公平だ」
「そう、不公平だ」
 じゃり、とジャックは刀を握った。
「手向けなければならい。俺の妻(カリナ)と、娘(ティリ)のためにも……」
「うん、そう。頑張ってくれたまえ」
 わたしはひらひらと手をふった。ジャックはどす、どす、どす、と雪を踏みしめながら、村の方へと消えていく。
 楽しい観測対象だったな。少しくらい手を出してしまったけど、まぁ少しくらいはね。

●狂鬼・雪原を赤く染める事
「……これで何件目だろうね」
 マリア・レイシス (p3p006685)は、あまりの事態に口元を抑えていた。テーブルの上には、いくつかの村落の存在が描かれた地図と、×の印がつけられている。
 この×の数すなわち、ある一人の男によって襲撃され、この世から消された何の罪もない村と、人々の数である。
「ジャック・ジャンヴァー……ラド・バウでも闘士として活躍していたらしいね。和風の刀を使う剣士だって」
「突如として狂気に陥ったジャックさんは、無差別に村人、特に女性と子供を殺して回っているようです……女性と子供に関しては、その、随分とむごい殺され方をしたと」
「……」
 すずな (p3p005307)の言葉に、フラーゴラ・トラモント (p3p008825)は目を伏せる。報告によれば、とりわけ女性と子供に関しては、想像するのも辛くなるような斬り方をしているらしい。まるで、何らかの憎悪を持っているかのような……。
「……とめないと、行けない……よね」
 フラーゴラの言葉に、イレギュラーズ達は頷いた。今、ローレットの出張所にいるイレギュラーズ達は、この事件の解決を依頼された者たちだ。とはいえ、情報が少なく神出鬼没のジャックを捉えるのは難しい。今は情報収集のフェイズだが、その間にも凶行は止まらない。
「せめて、相手の次の目的地が分かれば……」
 マリアがそう呟いた瞬間、それをかなえるかのように、ローレットの情報屋の女性が飛び込んできた。
「み、皆さん! ジャックが発見されました!」
「本当ですか?」
 すずなが言う。情報屋の言う事には、鉄帝北部の村、ウィンザーに向かうジャックの姿を見かけたものがいたのだという。お尋ね者であるジャックの姿を見た者が慌てて情報提供をしてきたのだという。
「ウィンザー村……今から行けば、先回りできるはずだよ!」
 マリアの言葉に、イレギュラーズ達は頷いた。
「……行こう。これ以上、被害者を出させるわけにはいかない……!」
 フラーゴラの言葉に、頷き、イレギュラーズ達は出張所を飛び出す。
 雪が少しずつ、ちらついていた。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 此方のシナリオは、イレギュラーズたちへの依頼(リクエスト)によって発生した依頼になります。

●成功条件
 ウィンザーの村の防衛と、ジャック・ジャンヴァーの撃破

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●状況
 突然の吹雪と寒害によって、故郷を、そして家族を失った男ジャック。
 哀しみの果てに、ある人物に唆された彼は、その喪失感を埋めるために、不公平を正す――幸せそうな人々、特に女子供を殺す、と言う狂気に囚われてしまいました。
 人の身でありながら、深い狂気に囚われたジャック。次の目的地は、ウィンザーの村。今なら、イレギュラーズはウィンザーの村に先回りできます。
 皆さんは、このウィンザーの街に先回りし、ジャックを待ち構え、撃破してください。
 作戦決行時刻は昼。周囲は深い雪に覆われた村で、ちらちらと雪がちらついています。

●エネミーデータ
 ジャック・ジャンヴァー ×1
  刀を手にした、鉄帝の剣士です。
  高いEXAによる複数回行動、高い命中により、その斬撃は高確率で皆さんを捉えます。
  また、『背水』や『復讐』属性を持つスキルや、『出血系列』のBSを付与するスキルも使ってきます。
  主に単体物理攻撃がメインですが、その分前述したとおり複数回の行動を行ってくるはずです。

  また、性別『女性』or年齢『15歳以下』のステータスを持つキャラを優先的に狙う傾向があります。
  ジャックは自分の家族を飢えと寒さによって失い、自分の家族が苦しんだ世への不公平感から、他の幸せな生活を送っている人、とりわけ女子供を殺すようになってしまいました。
  彼のこの事情を、皆さんは知っていても知らなくても構いません。

 以上になります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングをお待ちしております。

  • 観測Ω:如何して彼は狂気に身をやつすに至ったか?完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年11月25日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

志屍 志(p3p000416)
天下無双のくノ一
ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
咲々宮 幻介(p3p001387)
刀身不屈
すずな(p3p005307)
信ず刄
※参加確定済み※
白薊 小夜(p3p006668)
永夜
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
※参加確定済み※
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
※参加確定済み※
佐藤 美咲(p3p009818)
無職

リプレイ

●鬼、来たる
 雪がちらついている。この辺りは、年中雪がちらつくような場所だったから珍しくはなかったけれど、今日の雪は、何か寂しさと、怖さを思わせるような雪だった。
 雪がちらついている。ウィンザーの村は、鉄帝北部の寒村で、決して裕福とは言えないがつつましい暮らしをしていた。なるほど、確かに、牧歌的と言うか、絵にかいたような田舎の村だ、と、『ダメ人間に見える』佐藤 美咲(p3p009818)が内心思う。
「……と言うわけで。危険な殺人鬼がこっちに迫ってるんス」
 と、美咲が言う。少しばかり恐怖と不安を煽ってやった。とはいえ、煽り過ぎて暴走されては厄介だ。扇動の手段は心得ている。どれくらい煽ってやれば、こちらの思い通りに動くか、程度の事は。
「でも、大丈夫だよ! 私達がついているからね。私はマリア・レイシス。少しくらいは、鉄帝では名の知れたイレギュラーズ……ってうぬぼれさせてもらうよ」
 にっこりと笑う『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)。マリアもまた、人を統率する術を心得ているのだろう。そうでなくても、マリアの明るい笑顔は、人を安心させる力がある。
「必ず君たちを助ける。私達が命を賭けて皆とこの村を守る。そう約束するよ! 避難のプランについては、美咲君に従ってほしい」
「避難と言っても、今すぐ村を捨てて逃げろとかは言わないっス」
 美咲が言った。
「まずは、村の広い施設……集会場みたいな所に集まって欲しいス。できれば、2,3か所に分かれて。
 もし足りなさそうなら、少しだけ村から離れるスけど、私の隠れ家(シェルター)があるんで、そこに少しくらいなら」
「なら、集会場と、村長の家と……タレンの家がいいか。牛を飼ってるから、家畜小屋がそこそこ広い」
 村の男が言うのへ、
「そうっスね。良いと思うっス」
 最悪、牛を囮にして逃げられるから、とは口に出さなかった。今の段階で、家財を捨てて逃げろ、とは言わない方がいいだろう。
「じゃあ、早速避難を開始してほしいっス。……大丈夫っスよ。油断しろとは言わないスけど、絶望はしないでいいス」
 安心させるように、何とか笑ってみせた。愛想笑いは出来るが、マリアみたいに、誰かを安心させる笑顔、何てのは自分にできるだろうか。
 村人たちがそれぞれ避難先に向かっていくのを見ながら、美咲はひとまず胸をなでおろした。
「よし。後は、約束した言葉を嘘にしないようにしなきゃね」
 マリアの言葉に、美咲は頷く。これからが本番なのだ。

「一面の白き世界、墜ち往く先は人か鬼か――ああ、いずれにせよ人でなしに変わりはなく」
 どかっ、と雪原に丸太を倒して、遮蔽物を設置する『同一奇譚』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)。その隣では、簡易なロープ罠を張る『傷跡を分かつ』咲々宮 幻介(p3p001387)の姿もある。
「礼を言う――一人では些か時間を要した」
「なぁに、こういうのに慣れてはおらぬが、一人より二人でやった方が早いで御座ろう。それに、遮蔽物は拙者が一番使うで御座ろうからな」
 村の入り口ほど。民家もまばらなそこに、イレギュラーズ達はいる。もちろん、殺人鬼……ジャックの迎撃のためだ。
「マリア殿と美咲殿なら、うまく避難を成功させておられよう。あちらの努力を無駄にせぬためにも、こちらも相応に骨を折らねばな」
「同意しよう」
 Nyahaha、と笑うオラボナ。そんな様子を眺めつつ、『一人前』すずな(p3p005307)と『盲御前』白薊 小夜(p3p006668)は、置かれた丸太に腰掛けつつ、すずなが指さし、罠の位置を記憶している。
「有難う。ある程度は気配で分かるけれど、教えてもらえれば確実ね」
 小夜は笑いながら、戦いの前にと食事を楽しんでいる。ダイレクトに活力となる食事である。
「あの農園のお弁当は本当においしいわね。からあげ、たべる?」
「あ、ありがとうございます」
 差し出された箸に乗った唐揚げを、すずなはぱくり、とほおばった。
「美味しい……この唐揚げが、ジャックの家族にあったなら……」
 考えても詮無い事だろう。だが、考えずにはいられない。
「……そうね。でも、それでも、いつかは破綻していた生き方なのかもしれないわ……」
 自転車操業の名にふさわしいジャックの生き方は、確かに小石につまづいただけで崩壊するような生き方だ。だが、それだけしか選べなかった、と言う事実もある。誰が悪かったのだろう? 本人たちか? 社会か? 自然か? 答えはきっと、すぐには出ないだろう。
 『評判上々』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)は、自分の頬を雪が濡らすのを感じた。冷たいそれは、フラーゴラの体温ですぐに水になって、頬を滑った。涙のようだ。誰の? 自分のか? 被害者のか? ジャックの家族のか? 或いは、ジャックの涙であるのか?
 フラーゴラは、涙をぬぐうようにその水滴をふき取った。多分、このメンバーで、ジャックの注目を引くのは自分か、或いはオラボナであろう。矢面に立たされる。理不尽な怒りと憎悪の。少しだけ、手が震えた。怖くない、と言えばうそになる。
「負けられない。倒れたりできない。ワタシは、ジャックさんを否定しないといけない」
 決意を乗せて、フラーゴラは呟く。同情の気持ちはある。でも、それ以上に許せない気持の方が強い。
「……彼にとっては、既に生きる事こそが苦痛なのでしょうね」
 『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)が、その横でつと呟いた。
「でも、きっと自死は選べない……それは、亡くした妻の子供への裏切りになるから」
「だからって、あの人のやり方は、許せないよ」
 フラーゴラが言う。瑠璃は頷いた。
「ええ。ですから、私達で終わらせなければなりません」
 その言葉が風に乗って、雪を溶かしたかのような気がした。わずかな熱。決意の熱。そのとけた雪の礫に霞んで、人の影が見えた。後方から走ってくる、マリアと美咲。そして、立ち上がる仲間達。ゆっくりと歩く影。どす、どす、と雪を踏みしめる。影。
「――」
 はぁ、と影は息を吐いた。ボロボロの髪と服。昏く澱んだ、でもぎらぎらと輝く眼。こけた頬。節くれだった手。
 年齢にしては、おそらく30を少し過ぎたあたりか。しかし、そのあまりにも老成したかのような外観は、彼の深い絶望からの疲労を思わされずにはいられない。
「ジャック・ジャンヴァーに御座るか」
 幻介が、言った。
「ああ」
 うっそりと、影が、ジャックが言う。
「お主に、僅かにでも剣客としての矜持が残っているものとして、名乗ろう。
 拙者は、咲々宮 幻介。お主に尋ねたいことがある。
 何故、ひとを斬った」
「わからん」
 ジャックは言った。
「妻子の弔いのためか」
「違う」
 ジャックが言った。
「妻(カリナ)も娘(ティリ)も、そんなことは望まん。もう望めない。あれは優しい女たちだった。呪詛もはくまい。
 ただ、不公平だと思った。二人は飢えて死んだのに、同じ災厄に飲まれて、生きているお前達が」
 彼はおそらく、こちらをこの村の住民だと思っているのだろう。それならそれで、良い、と幻介は思った。少なくとも、こちらもターゲットであるならば、村の人間を襲いにはいくまい。
 は、と、幻介は短く息を吐いた。
「……お主の気持ち、拙者にはよく分かる。
 拙者もな、相棒であり最愛の女性《ひと》を亡くした……その後に下手人達を全て惨殺したが、何一つ心は晴れなかった。
 それでも、拙者が今を生きているのは……彼女が最期に『生きろ』と拙者に言い遺したからよ」
「そうか」
 ジャックは言った。何か、通づるかのような言葉だった。
「良きひとであったのだな」
「ああ。その言葉が無ければ、拙者もお主と同じように……いや、言っても詮無き事。
 お主は罪無き人々を斬りすぎた、その罪は償わねばならぬ」
「いつか、そうしよう。だがいまではない」
 ぞわり、と、イレギュラーズ委たちの皮膚が粟立ったかもしれない。昏く、重く、恐ろしい殺意。澱んだそれが、百戦錬磨のイレギュラーズ達にはよく理解できただろう。
「皆、村の人達は避難してるよ」
 マリアが、ジャックには届かぬよう、小声で言った。
「ここでジャック君を止めれば……解決だ。救ってあげよう」
 村を? 彼を? そう、おそらく両方を、だ。
「はじめよう。悲劇と喜劇の幕(リプレイ)を!」
 オラボナの言葉に、仲間達は一斉に構える! 同時、ジャックは刀を抜き放ち、滑る様に雪の上を駆けだした!

●雪に散り
 ざぁぁっ! 雪上を滑るかのように走るジャック! 速い! この場にいる誰よりも――否、対抗できたのは3人! はるかに速度を超えたのは、一人!
「ジャック! その兇刃、今日まで!」
 幻介が滑る様に雪上をかける! 正面からの衝突! 振るわれる刀が交差! 澄んだ衝突音を奏でるのは、両者の力量が常人のそれを越えているからである!
「咲々宮、お前はいずれ」
 ジャックは刃を振り払うと、幻介の横を駆け抜けた! 同時、放たれたピストルの弾丸が、三連射でジャックへと迫る! きぃん、と音をあげて、ジャックは弾丸を切り落とした。
「ちぃっ」
 舌打ち一つ、銃弾の主、美咲が再度銃を構える。
「邪魔をするな、男!」
 ジャックの言葉に、美咲――男装してたわけだが――が苦笑気味に口元をひきつらせた。
「効果はあっても複雑スね!
 いい加減分かってくださいよ! アンタのせいで無意味な命の消費が発生した!
 アンタがネジ曲がった以上、アンタの妻と娘の意味(じんせい)もゼロかマイナスになった!」
 再度の銃撃を、ジャックは再び刀で叩き落す。速い、反応、対応、全てが。が、攻撃を重ねればそれだけ相手は足を止めることになる。必然、こちらの攻撃も通りやすくなるというもの!
「世の中恨むのは良いっスけどね!
 それで実際に手を出すから、私みたいなのの仕事になるんスよ!」
 銃のリロード。その間にも、ジャックは目標へ向けて雪上をかける。
「来る……やっぱり、ワタシを狙ってきたね……!」
 フラーゴラが身構える。ジャックの憎悪の行く末は、女・子供に向いている。なれば、その両方の条件を満たすフラーゴラは、この場合真っ先に敵に狙われる存在であった。
「娘! 貴様は何故生きている!」
 眼前に迫る剣鬼! 振るわれる鋭い斬撃を、フラーゴラはシールドで受け止めた。思いのほかの重い衝撃が、フラーゴラの身体を叩く。
「……! 生きて帰って好きな人……アトさんと一緒に!
 しぶとく生きておばあちゃんになるの!」
「ティリは、なれなかったのにか!」
「ティリさんのことは残念だと思う、けれど! その悲しみを、誰かにぶつけては、ダメ……!」
 フラーゴラが、シールドで刃を圧し返す。その隙にスラスターを吹かして後方へ跳躍、同時、飛び込んできたのはすずなだ。すずなの救い上げる様な斬撃が、ジャックの刀を上段へと弾いた。
「……貴方の境遇には、確かに同情します。
 でも! だからといって貴方の仕出かしてきた所業は見過ごせません!
 此処で――『私達』の刃で、止めます。
 どうか、御覚悟を……!」
 私達、とすずなは言った。元より一人で戦うつもりはない! その傍らには隙をつくように刃を振るう、小夜の姿がある!
「有難う、すずな」
 無意識のコンビネーション、横なぎに振るわれた斬撃が、ジャックの腹部を裂いた! ちぃ、とその肉は断裂するが、内には届かない!
「これ以上無様を晒す前に目を覚ましなさい。
 亡くなった奥方とお子さんが今の貴方を見たらどう思うのかしら? きっと貴方の剣を信じていたのでしょうに」
「もう、あの二人は俺の姿を見ることはできない。故に――!」
 剣鬼の反撃の斬撃が、小夜を襲った。鋭い! そして速い! が、小夜は冷静に、静かに、それに対処してみせる。ジャックの刃が暗い熱情による熱の剣だとするならば、小夜のそれは真逆、冷静なる冷の刃。
「ジャック君! 私の夢は、いつか……この鉄帝を寒さや飢えで苦しむ人がいない国にしてみせるってことなんだ! どんなに困難でも! この命尽きるまで! 足掻き続ける!
 だから! 後は託してくれないか!? 君の家族のような人達を失くしてみせるからっ!」
 マリアが紅雷の拳を、ジャックへと叩き込んだ。小夜への対応に迫られていたジャックは、その拳をまともに受け止める。雷の熱が、足元の雪を溶かして水蒸気のように爆発させる。ジャックは衝撃と共に後方へ吹き飛ばされるが、すぐに着地、刃を構える。
「良い夢だ。叶えると良い。カリナもティリも、もう夢を見ることはできない」
 その言葉に、悔し気に、マリアは唇をかみしめた。届かないのか? 思いは? 彼の心を救う事はできないのか?
「今は、倒すことを優先に」
 瑠璃は意図して冷たくそう言って、赤の瞳術を発動する。赤く眼が光ったと思った刹那、放たれた赤の熱が、ジャックの左腕を貫いた。
「――貴方、なぜ生きているんですか?
 妻子の無事を祈った晩、飲んだスープはどんな味でした?」
 同時、無機質な声で、ジャックの脳裏にテレパスをぶち込む。
「貴方がいなければ潰える生活をして、貴方が帰らなかったから潰えた。
 貴方が原因じゃないですか。
 貴方が死んだら潔く妻子も死ぬ、そういう了解だったのに
 妻子が死んだのに、貴方はなぜ生きているのです」
 あなた、あなた、あなた。無機質な声が、責めるように、声をあげる。
「他人が蓄えようが生き残ろうが所詮は他人。
 最初に家族の中で正そうと思わないのですか?
 ねぇ? 『あなた』」
「シィィィィッ!」
 ジャックが怒りをあらわにしたように、吐息。刃を翻らせ、雪上を走る!
「そうだとも! そうだとも――一番殺したいものは!」
「自分、か」
 オラボナが、その前に立ちはだかる。斬撃が、オラボナの身体をないだ。黒い何かが、血液のように飛び散る。
「何処ぞの権兵衛かは不明だが、随分と素敵な趣味を抱いて在る。私の中で燻る、一種の嗜虐性と被虐性がグツグツと微笑する程度だ。悪くない。
 私は実に幸せな女性なのだよ、何故ならばたらふくと嗜好に浸れ、愛するものを有している。さあ、貴様が斬り斃すのに最適な肉塊だろう?
 Nyahahahaha!!!」
「貴様ァ!」
 再度振るわれた斬撃を、オラボナは受け止めてやった。怒りを、憎悪を、無念を。そう言った空っぽのものを。
「然るに――訊ねたい事がひとつ。貴様の狂気は本当に貴様だけのものか。何者かに唆されて、増幅したのではないか――最初から触れている存在に呼び声は面白くないと――そう思えないか?
 この人でなしめ」
「観測者は、俺に触れてはいない! この無念は、俺だけのものだ……!」
 Nyahaha、と。オラボナは笑った。
「watcher! Nyahaha! 聞いた名だ。なるほど、なるほど!」
 オラボナは笑い、
「終わらせてやれ」
 そう言った。同時、オラボナが後方へ跳躍――それを追ったジャックが、足元に仕込まれていた、ロープに足を引っかける。
 崩した態勢は、僅か。
 その刹那で、決着はつく。
「もう仕舞にするぞ、ジャック!」
 幻介が、一気に駆けだし、ジャックへと迫る。幻介の右方から振り払われた刃。ジャックは左腕を捨てた。左腕を差し出し、その筋肉で以って、斬撃の勢いを殺す。左腕は斬り捨てられた。されど、致命には至らず。
「終わらない、俺が生きている限り――」
「いいえ、もう終わりよ」
 小夜が呟いた。隣には、すずなの姿。左右、振り下ろされたすずなと小夜の刃が、交差するようにその身体を切り裂いた。骨を斬り、内の臓を切り裂き。致命のそれに到達した刃が、ジャックから血を、力を奪う。
「……」
 ジャックが、倒れ伏した。雪上に、赤の血を残して。
 ゆっくりと、マリアが、歩み寄った。
「……信じられないかもしれない。夢物語だと笑うかもしれない。それでも」
 マリアが、ゆっくりと、ジャックを抱きしめる。その服を、ジャックの血で汚しながら。
「約束する……もう、あなたの家族みたいな犠牲は、出さない。私が、出させないから」
「……良い夢だ。叶えてくれ。
 そこの、娘よ」
 そう言って、ジャックはフラーゴラを呼んだ。フラーゴラは、ゆっくりと、近くへと歩み寄る。
「すまなかった……許せとは言わん。傷が残ったら、恨んでくれ……」
 ジャックはゆっくりと、懐から何かを取り出す。村落の地図だった。フラーゴラは、ゆっくりとそれを受け取る。
「……何かの痕跡が……あるかもしれないな……使えるようなら、使え。魔の者に、渡されたものだ」
「ありがとう、ジャックさん。でも……」
 フラーゴラが、悲しげに言うのへ、ジャックは頭を振った。小夜が、言った。
「すぐには会えないかも知れないけれど、二人共待ってくれているわ、きっとね」
「……そうだな。いつか罪を償って……会えたら、いい……な」
 そう呟いて、ジャックはこと切れた。瑠璃は静かに、その瞳を閉じさせてやった。ふぅ、と息を吐く。
「観測者。それが唆した奴ですね?」
 瑠璃の言葉に、美咲は頷いた。
「……まだ動くかもしれないスね。そいつ」
「だとするならば……」
 すずなの言葉に、仲間達は頷いた。
 雪は静かにちらついていて、ジャックの赤も、悲しみの赤も、全部白く塗りつぶすみたいだった。

成否

成功

MVP

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 ジャックは倒れ、すべては白き雪のうちに。

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