シナリオ詳細
モモンガーダイエット計画
オープニング
●不思議種族からの依頼
鬱蒼と茂る木々の中を素早く動く影。
影は大木を見つけると、一足飛びに駆け登り、太い枝からジャンプした。
両手両足を大きく広げると、間に広がる皮膜。ゆらゆらと長い尻尾が風を受け左右に揺れる。
影は皮膜に風を受けながら、長い距離を滑空する。そうして次の枝へと華麗に着地すると、止まることなく走り続けた。
幾度となく木々を登り、滑空する。
ある世界で言うところのムササビによく似た仲間と思われるその影の正体は、実に混沌らしい生物であった。
――モモンガー。
体長一メートル。時に二足歩行を行い、食性は雑食。
戦闘時には尋常ならざる力を発揮し、音速で空を滑空しその鋭き爪と、牙のようにつきだした下の歯で相手を噛みちぎる。
ジコジコと唸る威嚇の咆哮は鼓膜を破る音波となる。
生物としてもはや小動物とはいえないそいつらは、縄張り内のリーダーを決める為に、定期的に武道大会を開くのだった。
果たして、今回の優勝は誰の手に――。
●
「というわけで、今回の優勝候補のはずだった、モモンガー族のテンちゃんよ」
「どうぞよろしくぅ。げっぷ」
黒衣の情報屋、『黒耀の夢』リリィ=クロハネ(p3n000023)がそういって紹介したモモンガーは大凡戦闘ができるとは思えないほどまるまると肥え太っていた。
「あ、今話に聞いてた姿と違うって思ったわね――はい、正解」
「いやいや、正解って。……誰がどうみても滑空したり音速で移動するとは思えないぞこれは」
イレギュラーズの突っ込みにリリィは隠すことなく笑った。
「まぁこの姿で優勝候補って言われても意味わからないわよね。でも本当に優勝候補だったのよ、テンちゃんは」
「全ては人間界に蔓延していたすいーとこーんなる食べ物の仕業なのですぅ。旨すぎて旨すぎて、手が止まらないのですぅ。げっぷ」
「言いながら食べるな。まず、食べるのをやめろ」
イレギュラーズの制止の声を振り切って、テンはパクパクとスイートコーンを食べ続ける。どうでも良いが食べ方がめっちゃ汚い。
「まあいろいろあってテンちゃんと知り合ったのだけれど、こんな姿になってしまっていてね、それでもどうしても優勝したいと泣き付かれたものだから依頼としてださせてもらったというわけよ」
「リリィちゃんにはお世話になったのですぅ。お礼にマーキングしてあげるのですよぉ」
ぐりぐりと禿げたおでこをリリィにこすりつけるテン。可愛い仕草だがリリィは、
「あはは、くっさい臭いがつくからやめて頂戴」
と、笑いながら全力で引き離そうとしていた。
イレギュラーズは手にした依頼書に目を落とす。
依頼書には『モモンガーダイエット計画』と書かれていた。
つまりは、このモモンガーのテンを武道大会が開かれる一週間後までに痩せさせれば良いわけだ。
「心配しないでいいわ。モモンガーは体躯の変化も異常でね、激しい運動を行えば割とすぐに引き締まった体躯へと戻るはずよ」
ならマラソンでもすればいいのでは? そんな疑問に先んじてリリィが首を横に振るう。
「激しい運動――この場合は実践に近い戦闘がベストなの。でもモモンガー達は武道大会前で手の内を晒すようなことはしないわ。そこで、貴方達の出番って訳ね」
「どうかよろしく頼むのですぅ。げっぷ」
依頼内容は簡単だ。
武道大会が行われる一週間後までに、実践に近い戦闘を繰り返し行ってモモンガーのテンを痩せさせること。
モモンガーは尋常ならざる戦闘能力を持っているため、武器の使用は許可される。はっきり言えば今のイレギュラーズの力では対した傷はつけられないのだ。
ダイエットは戦闘だけに限らない。
思いつく限りの方法で、テンの身体に溜まりきった脂肪を燃焼させる事ができれば良い。
ただし、医学的な施術や、肉をそぎ落とすなどの拷問では意味が無い。目的はダイエットに成功させ、優勝候補としての力を取り戻させることにある。
「難しい依頼ではないはずだけれど、貴方達の働き次第でテンちゃんの大会結果も変わってくるわ。気を抜かずにしっかりやって頂戴ね」
「ところで、これに協力する見返り――報酬はどうなってるんだ?」
イレギュラーズの疑問の声に、リリィはウィンクして答える。
「異次元の強さを持つモモンガーと戦えるのよ。その戦闘経験は立派な報酬じゃないかしら? あはは、それじゃ頑張って頂戴ね」
「よろしく頼むですぅ。げっぷ」
こうしてイレギュラーズによる、モモンガーダイエット計画は動き出すのだった。
- モモンガーダイエット計画完了
- GM名澤見夜行
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年07月22日 21時45分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●太っていても強いのです
モモンガーのダイエットという、一風変わった依頼を受けることになったイレギュラーズ。
早速、モモンガーのテンちゃんを連れ、合宿場そばの広場へとやってきた。
「それでは早速始めましょうか……しかし本当に全力で挑んでも大丈夫なのでしょうか?」
『朱鬼』鬼桜 雪之丞(p3p002312)の心配も当然といえば当然で、モモンガーの事をよく知らない者からすれば、目の前の丸々と肥え太った小(?)動物は、可愛がる対象にしか見えない。
テンちゃんもこれまたやる気があるのかないのか。四つ脚で立った状態から片手を空へとあげてお腹を見せると脚でお腹を掻こうとする。……太りすぎて上手く掻けていない様は愛らしさを超えて笑えてくる。あ、転んだ。
「んふふ~、可愛いわねぇ」
「……ま、まあ大丈夫だろ? 情報屋もはっきり格上って断言してた訳だし」
ニコニコとテンちゃんを眺める『夢色観光旅行』レスト・リゾート(p3p003959)を横目に『戦好きのハイエナ』Briga=Crocuta(p3p002861)が依頼書をペラペラとめくった。
そんな言葉を耳にしたテンちゃんが、のっそり座り込んで言う。
「あ、皆さん『くらい』なら一遍に掛かってきて大丈夫ですよぉ。たぶんちょうど良いくらいですぅ」
「おっと、これは大きく出られてしまったね」
「それだけ自信があるってことね! そう言うことなら」
『麗しの黒兎』ノワ・リェーヴル(p3p001798)と『桜火旋風』六車・焔珠(p3p002320)が顔を見合わせ一つ頷く。
「これでも色々な依頼こなして来てるからね。後悔しても知らないよ!」
愛用の槍――カグツチ――を構え『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)が声を上げる。
「ふむ、わしはこの世界での経験が少ない故余り大きくは出られぬが、元魔王としての力を見せてやらねばならんな」
「これは大変なダイエットになりそうですね」
『神を名乗った吸血鬼』ロザーナ・ロリータ(p3p002348)と『クーゲルシュライヴァー』DexM001型 7810番機 SpiegelⅡ(p3p001649)も、他のイレギュラーズ同様武器を構え臨戦態勢だ。
「どこからでも掛かってきて欲しいのですぅ!」
でーん、と両腕を空へと広げるテンちゃんは、まるで迫力がない。
イレギュラーズは顔を見合わせタイミングを計ると、一斉に攻撃へと転じた。
電磁的炸裂音と共にロリータの放った弾丸が空を裂く。それを合図にリゾートを除く六人が疾駆する。
音速を超えて迫る弾丸を、テンちゃんは腕を振るってはじき飛ばすと、迫る六人を迎え撃つ。
焔とリェーヴルの放つ火焔を気合い一閃、掻き消す。懐に潜り込んだ雪之丞が
風のようにテンちゃんの体勢をさらい投げへと転じようとするも、コロコロと転がるままに受け流す。Brigaの全力攻撃は見透かされたように振るった腕にはじかれた。
「このっ――!」
仲間の攻撃に重ねるように焔珠が肉薄し、生み出した気功爆弾を肥え太ったお腹めがけて叩き込む。
ぐらりとテンちゃんの身体が傾く。極まった――そう確信するよりも早く恐るべき殺気が広がった。
拳を握りこんだテンちゃん。その全てを破壊しつくさんとする一撃が焔珠に迫る。
「させません――!」
壁役として盾を構えたSpiegelⅡが間に割り込みその一撃を防ごうとして――衝撃と轟音が響き渡る。大地が抉れ飛び、振動が雲を揺り動かす。SpiegelⅡの身体は大地から離れ、勢いままに後方へと飛ばされた。
「あ……思わず、やりすぎたのですぅ」
間の抜けたテンちゃんの声の先で、SpiegelⅡは目を回していた。
「きゅう~……」
その様子を見たイレギュラーズは、
「これは……」
「本当に大怪我しかねませんね」
と、テンちゃんの実力を思い知ると同時に冷や汗を拭う。
「あらあら、大変ね~」
大変そうに思えない声色でリゾートが、SpiegelⅡの回復に努めていると、テンちゃんが明るく気の良い言葉を投げかけた。
「いやいや、でも皆さんお強いのですぅ。この調子で頼むのですぅ」
この丸々と太ったテンちゃんが痩せたらどんな力を発揮するのか。
期待と共に恐ろしさを感じながら――初日は、テンちゃんの力加減の調整と、その動きに慣れていくことで終わった。
体重は――少し減ったようだった。
ダイエットはまだ始まったばかりである――。
●バトルアンドイート
初日は様子見、二日目から本格的なダイエット計画が始まった。
油断するとすぐ動くのをサボろうとするテンちゃん。そんなテンちゃんをやる気にさせるためにイレギュラーズが導き出した答えは――食事だ。
「んふふ~、がんばってテンちゃんに美味しいお料理作りましょうね~。えい、えい、お~!」
リゾートのかけ声の下、皆で料理の仕込みだ。
贅沢な食性のモモンガーを食事で釣り、やる気を出させる。戦闘と食事、この二点を軸にダイエットさせる。それがイレギュラーズの出したダイエット計画になる。
皆でわいわいと話しながら手分けして作業する。まるでキャンプにでも来たかのようだ。
その様子にテンちゃんの期待も高まっていく。
つつがなく料理の仕込みが終わり、食欲をくすぐる香りが当たりに広がる中、まずは運動(戦闘)でその溜まりきった脂肪を燃焼させる――!
動くのも億劫そうなテンちゃんに向かい、雪之丞が名乗りを上げる。
「拙は、夜叉・鬼桜の子が一。雪之丞――お相手仕ります」
実力差あれど超強気に挑みかかる雪之丞は、強者との立ち合いを望む言わば戦闘民族と言ったところか。
「動き緩慢なれど、このプレッシャー。さすがでございますね」
名乗り口上に当てられ重量感ある動きで迫るテンちゃんのプレッシャーを感じながらも、間合いを詰める。防御に集中しながら、間合いの中で長く立ち続けられるように。
大ぶりな一撃を極限の集中で躱し、隙あらば投げを狙っていく。
「昨日は深くを取りましたが、今日はやられません」
広場に障害物となる丸太の柱を立て、地面に凹凸を作り終えたSpiegelⅡが戦いに参戦する。盾を構え全力で防御を固める。
振るわれるテンちゃんの拳が天地を揺るがす。盾が大きく弾かれると同時に意識まで持って行かれそうになるが、踏みとどまる。
「ヨシ、オレも混ぜて貰うぜ!」
料理の仕込みを終えたBrigaが飛びこんで深い間合いから一刀の元に叩き斬る。続く一撃は、脂肪によって短く見える脚を狙う。テンちゃんをとにかく動かすための一撃だ。
「ほら、もっと動け!! 転がるンじゃねェぞ!
大会優勝したらスイーツでも飯でもなンでも奢ってやらァ!! キリキリ動けェ!」
「おぉぉ……! やるですぅ!!」
山盛りのスイーツを想像したのか、テンちゃんの瞳に炎が宿る。
「たくさん動けばその分ご飯も美味しいものね。さぁ行くわよ!」
焔珠は昨日同様、気功爆弾をメインに近距離からの殴り合いに挑む。
「贅沢な脂肪は、完全燃焼させてあげるわ!」
気功爆弾による振動が脂肪を燃やすと言う話が正しいかどうかはさておき、モフモフながら鋼鉄のような防御力を誇るテンちゃんに対し、この爆彩花による攻撃はかなり効果を発揮していた。
大きなダメージを受けることで、テンちゃんもまた野生の勘を取り戻しその動きにキレが増してくる。
「さあ、これで一杯汗をかくんだよ!」
「些か直接的だけど……モモンガー君にはちょうど良さそうだね。――さあご覧あれ、火炎に巻かれ痩せていく体型変化のマジックさ!」
焔が近づきその出自、二つ名に恥じない火炎を巻き起こす。同時、リェーヴルが焔に合わせるように放った遠距離術式が、新たな火焔となってテンちゃんを包み込む。
「燃えるですぅ! 外も中も燃えてくですよぉ!」
火だるまになりながら、しかし平然と動き続けるテンちゃんの抵抗値は高い。体温を上昇させ脂肪を燃焼させるというのは、些か暴力的だが、熱と運動(戦闘)によって発汗することで、デトックス効果が生まれる。これによって痩せやすい身体が作られていくのだ。
「もうすぐご飯だよ! ファイト!」
焔はテンちゃんを追い回しながら火炎で炙る。ギフトも使って身体の芯から温めるようにしながら、発汗作用をもたらしていく。
後方にいたリェーヴルも近づいて、
「一つおまけをさせてもらうとしよう。なに、タネも仕掛けもあるちょっとしたおまじないさ」
放つは武器に魔力を纏わせた一撃。テンちゃんの背中――人でいう志室と腎兪――に叩きつける。人とモモンガーが同じツボを持っているかは不明のため、リェーヴルの言うようにおまじない程度だが、効果はあったかもしれない。
「ふふ、この香りには抗えまい?」
企み顔のロリータは、スパイスの香り振りまく一皿――特大カレーライスを手に広場へと脚を踏み入れる。
「クンクン……こ、この匂いはぁ――!?」
戦闘を中断して真っ先にロリータの元へと走り寄ろうとする。
「はっはっはっ、捕まえてみるのじゃな」
一目散に逃げ出すロリータ。あっという間に鬼ごっこが始まった。
「ほれほれ、こっちこっちぃ」
「あらあら、これは捕まえるまで終わりそうにないわね~。
それじゃ怪我した人はこっちに来てね。痛いのないない、しましょうね~」
微笑ましそうに鬼ごっこを見つめるリゾートは、テンちゃんとの戦いで傷ついたイレギュラーズを回復する。まあほとんどの攻撃はSpiegelⅡが受けていたので、大きな怪我はなかったが、SpiegelⅡはやっぱり戦闘不能だ。メガ・ヒール大活躍。
そうして戦いを終えれば、ご褒美タイムになる。
テンちゃんを呼べば、口の端に少し付いたカレーそのままに走ってくる。どうやらロリータは追いつかれそうになってカレーを早食いしたが追いつかれて少し持って行かれたようだった。
テンちゃんの前に雑多に料理が用意された。
「拙はおでんとドーナツをご用意させて頂きました」
雪之丞の用意した出汁の染みたおでんにおからドーナツ。出汁の味が広がりホッとため息が漏れる。
おからドーナツは揚げたてだ。香り立つ匂いにテンちゃんのよだれがすごい。かぶりつけば、ふんわり、モチモチ、甘さ控えめながらしっかりとした味にいくつも食べてしまいそうだ。
「ふ、私の自信作です」
SpiegelⅡが胸を張って持ってきたのは揚げたてのじゃがいも揚げ。自宅警備員としてこれは外せないらしい。
ホクホクのじゃがいもの旨味が広がる一品。大変美味しい。それはもういくらでも食べて仕舞うほどに。――だが、高カロリー高糖質だ。テンちゃんの頬張る姿は若干危険な匂いがする。
「さァ……そろそろイイ頃か? うめェぞこれは。よく噛ンで食えよ」
Brigaが手渡すのは味噌の焼きおにぎりだ。大きめに握られたそれは、味噌の味がしっかりとわかるように米に味はついていない。
その場で焼かれ、香ばしい香りとともにできあがったそれにかぶりつく。味噌の塩辛さと米が絶妙で、これまたいくつも食べてしまうだろう。
同時にこれも高カロリーな食べ物だ。一つ、お腹が膨れるようにゆっくりと食べさせているとはいえ、少しの不安が過ぎる。
焔珠と焔はリゾートに教わりながら作った野菜と肉団子の入ったスープを持ってくる。
野菜をあまり食べようとしないテンちゃんを焚きつけながら食べさせていく。
コンソメベースのスープは飲みやすく、味の染みこんだ野菜は良く煮えていた。肉団子も食べ応えがあり、満足できる一品と言えるだろう。
「トーフと言う食材を知っているかな?
これが色々と使い道があってね?」
そういってリェーヴルが用意したのは、一口大に切られしっかりと焼かれた豆腐ステーキだ。ガーリックバターの香りが、膨れたはずのお腹を刺激する。
よく味の染みた豆腐が口の中で崩れ広がっていく。美味い。豪勢な肉料理を食べているかのような錯覚に陥る。これで低カロリーというのだからやみつきだろう。
「んふふ~、お豆腐なら私のもあるわよ~」
リゾートが用意したのは、これまた美味しそうな香りを広げる、豆腐ハンバーグだ。
挽肉と豆腐のコンビは例外なくベストマッチし、肉汁染み渡った豆腐が口の中に広がり大変な美味である。
低カロリー、健康を重視した見事なレシピはテンちゃんの胃を満足させると共に、頑張ればまた食べることができるという期待感を高めるのだった。
そうして、食事を取れば、イレギュラーズと一匹は日が暮れるまで運動(戦闘)し、一日の疲れを癒やすように温泉へと浸かる。
ゆっくりと睡眠をとって、翌日はまた戦闘と食事だ。
低カロリーなメニューが多いこともあって、テンちゃんの体重は確実に減っていった。……たまにカロリー爆揚げ(NOT誤字)なメニューもあって体重が増えることもあったが。
そうして戦っては食べる! 戦いながら食べるの日々は続いていった。
心を通わせた八人と一匹のダイエット合宿――その成果は……。
●ダイエットの結果は
武道大会当日朝。
イレギュラーズは、見違えるようにスマートになったテンちゃんを見ていた。
体重五十キロ。やや脂肪の残る身体は、しかしダイエット開始前と比べれば半分の体重になっていた。
演舞を取るように技のキレを確かめるテンちゃん。空気を切り裂く振動、踏みしめるたびに鳴動する大地。恐ろしいほどの力が感じ取れた。
テンちゃんが動きを止める。そのタイミングでイレギュラーズが声をかけた。
「以前の体重に戻せなくてごめんね」
「いえ、貴方達のおかげで僕は力を取り戻せました。感謝します」
口調まで変わってしまったテンちゃんはつまみ食いなどせずに礼を返す。
優勝候補と言われていた時のテンちゃんは三十キロ。二十キロのオーバーだが、テンちゃんは力の充足を感じていた。
それはスピードタイプから、ややパワータイプに転向したかのような心持ちで。今ならば、自身より大柄なモモンガーすらも倒せるのでは無いかと思わせる。
「最後に、何かお礼を――」
テンちゃんのその言葉に、イレギュラーズの幾人かが言った。
――本気の勝負を――。
瞑目したテンちゃんが一つ頷く。そうして四つん這いの姿勢を取れば、体長と同じだけの長さがある尻尾を天高く持ち上げた。そしてユラユラと、まるで蛇のように尻尾を左右に揺らめかせる。
モビングと呼ばれるこの行動は、警戒や緊張の時に行われるものであるが、同時に、相手に対する威嚇となる。すなわち、今本気の姿勢を見せているのだと、イレギュラーズは喉を鳴らした。
「凄まじい気迫でございますね」
「へっ、武者震いしやがるぜ! 上等だァ!」
雪之丞とBrigaが武器を構え対峙する。傍観を決め込むイレギュラーズは巻き込まれないようにと間合いを取った。
「では……参ります――!」
テンちゃんのかけ声と同時、戦いは刹那の間で決着する。
木の杭から滑空の形で飛びかかるテンちゃんを迎え撃つ雪之丞とBriga。音速を思わせるテンちゃんの腕が幾重にも放たれ二人の身体を滅多打ちにする。
獰猛さを見せる下顎の歯が覗けば、肉を切り裂いた。
一矢報いる二人の一撃だったが、肉を切らせて骨を断つテンちゃんの攻撃の前には及ぶべくもなく。衝撃によって抉り取られた地面の上にその身を投げ出した。
「すごい、すごいわ!」
そういって駆け寄った焔珠が、どさくさに紛れてテンちゃんをモフモフする。ずっとこの機会を伺っていたのだろう。
「二人もすごかったけど、やっぱり本気は違うんだね。……あ、ちょっと毛並みが崩れちゃってるね。直してあげるよ」
一矢報いる動きを見せた二人を褒めながら、ブラシ片手に近づく焔。大会で大勢の前に出るのならば、身だしなみも大切だと、丁寧に毛並みを揃えていく。
丸々コロコロと太っていたテンちゃんはもういない。力強く逞しさを感じさせる、堂々としたモモンガーが一匹そこにいるだけだ。
拳を握り内なる自分に語りかけるテンちゃん。――そうして覚悟を確かめると、イレギュラーズに微笑みながら別れを告げた。
「――では、行ってきます。勝利は、必ず手にして見せますよ!」
「んふふ~、いってらっしゃい。絶対優勝ですよ~」
「頑張ると良い。モモンガー君ならきっと勝利を手にすることができるさ」
「余からカレーライスを奪った時の動き、忘れるでないぞ」
「ぐっどらっくです」
思い思いの声を掛けながら、テンちゃんを見送るイレギュラーズ。
テンちゃんは手を上げながら目にもとまらない早さで駆けだすと、設置していある木の杭を一足飛びに駆け上り、天高くジャンプする。
広がる皮膜、揺れる尻尾。
見事な滑空を見せたテンちゃんはそうして去って行った。
残されたイレギュラーズは、いつまでもテンちゃんの影を追い続けていた。
後日、ローレットに一報が届く。
モモンガー、テン。武道大会辛くも優勝!
縄張りのリーダーとなったテンちゃんが、たくさんの嫁を連れ、料理を求めて人里に降りてくるのはそれからしばらく後のことである――。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
澤見夜行です。
変わった依頼でしたがいかがだったでしょうか?
色々なフードメニューが並ぶ中、カロリーやばそうなのもあったりとテンちゃんの体重が乱高下しました。
結果はリプレイの通り。もうちょっとカロリー高かったら優勝を逃すということもあったかもしれません。
ちなみにテンちゃんの推定レベルは秘密です。結構高めのつもりで書きました。
依頼お疲れ様でした!
GMコメント
こんにちは。澤見夜行(さわみ・やこう)です。
すーぱー生物モモンガー!
でっぷり太ったテンちゃんを痩せさせましょう。
●依頼達成条件
モモンガーテンの体重を減らす。
三十キログラムの減量で成功となります。
●情報確度
情報確度はAです。
想定外の事態は起きません。
●モモンガーテンについて
体長一メートル(尻尾は含まず)。体長と変わらない長い尻尾が生えています。
現在の体重は百キログラム。でっぷりと肥え太り滑空はおろか二足歩行もままなりません。
優勝候補と呼ばれた時の体重は三十キロ。スマートなイケメンモモンガーとして有名でした。
その肌は刃を通さず、魔法の類いも弾いてしまいます。
ただ闇雲に攻撃を繰り返すだけでは脂肪を燃焼させることはできないでしょう。
甘い物、塩辛い物、身体に悪そうな物が好物。特に人の手による加工物には目がないでしょう。
●リリィのメモ
モモンガーは雑食で食べ物に目がないわ。食べ物で釣って戦闘(運動)させるのは効果があるかもしれないわね。
けれど、同時にとても飽きやすい贅沢な食性よ。同じ食べ物で釣り続けるのは難しいわ。私のギフトによる情報だけど……スイートコーンはもう駄目だと伝えておくわね。
いかにテンちゃんのやる気を充足させて、戦闘(運動)させ続けるか、そこがキーになるはずよ。
はっきり格上の相手だから、戦闘では気を抜かないでね。防御が疎かだと大きな怪我をすることになるかもしれないわ。気をつけてね。
●想定戦闘地域とその他
開けた広場での戦闘になります。
戦闘は問題なく行えます。その他目に付く障害物はなく戦闘に支障はでないでしょう。
そのほか、有用そうなスキルには色々なボーナスがつきます。
皆様の素晴らしいプレイングをお待ちしています。
宜しくお願いいたします。
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