シナリオ詳細
<神異>virtue and vice。或いは、すべて世は事も無し…。
オープニング
●virtue and vice
明かりが消えた。
言葉にすればたったそれだけ。
しかし、その事象が希望ヶ浜の人々に与えた影響は大きい。
電気が普及してからこっち、人の多くは“本当”の夜を体験したことがない。
目の前の景色さえ見えず、隣人の姿さえも不明瞭。
音と匂い、気配だけのある世界は人の脳の奥深くにある、恐怖といった感情を増幅させる。
例えば、今もなお伝わる古からの怪奇譚において、事が起きるのは決まって夜の間ばかりだ。
それは、つまり“明かりのない夜”という、毎日訪れるその時間こそを人は恐れていたということに違いない。
ましてや、現在“希望ヶ浜”で起きている異変においては、、電気回路だけでなくネットワークも断絶された状態にある。
友人や家族の安否確認も容易ではなく、また現在状況の把握さえもままならない。
加えて、時折どこか遠くから聞こえる誰かの悲鳴や破砕の轟音。
恐怖や不安を増長するには十二分なほどの好条件が揃っている。
それが“染みだしてきた異世界”および、現出した夜妖によるものだ。
それらは時に、大観衆の前に姿を現し、破壊を振りまく。
或いは、夜闇の中に孤立した哀れな少女を人知れず殺めることもある。
元より、夜妖の姿形や行動は多種多様かつ奇天烈怪奇なものである。
それが溢れたこの日、この時“希望ヶ浜”では何が起きても不思議ではないということだ。
例え、その出来事が常識的に考えれば起こるはずのない不思議なものであったとしても。
あり得ないなんてことはあり得ない。
この物語の主人公・神崎 匠という少年は、その日、強くそれを実感することになる。
脚が震える。
視界が涙でぐにゃりと歪んだ。
今、自分がどこを走っているのかさえも定かではない。
目の無い犬に似た怪物に追いかけられて、目的地もなくただ走り続けた結果である。
おまけに周囲は真っ暗闇。
この時になってはじめて、匠は日頃、いかに自分が目に頼って生きているのかを知った。
だから、何というわけでもない。
ある種の現実逃避といえば、そうだっただろう。
「ひ……ぃ」
口の端から、空気の漏れるみたいな悲鳴が零れて落ちた。
背中に獣の血なまぐさい息づかいを感じたのだ。
まさに食われる寸前……しかし、匠は生きることを諦めない。
「ま、まだやりたいことがあるんだ。わけわかんないまま死にたくねぇって!」
己を鼓舞し、恐怖を振り払うために、匠は誰にともなく叫んだ。
暗闇にその声が反響し……。
それから、ザクン、と。
奇妙な音が鳴ると同時に、背後に感じる犬の気配が消え去った。
「え……?」
脚を止め、匠は背後を振り返る。
犬は消えた。
けれど、そこに何かがいる。
暗闇の中、一際“黒”が濃い場所がある。
それはちょうど、人間1人分ほどの範囲で……。
「少年。君は生きるべきだ。そして、アレは死ぬべきだ」
乾ききった掠れた声だ。
男性だろうか。
姿の見えない命の恩人へ向け、匠は問う。
「た、助けてくれた……のか? あ、いや、くれたんですか?」
「助けた? それは違う……偶然に俺が通りかかって、偶然に君の声を聞いた。そして、君は生きるべきで、アレは死ぬべきと俺はそう判断した」
「は、ぁ?」
「必然、そうなる運命だった。だから助けたというのは違う。それに、君は急いでここを離れるべきだ」
「なぜ?」
さらに匠は問いかけた。
姿の見えない男の台詞に、聞き覚えがあったからだ。
「次も君が助かるべきとは限らない。天秤はいつも均衡していなければならないからな。生きるべきものと死ぬべきものの数は必ず同数なのだ」
やはり、と匠はそう思った。
匠は男の正体を知っている。
けれど、それはあり得ない。
なぜなら彼は、ゲームの世界のキャラクターだから。
●天秤
ザ・バランス。
それはオンラインゲーム<virtue and vice>に登場するNPCの名前である。
<virtue and vice>は荒廃した世界を舞台とした、正義と悪の物語だ。
プレイヤーたちは荒廃した世界で生きる1人のヒーローとなり、各々の思う“正義”や“悪”を執行する。
そして、ザ・バランスはそんなゲームの世界において、正義とも悪とも言い難い性質を持つNPCの1人であった。
身長180センチ。
右半分は白、左半分は黒のコートを纏った男性だ。
頭髪も左右で白黒に塗り分けられており、口元から目にかけてはカラスを模したマスクに覆われている。
ザ・ライブラは2人に分身する能力を持ち、左右の腰に下げた細剣を得意な武器とする。
分身を作るには体力を消耗するらしいが、その回数に制限はない。
また、分身の身体能力は本体と同様、非常に優れたものである。
剣で斬られれば【滂沱】と血が流れ、【弱点】【ブレイク】【飛】の特性を備えた体術も自在に操るのだ。
彼は独自の価値観でもって、生きるべき者と死ぬべき者を定める。
そして、必ず生きる者と死ぬべき者の数が同じになるよう調整するという性質を持つ。
ゲーム内では、なぜ彼がそのような価値観を抱き、そのような行為に及ぶのかが語られることは無かった。
しかし、出会うタイミングや、プレイヤーの行動次第で敵にも味方にもなり得る彼の存在は、プレイヤーたちにほどよい緊張感を与えていたことに違いはない。
「え、えっと……どっちに行った? ってか、あれ、本当にバランスなのか? バランスだったら、いや……不味い、不味いことになるって」
混乱を無理やり抑え込み、匠は必死に思考する。
匠が<virtue and vice>で遊んでいたのは、随分と昔のことだ。
しかしザ・バランスのことは覚えている。
それはなぜか?
特異なキャラクター性はもちろんのこと、その圧倒的な強さ故だ。
味方にすれば頼りになり、敵対すれば厄介極まりない。
そして、ザ・バランスはどういうわけか“困っている人”の多い場所に現れるのだ。
「今、この街には困っている人なんて山ほどいる。だとすると、バランスは困っている人を助けて回って……」
そして、助けた数と同じだけ、誰かを殺めることだろう。
今、この時、この瞬間、バランスの凶行を止められるのは匠しかいない。
匠だけがバランスの出現を知っていて、その強さや技を理解している。
「もしかしたら、他にもバランスに遭った人はいるかもだけど」
ザ・バランスの正体に、気づいているとは限らない。
だから、匠は再び走った。
つい数分前は、助かるために。
そして今度は、助けるために。
「だ、誰かいないか! 喧嘩が強い人……いや、しっかり戦える、ヒーローみたいな……っ!!」
暗闇の中、いるかも知れない誰かに向けて匠は叫んだ。
その声が誰かの、正義の味方の耳に届いて欲しいとそう願いながら。
遙か遠く、淡い光を目指して彼はひた走る。
光を追った先にあるのが、7階建てのショッピングモールだと知らないままに。
- <神異>virtue and vice。或いは、すべて世は事も無し…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年11月01日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●“virtue and vice”から来た男
白と黒のコートを纏った長身痩躯。
顔にはカラスのマスクを被り、夜道を歩むその男の名は“ザ・ライブラ”。
「……あぁ、悲鳴が、苦悩が聞こえてくる」
困っている者へ手を差し伸べて。
助けた数と同じ数の誰かを殺めて。
善と悪とのバランスを取ること。
それが彼の生き甲斐にして、使命……そして、与えられた設定だった。
「すぐに行くぞ。待っていろ」
壁をすり抜け最短距離で『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)はショッピングセンター2階へ駆ける。
テナントの並ぶフロアを突っ切り、向かった先は従業員用のバックヤード。
非常用の誘導灯を頼りに向かった先は事務室だ。
「困ってる人を救う……その代償に誰かの生命が失われるなら意味がないよ!」
制御盤に張り付くと、非常節電モードへ移行していたモニターのスイッチを入れる。数秒間の待機時間を終え、ぱぱっとモニターに映像が映った。
ショッピングセンターの内部はどこも明かりが消えている。
そんな中、1階部分だけは電気が付いていた。
モニターに映る十数人の人間の姿。
現在、希望ヶ浜で起きているライフラインの混乱を受け、近隣の住人たちが次々に避難してきているのだ。
「皆は……良かった、到着してるね」
カメラの中に仲間たちの姿を見ると、アレクシアは急ぎ配電盤を開くのだった。
暗い空へ視線を向けて、『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は思案する。
ライフラインの停止に、ゲームキャラクターの顕現。
境界が危ういという現実を、否応もなく叩きつけられている気分だ。
「あの……」
掠れた声に視線を向ければ、小さな少女を連れた女性が立っていた。
避難して来た一般人か。
その表情には、怯えと不安がありありと浮かんでいるではないか。
「あぁ、避難して来た方ですね。どうぞ、急いで中へ。外は我々プロフェッショナルが警戒しています。内部に避難誘導の専任もいる。2階が一番安全です」
穏やかな口調でそう言って、寛治は親子を館内へ入れた。
それから彼は、手にした傘を持ち上げながら仲間たちへ連絡を入れる。
「こちら正面入り口の新田です。ライブラの接近を確認」
交戦します。
その一言を零すと同時に、寛治は銃の引き金を絞る。
時間が経過するごとに、避難して来る一般人の数は増えていた。
「皆様、これから周囲の安全を確かめます。その間2階へ避難頂きますので、誘導スタッフに従って下さい!」
「住民の方々にとって長い夜となりましょうが、心配ありませんわ」
慌ただしく駆け回っているのは、『嘘に塗れた花』ライアー=L=フィサリス(p3p005248)と『神使』星芒 玉兎(p3p009838)の2人であった。
避難して来た一般を、アレクシアからの指示を頼りに2階へと誘導していく。
その途中、寛治からザ・ライブラが出現したという連絡が入った。ライブラと一般人を接触させれば、きっと犠牲者が出るだろう。
時間的な猶予の無さに相反し、一般人の動きは鈍い。
疲弊し、怯え切っているのだ。無理のないことだろう。
おまけに、外で聞こえる散発的な銃撃の音。
「ねぇ、何が起きてるの? ぼく、死んじゃうの?」
両親と逸れたらしい少年が、近くを通った『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)へとそう問いかける。
一瞬、言葉に詰まったヴィリスだが、すぐに口元に笑みを浮かべて少年の頭を優しく撫でた。
「死にゃしないわ。外で何が起きているかは知らないけど……心配しないで、私たちが終わらせてくるから」
努めて優しく、そう言って。
ヴィリスは視線を階段の下へと向けるのだった。
ショッピングセンター、1階。
人の気配がすっかり失せたフロアの真ん中、2階へ続く階段の手前に立つ人影の数は3。
裏口から入って来たらしい老人は、3人の姿を見ると足を止めた。
年齢も服装もバラバラな3人に、どう声をかけていいのか迷っているのだ。
しかし、その中に1人、制服姿の少女を見つけ、彼は明らかな安堵を浮かべた。
「お嬢ちゃん。他の人たちはどこへ? っていうか、あんたらも逃げた方がいいんじゃないか? 銃声みたいなのが聞こえてたぞ?」
老人の問いを受けた『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)は、腕を組んだ仁王立ちのまま、不適な笑みを返してみせた。
「こう見えて私は腕っぷしが強いのです! さあ、おじいちゃんはどうぞあちらへ、携帯の充電もできますからね!」
2階へ続く階段を示し、利香は言う。
訝し気な顔をしつつも、老人は素直に利香の指示に従った。ここで問答しているような場面ではないと彼は理解しているのだろう。
「それにしても、何故自分に生きる者と死ぬ者の選択権があると思っているのか……甚だ疑問です」
老人が2階へ向かったのを確認し『あいの為に』ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)はそう呟いた。
ライブラの行動理念を、彼女は理解できないのだ。
人を救い、人に害なす。
そして、救われるべき人間と、害されるべき人間は、ライブラが自身の秤でもって選ぶというではないか。
「ったく、また面倒な奴が現実に来ちまったもんだな!」
視線をまっすぐ正面扉へ向けたまま『酒豪』トキノエ(p3p009181)はそう告げる。
右手に付けた手袋を外すと、彼はそれを足元へ落とした。
直後、ガラスの砕ける音が鳴り響き、フロアへ何かが跳び込んでくる。
それは、肩と腹に剣を刺された寛治であった。
「虚構の人間に生き死にを決められるなんざタチの悪い夢だぜ」
ガラスの破片に塗れて転がる寛治を追って、趣味の悪い2色コートの男がフロアへ足を踏み入れる。
ザ・ライブラ。
オンラインゲーム“virtue and vice”の世界より出でた、歪な戦士の登場だ。
●善と悪の秤
寛治に刺さった剣を引き抜き、刃を濡らす血を振り払う。
激闘によるものか、剣には罅が走っていた。
「……っ」
痛みに苦悶の声を零した寛治を見下ろし、ライブラは不可思議そうに首を傾げた。
確かにトドメを刺したはず……そのような思いなのだろう。
実際のところ、ギリギリであることに間違いはない。【パンドラ】を消費し、どうにか意識を繋いでいるのだ。
「なぜ生きている? 俺に手傷を負わせ、俺の目的を妨げたお前は死ぬべきだ」
手にした刃の切っ先を、寛治の首へと向けたライブラはそう言った。
彼が刃を突き下ろした……その直後、カァンと甲高い音が鳴り響き、刃の切っ先が弾かれる。
罅の入った剣を一瞥し、ライブラは顔を上げた。
「よぉ、そう簡単に決めれるもんじゃねえだろうが……人の生き死にってぇのはよ」
弓を手にしたトキノエが告げる。
彼の放った矢によって、ライブラの攻撃は妨げられた。
「貴様もか。この男と貴様は死ぬべきと判断した……後ろの女2人は」
利香とライへ視線を向けて、ライブラは僅かに思案する。
寛治、トキノエは明確にライブラの行動を妨げた。後ろの2人も、きっと目的を同じくする者なのだろう。
「長い夜になりそうだ。それとも、潔く首を差し出すか?」
ライブラは剣を構えてそう言った。
いつの間にか、もう1本の剣がどこかに消えている。
「首が欲しけりゃ取りに来な。ま、お前に命をくれてやる気はさらさらねえけどな」
じわり、と。
滲むようにトキノエの周囲に、薄紫の霧が溢れた。
「やはり貴様は死ぬべきだ。世のため、人のためにもな」
「……そう思うなら、ぜひ見定めてもらおうじゃねえか」
トキノエは“病毒”の化身だ。
ライブラの言う通り、疫病神としての側面が強いことは自覚している。
白い指がコンソールのノックする。
暗い部屋の中、モニターの発する光を頼りにアレクシアは防火扉を次々と稼動させていた。そんな彼女の視界の隅、モニターの一角でゆらりと蠢く人影が2つ。
「ん? うぇっ!?」
裏口から入って来たらしい少年……神崎 匠と、その前を行くライブラであった。
向かう先は共に2階の避難区域だ。
慌てて防火扉を操作しようとするが、そこは戦場となっている1階階段付近を除けば唯一の2階へ繋がるルートである。それを閉じてしまっては、今後、避難して来る者を締め出すことになりかねない。
それでも安全確保のために閉じるべきか。
判断に迷った一瞬のうちに、ライブラは迷いなく駆けだした。
「間に合わない! 誰か、2階へライブラが上がって来る!」
aPhoneへ向け怒鳴るようにそう告げて、アレクシアは椅子を蹴って立ち上がる。
「さあ来なさい! 護るっていうのがどういうことか、見せてあげるから!」
ライブラの進路を逐一仲間へ伝えるために、aPhoneを口元へと寄せた。
剣を持つ手を狙って蹴りが放たれた。
真っ先にライブラの前に躍り出たヴィリスは、壁や天井を足場に跳んで、立体的な奇襲を仕掛けた。ライブラは、1歩後退することでヴィリスの蹴りを回避して、カウンターの刺突を放つ。
剣の切っ先に自身の踵を打ち付けて、ヴィリスは刺突の勢いに乗って大きく後方へと跳んだ。
スタン、と1本脚で着地を決めると、背筋を伸ばして優雅に一礼。
「私もバランスには自信があるの。あなたみたいな独りよがりじゃなくて踊りのバランスだけれど!」
お道化たようなその仕草に、ライブラは小さな舌打ちを零す。
「はぁ!? な、何!? え、そうだとは思ってたけど、本当にライブラ!?」
一瞬の攻防を目にした匠は、驚愕してその場で足を止めた。
その声に気づいたライブラが背後を見やる。
鈍い光を放つ剣を軽く持ち上げ、威嚇のような仕草を取った。匠はそれを目にした瞬間、引き攣ったようなか細い悲鳴を零して怯む。
「邪魔ものの多い夜だ。真に困窮している者のため、その身を贄とするがいい」
胸の前に剣を掲げたライブラは、祈るようにそう呟いた。
そんな彼の視線の先には、ヴィリスと、今しがた到着したライアー、そして玉兎の姿。
ライアーは、手にした小瓶の中身を一息に飲み干すと、空になった瓶を廊下の端へと放る。
「一体、どんな観点で死ぬべきものと生きるべきものを決めているのかしら? ねえ、よろしければ教えて下さらない?」
そう言いながら、ライアーは視線を玉兎へ向けた。
ひとつ頷いた玉兎は、匠のカバーに入るべく壁に沿ってそろりと前へ歩み始める。
3対1、数の上では不利な状況だが、通路は狭く囲まれる心配はないだろう。
それを知ってかライブラは、腰を低くし顔の横に剣を倒して構えて見せる。
「ともあれ、この建物にいる誰一人として死ぬべきだなんてことはないのですけれどね!」
ライアーの左目が怪しく光った。
直後、翳した手より魔弾が1つ、撃ち出された。迎撃のため、ライブラは刺突を放ち、それと同時にヴィリスが駆け出す。
刺し貫かれた魔弾が閃光を散らして消えた。
魔弾と同じ軌道を駆けたヴィリスが迫る。
ライブラの意識が2人へと向いた隙を突いて、玉兎は転がるようにしてライブラの脇をすり抜けた。
ライブラは不安定な姿勢のまま、玉兎へ向けて蹴りを放った。
「!?」
蹴りが命中した瞬間、玉兎の体が朧に消える。それは、彼女が作り出した幻影だ。
反対側から玉兎が後ろへ抜けたころになって、やっとライブラは謀られたことに気が付いた。
「ライブラの邪魔をしちゃ駄目だ! 始末される!」
叫ぶ匠の前に至った玉兎は、彼の手を掴んで走り始める。
「所詮は絵空事。現に居場所など無くてよ」
ライブラが玉兎と匠を追うことは出来ない。ヴィリスとライアーの相手で精いっぱいだからだ。
「疾く空想へと還りなさいな。今宵救った幾人か分の“調整”も、あちらで為すとよいでしょう」
煽るようにそう言って、玉兎と匠は廊下を駆ける。
2人へ意識を向けた瞬間、ライブラの顔面にヴィリスの蹴りが突き刺さる。
低い位置へ放たれた蹴りが、トキノエの胴を打ち抜いた。
もんどりうって倒れるトキノエ。その顔面に剣が迫る。
「どーっちみてるんですかー? 死ぬべき人はここにいますよお?」
剣がトキノエを貫く前に、その背を利香の鞭が斬り裂く。瞬間、バチと空気の爆ぜる音がして、鞭を通してライブラの体を紫電が射貫いた。
ライブラは視線を背後へ。
しかし、直後その目は驚愕に見開かれることになる。
「自分が選ぶ側だと思っているその平和な脳には、これがお似合いでしょう」
眼前に魔弾が迫っていたのだ。
ライの放ったそれは明確にライブラの眉間へ向けて放たれていた。
身を逸らし、ライブラは寸でのところで魔弾を回避。
不安定になった姿勢では、利香の鞭を回避できない。
顔面を鞭が打ち据えて、鳥を模したマスクを歪にへこませる。
「……仲間の窮地を見捨てぬ献身、見事だ。しかし、やはりお前たちも死ね」
困っている大勢の礎となれ。
そう告げたライブラは、姿勢を低くし利香へ向けて疾駆する。
鞭を回避し、薙ぎ払い、懐に潜り込んだライブラは利香の腹部へ躊躇なく剣を突き刺した。
脇腹を抉られた利香は、血を吐きながらも笑ってみせる。
「私が死ぬべき人間に見えてきたんでしょう?」
にひ、と悪戯っぽい声を零すその表情は、どこか艶めかしい怪しさを孕んだものである。
「その愉快な脳を消し飛ばしましょう」
至近で耳に届いた声に反応が送れた。
梨香へ意識を向けすぎて、ライへの警戒がおろそかになっていたのだろう。
ごう、と。
渦巻く魔力の波に身体を飲まれる頃になってやっと、ライブラは自身のミスを悟った。
1階、階段下。
寛治はaPhoneを耳に当て、アレクシアと通話していた。
「なるほど。分身と本体の意識はリンクしていないが、目的だけは共通していると? 本体の目的遂行が滞った際に近くに現れ動き始める」
ドッペルゲンガーのようなものですね。
そう呟いた寛治は、交戦中のライブラを見た。
分身体は本体の意思で自由に出し入れできるものではない。
分身体は1体までしか現れないが、その回数に制限はない。
分身体を倒しても、またどこかに現れることになる。
「重要な情報だ。ありがとう……と匠さんへお伝えください」
情報源は神崎 匠だ。
玉兎は無事に仕事を果たし、匠を2階へ避難させていた。
「では、まずは本体を討てばいい」
不安要素は無くなった。
ならば後は、やるべきことを成すだけだ。
●裁くのは誰だ
ライブラの猛攻を受け、ヴィリスとライアーは血塗れだ。
しかし、ライブラも満身創痍といった有様。
これで終わり、とばかりにライアーは魔弾を射出し、ヴィリスは滑るように疾駆した。
魔弾を胸に受けたライブラが大きく仰け反り、その顔面にヴィリスの剣踵が迫る。
刃が喉を裂く寸前……。
「わぁ、待って待って!」
「1階の本体を倒すまで、トドメを刺してはいけません!」
アレクシアと玉兎の声が廊下に響く。
攻撃の手を止めた2人は、一旦、後方へと退避。
傷ついた2人へ治癒を行使しながら、アレクシアが現状を説明する。
「交代でやりましょう。まずは私が」
手に7色の魔光を蓄えた玉兎が、それをライブラへと放つ。
ライブラによる執拗な攻撃を受けてなお、利香が倒れることは無かった。
「生死の資格より自分の実力を見定めるべきでしたね!」
若い女性の柔らかな身体を刃が裂く。
その腹部へ、蹴りが突き刺さる。
けれど、利香は倒れない。圧倒的なまでに豊富な体力と、異常なまでの打たれ強さは、見かけから判断できないものだ。
「狙うのなら、喉か心臓に限るか」
埒が明かない。
そう判断したライブラは、剣を刺突の型に構え……。
直後、響く1発の銃声。
正確に、罅の入った箇所を狙った精密狙撃。
「天秤をひっくり返すのは、得意なんですよ」
この瞬間のために、寛治は初戦の間から、剣へ攻撃を加え続けていたのだろう。
砕けた剣でどこまで戦えるものか。
「捌きの剣をへし折るとは、卑怯な」
「悪いがお前の土俵で喧嘩する気はねえよ!」
トキノエの殴打を顔面に受け、ライブラは床に転がった。
剣が無くとも体術がある。
鍛えた体で行使するそれは、確かな威力を秘めていた。
しかし、何度殴りつけてもトキノエは倒れない。
顔を腫らし、唇から血を流しながら、彼は何度もライブラを攻め立てる。
「うぇー、痛そう」
「それはどちらが?」
「どっちもですよ」
なんて、その光景を見ながら利香とライは軽口を交わす。
剣を失い、劣勢になったライブラへトドメを刺すべく、ライは手を持ち上げた。
その手に握られた銃の名は“ロザリオ”。神秘の力を弾丸に変え敵へと放つ魔銃である。
しかし……。
「必要なさそうですね」
銃を下ろしてライは呟く。
「直後、トキノエの放った渾身の拳がライブラの顔面を撃ち抜いた。
数歩、震える脚で後ろへと下がり……。
ライブラの体は、力を失い崩れ去る。
「やはり死体も残りませんか。分身の方も、片付けてもらって結構ですよ」
トキノエへ肩を貸しながら、寛治は2階の仲間たちへと声を届ける。
じきに分身体も討伐されるだろう。
「とはいえ……夜はまだまだ続くのですが」
なんて。
窓の外へと視線を向けて、ライはそんなことを呟くのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
ライブラは無事に討伐され、ショッピングセンターの平和は保たれました。
依頼は成功となります。
この度は、ご参加いただきありがとうございました。
また、縁があれば別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
ザ・ライブラの討伐
●ターゲット
・ザ・ライブラ(夜妖)×1~2
オンラインゲーム<virtue and vice>に登場するNPC。
作中においては敵でも味方でも無い存在として活躍する。
身長180センチ。
右半分は白、左半分は黒のコートを纏った男性だ。
頭髪も左右で白黒に塗り分けられており、口元から目にかけてはカラスを模したマスクに覆われている。
独自の価値観でもって、生きるべき者と死ぬべき者を定める。
そして、必ず生きる者と死ぬべき者の数が同じになるよう調整するという性質を持つ。
※ザ・ライブラは2人に分身する能力を持ち、左右の腰に下げた細剣を得意な武器とする。
斬撃:物近単に大ダメージ、滂沱
細剣による鋭い斬撃。
体術:物至範に小ダメージ、弱点、ブレイク、飛
速く、重たい体術。
・神崎 匠
希望ヶ浜に住む高校生。
犬のような夜妖に襲われているところをザ・バランスに助けられる。
その声や台詞から、ザ・バランスの正体を看破。
彼の凶行を止めるべく行動を開始した。
現在、ショッピングモールへ向け疾走中。
●フィールド
希望ヶ浜のショッピングモール。
7階建て。
ライフラインの混乱により大半の設備が使用不能となっている。
しかし、非常電源が稼働していることによりごく小範囲(1階部分のみ)の明かりが付いている。
明かりを求め、近隣の住人たちが次々と避難してきている模様。
ザ・ライブラの目的地はおそらくここだろう。
2階~7階にかけては電気が付いておらず真っ暗。
2階にある事務室に行けば、館内のどこに明かりを付けるか、監視カメラを作動させるか、防火扉を落とすか否かなどの操作が可能。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●Danger!(真性怪異による狂気)
当シナリオでは『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』や『反転に類似する判定』の可能性が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●侵食度<神異>
<神異>の冠題を有するシナリオ全てとの結果連動になります。シナリオを成功することで侵食を遅らせることができますが失敗することで大幅に侵食度を上昇させます。
●重要な備考
<神異>には敵側から『トロフィー』の救出チャンスが与えられています。
<神異>ではその達成度に応じて一定数のキャラクターが『デスカウントの少ない順』から解放されます。
(達成度はR.O.Oと現実で共有されます)
又、『R.O.O側の<神異>』ではMVPを獲得したキャラクターに特殊な判定が生じます。
『R.O.O側の<神異>』で、MVPを獲得したキャラクターはR.O.O3.0においてログアウト不可能になったキャラクター一名を指定して開放する事が可能です。
指定は個別にメールを送付しますが、決定は相談の上でも独断でも構いません。(尚、自分でも構いません)
但し、<神異>ではデスカウント値(及びその他事由)等により、更なるログアウト不能が生じる可能性がありますのでご注意下さい。
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