シナリオ詳細
<Noise>再現性倫敦一九八四:外伝・真に彼を愛せよ
オープニング
●倫敦の今
再現性倫敦――。
ニュー・ブリタニアと言う『フィクションのディストピア』を再現したテーマパークであったが、ある日とある人物の暴走により、実際のディストピア都市として運用を始め、暴発の危険をはらんでいた再現性都市の一つだ。
そんな都市も、イレギュラーズ達の活躍により崩壊。今は住民たちは都市の再建と今後の都市の在り方を決めるため、確かに明日を踏み出した。
そんな状況の中、世界に再び異変が起こる。
R.O.O内部の事件の対応により、疲弊した練達のマザーは、練達内部のシステム異常を引き起こさざるを得なくなるほどに追い込まれていた。天を覆うドームは空を映さなくなり、管理された気候は異常をきたし、ライフラインも満足に使用できなくなっている。
当然、その異変は練達の一部である、再現性都市群にも影響を及ぼしていた。この『倫敦』も、それは同じだ。
「ま、確かに異常事態だがな。前に比べりゃまだましだ」
と、今や倫敦のメイン層となった、かつてのプロレタリアートたちは笑う。助けを借りたとはいえ、ようやく手に入れた自由。自らを由とする、責任と喜びは、この程度の困難では消えぬほどに、熱く燃え上がっている。
また、『政府』ではなく、新たに信じる宗教のようなものも生まれていた。例えば『羽衣教会』は着実に信徒を増やしつつ一等地を確保していたし、とある『女神』なる人物にすがる秘匿宗教も、その身を表に出さぬままに、じわじわと信仰を集めている。
ニュー・ブリタニアの時は進み。たとえ破滅が身近に迫ろうとも、今度は誰もあきらめることなく、再び戦い続けるのだろう。『聖女』と呼ばれた彼女や、或いは『よわむしたちを率いた誰か』のように。『流行歌』を歌いながら、住民たちは力強く、今日も生き続けている。
さて、本題に入ろう。目下のところ、倫敦住民たちの問題の一つに、『親愛省をどうするか』というものがあった。かつては政府の施設だった此処も、革命末期には革命軍の前線基地として使用されていたが、革命も終わり、さてこれをどうするか、と言う事になったのだ。
過去の過ちを犯さぬためにも、博物館として利用する、と言う声もあり、忌まわしき過去の産物として、破壊してしまえ、と言う声もある。まぁ、そこは本題ではない。彼らが話し合いなりなんなりで決めていくものだ。もはやイレギュラーズ達の出番ではないだろう。
問題は――破壊するにせよ運用するにせよ、内部の調査は行わなければならないのだから――内部の調査中に発生した。それは、『レクリエーション・ルーム』と言う施設を調査中のことだった。
内部を調査していた3名の調査員は、突如として『内部の機械が再起動』していたことを知る。完全に沈黙しており、二度と再起動などするはずのなかったそれが再起動したのは、間違いなく、昨今練達を騒がせているシステム障害の影響によるものだったのだ。
レクリエーション・ルームの施設は、かつての反逆者や非協力的市民を、『政府を心から愛するように説得する最後の砦』であった。具体的には、『自身が最も我慢できない、精神的・肉体的な苦痛をバーチャルで与え、大切なものを自ら差し出すように心を折る』と言うものである。かつての事件でとあるイレギュラーズも受けたこの拷問。そのイレギュラーズは見事に打ち克ったが、この心を折る最悪の拷問に打ち勝てる市民などはまずいない。
結果、別の調査隊が異変に気付き駆け付けた時には、廃人と化すほどに心に傷を負った三名の調査員の姿があった。
そして、レクリエーション・ルームは未だに稼働を続け、立ち入ることのできぬ魔窟と化していた――。
●真に彼を愛せよ
「えーと、ローレットのイレギュラーズさんですよね? 何でも屋だって言う」
と、すっかり荒れ果てながら、しかし活気と活力に満ちていた倫敦の街に、あなた達ローレットのイレギュラーズはやってきた。あなた達を迎えたのは、倫敦の市民代表の一人なのだそうだ。あなた達が倫敦へとやってきたのは、物珍しさのためではない。もちろん、依頼を受けたためだ。その依頼とは、『レクリエーション・ルームの解体』であるのだという。
「レクリエーション・ルームなのですが、内部の機械が暴走していまして……警備用のレーザー・ビームや拘束装置も暴走し、とてもではないですが、私たちでは中に入れたものではありません」
それに、中に入れば『拷問』を受ける可能性があるのだ。物理的な危機に、精神的な危機。こうなれば、もう一般市民の手には負えないだろう。
「ですので……皆さんにお願いするしかないのです。この都市は見ての通り、大きな革命を経て疲弊してしますが……まだまだやり直せるはずです。そのためにも、あのレクリエーション・ルームを何とかしないといけないんです」
その言葉に、あなた達は頷いた。倫敦の明日のためにも、この依頼は避けて通れないに違いない。
あなた達は依頼を受諾すると、親愛省へと向かった。すっかり片付けられた建物を奥へ、上へと進むと、やがてレクリエーション・ルームと表札のかかった扉の前に出る。
ここから先は、肉体的・精神的な戦いが待っている。
あなた達は意を決すると、その扉を開けた。
- <Noise>再現性倫敦一九八四:外伝・真に彼を愛せよ完了
- GM名洗井落雲
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年10月30日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●悪夢の装置
「……いくのね、わんこ。あの部屋に……」
親愛省の入り口。高くそびえたつその建物を見つめながら、シィナ・マシーナは呟いた。シィナは、『倫敦の敵』わんこ(p3p008288)の関係者であり……わんこのメンテナンスを度々行っている、『お得意様』の間柄だった。
シィナは倫敦の解体にも一役買っている。そんなシィナが、わんこが再び倫敦に戻ってくると言われれば、そのバックアップにやってくるのも必然。
シィナ以外にも、親愛省の周りには、多くの人達がいた。『女神』に祈りをささげる人々。自分たちを導いてくれた『よわむしたちのヴァンガード』の無事を祈る人々……そして、破壊工作員として顔のしれたわんこを、倫敦解体の立役者の一人として、レクリエーション・ルームの解体への期待と無事を願う人々。
「……わんこ、貴女はね。自分で思っているよりきっと、ずっと、周りに必要とされているわよ」
そんな人々を見ながら、シィナは呟いた。だから絶対に帰ってきて。無事なままで。そう願いながら。
さて、レクリエーション・ルームに突入したイレギュラーズ達は、酷く広く、そして薄汚れた空間の中にいた。
「……此処に戻って来るとはな」
『虚言の境界』リュグナー(p3p000614)が、忌々しそうに言う。『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は、ふむ、と唸りつつ、
「真実省の資料や、報告書で存在は知っていたけれどね。私は親愛省の方には来なかったから体験しなかったが……相当、のものらしいね」
リュグナーは、ふ、と苦笑してみせた。
「期待していると良い。精々心を折られんようにな」
リュグナーは、一度この拷問を体験している。そのリュグナーがそう言うという事は、相当の苦痛を味あわされるのだろう。ゼフィラはわずかに、息をのんだ。心で身構える――同時、ぶ、ぶ、と音が鳴った。それは機械の駆動音だった。
「音か……天井から?」
『天穹を翔ける銀狼』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)が声をあげる。果たして言葉通りに天井を見てみれば、無数のケーブルにつながれた機械がつるされていることに気づく。これが拷問のための『矯正器具』だ。それは、奇妙な形状をしていて、例えるなら……ケーブルに絡みつけられ、奇怪なヘルメットをかぶった男の上半身、と言うようなデザインだ。
「まぁ。悪趣味ですね」
興味深げに言う『あいの為に』ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)。その眼は、何か……戦いが終わった先のことを試算しているようにも見える。
「テーマパークのなれの果てに潜む拷問の怪奇!
次号の大見出しはこれで決まりだな。わざわざローレットで依頼を漁った甲斐があったもんだ。
……心配するなよメアリアン、君さえいれば俺は何も怖くない」
虚空を見やりながら、『月刊ヌー大陸編集長』ハインツ=S=ヴォルコット(p3p002577)が言う。それに応じるみたいに、あちこちから単純化されたデザインの、例えるならドラム缶やバケツをひっくり返してカニの足をつ行けたみたいな機械が出てきた。護衛用のロボットだろう。
「さて。そとにいる『元よわむし』たちに、ごめんなさい、負けてしまいました、なんて情けないことは言えませんからね」
『よわむしたちのヴァンガード』散々・未散(p3p008200)がそう言う。ロボットたちはぐるぐると警報音と警告ランプを鳴らした。レーザー・ガンと捕縛装置をむき出しにし、まるで威嚇するかのように体を震わせる。矯正器具が、まるで悲鳴をあげるように駆動音を高鳴らせる。
「ついぞここに来ることはありマセンデシタガ……わんこには倫敦をバラした責任がありマス。
拷問? 上等。わんこは倫敦の敵。『彼』の遺産なら、まとめて破壊してやりマショウ!」
わんこがそう言うのへ、『恋する探険家』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)は頷いた。
「うん、どんな悪夢を見せられたって、ワタシたちは負けない――」
そう、フラーゴラが呟いた瞬間。
フラーゴラは、うらぶれた街の路地裏に立っていた。
●夢のはじまり
「えっ」
と、呟いた刹那、フラーゴラの全身から力が抜け落ちた。体が熱い。これまで来ていた服の手触りが、薄汚く汚れた麻袋のような粗雑なそれへと変わる。
思い出すのは、過去の事。熱病にうなされ、食べるものもなくゴミ箱をあさり、薄汚れた髪と顔で街を徘徊していたあの時――。
「ひっ」
フラーゴラが悲鳴をあげる。目の前には鏡がある。薄汚れた自分が、そこにいた。
「や、やだ、やめて」
フラーゴラがいやいやと頭を振る。鏡の中の人物が、次々と変わっていく。親切にしてくれた人。新しくできた友達。その全てが、まるで汚いものを見るかのような視線を、フラーゴラへと向けていった。失望するような視線を、フラーゴラへと向けて、去っていく。
「ちがう、ちがうの。やめて、こんなの」
フラーゴラが喘ぐように声をあげる――最期に現れたのは、フラーゴラが最も愛する、愛しいあの人の姿だった。
「やだ、やだぁ……! 見ないで、お願い……!」
フラーゴラの目に涙が浮かぶ。その人の顔が、軽蔑へと変わる。言葉が紡がれる。「そんな汚い奴だとは思わなかった」。やめて。やめて! やめて!
「ああ! 違うの! 違うの! これは、この子は――」
ワタシじゃない、と言う言葉を、とっさに飲み込んだ。自分ではない、とは嘘だ。これは事実だ。決して、消え去ることのない……。
今、何を言おうとした? 自分の境遇を、誰かに押し付けようとしたか? 誰かを、何かを……差し出そうとしたのでは……?
違う。そんなことは本意ではない。そんなことは、出来ない。どれだけ苦しくても、ワタシは自分の恐怖を、誰かに押し付けようとなんてできない。
それは、フラーゴラの心に残っていた、気高さなのかもしれなかった。そしてそれが、『拷問』に耐える支えとなっていた。
「フラーゴラ君!」
はっ、とフラーゴラは意識を取り戻した。涙でぐちゃぐちゃになった顔を自覚する。
「大丈夫か!? 突然うずくまって……拷問を受けたのか!?」
それがゼフィラの声だ、と気づいた瞬間、自分が拷問を受けていたことを、フラーゴラは自覚した。恐ろしい体験だった。体が震えるのを自覚する。気力と体力が著しく萎えているのを自覚した。とてつもない精神の疲労。
「う、うん……大丈夫、大丈夫……」
言い聞かせるように、フラーゴラは頷く。すでに戦闘ははじまっていたらしい。レーザー・ビームの交差する音と、仲間たちの攻撃音があちこちに響いている。
「ごめん、ワタシもすぐ攻撃に……ゼフィラさん?」
フラーゴラは、ゼフィラがどこか遠くを見ていることに気づいた。途端、ゼフィラが力なく倒れ、震え始めた――。
手が動かない。脚が動かない。気づけばゼフィラは、ベッドに横たわっている。外に広がる景色。見慣れた家の庭の景色。衰弱していく身体を自覚する。枕もとのサイドテーブルに置かれた薬。
「やめろ」
ゼフィラは喘ぐように言った。逃げ出したい。この場から。この現実から。
お前には何もできない。誰かがそう言った気がした。このままお前は死ぬのだ、と誰かが言った気がした。
それは事実だった。混沌に召喚される前、確かにゼフィラは、何もできず、ただただ衰弱して死んでいくはずだった。
「やめ、て」
手を動かそうとする。動かない。脚を動かそうとする。動かない。何もできない。何も為せない。何も残せない。
「いや、いやだ。やめてくれ! こんなのは、くそ、嫌だ!」
叫んだ。叫んだ。喉が血でまみれる位に。死ぬ。死んでしまう。このまま。
「いや、いや! 何もできずに死にたくなんてないんだ! 私、私は、まだ進み続けたい、のに」
それができない。こんな現実、他の誰かに押し付けてしまえばいい、と誰かが言った気がした。それは、誘惑の声だったか。それとも、自分の本心だったか。
大切な何かを差し出せば、この現実はそいつのものになるのか。
自分は、助かるのか――。
だとしても。
そんなことは、ゼフィラのプライドが許さない――。
「目覚めたか?」
リュグナーが声をかけるのへゼフィラが気づいたのは、自分の顔が酷く赤らんで、涙で濡れていることを自覚した瞬間だった。
「……酷い夢だ。これに耐えなければならないとは」
ゼフィラが言うのへ、リュグナーが答えた。
「故に、こんなものは破壊せねば……」
そう言った瞬間、リュグナーは、見覚えのある空間の中にいた。
「『拷問』か……!」
リュグナーが叫ぶ。以前受けたそれと同様の感覚を、リュグナーは覚えていた。真っ暗な空間。非現実的な現実。だが、以前は耐えた。一度は耐えた。同じものなら二度でも……!
死体が転がっている。
足元に。死体が転がっている。
それは、かつて守ると誓ったもの達の亡骸。
それは、かつて助けると約束した者達の亡骸。
潰えていく。消えていく。腐り落ちていく。
「これ、は」
以前とは違う、それは恐怖だった。誓いが、汚されていく。約束が、嘘に変わっていく。
ざわざわとしたものが、リュグナーの皮膚を泡立たせた。
「や、めろ」
恐怖が、嫌悪が、リュグナーの身体を駆け巡った。
「やめろ……! 勝手に、逝くなッ!!」
叫べど、叫べど、光景は変わらない。汚されていく。腐り落ちていく。気高き約束も誓いも、嘘にまみれていく。
「お、おおおおおおっ!」
リュグナーは叫んだ。嫌悪に。恐怖に。だが、そこまでだ。敵が何を要求しているのかを、リュグナーは知っている。
なら……それをくれてやる気などは、無い。
「言ったはずだ……対価無くして何一つとしてくれてやるモノは無い、と!」
「……っ! はぁっ、はぁっ!」
リュグナーは激しく息を吐いた。いくらそれが現実ではないとわかっていたとて、それを見せつけられる消耗は激しい。
「……おのれ……我に、この屈辱を二度も――スクラップ風情が!!」
放たれた怒りの魔弾が、矯正器具の動力パイプを引きちぎる。ぶん、と音を立てて矯正器具がその光を明滅させるが、しかし未だその攻撃がやむことは無い。
「やるね、リュグナー! 他の皆の様子も見てると、相当ひどい夢を見せられたようだ。
さっさと壊してしまおう!」
ハインツがそう告げる。ゆっくりと銃を構えて、照準を覗き込む――そこに、肉塊があった。
「私は誰?」
肉塊は問う。それは、何か。それが、何かを、ハインツは知っている。
蘇らせようとした生命(メアリアン)、その失敗作(メアリアン)。
故に、声に出せない。それをそうと認めることができない。
それを認めてしまえば――今傍にいるはずのメアリアンの否定になってしまう。
傍にいるメアリアンは、いわばハインツが己の心の中に生み出した存在しない存在、だ。
だが、今までそれを、存在するかのように振る舞ってきた。
ああ、そうだ。そう言う事だ。それを今この場で自覚させられる。恐怖。それが全身を駆け巡る。
「私は誰?」
問いかける。そう問われることが恐ろしい。真実を直視しろと言われることとが……逃げ出す術は簡単だ。認めてしまえばいい。
だが、そうなれば、今心の中に生まれた仮想のメアリアンを裏切ることになる。捨てることになる。
……だが、結局は……どちらを選んでも、自分は何かを裏切り続けることになるのだ。
ハインツは、恐怖の中で考える。何を、選ぶべきか。何を、捨てるべきか。
だから言った。恐怖に屈することで、一つの大切なものを救い、一つの大切なもの捨てる。
「君はメアリアンだ」
ハインツは言った。
拷問は終わる。恐怖に屈したとして。
目を覚ました時、何か大切なものが抜け落ちてしまったような感覚を、ハインツは覚えた。
戦いは続いている。皆苦痛に満ちた顔で、戦っている。何かをなくしてしまったハインツの表情は、酷く穏やかなものだった。
「肉塊(きみ)も、仮想(きみ)も、俺が生み出してしまったメアリアンだ……。
俺が認めてやらなきゃ、可哀相だろ。
君のいない世界に意味は無いから、後を追うよ。ただ、もう少しだけ待っていてくれ」
そう呟いた。
●解体
「が、あっ……!」
自分の皮膚を、触手が這いまわるの感じる。強く締め付けられ、嬲る様に嘗め回されるように這いずり回るのを感じる。
ゲオルグにとって、恐怖とは触手の存在だった。元々いた世界でも、散々に苦しめられた。こびりついた恐怖と苦手意識は、そう簡単に消え去るものではない。
「やめろ、やめてくれ!」
懇願するように、ゲオルグが叫んだ。触手はそのような懇願などは効かずに、ゲオルグの四肢を引きちぎらんほどに強く締め付け、さらにその首元へと迫る。真綿で首を締めるかのように、力を加減し、ぎりぎり生かさず殺さずに呼吸を阻害する。ひゅう、ひゅう、とゲオルグが喘いだ。
死。或いは、茫洋とした意識に存在する快楽か。恐怖はゲオルグの脳裏を埋め尽くし、ある提案を促す。
誰かを身代わりにして逃げだそうか。
そんな思いが……脳裏に浮かんでは消えていく。
耐えなくてはならない。
大切なものを、ジークを、大切な動物たちを……この恐怖に差し出すことなどは、許されない。
ゲオルグが意識を回復した時、未散の放った刃が警備ロボットを斬り飛ばしているのを確認した。警備ロボットたちは半数以上が破壊され、矯正器具への攻撃が本格化している。が、矯正器具を破壊するにはまだまだ時間が足らない。それに、拷問を受けたイレギュラーズ達は、極限の疲労により弱体化の憂き目にあっている。そう言った点からも、戦いはまだ続きそうであった。
刹那、未散の視界が真っ暗になった。拷問の始まりを察した未散は。
祈る様に、手を組んで。
瞼を閉じて、軀を折って。
未散は何もない空間を墜ちている。落ちる距離が進むごとに、自分の頭から大切な何かが抜け落ちていく感覚を覚えた。
1メートル墜ちれば1が抜け落ちる。10メートル落ちれば10が抜け落ちる。
それは、記憶。すなわち未散の恐怖とは、忘却。
じわじわと、じわじわと、忘れていく。恐怖をあおる様に。後一メートル落ちれば、次は何を忘れる? 数秒後には、なにを忘れる?
忘却は罪。あらゆる痕跡の抹消それは重罪人の証拠。
ああ、未散。汝は罪人へと堕すのだ。恐怖! 恐慌! すべてを忘れ、まっさらな罪人よ! 汝は何を償うのか。
忘却の罪。罪過。首を刎ねよ! 瞳をくりぬけ! 感触がある。実感がある。ああ、ああ、罪びとよ。怖れるのならば、差し出すが良い。
あなたの罪を、誰かに擦り付けるのだ! それだけで、汝は救われようぞ――。
口の中に錆の味が広がります。
鉄錆の味。それは、美しいものではなかったけれど。
それは、『ぼく』の起原であったような気がしましたから。
そう、ぼくはよわむしだけど。
ちっぽけな虫けらだけど。
何時かは琥珀になるんだ。
燃やせば跡形も無く消える、歴史の証人に!
気づけば、よわむしは立ち上がっていた。目の前にいる悪夢の器具を見据えて。煙草が吸いたい気分だったけれど、それは最後にしましょう。
「……――嗚呼、胸糞悪かった。
ふふ、存外口が悪いんです」
よわむしは笑う。そして恐怖へと立ち向かう。
「そうデス! この胸糞悪い機械! ぶっ壊してやりまショウ!」
わんこがその左手を掲げ、飛び込む――先には、何もなかった。
人がいる。人がいる。人だけがいる。
多くの人がいる中に、わんこがいる。そんな空間に放り出されていることに気づいた。
多くの人がいるのに、だれもわんこをみない。だれもわんこに注意を払わない。
好意を抱かない。興味を抱かない。敵意を抱かない。憎悪を抱かない。
何もない。何もない。誰もわんこを見ない。誰も、わんこを必要としない。
必要とされない。それが恐怖だった。
愛されるならいいだろう。必要とされているのだから。
憎まれるのもいいだろう。必要とされているのだから。
重用されようとも虐げられようと、その刹那に必要とされているのなら――自身に価値と意味はある。
それが無いなら……自分等は、無いのと同じだ。
それが堪らなく苦しい! それが堪らなく恐ろしい!
ああ、厭だ、厭だ! 誰か、自分を必要として! ×××を呼んで! 必要として! ×××を! ああ、ああ……。
逃げ出す方法などは簡単だ。捨ててしまえばいい。『最も大切な』記憶を。デリートすれば。物言わぬ人形に変われば。ああ、ああ。
「舐ぁぁぁめんなぁぁぁぁぁッ!!」
感じていた時間は永遠に。実際に経過した時間は数秒。わずかにとんだ意識を取り戻して、わんこは振り上げた左腕で矯正器具をぶん殴る。ばち、と音を立てて、矯正器具を繋ぐケーブルが引きちぎれた。ず、と地に向って落ちる。が、まだケーブルはちぎれず。
「ええ、では、これでこのつまらない芝居も」
終わりにしましょう、とライが呟いた瞬間、その目は矯正器具ではなく、違うものを見ている。
……なんてね。ありませんよ、大した恐怖も、大切なものも。
ふふ。しいて言うなら、嘘がバレてしまう事かしら? これも嘘ですけれどね。バカバカしい。
さあ、なにを見せてくれるのですか?
平和だったわたくしの家族が地獄に落ちる瞬間?
初めてスラムで『お金を稼いだ』あの時?
それとも、初めて人を殺した日の夜? ああ、目まぐるしく変わる映像。すごい、すごい。まるで映画のように、人の頭をこねくり回して嘘を見せつけるのですね。
ああ、最後に見せるのは、平和な日々、ですか。わたくしの家族が、みんな笑っていますね。ふふ。ふふ。ふふふふふふふ。
愚かですね。無益ですね。こういってあげましょうか。『まんじゅうこわい』。美味しいお菓子でも見せてくれるのですか? ふふ。
あなたの力は素晴らしいです。それは認めます。
でも、それは……わたくしのような人間には、ええ、とてもとても。通用するものでは。
まったく。私達の道具でしかなかった玩具如きが私に音を上げさせようなどと……業腹です。片腹痛い。
がごん、と音を立てて、矯正器具が地に落着する。ライはふと、現実に意識を引き戻された。
落着した矯正器具が、僅かに光を明滅させて、そのまま消えた。完全に壊れてはいないのだろう。ライは笑った。
「楽しい玩具。新しい遊び場をあげましょう」
親愛省の入り口から姿を現したイレギュラーズ達を、倫敦の住民は歓声を以って迎えた。
あの悪夢の部屋を、完全に解体したのだ。
……その熱狂の影で、ある女神を信奉する集団が、停止状態の矯正器具を持ち出していることには、誰も気づかなかった。
その事実が何をもたらすのかは、おそらくはまた、別の話となる。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
ご参加ありがとうございました。
皆様の活躍により、レクリエーション・ルームは解体されました。
これで、倫敦の住民たちも安全でしょう。
破壊された矯正器具も……あれ? そう言えば、あの機械、どこに行ったんだ?
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
此方は再現性倫敦一九八四の、外伝的なシナリオになっています。
●成功条件
レクリエーション・ルームの解体
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●状況
革命の成立した都市、再現性倫敦一九八四。この都市にある『親愛省』と言う施設には、『レクリエーション・ルーム』と呼ばれる設備があります。此処は、『思想犯罪者などの思想を矯正し、当時の支配者を真に愛するように強制する施設』。具体的には、『被験者が最も心から恐れる精神的・肉体的拷問をうけさせ、大切なものを差し出すまでそれを続ける』と言うもので、心を折り、当時の支配者に忠誠を誓わせるものでした。
革命時にシステムをシャットダウンされていたこの施設ですが、昨今の、練達の異常事態の影響を受け、不慮の再起動を行ってしまいました。加えて、内部の警備装置も暴走しており、普通の人間では対処できない状況になっています。
そこで皆さんの出番です。皆さんはこのレクリエーション・ルームに侵入し、内部の警備システム、および『矯正器具』(上記の精神的拷問用の機械です)を破壊してください。
レクリエーション・ルームは広く、戦闘ペナルティなどは発生しないものとして処理します。ただし、戦闘中に後述する特殊判定が発生し得ます。
●特殊判定・拷問
『矯正器具』が破壊されない限り、毎ターンに一回、これまで拷問を受けていなかった1名が、『拷問』状態になります。
『拷問』状態になったキャラクターは、そのターンすべての行動が行えず、敵の攻撃目標になりません。
『拷問』状態になったキャラクターは、バーチャルで『自分が最も忌避する精神的、或いは肉体的な恐怖』を体感させられます。例えば、生き埋めにされるのが最も忌避する恐怖であれば、自分が生き埋めにされるリアルな体験をさせられ、スズメバチが最も忌避する恐怖であれば、無数のスズメバチが動けないあなたの周りを飛び回る体験をさせられます。
この拷問を解除するには、『耐え続ける事を選択する』か、『自分の最も大切なものを差し出し、それを身代わりにすることを選択する』しかありません。
『耐え続ける』を選択した場合、HPとAPにダメージ、同時に戦闘中すべての能力が若干減少します。
『大切なものを身代わりにする』を選択した場合、ペナルティはありません。が、あなたの心には、大切なものを裏切ったという負い目が深く残り続けるでしょう。
●プレイングについて
上記拷問を避けることは不可能です。ですので、プレイングに『自分が最も忌避する恐怖』を記載していただけると、キャラクターの苦悩が描写されるでしょう。
同時に、『恐怖に耐え続けるか、大切なものを身代わりにするか』を記載することで、その恐怖に打ち勝てたか、屈したのか、も決めることができます。
もちろん、シナリオで恐怖を開示したくないのであれば、記載しなくても大丈夫です。その場合は、なんやかんや辛そうな感じで描写されます。
●エネミーデータ
矯正器具 ×1
レクリエーション・ルームのメインシステムです。これが存在する限り、上記の『拷問』が発生します。
自ら攻撃を行う事はありませんが、とにかくHPが多く、装甲が厚い(防御技術が高い)ので、一気に倒すのは難しいかもしれません。
警備システム・レーザーガン ×5
移動式のレーザーガン・ロボットです。単純な作りのロボットですが、強烈なレーザー銃を発射してきます。
神秘属性の中~遠距離攻撃を行ってきます。『火炎系列』のBSにご注意を。
警備システム・捕縛マシン ×5
移動式の捕縛マシンです。フックやさすまたのような機械、ネットのような機械を使い、こちらの動きを封じてきます。
物理属性の近~中距離攻撃を行ってきます。『乱れ系列』『足止め系列』のBSを付与してきます。
以上となります。
それでは、皆様のご参加、プレイングをお待ちしております。
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