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シナリオ詳細

ヒュプノスミスト・デリヴァランス

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――月だけが、冷酷に大地を睥睨していた。
 立ち込める霧の向こうに並び立つ家々はひどく静かで、まるで活気は感じられない。
「悲しいかな。人は生きる上で、あまりに苦痛が多すぎる」
 憂いを帯びた声で一人の司祭がそう呟いた。周囲に三人の騎士を引き連れた彼は、眼前に倒れ伏した人々を見て祈りを捧げる。
 『カンナスコルピ』と呼ばれるその村は、土着の樹木信仰と共に生きる小さな村だった。草木に感謝し、動物と共に生きる。その在り方はどことなく『深緑』に近く、事実幾人かの流れ者によって形成されたという歴史があった。
「悲しいかな。あなた方はこの国にとって邪教だ」
 天義は信仰によって成り立っている。信仰は信念であり、正義であり、そして時に狂気を孕むものだ。
 カンナスコルピの住民達のような信仰は、一部の異端審問官達にとっては排除すべき邪教であり、唾棄すべき異教だ。どのような目に遭うか想像に容易い。
「ゆえに此処で救おう、悲しき人々よ。覆い隠す微睡みの果ての楽園へと、私が導こう」
 霧が、よりその濃度を強める。
 月光が乱反射し、在り得ざる極彩の楽園を顕現させる。
「……こんなの……いやだ」
 絞り出された少年の声は、果たして誰かに届くのだろうか?


 司祭達の襲撃から、太陽が照らす昼間へと時は遡る。
「おお、丁度いいところに」
 ローレットへと訪れたイレギュラーズ達に声を掛けたのは『スーパーセル』クロウワッハ・クルルクック(p3n000226)だった。その手にはチョコレートソースとカラースプレーチョコをたっぷり掛けたバニラアイスのカップが握られていた。
「ついさっき天義から依頼が入ってにゃ、とある司祭にょ討伐を任せたいとにょことだ。
 司祭にょ名前は『ツァドキエル』。ありふれた司祭にょ一人……かと思われていたんだが、ここ最近調査によってある事実が分かったにょだ」
 ばさりと資料を開示するクロウワッハ。それに視線を落とせば、幾つかの文字が目に留まる。
 『崇拝』『生贄』『魔導書』『催眠』『儀式』『救済』『苦痛溢れる世界』『幸福に満ちる楽園』『神世界へ至る』。
 ――どうやらツァドキエルは、自身が独自に信仰する神のために異教徒とされた人々の命を捧げていたのだ。その名前は判明していないが、どうやら『眠り』に深く関係する神らしく、時の流れに存在を消された存在ではないかと推測されている。

「ツァドキエルは護衛騎士を三体引き連れて辺境にょ村『カンナスコルピ』へ向かったことが確認されている。たぶん生贄の調達だろうにゃあ。
 資料に書いてあるとおり、ツァドキエルと護衛騎士達は水の奇跡の操作に長けている。特にツァドキエルは後方からにょ支援が得意みたいだから、厄介なことににゃる前に片付けたほうがいいだろうにゃ。……でもまぁ、相手も対策にょ一つや二つ講じているだろう」
 単純な火力支援だけではなく、状態異常の付与や使い魔の召喚なども考えられる。
 幻を使うのであれば、それこそこちらに都合の悪い何かを見せられてもおかしくはない。
「ワガハイから言うことではにゃいと思うが、幸せも救いも、結局にょところ自分で決めるしかにゃい。幻は、幻以上にはなり得にゃい。
 夢にょなかでドラゴンステーキをいっぱい食べてもお腹いっぱいになれないことと同じように……!!
 ま、がんばりたまえ。幻に落ちにゃいように」
 

GMコメント

こんにちは!清水崚玄です!ここの挨拶全然してなかったことに気づいたので書くことにしました。
今回は村をわるい司祭から助けるシナリオです。

●成功条件
①エネミー全員の討伐

●地形
辺境の村『カンナスコルピ』
 ツァドキエルの能力によって周囲に濃霧がかかっており、視界不良にあります。
 また、霧の中にいる限りツァドキエルが強化されます。
 範囲攻撃や風にまつわる神秘攻撃によって振り払うことができるかもしれません。

●敵の情報
①楽園の司祭『ツァドキエル』×1
 名称不明の神を信仰している司祭。今回の事件の首謀者です。
 一般的な司祭を偽装していたが、その真実は強固な精神力を持った狂信者です。
 得意とする水の奇跡で村一帯を霧で覆い隠し、その中で生贄の儀式を行おうとしています。
 PC達はたどり着いた時点でそのことに気付けます。

★雛芥子の恩寵:
 特殊ギミック。地形に『濃霧』が発生している限り、全ステータスが上昇し、作り出す幻は質量を持った現実へと変貌します。
 このギミックが効果を発動している間、PC達は当人にとって『最も幸せな幻』を体験することになります。
 メタ的に記述すると、戦闘ラウンドの一番最初に手番を無視して『モルペウス』が発動されます。
※プレイングに体験したい幻の内容を記載するといいかもしれません!

 攻撃手段(一例):
・オネイロス:指定した範囲内にいる味方が受けた傷や状態異常を幻で覆い隠し、回復します。
・モルペウス:指定した対象1人に対して、その人物にまつわる幻影を召喚し、様々な状態異常を付与します。
・ポベートール:指定した範囲内にいる敵の攻撃力と防御力を減少させる『幻の獣』を召喚します。
・パンタソス:指定した範囲内にいる味方の攻撃力と防御力を上昇させる『幻の武具』を召喚します。

②-①護衛騎士(剣)
②-②護衛騎士(槍)
②-③護衛騎士(銃)
 ツァドキエルの催眠によって操り人形と化した3人の聖騎士。
 いずれも水の奇跡を操り、高速機動や連続攻撃を得意としています。
 纏う武装に記された呪文によって霧の濃度を高めており、彼らが全員生存している状態で濃霧を払おうとすると成功率が著しく減少します。
 ただし、1人の聖騎士が倒れる度に濃霧を払える確率が上昇します。
  
●NPC
 村人たち
 ツァドキエルによって神への捧げものにされそうになっている人たち。
 PC達がたどり着いた時点ではただ眠っているだけですが、儀式が完成してしまった場合は全員死亡します。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • ヒュプノスミスト・デリヴァランス完了
  • GM名清水崚玄
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年10月29日 21時50分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)
アネモネの花束
藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護
桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻
雪村 沙月(p3p007273)
月下美人
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
カカリカ=クリコ(p3p009675)
特異運命座標

リプレイ


 ――霧は深く、その中に潜み棲むものを捉えることは難しい。真像も虚像も、すべては乱反射する幻の中に紛れ込み、すっかり居場所を明かしてはくれない。
 或いは、とうの昔に忘れてしまったのかもしれないが。
 街を覆う純白の檻は未だ崩れること叶わず、最中では連続する光と金属の衝突音、無慈悲な銃声が響いている。それこそが、特異運命座標と楽園の司祭たちが戦い合っている証左。
「……成程。私の所業は看破されたということですか」
 二人の護衛騎士の向こう、奇妙に捻れた杖を持つ司祭ツァドキエルは静かに呟く。
 既に銃持ちは打倒され、残す騎士は剣士と槍使いのみとなっていた。
「ですが、人々が苦難を逃れたいと願うのは事実。迫害も強制も重圧もない世界を、人は望まずにはいられない。貴方もそうでしょう? 鳥籠の画家よ」
 瞳が向く先は『聖女の小鳥』ベルナルド・ヴァレンティーノ(p3p002941)だ。
 同時、彼の視界に映し出されるのは、一人の女。
「行きましょうベルナルド! 今日はたくさん付き合ってもらいますからね!」
 女はベルナルドへと微笑みかけながら、共に行こうと手を伸ばす。
「ッ……」
 息を呑む。見間違えようもない。彼女は。
「アネ、モネ」
 束縛の聖女、アネモネ・バードケージ。天義の異端審問官として祀り上げられた彼女が、祭服を脱ぎ捨てて微笑んでいる。
 渇望した『自由』を、謳歌している。
「現し世に生在る限り、苦難は終わることはない。ならば、永久に覚めぬ夢想を食むほうがずっと善い」
 護衛騎士の手元にさらなる武装が出現し、鎧はより強固なものへと変化する。
「っ……何よ、これ……! 突然こんな幸せが、来るわけないじゃない……!」
 眉間に皺を寄せて零したのは、『比翼連理・護』藤野 蛍(p3p003861)だ。最愛の珠緒との幸福な幻に包まれる彼女は、それでも強く一歩を踏み出す。
 今ここに『本物』がいる以上、幻影に縋る道理はない。
「神様に縋って結果だけの幸福なんて与えられても、そんなスッカスカの幸せで喜ぶほどボクの愛は安くないのよ!」
 疾走、次いで放たれるのは桜吹雪と業炎の嵐。まるで蛍の情念に応じるように、激しく、猛く、燃え上がるそれらは騎士達の鎧を焼き、意志を乱す。
 しかし騎士達の剣と槍が向かう先は、隙だらけの肉体を晒す『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)だった。
「水の奇跡でしたら、海種のほうが、本家ですの!」
 殺到する刃を、大海の抱擁は許さない。大気に満ちる水分は三叉槍へと姿を変え、護衛騎士達の鎧を貫く。
「シッ―――」
 『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)の手が、わずかに体勢を崩した剣騎士へと伸びる。そのまま肉体を絡め取り、勢いのままに地面へと叩きつける。
 ガシャンという硬質な音。鎧に罅が入り、刻まれた呪文が不完全なものへと変化する。
「……大丈夫よ、忘れない」
 一方、ぼうと立ち尽くしていた『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は誰に告げるでもなくぽつりと零した。
 目前に広がる愛する人と子どもたちの姿を遮るために瞳を閉じる。
 映る景色は平穏であり、安寧であり、幸福だった。
 それでも、自分はこの微温湯に溺れるわけにはいかないのだ。
「神がそれを望まれる」
 イーリンは薄く微笑み、目を開く。
 その眼球に宿るのは真紅の色彩。紛い物の魔眼は、彼女の心音を囁きへと変えて夢幻の先へと――地へと叩きつけられた剣士へと向かった。
 立ち上がろうとしていた剣士は魔眼の衝撃により吹き飛ばされた後に背後の教会の壁へと叩きつけられ、ずるずると地へと落ち動かなくなる。
 これで二人目。残すは消耗した槍使いのみ。
「父さん、母さん……お姉ちゃん……」
 しかし、『特異運命座標』カカリカ=クリコ(p3p009675)は映写される幻に囚われていた。天義の住まいで自分を迎えてくれる両親に、人懐っこく楽しげに笑う姉。
 どちらも在るはずのない虚像だ。両親はまた会えるかなどわからないし、姉は人間への激しい憎悪の沼に絡め取られている。
「ッ……そんなものは、いないんだ……!」
 がり、と口の中を噛んだ痛みで撃鉄を引く。
 楽しげに笑う姉と騎士の姿が重なったとしても、そうせざるを得なかった。
 迅速な撃ち抜きは的確に槍使いの兜へと叩き込まれ、鋭い衝撃によって肉体は大きく後方へと仰け反って。安らかに微笑む姉は散り散りに消え去って。
「フッッ!!」
 『Pantera Nera』モカ・ビアンキー二(p3p0077999)の流星の如き蹴撃が、槍使いの甲冑の中心部へと吸い込まれる。気功による加護と気力の破壊を伴う一撃は、激しい烈風と衝撃波を伴って槍使いの意識を刈り取った。
 同時に、街に蔓延する濃霧がゆっくりと消え去っていく。
 護衛騎士達の鎧に刻まれた霧の呪文はイレギュラーズ達の攻撃によって摩耗し、削り取られ、すべての護衛騎士の戦闘不能と共に効果を失ったのだ。
「アネモネ……!」
 ベルナルドの視界から彼女が消えていく。遠くへ遠くへ、手の届かない先へと走り去っていく。手を伸ばそうとして、追いかけようとして、そのすんでで、彼の腕を誰かが掴んだ。
「そろそろ、目を覚ます時間ですよ」
 『比翼連理・攻』桜咲 珠緒(p3p004426)の嫋やかな声が流れる。
 やはり分析の通りだ。陰水の気は霊・屍等とも関連深く、眠りは臨死と重ね降霊に用いられる。霧は効果範囲への属性付与と幻影を見せる相手へのスクリーン……水の奇跡とは言うものの、その性質は幻術と降霊術の混合に親しい。ならば。
「―――」
 紡ぐのは破邪と祓いの祭文。豊穣の古典言語にも似たその言霊は、珠緒と仲間たちの頭上から光の粒子を降らせた。それは遍く異常を正常へと転化させる技術。
 蛍の、イーリンの、カカリコの、そしてベルナルドを覆っていた幻影が真の意味で消し去られたのだった。


 イレギュラーズ達の奮闘により、司祭ツァドキエルを守る護衛騎士は倒れ、街を覆う濃霧は打ち払われた。此処に男は一人、断罪の時を待つのみ。
「水の奇跡ならば海種のほうが本家だと、そうおっしゃいましたね」
 ツァドキエルの瞳がイレギュラーズたちを捉える。ひどく濁り、淀んだ、深淵を彷彿とさせる群青の眼で。
「えぇ、その通り。我らは深みを彷徨うもの。母なる海より出るもの」
 彼の身体が透き通っていき、人型でありながらぶよぶよした肉感へと変化していく。袖口からはずるりと吸盤を持つ触手が垂れ下がり、手にする杖へと絡みついた。
 潮の香りがする。海の匂いがする。
「――このように」
 これこそが、楽園の司祭ツァドキエルの真の姿なのだとイレギュラーズ達は理解する。特に同類であるノリアは、それをより詳細に感じることができただろう。
「人は尽く、楽園へと至るべきなのです。現し世はあまりにも苦難と災厄が多すぎる」
 そうだ。私は成し得なければならない。他の何を犠牲にし、どれほどのものを喪ったとしても、この世に神の統治する楽園を築き上げる。そうでなければ、そうでなければ――?
 あぁ、何か大切なことを忘れてしまったような気がする。私はどうしてかの神へと祈りを捧げ始めた? どうして、楽園を望むようになったのだ?
「それを阻むというのであれば、夢幻の最中に消え去りなさい」
 わからない。悲哀も、憤怒も、絶望も、すべては海の藻屑と消した。
 誰かが私の側にいたはずなのだ。優しく微笑む、誰かが。
 もう顔も思い出せないけれど、彼女は。
「『あぁ、露に光る翼のような波の上で、私は時間さえも忘れる』」
 ツァドキエルの言葉が反響していく。
 何かが実行されようとしているのだと誰しもが理解できた。故に誰しもが行動した。
「『昨日も、今日も、明日もきっと、この翼の上で時は過ぎ去るのだろう』」
 ノリアが、イーリンが、ベルナルドが、蛍が、珠緒が、沙月が、モカが、カカリコが。
 熱水を、紫光を、衝撃を、桜吹雪を、光撃を、瞬打を、舞脚を、速射を。
「『いつか私も翼に乗って舞い上がり、時の上から消え去るのだ』」
 確かに撃ち込んだ。瞬く間に放たれた連続攻撃はツァドキエルの肉体を的確に捉え、その人体を破壊するに足る充分な力を発揮した。
 そのはずなのに、ツァドキエルは立っている。ぶよぶよとした肉体を震わせながら、歌うように、唱えるように言葉を紡ぐ。
「導け、ラ・イラー」
 杖が深淵の輝きを帯びた。護衛騎士達の鎧に残された呪文が、光となって集約していく。
 潮の香りがする。海の匂いがする。
 ツァドキエルの背後で何かが蠢いている。得体の知れない数多の触手めいた『なにか』が、イレギュラーズ達を捕食せんと踊り狂っている。
 次の瞬間、爆発する霧の奔流がすべてを飲み込んでいく。
 やがてイレギュラーズ達の瞳に映ったのは、先程とはまるで違う街並みだった。
 周囲にはねじ曲がった幾何学的な建造物が乱立し、至るところから水が溢れている。先程まで眠りに落ちていた村の人々はどこかへと掻き消え、立っているのは自分たちとツァドキエルのみとなった。
「では、救済を続けましょう」
 彼は微笑む。その声は、ひどく冷たく沈んでいた。

●Case:R'lyeh “Hypnos Mist Deliverance”
 槍が、剣が、銃が、斧が、鎌が、イレギュラーズ達の命を奪い去らんと乱舞する。
 それまでツァドキエルが騎士たちに行使していた奇跡の数々は、彼自身を援護する強力な加護となっていた。一撃は重く、鋭く、そして疾い。
 しかし、それはイレギュラーズ達も同じだ。世界の滅びを阻止するべく呼び出された彼ら、尋常ならざる力を持つ彼らは、それらを凌ぎ、防ぎ着実にツァドキエルの余力を削り取っていく。
「何故、貴方は夢に落ちぬのですか」
 その最中、ツァドキエルは珠緒へと言葉を投げかける。
 桜咲珠緒、彼女はツァドキエルの手繰る夢を退け続けていた。人であれば誰しもが持っている安寧と幸福への誘いを拒み続けていた、故に。
「……珠緒は召喚されてから自意識や身体能力を得ました。そして支え合う大切な方と出会い、共に歩み続けています」
 脳裏に浮かぶのは何度も共に戦場を潜り抜けた愛する人のこと。
「生きる事が苦痛ばかりと説く方には、それすら無かった者の心はわからないでしょう」
 想起するのはこの世界に訪れる以前、人柱として扱われていた過去。
「こうして愛する方と共に在る現実こそが、珠緒の最大の幸福なのだと」
 同時、珠緒の身体がツァドキエルへと肉薄する。刹那よりも瞬間よりも疾く、時さえ置き去りにする光撃が、その肉体へと撃ち込まれる。
「グ、ァァッ!!」
「おっと、背中がお留守だな」
 ツァドキエルの苦悶の声と表情を、モカは決して見逃さなかった。
 幸せな夢、確かにそれは心惹かれるものだろう。彼の思想に同意するものもいるだろう。
 だが、モカ・ビアンキー二という女は、そんな都合のいい夢に溺れるほど脆弱ではない。
「――『あり得ない』んだよ、なんでも自分に都合のいい現実(ユメ)なんて」
 数多の残影に潜む唯一の正解、それを掴み取れぬものには反撃さえ許されない。彼女の拳が、ツァドキエルを侵し、壊し、抉っていく。
 彼女は理解していた、何よりもその『夢』に焦がれたからこそ、解答を持ち得た。
 万人受けする料理など存在しないし、己が絶対的に肯定され続ける未来などない。故に夢に落ちず、幻を振り切れる!
「もしもアンタが神の意のままに動いてるっていうなら――罰してみろよ司祭様。俺は不正義の烙印を押されながらも生きてる男だぜ」
 続くように、ツァドキエルへと接近していたベルナルドのノーモーションの衝術が繰り出される。
 彼は怒っていた、望まずに異端審問官などに据えられた『彼女』を知るがゆえに。
「……ふふ。けれど、それではあなたは救われない。鳥籠の中に囚われたまま」
 対してツァドキエルは、冷水のような声音でベルナルドを視る。
 それは挑発だ。しかしベルナルドは応じない。自らがすべきことはとっくに決まっている。彼女のために強くなる、それだけなのだから。
「お覚悟を」
 氷にも似た声音と共にツァドキエルに三種の魔拳が炸裂する。猪、鹿、蝶に喩えられたそれを放ったのは沙月だった。
 彼女もまた、自らに都合のいい幻を跳ね除けた者の一人。
「馬鹿な……何故、これほどまで」
「夢幻などに惑わされていては、母に叱られてしまいますから」
 殊更、彼女に対して『幸福な幻』の相性は悪かった。かつて母と共に修行に明け暮れた日々、それは常に研鑽と叱咤の連続だったのだから。
「だから言ったでしょ。スッカスカなのよ、その幸福(ユメ)は!」
 轟! と舞い上がるのは桜吹雪と猛る炎。蛍が巻き上げるそれが、ツァドキエルを惑乱し、その防御態勢を崩していく。
「あなたがどんな経緯でそうなったかは知らないけど、でも、こんなことは間違ってる! 絶対に止めてみせるんだから!」
「……そうですか。ならば、まずは貴方から」
 接近した蛍を羽交い締めにするように半透明の触手が伸び、その肉体へと乱打を叩き込んでいく。苦悶に歪みながらもその意思は砕けることはない。
「自分の夢を見るために生贄が欲しくなって、挙げ句他人に噛みつかれるなんて、大した信仰心と信義よねぇ! ああそれとも自分がもう誰かもわからないからそうやって誰彼構わず食うのかしら? 他人を救うにしても救われてると気づかせないようにもできないんじゃ笑うしか無いわ!」
 そして今であれば、ツァドキエルが蛍によって怒りを想起させられた今であれば、イーリンの挑発は明確な意味を持つ。
「――ならば笑うがいい。幾千幾万に嘲弄されても、私はこの願いを捨てはしない! 私は『ツァドキエル』ッ……! “彼女を取り戻すために、私は楽園を手に入れる”ッッ!!」
 司祭が吼える。これまでにイレギュラーズ達に見せたものとは違う顔で。これまで自らも忘れていた理由を、無意識に紡いで。
「そう。なら、しっかり立ってることね!!」
 イーリンがツァドキエルの身体を掴み、留め、固定する。
 最初から、挑発はこのためのブラフだったのだ。
「カカリコ! ノリア! やっちゃいなさい!!」
 その言葉が、合図だった。
「………」
 これも縁なのかと、カカリコはふと思う。かつて教団で神として崇め奉られていた自分が、今は神を崇める者と対峙している。
 神とは、救いとは、なんなのだろうか? 考えても仕方がない。その答えはきっといつか分かるだろう。だから、今は。
「ただ、射抜くだけでいい」
 二丁の拳銃から放たれるのは研ぎ澄まされた狙撃手の一撃。それらはツァドキエルの頭と胴を的確に捉え、貫く。
 だが、それで終わりではなかった。
「いきますのよ、ゴリョウさん!」
 ノリア・ソーリア。彼女は一人、幻の最中にいた。自らの隣に立つ最愛の彼と共に、戦場を駆ける夢を見ていた。本来であれば溺れ、動きを止めるはずだったのだが……これもまた、相性が悪かったのだ。
「(いつの間に、依頼に、ご一緒なさっていたのでしょうか……でも、いとしのゴリョウさんと、ご一緒できるのならば、どんな困難にでも、たちむかえますの)」
 ノリアは己にしか見えないゴリョウと手を重ね、手にする熱水噴出杖をツァドキエルに向けた。
「吹き飛ばし、ますの!!」
 発射された爆熱の水鉄砲はツァドキエルを飲み込み焼き焦がしていく。地獄の如き熱量はいくら水の奇跡を操る彼といえど緩和することはできず、そのまま地へと倒れ伏したのだった。

 ツァドキエルが倒れれば奇妙な都市の幻影は掻き消え、閑散とした街の景色が戻ってくる。眠りに落ちていた人々はやがて目覚め、日常を取り戻すだろう。
 村の敷地を管理する領主もイレギュラーズ達に免じて、村の宗教を黙認してくれる手筈となった。
 操られていた護衛騎士も自我を取り戻し、すべては平穏無事に解決していく。
 『ツァドキエル』と洗礼名を受けた男は、確かに最期に喪ったものを取り戻すことができたのだ。それは、他ならぬイレギュラーズ達の関与によるものだ。
 ――楽園は未だ遠く、幸福へは未だ至らず。
 

成否

成功

MVP

桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻

状態異常

ノリア・ソーリア(p3p000062)[重傷]
半透明の人魚
藤野 蛍(p3p003861)[重傷]
比翼連理・護

あとがき

依頼達成お疲れ様でした!!楽園の司祭ツァドキエル、無事討伐です!!
わりとアドリブ色強めになってしまったと思います。もしも解釈違いが発生していたら申し訳ありません。
ツァドキエルの信仰していた神はクうわやめろなにをする。
MVPは幸福の夢の誘いを跳ね除け続けた貴方に。

この度はご参加ありがとうございました! また機会があればよろしくおねがいします。

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