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シナリオ詳細

朽ちてなお、呪うは此方、一雫

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●地獄の淵に立つ
 もう誰にも聞こえない。
 もう誰も聞いてない。
 耳を塞いで、眼を瞑る。
 それでも聞こえる、バリボリと、ぐちゃぐちゃと。
 嘔吐と嗚咽は絶えず、空気にこびり付くような臭いは血と腐肉。
「どうッ――して、――」
 少女は独り言ちて、赤が黒く染まった衣装でうずくまる。
 それは全てから身を隠すように。
 あるいは、全てから目を背けるように。
 ああ――どれだけ時が経っただろう。
 田んぼに生える野菜も、常備していた食事も、全部食い尽くした。
 お腹がすいた。お腹がすいた。
 きゅるると音を立てるお腹が鳴いている。
 あぁ、けれども。どうしても――そう、どうしても『あんなことだけはしたくない』
 塞いでも聞こえてくる人が人を喰らう音。
 振り払うように、耳を塞いで――脳裏に響くのはもう一つの声。
『――いいね、キミだけはまともでいてもいいんだよ?』
 真っ赤な顔に邪悪な笑み。
 口から『悦』を零す黒髪の少年。
 どこから来たのか、どこへ行ったのか、少女は知らないけれど。
 それでも彼が、こんなことにした元凶だってことは分かっている。
『――キミはここから出られない。父が、母が、お互いを喰らいあうここから。
 最後の一人になった時、キミがどういう気持ちでボクを見るのか、とっても楽しみだよ』
 笑う声がする。嗤う声がする。哂う声がする。
 それだけは、どうしても耳から離れてくれないのだ。

●もう一振り
「意外としぶといなぁ……年若い小娘だと思ったけど。
 だからこそ、期待も出来る、ってことかな――ふふ、面白いね、反転、っていうのは」
 闇夜を裂いて、少年の笑う声がする。
 ひょうと吹いた風がボロボロの外套を煽っている。
 揺蕩う狐面の片方を指先で手に取って、顔を覆うように被せれば、その気配は酷く薄く消えていく。

●地獄への切符
「お久しぶりです、雪之丞さん。
 首狩正宗の件なのですが、少しばかりよろしいですか?」
 さて、久方ぶりにローレットへと訪れた鬼桜 雪之丞(p3p002312)へ、情報屋のアナイスから声がかかる。
 首狩正宗――とある武家の中枢に身を潜める純正肉腫であり、雪之丞がかつては所持していたこともある同銘の刀に関係する存在である。
 数ヶ月前にその存在が確認され、ローレットの一部で敵として警戒の対象にもなっている存在。
 何かしらの企みを以って動いているであろう首狩正宗は、この数ヶ月ほど動きを見せていない。
「お聞きいたしましょう……このままでは拙としても歯がゆいゆえ」
「その前に……雪之丞さん、首狩正宗の伝承について、もう一度お話をお聞かせいただいて構いませんか?」
「手にした主人は必ず自らの首を狩られるという、血に飢えた逸話を持つ妖刀でございます。
 戦国を渡り、拙が手にしてからも尚、鬼を、人を、斬り続け、屍山血河を築いた一振りにして、血を染め魂の叫びが響く戦場を求めるもの……それが奴でございます」
 不思議に思いつつも改めて説明してみると、向かいでアナイスが複雑そうな吐息を漏らす。
「ありがとうございます。その伝承、なのですが……。
 同じものが民話としてカムイグラの一部地域に伝わっていることが分かりました。
 屍山血河の舞台を築き、その戦場にて地獄を求める妖刀の伝承……しかも、これも同じく『首狩正宗』と呼ばれるのだとか」
「あれのようなものが、他にもある、と……?」
「いえ……実はこの伝承、外より伝わり土着した民話なのだと判明しました。
 ……つまり、こここそがあの首狩正宗の、混沌世界におけるルーツである可能性が高いのです」
「つまりあれは拙の知る首狩正宗ではない、と……?」
「もしかするとそうかもしれませんし、そうではないのかもしれません。
 そして、そうであれば私がここ数ヶ月の間、彼について疑問だったことにも説明がつきます」
「疑問というのは……」
「大したことではないのですが……まず第一に、『純正肉腫はある個体ないし物体から生じるものではない』ということです。
 ザントマンにしろ、あれは『ザントマンという逸話が変じたもの』でした。
 その点、妖刀である首狩正宗がそのまま肉腫になることなどないはずです。
 いえ……それ以前に、雪之丞さんの佩刀だった妖刀というのなら、正宗もまた旅人(ウォーカー)に区分されるはずです。
 周知のとおり、旅人は反転しないのです。私はどうにもそこが気にかかってました」
 そこまで言われて、雪之丞の方も少しばかり考え、一つの可能性に導いた。
「ですがもしも、首狩正宗という伝承そのものが純正肉腫になったのなら……」
「それはありえること、だと思います。であれば――もう一つ疑問点が出来ます」
「一体誰が、首狩正宗という伝承を混沌世界に広めたのか……ということでございましょう。
 あの大呪が影響をもたらした可能性はありますが」
「はい。そして、それを知ることが出来ればあちらの首狩正宗に対してもルーツを暴くことになります。
 それはきっと、かの妖刀と対峙する何らかのヒントをくれるはずです」

GMコメント

 こんばんは、春野紅葉です。
 大変お待たせいたしました。首狩正宗のお話も中盤となります。
 異世界の妖刀と同一の銘を持つ首狩正宗なる純正肉腫。そのルーツを探りましょう。

 シナリオは下記2つのシナリオの続編となっておりますが、このシナリオのみでもお楽しみいただけます。
 このシナリオだけであれば、地獄から少女を救い出す探索シナリオとなります。

零れ火と残影(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5523)
犬猿の仲(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5984)

●オーダー
【1】雉ヶ辻の鎮圧
【2】生存者からの情報収集

●フィールド
 郷の中央を十字路が突っ切る寂れた郷です。
 民家が点在しているほか、信仰の中心であろう神社や役場、工場、鍛冶場などがあり、それ以外の多くは農地になっています。
 現在は激しい腐乱臭と時折血の臭いが漂い、そこら中に食い散らかされた人だった塊が散らばっています。

●エネミーデータ
・雉ヶ辻の魔×20
 雉ヶ辻に住まう住人たちが複製肉腫と化したモノ。
 正気を失って暴走し、各地で共喰いをはじめて数ヶ月。
 ほぼゾンビのような類の存在となっています。
 不殺で元に戻せはしますが、戻してもお互いを喰らって生き延びた現実を耐えられるかどうか……。
 スペックははっきり言って素人に毛が生えた程度の雑魚です。数だけご注意を。

・雉ヶ辻神社の狂僧兵×4
 雉ヶ辻に存在する神社が自己防衛のために武装化した兵が複製肉腫と化したモノ。
 正常時の任務を継続するように神社の中をうろついています。
 元々が武人だったためか、『魔』に比べるとかなり強力です。
 物攻・防技型の近接タイプと神攻抵抗型の中距離タイプがいます。



●NPCデータ
・????
 雉ヶ辻のどこかしらの住宅に身を潜める鬼人種の少女です。
 14~5歳程度と思われます。

・『妖刀』首狩正宗
 鬼桜雪之丞さんがかつては所有していたこともある異界の妖刀です。
 その伝承がカムイグラに伝わっているようですが、本物の刀の方は現時点では詳細不明。
 妖刀自体は湾れの乱れ刃の波紋と沸の美しさが際立つ打刀です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • 朽ちてなお、呪うは此方、一雫完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年10月22日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

鬼桜 雪之丞(p3p002312)
白秘夜叉
レイリー=シュタイン(p3p007270)
騎兵隊一番槍
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
天目 錬(p3p008364)
陰陽鍛冶師
隠岐奈 朝顔(p3p008750)
未来への陽を浴びた花
陰陽 秘巫(p3p008761)
神使
幻夢桜・獅門(p3p009000)
竜驤劍鬼
嘉六(p3p010174)
のんべんだらり

リプレイ


 濃い――濃すぎる死の臭いが、そこら中から漂っている。
 近くからは呻くような声が聞こえてくる。
「酷い匂いですね……えぇ。いっそ、懐かしいとさえ思える匂い」
 纏う和服の袖口で、そっと口周りを伏せる『白秘夜叉』鬼桜 雪之丞(p3p002312)はちらりと視線を背ける。
 背けた先には、肉塊が一つ。
(何が起こったかは、骸を見れば分かります。獣の歯型ではありませんから)
 骸の腕辺りを中心に、そこら中についた歯型は人の物だ。
「また、ここでも首狩正宗絡みッスか……
 そろそろ腐れ縁を感じずにはいられないッスね……
 なにか、決定的な情報が見つかればいいんスけど……」
 和装に身を包む『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)は、脳裏に記憶する首狩正宗を思い起こしながら、呟いた。
 その最中にも、自らのハイセンスを研ぎ澄ませていた。
 助けを求める声、泣き声、或いは空腹を知らせる音。
 そう言った生物が発する何らかの痕跡を持っているはずだ。
 ついでに口元を抑えているのは、研ぎ澄まされたハイセンスゆえにより鋭敏に感じ取れる腐敗臭と血の臭いへの簡単ながらの抵抗である。
「正宗が鬼桜殿の知っている正宗そのものではなくて、
 伝承が反転したもの……うん、難しい」
 ヴァイスドラッヘへと換装した『白騎士』レイリー=シュタイン(p3p007270)は言われた話を反芻して。
「それよりも、村に魔がはびこり、生存者も分からない。
 そういう場で助けに行くって方が分かりやすい」
 見渡す限りの惨劇に、まだ生きている誰かを探して、一つ深呼吸を。
「白騎士ヴァイスドラッヘ。只今見参!」
 自分の心を奮い立たせるように、堂々と宣誓の声を上げた。
(異世界の妖刀の概念を模して現れた純正肉腫、確かに興味深いが……)
 生み出した鳥型の式神を空へと飛ばす『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)は、強化された広域俯瞰も用いて、村落全域を俯瞰する。
「この被害……魔種だとすれば、暴食か?」
 俯瞰したことでより明らかになる、人々が食らいあうこの地獄の様相。
 思わずつぶやきながら、じっと眼下の一つ一つを見据えていく。
(お、妖刀に所縁あってのことか鍛冶場や工場もあるな?)
 横目に見えた看板に記された内容へ興味を示しつつ。


「首狩正宗は詳しくないですが…
 それでもこんな地獄のような状況を作った者がいる事
 よりによって豊穣でそれをしでかした事、絶対に許せません」
 そう言うのは『真意の選択』隠岐奈 朝顔(p3p008750)である。
 辺りには遺体と呼ぶのにも堪えぬ腐肉の塊が散らばっている。
 それが全てとは言わずとも、過半が共喰いの後であるとなれば、それは許されざるべきことだ。
「首狩ねぇ……はて、はて。神の社を守らはる仏様の槍やて、皮肉が効いとるなぁ……」
 小さく首をかしげるのは『神使』陰陽 秘巫(p3p008761)である。
「神仏混交してまで守りたいもんってなんやろか。
 妾(わたし)の首も落として転がすもんやろか? うふふ、気になるなぁ?」
 艶っぽい笑みを零すままに、首筋を触れる。
「とりあえずはこの複製肉腫を何とかしないとな」
 愛剣を抜く『撃劍・素戔嗚』幻夢桜・獅門(p3p009000)も惨状を見ながら。
「……生き残ってる奴がいるといいけどなぁ……」
 一見するといるようには到底思えない――そして、いたとしても相当の修羅場であろうと分かるがゆえに、言葉の端に珍しく希望的観測が滲む。
「妖刀ねえ。初耳なんで、今はずいぶん物騒な印象しかないがね」
 因縁薄かれど、『特異運命座標』嘉六(p3p010174)は少しばかり呟く。
 とはいえ、この地獄はそのルーツをたどるもの。
 終わりへ向かうには途上に過ぎぬ。

 捜索班が動き始めたのに続くように、朝顔はちらりと後ろを見た。
「私達は私達で始めましょう……」
「せやねえ……」
 朝顔が言えば、秘巫は頷いて。
「妾へ怒りを向ければええ……大丈夫、妾は何度倒れたって立ち上がれるんやから
やからね、ふふ。妾がぜぇんぶ、受け止めたるわ」
 続くように、秘巫は艶やかに、妖し気に口元へ笑みを掃く。
 艶美を絵に描いたように美しき微笑は、妖しく道を描く。
 続けるように朝顔が名乗り口上をあげる。
 さほど大きくもない郷の内部、半径20mの広域の注意を引き付ける名乗り口上は、2人分ともなればすぐにでも村全体へと伝播する。
 それは、名乗りに反応したのか、あるいは『健常な人の声そのものに本能的に引きつけられたのか』、どこからともなくふらふらの人々が姿を見せる。
 最早、人なのかそうでないのかさえ定かではない、遅々とした動きである。
「来たな……」
 破竜刀を構え、のろのろと近づいてくるうちの1人へ狙いを定め、獅門は一気に走り出した。
 肉薄と同時、大太刀の鞘頭でその1人の鳩尾を思いっきり殴りつけた。
 めり込んだ鞘頭に、もたれるようにしてその1人は身体から力を抜き、だらりと崩れ落ちていく。
「面倒だが仕事はしねえと食いっぱぐれちまうな」
 同様にまだやる気の片鱗は見せぬ嘉六も気合を入れるように一つ深呼吸をして、一歩前へ。
 近づいてくる複製肉腫の懐へ入り込む矢、鳩尾辺りへ拳を叩きつける。
 どことなく腐乱臭に近い何かを吐き出したその村人が崩れ落ちていく。
「気分のいいもんではねえな……まあ、でも。
 ――最期まで、面倒見てやるよ」
 崩れ落ちる村人を見下ろして告げた言葉は、静かに消えていく。
「呪われた貴方よ、その呪いを書き換えましょう」
 迫りくるたくさんの複製肉腫目掛け、朝顔は裏打薄翠を振り抜いた。
 放たれた斬撃は真っすぐに走り抜けて複数の複製肉腫へと炸裂する。
 炸裂した斬撃は茨のように変質し、複製肉腫たちの身体を包み込み、縛り上げる。
 締め上げられた複製肉腫たちが、続々と落ちていく。
「待ってて下さい! 今、全員助けてみせますから!」
 崩れ落ちた複製肉腫たちを横目に、彼らへ声をかけた朝顔は、続くように近づいてくる次の波へ視線を向けた。


 走り出した捜索班は、やがて1つの家屋へと近づいていた。
「助けて……いや、いや……いや……」
 ここまで来ると、小声とはいえ、確かに声を聞いた。
 雪之丞はひとまず鳥の形にした式神をそっと窓辺に近づけ、中を覗き込む。
「だ、誰……鳥……?」
 鳥に気づいたらしい少女の声と気配が近づいてくる。
 ひょっこりと顔を出したのは、幼げな少女。
 年の頃は14~5歳程度の鬼人種か。
「しばし、お待ち下さい。入ってもよろしゅうございますか?」
 雪之丞が問いかければ、少女は怯えた様子を見せつつ、4人の様子が健常そうなことで警戒を解いたのか、小さく頷いた。
 4人が家屋に足を踏み入れると、少女は少し遠くでうずくまっている。
「生きていて良かったわ」
 レイリーはその様子に、ホッと一息ついてから、近づいていく。
「怖かったね、よく頑張った。ここからは私達が助けてあげる」
「……ほんとう、ですか?」
「ええ、大丈夫よ」
 レイリーは抱き寄せた少女の顔を改めてみて、微笑みかけ――少しばかり、不思議な感覚に襲われる。
「良かった、見つかったな。持ってきた物資が無駄にならずに済みそうだ」
 続けて錬は馬車を曳いて姿を見せる。
 そのまま視線を少女に向け――これまた不思議な感覚を得る。
「……あれ?」
 最後、部屋に入った鹿ノ子は、そのまま声に出して首を傾げ、そのまま視線を雪之丞に向ける。
「……気のせいっスかね、その子……雪之丞さんに似てないっスか?」
「……言われてみれば、少しばかり拙に似ているような気も……」
 それは『そっくり』ではない。
 どこかのパーツが似ている、などでもない。
 ただ――何となく『面影』、あるいは『雰囲気』とでもいうようなものが雪之丞のそれに近しい。
「……ともかく、こちらを。お待ちいただく間にも、あまり見たくないものを見ることになるでしょう。
 目隠し代わりにこちらでよろしければ」
 雪之丞が差し出したのは、細身で美しい緋色の蛇の目傘。
 手元の握り部分に本籐が巻かれ、内側に金糸の飾り糸が施されたそれは、憧れたあの人とお揃いの物。
 その美しさに魅了されたように、少女は受け取った傘を広げる。
「天目様、この子を馬車の中へ……」
「ああ、分かってる」
 雪之丞に抱え上げられた少女を錬が受け取って馬車に乗せようとして、その時だった。
「――その子を連れていかれるのは、困るんだよね」
 その声は、不意に降ってきた。
 少女を囲うようにして各々が声をかけた4人の背中、たん、と何かが着地する。
 ――その声を、そこにいる4人のうち3人は聞いたことがあった。
「――首狩正宗」
 武器を構えた鹿ノ子は自然に言葉尻を強くする。
「あはは、ボクの名前を知ってるんだね。……いや、あっちを知ってるってところかな?」
 振り返りざまに油断なく構えた4人に対して、酷薄な笑みを浮かべた少年が立っていた。
 だが、その直後、眼を見開いたのは相手の方だった。
「――――誰かと思ったら、主、じゃない? だよね? 雪之丞?」
 驚きを刻む彼は、やがてその笑みを愉悦へと変じていく。
 問われた雪之丞も素早く双刀を抜いている。
 咄嗟に錬が少女を後ろに隠し、庇うように鹿ノ子とレイリーがその両脇に立つ。
「――民話になる程なら、とうに朽ちるに十分な時間は流れていると、思っていたの、ですが」
「あはは――ボクは妖刀だよ。『地獄が終わっちゃうなんて、そんなのつまらないだろ』。
 だから、ここからはボクの番だなって思ってね。目覚めてみたんだよ」
「この子に何をする気だ!」
 レイリーの言葉に、きょとんとした首狩正宗は、やがてけろりとした顔で。
「何って――純種っていうのは反転っていうのが起こるんだよね?
 その子には折角だから次のボクの主になってほしかったんだよ。
 ――でも、やっぱりいいや。キミがこの世界にいるのなら、そんな小娘必要ない」
 真っすぐに雪之丞を見て、首狩正宗が笑う。
「君が望む屍山血河、今度こそ叶えて上げるよ」
「拙がそれを望まぬとしたら?」
「――だとしても、ボクは止まらない。止まるはずがないだろ」
「そこまで言われて、黙って帰らせると思うッスか! 遮那さんのいるこの国で勝手はさせないっス!」
 啖呵を切る鹿ノ子に対して、首狩正宗は再び薄い笑みを浮かべた。
「君達の目的はボクを殺すこと? 多分だけど、違うだろ。
 ふふ、ボクは、妖刀(ボク)を恐れる者が耐えるまで、滅びることはない。
 今日、今この時に決着を付けるなんて、つまらないだろ? ――折角、これからだっていうのに」
 そう言って笑った――その直後、正宗の気配が薄れ、コトン、と。
 後には狐面が1つ、落ちていた。
 その狐面が、不意にふわりと浮き上がり、どこかへと高速で飛翔する。
 追う選択肢はない。
 奴の言う通り、今日の目的はアレを追う事ではなく――この村を鎮めることだ。


 少女を見つけた4人が朝顔たちの複製肉腫対応班と合流した頃、既に複製肉腫たちはことごとくが地面へ倒れていた。
 数こそ多く、暴走して凶暴になっていたものの、所詮は一般人――それも、『共喰い』までせざるおえない環境下。
 村人が変じた複製肉腫たちの力量は、問題になるほどではなかった。
 そのまま、8人は少女の案内を受けながら、もう1つの目的地――首狩正宗の伝承を奉じていたという神社へと進んでいた。
(きっと、今の彼女は色んな強い思いを抱えてる……反転の理由になるくらい)
 この子を見つけた4人の話によれば、首狩正宗は、反転するような精神状態まで意図的にこの子を追い詰めた可能性が高い。
 幸か不幸か、あるいは首狩正宗が知らなかったのか、魔種のような気配はなかった。
 『呼び声』のキャリアーがいなかったことだけはある意味で少女には幸運であったと言える。
(――それだけでも腸が煮え返りますが……今の私じゃ想いが足らない……)
 所詮は、まだその男が関わっていることしか知らない。
 黒幕と戦う時に、自分の心を奮い立たせるには、まるで足らない。
「お願いがあるんです。……貴女の想い、私に分けて貰えませんか?」
 少女の手を取って、声をかける。
 小柄な方の少女は、外に怯えたようにより小さくなっていたけれど。
「抱えきれない想いでも分け合えば持ってられるはずだから。私はそれを……貴女を苦しめた相手と戦う力にするから」
 手を少女のそれに添えて、真っすぐに見つめ、出来る限り優しくそう声をかける。
 すると、少女が顔を上げて、小さく頷いた。
 嗚咽し続けながら言葉にする少女は、涙を堪えながら、真っすぐに朝顔を見る。
「……あいつ、あいつのせいで、皆、みんなおかしくなった!
 どうして、どうしてあいつは私を――私だけを殺さなかったの?
 化け物にしなかったの? 狂った方が、マシだった!」
 泣きはらした真っ赤な目が揺れている。
「……この後、行き場所がなければ、拙ともに来ませんか?
 復讐したい、仇を討ちたいなら、手を貸しましょう。狙う人物は同じのようですから」
 雪之丞は、そっと少女の傍に寄り添って問いかけた。
「私……私……」
 少女はぎゅっと自らの胸を抱き寄せる。
「己の命と身の振り方を考える間に、外の世界を知るのもいいものですよ」
 微笑みかける。どことなく、似たような雰囲気を漂わせる少女は、真っすぐに雪之丞と視線を合わせ。
 こくん、と。小さく頷いた。
「……それでは、まずはお名前を伺いましょう」
「……牡丹」
「そうですか、牡丹……良い名ですね」
「……うん」
「疲れたのなら、ゆっくり休みなさい。もう大丈夫だから」
 小さく頷いた少女――牡丹に向けて、レイリーは飲み物を差し出しながら、視線を合わせる。
「ありがとうございます……」
 小さくお辞儀をした牡丹は、受け取った飲み物を口に入れて、小さく吐息を漏らす。
「あしひきの 辻舞う雉の 忘れなむ 朝明の霞 見れば悲しも」
 そんな少女の様子を見ながら、秘巫は短歌を紡げば、艶やかに微笑を残して。
「なぁんて、ちと気障やった?」
 牡丹が小さく首を振ったのを見て、秘巫は更に微笑を深くして。
「なんや、その年でこういうの分かるんやねえ……御両親はいい人やったんやね」
 穏やかな田舎町と言った風情のある町の、小さな家屋に住まう少女にしては思いのほか教養がありそうだった。
「……見えてきたぜ」
「あっちも酷いことになってそうだ」
 獅門が言って、続けるように嘉六が。
 視線の先を見れば、草臥れ果てた門が見えた。


 「よう、よそ見なんてつれねえな?」
 神社の中に突入して嘉六が告げるや否や、境内をうろうろしていた僧兵たちの視線が、一斉にイレギュラーズの方を見る。
 2人の僧兵が近づいてくるのに合わせ、深呼吸。
 覇気に満ちた大喝を以って、僧兵二人がたじろぎ、後退する。
 続けて秘巫は嫣然と笑みを浮かべると。
「ねぇ、兄さんらが守っとるもん、妾たちにも見してぇや」
 4人の僧兵めがけ、静かに告げた。
 それに呼応するように、4人の視線が秘巫に向く。
「あらら、それとも空っぽの社を守ってはるん?
 ここには信じる仏もおらんのに?
 ふふ、うふふ、そらまた──滑稽やこと」
 それはある種のひっかけ。
 だが、その言葉を挑発と受け取ったらしき、若い僧兵が暴走状態のまま突っ込んでくる。
(うっかり殺してもうたら寝ざめ悪いやろし、妾にやれることは引き付けるところまでやねえ……)
「――とはいえ、複製肉腫化してもここを守ろうとするのは大した意思だ。
 守るべき民がここに辿り着けていればなお良かったのだがな」
 魔性を解き放ち、自らを強化した後、式符を取り出した錬は素早くそれを投擲する。
 符より錬成された無数の木槍が、後ろにいる僧兵の片方を串刺しにする。
 当たり所が悪かったらしいその僧兵は、その場で崩れ落ちていった。
 その間、跳ぶようにして獅門は走り抜ける。向かう先は、何やら唱えている中衛の僧兵。
「一気に片付ける――!」
 放たれた斬撃は圧倒的な速度で僧兵を斬り降ろし、斬り上げる。
 それは獅子の顎の如き猛攻に、詠唱を取りやめた僧兵が防ごうと試みるが、斬り降ろしこそ防げど、斬り上げる動きが傷を生む。
「複製肉腫から解放するッス……花の型――胡蝶嵐!」
 猪鹿蝶――最高の一撃を撃つには、この人達は弱すぎる。
 軽やかに、艶やかに華やかなりし連撃は、蝶のように舞い、嵐のように苛烈に攻め立てる。
 それらすべての終息した後、目の前の僧兵がぱたりと崩れ落ちた。


 全てが終わった後、イレギュラーズは正気を取り戻した僧兵を集めていた。
「首狩正宗という名を、ご存知ですか?」
 雪之丞の問いかけに、僧兵の中でも比較的年長の者が周囲を見渡して。
「……宮司は亡くなられたのですね。……よろしいでしょう。
 この話を知るのは、宮司を除けば御供のみ」
 静かにそう言ってからその僧兵は顔を上げる。
「貴方はどうご存じなのでしょうか」
 問われた言葉に、雪之丞は自分の知っている伝承を伝え、そして推測も告げる。
「……そこまで御存知ならばお話ししましょう。これはもう遥か昔の話でございます。
 この辺り一帯は、獄人の一家と八百万の三家とが覇権を確立せんと争っておりました。
 けれど、八百万側は膂力に秀でた獄人側に劣勢続きであったのです。
 そんなある時、外からある神人が来られました。
 正宗と名乗ったその青年は八百万に味方すると、あらゆる獄人を斬り続けて八百万に勝利をもたらしたのです」
 淡々とそう語ると、そこで一度、区切りを見せる。
「その後、覇権は八百万同士での争いに通じ、結局、三家が停戦の後に和平を結ぶまでの10余年間。
 戦場には骸が転がり続けました。――その時の悲劇を、恐怖を風化させぬよう、
 我々はそれを伝承として言い伝えてきたのです」
「……その話が本当ならば、首狩正宗の本体はこの辺りに?」
「ええ、当社が保管しております……」
 頷いた僧兵がそう言って立ち上がり、イレギュラーズについて来いとばかりに視線を投げかける。
「――なんたることだ! 首狩正宗が無くなっている!?」
 僧兵の驚きに満ちた声が上がる。
 厳重に守られた本殿の奥、祭壇の扉を開けた向こう側、そこには刀掛けのみが存在していた。
「……やはり、そういうことでございますか」
 雪之丞は思わずそう言葉に漏らす。
 雪之丞を知る、この戦場であった首狩正宗。
 あれが――あれこそが『旅人』の首狩正宗なのであろう。


「お願いです。それでも生きて下さい!
 此処の惨劇を正気で見た人がいたんです。
 その人にとって貴方達が生きている事が何よりの救いになります!
 死で自分を救うのではなく、生きて彼女の救いになって下さい!」
 我に返り、発狂する者、手遅れというのにそれを吐き出そうとする者、各々の反応を見せた村人へ、朝顔は嘆願するように。
「生きていてほしいと願うのは僕らのエゴかもしれないッス。
 でも、生き残った者には生きる権利があるはずッス。
 自分を許せないというなら、罪には罰を。
 終わりのない贖罪の道を生き続けることが罰となるでしょう」
 対して、鹿ノ子は静かに、説くように願う。
「悔いるなら、生きるべきでしょう。死んでいった者達を供養できるのは、貴方達だけなのです。
 ……それでも難しいのなら、出家という道もあります。
 死ねば、すべてはそれまで。しっかりと、己に残された命と向き合うように……」


――――――
――――
――

「……さて、面倒見てやると言ったな」
 立ち直れた者は、立ち直ろうとした者は、もう見た。
 ここから先は――陰でやることだと、嘉六は静かに彼らに声をかける。
「なに気にすんな。ささっと脳天に一発いくだけだ、お手軽だぜ。
 だから、よーく考えろよ。今、ちっとでも怖えと思うならやめときな。
 本当になんにも残んねえよ。何もかも」
 それは、最早言っても無駄なことだと分かっていたけれど。
「……。……そうか。んじゃ、また来世で会おうぜ」
 動かぬ彼らへ、男は静かに拳を振るう。

「頑張れそうなら生きていてほしかったが……」
 同様、握りしめた剣を、獅門は静かに振り払った。
 虚しい手応えばかりが手に残る。

成否

成功

MVP

天目 錬(p3p008364)
陰陽鍛冶師

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした、イレギュラーズ。

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