シナリオ詳細
<オンネリネン>報復は葡萄畑に迫り
オープニング
●兄弟
アドラステイア近郊の葡萄畑がローレットに襲われて、村人は連れ去られ、警備の聖銃士たちは殺された。
そうマザーに聞かされた時、ぼくはどうしてこんなにも恐ろしいことが起こりうるのかと悔しい気持ちで一杯になった。
もしもぼくがあの場にいたら、少しでも誰かを助けられたのか? そうでなくとも特異運命座標らに、一矢くらいは報いられたのか?
何故ぼくがそのことを知っているのかといえば、その村を警備していたのがぼくの“兄”の弟だったからだ。
兄、といっても本当の兄弟じゃない。けれども同じオンネリネンの仲間として厳しい訓練や任務を共にしてきたペーターは、本当の兄弟――いや、もしかしたらそれ以上に強い絆で結ばれている。
一方で、ペーターと弟というのは本当の兄弟だ。ぼくと同時期に功績を挙げてオンネリネンに抜擢されたペーターは、いつだって弟のアントレアスのことを気にかけていた。アントレアスを迎えてまた一緒に暮らすため、よければ君もファルマコン様の敵と戦うのを手伝ってほしい――そんなペーターの願いはもちろん義兄弟であるぼくの願いでもあったから、どんな時だって一緒に戦い抜いたんだ。
なのに……どんな時でも頼もしい兄だったペーターが、あの夜ばかりは幼子のようにぼろぼろと泣いていた。あの夜密かにペーターを呼び出して、マザーはこっそり伝えたんだってさ……あなたの弟は死にました、って。
だから、奴らから村人たちを取り返す任務があるって聞いた時、ぼくは是非ともやらせてくれって頼み込んだんだ。するとマザーはまるでぼくがそうするって判っていたみたいに、いくつかの質問の後それを認めてくれた。
よかった……これで仇を討つことができる。でも、それには万が一の失敗もあるわけにはゆかない。だからそうすればぼくたちの手柄ではなくなってしまうのを覚悟で、ぼくはマザーにお願いしたんだ……成功を確かなものにするために、聖獣を貸してください、って。
マザーは微笑んで、そうすることを約束してくれた。マザーが言うには聖獣――アポロニア様もぼくらと同じく、目の前で聖銃士たちが攫われてゆくのを見送る無念を抱いているらしい。
「ドウシテ」
「ワタシをユルシテ」
そう彼女が繰り返すのも、きっとその自責の念からなのだろう。
ぼくはペーターとアントレアス、アポロニア様と彼女が見送った聖銃士たちのぶんまで、正義を果たしてみせないといけない。
待っていろ、ローレット。
お前たちの息の根は、ぼくが必ず止めてやるからな。
●吹聴
「さしものおれも、陽気に歌っちゃあいられねえよ」
『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)がそう眉間に皺を寄せるからには、それだけの事件が起こっているに違いなかった。
かつてはアドラステイアのワイン蔵として栄え、アドラステイアの独立宣言後は奴隷労働の場と化したその村は、特異運命座標の活動の結果として棄てられた。蔵のワインを軒並み接収されて、洗脳しきらずにおいた農園管理役やワイン職人まで全て保護されてしまったこの村は、もう、かの都市の邪悪な大人たちにワインを献上するという役割を果たせぬからだ。
その後、ヤツェクらが個人的に村人を救出している間も、アドラステイアは関知しなかった。せいぜいが人間牧場として村人たちをどこかに攫ってゆくだけだ……幸いにも彼らが選ぶのは救いの手立てがないほど洗脳が進んだ者たちばかりで、すなわちローレットは救いうる村人は大半を救えたということになるのだが。
……が、その割に彼らはローレットを忌み嫌った。自分たちからワインを、実験体を奪った者たちを。手加減はせず、しかしとどめばかりは刺されずに済んだ警備の聖銃士たちを「殺された」と偽って、残された手駒の子供たちがローレットへの憎悪を育むように。
「正直言やぁ、おれも、亡命させた村人を匿う先で、多少の揉め事は想定していたさ」
とはヤツェク。だがアドラステイアには……よほど此度のことが我慢ならなかったワイン好きがいたようだ。
どうやら、工作員を通じて周辺領の人々の不安感を焚きつけて、解決のためと称して傭兵たちを送り込まんとしているらしい。気付いた時には少年傭兵部隊『オンネリネンの子供たち』を派遣して、亡命先の村に襲撃を企てていたことが明らかとなった。
彼らの村への襲撃を許したならば、工作員が吹聴した不安が現実のものになってしまう。かといって今彼らが滞在する村に先制攻撃を仕掛けても、迷惑を被るのはその村の人々だ。
ゆえに、オンネリネンが行軍中の森の中で彼らを迎え撃つ。
恐らくは、それが最も無辜の人々を困らせぬ方法だ。
- <オンネリネン>報復は葡萄畑に迫り完了
- GM名るう
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年10月05日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●正義と正義
黄色い灯りがゆらめいていた。暖色の見た目とは裏腹に、どこか仄暗い悲しみを湛えた光が。
けれどもそれに導かれて進む少年たちの目には、その光は映らなかったろう……それは、『罪のアントニウム』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)に言わせてみれば“そういうもの”なのだ。
全ての物事には幾つもの面があり、ひとつの面を見る時には他の面は隠れてしまう。彼らからすれば我らこそが“赦されざる悪”であることも、またひとつの真実なのだろう……そして、我らの考える“善行”がそれと相容れぬものであるのなら、どちらかがどちらかを捻じ伏せるまで終わらぬことも。
だから、思わず零れ出てしまった言葉の先を、『未来を願う』小金井・正純(p3p008000)は考えぬことにした。
何時になれば、真の意味であなたたちを救えるのでしょうね――その問いに答えを与える者は、彼女自身に他ならぬから。彼らを打ちのめし、しかし、命まで奪うことまではせず。求める未来はそれを成し遂げた先にあり、我らにはそのための力があると信じ抜く!
「その通りだ――俺たちは、特異運命座標はそのように託されたのだからな!」
自分たちこそがお前たちの憎む相手そのものであると、ひとりの騎士が名乗りを上げた。木々の切れ間、小さな広場の中央でひるがえすのは、精鋭の証たる黒の外套。騎士――『黒狼の勇者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の威風堂々たるや、生半可な傭兵崩れであればまず怖気付き、次に自らを奮い立たせんがため、闇雲の突撃を企てたであろう。
だが、彼を出迎えた最年長らしい少年は、怖気付くどころか鷹揚に盾を構えてみせた。抱いているであろう深い悲しみや怒りを、あたかも全て呑み込むが如く。成程、随分と堂に入った戦い方だ――。
――まったくだ。ガキだからと馬鹿にしたものではないと、『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)のロートルの勘も囁きかけていた。較べて、奴らの主人気取りの連中はどうだ? ちょっとばかり酒を取り上げてやっただけでこの怒りよう。そのうえ、自分は出てこずガキどもをけしかける? これほど銃の引き金を軽く感じることもそうはない。
いや――もしかしたらマザーだか何だかは、これでも我が身を切っている気でいるのかもしれなかった。何故なら彼らは虎の子だろう聖獣を、村人の誘拐などという簡単なはずの任務にも同行させてやったのだから。対峙し合うマナガルム卿と敵隊長ペーターの間に意志が周囲の全てを呑み込まんが如く渦巻くその向こうから、哀しみの光が凝り固まって、『閃電の勇者』ヨハン=レーム(p3p001117)を打ち据える!
(ああ、あれが聖獣アポロニアとやらか? ……フン、狂信者どもめ)
それを、ヨハンは鼻で笑ってみせた。全ての神と運命を呪うかのような絶望も、己が力のみを信じる鉄帝人にとってはただの心の雑音に過ぎない。誰かの語る“神の思し召し”とやらに盲従するのも、その結果こうして泥臭い傭兵仕事に精を出すのも、実に天義らしいじゃないか。
下らない。勝利は正義感があれば得られるものではないという、戦場の掟を教えてやろう。もっともその教導はヨハンがするまでもなく、『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)に任せればよさそうだったが。
戦場らしからずパラソルをくるくると回しながら出てきた彼女へと、少年傭兵団員らが剣を振り上げた。年の頃としては然程変わらぬ、いかにも無防備そうな相手でも、任務とあれば迷わず殺めんというその覚悟。あるいは……彼らも敬愛すべき“兄弟”のため、復讐心に身を委ねているのだろうか?
「……つまらなそうですね!」
しにゃこは迷いなくそう断じてみせた。
「しにゃの手を取ってもっと楽に生きれば、毎日を楽しく過ごせる約束できますよ!」
そしてその手を拒む者たちに、パラソル内の仕込み銃を撃ち込んだ。最後には、無理にでも彼らを連れ帰るために!
……そう。我らがどんなに手を差し伸べたいと望んでも、アドラステイアの大人たちがその手を取れぬよう彼らを“教育”していたのなら力ずくでしか方法がないことを、『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)は知っていた。
この世界に来る前の戦いを思い出す。彼らも、そういう教団だった。あれと比べればこちらのは、一都市の異端に過ぎぬのが幸いだ。
「鳴神抜刀流、霧江詠蓮だ。お前たちが悪いわけではないことは承知だが、悪いが止めさせてもらう」
放ったはずの斬撃は――しかし標的とした攻撃役の少年でなく、横あいから軒昂の気合いを放った副団長の、小さな体へと吸い込まれ。
「待ち伏せなんて卑怯な真似を……。もう、誰もアントレアスのようにはさせない!」
全てを断ち切る居合の一太刀を少年は、自らの手甲で受け止めてみせた。手甲を形作る鉄は大きく裂けて、詠蓮の刃にも赤色が伝う。
にもかかわらず、少年の足取りに迷いは生まれなかった。傭兵というよりは、小さいながらも立派な騎士だ。
「もっともそれが……戦う目的さえ見誤っていなければ、だけどね」
こうも立派に戦える少年たちを手にかけるだなんて、マルク・シリング(p3p001309)はしたくなかった。今こそ言葉が届くことはなく、マルクとて子供たちを傷つけることしかできずとも、いつかきちんと話す機会を作って、アドラステイア以外の世界があると知ってほしい。
そんな彼の望みをもしも潰えさせんとする者がこの戦場にいるのだとすれば、それはあの聖獣に違いなかった。以前の邂逅では後悔と絶望に苛まれていた化け物が、今は同じものをこちらに打ちつけてくる。通り道に生い茂っていた草木の葉が枯れる。あの無数の触手で組み伏せられたうえで集中的に光を浴びせられたら――恐らくは、抗う気力など残りはすまい。
だとしても負ける心算などないと、再びマナガルム卿は高らかに吼える。聖獣こそせせら笑うかのように卿から距離を取ったまま、後々厄介になるだろう回復役――クラリーチェや、態度の割にヨハンへと光を撃ち込み続けてはいる。が、至近にて気迫を浴びた少年剣士たちはそうもゆかない。マナガルム卿の存在感たるや、彼らの意識を自身に釘付けにさせるには十分なもの。相手が得意な戦いを押しつけるのならば、こちらもまた同じことをするのみと心得よ!
マナガルム卿は4本の剣に代わる代わる斬りつけられながら、それでも足を踏み締め続ける道を選び。ならばクラリーチェとしても、それを助け続ける道を選ぶだけだった。
「これを復讐と言うのなら、存分になさればいいでしょう」
悲しみを隠す眼鏡の奥にて、力強い祈りの意志の光が輝く。それが彼らの“正義”であると認めたうえで、自らの“正義”を押し通す。彼らの“正義”が生み出した結果を、治癒術にて全て覆してみせる。
それが不可能な話だとは思わなかった。何故なら、少なくとも今ばかりは彼女は独りではないから。ヨハンの悪態じみた皮肉が風に乗る。
「剣士と剣士のぶつかりあい、実に壮観な光景だ。僕も若き頃は情熱とともに剣を振るっていた。それだけでこの世の悪全てを打ち倒せると思いあがっていた。
……で、それだけでどうやって勝とうと言うんだい? ヒロイズムに囚われた剣では覆せないものもあるということを、僕の幻想福音が教えてやろう!」
●根競べ
部下たちがマナガルム卿を倒しきれぬ間にも溜まってゆく傷が、パウルに焦りを募らせた。もしかして、自分たちもアントレアスのようになってしまうのではないか――そんな不安は立派に戦うといえども決して老練であるわけもない精神に動揺を生み、正純に天星弓の一撃を徹させる。
(しまった!)
一瞬のうちに凍りつく思考。目の前は恐怖で真っ暗になり、敵はどこか、自分は立っているのか打ち倒されたのかすら判らぬようになる。
「我々を選んだマザーを疑うな!」
ペーターの激励が暗闇に満ちた。パウルは、戦意を取り戻す。義兄の言葉があればいい。凍てついた体も視界もまだ戻らない。それでもその中でも戦う術を、自分は叩き込まれてきたはずだと信じ!
だからその心の拠り所をまず挫くため、次の正純の矢はペーターに向けられた。
(恨んでくれてかまいません。今この時は、確実にあなたたちを止めてみせます)
誤解は後で、時間をかけてでも解けばいい。今はこの先に起こるだろう悲劇を止められれば十分だ。だから……詠蓮の剣も舞う。ペーターとパウルごと剣士たちを手当たり次第に斬りつけて、少しでも早く事態を終わらせんとする――大丈夫、全て峰打ちだ。
余力がある、とまで言えるとは、少なくとも今はまだ思わなかった。そんな乱雑な刃では、たとえ峰で打たずとも重ねぬかぎり斬れぬのが道理。重ねさえできるなら、一度に多くを打ち倒すことができる利がはあるのだが。
相手の受けた傷の量が先に一線を越えるのか。それともアポロニアの放つ光線がその前にクラリーチェとヨハンとを打ちのめし、守りの要たるマナガルム卿を支える活力を種切れに追い込んでしまうのか。
必ずや前者の結果をもたらそう。それが詠蓮の抱いた誓い。
「そうしよう。旨い葡萄酒も、折角助けてやれた村の奴らも、命を玩具にするお偉方に譲ってやるつもりはおれにゃねえ」
ヤツェクのギターも共鳴を響かせる。クラリーチェの祈りもヨハンの皮肉もともども萎れさせようとする、聖獣の不協和音を打ち払うために。
「任せたぞ、騎士さんよ!」
ヤツェクはマナガルム卿へと歌を捧げた。どんなに泥臭く苦しい境遇も、高らかに吹き飛ばしてやる希望の歌を。
そうすれば、この互いに命を削り合うような戦いに、一筋の光明が届くのを待つことができるから――そして。
ふわりとしたどこか甘い香りが、ひとりの少年の鼻をくすぐった。
それがしにゃこの髪から発せられるものであることを、彼はとうの昔に嗅ぎ分けている。
それだけのはずの、ただの匂い。なのに彼はどうしてか、いつしか懐かしさが込み上げてくるのを止められなかった。
アドラステイアが今の形になる前の、家族たちと過ごした団欒の記憶。口煩いし口汚かったがそれでも可愛がってくれたのだろう、姉の髪の匂いを思い出す。彼女のことは、それまで弟たる自分をいいようにこき使ってきた報復として、彼自身で魔女として告発したのだが。
「惑わすな魔女め! あいつが全部悪かったんだ!」
そう喚く少年の刃は、振り上げられたまま空を切った。
「心を強く持て! 皆に生きて無事な姿を見せてやるんだろう!」
ペーターが懸命に呼びかけてやるも、少年は膝から崩れ落ち、その場から動こうともしない。まるで、運命を諦めたかのように。
ぎろりと殺意宿る眼差しでこちらを貫くペーターに、しにゃこは意外そうに首を傾げて返す。
「しにゃは、殺したりはしませんよ? だって、同じくらいの歳じゃないですか。
ペーター君はどうですか? しにゃを迷いなく斬れます? 仲間のために命をかけて仇討ちなんてしても、また元の訓練の毎日に戻っちゃうんですから、仲良く遊ぶとしましょうよ!」
ペーターが憎悪を剥き出しにして、しにゃこへと剣を振り上げたのと同時、アポロニアまで彼女に狙いを変えた様子がマルクには見て取れた。
「カミサマ、ユルシテ」
木陰を利用して遠巻きから様子を見ていたはずの聖獣が、一目散に接近しはじめる。咄嗟に石化の呪を撃ちつけたなら、アポロニアは蠢く脚の一本を犠牲にしながらも、マルクの牽制を打ち払う。
それでも、それは彼女の動きを緩めるには十分なものだった。ペーターとの均衡状態から解放された今、マナガルム卿の動きを妨げる者はなく。
聖獣を押し止める駆け出すために、敢えてマントを負う背を晒したマナガルム卿。阻止すべき脅威がどちらなのかを考えたなら、その程度のリスクは甘んじねばならぬから。
「今だ!」
当然、その隙を少年剣士らは逃しはしなかった。黒狼の証だけを標的に定めた剣が、他の何物にも目もくれず追う。脇から突き出した細枝も、足元に転がったままの同僚も。
だから、そんな子供たちの足元に、クラリーチェまで駆け込んできて伏せた。まるで早馬の目の前に歩き出た幼子を蹄から守る母親のごとく、仲間たちの靴から戦意を失った少年を庇うかのように。
そして術衣が汚れるのも構わず頃なぎながら、彼の頭を守るよう抱えて彼を戦場から遠ざける――もちろんそれらの一連の行動は、振り下ろされつつあるペーターの剣をしにゃこから反らすためには、何の意味もないばかりか遠ざかる行動だ。
……それで、十分だった。それを任せるべき相手が別にその場にいることを、卿も、クラリーチェも知っていたからだ。
「やれやれ、服が汚れるじゃないか」
片腕を掲げて剣を受け止めるヨハンの口許に、ふてぶてしい不満が浮かび上がった。回復役として適度に離れて睨みを効かせてだけいればよかったはずが、まさか壁役の真似事までさせられるとは。
まあ、これで敵の勝利への確信が揺らいでくれるなら、そのさまを眺めるのも悪くない。実際、ヨハンには十分に壁役をこなせる程度の力はあるのだ……あと少しのはずのところで加わった障壁に、せいぜい愕然とでもするがいい。
●止まない嘆き
それでも必ずや勝利してみせると、パウルは心を奮い立たせた。
敬愛する義兄を彼の弟と同じ目に遭わせるだなんて、そんな恐ろしい未来を見たくなかったから。
だというのに彼の盾では、正純の矢を止め得ない。矢は、間違いなく自分の心臓に狙いが定められ――けれどもわざと狙いを外したようにパウルには思えた。次の瞬間には肩がもがれるかと思うばかりの衝撃が走り、彼の体は仰け反って捻じくれた根の間に転ぶ。
どうして急所を撃たれなかったのか。その疑問を今更抱いてもどうにもならないことに、パウルは強く歯噛みするほかはなかった。守りの要たる2人から離れてしまったがために、詠蓮の剣に殴り飛ばされる同志たち。パウルが立ち上がった時にはもう遅く、不安が現実のものになりつつあることに恐怖する。
そして正純が次の矢を彼に射掛ける直前に。かかってきなさいと呼びかけたのをパウルは聞くことになる。格下と見做した敵に対する挑発というよりも、まるで全てを受け止めてくれる、母の囁きとでも形容すべきそれを。
彼はその囁きに導かれるように、盾を捨て、剣だけを正純へと向けた。そしてその剣が正純を貫くその直前、矢は、彼のもう片方の肩を貫いて――。
アポロニアが悲鳴じみた絶叫を上げた。きっと彼女もアドラステイアの大人たちに翻弄された、罪なき犠牲者のひとりに過ぎぬのだろう――そんな思いを詠蓮に抱かせるような。
悲しみ。嘆き。無力。後悔。それら全てを周囲に放ちつつ、聖獣はよろめくように戦場を後にしはじめる。
「お前も悪くはないんだろうな」
だとしても霧江の剣は振るわれねばならぬ。彼女を見送れば将来どうなるか? 彼女をこれ以上の罪から解放するために、防御の触手を切り飛ばす。アポロニアは許しを請うように、祈りのポーズで光線を撃つ。
詠蓮に、止め処ない悲嘆が流れ込む。はっと我に返った時には、逆に詠蓮が足を止めて立ち尽くさせられている……!
触手を引きずって逃げてゆくアポロニア。逃さじとしにゃこの脚にハイエナの獣性が宿るが……止めて、後ろを振り返る。彼女が“楽しさ”を教えてやらねばならぬ、子供たちのほうを。
だから代わりに匂いを嗅いで、聖獣の全てを記憶した。次に彼女に出会った際は、いち早く見つけて仕留めるために……それでも。
マルクには、次の機会まで待つことなんてできはしなかった。咄嗟に木々の間に身を隠し、聖獣の放つ光を頼りにそれを追う。
「放っておけ!」
制止の声を掛けるヨハンの頬をペーターの盾が打つ。だが……僕を余所見で怪我するような甘ちゃんとは思うなよ。敵を殺さず生け捕りにしようなんていう皆の甘さが隙を作るなら、それを補えるのは僕しかいないのだから。
「化け物め! 無様に逃げ帰ってマザーとやらにでも許しを請うんだな!」
逆にペーターを殴りつつ、森の奥へと投げかける台詞。対して、それを聞くべき相手は――。
●捕囚
少年たちの目を覚まさせたのは、じっとりと湿った土の冷たさだった。慌てて立ち上がろうとするものの、縛られた手首が痛むのみ。
「……さて、アンタらはどうするつもりだ」
彼らからすれば十分に老人の域に達したギター弾きの男は、あたかも聴衆に曲のリクエストでもするように訊いた。
「素直に捕虜になってくれるなら有り難い。それとも――何がどうあっても復讐しなくちゃならんのか?」
「当たり前だ!」
声を張り上げた少年の瞳を、ヤツェクはじっと見つめ。それから無造作にナイフでロープを切ると、腰から深紅の銃を抜き投げ渡す。
「なら、おれを撃て。きょうだいを殴り、ワインを盗んだ分の罰は受けなきゃならん――だが、『誰かに言われて』そうなのならば、自分で考えてから撃つかどうかを決めるんだ」
あの村で特異運命座標らは、誰ひとりとして聖銃士にトドメを指しはしなかった。おれたちはワインにしか興味のない紳士的な盗人、とはヤツェクの言で、あの村は誰が何のために維持していたから私たちが襲ったのかは知っていますか、とはクラリーチェ。
クラリーチェが目線を外して立ち上がった後、パウルは銃をとった。真っ直ぐに心臓を狙い、引鉄を引き、光線が貫いたのがヤツェクの肩だったのは、単に慣れぬ銃が跳ねただけだったのか? それとも……?
●追跡の先に
聖獣は、幾度も祈りを呟いていた。
その祈りはマルクには、助けを求めているようでもあって。だから、彼はどこまでも追ってゆく。
夜の間は聖獣の放つ光を頼りに。朝になれば使い魔の鳥を遣って。行く先の村に派遣した側近イングヒルトとも力を合わせ。
聖獣は、逃げて、逃げて、逃げ続け。時には人々に見つかって、化け物として弓を射掛けられて傷ついた。彼女はそれの反撃として……、
「ドウシテ、ワタシハ……」
……自らの傷を癒さんと喰らおうとして、マルクの牽制を受けるとまた逃げ出した。
少しずつアドラステイアに近付いてゆきながら、幾晩、不眠不休の追跡劇を続けただろうか? その終わりは不意に訪れる。
「あれは、アポロニア様!」
「神々しいお姿が……ああ、誰に傷つけられたのでしょう!」
“魔女”たちを連行する聖銃士たちの一団だ。アポロニアも彼らに気付くと、不意にそちらへと方向を変える。では、その次に起こるのは……?
その頃マナガルム卿は不穏な空模様を見上げ、一言、小さく洩らすのだった。
「最近の流れ。何かが起こる前兆なのかもしれないな――」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
かくして6名のオンネリネンの子供たちは無事に保護され、更生施設に送られることとなりました。
彼らが復讐心から無事に解放されるかどうかは神のみぞ知るところではありますが、今はそうなってくれることを願いましょう。
>マルク・シリング様
追わなければアポロニアは慎重に行動し、攻撃されることも、当然反撃をすることもなかったかもしれない、というのがひとつ。
追いかけたことにより、アポロニアは敵を喰らって糧としようとすることを、軽い怪我人を出すのみで確認できた、というのがひとつ。
総合すると差し引きで微小なプラス、といったところでしょうか。
さて、マルク様の目の前には『疑雲の渓』に向けて“魔女”を引き連れた聖銃士の一団がおり、傷ついたアポロニアは彼らと合流しようとしています。
マルク様は、追跡の最中にローレットに連絡をして特異運命座標を呼び寄せていたとして、本シナリオ終了直後の状態から次の行動を行なうアフターアクションも可能です。アフターアクション内容に問題がなければ、R.O.Oまわりの[不明]状態が解除された頃に続編シナリオが始まる予定です。
GMコメント
時とともに、着実にその魔手を伸ばそうと目論んでいるアドラステイア。
今回はその手は、一度は特異運命座標たちが救ったはずの者たちにまで伸びようとしているようです。
●独立都市アドラステイアとは
天義頭部の海沿いに建設された、巨大な塀に囲まれた独立都市です。
アストリア枢機卿時代による魔種支配から天義を拒絶し、独自の神ファルマコンを信仰する異端勢力となりました。
しかし天義は冠位魔種ベアトリーチェとの戦いで疲弊した国力回復に力をさかれており、諸問題解決をローレット及び探偵サントノーレへと委託することとしました。
アドラステイア内部では戦災孤児たちが国民として労働し、毎日のように魔女裁判を行っては互いを谷底へと蹴落とし続けています。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/adrasteia
●『オンネリネンの子供たち』とは
独立都市アドラステイアの住民であり、各国へと派遣されている子供だけの傭兵部隊です。
戦闘員は全て10歳前後~15歳ほどの子供たちで構成され、彼らは共同体ゆえの士気をもち死ぬまで戦う少年兵となっています。そしてその信頼や絆は、彼らを縛る鎖と首輪でもあるのです。
活動範囲は広く、豊穣(カムイグラ)を除く諸国で活動が目撃されています。今回の活動は天義(聖教国ネメシス)のとあるワイン産地の村々となります。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/onnellinen_1
●今回の敵
リーダーである15歳の少年ペーターと、副官の11歳の少年パウルが率いる、6名+聖獣から成る部隊です。
ペーターとパウルの威風堂々たる戦いぶりたるや彼らに背を向けて戦うことなど困難であるほどだといい、2人が敵の攻撃を受け止めている間に残りの4人が剣で斬りつける戦い方を得意としています。
加えて今回は、足が触手となった聖像、とも呼ぶべき聖獣『アポロニア』がサポートに回ります。4本の腕で同時に2つまで組む印は、片方は後悔、片方は絶望の力を光線にして射出し、受けた者の気力を摩耗させます。
アポロニアはペーターとパウル以上に強敵ですが、子供たちの敗色が濃厚になった際には自分だけ撤退します。撤退を許さぬように戦おうと思えば、その分、依頼達成は困難になるでしょう。
●その他オプション
戦闘は、基本的には日没前後、障害物により視界と足場の悪い森の中で行なうことになります。照明はアポロニアの後光があるため気にする必要はありません。
ただし、村人たちを巻き込んでしまい悪名を得る可能性を恐れないのであれば、昼間、彼らの滞在する村に先制攻撃を仕掛けてもかまいません。彼らは奇襲に備えて村の広場で野宿しています。障害物は彼らの幌付き馬車(アポロニアを中に隠しています)くらいでしょう。こちらの選択肢は、参加者全員が選択した場合のみ行なうことができます。
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