PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<神通麓>万の象も散る夜に

完了

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

⚫︎それは終わりを知った夜の話

 全ての火が眠りにつく鎮火(しずめび)。
 火と雪の神様をたたえる初火(ういか)。

 薄く名残る雪雲を裂き、熱量と轟音を引き連れて咲いた大輪の花。その光景に昂った体を束の間の微睡へと沈める家々の灯り。神様から火を賜るより前の原初の闇に慣れた目に焼き付いた鮮やかさとも、常の静けさを取り戻した空の煌めきとも異なる、安堵に染まった穏やかな地上の光を肴に喉を焼くのは、格別の——

「星見酒……いや、飲み切るところか」
「おぅ、遅ぇじゃねぇの」
「弟子が後始末に走り回っているのに、親方のお前ときたら」
 掛けられた梯子伝いに現れた渋面が溢す悪態を気にもせず、先客の男・花火職人の親方は上機嫌に笑う。
「その弟子共の成長を祝ってんだよ、そぉれ乾杯!」
 ぐいっと杯を押し付けて勝手に注ぎ、勝手に打ち鳴らし、勝手にふたり分きっちり飲み干した。
「部屋まで送り届けて来たんだろ、提灯の? お勤め、ご苦労ご苦労っと」
 大して量を飲めないと知った上でこうして絡んでくる男なのだ、これは。再度満たされていく透明な液体に苦くなる口から続くのは悪態では無く、溜め息の形をした白い諦めだった。酒が入ると面倒臭さに拍車の掛かる友人。そうとわかっていながら彼も——提灯職人も戻ってきたのだから。今しか無いのだ、と。

 宿屋の屋根の上、今夜の全てを見届け、少し前まで此処で話し込んでいた客人達もこの何処かで眠っているのだろうと見下ろしながら呟く。
「……職人を辞めるのか、××」
「はっは、その名前で呼ばれるのも随分とまぁ久し振りだわなぁ」
 真面目な話だと示すための、彼の本当の名。『花火職人の親方』というお役目に就いた今は呼ばれる機会を失ったもの。それは提灯職人とて同じで、求められねば口に出すことは決して無かっただろう。
 訊ねたかったのは、儀式の締めという大事を弟子へ託した彼の思惑。真っ先に思い至ったのが現役を退くことだったのだ。
「否定はしないんだな」
 睨んだ横顔は戯けた笑みを崩さない。だが、こちらとて引くつもりもない。
「酒も、夜明けまでの時間も、まだある。付き合ってもらおうか」
 携えてきた酒瓶をドンと屋根に下ろして腰を据えた提灯職人に、親方はくつくつと抑えきれない声を上げた。お前さんから誘われるのは初めてだ、と。
 男達の酒宴は未だ耳の奥に谺する焔の音に焦がれるように、さめやらず——



⚫︎終わりを飾る夜に餞を

「やあやあ今ヒマ? ちょっと元気で不思議な線香花火を作る体験が出来るって言ったら遊びに行きたい人はいるカナ?」
 花火。夏の風物詩。外では虫達の合唱もとっくに次の演目へ移り変わっているだろうに。
「いやね、その夏を終わらせるために必要なんだってサ☆ 引退を決めた花火職人の親方サンに会いに行ってくれない?」
 花火大会で屋台も出るからいろいろと納めるのにピッタリだよ。蒲公英の綿毛も驚きの軽い調子で小さな案内人・Wächter(ヴェヒター)は笑うのだった。


 彼の言うことには、その世界では火薬が意思を持っている。ひと度火がつけば全てを燃やし尽くすまで跳ね回る性格、故に人間が扱うには火の神様の加護という名のリミッターが必要なのだそうだ。
 火だけではなく、雨や雪などの自然を司るたくさんの神様達のお陰で人間は生きていける。そんな存在との橋渡しを担うのが『職人』と呼ばれる者達だ。
 火の神様と通じ、火薬達の喧しい声を聞き取って適切に扱えるのが『花火職人』。彼らをひとつの組織として束ねる親方の元へ向かうのが今回のミッションだという。

 さて、神様の加護があれど隙を見せれば火の気を目指して脱走を図るような元気すぎる火薬達は、年に数度は発散させてやらなければならない。
 そのうちのひとつが毎年行われる夏の花火大会であり、件の不思議な線香花火『千幸花火』は会場で参加者に配られるものである。
 夏の思い出話を聞かせなければ一晩中でも消えないようなお喋り好きの花火を昨年は予定よりも作りすぎてしまった。火薬達の不完全燃焼が伝わったなら、夏の太陽も司る火の神様が黙ってはいないだろう。最悪、秋がやって来ないかもしれない——そんな危機に手を差し伸べたのが特異運命座標だった。

 その後も何度か縁のあった親方が今年の花火大会で弟子のひとりへ席を譲るのだ。
 大きな花火は火の神様への捧げ物であり、打ち上げるのは歴とした神事。継承するにあたって今年はその弟子が主体で指揮を取り、目玉の打ち上げ花火も手掛けるのだそうだ。


「つまり、親方サンにとっては数十年振りの手持ち無沙汰な夏なワケだ。ほっとくとフラフラ飲み歩きそうだから、そのお目付役も兼ねて……というオーダーだねぇ」
 おっと、依頼人はヒミツだよ。Wächterはそっと手紙をポケットに押し込んでウインクひとつ。
「夜になったら作った千幸花火で遊んで、花火を見ながら屋台を回って、夏を終わりを見届ける。どう? 興味は湧いた? それじゃあ、目いっぱい楽しんでおいで☆」

NMコメント

夏と秋の境目は、ほっとするような寂しいような。どうにも落ち着かない氷雀です。

<神通麓>シリーズ、今回は『花火職人』にスポットを当てたお話となります。
一年前の夏の花火から始まり、半年前の冬の花火を経て。
代替わり。継いでいくこと。少しずつ変化しながら日々は続いていく。
しんみりしても、しなくても。
これまでご縁のあった方も、初めましての方も。
思ったままにお楽しみください。後悔の無いように。

⚫︎関連シナリオ(ラリー)
※OPと以下の説明を読めば事足りるかとは思いますが、さらっとでも目を通していただくと登場人物の心情などなど捗るかもしれません。

千の幸が咲く夜に
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/4176
雪蛍、灯るひ
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5121


⚫︎目標
花火職人の親方と線香花火を作る。
花火大会を満喫し、代替わりを見届ける。


⚫︎世界<神通麓>
神話が色濃く根付いている、日本の江戸時代に似たところ。
職人の技が神様と人間を繋いでいます。

⚫︎花火職人
通いから住み込みの者まで、20人前後の職人が所属する集団。屋号は『稲屋』。
親方には拾われたり、見出されたり、師匠である以上に親や祖父のように慕う者が多い。
後継に決まった人物は実力よりも人柄が秀でる、まとめ役に適した青年です。

⚫︎親方
長年、花火職人達を仕切ってきた男性。楽観的で強引で我が道を行く大酒食らい。
酔っていようといまいとぐいぐい踏み込み絡んでくる。
ただし、自分のことはのらりくらりと躱すので要注意。
素質があれば老若男女問わず受け入れて指南するうちに大所帯になっていたとか。
世話は焼くより焼かれたいと本人は笑うが、人を育てるのが上手く、キメるところはきっちりキメる。
そこが親方としての人望に繋がっている模様。
イレギュラーズの訪問時点では、弟子達と共に暮らす長屋群と作業場も含むそこそこ広い敷地内をぶらぶら散歩しています。

⚫︎提灯職人
雨避けの提灯の作り手で、人と雨の神様の橋渡しを担う。屋号は『瀧屋』。
イレギュラーズに恩を感じており、祭りを案内してくれたり、温泉へ招待してくれたりする堅物だけど優しい人物。
互いに祭りや神事には欠かせない存在であるため、花火職人の親方とも縁が深い。
眉間に皺を寄せながらもなんだかんだと長い付き合い。ちなみに下戸。
今回は直接干渉しません。影から見守ることに徹します。


⚫︎『千幸花火』
火薬を包んだ和紙をこよりにして作るタイプ。和紙は染料で好きな色に染められます。
お喋り好きで、夏の思い出話が最も好み。
楽しかった夏。悲しかった夏。今年でも、もっと昔でも。
それらを振り返って抱いた来年の夏に向けた思いを添えてみたり。
火がついた状態で話し相手をしてくれなければ一晩中消えずに催促し続ける。
花火大会の会場では点火用にも明かりにもなる『一晩消えない魔法の蝋燭』も貸し出し中。
消化用のバケツも何ヶ所か設置されています。

反面、打ち上げ花火は派手に燃えられれば満足の目立ちたがり屋。
見上げる人々の反応が気になる様子。何か叫んであげると良いでしょう。
その製作は精密で危険を伴う作業なので見学もNG。
神事に直接関わる部分でもあり、跡を継ぐ弟子も打ち上げ時間までは面会出来ません。


⚫︎スケジュール(ざっくり)
※固定は花火の打ち上げ時間のみ
空いた時間は自由行動

午前中……イレギュラーズ到着
花火職人を捕まえて『千幸花火』製作

夕方……花火大会の会場へ移動
側の河原で『千幸花火』&屋台巡り

18:30〜19:30……打ち上げ花火
親方はよく見える橋の上へ移動
全て打ち上がる頃に現場で指揮を取る後継と合流
火の神様との儀式をもって代替わり

  • <神通麓>万の象も散る夜に完了
  • NM名氷雀
  • 種別ライブノベル
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年10月03日 22時05分
  • 参加人数4/4人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 4 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(4人)

メルバ・サジタリウス・サーペンタリウス(p3p007737)
自称パッショニスタ
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
カルウェット コーラス(p3p008549)
旅の果てに、銀の盾
エドワード・S・アリゼ(p3p009403)
太陽の少年

リプレイ

⚫︎結んで、繋いで

「ひっひー、花火職人さん、見つける、したぞ!」
 火の神様が司るという真っ赤な太陽にも、わんわんと降り注ぐ蝉時雨にも負けないハツラツとした声が蜃気楼のように揺らめく男の足を止めた。
 駆けて来る薄紫色の影に、よう、と手を挙げれば丸い瞳は複雑な色を宿す。それを知ってか知らずか、男——花火職人の親方は後から追い付いた3人も含めて見遣り、からからと笑う。あるのは晴れ上がった夏空に似合いの明朗さ。
「こりゃまたお揃いで。暑い中ご苦労さんなこったなぁ」

「今日、会えるのを楽しみにしてたんだ! 花火のこと沢山教えてください!」
 上向きで前のめりな姿勢で挨拶した『自称パッショニスタ』メルバ・サジタリウス・サーペンタリウス(p3p007737)。パッション明るいメルバ、と彼女を紹介したのは親方とは既知である『新たな可能性』カルウェット コーラス(p3p008549)だ。
 続いて『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)はとってもかわいいと述べられてやや戸惑った様子で、『ドキドキの躍動』エドワード・S・アリゼ(p3p009403)が助け舟を出そうとすればひとつきりの瞳を幾度も揺らしながら力強く頷いてみせる。
「はじめてのところだから、まだ慣れてなくて……でも、だいじょうぶ!」
「そっか、なんかあったら言えよ!」
 笑い返す彼をカルウェットはお兄ちゃんみたいに優しい、と評した。
「紹介与ったエドワードっていいます、今日はよろしくお願いしまーす!」
 親方はひとりひとり握手を交わし、順繰り巡って最後はいつになく神妙な面持ちのカルウェットが手を離さずに問うた。
「ねぇねぇ、花火職人さん……ボクに、弟子になるか? って聞く、してくれたこと、あるよね」
 ボク、最後の弟子、なる、したい。真っ直ぐに見上げる願い。男は逆光の中でまた笑ったように見えた。
「あたしも一緒にお願いします! 火との対話がどんなパッションを生み出すのか体験したいんです!」
 伸び上がって挙手するメルバ。オレも、ぼくも、と蝉よりずっと活気に溢れた合唱で彼らの夏の終わりが始まった。



⚫︎語って、伝えて

 親方に連れられ、明日には明け渡すためにすっかり片付いた作業場へ足を踏み入れた。立つ鳥跡を濁さずだと傷と焦げ跡だらけの作業台を撫でた無骨な指が細長い和紙を取れば、囲むように座った弟子達の眼差しにも真剣みが宿る。「火が着いちまいそうだ」と彼は揶揄ってから紫、青と始まり赤へと至るその先端に掬った真っ黒な火薬を巻いていく。
「中に捩じ込んで空気を入れずに……っと、今日は一段と喧しいったらねぇや」
 客人に燥ぐ火薬の声に目を眇めつつ、ひと巻きひと巻き、よく見えるようにという配慮が感じられる手付きで覗き込む弟子の数だけ手本を作ってくれた。後は手で覚えろと和紙を選ぶ段でメルバは赤と黒が印象的なものに目をつける。
「あたしにも聞こえる気がする、ううん、感じる! 火薬達のパッション!」
「メルバさんはこういうの得意そうだよな!」
 橙色を基調とした和紙を掴んだエドワードが窺えば、ぱちりと合う視線。まだ迷っていたリュコスは唸るように口籠ってしまうが、いそいそと摘んで見せたのは青と緑が混じった大人しめな色味のもので、それは「どうかな?」と不安げに問う瞳とそっくりな——つまり色は違えどちょっとだけ『お揃い』なのだった。
「火薬達が気持ちよく火花を散らせるように、オレ達も一緒に気持ちを込めて作ろうぜ。一夏、一晩の縁かもしれねーけど、こいつらも大事な『夏の仲間』だからな」
「うん。また来年も、友だちといっしょに過ごしていけたらなって……このわくわくがパッション?」
 夏の思い出と呼べるものがそう多くはないリュコスが花火に込めるのは宝物のように大切なそれと、その先への期待だ。
「胸膨らむ未来! いいね、ナイスパッション! あたしも負けてられない!」
 メルバのお墨付きも得て彼女らの千幸花火作りは進んでいく。すっかり見守る態勢に入っていた親方は自身を呼ぶ声に振り返った。
「ボク、まだ器用、ちがう。技術は、すぐには無理でも、心、教える、してほしい」
 カルウェットは1年前の夏の夜空を憶う。初めての花火に心奪われたことを。
「あれは、貴方が作る、したもの、でしょう? だから、真剣に、貴方から、教える、して欲しい。ボクにも、残す、して欲しい」
 手本と同じ鮮やかな虹の和紙を手に、辿々しく、けれど止め処なく溢れる言葉を受け止めるべきか、否か。
「ダメ、言わせない。誘う、した、そっち」
 けどなぁ嬢ちゃん、と曖昧に開いた口は先手を打たれ、逃げ場を探した彼は静観する3人と行き合った。
「……まぁ、最後の弟子が半端もんじゃあ締まりも悪いわなぁ」
 わあ、と上がった4つの歓声に大きな溜め息と共にガシガシと後ろ頭を掻く親方。やや緊張の解れたリュコスの口からぽろりと出た「見張りのためにも」という単語には何処か悔しそうに苦笑いするのだった。



⚫︎開いて、閉じる

 僅かに山の端を茜が塗り替える頃、一行は揃って花火大会の会場へと出向いた。漂う美味しい香りには参加経験のあるカルウェットだって心が弾んで自然と足早になる。
「浴衣きて出店でおいしいものいっぱい、ってやったけど、何度いってもあきないぐらい楽しい……」
 まだお仕事中だけど、とは思えど屋台の数々に目移りしてしまうリュコスに、エドワードがわかるわかると頷く。その目も当然、品定めで忙しい。
「あれも、これも……食べたい物もやりたいこともたくさんだぜ!」
 ふらふらと焼き鳥の方へ誘われていく背中をみんなで追いかけたり、大きな綿飴を見つめたまま開かれた口にあーんしたり、なかなか当たらない射的には親方が参戦したり、気が付けば両手いっぱいに戦利品を抱えていた。
 彼らがはぐれてしまわないよう少し後ろを歩いていたメルバは眼福だとラムネ瓶を呷った途端、クワッと目を見開く。
「こっ! これはっ……青春のパッションが弾けたような美味しさっ! おねーさん! もう一本ください!」
 ぽんっと小気味好い音でお代わりを開封したところで、じーっと見ていた瞳に気付くとあっさりそれを手渡す。カラン、とガラス瓶同士を涼やかに打ち鳴らして。
「んふふ! あたしイチオシのパッション、リュコスちゃんにもお裾分け!」
 ——その後、取り出せずに奮闘したビー玉は親方のマイ栓抜きの登場により無事ゲットと相成りましたとさ。

 熱気の籠った屋台通りを幾分涼しげな風が吹き抜けば、ひとつ、ふたつ、と稲穂を咥えた狐が夕闇に浮かんでいく。そんな『稲屋』の紋が入った提灯の群れを横切り、蝋燭の仄かな明かりを頼りに河原には影が五つ。
「どーだ? 弾け心地良いかー?」
 ぱちぱち、ジジジ、と燃える火花と川の音を背負って皆一様にしゃがみ込み、何とはなしに潜めた声が語り出す。
「あれも夏の夜だったなあ」
 上も下も真っ黒な海で溺れかけたメルバは暗闇が怖くなった。自分の瞼にすら閉じ込められ、呼吸が出来なくなる気がして凍えていた夜に、家族が灯してくれた暖炉の小さな火があたたかく穏やかな眠りを与えてくれた。そんな話だった。
 紡がれる記憶に誘われてこの世界での思い出話を口にすれば、切り替えたつもりのカルウェットの瞳にちかちかと火花が乱反射し始める。
「……甘い物食べて、みんな好きなもの、知って、にこにこ笑う、して、終わりたかった、のにっ……」
「はは、ちょっぴり泣き虫だな?」
 エドワードが頭を撫でた拍子に転がる雫。そこからは堰を切ったように。
「っ……だって、花火職人さん違うして、変わって、でも花火続いて、なんでって、あの花火、もう見れない、するって。一賀も、変わる、するのかなって。やだよ、皆、ずっと一緒、いい、するっ……!」
 しゃくり上げながら吐露される想いは寂しさだ。
「新しい花火職人さんはさ、親方の技を受け継いでるんだぜ? 変わったように見えても、そ中にはちゃんとカルウェットの好きな花火が生きてるんじゃねーかな」
「花火があっというまに消えちゃうみたいにさみしいことはある、わかるよ。でも親方のきもちや、また夏を楽しみたいきもちがなくなるわけじゃないから——」

 ——どおぉん! 全てを遮る轟音が、空を焼く炎が、泣き顔も困り顔も等しく押し流す。

「ぼくは前とちがう楽しいを、これからを楽しみたいな」
「おっと、俺ぁ何も言わねぇよ。いっとう大事なことは言葉じゃあなくてコレで語るのが花火職人ってもんだ」
 親指でぐいっと指し示し、彼が案内してくれた特等席の橋の上。欄干に腰掛けた少年が感嘆に染まった顔で振り返る。
「すっげー綺麗だ……ほら、また好きになれただろ」
 何度も頷き、再び涙を湛えた桃色の泉に金、銀、紅の花片が絶えることなく映り込んでいた。
「この景色を、しっかり覚えとく。また来ような。みんなで」
「うんうん! そうだ、こういう時何か叫ぶのが礼儀なんだよね?」
 ここまで黙って見守っていたメルバが咲いては散る特大の夏の花を指差し、負けぬよう声を張り上げた。それから、親方の答えを受けたメルバの号令で声も心もひとつに合唱する。

「「いーなやーっ! パーッシヨーンっ!!」」



 万事つつがなく。消えた花火の余韻の下で儀式を終え、「親方!」と駆け寄る彼らに男はからからと笑う。——今はもうしがない親父、ただの『咲喜(サキ)』だなぁ、と。

成否

成功

状態異常

なし

PAGETOPPAGEBOTTOM