PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<半影食>巣くうモノ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 見られている。

 夕方の帰り道、会社員の男は冷や汗を流した。暗い闇の中、きらりと赤い目が覗いていた。
 ネズミだ。ネズミに見られている。石ころを投げつけてみたがへろへろと機動を描いて、あたりはしない。音に怯えるばかりか、顔を見合わせてチュウチュウとなにかささやき合っている。

 ついてきている。

――視線を感じたのはいつからだったか。相手が人だとか不審者の類いであれば通報なりなにかやり方はあったはずだ。けれども相手がネズミであったものだから、どうすればいいのかわからなかった。男が早歩きをすればネズミは早足になり、コンビニに寄れば男を待っているのだ。
 これは、自意識過剰というものだろうか?
 いや……。

 ネズミたちはコンクリートの塀に登ると、民家を眺めている。
 ひそひそと囁くようなネズミの鳴き声。
 視線を避けるようにバタンと扉を閉めた。

 もしも、ネズミの声が聞こえるなら、以下のようなものになっただろう――。

『あのいえはどうか』
『否、男3人、にくがかたくてくいでがない』
『あのいえはどうか』
『否、犬がいる、犬はよろしくない』
『犬はこまる』

『あの男はどうか』
『ミルクの匂いがする』
『赤ん坊は好きだ』
『赤ん坊はうまい』
『よいエサになる』


 ひとつきほど経ってしまえば、男はネズミのことは忘れてしまっていた。現金なことに、日常の忙しさが戻ってくると「あれは幻だったんだろう」と思うものである。
――一応、そういうのが詳しいという知り合いに相談してはみたけれども。
 再現性東京の住民は多かれ少なかれそんなところがある。非日常に蓋をして日常を守る。日々の忙しさ――仕事がどうとか、家のことだとか、そういうことがいちばんの悩みだ。
「もう、あなた! 育児休暇とれそう?」
「課長に嫌味言われたけど、大丈夫だよ。ほらミホ、パパ、しばらくミホといっしょだよ」
「ミホばっかりずるい! カナも!」
「お姉ちゃんだろ~!」
 絵に描いたような幸せな光景。洗濯物を取り込んでいた母親はくすりと笑って、今日のおやつはなににしようかしらとオーブンに向かった。
「あ、ネズミちゃんだ」
「っ!? カナ! 触るんじゃない!」
 父親は、思わず身をすくめた。
「なにこれ、石ころ? パパー、ネズミが石を運んでる」
「触るんじゃない! ばっちいから。はあ……駆除業者でも頼むか……」

●村松探偵事務所
 淹れ立てのコーヒーの香りが漂っている。
 村松探偵事務所代理所長、原田 阿国(はらだ おくに)は慣れた様子で戸棚からカップを取り出した。
 これがルーチンワークになって久しい。
 村松探偵事務所とは、再現性東京2010街・希望ヶ浜にある夜妖専門の探偵社である。主に夜妖の絡んでいる疑いのある事件を調査し、必要があれば解決する。
 燈堂一門の祓い屋とはまた別の角度から、この世界の平穏を維持するための役割を担っている。
(所長、どこいっちゃったんだか)
 戸棚には、一つ分、専用のコーヒーカップが残されている。……失踪した「村松探偵」のものである。しばらく使われていないが、よく手入れされていた。
「おっはよー、所長」
「宿那。おはよう。代理所長ね。私は所長じゃないから」
 神代 宿那(かみしろ すくな)は「村松探偵事務所」の調査員であり、オカルト好きな大学生アルバイト。そして何よりも、阿国の親友だ。
(奇妙な寄せ木細工の廃棄。怪しいアルバイトの裏取り……今日中に受けるかだけは返事したいけど、どれも、宿那ひとりで行かせるわけには行かないわね)
 阿国はファイルをペラペラとめくり、仕事の段取りをつけた。
「宿那、ちょっと出かけてくるから。留守番頼める?」
「はーい」
 ぱたん、と扉が閉まった。
「つっても、ねぇ……ここ、基本的には紹介の客しかこないからなあ。留守番って言ってもねぇ」
 不意に、電話が鳴った。
「はいはい」
「も、もしもし……ネズミのけんなんですがっ」
 聞こえてきたのはまだ小さな子供の声だった。
「え? えらいね、いくつ?」
「カナです。今年で7さいです」
「若ーい! えっとね、ここは普通の探偵事務所じゃなくてね、どこで知ったのかなあ……所長の紹介?」
「パパが……そうだんしてて」
「パパさんかあ」
「パパはだいじょうぶっていったけど、妹がやっぱり、ネズミこわいから、たいじしてくださいっ!」
「ネズミ? ネズミが怖いの?」
「こわいです、石がこわくて」
「何やってるんだ、カナ!?」
 成人男性に代わられる。
「あー、すみません、勝手に電話かけてしまって」
「あー。いえいえ、仕事ですんで」
 と、電話を切ったものの、気になる。
 宿那はファイルを探す。相談記録が残っているはずだ。
「……代理所長忙しいっぽいし、あたしの出番じゃんね」
 なんかいやな予感がするし。
 宿那は書き置きを残し、事務所を出る。


 住宅地をぐるりと取り囲むネズミの群れ。
 石を四隅に配置し、大勢のネズミたちは呪文を唱える。閉じ込めてエサにするための儀式だ。
『かしこかしこ、まねきませい、』
『食卓にようこそいらっしゃいました』
 時空がゆがみ、空は赤色に染まり……家の周りに結界が張り巡らされていく……。
 はずだった。
「!? なにあれ、ヤバい……連絡……しないと」
 そこにやってきたのは、宿那だった。
(あれ? ……すごく、眠い)
 不幸にも、その結界の範囲には宿那がいたのだった。
 不幸にも、というのは「ネズミたちにとって」の意味である。

 咆哮。
 術式を唱えていたネズミの半分が血を流して倒れた。

 世界が、ゆがむ。


「ってわけで追いかけて、幸村」
「姉ちゃん、まーた俺尻拭い!?」
 といいつつも、『あやかし憑き』原田 幸村(p3p009848)はすでに現場に向かっている。
「私じゃ間に合わない! 遠すぎるんだ……ちょうど近くにいるのが君達だったんだ」
「向かってるけどね!?」
「頼む、危険だ。取り憑いた夜妖が危険なことは幸村がいちばん分かってるよね!?」
「まあ……」
 長身黒髪の美女が微笑んだ気がする。 幸村もまた『夜妖憑き』である。
「アレは宿主だけを守護るものだ。その他の者には無頓着で、私ですら危ない。おそらくはネズミは儀式を執り行っているモノと思われるが、下手をすると崩壊して帰れなくなる」
「まあ、これも試練の一つってコトか……?」
 崩れ落ちる扉。
 閉じる異世界の扉。ぎりぎりのところで……「間に合った」。

GMコメント

●目標
・「巣くうモノ」の沈静化(不殺)
・四人家族の護衛
・異世界からの脱出

●場所
<異世界>伊東家
1階建ての、ゆがんだ民家のような形をした建物です。
和室が多めです。ですが配置はデタラメで同じ部屋が2つあったりします。
入るのはたやすいですが、出る方は見えない壁があって出られません。

●登場
巣くうモノ
 神代 宿那(かみしろ すくな)に取り憑く「ナニカ」。
 主の危機から身を守るため、凶暴化しています。
 宿那を守るために暴れ回っていますが、その他の者の事は無頓着であり、宿那の守護に邪魔になるなら宿那に親しい者だろうと危害を加えます。
 落ち着かせるためには多少荒っぽいコトをする必要がありそうです。というか、相手にしないと暴れ回るため、かなり危ないです。
 注意を引きつけ、時間を稼いで下さい。暴れ回っているのですぐに見つかるでしょう。

窮鼠×10
「招き寄せてしまった」
「招き寄せてしまった」
「喚んではならぬものを閉じ込めてしまった」
 この世界では50cmほどの、ネズミのような形をした夜妖です。
 「巣」と呼ばれる術式を構築し、ターゲットの住居をマーキングし、異世界に閉じ込めて惨殺するという恐ろしい夜妖です。しかしその「巣」が仇となり、「巣くうモノ」を閉じ込めてしまいました。
 苦肉の策として被害者一家を殺し、術式を完遂してこの異世界から逃げようとしています。

●脱出の提案
窮鼠たちから、
『あの四人家族を巣くうモノに捧げて、怒りを静め、ともに逃げよう』
『お前達は見逃してやる』
という提案がされます。

・家の「4隅」※時空がゆがんでいるため、本当の4隅にあるとは限りませんにある小石を砕けば元の世界に戻れるそうです。

●4人家族(伊東家)
 不幸にも巻き込まれた一般人です。父、母、長女カナ(7歳)、妹ミホ(生後6ヶ月)の4人家族です。
 戦闘能力はありません。まとまってふるえています。基本的にはネズミに注意すれば良さそうです。
 護衛してあげてください。

●NPC
原田 阿国(はらだ おくに)
 「村松探偵事務所」の代理所長(情報屋)であり、原田 幸村様のお姉さんです。

神代 宿那(かみしろ すくな)
 「巣くうモノ」の宿主です。善良な人間です。

●Danger!(狂気)
 当シナリオでは『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <半影食>巣くうモノ完了
  • GM名布川
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年10月01日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談9日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
志屍 志(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業
ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳
メイ=ルゥ(p3p007582)
シティガール
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
白妙姫(p3p009627)
慈鬼
原田 幸村(p3p009848)
あやかし憑き
※参加確定済み※

リプレイ

●ここは巣の中、日常の外
 異質な空間に、甘いかおりが滑り込んだ。
『慈鬼』白妙姫(p3p009627)は端正な顔をしかめる。
「むぅ。またもや異界騒ぎか。
しかし此度はなぜ起こったかハッキリしておるな――ネズミどもめ」
「全く宿那さんは本当にトラブルメイカーなんだから! 後始末するこっちの身にもなってほしいよ!」
 宿那とかねてからの付き合いがある『あやかし憑き』原田 幸村(p3p009848)には、この状況のまずさが身に染みてわかっていた。
 ネズミなんかよりもよっぽど――「アレ」はやばい。
「あーえっと?
鼠の夜妖も危ないけど、それ以上にヤバいのをどうにかしろってこと?
しかも絶対殺さないようにしながら落ち着かせるの?」
『激情の踊り子』ヒィロ=エヒト(p3p002503)はしばらく考えていたが、「どうしよっか?」と『あの虹を見よ』美咲・マクスウェル(p3p005192)を振り返る。
「ヒィロは、どうしたい?」
「んー……なかなか大変そうだけど、まぁ体で話し合う方がボク好きだし! あはっ」
「それじゃあ、大丈夫だね」
 互いがいるなら、問題はない。二人の共通の認識だった。
「それでは、私はなるたけ壁になりませう。……遅れても?」
「「問題ないよ」」
『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)に息ぴったりに答えるヒィロと美咲。

――タダでは帰れナイ。
――ダレが美味いカ。
――肉をどう分けるカ。
「……浅ましいものじゃ」
 聞こえすぎる白妙姫の耳には、ネズミたちの相談事が聞こえた。
「成程こうして異界は起こるわけじゃの」
 結界を見渡し、白妙姫は頷いた。ひいふうみいよ、――起点は、四。
「夜妖同士が相争うとは珍しい依頼ですが」
 ヘイゼルはイレギュラーズを振り返る。目線で合図して同意をとり、玄関の戸をするすると開いた。
「窮鼠を退治して他の皆様を現世に戻す、ということですね」
『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)は射干玉を手に、壁を無視して静かに歩んだ。物音ひとつ立てることはない。
「見えないところで事が済んでいれば窮鼠も生きるためと納得もしたでしょうが、知った以上は被害を見逃すことはできません」
「はい。遣ること自体は一家を護る。いつもの事なのですよ」
 異空間に紛れている生活の気配に、ふう、と瑠璃は息をついた。
「平穏に暮らすものが人知れず被害にあう前に助けることができるのですから、個人的にはむしろ幸運と喜ぶべきですね」
「そうだね。今回は感謝だね。危うく悪い夜妖の犠牲者を出すところだったし……両方助けて姉ちゃんに吉報送ってやる!」

「次の扉はメイが開けるですよ! 危険ですからね。下がっていてください」
「ん、ありがと!」
『シティガール』メイ=ルゥ(p3p007582)はヒィロの前に出る。勢いよくばあんと戸を開くと、保護対象の一家が身を寄せていた。
 不幸なことに、ちょうど出くわす形で、幸村の顔がそこにあったのである。
「――うわあああああああああああっ!」
 ものすごい悲鳴が響き渡った。
 子供は泣き出し、父親ががくがく震えながらフライパンを握っている。
(あ、やっぱこうなるか)
 別に、不機嫌なわけではない。人並外れて顔が怖すぎるだけである。
 幸村は腹に力を込めてぐっと睨んだ。そうするとなぜかいうことを聞いてもらいやすくなるのである。「気合」だと思っているそれに、呪力がこもっていることを本人はあまり知らない。
「大丈夫ですよ。メイたちは味方なのです」
「はい、俺達がこの命に代えても絶対助けますのでどうか俺達を信じて落ち着いてください」
 嫌われてもいい。この人たちが助かるなら……。と、幸村はそんな気持ちだった。
「むむ、メイより小さい子がいるですね?
これはお姉さんとしてしっかり守ってあげないといけないのですよ!」
 メイはふんふんと己を奮い立たせる。

「小さいほうが来るようじゃのう」
 白妙姫はつぶやいた。周りを囲んでいる。
「……やっぱり」
 どういう意味であれ、「怪異」に懐かれるという体質はここでも健在らしい。トコトコとネズミがやってくる。
 提案されたのは、あまりに一方的な休戦協定。
「え、家族を犠牲にすれば会長達は見逃してくれるの!」
『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)は目線を合わせてネズミの声を聞いた。耳に手を当てて、うんうんとうなずいて適当に相槌を打っている。
「! さ、させないですよ!」
「辛抱じゃ」
 憤るメイを引き留める白妙姫ではあったが、気持ちは分かる。朧月夜をほんのわずかに引き寄せ、臨戦態勢だ。
「詳しく話を聞きたいですね」
「ええ、詳細を詰めていきましょう」
 ヘイゼルと瑠璃がずいと前に進み出て、交渉の席につく姿勢を見せた。

 と、そこで、空間が揺れ、思い切り扉が吹き飛んだ。
『巣くうもの』である。
「……そちらの方は任せてもよいのか?」
「うん、だいじょぶ。だよね、美咲さん?」
「大物でも1体相手なら、私とヒィロで抑えきってみせるよ」
「って美咲さんが言ってるからだいじょうぶなんだ。えへっ……」
「じゃ、ヒィロは神代くん? さん? を見つけ次第引き付けて。護衛はお願いね。周辺を把握しての誘導とかは任せてねー」
 とんとん拍子に話が進む。アレは強いよ、幸村は警告しようか迷ったが、二人は確かな実力者だ。あの気配を前にしてひとかけらの怯えすらない。
 イレギュラーズって全員こんなに強いのだろうか。思い人に近づくためのハードルはまだまだ高そうだ。
「それじゃあ、……。俺は、伊東さん? のほうに」
「はい。小さい子を守るのはお姉さんのつとめなのですよ!
メイは中学生でお姉さんなので!!」
 小さな子供に、ぎゅっと抱き着くメイ。髪の毛を引っ張られたが構わない。わ、と脅かすと笑ってもらえた。メイもようやく笑顔をこぼす。もふもふとさせてあげると暖かさが満ちた。
「ふふふん、任せておくですよ」
 隊長ヘルメットをかぶせてあげた。

 いる、こっちにいる。
 ヒィロの目は壁を透かしてそれを見ている。
 桁違いにおぞましいモノがそこにいる。
 ソレは叫び声をあげるように、存在すべてを振り上げて……。
「っと、」
 ヒィロは受け止めた。
 ヒィロの左瞳に宿る緑の灯火が燃えている。あり得ない角度から、ヒィロは降り注いだ。ルートを選んだのは美咲である。
 巣くうものがピリピリとした生存本能がはった『罠』といえるような緊張をすべて見抜いて、針の隙間を通すように進路を指し示した。
「引き付けて、ヒィロ」
「うん! まかせて」
 その存在は吠えた。
 びりびりと頭が揺れる。これが人間のほうを向いて発せられたら、ひとたまりもないだろう……。
「ボクと遊んでくれるんだよね?」

 周到に部屋を一つ分あけて、瑠璃はゆっくりとふすまを閉めた。
『ナゼ部屋を開ける?』
「聞かれては困るでしょう?」
『マア、それもソウダ』
 扉一枚隔てて待機するイレギュラーズたちだった。
「何話してるんだろ? 気になるよね~」
 壁に耳あり、ふすまに会長あり。
「あ、大丈夫だから! お茶とかそういうのは」
「メイ知ってるのですよ!
こういうのをミイラ鳥がミイラと鳴いたと言うのですよ
学校で習ったのですよ!」
 ドヤァっと胸を張るメイ。
「ふむ。鳥だったか?」
 白妙姫は首をかしげる。
「……うーん、でも生贄は多い方がいんじゃないかな!
鼠とか生贄にしやすそうだし! 知らないけど!」
「10ばかりといったところかのう」
 白妙姫は見もせずに、ネズミの全数を言い当ててみせた。戦力を集めて、少しでも交渉の優位に立とうという姿勢であろうが、こけおどしにもならない。
「お姉さんはさんすうもばっちりなのです」

「それでは、そのお話ですけれど、まず前提の条件を確認しましょう」
 瑠璃が唱えた。虹の如く煌く雲が、辺りを覆いつくしていった。
 目くらましの下に潜む射干玉が、素早く窮鼠の目を貫いた。
「全て殲滅させていただきます。お覚悟を」
「卑怯とは言うまいね、なのです」
 キイキイと音を立てて逃げ出す窮鼠たち。
 狙うは、人間。だが……。
「はーい、じゃあ鼠くん達には生贄になってもらいまーす!」
 と、会長。
(いや別にほんとにする訳じゃないけど、多分ね?)
「人を犠牲に助かろうとしておいて……
しかも、なんで上から目線なのですか?」
 どんと仁王立ちするメイがいた。
「頼み事をする時は、ちゃんとお願いしますと言うのが礼儀と、先生が言っていたのですよ!」
『誰がニンゲンなんぞに』
 それでも、効果はてきめんである。
 どか、ばき、揺れる世界、異世界において――。
「あ、すぐ終わるからゆっくり寛いでていいよ!ㅤみんなすっごい頼もしいからね!」
 彼らは、ペースを乱されることはなかった。
「そんな悪い子はめっなのですよ!
メイ達がお仕置きするのですよ!」
 回り込もうとするネズミに、メイは恐ろしい速さで対応する。
「あー、やっぱりなあ。こっち来るよな」
 幸村は咄嗟の時にも襲われやすい、そんな体質だ。それはわかっていた。あえて突出する……フリをして誘いこんだのは、攻撃するのは自分ではないからだ。憑いている方だ。
 ぬ、と、室内に大きな影が差す。突き抜ける呪詛がまず耳を破壊し、それからネズミの精神を打ち砕いた。
 赤い魔力の糸がぴんと張った。
 であるが、ネズミが視認した時にはそれはもう遅い。
 胴体が真っ二つにされた後では。
「はい、ご注目くださいね」
 ぱん、ヘイゼルが手を打った。桜吹雪が舞って、不運なネズミを焼き尽くした。いや、偶然ではない。不運というにはあまりにも、ヘイゼルの技量はすさまじかった。先を読むかのように、ネズミが移動する位置に、次々に火炎が舞うのだった。
 一体が一家へと向かう。
「そう急かすでない」
 白妙姫の操る朧月夜が、飛び跳ねるネズミの牙を打ち砕いた。
 白刃白牙。返す刃、美しく揺蕩うような切っ先が、ネズミに致命傷を与える。
「っとと、ステイステイ!」
 会長の言葉で逃げ出そうとするネズミはびしと背筋を伸ばし、ぴたり、と置物になって動きを奪われる。目をそらすように耳はふさげないのだ。
「よっし、みんな。この隙によろしくね! あ、回復は任せて得意だから」
 と言いながら会長が放つのは呪言であった。
 嘘つきだ。ネズミはキイキイと抗議の音を立てた。
「え? ちがうちがう間違ったんだよ。だってケガしてないんだもん。いい感じだね! ネズミ捕りにかかった鼠みたいだぜ!」
 この巣の中において、立場は逆転している。
 ネズミが逃げることは許されない。
「交代するっ……」
 今度は幸村が攻勢に回った。石化したネズミがバラバラくだけていった。筋トレの成果、かもしれない。

●難敵
 一方。
 難敵、巣くうものに二人で対峙しているふたり。
 ソレがなんなのか、美咲は考える。思考を止めることはない。
 たしかに怪異だ。おぞましくとらえどころのないように思われる。
……けれども、じっくりと観察する時間はあった。
「ヘイヘーイ! その程度の力で宿那さんを守ろうなんて烏滸がましいね!」
 一瞬でも目を離せば砕かれる命のやり取り。
 ヒィロは絶技とも呼べるような立ち回りを見せ続けていた。
 ひらりとかわす一撃は、もし逸れていなければ致命傷ともなりえただろう。決して余裕というわけではない。けれども、「余裕」の顔をしてみせる。
(ね? すごいイリョクだってさぁ、さいごに避けるんだからいいよね?)
 挑発。
 好戦的な笑みと――それから、目線。すれすれをくぐれば次の攻撃を誘う。
 連続の攻撃の一撃が足をとらえた。
 けれども、ヒィロは止まらない。
 美咲は動揺しなかった。致命傷ではないと知っていたからだ。そんな回避をするわけがない。すぐに、ヒィロは動けるようになる。意地でも、そうして見せる。
(爪や牙、人の徒手、自然現象、魔術行使……。
人ひとりに収まるくらいなら、そう多芸とは考えにくい)
 何に頼るか分かれば、冷静でないものの動きは読みやすい。
 そして目的も見えた。
 あれは、宿主を『守っている』のだ。
 その底にあるのが何かはわからない。けれども、意図があるのであれば駆け引きはできる。
(より確実に対処し『勝つべくして勝つ』方が気分がいいのよね)
 ふ、と不敵な笑みを浮かべた。
 ヒィロが飛びのいた、その隙間に向かって魔力を迸らせる。
 一呼吸でも合わなければ巻き込んでしまいそうなすれすれをくぐる。
 開眼する。
 陽と陰、見つめるだけでよい。そして――。
「ああ、ごめんね?」
 絶蒼。
 謝ったのは、壁の奥を走る影に。
 逃げ出したネズミごとなぎ倒した。

●窮鼠の末路
「手が一つとでも思ったか?」
 白妙姫の切っ先は、不意に惑わしをやめてまっすぐとなる。見事に、それがネズミを貫いた。
「長く生きてれば、それなりにやり方も覚えるものじゃ」
「ぜったいにここは退かないのですよ!」
 メイが両手を広げて通せんぼの構えだ。そして、流星のように跳ねまわる。
 撤退しようという構えを見せるネズミは、会長の声でその場に釘付けされたように動けなくなった。
「ふ、甘いわ」
 死んだふりをしていたネズミを、白妙姫が一撃、両断する。
「ちょろちょろ動き回ったらダメだよ!ㅤ大人しくしてなって!」
 必死に命乞いの姿勢になるネズミであった。
「あなたたちの生き方についてですが」
 瑠璃が静々と言った。
「そういう生き物なのでしょう。それを罪と断じるつもりはありません。これは生きるためと理解しています。ですがこちらも生かすため。この期に及んで、哀願が通用しないとはわかっていただけるかと」
『ひ、ひ、ヒ……』
 ヘイゼルによって、最後のネズミは灰となる。

「しかしこの窮鼠、追い詰められてませんでしたら何と言う夜妖だったのでせう?」
「そしたら……タダのネズミくんだね! よっし、あっちに加勢しに行こう!」
 窮鼠の死体から抜ける魂を操る幸村。逃げていく方向が分かった。たぶん、無意識にこの世界の端に逃げているはずだ。瑠璃もまた、じと目をつむると、目的を見据えて立ち上がる。
「では、後ほど」
「おけおけ」

 瑠璃が読み取ったのは、『術を掛けたときの配置場所』。建物のゆがみ具合を加味して、四隅といえばだいたいこのあたりか……。
 白妙姫がするりと戸を開ける。明らかに室内であったはずなのに、眼前には中庭が広がっている。
「空間が歪んで居るが、完全に無作為というわけでもないじゃろうな」
 ぐらり、辺りが大きく揺れていた。
「あちらも佳境じゃろうか。どれ、できるところをじゃな」
「多分こっち、で、ちょっと俺も加勢に行ってくるよ。任せた」
「こことここがつながってるですね」
 メイが壁を叩くと、名探偵の顔をしてうなずいた。

●守りたいもの
 どれほどに血を流しても、ヒィロは『巣くうもの』に対する攻撃の手を緩めることはない。すべての視線を集める。美咲のために。そしてその存在が、ヒィロを奮い立たせていた。
「主さんをちゃんと守れるような――「救う者」に相応しい力を身に付けてから出直しなよ!」
ヒィロは、美咲を――救うものの背後に位置する美咲を眺めた。今、戦闘の手を抜けば死がある。振り返る余裕はない。でも、分かる。いつだって誰よりも輝いている。
「それにねぇ。
守るなら、中からじゃなくて横で寄り添ってもらえた方が、ずっとずっと嬉しいんだよ!」
 巣くうものの動きを止める。美咲は、より多くの隙を作る。
 絶蒼が広がっていて、いつ見ても。
――きれいだな、と思うのだ。

「ヒィロ、ヒィロ」
 一瞬、意識を失ったヒィロは目を覚ます。
「あ、起きてた! よかった!」
 そこには会長がいて、いつものごとく、免罪符と回復をばらまいている。
「えへへ、役に立てたかな?」
「立ちすぎよ。お疲れ様」
 ヘイゼルの赤い巣が巣くうものの動きを止める。
「間に合いましたか。いえ、」
 立っているのがすさまじいことだ。巣くうもの、ヒィロ、どちらに対してでもある。
 意志の力を込めて弾き飛ばす。
「まった、八尺ちゃん。ホンキはまずい! 弱ってる……!」
 意思を聞き届けたのだろう、ただのボディブローがさく裂する。
「ちょっと、八尺ちゃん。ステイステイステイ。もう大丈夫だって」
 幸村が止めると八尺ちゃんはぴたりと攻撃の手を止めた。
「よし、生きてる……」
 呼吸を確認して、一安心。
(宿那さんを起こすのは、あとでいいよね)
 おとなしくなった巣くうものは、じっとこちらの出方をうかがっているように思われた。
 ……撤退する気力はなかったが。
「その必要もなさそうですね」
 ヘイゼルが天井を見つめる。亀裂が走る。

●元の世界
「! あったです。あったですよひとつ」
 メイは小石を見つけて、えいっと床にたたきつける。
「弐つ(ふたつ)」
 白妙姫がぱきりともう一つを割った。
「三つだね!」
 と、会長。
「そして、これで、最後です」
 最後は、瑠璃が両断した。

 ぐらり。
 元の世界は、あれほどのことがあったとは思えないほどの青空だった。
「ログアウトっと! じゃなかったね。お疲れ様!」
「埃まみれだね……」
 美咲ははにかみ、ヒィロの頭にくっついたわたぼこりをとって、ふうっと飛ばす。それから、視線を合わせて笑いあった。
「じゃあ、帰ったら、洗いっこだね!」
「もう、自分はどうなの?」
(いつもの綺麗な美咲さんに戻してあげるんだ!)

成否

成功

MVP

美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳

状態異常

ヒィロ=エヒト(p3p002503)[重傷]
瑠璃の刃
美咲・マクスウェル(p3p005192)[重傷]
玻璃の瞳

あとがき

やばい存在とのバトル&異世界脱出、お疲れ様です!
ちょっとくらいケガもするかな、と思っていたのですが、ご一家も無傷で済みました。

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