シナリオ詳細
<月没>死なば諸共
オープニング
●すがるばちの夜
ふらりと少年は外に出る。
蜂蜜とそれを使った菓子の販売を手掛ける店から出てきた彼と、帰宅途中の酔客の目がふと交わった。
「あーれ、『みつのはち』の」
思わず酔いを忘れそうになるほど男が驚いたのも無理はない。
『みつのはち』のひとり息子であるレイ坊ちゃんと言えば、生まれながらに心臓に重い病を抱えていて、店に出るどころか生まれてこの方、ほとんど部屋からも出られぬ生活を送っていることで有名なのだ。
外に出たことがないため、肌はそこらの乙女より白く、十二という年齢を考慮しても線が細い。女の格好をすれば男と見破れる者はそういないだろう。
直接顔を見た者もあまりないレイの顔を男が知っていたのは、『みつのはち』の主人に頼まれて舶来の果実を先日、部屋まで届けたためだった。
海の向こうの国の果実を仕入れて売ることを生業とする男に、常より息子の境遇を憐れに思っていた主人が、とつくにの話をするついでにと頼みこんだのだ。無論、男は二つ返事で受けた。
「……ああ」
じい、と男を見つめていたレイがようやく思い出したように口を開く。
異様な雰囲気に知らず緊張していた男は、ほっと息をついて顎を掻いた。
「外に出て大丈夫なんで? いや、このごろは店にも少しばかり顔を出せるほど調子が良いとは聞いていましたが」
「あア、調子ガいいナ」
「……坊ちゃん? やはりどこか、お加減が悪いのでは」
声が二重に聞こえる。
自分が酔っているためかと男は思ったが、すぐに否定した。酔いなどとうにさめている。
「ぼっちゃ」
ぐず、と。
体内に異物が入りこむ不快感。こみ上げる熱と痛み。
悲鳴を上げるより早く、男は意識を失ってくずおれていた。
「ウマイ、ウマイ」
じゅ、とレイはなにかを啜るように口を鳴らす。
男を背後から刺したのは、幼子ほどの大きさの蜂だった。蜂からレイの唇へともやのようなものが伸びている。
蜂が二匹に分裂した。レイの背後には、ぞろりと気配が立ち昇る。同時に、多数の蜂がその姿を囲んだ。
「な」
窓からそれを見ていた、向かいの店の女の喉が刺された。
蜂は増える。
屋内に侵入し、次の獲物を刺して、また増える。
いつしか辺りは蜂だらけになっていた。
先頭にはレイ立ち、躍るような足どりで進む。死者と蜂は増え続ける。
「あはは、ハハハ」
複眼に夜を映し、頬に涙の軌跡を刻みながら、少年は嗤っていた。
●少年と朝日
未来の映像はぷつりと途切れる。
重々しくつづりが口を開いた。
「……この方が、夜妖憑きとなったのは、少し前のことです」
すなわち、これからこの惨劇を防ぐにあたり、少年に夜妖を憑かせないという選択肢はない。
「ただし、その夜妖は危険度の高いものではありませんでした。人に寄生し、ほんの少しずつ宿主の精気を吸って生き、満ちればそっと体から抜け出す……。
そしてどこかで分裂して増える――すがるばち、という地方の言い伝えから生じた夜妖です」
害はない。憑かれていることにさえ気づかない。
だが、すがるばちは少年の体に宿ったまま、『月に狂わされた』。
「侵食を受けたすがるばちは、本来あり得ない動きをしました。
宿主の意識を奪って、表層に出て。
周囲の人々を殺めることで、大量の精気を獲得し。
子を、次々と生み出していったのです」
結果は――先ほど見たとおりだ。
「皆さんにはあの惨劇を防いでいただきます。すがるばちの母体をどうにか少年の体の外に出して、倒してください。……ですが」
いっそうつづりの顔が歪み、俯けられた。
それまで沈黙していたみそぎが小さく息をついて、代わりに言う。
「あの子は元々、心臓に重い病を抱えているのよ。それをすがるばちが支えていたの。……つまり、すがるばちは精気を吸うけれど、死なないように病の進行を遅らせていたのね。
じゃあ、その身体からすがるばちが出て行ったら?」
病は進む。
少年はほんの数日のうちにその命を落とすだろう。
もしかしたら、すがるばちが体外に出た衝撃で心臓の動きがとまるかもしれない。
「それでも――見過ごすわけにはいかないでしょう」
話はそれで終わりとばかりに、みそぎが目を背けた。つづりは悲痛な顔を、それでも上げる。
イレギュラーズは踵を返し、町に向かった。
- <月没>死なば諸共完了
- GM名あいきとうか
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年09月23日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
閉店間際。蜂蜜の香りが漂う店内には、男女合わせて五人の客がいた。他、会計担当らしき女性店員がひとり、棚の在庫を調べている男性店員がひとり。
一段高くなった畳で恰幅のいい男と老店員が話しあい、隅に正座した病弱そうな少年は帳簿らしき紙を捲っている。
すっと戸を開いて四人の客が入ってきた。いらっしゃいませ、と店員たちの声が揃う。
「お静かに」
男性客の隣に立った『爆弾魔』アレキサンドライト(p3x004247)が懐から特務特高警察手帳を出す。
声を上げるなと制された男は、アレキサンドライトの視線に従って蜂蜜瓶に目を戻した。
「極秘の調査中です。できるだけ自然に、お早めに退店してください」
浅く頷いた男性客が、瓶をひとつとって会計に向かう。
少年の様子に気を配りつつ、『仮想世界の冒険者』カノン(p3x008357)も女性客に手帳を見せていた。
「お店を出たら、できるだけ遠くに向かってください」
「は、はい」
またひとり、客が店から出る。
次の客に『Lightning-Magus』Teth=Steiner(p3x002831)が近づき、手帳の表紙と中に記した文字を見せた。
気の弱そうな客は何度かTethと手帳を見比べ、やがて意を決したように瞬きして踵を返す。
「ちょっとお尋ねしてもいいですか?」
「あ……」
「はい!」
蜂蜜入りの焼き菓子の箱を持った『ヒーラー』フィーネ(p3x009867)の明るい声に少年が腰を浮かしかけた。すかさず店主が立ち上がり、少年を座らせる。
「特務特高警察です。少々事情がありまして……、店員の皆さんには、できるだけ自然に避難していただきたいのです。……ああ、どうかお静かに」
少年に背を向ける角度で、声を抑えてフィーネが告げた。店主の顔には困惑が広がる。
「裏口からでも、表からでもいいです。ご協力お願いします」
さり気なく近づいたカノンが添えた。
店内に客の姿はすでになく、特務特高警察たちだけが商品を眺めるふりをして残っている。
「わ、わかりました」
やや青ざめながらも店主は男性店員に近づき、何事かを耳打ちする。頷いた男性店員が箒を持って外に出た。同じく外の掃除を任されたのだろう女性店員も後に続く。
店主が少年に近づこうとした刹那、戸が開いた。
店に近づく町人に『妖刀付喪』壱狐(p3x008364)が手帳を掲げ見せた。
「特務特高警察です。ただいま夜妖の事件について調査中です。申しわけありませんが店舗のご利用はお控えください」
「えっ、みつのはちさんでなにかあったのかい?」
「調査段階なのでお答えできません。また、この道の使用もお控えください」
困惑する町人に『ウサ侍』ミセバヤ(p3x008870)が凛と応じる。その可愛らしさに町人は頬を緩め、「頑張ってな」と言い残してきた道を帰っていった。
「大人しく従ってくれる人ばっかりじゃないよね」
腕を組んだ『雑草魂』きうりん(p3x008356)が瞬時に閃く。
「もうあれだね! 扉塞いどこうか!」
言うが早いか、きゅうりに変化したきうりんが戸に蔓と根を這わせて封鎖した。壱狐やミセバヤの忠告を無視して通行しようとした者たちも、帰る他ない。
「みつのはちの戸がすごいことになってる」
「ああ、まぁ。そういうわけなので退避願います」
「あ、このきゅうりは夜妖ではなく」
「失礼な誤解はやめてもらおうか!」
きゅうりのまま叫びつつも、みつのはちから客が出る際にはきうりんも元の姿に戻っていた。
「ご協力感謝します」
背筋を伸ばして壱狐はひとりひとりを見送る。ミセバヤは戸付近の窓下に潜み、店内の様子を窺った。
五名の客が出た後、箒を持った困惑顔の店員が二人、話しあいながら現れる。
「まだ掃除の時間じゃないよな」
「お客様もいたし……っ!?」
「落ち着いてください。怪しい者ではありません」
すっとミセバヤが手帳を見せる。店員たちは店と特務特高警察三名を交互に見た。
「え、うちでなにか……?」
「夜妖の調査です」
「大丈夫大丈夫! ちょーっと皆に避難してもらってるだけだから!」
「念のため、現場から離れてください。店主さんの許可はとっています」
短い手でミセバヤは通りの先を示す。周辺の店の者たちも、何事かとみつのはちを気にしていた。
「はいはーい! そのへんの皆もだからね! 念のための避難よろしく!」
手を叩いてきうりんが注意を引く。
店内に聞こえていないだろうなと壱狐が顔を動かしかけて、気づいた。
「遅刻だ」
「ごめん。ちょっと手間取って」
苦笑気味に答えた『マルク・シリングのアバター』マーク(p3x001309)が仲間たちに小さく頭を下げ、店内に入る。
「すみません、外のれもねえどをいただきたいのですが」
店主の目が一番近くにいたTethに向く。Tethは微かに首肯した。――彼は仲間だと。
「はい!」
マークの視線を受け、少年が顔を輝かせて立ち上がる。老店員と店主が顔を見あわせた。カノンが首を小さく左右に振り、動かないで下さいと無言で指示する。
「この店の品はレイさんに教えてもらうのが一番だ、と聞きまして」
「そんな話が……」
思いもよらない言葉にレイは胸を詰まらせた様子で、マークとともに外に出た。
いそいそと外に出してあるれもえど用の器具に近づき、少年は気づいた。
空気が違うと。
「……あの」
どく、とレイの中でなにかが脈打つ。声にならない悲鳴を上げて細い体が頽れた。
「な、あ、かはっ」
「店内避難完了。奥さんは外出中らしいよ」
先ほどレイが閉めたばかりの戸を開いて、アレキサンドライトが出てくる。
「現在、近隣に気配なしです」
臨戦態勢をとりながら、カノンは全力で探知していた。
「なにが、お、ご、っで」
「貴方にとり憑いている化け物は、このままだと多くの人を殺してしまう。だから、ここで退治させてもらう」
するりとマークが剣を抜く。
「痛いと思うけど――ごめん」
「ば、けも、の」
ゆらりとレイの背から影が立ち昇る。ぶうん、と羽音が聞こえた。
「ころして。ぼくも、いっしょで、いいから……!」
どうにか聞きとれる言葉で願ったレイの目から、精気が失われる。その身体は浮き上がり、背後には大量の、幼児ほどの大きさの蜂が出現していた。
「……そういうの見ると、悲しくなっちゃうぜ」
こんな訳も分からない状況で、即座に自己犠牲を選んだ十二歳に。
きうりんは眉根を寄せて呟く。
一直線にミセバヤは駆ける。レイの足元で跳ねた。
肉体の主導権を得た夜妖が仰け反るより早く、周囲の子蜂が迎撃するより早く、金色のウサギは得物を手にする。
研ぎ澄まされた五感が刹那ですがるばちの『位置』を割り出す。――一閃。
「あ、あ」
倒れてきたレイを慌てて受けとめようとしたところで、首を掴まれて後ろに引かれた。レイの体は凄まじい速度で横に流れる。
「ずいぶんな無茶をしてくれるじゃねぇか」
「いやー分かる分かる。アレをいつまでも体に飼うってのもね!」
レイを攫って後方に寝かせたTethが口の端を上げ、子蜂の襲撃からミセバヤを遠ざけたきうりんが快活に笑った。
「これが、すがるばち……」
フィーネの顔が険しくなる。
宿主から引き剥がされた大蜂が不快そうに身をよじった。
「先手必勝で!」
病弱な少年のことを考えると睨みあっている間も惜しいと、踏みこんだアレキサンドライトが爆弾を投げる。彼女を中心に激しい衝撃波が起こった。
「はいはいはいはい! きうりの御加護だよ! 受けとって!」
おりゃっときうりんが仙桃賦活を仲間たちにどんどん叩きこんでいく。Tethの周囲で自動反撃ドローンが旋回した。
「あとは殴るだけってな」
「彼には近づけさせません」
つぶらな目に精一杯の敵意を覗かせ、ミセバヤは宣言する。
「いやらしいクエストだ、全く」
息をついた壱狐の『本体』が煌めく。カノンは毅然と顔を上げた。
「悪い未来には繋げさせません!」
「そうだね、できるだけ犠牲を出さずに解決しよう」
「全員無事! ハッピーエンドで終わりましょう」
子蜂の群れにマークが刃を振るい、下がったフィーネは戦場をしっかりと見据える。
集中砲火を受けた子蜂が消滅する。ぶうん、と羽音を立てて別の蜂が分裂した。
「はいディーフェンス! あ、今だよ!」
きゅうりに変化してうねうねと動き、子蜂の動きを阻害していたきうりんがある程度の数に狙われながら言う。
「えっ!?」
「私ごとやってしまって構わないよー!」
「承知しました」
カノンは躊躇ったが、壱狐はあっさりと了承して剣を振った。Tethも普通に攻撃し、カノンは謝りながらきうりんごと敵を一掃する。
生存していたきうりんが自ら再生、フィーネが安堵の息をつきながら回復した。
「人が!」
「まずい、子蜂がそっちに行きました!」
ほっとしたばかりのカノンの探知に人がかかる。敵の位置を探り続けていたアレキサンドライトが声を引きつらせた。
「やるしかないか」
二人が示した先に駆けたマークが深く息を吸い、口の中でコードを唱える。
――それは、夜妖を纏うという新たな力。
追いすがる子蜂を払い、マークが跳躍した。
「ひえええっ」
急接近する子蜂に野次馬が悲鳴を上げる。子蜂の針が人の体を貫く――直前。
後ろから串刺しにされた子蜂が痙攣し、消えた。
「早く避難を」
「は、はひっ」
転がるように野次馬が走っていく。マークが嘆息した。
「長期戦は得策ではないようですね」
アレキサンドライトが祈るように目を閉じた。長く柔らかな白い髪が赤く染まり、開かれた瞳もまた赤い。
「こんなクソッタレな状況、すぐに終わらせてやるよ!」
蒼い電光がTethを包んだ。常に形状が変化する幾何学的な魔法陣を、電光が描く。歓喜するように反撃ドローンが回った。
月閃を発動した三人が主力となり、子蜂が次々に討伐されていく。分裂の速度は追いつかなくなっていた。
「大本を絶てば、すべて終わりです」
すがるばちに壱狐が刃を振るう。蜂の怒りに満ちた羽音が響き、薙がれた尻から複数の針が放たれた。
軌道上にあるものは人もれもねえどの小さな屋台も、店内の蜂蜜瓶や菓子も関係なく穿たれる。
「元気なことだ」
は、と小さく笑いながら壱狐は針を引き抜いた。
「怪我人はきゅうり食え!」
きゅうり姿のきうりんが子蜂に狙われながらも蔓できゅうりを投げる。
そのひとつを口でキャッチしたミセバヤが、四足で駆けていた。
「その方には、触れさせません!」
子蜂を追い越して急停止、青果を食べきってコードを口早に詠唱。
「彼の命は彼のもの。これ以上は渡さないのです!」
たくましい大男になったミセバヤがレイを狙っていた子蜂を薙ぎ払う。
違和感。
「念願の大柄隆々です! ……って、顔が変わっていない気がするのですが?」
「可愛らしいままです……」
横目で見ていたフィーネがマークを治癒しながら少し震える。
「何故!? これは絶対バグに違いないのです!」
悲しい目をして大男はすがるばちに迫る。横薙ぎの一撃を大蜂は噛んで受けとめた。
「――!」
すがるばちの禍々しいオーラがいっそう強くなる。
片手に持った爆弾をアレキサンドライトはそっと撫でた。
「ここからが本気、ということでしょうか」
「上等だ、やってやる」
Tethの電光が強くなる。超小型吸着装置がすがるばちに殺到した。無数の針が迎撃するが、すべてを打ち落とすことはできない。
さらにアレキサンドライトが爆弾を投げた。カノンの範囲魔法も発動、すがるばちの体がしびれる。
「本来は害がなかったはずの夜妖か」
刹那目を伏せ、すがるばちの背後に回った壱狐が縦に剣を振った。針を出す尻に傷が入る。すがるばちが暴れ回った。
「――!」
刃の軌跡に電光、魔法の光と治癒と青々としたきゅうりが飛び交う戦場に、大蜂はなおも針の雨を降らせる。子蜂の針と牙も特務特高警察にダメージを与えた。
大口を開いて噛み砕こうとしてくる大蜂の顎に捕まれば無傷ですまず、その翅に触れれば鋭利な刃物に触ったように皮膚が切れる。
「ダメージは確実に入っています……!」
肩で息をしながらカノンは魔弾Cを撃ちこむ。現にすがるばちが召喚する子蜂の数は格段に減っていた。この瞬間にもまた、二体の子蜂が霧散する。
すがるばちが声なく吼えた。羽音が強く響く。剣を噛まれたミセバヤが振り飛ばされ、マークが尾に殴られて後退させられた。
「もう少し……! 私が癒します! 耐えてください!」
ここしかないとフィーネも月閃を発動させる。
「助かるぅ!」
ひゅう、ときうりんが口笛を吹いた。くねくねするきうりんをすがるばちが喰らおうとする。アレキサンドライトの爆弾がそれを阻止した。
戦闘の余波を受けてめちゃくちゃになってしまったみつのはちに一瞬だけ目を向けて、フィーネは唇を噛む。
先に月閃を行っていた者たちの解除も近い。マークの斬撃がすがるばちの尾を半ばから切り落とし、壱狐の一閃は翅を裂く。
「消えやがれ!」
Tethの超小型吸着式装置が連射され、アレキサンドライトも爆弾を投げられるだけ投げる。眼帯に飾られた白薔薇が爆風を柔らかに受けていた。
カノンも力を振り絞る。きうりんとフィーネの治癒は絶え間ない。
やがて、すがるばちの体が大きく傾いだ。夜妖の禍々しさが薄くなる。
「終いです」
ミセバヤが剣を突き出す。すがるばちは噛んで受け流そうとするが、その力はすでになく。
貫かれた夜妖の姿が薄くなり、溶けるように消えた。
残された静寂に、店の棚が完全に崩れる音が微かに響く。割れた瓶からこぼれた蜂蜜の濃い匂いが漂っていた。
●
気を失ったままのレイに治癒を施した直後、フィーネの月閃が解けた。
「……僕は……」
「よかった、目が覚めたんですね……! あの、こちらをどうぞ!」
レリックインベントリーをあさったカノンが体力回復ポーションを探しあて、栓を抜いてレイに渡す。
きうりんはきゅうりを出した。
「きゅうりも食べて! ほら! 生きて!」
「あ、ありがとうございます……」
蝋のように白い顔になった少年は、ポーションをゆっくりと飲みつつ、きゅうりを齧り始めた。
「おいしい」
「そうですよね。おいしくてなぜか元気になるんですよね」
困惑した様子のレイにアレキサンドライトが深く頷いた。きうりんは誇らしげに胸を張っている。
「自分諸共殺せと、言ったことを覚えていますか?」
じっとミセバヤがレイを見上げた。少年は静かに首肯する。
「……少なくとも自分は、貴方を『救える』と信じてここへ来たのですよ」
じきに死ぬと設定されたNPCでも。幼くとも。
彼が『完全に死を受け入れている』と、ミセバヤは思いたくなかった。
「ほんの少しでも、まだ生きたいと願う気持ちがあるならば。最後まで足搔いて、そして見せてください。貴方の、命の奇跡を」
「でも僕は……」
「俯いて、諦めて、納得なんてしないでください!」
立ち上がったフィーネが叫んだ。レイの顔がつられるように上がる。
「貴方は、たくさんの人に支えられて、生きることを願われて、その力をもらったはずです!」
「……でも、なにもできなくて、迷惑を……」
「迷惑をかけたとでも思っているなら、なおのこと生きなければなりません!」
「レイさんは、生きたいですか?」
柔らかくカノンが微笑む。
「だめだよ、ちゃんとわがまま言わなきゃ」
なんでもないことのように、きうりんが笑った。
長い、沈黙が下りる。
「……僕は、生きたいです」
「よかった」
意を決した告白に、マークが片膝をついた。懐から一通の封筒を取り出す。
「航海に腕のいいお医者さんがいる。貴方のことを話したら、一度連れてきてほしいと言われてね」
「航海、に?」
「ああ、それで」
彼の遅刻の理由を、店内を見回していた壱狐が理解する。
治療法をかき集めて約束をとりつけてチケットを手配して、と大忙しだったのだろう。
「絶対助かるとは限らないけれど。――君が願うなら、未来は変わるかもしれない」
「事後処理は引き受けます。急いで」
アレキサンドライトが視線で促す。カノンときうりんが立ち上がり、みせばやが一歩離れた。
マークが手を伸ばす。レイはしっかりと、握り返した。
「やっときたな」
入れ違いでレイの両親とともにきた警察にTethが手帳を見せる。
「あの、レイは?」
「航海に――」
心配で倒れそうな両親にアレキサンドライトが説明を始めた。
「夜妖は消滅したが、店はこのありさまだ」
「上からの補助は下りるのでしょうか」
苦い顔のTethが店に入り、棚の修理を行っている壱狐が肩越しに振り返る。店内の惨状を確認しながら、警察が頷いた。
「確認します」
「早めにやってくれ。これじゃあんまりだ」
「この後も、みつのはちの皆さんの生活は続きますからね」
首を振ってTethが同意する。
ひょっこりとアレキサンドライトが外から顔をのぞかせた。
「ちょっとご両親を港に送ってきます」
「頼みました」
「気をつけてな」
応じた壱狐は補修を再開し、Tethは見送りついでに外に出る。
夜と夕の境の空に、月が浮かんでいた。
「あのクソッタレな月を、早くどうにかしねーと」
侵食が、狂気が、すべてを呑む前に。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした。
その後、みつのはちは営業できる状態まで復活したようです。
少年は航海に渡り治療中。この先どうなるかは不明ですが――少なくともリミットとされた日数は、生き抜きました。
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
初めまして、あるいはお久しぶりです。あいきとうかと申します。
その身が朽ちるまで、互いに姿を見ぬまま共生するはずだったものたち。
●目標
・すがるばちの討伐
・すべての子蜂の討伐
レイの生存は成功条件に含まれません。
●情報精度なし
ヒイズル『帝都星読キネマ譚』には、情報精度が存在しません。
未来が予知されているからです。
●シチュエーション
商店が軒を連ねる平和な下町の一角です。何時ごろに訪れても構いません。
食料品や衣類を販売している店が多いです。
二階を住居にしている店も少なくありません。『みつのはち』もその中のひとつです。
普通に市民がいるので、戦闘時は注意してください。自主的に逃げはしますが……。
レイは体調がいいらしく、営業時間内ならば店に下りてきています。蜂蜜の香りがふんわり漂う、ちょっとハイカラな店内です。
連れ出すことは簡単ですが、自分が追い出されると感じとればすがるばちが表に出て戦闘になるでしょう。
●敵
・『すがるばち』×1
レイに憑りついている――『共生』している夜妖です。本来は無害ですが、この度狂わされました。
大変強力な個体です。【毒】【麻痺】系のBSを付与してきます。
子蜂たちを統率、指揮を執っています。
レイが息絶えればすがるばちも消えるほど、少年と夜妖は深く結びついています。
ただし、強い衝撃を与えればすがるばちをレイの体から引き離せるでしょう。
・『子蜂』×??
戦闘開始時に20体、その後毎ターン増えます。戦域に人がいればいるほど増殖数が上がります。
また、人の命を吸い上げるので犠牲者の数も増えます。
すがるばちに統率された子蜂に【怒り】【恍惚】は効果を持ちません。
【毒】【麻痺】【怒り】系のBSを付与してきます。
※重要な備考『デスカウント』
R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。
●侵食度
当シナリオは成功することで希望ヶ浜及び神光の共通パラメーターである『侵食度』の進行を遅らせることが出来ます。
●NPC
・『レイ』
蜂蜜販売の大店『みつのはち』のひとり息子。
生まれたときから心臓が弱く、ほとんど部屋から出られない生活を送っていました。
なにが切っ掛けかすがるばちに寄生され、『病死しない代わりに生気を吸われる』という生活を、本人の自覚がないまま送っています。
寄生されてからは少し体調がよくなって、たまに(一時間程度ですが)店に顔を出せるようになりました。
すがるばちがいなければ明日明後日に死んでもおかしくないほどの病状です。
心根優しく、正しさを信じる清い人物です。ちょっと大人びていますが、決して悲観も達観もしていません。
事情を知れば「自分を殺して解決するなら、そうしてほしい」と迷わず言える少年です。
●ROOとは
練達三塔主の『Project:IDEA』の産物で練達ネットワーク上に構築された疑似世界をR.O.O(Rapid Origin Online)と呼びます。
練達の悲願を達成する為、混沌世界の『法則』を研究すべく作られた仮想環境ではありますが、原因不明のエラーにより暴走。情報の自己増殖が発生し、まるでゲームのような世界を構築しています。
R.O.O内の作りは混沌の現実に似ていますが、旅人たちの世界の風景や人物、既に亡き人物が存在する等、世界のルールを部分的に外れた事象も観測されるようです。
練達三塔主より依頼を受けたローレット・イレギュラーズはこの疑似世界で活動するためログイン装置を介してこの世界に介入。
自分専用の『アバター』を作って活動し、閉じ込められた人々の救出や『ゲームクリア』を目指します。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/RapidOriginOnline
※重要な備考『デスカウント』
R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
現時点においてアバターではないキャラクターに影響はありません。
●魔哭天焦『月閃』
当シナリオは『月閃』という能力を、一人につき一度だけ使用することが出来ます。
プレイングで月閃を宣言した際には、数ターンの間、戦闘能力がハネ上がります。
夜妖を纏うため、禍々しいオーラに包まれます。
またこの時『反転イラスト』などの姿になることも出来ます。
月閃はイレギュラーズに強大な力を与えますが、その代償は謎に包まれています。
皆様のご参加、お待ちしています。
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