PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<半影食>黒く、暗く、ただ嗤う

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●街灯の下で
 希望ヶ浜に流れるニュースは今日も賑わいを見せる。
 最近は佐伯製作所大量行方不明事件、などと言われるものがやたらと目に付く。マスメディアもSNSも、こぞってそれを並び立てているが、他人事のようにしか感じられない。
 毎日のように騒げば、ニュースは人々の意識の一部に刷り込まれていくもので。
 それでも、学校に通う者達や、希望ヶ浜を歩く者達の口から上るのは日常の話。「誰が何を言った」だの、「あの店が美味しいと聞く」だの、他愛も無い話ばかり。
 自分には関係ない。
 その意識が突如急転直下した時、彼らは何を思うのか。

 夕刻を過ぎ、空も暗い青へと変貌を見せる頃。
 街灯が次々と白く光り始め、地面を照らす。
 郊外にある人気の店でクレープを買い、頬張りながら歩く私服姿の女性が二人。少しお洒落なインナーシャツにタイトスカートを穿いており、六センチヒールを履いている。夜更かしの女性というよりは成人女性が帰路についていると見た方が良さそうだ。
 歩いている場所は広い公園の外側にある道。公園の敷地内にある歩行者オンリーの道という事もあり、自転車などを気にせず歩ける散歩スポットとして密かに人気な場所でもある。電灯も間隔を空けて設置されており、夜でも安心して歩けるようになっている。
 互いに頼んだ物を一口ずつ貰い、「美味しい」と笑う二人。
 aPhoneを通じてSNSのチェックをする彼女達は、流れてくる記事の話題を口にする。
「そういえば、最近よく聞くよね、佐伯製作所大量行方不明事件……だっけ?」
「ああ、あれかぁ。実際どうなんだろうねえ。全然詳しい情報も無いからガセじゃないのか、とか憶測も出てるみたいだけど」
「ま、でも、あたし達には関係ないか」
「そりゃそうだ!」
 笑い声が響く。
 辺りには誰も居ない。不思議なほどに。
 いつもの道。この時間ならばもう少し人も居たはずなのにと、少しだけ思ったものの、そんな日もあるだろうとしか思えなかった。
 だが、その認識を改める事になる。
 二人の視界に入った『それ』が、切欠となって。
 数十メートル程先の距離に見えたのは、黒いもの。暗闇に変わり始めたこの時間帯では、よく見えずとも仕方ないはずだが、場所に違和感を覚えた。
「……あれ、人の影?」
「え、でも待って。だってあそこ――電灯の下だよ?」
 二人の目に映る『それ』に間違いが無ければ。
 平均的な大人の身長の黒い影は、街灯の「真下」に立っていた。
 ゆらゆらと、軟体動物のように体をくねらせる『それ』は、二人へと近づいてくる。その速度は遅いが、軟体生物のような動きで滑らかに進んでいた。
 直感的に悟る。「アレに近付いてはならない。近づけさせてもならない」と。
 逃げようと踵を返す二人だが、振り返った先の街灯の下にも同じ影が揺らめくのが見えた。
 まさか、という思いで、先程の場所を振り返る。まだ、居る。あちらの街灯にも。こちらの街灯にも。
 ――――否。あちこちの街灯の下に『それ』は居た。
 ぎょろり。
 一つだけの大きな目を開けて、二つの口を開き、六本の腕を生やして、『それ』は二人に近付く。
 二つの口が笑う。女の愉悦の笑い声。男の下卑た笑い声。
 六本の腕は、よく見れば、老婆の腕、逞しい男の腕、子供の腕だとわかるだろう。
「ひっ……」
 どちらの口から零れた声か。当人ですらわかっていない小さな悲鳴。
 逃げなければ。
 ただそれだけで、彼女達はヒールの踵を鳴らして走り出す。
 この場所が、既にいつもと違う事にも、空が血のように赤い事にも気付かないまま。

●救出せよ、その異界より
 ローレットに呼び出されたイレギュラーズは、情報屋と対峙していた。
 優男風の男は依頼が書かれている用紙を見ながら、口を開く。
「今回の依頼は希望ヶ浜。囚われたであろう一般人二人の救出を頼みたい」
「救出?」
「迷い込んだかまでは不明だけどね。どうやら怪異に遭遇したと見た方が良さそうだ」
「助け出すのはわかったが、場所はどこだ?」
 指摘されて気付いた様子で、情報屋は依頼の紙に描かれた場所を示す。
「郊外のこの辺だね。この一画がどうもおかしいというか、女性達の姿が見えなくなったという事らしい」
 情報屋の説明を聞き、一人が更に質問を重ねる。
「討伐は?」
「出来ればしない事をオススメするよ。あくまで救出がメイン。
 それに、中で遭遇したモノと戦ってどうなるのか不明だからね」
「夜妖じゃないのか?」
「……憶測でしか無いけれど、多分、それよりもタチが悪いと思う……かな?」
 つまりは、何もわからないという事ではないか。
 誰かがそう言えば、男は肩をすくめてみせる。
「情報屋でも詳しく知らない事もあるんだよ。万能じゃ無いんだ。
 その代わりと言ってはなんだけど」
 男が懐から何かを取り出す。
 現れたのは、一つの鈴。
「これは『音呂木の鈴』だよ。この鈴を持って救出対象と共に脱出してきてほしい」
 そう言って鈴を渡し、受け取ったイレギュラーズは、それを握りしめた。

GMコメント

 夏と言えばホラーですね!
 というわけで、ホラーとはちょっと違った感じになりますが、当シナリオをお届けいたします。
 余談ですが、今回出てきたモノは古里兎も似たようなのに遭遇した過去があるので参考にしております。さて、参考にしたのはどの辺でしょうね。

●達成条件
 一般人二人を連れて無事に異界から脱出する事

●一般人二人
 成人女性。一般人の為、戦闘能力は皆無に等しい。
 六センチヒールやタイトスカートといった格好の為、速度や回避能力がイレギュラーズより格段に落ちます。誘導の際には気をつける必要があります。

●異界
 見た目は希望ヶ浜の郊外にある公園。
 救出対象は公園の外側の歩行者オンリーの歩道に居る。
 空は本来の時間であれば暗くなっている筈だが、今は赤い。
 しかし、空を見上げてはならない。見てはいけない。この場所はそういう場所だ。

●黒い影
 平均的な大人の身長の高さ。
 細長いスライムのような体であるが、大きな人間の目が一つ、男と女の口が合わせて二つ、老婆と男と子供の腕が合わせて六本生えている。
 なお、口からは笑い声ばかりが出ている。一瞬黙る時もあるが、すぐにまた笑い出す。
 速度は犬が歩くような速さで遅いが、軟体生物のように体をくねらせながら滑るように進む。
 腕に掴まれたらどうなるのかは不明だが、良い事は無いだろう事は予想される。
 戦闘能力は不明。出来れば戦わない方が吉。
 分裂している様子も無いのに数は増え続けており、イレギュラーズ到着時には六体程度にまで増えており、救出対象を囲みかけている。これ以上増えると救出の道が開けなくなるだけでなく、逃げ場も無くなる為、回避しつつ外の世界に誘導するのが望ましい。

●鈴
 『音呂木の鈴』と呼ばれている物。
 イレギュラーズの誰かが持っている限りは異界からの脱出成功率が高くなる。

●Danger!(狂気)
 当シナリオでは『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <半影食>黒く、暗く、ただ嗤う完了
  • GM名古里兎 握
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年09月05日 22時35分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
ラクリマ・イース(p3p004247)
白き歌
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
ブライアン・ブレイズ(p3p009563)
鬼火憑き
白妙姫(p3p009627)
慈鬼

リプレイ

●頼りとするは音か人か
 急ぎ足で駆けていくイレギュラーズを、道行く人々は気にも止めない。
 何かあったのだろうかと思っても声をかけようとはしない。あるいは対象物が静止していればそれもあっただろうが、人の関心など所詮その程度だ。
 音が鳴る。りぃん、りぃん、と、鈴の音が。
 『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)が持つ、音呂木の鈴。情報屋から渡されたそれは、救出者と共に脱出する為の物……らしい。あの男は詳しく言わなかったが、脱出に必要な品なのだろうと推測する。
 落とさぬように握りしめ、真剣な顔で前方を見据えるウィズィ。
(早く助けなきゃ。そして安心させる為にも家まで送り届けないと……!)
 緩みそうになる口角を筋肉で押しとどめてはいるが、下心が見え隠れしているような。
 イレギュラーズが駆け進み、それに比例するように人の姿も少なくなっていく。
 情報屋が示した場所に着く頃には、通行人の姿はどこにも見当たらなくなった。
 ここまで走っていたイレギュラーズは、ひとまずは呼吸を落ち着ける。
 その中で、『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)が、肩の動きを誰よりも大きく上下に動かしていた。普段人魚姿である彼女にとって、慣れぬ人間の足で走るのは大変な動きだ。
 彼女を気遣うように、『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)が「大丈夫か?」と尋ねる。
「大丈夫、ですの……。それよりも、早く、助け出さないと、いけませんですの……」
「そうだな。異界から迷い人を連れ戻せ、か。
 Too easy!! 食後の運動にもなりゃしねえ!」
 ブライアンが掌に拳を打ち付け、不適な笑みを浮かべる。
 音呂木の鈴を持つウィズィを先頭にして、イレギュラーズは一見普通に見える景色の中に足を踏み入れた。
 ――――瞬間、空気の移り変わりを肌で感じ取る。
 夜を迎えようとするはずなのに、赤く見える世界。肌に纏わりつく空気は粘つくような不快感しかなく。
 『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は、感想を口にする。
「こんな異界に入り込むなんて……現実を侵食されてるようで怖いな」
 空は怖くて見れない。
 同じく、空を見上げないように努めている『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)が、本能で察しているのか正直な本音を叫ぶ。
「あー怖い!? 帰りたい!
 夜なのに明るい……っていうか赤い風景がもうやだよね!? 空とか絶対真っ赤だよねこれ!? 絶対見ないけど!!」
 叫ぶ彼女はさておき、『守る者』ラクリマ・イース(p3p004247)は苦虫を噛み潰したような顔で独りごちる。
「俺は脳の処理が追い付かない超常現象は苦手なのです。
 いや神は信じてますけど、それとこれとは別なのです!」
 己が信念と異なるものに対しての反応。それは生きる者として当然の反応かもしれない。
「件のお二人はこの辺りのはずですね。急ぎましょう」
 『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)の促す声に、静止をかけたのはブライアンだ。
「大事な情報を忘れてた!
 誰か救出対象の顔を知らねえか?」
 「は?」という怪訝な顔をする数名の反応を見て、彼は笑い飛ばす。
「ハッハー! 何かを警戒してるワケじゃねーよ!
 美人が相手ならヤル気も上がるだろ」
「残念ながらその情報は無かったかと思いますが……」
「ちぇっ……」
 寛治の返答にブライアンは唇を尖らせる。
「さ、行きましょう」
 ラクリマに促され、改めて救出対象者を探しにかかる。
 イズマが上空からの俯瞰という第二の視点を得ている事で、ある程度の範囲にまで絞り込む事は出来た。
 彼の誘導に任せて進み、歩行者オンリーの道を走り、辺りを見回しながら進む中で、『慈鬼』白妙姫(p3p009627)が「あれかの」と指を向けた。
 その指の先へと視線を移せば、蠢くような動きを見せる何かの影。
 スライムのように蠢くその影は人の高さまで体を伸ばしている。そればかりか、体からは子供、老婆、青年とわかる三対の腕が生えている。聞こえてくるのは男と女の笑い声。こちらを見ていないので全容は判らないが、それでも形容しがたい容姿である事は明白だった。
 白妙姫は口元を押さえながら、素直な感想を口にする。
「うへえぇー! 物の怪じゃあぁー! しかも飛び切り薄気味悪い造形じゃあ!
 はよう女子を逃がして帰ろうぞ!」
 喚く白妙姫の横で、寛治は冷静に呟く。
「人は正体の分からないモノに恐怖を感じるといいますが……この影など、まさにそれそのものですね」
 冷静に観察しているが、眼鏡の奥からは嫌悪感が滲み出ている。
 集まりつつあるその影の合間に見える衣類。
 まだ無事のようだと確認した一行は、兼ねての打ち合わせ通りに散開した。

●その存在に異を唱え
 まずは救出対象者と黒い影を引き離さねばならない。イズマやブライアンが見える範囲で数えた所、その数は六体。
 全てとまでは難しいかもしれないが、殆どをこちらへと気を引きつけるべく、囮として動く事を選んだ数名が黒い影へと迫る。
 囮をサポートする者達は近くに見える木々に隠れるなどして様子を窺う。
 引き離した隙にウィズィと寛治が女性二人を抱えてその場を離れ、残るメンバー達も彼らに合流して共に脱出を試みるという寸法だ。
 観察したところ、進む速度は犬が歩くような速さ。緩慢とはいえ、万が一にも囲まれて逃げ出せなくなっては意味が無い。そういった面に注意を払いつつ、動く必要がある。
 囮として動く事を選択した者達は視線を交わし合うと、目標へと近付いた。
 白妙姫がすぅ、と息を吸う。
「物の怪共!」
 言葉を吐く。注意を向ける為に発された大声は、得体の知れぬ影の動きを数瞬止めた。滑らかに震えるような動きと生えている三対の手の動きが止まる影がいくつか。笑い声はほんの少しだけ止まったものの、すぐに再開する。女の愉悦と男の下卑たものが混ざった笑い声は、聞く者の眉を顰めさせる。
 ぐるり、と動く数個の影。その正面にあったのは、大きな人間の目。一対の目ではなく、たった一つ。それから、口が二つ。どちらかが男で、どちらかが女だろう。
 一つの目、二つの口、三つの腕。何があってそうなったのかよく分からないその異形の影について、考えるような余裕は無い。
 あまりの不気味さに口元を押さえたいのを我慢しつつ、白妙姫は手拍子をしながら可能な限り近付いていく。
「ほれほれ、鬼さんこちら、手のなる方へー!」
 煽ればこちらを向く視線。耳が無いので聞こえるかは怪しかったが、聞こえるようでひとまずは安心する。
 一歩、踏み出す異形の影。
 横からはノリアが現れて、地面に体を横たえた。今彼女の下半身は人の足から魚のそれへと戻っている。通常なら青く澄んだ鱗を見せつけるはずの下半身は、やや透明となっており、幽霊と誤解されそうなほどの薄さだ。
 舞うように動き、ぴたん、ぴたん、と誘うように上下に振った。陸に打ち上げられた魚のように振る舞う彼女を隙だらけだと誤認させるには十分で。
 二体がノリアの方へと向かう。
 異形の影の隙間から見える救出対象者の女性二人。彼女達は突然現れたイレギュラーズに対し、どこか安堵した様子を見せていたが、ノリアに迫る様子を見て顔を強ばらせる。口からは音を発する事もないままに開閉を繰り返す。
 心配してくれているのだと分かり、ノリアは「大丈夫です」と口にする代わりに微笑んでみせた。例え他の異形の影もやってきて彼女を囲むとしても、最終手段が彼女にはあるのだから。
 彼女の最終手段とは別に、茄子子の手助けがノリアを含む全てのイレギュラーズへと注がれていた。
 歌うように紡がれた言霊が、範囲内に収まる仲間達へと翼の祝福を授ける。束の間の飛行手段でしか無いが、これで何かがあってもある程度の回避は行なえるはずだ。
「みんなに翼を授けるよ! あ、空は見ないようにね!」
 本来の景色とはかけ離れた赤い空間。それ故に、空を見るのは危険だと本能が訴える。
 この異界で仲間の精神が侵されぬように祈りながら、仲間の動向をチェックする。もし何かあれば茄子子の持つ治癒の力が仲間を癒やす事だろう。
 精神への対策を取っている者として、イズマもその一人で、途中で聞いておいていた音呂木の鈴の音を彼のギフトにて対応しようと考えている。
(もっとも、どこまで対応出来るかは不明だが……)
 一抹の不安はあれど、試さぬ手は無い。
 自分の足音をギフトで音呂木の鈴の音へと変える。りぃん、りぃん、という音が響くが、これで少しでも正気を保てるならば気にしてはいられない。
 イズマと同じく上空からの俯瞰を行なえるブライアンが、情報共有の為にイズマの傍へ近付くと、小声で相談を持ちかける。
「脱出経路は確保出来るかもしれねえが、問題は仲間の誘導中だな。あの黒い影みたいなやつの動きが読めねえ」
「同感だ。かなり引き離す事が出来れば誘導も難しくはないはずだが、囮役の者達の動きでどうなるか……」
「……ま、その辺はあいつらに任せるしかねえな。速度は鈍いようだが、万が一捕まったらどうなるか、は考えたくねえ」
 ブライアンは言葉から滲む真剣さと同様に眼光を鋭くして周囲に気を配る。
(捕まったらどうなるか、か。最悪、狂気に侵される可能性はあるだろうが……そうなったら、人数次第で考えるしかないな)
 そうなった場合のシミュレーションを脳内でしている事を悟られぬように、ブライアンは口を固く結ぶ。
 黒い影は揺れるように進んでいく。ノリアへ、もしくは白妙姫へ。六体の内、四体が女性から離れていく。
 残る二体を引きつける事が出来れば、待機している寛治やウィズィがすぐさま女性達へと駆けつけられるのだが。
 そこへ助け船を出したのは、一つの花火だった。木のある方向から投げられたそれは黒爆弾と呼ばれる無害な花火。大きな音を立て、残る黒き影の注意を女性から逸らす事に成功した。
 投げたのはラクリマで、彼は懐に持つ一冊の本の存在を確かめながら異形の影を見つめている。
 なんとなく、それと目が合って、背中を悪寒が走った。
(なんだろう……あれは見続けてはいけない気がします)
 その直感を信じて、次なる行動へと移す。
 視線を合わせないように気をつけつつも動向を探り、木を揺らすなどして音を立てる。思った通り、少しずつラクリマの方へと影が動いた。
 女性達から引き離すべく、距離を取り、少しずつ引き離していく。
 視界に入る中では、白妙姫もノリアもそれなりに回避しつつ引き離しに成功している様子だった。
 これを機と見る判断は寛治が早く、ウィズィと頷き合うとすぐに女性達の元へと飛んだ。
 異形の影の上を飛び、女性達の前に降り立つ二人。腰が抜けたのか、地面に臀部を乗せていた。
「お待たせしました、助けに来ましたよ――よく頑張りましたね。さ、捕まって」
 寛治が手を差し出すも、女性達の顔は不安と恐れの両方が混じっている。無理も無い。普通の人間は空を飛べやしないし、ましてやこの状況が状況すぎて、現実味すら感じられないだろう。そんな中でこれが助けだと信じるにはあと一歩が必要だ。
 柔和な笑みを浮かべ、寛治はもう一押しの言葉を口にする。
「無事に帰ったら、今度お食事でもいかがですか? 行きつけの良い店がありましてね」
 食欲は人間の三大欲求の一つだ。ぐぅ、と鳴った女性のお腹に微笑んで、彼は「さぁ」と促す。
 おそるおそる手を取ってくれた女性。
 もう一人の女性へはウィズィが話しかけてくれていた。
「怖かったよね、もう安心していいよ……私達が絶対に守るから」
 不敵な笑みと共に、安心させるような声音で女性へ囁くウィズィ。
 絶対に守る、という言葉を同性から聞いた事で安心したのか、それとも笑顔と力強い声にか、誘われるようにウィズィの手を取る女性。
 女性二人をウィズィが運ぼうと考えていたが、準備の最中にイズマが叫ぶ。
「お二人とも、後ろから新たに来ます!」
 振り向くと、地面から新たに何かが生えるように現れる。
 異形の影と同じ形をしたそれが現れたのを見て、顔を顰める二人。
「寛治さん、一人頼んでもいいですか!」
「お任せください! では、失礼いたします」
 ウィズィが背中に、寛治がお姫様抱っこで女性を抱える。
 彼女は小鳥を放ち、イズマやブライアンの先導の補佐をする。
 後ろを振り返れば、すぐ近くまで来ていた黒い影。
 その手に捕まらぬように飛行を再開する二人。
「皆さん、行きますよ!」
 イズマの掛け声を合図に、イレギュラーズが走る。
 囮として動いていたラクリマ、ノリア、白妙姫もまた、影の追跡をかわす。
「こっちだ!」
 ブライアンの誘導で、出口を目指す。
 上空からの俯瞰で黒い影の位置を確認しつつ、誰もが振り返らずに進んでいく。
 途中、行く手の先で異形が再び出てこようとする事があったが、ブライアンとイズマの助言のおかげで全員が回避に成功した。
「もうすぐだ!」
 必死に遁走する緊張した雰囲気の中で、ウィズィの持つ音呂木の鈴の鈴だけが軽やかな音を立てるのがなんともアンバランスで。
 ラストスパートとして駆け抜けた先で、視界が急変した。

●鈴は導く、あるべき者をあるべき場所へ
 りぃん、りぃん
 ウィズィの手元で、軽やかな音を立てる鈴。
 女性二人を引き連れて、イレギュラーズの誰一人として欠ける事なく、先程入ってきた場所へと戻る事が出来た。
 先程までの赤かった世界から、夜の色をした世界に戻った事への安心感からか、地面にへたり込む何名か。
 イズマは膝に手をつきながら大きく息を吐き、ようやく見上げる事の出来た空へと視線を移す。
「夜の青……戻ってこれたな」
 本来の場所に戻ってこれた事の安心感は大きく、彼は深呼吸を繰り返す。
 人魚の姿から人の姿へと変化させたノリアも地面にへたり込んだまま、イズマと同じように安心の声で呟いた。
「なんとか……無事に、脱出出来ましたね……」
 「同感だ」と賛同するのは、ブライアン。
「誰も欠けず、美女二人も無事に連れて帰って来れた。上々じゃねえか」
 疲れているだろうに、それを押し隠して笑顔を見せる彼は、場を和ませるように軽口を叩く。
 「な?」と賛同を求められた寛治は、「そうですね」と頷いてみせる。
 彼は抱きかかえていた女性を下ろし、怪我の有無や体調の変化を尋ねた。
「どこか痛む所はありますか? 環境の変化もありますから、気持ち悪いなどの体調不良も無いといいのですが」
「いえ、今のところは大丈夫です」
「それは良かった。ところで、先程話していた食事ですが、今度いかがでしょうか?」
「いいんですか? 良ければ、貴方がさっき話していた気になるお店に行きたいです」
 暗くて若干判別しづらいが、女性の頬には赤みが差している。
 ブライアンの「ずるい!」という声が聞こえた気がしたが、こういうものは事前に誘った寛治の勝ちである。とはいえ、寛治に抱きかかえられながらあの危険な状況を駆け抜けた事から、吊り橋効果もある気がしなくもない。その辺は敢えて口にしない辺りが紳士か策士か。
 白妙姫も救出した女性達に何事も無い様子なのを見て胸を撫で下ろす。地面にへたり込んだままのラクリマも同じ気持ちのようで、立っている彼女と視線を合わせると互いに思わず笑みを零した。
「いやはや、なんとかなったようで何よりじゃの」
「本当に。誰も何ともならなくて良かったです。白妙姫さんも囮の役目お疲れ様でした」
「そう労われると少しばかりこそばゆいがの。
 主も気を引くようにサポートするなどして助けてくれたじゃろう。助かったのじゃ」
「いえいえ。あれしきの事。それに、早く帰りたい気持ちでいっぱいでしたからね」
「その気持ちはわしも同じじゃったのう。無事に帰ってこれて良かったぞ」
「本当に……。あとは家に帰って休みたいものです」
「ほんに、そうじゃのう」
 からからと笑う白妙姫と、微笑むラクリマ。
 あちらこちらで和やかな雰囲気を漂わせる中で、地面にへたり込んだままの茄子子が大きく伸びをして勢いよく立ち上がった。
「よしっ! 無事だったし、お姉さん達を家まで送り届けるよ!」
「それなら私がやりますよ。
 ね、お二人とも。良ければ送らせてください♡」
 ウィズィは、背中に抱えたままの女性を降ろして、寛治の傍に居る女性にも言葉を投げる。
 語尾にハートマークを飛ばしつつ、イケメンスマイルを向けるウィズィ。誘惑込みなイケメンスマイルに、女性二人も頬を赤らめる。さすがつよつよ女性である。
 女性達が頷いたのを見て、イケメンスマイルを崩さず内心でガッツポーズ。同じ女性でもイケメンに見えると心は揺れ動くものらしい。さすが(以下略)
 女性二人の手を取って「お先に」と歩き出す彼女を見送って、他のメンバー達もやれやれと肩をすくめる。特にブライアンは残念そうだ。
「それでは、帰りましょう、か」
 ノリアの言葉を皮切りに、帰路につくイレギュラーズ。
 なんとなく、誰もが振り返ろうとはしなかった。
 あの異界で見た物を思い起こすような、夜の暗い空を見たからだろうか。
 ぶるり、と誰かが身震いした。
 願わくば、もうあの異界に迷い込む者が出ない事を。

成否

成功

MVP

白妙姫(p3p009627)
慈鬼

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でした。
なんとか無事に、誰一人怪我もなく帰ってこられたようで何よりです。
黒い影にはもう遇う事はないでしょう。何事も無ければ。ええ、何事も無ければ、ですよ。
耳が無いのに聞こえていたのは謎ですねえ。でもきっと、知らないままでいいのです。
MVPは、聞こえる事を教えてくれたあなたへ。

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