PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<半影食>再会クワイエットルーム

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●出会って5秒で暗黒儀式
「入りまーす。校長、僕を便利なカウンセラー代わりにするのはいい加減やめてくださ――」
 がらりと引き戸を開いたロト(p3p008480)の眼前に広がったもの。
 紫色に微光を放つ床一面の魔方陣(塗料がなんか赤い)。
 等間隔に置かれた点火済みの蝋燭。
 暗幕で占めきった窓際。
 魔方陣の中心に横たわる山羊。
 そのやや奥に立ち、黒曜石のナイフを逆手に握る『校長』無名偲・無意式(p3n000170)。
 秒で真顔になったロトは、そーっと扉をしめようとして、大股で歩み寄った校長によって扉をがしりと押さえられた。
「逃げるな」
「やめて! ナイフもったまま扉をこじあけようとしないで! リアルに怖い!」

 彼の名はロト。他の学園で精霊と魔力を専門とした教師をしていたが色々あって職を失い、流れるように希望ヶ浜の中等部で教職をふられている男である。
 大人が学園環境になじむために教員として登録されるケースは多々あれど、他校(?)からフツーにシフトしてきた教師は稀である。多くの者が異世界の環境になじめず再現性東京に居場所を作る一方、ロトは馴染み無い環境で新たな職を見つけた格好であった。
 彼から見て、この学園はいびつだ。
 異世界から召喚されたがこのファンタジックな世界になじめず、『現代日本』という常識感覚の中に閉じこもろうとする人々。他の再現性東京街より突出してその『常識的結界』の密度が濃いこの場所は、人々の認識を良くも悪くも狂わせる。
「まあ、そのケアをお前にさせているわけだが」
「僕は心療士でも心理学者でもないんですよ。たまたま『見える』だけで」
 魔方陣の上。横たわった山羊をはさんで校長とロトは向かい合って座っていた。
「そんなことはいい。できる人間がやる。この街の基本ルールだ。この町には日本国憲法も教員免許制度もない。運転免許証制度すらな。だが肩書きが力を持ち、立場が社会を作る。逆に言えば、肩書きと立場を与えられた者はその力を強制される」
 僕に仕事を投げる理由を難しく言っただけじゃないか、とは思ったがロトは口には出さなかった。校長がこうやって話を引き延ばすときは大抵別の理由がある。それも、『一般』には流布できないような理由が。
「上館ふぎりの様子はどうだった」
 校長が唐突に口に出した名前は、上館ふぎり(かみたち・――)。
 ロトが先週ごろカウンセリングを任された中学二年の女子生徒だ。
 もっと幼い頃から召喚されており、この街に住んで長い。同時期に召喚されていた同い年の少女……いわゆる幼なじみである森戯さはみの行方不明事件に胸を痛め不登校となった経緯をもつ。
 行方不明事件といっても、その真相はROOの試験中に起きたバグに意識が飲み込まれたことによる昏睡状態であり、セフィロトの医療施設にて肉体が保護されているのだが……。
「森戯さんと違って、上館さんは希望ヶ浜の外に対して無関心だからね。行方不明の都市伝説のほうを信じてる。
 仲の良い友達がいなくなった喪失感だけが、ぽっかりと大きくひろがってるみたいだ」
 ため息をつくロト。傷が見えても、その癒やし方まで熟知しているわけじゃない。手をかざせば心が癒やせるような聖人だったらどんなによかっただろうかと、時折思う。
「僕にできるのは話を聞いてあげることくらいだ……」
「いや、お前はよくやっている。希望ヶ浜には特に、『話せない人間』が多すぎるからな。秘匿は疑惑を生み、疑惑は恐怖を産む。産み落とされた恐怖はこの町では……時として実体をもって顕現する」
 話の方向性があやしい。ロトは眼鏡の奥で目を細めた。
「校長、何が言いたいんです」
 山羊をはさんであぐらをかいていた校長が、蝋燭のいっぽんを手に取って立ち上がった。
 彼の顔が下からぼんやりと照らされる。
「上館は、森戯が消えた理由をなんだと考えていた?」
「…………」
 ロトは思い出す。
 上館ふぎりの瞳に宿る、ほのかな狂気。たとえば屋上から飛び降りる前の子供や、家出を決意する子供や、親に暴力を振るおうとする子供特有の、無知と不安からくる歪み。
 多くの場合、それが実行に移されることはないが……。
 ごくりと喉をならしてから、ロトは口に出した。
「日出神社から行ける『異世界』に迷い込んだのではないか……って」

 日出神社の異世界。
 希望ヶ浜にて新たに広まった都市伝説である。
 ROOによる昏睡状態と保護を、大量行方不明事件だと勘違いした人々がその理由付けとして選んだもののひとつ。
 佐伯製作所の人体実験だの人買いの仕業だの、より荒唐無稽なものからリアルなものまで様々あるなかの、やや無理めな都市伝説なのだが……。
「神社に行ったところで異世界への門なんて開いてない。すぐに現実を見つめ直して落ち着くはずだと思う。幻想に逃げる時間も、彼女には必要なのかもしれないけど……」
 口元に手をあててつぶやくロトを、校長は黙って見つめていた。
「……なに?」
 沈黙。
 流れる汗。
 おちる蝋。
「その門が、実際に開いてしまっているとしたら?」
 がたりとロトが立ち上がり。
 山羊がむくりと頭を起こした。

●imaginary answer
 それはどういうことだ。と、問いかけようとしたロトを遮るように山羊が口を開いた。
「話は聞かせて貰った。こんな代替魔術で呼び出すから何かと思えば……小娘ひとりの居場所が知りたいとはな、ひとにかぶれたか不吉卿」
 驚くべき事実に驚くべき事実が重なってつい二度見してしまったロトに、山羊は『何を見ている』と威圧を飛ばしてきた。
 なぜだろう。山羊というやつは近くで見ると目が怖い。
「御託はいい。条件は揃えてやっただろう。答えを寄越せ。『上館ふぎりはどこにいる?』」
「『うぼつぜじまびょういん』」
 まるで喉から無理矢理音を絞り出したかのような声で、山羊が言った。
 言ったきり、ごぼりと血を吐いて崩れ落ち、そして息絶えた。
 山羊と校長を交互に見るロト。
「これは……あっ、僕を儀式魔術に取り込んだの!? やめてよ、もしくは言ってよ!」
「予め教えたら成立せん。まあ、とにかく分かった。もう一仕事して貰うぞ」
 報酬はもちろん出す。と言って、校長はスッと茶封筒を懐から取り出した。
 こういうときノーと言いづらいのが、雇われ教師のつらいサガである。

 話をおさらいしよう。
 都市伝説の実体化によって生まれた『異世界』。
 希望ヶ浜で一般的に信仰されている日出神社がゲート化したことで現れたこれは、希望ヶ浜を劣化コピーしたような空間であるという。
 空は真っ赤に染まり、看板や道路の文字はバグり、奇妙な異質感と違和感に満ちた街。
 『うぼつぜじまびょういん』という場所は希望ヶ浜の地図にはないが、『卯没瀬島精神病院』という場所がかなり昔に存在していたことがわかった。先行探索隊によれば森の中に古びた病院らしき場所があり、位置関係からしても間違いないようだ。
「ここに、上館さんがいるんだね?」
 入り込んだ理由は明快。迷い込んだ幼なじみを連れ戻すため。
 無論、ここに幼なじみの森戯などいないのだが……。
「他にも調査をかけてみたが、どうやらこのエリアでは『会いたい』と考えている人物を偽装した怪異(夜妖)が現れる傾向があるらしい。上館も、偽装した森戯と出会い取り込まれようとしているのだろうな……」
 どうする、と問いかける校長にロトは『聞くまでもない』という顔で答えた。
「家出生徒を連れ戻すのも、教師の仕事だって言うんでしょう?」
 もうじき(山羊の死体と魔方陣の部屋に)ローレット・イレギュラーズたちが集まってくる。
 説明する準備をしなくては――。

GMコメント

●オーダー
・成功条件:上館ふぎりを保護し、連れ戻す。
・失敗条件:上館ふぎりがこの場所を離れるのを拒否する、または強制的に連れ戻す。
 今回に関してはこの世界への諦めと拒絶が必要です。そうでなくては、新たなゲートを生み出す危険や異世界へ再び入り込んでしまう危険が残るためです。

●卯没瀬島精神病院
 この場所までたどりつく行程はプレイング・リプレイ双方で省略されます。
 病院は三階建てで、隔離した対象を閉じ込めるための入院施設が存在しています。
 特別な出入り口から侵入し、病棟内を探索することになるでしょう。

 ですが、この病棟には先述した夜妖が出現し侵入者を取り込もうと精神干渉を仕掛けてきます。
 一部の夜妖はねじくれた人間もどきの姿で現れただこちらを攻撃するだけですが、中には『会いたい』と考えている人物に偽装して近づき、甘い言葉でこの場所にとどめようとしてくる者も現れます。
 そうした相手が現れたときの拒絶をプレイングに取り入れておくのもいいでしょう。
 とどめようとする試みが失敗すれば、夜妖は正体を現し物理的な攻撃を仕掛けてくるので、戦闘によって倒すことが可能です。(もっと言えば、誘惑を振り払って先制攻撃を仕掛けることも可能です)

●チーム分けと『別の遭難者』
 卯没瀬島精神病院内は一階、二階、三階にフロア分けされ、それぞれ容易に行き来することが難しい造りになっています。
 上館ふぎりは三階にいることがわかっていますが、二階と一階にも別の遭難者が既に拘束状態にあることがわかっています。
 チームを3つにわけ、それぞれのフロアを担当するのがよいでしょう。
 簡単に言うと三階は『上館の説得+夜妖との戦闘』
 二階と一階は『夜妖との戦闘大盛り』です。二階一階から保護された一般人はすぐさま希望ヶ浜の病院に搬送されます。保護と移送のため、フロア担当チームは別フロアにヘルプに行くことなく直行で帰還することになるでしょう。(帰還に必要な『音呂木の鈴』はこの作戦の性質にあわせ三つ配られています)

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●希望ヶ浜学園
 再現性東京2010街『希望ヶ浜』に設立された学校。
 夜妖<ヨル>と呼ばれる存在と戦う学生を育成するマンモス校。
 幼稚舎から大学まで一貫した教育を行っており、希望ヶ浜地区では『由緒正しき学園』という認識をされいる裏側では怪異と戦う者達の育成を行っている。
 ローレットのイレギュラーズの皆さんは入学、編入、講師として参入することができます。
 入学/編入学年や講師としての受け持ち科目はご自分で決定していただくことが出来ます。
 ライトな学園伝奇をお楽しみいただけます。

●夜妖<ヨル>
 都市伝説やモンスターの総称。
 科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないファンタジー生物。
 関わりたくないものです。
 完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)

●Danger!(狂気)
 当シナリオには『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <半影食>再会クワイエットルーム完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年08月26日 22時21分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

R.R.(p3p000021)
破滅を滅ぼす者
武器商人(p3p001107)
闇之雲
ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)
名無しの
九重 伽耶(p3p008162)
怪しくない
ロト(p3p008480)
精霊教師
グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)
孤独の雨
白夜 希(p3p009099)
死生の魔女
キソナ・ホリョン・トワシー(p3p009545)
新たな可能性

リプレイ

●世界という迷宮
 日出神社に発生したゲートは『もう一つの希望ヶ浜』を作りだし、その世界はとても安心して過ごせるような場所ではないという。
 つきまとう不安と危険。ともすれば命を落としかねない空間に、行方不明となった幼なじみを探して飛び込んだ上館ふぎりという少女がいた。
「友人の失踪で不登校、だけならまぁギリギリ青春をこじらせた若人という感じがして微笑ましさが無い事も無いがな。
 問題はそれが夜妖がらみということか。そうとなっては笑ってはいられないな」
 校長から事前に教わったルートを辿り、様々なゲートを出入りしていく『破滅を滅ぼす者』R.R.(p3p000021)たち。
 神社から始まり、煙草屋の戸を開き、石碑に触れ、朽ちた鳥居を三度くぐり、御神木を右回りに三週し、かなり複雑なルートを辿って、世界のこっち側とあっち側を行き来していく。
「勇気を出して大切な人を探す。それを否定はしねぇ。それは決して間違いなんかじゃないんだからな。その結果、間違えた道を選んじまったとしてもな。
 自分の望む誰か。自分の望む世界にいられるってのは夢のような話だ。甘い甘い悪夢のようなよ……」
 何度目かの移動を経てから、『名無しの』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)はスマホに記録されたルート表を見直した。
 途中危険な場所がなかったわけではないが、比較的無事に7割程度の道程を終えた所だ。
 およそ最後になる、公園裏にひっそりとたつ小さな分社の扉に手をかける『新たな可能性』キソナ・ホリョン・トワシー(p3p009545)。
 生ぬるい風がふいたような気がして瞬きをすると、その瞬間には風景が切り替わっていた。
 長く続く丘の道。その先に異様に佇む、箱形の建物。それが卯没瀬島精神病院である。
「卯没瀬島、だって。なんとも奇怪な音だねぇ。反対に読んだら絶望だし。
 希望の裏側にあるから絶望。面白いねぇ。ヒヒヒ!」
 『闇之雲』武器商人(p3p001107)はなんだか面白がっているようだが、トワシーにとってはとても笑える状況ではなかった。
「確か、この先に現れる怪物……夜妖? は、会いたい人に化けるんだったよね。エグいなあ」
「そうね。理性で解っていても、あらがえないものはあるはず」
 『スズランの誓い』白夜 希(p3p009099)は手の動きや指先の感覚を確かめながら、ちらりとトワシーの横顔を見た。
「そっちは、ふぎりの説得に行くんだった?」
「うん。大事な『想い』だって寄りかかりすぎたら歪んでしまう。
 歪めないように、そのままを自覚出来るように。伝える相手を、間違えないように、少しは口を挟んだ方がいいかな」
「まあ、そういうことになる……かな」
 『他人の考えを変える』というのは、言葉にする以上に難しいことだ。
 あまりに難しすぎて同種の本が毎年何十冊も出版されては消えていくくらいに。
 極端に言えば、人類の命題ですらある。
 だがある一時の、ただ一人の、ある一点のみに絞るなら、決して不可能ではない筈だ。
「得意かと言われれば、難しいけど……やってできないことじゃあ、ないはず」
 『誰かの為の墓守』グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)が杖でコツンと床の石を叩く。
「……いなくなった人を心配するのは分かる。
 不安で悲しくて心が付いていかなくて、なにも考えられなくなる。
 けれど、だから、その心に付け入るのは余りに卑怯だ」
 グリムの考え方に同意したのか、『怪しくない』九重 伽耶(p3p008162)が首を縦に振った。
 『精霊教師』ロト(p3p008480)もまた歩き出し、病院を睨むように見つめる。
「生徒を助けるのは教師の役目だ」
 急に巻き込まれた立場だけれど、そうでなくても動いていただろう。
 闇雲に歩き回ったり、色々な人に尋ねて回ったかもしれない。そして結果、『手遅れ』になったかもしれない。
「そう考えると、『巻き込んでくれて』良かったのかもね」
 非合法というか、ズルそのものでしかない方法だったけれど。
 それで生徒が助かるなら……。
「さ、行こう。上館さんを迎えに。森戯さんが目覚めたとき、彼女がいなくちゃ可愛そうだ」


「残念ながらわしにはもう一度会いたいと思うものはおらぬのじゃよな。
 なにせそういう者たちは大往生するまで会って存分に語り合ったからの、会うも何もありゃせんわい」
 剣を取り、病院の正面扉を蹴破る伽耶。
 その物音に館内の夜妖たちが這い出てきた。
 伽耶の目には顔面がねじれた渦になったピンク色の人型肉塊にしか見えないが、彼らは解読不能な声で叫ぶと伽耶めがけて走り、殴りかかってきた。
「さてと、三階担当の者たちが進むためにも道を開かせてもらうかの」
 並ぶベンチを飛び越えると、夜妖の一体を豪快に斬り倒す。
 そのまま直進しようとしたが、通路には大量のベンチや意味不明な機材が積み上げられびっちりと塞がれていた。
 反対側もそうだ。簡単に破壊できないようにワイヤーでしつこいほど固定されたバリケードが通路に詰められている。
「一本道では行かせてくれない、か」
 希はバリケード前に陣取って棒状の武器を構えた夜妖たちめがけて無数のマスケット銃を展開。ドローン化した銃列は一斉に火を噴き、更に『武器だけのパイク隊』が一斉突撃していく。
 夜妖たちを破壊し、バリケードを大きくひしゃげさせる。
 反対側から夜妖たちが迫るが、希は油断なく掲げた右手をクルッと反転。ドローン化した武器群を反転、再発砲した。
「道は拓く。後続は私がか片づけるから、あとは任せた」
 希は『メサイア・ダブルクロス』を握り込み十字架を変形。魔力増幅機構を露わにすると、白い光を強く溢れさせた。突進、と同時に十字架の一方から噴射した魔力で加速し、豪快な一回転を経てバリケードとそれをなんとか守ろうとしていた夜妖もろとも粉砕。吹き飛ばす。
 その先に見えた階段を、R.R.たちは駆け上がっていった。
 階段の途中に現れ、上階からポリタンクのようなものを投げて妨害しようとする夜妖が現れたがR.R.は飛来するタンクに発砲。マスケット銃の弾が放たれたかと思えば複雑に分裂、増幅され、ポリタンクごと夜妖を打ち抜いていく。そしてあろうことか爆発炎上し、階段を一時的に燃え上がらせた。
「構うな、進め」
 破滅のオーラを羽根箒のようにしてなぎ払うことで炎をどかすと、R.R.はグリムたちを伴って二階へと進行。そのまま三階へ駆け上がろうとしたが、階段は崩落によって埋まっていた。
 空を飛んで上階へ向かうというのも難しそうだ。
「グリム、地図は」
「大丈夫だ。把握してある」
 グリムは『祝福のブローディア』を発動。自らを小さな聖域化すると、通路側を指さした。
 鉄格子によって阻まれた通路の先。無数の部屋の扉が開き次々と同種の夜妖が現れる。
 それを予期していたかの如く、グリムは『開戦のタンジー』を続けて発動させた。
 夜妖たちの精神に直接干渉し自分へと引きつけると、自分もまた走り出す。
 阻まれた鉄格子を破壊するのは武器商人の役割だ。
「ヒヒ――」
 独特の笑い声を浮かべると、突き出した手によって空間がゆがみ鉄格子が無理矢理開かれる。
 その間を通り抜けたグリムとの間に入り、夜妖たちによつ掴みかかりや殴りかかりを受け止めた。
 拘束状態にあるという遭難者は、おそらく開かれた個室のうちのどれかだろう。一つ一つ探索していてもいいが、三階の様子が気になる。
 武器商人はクイッと指を動かすとトワシーたちへ三階へ向かうようにサインを出した。
 頷き、三階へ続く階段へと至るトワシー……を待っていたのは夜妖だった。
 ズキンとトワシーの頭に痛みが走り、目の前の相手が激しいノイズに包まれていく。
 永き眠りの中で破損したメモリーの中にある人物に、それはよく似ていた。
 名前も姿もよく思い出せないが、ひとつだけわかる。
「ここに、居るはずがない」
 トワシーは薄く笑い、階段へと跳躍。壁側を蹴って三角跳びすると腰から下げていた毒霧魔法の込められた瓶を投擲。相手の頭上を飛び越えたまま三階へと駆け抜けていく。
 夜妖が毒霧を浴びて倒れたことを確認すると、ニコラスとロトもまた三階へと駆け上がった。
 あがってすぐ。開かれた鉄格子の向こうに上館ふぎりの姿が見えた。
「上館さん!」
 呼びかけるロトの声は届いているのだろうが……上館ふぎりはこちらへ振り返らない。
 まるで邪魔するかのように、集まってきた夜妖たちがガラス辺や鉄パイプといった粗末な武器を手に立ちはだかる。
「悪いけど、邪魔されたら困るんだ。その子は、うちの生徒だからね」
 『払暁』を抜くロト。漆黒の刀身に刻まれた文字が微光を放ち、胸ポケットから抜いた魔符の束から多数の精霊力をもった微光が剣へと宿っていく。
 ニコラスもまた豪快な大剣『ディスペアー・ブラッド』を握りこむと、ギラギラとした闘志をむき出しにして夜妖たちへと突撃する。
 ロトと共に夜妖を切り裂くと、ニコラスが強烈な回転斬りで夜妖たちをなぎ払っていく。
「適当に手を引っ張って連れ戻すだけなら楽なんだがそうもいかねぇ。本人がここを否定しなけりゃならねぇってのが肝だな。
 ロトさん、他に上館ふぎりについて知ってることは?」
「あるけど、必要ないよ。『知ってること』は『理解していること』にならない。人の想いを変えるための材料と力は、もう揃ってるんだ」
「……なるほどな、そういうことか」
 ロトのいわんとすることを理解したニコラスは小さく笑い、鉄パイプで殴りかかってくる夜妖を鉄パイプごとぶった切って勢い余った剣を壁に叩きつけた。
 流石にその段階になってやっと、上館ふぎり振り返る。
「さ、お喋りしようぜ。上館ふぎり?」


 病院一階。
 遭難者の発見は容易だった。一階の奥まったフロアに縄で縛られる形で拘束されていた遭難者を、伽耶は縄をといてやったうえで病院の外へと護送していた。
「ここにおるのは全てまがい物、喋る言葉は自分が欲しい言葉であって相手の思いは一個も混ざってはいないからの」
 夜妖がこちらを惑わそうとしてきても応えるなと言い含めた上で移動し、入り口付近へと到着。そんな場面で、先導していた希がぴたりと足を止めた。
 入り口に立っていたのは二歳ほどの男子だった。ぺたぺたと裸足であるく幼い子供。「オワル……?」
 向けていた杖を下ろしそうになる希。夜妖の化けたものなのか。それとも偶然……もしくは奇跡的にこの場所にたどり着き、出会うことが出来たのか。
 もし本物だったら?
 そんな気持ちを……希は無理矢理に振り切った。
「くたばれ夜妖共」
 浮いたマスケット銃たちが、砲音を打ち鳴らす。

 夜妖の反撃はあちらこちらで始まっていた。
 病院二階のフロアをひとつずつ探索していたR.R.は、未だ開かれていない個室のドアノブを破壊し、ゆっくりと開いた。
 さび付いたベッドに手錠がかけられ、それは同じベッドに腰掛けていた少女に繋がっていた。
 眼鏡、そばかす、ボブカットの少女。
 とびきりの美人ではないが、静かな瞳で優しく世界を見つめるような人物だった。
 彼女は――ルイン・ルイナはR.R.の本来の名前を呼んだ。
「……あぁ、なるほどな。
 俺は、そうか……あの世界に戻りたいんだな。
 破滅と向き合い、撃ち滅ぼすことをやめて、在りし日の俺に戻って――」
 銃に手をかける。
(――だが、駄目だ。
 今の俺は昔の俺ではない。
 決別しなければならない。
 戻りたくても戻れない。
 だから――)
「そのような声で、俺を蠱惑するなッ!」
 銃声の一発で、少女は……否、夜妖は破壊され、ベッドへと横たわった。
 その一方で、グリムは別の個室に現れた父親の姿を見ていた。
「お前は違う、お前は違う、お前は違う。
 父様を騙るな、父様は消えただけだ、きっとどこかにいる筈なんだ」
 心の動揺は、表には出ない。全くの平常心を保ちつつ、グリムは『不朽の霊杖』を振りかざした。
「……だから、とにかく、潰れて死ね」
 遭難者は、倒した夜妖の座っていたベッド……その下に隠れるように存在していた。
 顔を出した少年に手を伸ばす。
 ふと武器商人が振り向くと、葡萄茶色の髪に赤の瞳と同じ色のスーツの優男が肩をすくめて立っている。
 手を伸ばしそうになって、そしてやめた。
 代わりに、破壊の力だけを押しつける。
 ぐしゃりと潰れた彼――否、彼に化けていた夜妖がどしゃりと音を立てて落ちる。
 武器商人は小さくため息をつき、そして出口へ向けて歩き出した。

 そして、三階。
 上館ふぎりは同じくらいの背格好をした夜妖に手を引かれ、建物の奥へと歩いて行く所だった。
 そんなふぎりが振り返り、ニコラスに『誰?』と首をかしげる。
 ニコラスは『誰だっていいさ』と言って、壁に寄りかかって武器を放り捨てて見せた。
「世界ってのは、生きるってのは自分の思い通りなんざいかねぇもんだ。だから世界ってのは美しいし楽しいのさ。だからこの世界を俺は間違えてると思うのさ」
 なあ? と呼びかけるニコラス。
 話をふられたトワシーは腕組みをし、あえてふぎりを追いかけることをせぬまま呼びかけた。
「ふぎりさん、こんな異世界もどきを信じられる程の『想い』があるなら、外の世界へ踏み出すことも、同じだと思うな。何も知らないわたしが、何か言えた義理ではないけど……心の整理さえ、きちんと付けられれば。きっと大丈夫。キミは強い子だよ」
 まるで自分の心の内にあるものを見透かされたようで、ふぎりはぎょっとした顔をした。
 そして、その場にいるロトへと視線を向けた。その意図は『私のことを話したの?』だが、ロトの返答は首を横に振るだけ。
「上館さん。君はこんな所へ来るくらいに勇敢だ。
 僕は教師としてそれを誇らしく思う」
「先生、森戯ちゃんがいたの。私を案内してくれるって……」
「そんな君だからこそ…心の其処で気づいてるだろう」
「長い間お喋りできなかったけど、私今度はちゃんと話してみようって……」
「其れが森戯さんじゃないって」
 一方的に話そうとしていた上館ふぎりの言葉がぶつんと途切れ、そして再び夜妖へと顔を向ける。
「君の知る森戯さんはこんな場所で普通に喋っているかい?
 君の知る森戯さんは君を心配せずに語りかけるかい?」
「でも、だって……」
「目を覚ませ、上館ふぎり!
 君の知る森戯さはみは、もっと輝いた存在の筈だろう!」
 声を張ったことで、ふぎりはびくりと肩をふるわせた。
 そして、反射的に夜妖の手をはなしてしまう。
「君は、森戯さんと一緒に行きたかったんだね。街の外へ」
 夜妖は小さく首を振ると、ふぎりへ背を向けて歩いて行ってしまった。
 襲いかかってくる様子もないことから、一応身構えていたトワシーもその手を下ろす。
「帰ろう。森戯さんが戻ってきたときに、君がいないと始まらない」
 ロトの出した手を、ふぎりはとった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ――救出完了

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