PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<半影食>かいらうどうけつ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●迫る者
 夜、眠ると夢を見る。
 私は知らない場所で目を覚まし、其処が小屋……みたいな場所だと言うことが解る。木造の、数畳あるかなってくらいの小屋。はっきりとした大きさが解らないのは、暗くてよく見えないから。けれどそれが木造の小屋であることが解るのは、壁の細かな穴から外の明かりが僅かに入ってくるからだ。
 そこで目覚めた私は、ただジッとしている。何故だか動いてはいけない気がするからだ。
 膝を抱えてジッとしていると、『ナニカ』がやってくる。気味が悪い。
 ひたひた、ひた、ひたひた。
 ひたひたひた、ひたひた。
 ひた、ひた。
 ナニカは、小屋の前で止まる。
 ひた。とも、ぺた。とも……何とも形容し難い音がして、私はソレが小屋の扉に触れたことを知る。

 ――髢九¢縺ヲ。

 ザザとノイズが混ざったような、不明瞭な音が脳内に直接響く。外にいるナニカが喋っているのかもしれないが、私には言葉なのかどうかすら解らない。けれど、何故だか嫌な気持ちにはならないのだ。
 この感じを、何と言えば良いのだろうか。
 ――『望まれている』? それが一番近い感じかもしれない。
 そう、私はソレに望まれるのは、悪い気がしない。寧ろ、求めてくれるのが嬉しい。嬉しくて、扉を開けたくなってしまう。
 立ち上がろうとして、私は気付く。
 さっきまで、『どうして動いてはいけないと思っていたのだろう』。
 彼は私を求めている。私も彼を求めている。
 なのに、どうして――。

 ――チリン。

 鈴の音が聞こえて、私は目を覚ます。
 私を起こしに来た飼い猫のナミエさんが、私を踏みつけて餌をねだっている。首輪の鈴をチリチリと鳴らしながら喉を撫でてナミエさんの機嫌を取り、身体を起こしてボサボサの髪を指で梳く。大きな欠伸が溢れた。しっかり寝たはずなのに、何だか疲れたなぁ。
 顔を洗う頃には、私は夢のことなんて綺麗に忘れていた。

 今日も夢を見る。
 夢の中で目を覚ました私は、『昨日と同じ場所だ』と唐突に思い出す。ああ、またあの夢だ。暫くすれば、またナニカが来るはずだ。嫌だなぁ……。
 私は膝を抱える。家に帰りたい。こんなところに居たくない。心細くて泣きたくなる。
 また、ひたひたとナニカがやってくる。
 ひた、とソレが止まって、私はあることに気付いて全身に鳥肌が立った。
 『見えない』のだ。僅かだが確かに差し込んでいたはずの、外の明かりが。
 私は、気付いてはいけないことに気付いてしまったのかもしれない。
 ――『見られている』。小屋の穴という穴から、何者かが……いや、外にいるナニカが私を見ている。けどそんなのありえない。ありえないはずなのに、私は、

 ――唖アケけヱえ。

 ああ、『彼』が呼んでいる。彼が私を求めてくれている。
 私は立ち上がる。彼が『扉を開けて』と私に言うから。
 待ってね、今開けるから。待って――。

 ――チリン。

 朝だ。ナミエさんが私を覗き込んでいる。
「……あれ?」
 ナミエさんが私の頬を舐めて、私は自分が泣いていたことを知った。
 怖い夢を、見た気がした。けれど何の夢を見ていたのか、私は思い出せない。
 きっと今日も、夢を見る。


 現代日本・再現性東京、希望ヶ浜。
 最近ではR.O.Oと呼ばれるシステムが多くの問題を起こし、その解決に当たるためにネクストへとダイブすべく、多くのイレギュラーズたちが訪れている地だ。

 ――依然として、佐伯製作所にて発生していると思われる大量行方不明事件では被害者の行方の大多数が分かっておりません。佐伯製作所広報本部によりますと……。

 ――ネット上ではオンラインゲームに閉じ込められただなんてアニメのような話や人体実験など荒唐無稽な話も出ておりますが……。

 街頭に設置された画面から、今日もワイドショーでは同じ話題が流れている。その横を足早に通り過ぎた『浮草』劉・雨泽(p3n000218)は、カフェ・ローレットの扉に手を掛けた。
 ネクスト2.0のアップデートにて実装された神咒曙光(ヒイズル)に発生したゲームイベント、『帝都星読キネマ譚』。これもまた解決が必要なものだと依頼を受けた雨泽は、R.O.O内では『名探偵』として、現実でも生身で情報収集に勤しんでいた。
 彼が目をつけたのは、ヒイズルという言葉。国名のそれは、どこから来たものだろうか。
 その名を、雨泽は偶然知ることになる。
 日出神社――ひいずるじんじゃ。
 人々の噂を辿れば、『知らないところを歩いていたら気付いたら日出神社に居た』『友だちがもう何日も帰ってこない。日出神社前で別れたっきり……』と言った言葉が耳に入ってくる。
 そうして実際に神社へと足を運んで――。

「今すぐに救け出して欲しい子がいるんだけど、お願いできるかな?」
 太陽は既に地平に隠れそうな刻限。
 カフェ・ローレットに顔を出していたイレギュラーズたちへ雨泽はすぐに日出神社から『異世界』へと向かって欲しいと告げた。
「救出対象は少女。ごく普通の学生だよ」
 逢坂地区に住まう少女が、ここ最近毎日悪い夢に囚われている。
 毎日悪い夢を見て、目に見えて衰弱していっているのに、少女にはどんな夢を見ているのかの記憶がなかった。心配した友だちの勧めにより起きてすぐにメモを取るようにし、その繋ぎ合わせた断片から雨泽は『毎夜異世界に喚ばれている』のだろうと決定づけた。
「妻問いって知っているかな。男が妻としたい相手の元へと通い、扉問答したりして最終的に結婚する古い作法だよ。どうやら少女は、これを受けているみたいなんだ」
 三日餅(みかよのもち)じゃなくて良かったね。
 笑顔を絶やさず、静かな声がそう告げる。三日餅であったら、三日目に餅を食べてしまえばアウトだ。しかしこの現象は何日も続いているようなので、相手が性急ではないということだ、と雨泽は吐息とともに言葉を零した。
 けれどそれも、少女の体力からしてそろそろ終いだろう。
 少女は確実に衰弱していっている。それは幾度も時を重ねた証拠で、そろそろ連れ去っても良い頃だといつ相手が思っても不思議ではない。
「今夜もきっと、少女は――七海は喚ばれるから、君たちに助けに行って貰いたいな。……僕? 僕は、現実側の後始末をしておくよ」
 今すぐにでも発った方がいいと、笠の位置を正して立ち上がる。
「異世界へ辿り着くと、君たちは方向感覚を失うことだろう。けれど、『海に行く』それだけを念じていて。帰りは――鈴、かな。彼女は目覚める時、絶対鈴の音を聞くのだって。愛猫が起こしに来ている鈴の音で目が覚めているって言っていたけれど、きっと鈴の音は君たちの味方だよ。音が聞こえたら、音を辿って」
 そうすればきっと、君たちも七海も帰ってこれる。
 けれど、それ以外には決して惑わされてはいけないよ。
「……必ず、帰っておいで」
 それじゃあ、僕は僕の仕事を。
 君たちに背を向ける直前、雨泽は口の前で指をひとつ立て、小さく囁いた。

 ――これはきっと、『神異』だよ。

GMコメント

 ごきげんよう、イレギュラーズの皆さん。壱花と申します。
 今回は現実の練達からのシナリオとなります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●成功条件
 少女の無事
 不可思議な空間からの脱出
(祠の後始末は雨泽が向かうので、脱出のみを考えて大丈夫です)

●シナリオについて
 異世界の浜辺にたどり着いたところからリプレイが開始されます。それ以前に異世界内で何かを行うのは『不可能』です。話を聞いてすぐ皆さんは日出神社に向かい、異世界へと急行しました。
 背後には黒々とした海が渦を巻き、何か嫌な気配がします。眼前には木造の小さな小屋があります。『ナニカ』が来る前に、急いだほうが良いでしょう。
 小屋には簡単に入れます。あなたたちが入って暫くするとナニカが扉の前に到着します。あなたたちは本能的に「これは見るのもヤバイやつだ」と感じることでしょう。四方の壁は脆く、破壊して血路を切り開くことは可能です。
 何らかの理由で仲間が狂気に陥いる可能性があります。その場合、どうするかも考えておくと良いでしょう。

●フィールド『異世界』
 いつもと変わらない希望ヶ浜のはずなのに、何かが違っている。
 空は赤く、標識の文字や記号は……あれ、こんなのだっけ?
 ここの建物はこんなのだっけ? あっている。いや、違っている。
 何かがおかしい。何かが。でも、そんなことはない。ここは『希望ヶ浜』。
 それなのに、何故帰り道がわからないのだろう。

●カイナギさま
 ひたひたと後を追ってくるナニカ。無数の手、無数の目があります。
 見てはいけません。触れてはいけません。
 言葉は通じません。言葉を掛けてもいけないものです。
 七海ちゃんのことが大好きなので求婚しています。僕の七海ちゃんとらないで><。

●少女『七海』
 カイナギさまに見初められてしまった少女。女子高生。
 小屋に来るといつも怖いのに、カイナギさまの声を『聞く』と頭がぼんやりしてしまいます。毎日会いに来てくれて、好きだと言ってくれるひと、みたいな認識になります。
 何日も妻問いが続いており、今日こそは夫婦になれると聞いています。

 *

 最近何かした……?
 えーっと、うーん……あ、そうだ。浜の岩場で、壊れかけた祠を見つけたの。すっごい年代物って感じでね、びっくりしちゃった。ちょっと……何日も時間は掛かったけれど綺麗にできたんだ。
 そういえばその数日後からかな、夢を見始めたの……あれ、夢ってなんだっけ。ごめんね、変な事言っちゃって。うぅーん、最近あまり眠れてる気がしないからかな、頭がぼうっとしちゃうんだ。

・ナミエさん(猫)
 私の飼い猫! アッシュグレイの毛並みの可愛い子。
 首にはとある神社で購入した鈴を付けていて……え? どの神社かって? 確か名前は、音呂木――だったかな?

●Danger!(狂気)
 当シナリオでは『見てはいけないものを見たときに狂気に陥る』可能性が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

 それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。

  • <半影食>かいらうどうけつ完了
  • GM名壱花
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年08月30日 20時35分
  • 参加人数8/8人
  • 相談10日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

グレイシア=オルトバーン(p3p000111)
知識の蒐集者
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
蒼輝聖光
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
月香るウィスタリア
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)
孤独の雨
祝音・猫乃見・来探(p3p009413)
祈光のシュネー
天閖 紫紡(p3p009821)
要黙美舞姫(黙ってれば美人)
アルトリウス・モルガン(p3p009981)
金眼黒獅子

リプレイ

●知っているようで知らない場所
「ちょ……っ、ここ、どこよおおおおおお!?」
 赤い空に、『ヘリオトロープの黄昏』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)の悲鳴が吸い込まれた。こんな怖い空間に着くだなんて聞いていないと言いたげな表情だが、来てしまったものはもう仕方がない。
「我が杖よ、不朽の意思よ、どうか心が狂わぬように我らを守り給え」
 思わず悲鳴を上げたジルーシャの隣で『誰かの為の墓守』グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)は不可思議な事が起ころうとも心が揺れぬようにと、静かに杖へ祈りを捧げた。
 空を見れば、そこが『違う』ことだなんてすぐにわかる。いつもとは、違う。全然違う場所。……けれど、本当にそうなのだろうか? 見える町並みはいつもと『同じ』。記憶にあるとおりの風景に、ただ、空が赤いだけ。それは、いつもとは本当に違うのだろうか? だってここは、ついさっき神社へと向かって駆けた場所で――。
(――全く、何とも厄介な物だ)
 人の噂次第で発生する怪異も、そして今置かれている現状にも。
 鷹の目が如く鋭い眼差しで海があると思われる方向を見据えた『知識の蒐集者』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)は、仲間たちと海辺へ急ぐ。異空間の概念に囚われそうになる心に、ただ強く『海へ行く』事だけを念じて。
 助けを必要としている少女がこの先に居る。けれども記憶にある地図や道に従っても其処へは辿り着けないようで、早く辿り着かねばと焦りを生じさせながらも、それでもただ、足を前へ、前へ。イレギュラーズたちは赤い空の下を駆けていく。
「見つけました、あれですね!」
 海辺に到着した『挫けぬ軍狼』日車・迅(p3p007500)が小屋を真っ直ぐに指差した。近くに見えているのに、気を逸らすとすぐに足が止まってしまいそうになるせいだ。
 黒々と渦を巻く海からは何か恐ろしい気配が伝わってきていて、イレギュラーズたちは背に嫌な汗をかきながらも小屋へと駆けた。
「……っ、だ、誰!?」
 戸が大きな音を立てたと思ったら、知らない人たちが幾人も入って来たことに驚いた少女が、暗がりで声を震わせた。暗闇に目が慣れていないイレギュラーズたちには彼女の姿は見えないが、暗視で少女の姿を捉えた『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は一歩前へと踏み出す。
「あなたが七海さん?」
「そ、そうだけど……」
 どなたですかと言いたげに、七海は訝しげにイレギュラーズたちへと視線を送る。暗闇でもわかる、追い詰められた小動物のような、そんな気配で。
「初めまして、七海さん。僕等は君の味方だよ」
「味方……?」
 声のする方角で当たりを付けた『淡き白糖のシュネーバル』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)が声を掛ければ、幼い声に七海の声に明らかな安堵が滲む。
 背後からの――海からの気配が濃くなってきている気がする。けれど、彼女に自分たちに害が無いと信じてもらわねば、一緒に来てはくれないだろう。すぐにでも壁を壊して連れ出したくなる気持ちを押さえ、イレギュラーズたちは彼女へ声を掛けた。
「吾輩達は、頼まれて救出にやって来た」
「救出……? そうだ、私、怖くて……何かが来るのに毎日ここに来ていて……」
「此処は怖い所だから私たちと一緒にこの怖い悪い夢から脱出しましょう!!」
「立てる? 怖いわよね。さ、アタシたちと一緒に帰るわよ!」
『要黙美舞姫(黙ってれば美人)』天閖 紫紡(p3p009821)が手を差し出して大きく頷く横で、ラベンダーの落ち着く香りで小屋内を満たしたジルーシャが笑む。明るい所でその姿を見れば、彼が涙目で足を震わせていることがわかっただろう。しかし、今一番怖い思いをしているのは七海だ。それに、希望ヶ浜の教師の一人としての自負がある。無理くらい、いくらだってする。
 ――ひた、ひた。
 イレギュラーズたちの声で七海には聞こえていないだろうが、確かに外から音がした。静かにグレイシアと祝音の視線が戸に向かい、ジルーシャは必死に悲鳴を飲み込んだ。
 乾いた砂の上を、ひたひたと湿った音を出す歩き方をする人間など居るはずがない。ナニカが直ぐ側までやってきているのだ。
 時間がない。音に気付いた仲間たちの気配に勘付いたスティアと迅とグリムが、七海が立っている壁際へと向かった。
「七海さん、動ける? 壁、壊すね」
「少し、離れていてください」
「我々の中央へ。アンタは自分たちが護る」
「う、うん」
 戸から一番離れた壁にペッタリとくっついている七海の手を紫紡が引いて仲間たちの中心に招き寄せ、戸の正面には『新たな可能性』アルトリウス・モルガン(p3p009981)とグレイシアが外から来るナニカを阻むように――七海が戸を開けにいかないように立っていた。
 その時、だった。
 何かが、戸の前に立った。立つ、気配が――気圧されそうな圧を感じた。
 途端、僅かに小屋に入っていた明かりが絶たれ、静寂と黒闇に満たされる。
 荒い木板の壁の穴から覗くのは――、

 目。
 目、目、目、め、眼、メ、め、目、眼、メ、目、め、眼――。

 一斉にギョロリと動いたそれが、室内を――イレギュラーズたちを見た。
「ヒッ」
「っ……ジルーシャさん!」
「大丈夫ですかっ」
 暗闇に慣れてきた超視力でそれを捉えてしまったジルーシャが息を飲み、倒れた。慌てて紫紡と祝音が手を伸ばし、何とか彼を支える。雪玉を押し当てて気つけを行うも、ジルーシャは長いまつげを震わせ、魘されるように眉を寄せるのみだった。
 祝音の横を、白い何かが通り過ぎた。いや、伸ばされたのだ。闇の中でも一層白く感じられる、少女の手が。
「七海さん!?」
「あ……」
 それは、春先の暖かな風のようであった。
 しかしながらそれは、花々を凍らせる雪山からの吐息にも似ていた。
 イレギュラーズたちは戸の前の何かが彼女にしか聞こえない『声』で彼女に話しかけたことに、素早く勘付いた。七海がどこかとろりとした表情で、戸へと手を伸ばす。
「……今、開け……」
「それはダメだ」
 伸ばされる七海の手を、それ以上伸ばさせまいとアルトリウスが掴んで阻む。
「皆さん、早く此方へ!」
「七海さんは私が預かるよ。皆は警戒を!」
「死よ、どうか心を守り給え」
 破壊音とともに先に小屋裏に飛び出した迅が仲間を招き、グリムが己の心を強くと祈りを重ねる中、外に出ずに引き返したスティアが「ごめんね、大人しくしていて」と断って七海を抱えあげ、気を失ったジルーシャを体格の良いアルトリウスが担ぐと、一同は一斉にパラパラと木くずを零す壁穴から外へと飛び出した。
「……彼、が」
「見ちゃ、ダメ……!」
 スティアの肩越しに、七海は後方へと手を伸ばし続けている。
「鈴の音は聞こえる!?」
「まだ、聞こえません。ですが……」
「ひとまずは此処から出来るだけ遠くに離れた方が良いだろう」
 後ろを見ずに、イレギュラーズたちは駆け出す。
(やっぱり、騙されてはくれませんね……っ)
 紫紡は小屋を出る直前に七海の幻影を作ったが、そのままぐしゃりと背に響いてくる『小屋が潰れるような音』に唇を噛みしめる。それでも、紫紡は時間稼ぎを諦めない。迫ってきた時の時間稼ぎができるようにと、仲間たちの――先輩たちの背を追いかけながらも殿へと着いた。
「っ……、あれ、アタシ……って、キャーーーッ、何なのよあれええええ!!」
「気がついたか? それだけ叫ぶ元気があれば大丈夫そうだな」
 意識を失う直前に見たアレを思い出したのだろう。ジルーシャの悲鳴に足を止めたアルトリウスが「立てるか?」と尋ねながら俵抱きにしていたジルーシャを下ろせば、ありがとうとごめんなさいを口にしたジルーシャは、すぐに仲間の背を追いかけ走った。
(RENTATSU's 怪異すんげぇ怖いんだが!!!)
 足を止めたことで最後尾となってしまったアルトリウスの背に、ひしひしと――否、ぞくぞくと背を泡立たせるような気配を感じる。つい後ろを見て確認したくなる気持ちを抑え、アルトリウスもまた駆けた。
(しかしカイナギ、かいなぎ……海の近くの祠……海凪? 海薙? うーん、分からねェ……)
 アルトリウスの視線の先では、未だに七海が後方へと手を伸ばし続けていた。

●カイナギさま
 昔、その浜は多数の死者を生じさせた。
 空は荒れ、海は轟々と渦巻いて、漁に出た人々を飲み込んだ。
 それは幾日も続き、浜の恩恵を受けて生きてきた人々は、小さな祠を立てた。
 人々は奉り、祈り、一柱の神をおろした。

 ――海凪様、海凪様、どうかお助けください。
 空の風も、海の波も穏やかになるように、どうかお力をお貸しください。

 海凪様は請われるままに人々の願いを叶え、海には平穏が訪れた。
 しかし、人々は忘れる。忘れてしまう。
 記憶は風化し、伝承は薄れていく。
 海凪様の祠へ足を運ぶ者は年々減っていき、終いには――。

「よし、綺麗になった! うん、我ながら上出来!」
 今にも消えそうになっていた時、一人の少女が現れた。久しく見ていなかった人間が祠を綺麗にし、供え物をし、手を合わせ――消える寸前だったカイナギを繋ぎ止めた。
『彼女が欲しい』
 カイナギは初めて、たった一度きり、自身の願いを抱いた。抱いて、しまった。
 それがいけないことだと止める理性など、とうに消えてしまっていたのだ。

●春しりそむる想ひはな雪とのみこそ想ひ散るなむ
「七海ちゃん、しっかりして七海ちゃん!」
「七海ちゃんにはナニか聴こえていて、受け入れてしまいたくなるのでしょうが、今は怖いという気持ちでいいのですっ!」
「しっかりしろ、絆されんな!」
 見たらダメだとイレギュラーズたちは幾度も口にするが、七海に聞こえている様子はない。
「早く、早くっ」
 駆けながら、蘇芳が願う。
「この悪い夢から七海ちゃんを醒ましめくれる鈴の音色よ届いてっ!!」
 祈るように両手をぎゅうと握りしめながらも、駆ける。足を止めることはできない。焦る気持ちもどうしようもならない。早く、早く。今直ぐにでも聞きたいのに。
「猫さんの鈴の音が、帰路の導き……僕等の味方」
 垂らされた一本の蜘蛛糸に縋るような気持ちは、みないっしょ。ともすれば不安そうに幼さを感じさせる声は、一層儚く発せられ――。
「! 聞こえました!」
「吾輩にも聞こえておる」
「あっちよ!」
 鈴の音は、まだ、小さい。
 音を拾えたのは三人だけだったが、彼等が示す方角へと仲間たちは爪先を向けた。
(さて、試してみるか)
 勿論、狂気に陥らぬよう十分に気をつけた上で、だ。
 しかし。
「――ッ」
「グレイシア!」
 カイナギとの疎通を図ろうとしたグレイシアの地を踏んだ側の膝がかくっと折れる。それも一瞬で、すぐに片足で踏みとどまり速度を落とさぬよう走るが、彼の額には大粒の汗が浮かんでいた。
「何があった?」
「……弾かれたようだな」
「自分も――」
「否、止した方が良いだろう」
 試そうかと続く前に、グレイシアは即答する。成功しなかったから良かったものの、繋がればきっと『引きずり込まれる』。背筋を這い上がる無数の手の幻覚を覚えながら、死者に深く通じるグリムへとかぶりを振った。彼はきっと、『通じて』しまう。通じたらきっと、戻っては来られまい。
「グレイシア、アイツの位置教えてくれ!」
「……然程離れてはおらん。右後方、である」
 カイナギを直接見ること無く、エコロケーションと聴力でその位置を確認し続けているグレイシアの声は、常の深みのある落ち着きのあるものへと戻っている。
「やるのか?」
 問いかけは、形だけ。アルトリウスの意思が既に固まっていることは知っている。
「はは、オレが狂気に陥ったら助けてくれよ?」
「お任せください。アルトリウス殿が他所へ走り出したとしても、必ず僕が捕まえてみせますので!」
 もしかしたら、七海から意識が逸れるかもしれない。それは極めて低い可能性だが、試して見なくてはわからない。もし逸らすことができたのなら、囮と七海とで別れて行動することも出来る。
 誰かを守る時に動かねば、いつ動くっていうんだ、オレは――!
「男の嫉妬は見苦しいぜ、オ――」
 振り返って切った啖呵は、最後まで続かなかった。
 真っ直ぐにカイナギを捉え、そうして身体が大きく揺れた。
「アルトリウス殿!」
 咄嗟に迅が抱え、そのまま走る。
 彼を置いていくことも、足を止めてカイナギに追いつかれることも出来ない。一定の速度でついてくるカイナギと少しずつ開いていっている距離を縮める訳にはいかないから。
「光翼よ、どうか仲間を戻し給え。……これで戻らなかったら少し痛いことになるが許してくれ」
「大丈夫です、きっと大丈夫。僕たちも七海さんも、お家に帰るって決めているんだから」
「……っ、すまん」
「アルトリウス殿、正気に戻られましたか!」
 グリムと祝音の祈りが届いた。アルトリウスを抱えていた迅が開放し、少し支えながら駆けて無事を確認してから手を離した。
「七海さんも……!」
「光翼よ、力を」
 ――祈りを。
 道中、ふたりは幾度も駆けながら祈りを捧げていた。ひと撫でされたくらいの仲間たちとは違い、彼女の魂の殆どが既に侵食されているのだろう。祈りは届かず、声も届かず――けれどふたりは、イレギュラーズたちは諦めない。
 祈りを捧げる。助けるのだと決めたのだから。
 彼女の心が戻ってくるようにと、それだけを願って。幾度も挑戦し、それでも諦めずに。
「……どうして?」
 小さく。本当に小さく、七海が声を零した。
「な、七海さん!」
「七海さん、正気に戻りましたか!?」
「七海ちゃん、もう後ろを見ないでっ前だけを見ていてくださいっ」
「見るのは前だけ、聞くのは鈴の音だけ、それ以外は全て無視して」
 献身と、カイナギから距離が開いたことが功を成したのだろう。パチリと瞬いた七海へ、仲間たちが次々に声を掛ける。彼女の視界を塞ぐように背の高い者が身体で隠し、もう大丈夫だと何度も口にして、彼女を励ました。
「……どうして、邪魔をするの?」
「七海さん?」
 けれど少女が零すのは、悲しげな声。七海を抱えたスティアがそっと彼女の背を撫でれば、その背が微かに震えていた。
「あのひとはひとりっきりで、寂しくて、悲しくて、それでもひとりで皆の幸せを願って……だから私がいっしょに居てあげないと、あのひとは最期までひとりで……」
 ああ、少女の心は、今なお『寄り添っている』。
 七海の頬を、透明な雫が伝う。
 ポロポロと溢れた熱い水滴がスティアの肩口を濡らす。けれど、それでも。
「ごめんね、七海さん。それでも私達は七海さんを連れて帰るよ」
 きっと、後もう少し。
 鈴の音はずっと近くになっている。
 近くに成って、近くで鳴って。
 そうして。
 セカイがひらけた。

 夜闇に点々と星明かりを灯す空の下、神社の境内は夜のしじまに包まれていた。吐く息の音さえ聞こえてきそうな、雪の日の朝のような静寂にひととき呼吸を止めて。ようやっと、ハ、と吐き出せたのは、空を見上げてからだった。
「ここ、は……」
「どうやら『本物』の日出神社のようですね」
「やれ、肩の荷が降りた」
 見上げた空が赤くないこと、全員揃って石畳の上に立っていることを確認し、やっとほうと安堵の吐息とともに肩の力を抜いた。
 ――なぁん。
「あれ? もしかして、ナミエさん?」
 夜の闇が分離したように、暗がりからするりと一匹の猫が歩み寄ってくる。首に結われた鈴をチリチリと鳴らし、まだぼんやりとしている七海の側へとトテトテと歩いていった。
「おかえりなさい、七海さん……本当にありがとう、ナミエさん」
 視線を少しでも合わせるようにしゃがんだ祝音をするりと尾で撫でて、猫が通りすぎていく。
「迎えに来てくれたのでしょうか」
「ええ、きっと」
 リィンと鈴を鳴らした猫が、七海の足へとすり寄る。
 それでやっとハッとした表情になった七海が、下方へと視線を動かした。
「あれ、ナミエさん。どうしてここに……? 私、窓開けっ放しにしちゃったのかな。……あれ? 私、どうして外に? 確か家で……わっ、靴履いていない! どうしよう、お母さんに怒られちゃう!」
 イレギュラーズたちは顔を見合わせる。どうやら七海は異世界での出来事をなにひとつ覚えていないようだ。
 頷き合うイレギュラーズたちの心は、いっしょだ。イチから説明してもいいが、全て忘れてしまったほうが彼女のためになるだろう。彼女に何も告げないことを選んだ。
「はぁい、七海ちゃん」
「わ、先生。こんばんは。私、あの、」
 夜遅くの外出だとか靴を履いていないことだとか、ナミエさんを抱き上げながら言い訳を考え出した七海に、ジルーシャは微笑んで。
「とりあえず、靴、買いに行きましょ?」
 可愛いのはないかもしれないけれどと、24時間経営スーパーへと誘うのだった。

成否

成功

MVP

グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)
孤独の雨

状態異常

なし

あとがき

シナリオへのご参加、ありがとうございました。

七海は皆さんのおかげで救われました。
おつかれさまでした、イレギュラーズ。

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