シナリオ詳細
水面に立つ少女
オープニング
●湿地にて
それは、とある夜の事。
木の梢で微睡んでいた鳥達は、突然響いたソレに悪夢の楔から解放された。
農夫姿の若者達。湿地の泥に塗れ、這々の体で逃げていく。
一人が、何かを確かめようと振り返ったその時。
再び響き渡る裂声。竦み上がる。
忘我は一瞬。先にも増した勢いで逃げて行く。その姿が霧の向こうに消えると、暗がりから出て来る人影が一つ。
青年。昏い眼差しで若者達が逃げ去った方向を一瞥すると、満ちる霧の奥へと歩み出す。視界など利くはずもないその中を、少しも戸惑う事なく。
やがて霧は途切れ、顕になる空間。
煌々と落ちる月明かりの下。広がるのは、緑に濁った水を湛える沼。繁茂した藻や水草のせいか。青臭い空気が立ち込める。
本来であれば酷く不快である筈のソレ。彼は意にも介さず、ただ見つめる。蒼い月明かりの下、揺れる水面。抱かれ、揺り籠の様に揺れる一つの骸。
何も映さない眼孔と、穴蔵の様にポッカリと開いた口。満たし溢れる沼の水が、コポリコポリと音を鳴らす。若い顔。先刻逃げ去った、若者達の仲間。断末の表情を冷ややかに見つめ、ボソリと呟く。
「……有り難く思えよ。今宵が、お前一人で終われる事を……」
答える様に、静かだった水面がゴポリと泡立つ。不自然に蠢き、伸び上がる。
何本も。何本も何本も何本も。
無数の水蛇に絡まれた骸が、トプンと沈む。深々と広がる波紋を遺して。
見送る男。ブツブツと。
「本当なら、此れじゃすまない。貪欲な『アイツ』が、収まる道理がない。『お前』のお陰なのに。全部、全部。なのに、なのに……」
怨嗟。
血走った目が、上を向く。
「なあ……エリサ……」
そこにいたのは、綺麗な少女。
否。
少女の姿をした『何か』。
白い死装束を纏った姿が立つのは、揺れる水面。
肌は青い程に白く、足元に届く髪は沼を染める藻の色。ぐっしょりと濡れそぼり、パタリパタリと小さな水輪を周囲に描く。
「エリサ……」
男は呼びかける。先までとは違う、悲哀に満ちた声。
「待っていてくれ。もう少し、もう少しだ。お前を、解放出来る。だから、だから……」
聞こえたのだろうか。俯いていた少女の様なモノが、顔を上げる。髪の隙間から覗く瞳は蒼。光なく、深淵の如くドロリと濁る。
もう一度呼びかけようとしたその時、少女の周囲が再び泡立つ。
一つだけではない。
湿地の彼方此方で、同じく泣き始める水泡の音。
少女が、口を開ける。大きく。大きく。断末魔のソレの様に。
「エリサ!」
叫ぶ。
「待っていてくれ! 必ず、必ず!!」
響き渡る、絶叫。
深層まで掻き毟るソレにかき消されながら、青年は叫ぶ。
――助けるから――と。
●ギルドにて
「と言う感じなのです」
依頼書を読み上げ、『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)はやれやれと溜息をついた。
「現場は村では古くから禁忌扱い。人が近づかない様になっていたのですが、そこの領主さんが突然『湿地を開拓して農地にする。厄介な沼を開墾した者には、特に報酬を弾む』とか言い出したそうです。古い人達は反対したんですが、乗り気になった若い方達が……」
曰く、最初に踏み込んでいった若い三人組。その一人が犠牲になった。這う這うの体で逃げ帰って来た二人が伝えた事。
辿り着いた、最奥の沼。
手始めに崩した、何かの石陣。
途端、変容した空気。
気が付くと、水面に立っていた見知らぬ少女。
蠢く水。
周囲から聞こえる、泡立つ音。
断末の声。仲間。
劈く絶叫。少女。
引き裂かれる精神。
無我夢中で逃げた先。
戻らぬ、一人。
髪が白くなる程に怯えた彼らから話を聞いた村人達は、改めてかの湿地を禁忌と定めた。
けれど、全ては遅く。以来、夕刻過ぎにかの湿地の近くを通る者が消える様になった。消える者は、一日につき常に一人。二人以上が消えれば、必ず一人は帰される。そして、一人は決して帰ってこない。
戻った者達は、口を揃えて言う。
呼ばれたと。
綺麗な少女の声に。
追われたと。
怖ろしい少女の絶叫に。
かくて、村人達は確信する。
――目覚めさせてしまったのだと――。
「話から察するに、『ルサールカ』でしょう」
『ルサールカ』。水で死んだ処女が変ずる、水魔。確かに死の経緯によっては人を招く事もあるが、そんなにも多数の犠牲者を出す程に邪悪なモノだったろうか?
「人柱、だそうですよ」
疑問を察した様に、ユーリカは言う。
「随分昔の話ですが、件の湿地には元々『ヴォジャノーイ』が巣食っていた様ですね。ソイツがあんまり悪さするんで、身寄りのない女の子を人柱にして封印を施したそうです。もう少し、やりようあったでしょうに」
今よりも技術が拙く、人命が軽かった時代。珍しい話ではない。
もっとも、安易である事に変わりはないが。
「普通に考えて、そっちの元凶さんも復活してますね。恐らく、件の娘さんはソイツの僕にされてるんでしょう。元凶さんをやっつければ、娘さんは解放されるのがこの手の事例のお約束ですが……」
報告書の向こうから覗く目が、クスリと笑む。
「ソコは、お任せするのですよ」
ああ、成程。
理解し、確認する。
依頼者は?
「発端の領主さんです。報酬の心配はないですね。で、話ついでに何でそんな阿保な事言い出したのか訊いてみたんですが……」
声に、剣呑な響き。答え次第では、一発ぶん殴るつもりだったんだろうな~とか思う。
「何でそんな事言ったのか、覚えてないそうです」
思わぬ言葉に、ポカンとする皆。
「何か、寝てる時に男の声が聞こえてそれから……とか? 色々突っ込んでみましたけど、嘘ついてるようでもなかったですしね~。ふ~む?」
そこはかとなく薄ら寒い風が、皆の間を通って抜けた。
- 水面に立つ少女完了
- GM名土斑猫
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年07月27日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●霧
黄昏に染まった霧が視界を満たす。空気は湿り、喉に絡む。
「どこにでもある様な、なんて一口に行ってしまうのは簡単だけれど、悲しいお話ね」
『白き寓話』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)が呟く。
「出来る事はやるし、解決は当然目指すけれど。果たして、良い結末は迎えられるのかしら?」
「なんともまぁ……哀れな話よの」
合の手を入れる、『特異運命座標』白妙姫(p3p009627)。
「か弱い女子を犠牲にして解決を図ろうなどと、酷いものよ」
軽い口調に咎める視線。少しだけ肩をすくめ。
「当然、本心じゃよ?」
などと言ってクスリと笑む。
「やる前に諦めるのもよろしくはないと思うし、頑張りましょう」
と、『「Concordia」船長』ルチア・アフラニア(p3p006865)が足を止めた。
「気づいてる?」
「無論」
「――――」
『斧鉞』玄界堂 ヒビキ(p3p009478)と『―――』『―――』(p3p009789)が振り返る。
こちらを見つめる、青年。
いつの間に。
「……?」
『恋する探険家』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)の脳裏を、妙な既視感が過ぎる。
思考を巡らす傍らで、『ハイテンションガール』郷田 京(p3p009529)が声掛ける。
「村の人? 危険だよ?」
答えは、ない。
「……様子が変ですね」
『永久の新婚されど母』マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)が首を傾げる。
「待って」
ヴァイス。青年を凝視しながら、訊く。
「貴方、生きた人間じゃないのね」
万象万物と意思を繋げるギフト。真実を告げる。
「え?」
驚く皆の中、フラーゴラの記憶が探り当てる。
昼間、村で少女の事を調べて歩いた。
見つけた姿絵。彼女の隣りに、寄り添っていた人。
「エルリオ……?』
青年の目が、微かに揺れる。
「彼の事?」
頷いて、続ける。
「人柱の娘……エリサの恋人……」
再度の驚き。
――分かる、方が――。
エルリオが、答える。
「間違い、ない……?」
肯定。
僥倖だった。事は古く、役立つ情報は少ない。
「……話せる……?」
――その為に――。
即答。見回すフラーゴラに、皆が頷く。
「……エリサさんを解放したくない?」
――勿論――。
「なら、手伝って欲しい。情報もあれば、教えて……」
――ええ――。
曰く。
――この周辺は、作物が良く育つ――。
――主たる『ヴォジャノーイ』の狩場――。
――村人が幾人も――。
――移れる地はなく――。
――鎮める、手段は――。
憎悪。悲しみ。負の想い。
「私も、訊いて良い?」
ヴァイス。
「何をどうするつもりなのか、何故そうするつもりなのか……。後は、そうね。この戦いを私達が終わらせた後、どうするつもりなのか、とか。聴きたい事は多いし、少なくとも終わらせるつもりがあるのなら、幾らかお手伝いしてもらっても良いわね。けど……」
二色の瞳が、細む。
「……何か邪魔するつもりなら、出来るだけ穏便に……?」
穏やかな圧。けれど、揺れない。
――僕は、エリサの『願い』の為だけの存在――。
――だから――。
「領主の枕元に立ったは、お主か?」
澱む空気を分けて、白妙姫。
「お主が領主の枕元に立ち、わしらを使うようにそそのかしたのではないか。と踏んで居る。少なくとも、わしはのぅ」
強張る気配。皆が、思っていた事。
「お主、ぼじゃのういを倒し、あの娘を解き放つためにわしらを呼んだのではないか? その為に……」
視線が、集中する。
――そうです――。
「アッサリしとるのぅ」
簡単に返った答え。苦笑する。
「分かっとるのか? 肯定すると言う事は、お主がぼじゃのういとやらを呼び起こした張本人と言う事じゃ。つまり、此れまで犠牲になった者達は……」
――それが――?
先以上にアッサリと、空っぽな答え。
――言ったでしょう――?
――今の僕は、エリサの『願い』の為の妄執――。
――それ以外は、些事――。
――成就の為の、道具・手段です――。
――勿論――。
――貴女達も――。
微塵の、躊躇もなく。
「うわぁ……」
「正しく、『怨霊』だな……」
警戒するルチアとヒビキを一瞥し、初めて表情を表す。酷く酷く、歪な笑み。
――だとして、どうします――?
――ヴォジャノーイは黄泉帰っている――。
――放っておけば、次々と――。
――エリサが、抑制していますが――。
――さて――?
歪んだ笑顔に、溜息をつくルチア。
「タチ悪いねぇ……。まるで悪魔だよ」
「恋心は魂を狂わせるからのぅ」
ふむと頷いて、マグタレーナに視線を向ける白妙姫。
「どうじゃ?」
「……嘘の気配はありません」
超聴力で探っていた彼女が、穏やかな声で答える。
「じゃろうなぁ……。で、どう思う?」
問われ、思案し、紡ぐ。
「……エリサさんを解放する事で、わたくし達と彼の思惑は一致している筈ですし……」
閉じた視界の向こう、憎悪の果てに濁った魂。成れの果て。
「そこは、過去の悲劇と彼の怒りと悲しみに寄添う所です。ただ、生贄による犠牲が出ているのも事実ではありますしね……。仕方がない……とは申しませんが、止むを得ない事情は汲んであげたい所です……」
複雑な胸の内を聞きながら、今度は他の者へ。
「皆は、どうじゃ?」
「どうもこうも、ここまで来て放り出す訳にはいかないよ」
「ふむ……生贄など憐れな話であるが、まずは死者を縛る穢れ者は成敗せんとな」
「ワタシはそんなにいい子じゃない……。今日もこれはたくさんある仕事のひとつ。それがハッピーエンドなら……気分が良くない?」
「どっちみちヴォジャノーイってのは人食いなんでしょ? だったら倒しとかなきゃね。これ以上犠牲が出る前にさ?」
『決まりじゃな』と言うと、エルリオに向き直る。
「聞いての通りじゃ。まあ、言い様ともかく本心ぶっちゃけた点は信用出来るしな」
喜びの顔も、悪意に染まったまま。『そう言う存在』。拘る意味なしと判断し、話を進める。
「ならばもう一つ協力せい。件の娘の『絶叫』とやらを収められぬか? 大分やっかいそうじゃ。ソレさえなければ、随分と楽になろう」
少しの間。
――今のエリサは、精霊に近しきモノ――。
――意が届くかは、不明ですが――。
「十分じゃ」
話は終わり。次々と踵を返し、進み始める。
けれど、佇むままのエルリオに呼びかける者が。
「やっぱ未練かしらね?」
京が、切符の良い声で呼びかける。
「アナタの魂胆は正直わからない。復讐かしら? それとも、ただただ人柱の彼女を救いたかっただけ? ま、どっちでもアタシは構わないよ」
見つめる青年。届くのだろうか。
「どうであれ、アナタが求める彼女は救う! アタシってば、幸薄い女の子とか見過ごせないのよね!」
グッとサムズアップして、ニカッと笑う。立ち止まっていたヴァイスも、囁く。
「……貴方が良き人であるのなら、その方が私たちも嬉しいわ」
少し痛く感じたのは、救いだろうか。
遠ざかっていく一行を見つめる青年。ふと気づく。
殿を歩く、『―――』。肩越しに届く、視線。
受け止めて、小さく呟く。
――お仲間も、言っていたでしょう――?
――『そんなにいい子じゃない』と――。
皮肉気な、微笑。
――そうですよ――。
――村の連中も――。
――貴女達も――。
――そして――。
――俺『達』も――。
最後の呟きは霧に溶け。
消えた彼の姿を見送って、『―――』は皆の後を追った。
●水魔
「ここか……」
抜けた霧の先。広がった沼に、ルチアが呟く。水面は一面の藻に覆われ、青臭い匂いが濃く漂う。
否、感じる異臭はそれだけではなく。
「……腐臭、だね」
顔をしかめる彼女の横で、ヒビキも頷く。
「ヴォジャノーイは人を身に溶かして喰らうと聞いた。ユリーカからの情報によれば、この沼の水は全て彼奴の身体。と言う事は……」
誰かが、軽くえづく。
「……あまり、浸かりたくはないのぉ……」
苦笑した白妙姫の横で、マグタレーナが顔を上げた。
「……皆さん」
沼の中央。揺れる水面の上、立つ姿。
ずぶ濡れの少女。
風の揺らぎも。水の跳ね音も。何の気配も、無かったのに。
「……出たよ」
「……エリサさん、よね?」
京の呟きと、ヴァイスの呼びかけ。反応はない。関係ない様に、俯いていた顔が上がる。
綺麗な顔。
空っぽの顔。
哀しい、顔。
瞬間、響き渡る叫び。裂く様な怖気。
「は……はぁっ!」
気付いたルチアが見回せば、同じ様に荒い息を吐く皆と離れた所に映る沼。
「大丈夫!? 皆!」
「大丈夫、ですが……」
超聴力のお陰でより酷い目に会ったマグダレーナが頭を振る。
「今のが『絶叫』か?」
「吹っ飛ばされた訳じゃないね……。アタシら、自分の足で逃げたんだ」
「逃走本能を呼び起こす、精神干渉……」
各々が気合を入れ直し、震えの残る足を叩く。
そう、真の敵は彼女ではない。
音が鳴る。何処かで。
「―――さん!」
マグダレーナが叫ぶ。―――の背後、小さな水溜まり弾ける。飛び出してきたのは、蛇とも鰻ともつかない、濁水の塊。悍ましくのたうちながら、―――を絡めようと躍りかかる。
「させない……」
ロケットボーイの加速で割り込んだフラーゴラが、ライオットシールドで弾く。水の蛇はあっけなく水滴と散り、地に落ちる。落ちた水滴は蠢き、近くの水溜まりへと戻っていく。
「――――」
「お礼は後……まだ来る……」
―――の謝意にそう答え、身構える。
沼の周辺に点在する大小の水溜まり。その幾つかが弾け、水の蛇を次々と吐き出す。そして――。
「……おい……」
取り囲む水蛇を警戒するヒビキと京に、沼を見つめていた白妙姫が囁く。
「出おったぞ……」
佇むルサールカ。その背後に、何かが。
伸び上がる身体は3m弱。項巨大な頭部は蟇蛙。濁ったその身は泡立ち、沼に溶ける様に広がる中に無数の人骨が漂う。
『ヴォジャノーイ』。悪しき水の化生。
ゲボゥと鳴いた大口から垂れる粘液が、僕たる彼女をしとどに濡らした。
「コイツは何とも……悍ましいモンじゃなぁ」
苦笑いする白妙姫の横で、ヒビキが曲刀を抜き放つ。
「力づくは効かんそうじゃぞ。何ぞ、策はあるか?」
「知らん、俺は斬ることしか出来ん」
「お~い」
「傷は作れずとも、効能は通るかもしれん。試みて見よう」
「効かんかったらどうする?」
「致しようもない。せめて倒れない様にしよう」
言って走り出すヒビキ。ちょい待てやと止めかけた横を、続く様に京が駆け抜けていく。
「あ、コラ!」
「要はただの物理じゃなけりゃいいわけね! おっけー、プラウドキックの出番だぜ!」
やる気満々でぶっ飛んでいくハイテンションガール。落ち着けステイの声なぞ、先の方に増して届きやしない。
「ぶっ飛ばしてやるから覚悟しろー、あっはっはー!」
「あの脳筋共……。まあ、とにかくやらん事には始まらないのは確かか」
米神を押さえながらも気を取り直し、同時に抜き放った朧月夜を一閃。
剣魔双撃。
魔力を帯びた斬撃が、絡みつこうとした水蛇の首を断つ。弾けた蛇はバシャリと落ちて、そのまま消えた。
「ふむ」
ニヤリと笑む白妙姫。
「行ける様じゃなぁ」
突貫した仲間の勘の良さに、感謝する。
静かに目を閉じるヴァイス。展開する摂理の視。全てを見通す視座が、霧の中を這い寄る蛇影を的確に捉える。
AKA、発動。
顕現した彼女の可能性達が、水蛇達を打ち据える。虹色毒果実の毒に侵され、のたうつ蛇達。
「何なりと、助けになれば良いけど」
そう呟いて、白き寓話はまた可憐に舞う。
「ちょっと、失礼させていただきます」
ぬかるむ足場を避けて、ジェットパックで簡易飛行を発動するマグダレーナ。高みから、鎌首をもたげる蛇を射抜く。
ダーティピンポイントで感電する蛇。動きが鈍った所を見計らい。
「はい、オマケ」
歪曲のテスタメント。石化した水蛇を、ルチアが砕く。
ガッツポーズを取る彼女に、マグタレーナは微笑んで応じた。
「分体の方は、抑えられてる……。ワタシ達も、本体へ……」
「――――」
沼へと踏み込んでいくフラーゴラと―――の横で、沼水を爪先で突きながら困った顔をする白妙姫。
「この水、な~んか健康に悪そうなんじゃよなぁ。あんまり、触りとうない……」
「言ってる場合じゃない……」
フラーゴラのツッコミに頭を捻り、辺りを見回す。見つけたのは沼の中に点在する岩。
「何じゃ、良いモノがあるではないか」
小柄な身体が、トンと浮く。跳躍。胡蝶の様に舞い、岩の一つにフワリと降りる。うむと頷き、次の岩へ。
「お先に~」
ポンポンと跳び渡り、そんな軽口と共に追い越していく白妙姫。そんな彼女に『調子良い……』等とぼやくフラーゴラ。―――もウンウンと相槌。
「ワタシ達も、急ごう……」
言って、ロケットボーイを点火するフラーゴラ。―――も頷き、それに倣う。
威しい爆音が、静寂を散らした。
「ちぇい!」
裂帛の気合と共に一閃する曲刀。一刀両断。縦に断ち割られたヴォジャノーイは、けれど瞬く間に元に戻る。嘲りの哄笑を聞きながら、舌打ちするヒビキ。そのまま大口を開けて覆い被さろうとするヴォジャノーイの後頭部を、飛んできた京のプラウドキックがぶち抜いた。そのまま着地する彼女に、ヒビキが礼を言う。
「すまん」
「良いって事! それより……」
見上げる先には、蹴り砕いたヴォジャノーイ。飛び散った水滴が集まり、失った形を再生する。けれど、完全ではない。形を成し切れず、泡立つ顔で苦悶する。神攻を纏った一撃が、確かに通っていた。
「よっしゃぁ!!」
会心の笑みで拳を打ち合わせる。
「成程、ならば!」
再び突っ込んでいくヒビキに続こうとした京が、ふと立ち止まる。少し離れた沼の中央。佇んだままのルサールカ。何に反応するでもなく、ただ人形の様に。
少しだけ眉を潜め、改めて向き直る。睨みつける、元凶。
「アナタってば、どうして彼女一人で大人しくしてたのかしら? もしかして、女の子が好みなの? だったら、ここにとびきり可愛い子が居るよ? まあ、ただで捕まってやったりしないけどね!」
思いっきりぶつける啖呵。紫電一閃で傷を負ったヴォジャノーイが、忌々しげにゲボゥと泣いた。
●――終わり――
大勢は決しつつあった。
弱みを知られたヴォジャノーイはヒビキと京によってジリジリとダメージを蓄積し、そこに追いついた白妙姫・フラーゴラ・『―――』が連携に加わる事によってさらに分を悪くした。
オーバーザリミットを加えたバーストストリームが眉間を弾き。
ソニックエッジが凍てついた身体を削る。
水蛇の抵抗は落首山茶花で惑わされ、剣魔双撃で落される。
苦しむヴォジャノーイの喉が膨らむ。吐き出される、濃緑の気体。不意を受けた皆が咳き込む。
「毒気か!?」
悟った皆の背中が、泡立つ。視界の端、ゆっくりと面を上げるルサールカ。
絶叫。
「こんな時に!」
「おいコラ小僧! 何やっとんじゃ!?」
白妙姫が八つ当たり気味に喚いた瞬間。
――エリサ――。
声が、聞こえた。
――叶うから――。
――もう――。
――良いよ――。
零れる涙、一つ。
止まる、怖気。
沈黙したルサールカの横を、誰かがすり抜ける。
「ありがとう……」
射抜かれた身体が石に縛られ。
「悲しい晩餐は今夜でお終い」
せめてもの毒禍は輝きに散らされ。
「人を多く喰らったのだから、その人に討たれるのも道理よね。だから……」
見上げた夜天。末期の月に、純白の夢。
「大人しくして頂戴な」
叩き込まれた連撃が、極濁の悪夢を鮮やかに散らした。
●――答え合わせ――
(何かを救う為に何かを犠牲にする。それは侭ある事)
声ではない。それは音。けれど、確かな意味を持って意思を伝える。
(しかし、何かを犠牲にしなければ救えなかったのか?)
佇む『―――』。見据える夜闇の先で、気配。
――それは、僕に向けて――?
――それとも、村の皆――?
嘲る声。何の意味がと。
無垢な悪意。それでも、けじめは。
(貴方は罪を犯した。あの娘には、会わせない)
――構わない――。
思わぬ返し。驚く。
――僕はエリサの願いの為に在る――。
――願いは成された――。
――だから、良い――。
(願いとは何? 解放される事?)
かけられた問い。笑う気配。
――『いい子』じゃない――。
――僕も――。
――エリサも――。
『ありがとう、見知らぬ方々。これで私の、願いは成る』
言葉を失う皆の前で、綺麗になったルサールカが笑う。
エリサだった、モノが笑う。
『嫌いだった。大嫌いだった。一人になった私を虐げ、挙句に贄に仕立てた村の人』
揺れる緑の瞳。もはや、人に無く。
『だから、仕掛けた。あの子と。少しだけ好きだったあの子と』
水魔の縛りが解けた姿。まるで。
『僕となって、私はルサールカになった。『アレ』と同じ、水魔』
水の色。澄んでいく。彼女と同じに。侵されて。
『此処は水魔の地。ソレが統べるが理。空座となれば、次の水魔がこの地を統べる』
意を察した皆が、息を飲む。
『そう、私は此の地の主になり替わった』
破顔。綺麗に、恐ろしく。
『私は、人は喰わない。何もしない。けれど、村の人の命は思うがまま。どうにでも』
笑う。笑う。嬉しそうに。悲しそうに。
『十分。それで、十分。私の、復讐』
ひとしきり笑うと、愛しげに皆を見る。
『ねえ、優しい方々。私は厄を成さないけれど、魂は変ずるモノ。いつか私が変わってしまって、新しいヴォジャノーイになってしまったら……』
また一つ、新しい願い。
『その時は、私を殺してくださいな』
沈黙。やがて、誰かが絞り出す様に。
『御免だ』と。
聞いて、彼女はまた嬉しそうに。
酷く、嬉しそうに。
――嘘吐き――と。
遺して、沈む。
『―――』は立ち尽くす。
ただ、立ち尽くす。
哀れな想い。怖い想い。
朽ちて消えた、闇の奥。
何処か何処かで、水の音。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
こんにちは。土斑猫です。
初めてのお話、如何だったでしょうか?
拙い出来ではありますが、多少でもお楽しみいただけたのなら幸いです。
この度は、誠にありがとうございました。
次のお話も、ご縁があらばどうぞよしなに……。
GMコメント
初めまして。
今回、初のGM業務となる土斑猫(まだらねこ)と申します。
楽しい物語をお届けするために頑張りますので、よろしくお願い致します。
●目標
湿地帯に救う水魔の無害化。
『ルサールカ』と『ヴォジャノーイ』の二体の水魔が存在します。形はどうあれ、結果的に双方撃破あるいは無害化出来れば成功となります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
想定外の事態は多少起こる可能性があります。
●ロケーション
現場の湿地帯に到着する頃は黄昏です。
二体の水魔は、湿地帯中心の沼にいます。
湿地帯は全体的にぬかるんでおり、足場は非常に悪いです。水魔の沼の周辺にも、大小多数の沼があります。
周囲は霧が満ち、薄闇と合わさって視界が悪いです。
こちらが沼に近づくと、まずはルサールカが現れます。1R経つと、背後に隠れる様にヴォジャノーイが現れます。出現地は共に沼の中心。沼の深さは、平均的な成人男性が直立してようやく頭が出る程です。
周囲には灌木や岩があり、流木が浮いています。足場にする事が可能です。
●敵
『ルサールカ』×1体
華奢な少女の姿をした水魔。元は『エリサ』と言う村娘でしたが、ヴォジャノーイの枷とする為に人柱にされました。以来、ヴォジャノーイの僕となりつつ、暴走を抑えています。
生前、恋人がいました。その恋人も、現在は故人です。
沼の中心に現れ、移動する事はなく、襲って来る事もありません。
幽体と水の中間の様な存在で、物理攻撃は全て無効となります。
1ターンに一度、フィールド全体を射程に収める『絶叫』を放ちます。
ダメージ効果は無し。
防御可能。
現在地より20M、外側に弾かれます。湿地帯の外へ弾かれると脱落になります。
体力が半分以下になっていた場合、『混乱』を付与します。
自身より前にヴォジャノーイが倒された場合、呪縛から解放されて撃破せずとも無害化します。
『ヴォジャノーイ』×1体
元凶。カエルとアザラシの中間の様な姿をした水魔。邪悪な人喰いで、人間を沼に引きずり込んでは丸ごと消化・同化してしまいます。ルサールカの力によって獲物を引き込んでいますが、同時に彼女が絶叫で獲物を追い返してしまうため、一日に得られる獲物は一人に制限されています。
スライムの上位種の様な存在で、性質は粘度の高い水そのもの。単純な物理攻撃は無効となります。
体は湿地帯の水場全てに通じており、周囲に点在する沼から蛇状の分体(1ターンで最大6匹)を伸ばして攻撃してきます。
戦闘方法は以下。
・締め付け:分体が使用。物至単にダメージ。
・咬み付く:分体・本体共に使用。物至単に大ダメージ、毒。
・毒気:本体が使用。物遠扇。ダメージは無し。猛毒。
●NPC
『謎の青年』
時折姿が見え隠れします。
戦闘には介入してきません。
※NPCの青年がどの様な存在かは、オープニングを読んで頂ければ大体察せられるかと思います。コンタクトを取って見る等すると、ある対象に対して影響ある行動をとる可能性があります。
その他、色々なアクション歓迎します。可能な限り拾い上げますので、皆様の可能性を見せて頂ければ幸いです。
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