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シナリオ詳細

アドラスティアの聖銃士。或いは、逃亡のサンディ・カルタ…。

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●2人
 白かったはずの外壁は、埃と泥で黒に塗れた。
 荘厳かつ重厚な大扉は、外れて地面に転がっている。
 規則正しく並んだ長椅子には埃が積もり、足元には砕けたステンドグラスの破片が散らばっていた。
 割れた天窓から差し込む光が、床の一部をスポットライトのように明るく照らしている。
 聖教国ネメシスの首都フォン・ルーベルグから、幾分離れた海沿い。
 独立都市・アドラスティアの外れに建っている廃教会。
 潜入調査へとやって来ていたサンディ・カルタ (p3p000438) が根城にしていたのがそこだった。
 教会の周囲にはスラム街が広がっていることからも分かる通り、その辺りはアドラスティアでも一等治安の悪い場所だ。
 中央部から離れているということもあり、潜入時の拠点として利用するには適した場所であるだろう。
 その日もサンディは、スラム街での調査を終えて拠点へと無事に帰還した。
 雨や風は吹き込むし、埃やカビの臭いも強い。
 天井の一部が崩落していることもあり、廃教会の住環境は決して良好なものではない。
 けれど、スラム街の出身であり、その後は盗賊を生業としていたサンディにとって多少の住環境の悪さなど些末な問題であった。
 壁と屋根があり、身を隠して横になれるスペースがあればそれで充分、その場所は“住処”となり得る。
「……うん? おい、誰だ、そこに隠れているのは」
 教会内部、中央付近で足を止めたサンディは壁際にある懺悔室へと視線を向けてそう告げた。
 沈黙は数瞬。
 返答の意思はないとみて、サンディは愛用の弓に1本の矢を番えた。
 キリ、と弦の張る音が鳴る。
 矢の先端を懺悔室へ向け、サンディは視線を鋭くする。
 命まで奪う気はないが、矢傷の1つでも与えられれば潜んでいる何者かの口も多少は軽くなるだろう。

「わっ!? 待って待って! 今のところ、敵対の意思はないのよ!」

 サンディが矢を射るよりも僅かに速く、懺悔室から白い衣服の女性が1人飛び出して来た。
 銀の髪に、白いコート、三角錐の形をした白い帽子を被った女性だ。
 歳のころは20代前半といったところか。
 腰に吊るしたホルスターには、銀の拳銃が収められている。

「下がってろウェスティ。短期な野郎だ、いつ射ってくるかわかんねぇぞ。こういう手合いは、口と脳より暴力で会話したがるもんだ」

 さらにもう1人。
 褐色肌に銀の髪色をした青年が現れる。
 ウェスティと呼ばれた女性を庇うように前に出ると、両の腿に収めた銃へ手を伸ばす。
 その形状から、2人の持つ銃が魔力を弾丸として放つ類のものであることが分かった。
「……アドラスティアの大人か。マザーやファザーと呼ばれている連中とは、少し異なった雰囲気だな」
 弓に矢を番えたままの姿勢でサンディは言う。
 その言葉を受けて、ウェスティと呼ばれた女性は口元ににぃとした笑みを浮かべた。
「えぇ、私たちは聖銃士。私がウェスティ・カルートで、彼はサタディ・ガスタよ」
「おい、ウェスティ。わざわざ名乗ってやる必要なんかねぇよ。さくっと手足を撃ち抜いて、連れて行こうぜ」
「駄目よサタディ。長い付き合いになるかもしれないのだから、出来るだけ仲良くなっておきたいわ」
 臨戦態勢を整えたサンディを前に、2人は気軽に言葉を交わす。
 まるで日常の一幕のような軽い口調。けれど、2人の視線は鋭くサンディの一挙手一投足を監視している。
「何の話だ? 長い付き合いになるかも、だと?」
「あ? 察しの悪い野郎だな」
「つまりね、サンディ・カルタさん。私たちは貴方を勧誘しに来たの」
「要するに、アドラスティアに来ないかってことだ。俺たちはアンタのことを評価してるのさ」
 銃の引き金に指をかけたままサタディは言う。
 サンディが断れば、彼は迷いなくその引き金を引くだろう。
「ここしばらく、スラムで調べものをしていたでしょう? 私たち、ちっともそれに気づかなかったの」
「随分上手くやるもんだ。感心したよ。敵として見ればおっかなくて仕方ねぇが、味方にできれば心強いって思ったぜ」
「……」
 2人の言葉を聞きながら、サンディは意識を背後へ向ける。
 自分の背後には教会の入り口。
 初撃を凌げば、脱出も可能だろう。
「俺を売った奴がいるのか。或いは、スラムの中に協力者でも飼っているのか?」
「知りてぇか? 俺たちと一緒に来れば……」
 と、サタディが台詞を吐き終わるよりも速く、サンディは弓の弦から指を離した。
 ひゅおん、と空気を斬り裂く音が鳴り響き、サタディの顔面目掛けて矢が疾駆した。
 サタディの姿勢が崩れるのと同時に、サンディは踵を返し走り出す。
 開きっぱなしの入り口から、教会の外へ飛び出して……。
「な……」
 そこにいたのは、6本腕の巨大な人影。
 否、蟲の形をした人間とでも言うべき姿の怪物……聖獣と呼ばれる人造のモンスターだった。

●仄暗い地下水道
 長く、痩せた胴から伸びる6本の腕。
 上下逆さに付いた女の顔に、口腔から覗く異様なほどに長い舌。
 白濁した虚ろな瞳にサンディの姿を映したまま、その怪物は身に纏った白い衣を引きちぎる。
 顕わになった白い背中には、幾つもの穴が空いていた。
 そこから這い出して来たのは、拳大の蠅に似た魔物だ。
 10を超える蠅の魔物がサンディへと襲い掛かる。
 サンディはそれを回避し、時には矢で撃ち落としながら逃走を図った。
 サタディの放つ魔力弾が、サンディの肩を撃ち抜いた。
 バチ、と空気の爆ぜる音。
 電気の性質を有する魔弾であったのだろう。
 【感電】したサンディは、痺れた肩を抑えながら転がるように教会の庭を駆けていく。
 次いで、サタディが放ったのは【業炎】と【氷結】の性質を有した魔弾である。
「っ……蠅の方は【暗闇】や【封印】の付与。女の方は回復役か」
 逃げに徹しながらも、サンディは冷静に敵の戦力を分析する。
 どうやら2人と1体は、サンディをアドラスティアから逃がすつもりはないようだ。教会から、アドラスティアの外へと通じるルートを封鎖するように、無数の蠅が飛び回っている。
 魔弾や蠅の猛攻を回避するうちに、気づけばサンディはスラムの入り口付近へと追い込まれていた。
 数とは力だ。
 サンディがいかに鉄火場に慣れていようとも、3対1ではいかにも不利が過ぎるだろう。
 ましてや、うち1体は聖獣だ。
「確か、俺以外にもイレギュラーズが潜入しているはずだったか……」
 なんて。
 そう呟いてサンディは、スラムの下水へ身を投げる。
 仲間たちと合流することが出来れば、数の不利は覆せる。
「逃げるか。少しぐらいは痛手を与えたいところだが」
 まずはこの場を切り抜けてからだ。
 そう判断したサンディは、濁った水の底へ潜った。

GMコメント

※こちらのシナリオはリクエストシナリオとなります。

●ミッション
アドラスティアからの脱出および聖獣“ゼブブビュート”の討伐

●ターゲット
・ウェスティ・カルート
https://rev1.reversion.jp/illust/illust/33362
サンディを勧誘するべく現れた女性。
直接の戦闘よりも、魔導銃による体力、BSの回復を得意としている。
※サンディの潜入調査の手腕を買っているらしい。

・サタディ・ガスタ
https://rev1.reversion.jp/illust/illust/33361
サンディを勧誘するべく現れた青年。
穏やかな気性のウェスティに比べ、荒っぽい性格をしていることが分かる。
魔導銃による威力の高い魔弾の発射を得意とする。
サタディの操る魔弾には【感電】や【業炎】【氷結】の状態異常が付与されている。

・ゼブブビュート(聖獣)×1
人のそれより長い胴から、6本の腕が生えている。
その背には幾つもの穴が空いており、そこから拳サイズの蠅を産み出す能力を持つ。
産み出された蠅は戦闘のほか、索敵にも利用されるようだ。
蠅を使った攻撃には【暗闇】や【封印】の効果が付与されている。


●フィールド
アドラスティアの外れ。
スラム街の中心部。
南、西方向からアドラスティアを脱出できる。
北、東へ進めばアドラスティアの中心部へと近づくことになる。また、北、東方向にはアドラスティアの兵士たちが多く警備にあたっている。
スラムにはテントやボロ家が並んでおり、また幾らかの住人が暮らしている。
住人たちは生きることに必死であるため、条件次第で味方に付けることもできるが、敵に回ることもあり得るだろう。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • アドラスティアの聖銃士。或いは、逃亡のサンディ・カルタ…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年06月30日 22時05分
  • 参加人数6/6人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)
泳げベーク君
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
※参加確定済み※
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
ティスル ティル(p3p006151)
銀すずめ
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

リプレイ

●アドラスティアのスラム街
 饐えた匂いが鼻を突く。
 トタンや木っ端を寄せ集めた小屋を撃ち砕きつつ、1体の怪物が通りを駆ける。
 それは、6本の腕を蜘蛛のように蠢かせ地面を這う女であった。
 上下逆さに付いた頭部に、だらりと垂れた長い舌。
 背に空いた無数の穴からは、粘液に濡れた拳サイズの蠅が飛び出す。
『ニオイ……ニオイ、お前……ノ、ニオイ、覚えた』
 ぶつぶつと、蠅を産み出す異形の怪物……ゼブブビュートは同じ言葉を繰り返す。
「な、なんだあいつ!!」
「バケモノだよ、見れば分かるだろ!」
「逃げるんだよぉ、見てないでぇ!!」
 ゼブブビュートを目にするなり、スラムの住人たちは悲鳴を上げて逃げ出した。
 しかし、四方へ散らばる貧民たちには目もくれず、ゼブブビュートはただまっすぐに己の獲物を追い続けている。
 ゼブブビュートの獲物は、緑衣を纏った男だ。
 その男を捕まえ、連れ帰ること。
 それがゼブブビュートに与えられた命令だ。
『ニオイ。モウ、逃げられナイ』
 ゼブブビュートは、1度男を見失っている。
 けれど、男の居場所は自身の分身たる蠅たちが見つけてくれた。
『ニガサナイ。今度こそ』
 ゼブブビュートが脚を止め、濁った瞳に緑衣の男の姿を映す。
『行け』
 その一言を合図とし、数体の蠅が男へ向かって弾丸のごとく飛翔した。
 飛び散る木っ端を撃ち砕き、逃げ遅れた貧民の腕を抉りながら飛んだ蠅たちは、あっと今に男の背へと追いついた。
「っぐ⁉」
 2体、3体と男の背へと蠅が着弾。衝撃で、男の体は薄汚れた地面を転がった。
「……ったぁい。後ちょっとなのに」
 血の滲んだ額を押さえ『幻耀双撃』ティスル ティル(p3p006151)は身を起こす。一瞬、追いかけてくるゼブブビュートへ視線を向けて、再び彼女は駆け出した。
 濁った川に浮かんだ死体。  誰のものとも分からぬそれを一目見やって『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)はため息を零した。
「アドラステイアは閉鎖的な街だな。まるで狂気を煮詰めているようだ」
 スラム街の外れ。
 川辺に積まれた瓦礫の影に、イズマは身を潜めていた。
「潜入調査と聞いていたのですが、サンディさん何してたんでしょうね……いえまぁいいんですが」
チラと視線を頭上へ向けて、小柄な少年……『人外誘う香り』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)はそう呟く。
「あ、蠅……もしかして僕に寄って来てるんですかね?  だとしたら、いやな話です」
イズマ、ベーク、そして 『雨上がりの少女』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の3人は、ティスルが来るのを待っていた。
 近寄って来る蠅を髪で追い払いつつ、エクスマリアは通りの先へ視線を向ける。
「敵は恐らく、サンディ以外のイレギュラーズが潜んでいることを、完全には把握していない」
 イズマ、ベーク、エクスマリア、そしてこの場にいないティスルと『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)の5名は『横紙破り』サンディ・カルタ(p3p000438)の呼集に応じ、行動している。
 作戦の内容は、ゼブブビュートを討ち倒したうえで、アドラスティアを脱出すること。そのためにはまず、ターゲットであるゼブブビュートを孤立させる必要があった。
「あの歪な聖獣は放っておけないな。あれだけは討伐してから、脱出するぞ」
「聖銃士の方は……まぁ、サンディさんが何とかするでしょう」
 イズマとベークは言葉を交わし、視線をスラムへ向けたのだった。

 水路の蓋を持ち上げて、青緑色の瞳が覗く。
 下水道に身を隠しているリュコスの前を、拳サイズの大きな蠅が通過した。
「蠅ってくさそう……」
 なんて、囁くようにそう言って、リュコスは再び下水道へと戻っていった。

 命の価値は平等ではない。
 とくに、このスラム街に暮らす人間の命など、アドラスティアのマザーやファザーからしてみれば、路傍の石頃や実験動物と大差のないものだろう。
 例えば、飢えに苦しみ、身動きの出来ない子供がいても「あぁ、汚いな」で済ませてしまえる精神性の持ち主が、この都市には掃いて捨てるほど存在するのだ。
「……お腹、空いたな」
 道の端に寝ころんだまま、どれだけの時間が経っただろうか。
 数時間。
 或いは、数日かもしれない。
 痩せた体の少年だ。
 零した声はか細く、そして掠れていた。
「よぉ、お前、腹減ってんのか?」
 そんな少年の前に、1人の男がしゃがみ込む。
 赤茶の髪をした小柄な男だ。
 纏った衣装の感じから、少年は彼がスラムの住人ではないことを悟る。
「何……」
「何ってわけじゃないんだが、実は聖銃士様がスラムを視察に来るらしくってさ」
 なんて、言って。
 彼……サンディは少年の手にパンを2つと水の入った革袋を押し付ける。
「みんなでお出迎えしなきゃいけないからな。聖銃士様が来たら大声でスラムの皆に知らせてあげるんだぞ」
 よろしくな、と。
 そう言って、サンディはその場を立ち去った。

●サンディ・カルタの逃走
 ぶぶぶぶぶぶ、と音が鳴る。
 耳障りな蠅の翅音。
 視界にかぶるそれを手で打ち払い、ティスルはひたすら前へと走る。
 ティスルを先導するように、1羽の小鳥が飛んでいる。
「っ……!?」
 飛び散った蠅の体液が、ティスルの視界を黒に染めた。
 直後、背に走る痛み。
 蠅による攻撃を受け、ティスルの背骨がミシと軋んだ音を鳴らす。
 腕や脚にも血が滲む。
 額から流れた血が、頬から顎を伝って地面へと零れた。
 しかし、問題ない。
 走れるのだから、構わない。
「後、少し……」
 スラムの通りから、川辺へ跳びだしたティスルは迷うことなく進路を右の方向へ。
 仲間たちの隠れている区画まで、後数十メートルほどだろうか。
 けれど、しかし……。
『アッチ……ニオイが2つ』
 ピタリ、と。
 何かに反応し、ゼブブビュートが肢を止めた。

 ゼブブビュートは蠅を使って、サンディの臭いを追っていた。
 目の前を走る紫髪の女から、ターゲットの臭いがしている。
 彼女が獲物で間違いない。
 そのはずだった。
 けれど、川辺に辿り着いた時、ゼブブビュートはそれに気づいた。
 風に運ばれ、漂って来たその臭いは廃教会で出会った獲物のものだった。
 では、目の前を走る女は何だ?
 ゼブブビュートの迷いを体現するように、無数の蠅が周囲をがむしゃらに飛び回る。
『ニオイ……』
 濁った瞳を左右へきょろりと動かして、ゼブブビュートは体を捻る。
『あっちの方が……つよ』
「そっちは駄目、だよ」
 東方向へと視線を向けたゼブブビュートの顔面を、リュコスの爪が引き裂いた。

 不意打ちを受け、ゼブブビュートはその場に転倒。
 着地したリュコスは、視線をティスルへと向ける。
「Uh……けがとかは、だいじょうぶ?」
「だ、大丈夫! 後数十メートル、死ぬ気で運ぶよ!」
 そう言ってティスルは短剣を投擲。
 それはまっすぐ、ゼブブビュートの肩に刺さった。
 直後、ティスルの姿が消える。
「連撃型の意地を見せてあげる!」
 一瞬のうちに、ティスルの体はゼブブビュートの真横へと移動していた。細い脚を旋回させ、ゼブブビュートの側頭部へと鋭い蹴りを叩き込む。
 肩に刺さった短剣を引き抜くと同時、ゼブブビュートの体が跳んだ。
「F uh……てつだうよ」
 地面を転がるゼブブビュートの巨体へ向けて、獣のようにリュコスが跳んだ。地面を蹴って、距離を詰め、容赦のない一撃をその喉元へと叩き込む。
 さらに追撃とばかりに駆け出した2人は、けれど直後、無数の蠅に身体を強く打ちのめされる。
「うっ、また……」
「……痛い」
 2人が蠅を相手取っているうちに、ゆっくりとゼブブビュートは身を起こす。

 白い衣装の男女が2人。
 脚を止めて、慌てたように視線を左右へ巡らせた。
「どうなってんだ、これ」
「わ、分からないよ。分からなけど、絶対おかしいのは分かる」
「あぁ、ウェスティ。そんなこと、俺にだってわかるっつーの」
 スラム街の中央通りには、無数の孤児や貧民たちで溢れていた。
 彼ら、彼女らは怯えと歓喜を孕んだ瞳をじぃと2人へ向けている。中には2人を拝むものや、2人へ祈りを捧げている者さえいる始末だ。
「撃っちゃ駄目だからね、サタディ」
 そう言ったのは白い帽子の女性の名はウェスティ・カルート。
 褐色肌の男の名はサタディ・ガスタ。
 共に、アドラスティアに所属する聖銃士である。
「ようこそいらっしゃいました、聖銃士様」
「食料。食料はどこです?」
「あぁ、私たちも祝福を受けられるって、本当ですか?」
 口々に喚きたてながら、スラム街の住人たちが2人へと詰め寄って来る。
「さぁ、皆! 聖銃士様がいらっしゃったぞ!! こっちだ、こっち!!」
 どうやら彼ら彼女らは、誰かに扇動されているらしい。
「この声……あいつか! どっちに嫌がる?」
「わかんない! でも、人混みの向こうだと思う」
「なら、話は簡単だ」
 そう言ってサタディは、腰の銃を引き抜いた。
「待って! 撃っちゃ駄目だって!」
 それを見てウェスティは、慌てて相棒を抑え込む。
 そんな2人を一瞥し、サンディは人混みを離れ通りの奥へと逃げていく。

 それはまるで、地面を転がる黒い雲。
 否、“何か”に群がる拳サイズの蠅の群れだ。
「……こうなる気はしていました。えぇ、していましたとも、予定調和という奴です」
 地面を転がるようにして、それは蠅を引き連れ逃げた。
 蠅の群れを割って跳びだして来たそれは、1つの巨大なたい焼きだ。
「まぁ、うまく気を引けるならこの際飲み込みましょう」
 甘い甘味の香りを振りまき、転がるたい焼きの名はベーク。
 彼が蠅を誘き寄せているおかげで、仲間たちは何の妨害も受けずゼブブビュートと戦える。
 そう思えば、煩く不快な蠅の翅音も、身体を齧られる痛みも我慢できた。
「いい加減、人以外の相手の方が慣れてきたところですからね。虫けら相手は流石に初めてですが」
 なんて。
 ベークの零した呟きは、蠅の翅音に掻き消され、誰の耳にも届かない。

 姿勢を低くしイズマが駆けた。
 身体を斜めに傾けて、地面を滑るように加速する。
 きらり、と剣の切っ先にきらりと陽光が反射した。
「まずは動きを止めさせてもらう」
 力強い踏み込みと共に、イズマが剣を振り抜いた。
 ゼブブビュートの腕……とりわけ、肘を狙って放たれた斬撃が、その白い肌を深く抉る。
 関節を砕かれ、筋を裂かれたゼブブビュートが転倒。
 強かに地面を顎にぶつけた。
「次は……っ⁉」
 さらに追撃を加えようとイズマは剣を引き戻すが、それより速く射出された蠅によって胸部を打たれた。
 鳩尾に一撃をもらったイズマが膝を突く。
 血の混じった胃液を吐いて何度もむせるが、手から剣を離すことはない。
『……捕まえる。オマエじゃない』
 イズマを放置し、ゼブブビュートは背後を向いた。
 どうやらティスルを探しているようだ。
 しかし、先ほどまでに比べると格段に移動速度が遅い。腕の1本を斬られたことや、索敵に使う蠅の多くをベークに奪われていることが原因だろう。
「見た目にも、厳しい相手だ。早々に仕留め、脱出しよう」
 振り返ったゼブブビュートの脇腹を、一条の雷弾が撃ち抜いた。それを成したのはエクスマリアだ。
 紫電を放つ金の髪で体を覆い、球体を作った状態から放つその技はゼブブビュートの皮膚を貫き、内臓を焦がした。
 だが、まだ足りない。
 ゼブブビュートが姿勢を低くし、その背に空いた無数の穴から拳サイズの蠅を数体解き放つ。粘液に濡れたその蠅は、不快な翅音を響かせながらエクスマリアとイズマを襲った。
「ぬ……背中の穴を重点的に撃ち抜くべき、か?」
「Uh……使えなくなったら弱りそうだよね」
 エクスマリアの呟きに応え、リュコスは駆けた。
 地面を強く踏み込んで、加速するその様はまるで1つの砲弾のようでさえある。さらに、リュコスに並びティスルも疾駆した。
 リュコスの拳がゼブブビュートの背を裂いた。
 振り抜かれたゼブブビュートの拳はリュコスを無視し、ティスルの顔面を捉える。
 土や泥に汚れた手で、ゼブブビュートはティスルの顔を鷲掴むと、にぃと口角を歪めて笑った。
「う、ぐ……」
『捕まエタ』
 ミシ、と。
 ティスルの頭蓋が軋む音がした。
 このままでは、そう遠からずティスルの頭蓋は砕けるだろう。
 けれど、そうはならなかった。
「腕が、伸びきっているぞ」
 下段より振り上げられた刀により、ゼブブビュートの長い腕は肘から先が切断された。
 ティスルの体が地面に落ちる。
「平気、か?」
「へ、平気!  聖銃士が来ないうちに倒し切るよ!」
 頭を抑え、ティスルは呻く。
 意識を繋ぐために【パンドラ】こそ消費してしまったが、まだ戦闘は継続できる。エクスマリアの治癒を受け、体力も幾らか回復できた。
「こいつを倒して、逃げ切るんだ、必ず」
 背後より、首筋目掛けて放たれたイズマの斬撃。
 ゼブブビュートは体を傾け回避を図るが、間に合わない。首から後頭部にかけてを抉られ、それは苦悶の声を零した。
 ゼブブビュートの討伐まで、そう長い時間はかかるまい。

●アドラスティアからの脱出
 魔力の弾がサンディの脇を貫いた。
 傷口を押さえたサンディは、転がるようにスラムの裏路地へと駆けこんだ。
 けれど、その先は行き止まりだ。
「はぁ……」
 脚を止めたサンディの背後へ、2人の聖銃士が追い付いた。
「よぉ、やっと追いついたぜ。どうだった? スラムを逃げ回るのは楽しかったか?」
 手にした銃をサンディへ向け、サタディは言う。
「ねぇ、早く治療しないと死んじゃうかもしれないよ? せめて、私たちの拠点まで一緒に来て? そこで治療してあげる」
 そう言ってウェスティは、心配そうな視線をサンディへと向けた。
 彼女は本心からサンディの身を案じているのだ。
 事実、サンディの負った傷は深い。
 サンディの身を案じるウェスティと違い、サタディの攻撃に容赦はなかった。
 膝や腰、頭部などサタディは人体の急所を確実に狙っていた。直撃こそ避けたが、走るサンディに狙いを付けられるというだけでも、彼の射撃の腕が優れていることがよくわかる。
「顔色も悪いし……ね?」
「……レディ1人からの誘いなら乗ってもよかったかもね。冗談だけど」
 サンディの見立てでは、ウェスティという女は後方支援……例えば、回復術などを得意としている銃士であろう。
 その気になれば、この場でだってサンディを治療できるはずだ。
 だが、彼女はサンディへ“拠点へ来い”とそう言った。そこでなら落ち着いて治療ができるし、話もできる。そう考えているのだろうが……。
「お断りだ。洗脳薬なんて使われちゃ、溜まったもんじゃないんでね!」
 サンディは告げる。
 直後、サンディの背後で壁が砕けた。
 それを成したのは一条の雷弾だ。
「な、なんだ!?」
「か、雷!?」
 雷弾を避け、跳び退ったサタディとウェスティの見つめる先で、壁の穴から這い出して来たのは1体のたい焼き。
「全く、そういう勧誘は僕たちはお断りする方針なんですよ……!!」
 どこかくたびれた様子のベークである。どうやら、なかなか集合場所へ現れないサンディを迎えにやって来たらしい。
「そういうこと! 悪いけど、情報は持ち帰らせてもらうよ!」
 にぃ、と口角をあげサンディは嗤う。
 その手に握られていたボールのようなものを見て、ウェスティは顔色を悪くした。粗末な布張りの球体は、スラムの者が使うという爆弾ではあるまいか。
「伏せて! サタディ!」
 ウェスティが叫ぶと同時、サンディはそれを力任せに前へと放る。
 どん、と。
 予想外に小さな爆音が響き、撒き散らされたのは白煙だった。
「なん……えほっ」
「っくしゅ!」
 咽るサタディと、くしゃみを繰り返すウェスティ。
 サンディが放ったそれは胡椒爆弾だ。
「よぉ、痛み分けってことで勘弁してくれよ。それと、縁があればまたどこかで会おうな!」
 なんて、どこか愉し気なサンディの声が響き渡った。
 
 アドラスティアを脱出し、サンディはふと考える。
 ウェスティとサタディ。
 自身を仲間へ勧誘した2人の聖銃士は、何を考え、自分を仲間に誘ったのか。
 もしも、差し出された手を握り返していたのなら……一体、どんな未来が待っていただろう。
「いや。いやいやいや、たられば言ったって仕方ねぇよな」
 思考を慌てて振り払い。
 それっきり、振り返ることなくサンディは帰路に着いたのだった。

成否

成功

MVP

ティスル ティル(p3p006151)
銀すずめ

状態異常

サンディ・カルタ(p3p000438)[重傷]
金庫破り

あとがき

ゼブブビュートは討伐され、一同は無事にアドラスティアを脱出しました。
依頼は成功となります。

この度は、シナリオのリクエストおよびご参加ありがとうございました。
アドラスティアからの脱出劇、お楽しみいただけましたでしょうか?

縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

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